説明

差動型真空排気容器

【課題】 第1真空容器内の圧力よりも低い圧力で作動させる機器を第2真空容器内に配置し、その第2真空容器を第1真空容器内に収容して両真空容器を差動排気する場合に、第2真空容器を排気する真空ポンプの取り付けが容易であり、設備コストも抑制することができる差動型真空排気容器を提供すること。
【解決手段】真空ポンプ3および補助ポンプ4によって排気される第1真空容器1の内部2に、低圧作動の機器Aを備えた第2真空容器5を真空ポンプ7と共に収容し、第2真空容器5の容器壁に設けたコンダクタンスの小さい開口部9を介して、第1真空容器1の内部2と第2真空容器5の内部6とを連通させる。真空ポンプ7は第2真空容器5の内部6を真空排気するが、その排気を吐出する空間の圧力(背圧)は第1真空容器1の内部2の圧力であり大気圧ではないので、真空ポンプ7は補助ポンプを必要としない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は真空雰囲気内で圧力差を形成するための差動型真空排気容器に関するものであり、更に詳しくは、簡易な構成の差動型真空排気容器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図4は従来例の差動型真空排気容器が使用されているセラミック被膜製造装置の構成を示す概略図である。同製造装置は、主真空排気装置P1によって真空排気されている真空チャンバ101内の下部に電子銃室102が配設されており、その電子銃室102は真空チャンバ10の外に設けた局所真空排気装置P2によって真空排気されている。また、真空チャンバ101内の下部には、るつぼCにターゲット材103であるジルコニウム(ZrO2 )が装着されており、ターゲット材103の上方にはシャッター104が開閉可能に設けられている。真空チャンバ101内の上部には基材105が装着されており、基材105の近傍には基材加熱装置106および熱センサ107が配設されている。また、ターゲット材103と基材105との間に酸素ガスの導入口111が設けられている。
【0003】
そしてセラミックであるZrO2 薄膜の形成に際しては、真空チャンバ101内を一旦10-4Pa程度の真空度に排気してから、基材105を500℃以上の温度に加熱し、電子銃室102からターゲット材103へ電子ビームを照射して溶融させ、シャッター104を開けて基材105に成膜させると同時に導入口111から酸素ガスが導入される。この時における真空チャンバ101内の真空度は0.01〜20Paの範囲内とされ、電子銃室102内の真空度は10-3Pa以下とされている(例えば特許文献1を参照)。
【0004】
真空チャンバ101内に電子銃室102を設け、その電子銃室102内の圧力を真空チャンバ101内の圧力よりも低くするのは、電子銃の存在する雰囲気の圧力が高いと、すなわち電子銃室102内の圧力が高いと、電子ビームが残存するガスの分子と衝突して不要なイオンを生ずるほか、高電圧の電子銃が絶縁破壊してアーク放電するなどのトラブルを生じ易いからである。
【0005】
なお、 図4に示す主真空排気装置P1と局所真空排気装置P2は、それらの構成を省略して図示されているが、10-2Pa以上の高真空度に排気し得る高性能の真空ポンプ、例えば油拡散ポンプやターボ分子ポンプの吐出側の背圧は大気圧ではなく、当該高性能の真空ポンプの吐出側にはメカニカル・ブースタポンプおよび油回転ポンプからなる一連の補助ポンプが接続される(例えば非特許文献1を参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平11−106907号公報
【非特許文献1】真空ハンドブック、第3版(1989年8月)、25頁(株式会社アルバックコーポレートセンター発行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の従来例の場合、真空チャンバ101を主真空排気装置P1によって真空排気すると共に、真空チャンバ101内に設けた電子銃室102を真空排気するために、真空チンバ101の外の大気側に設けた局所真空排気装置P2を接続している。そのことにより、真空チャンバ101の容器壁に穴を開ける作業を要している。そのほか、上述したように、高性能の主真空排気装置P1および局所真空排気装置P2はそれぞれに補助ポンプを必要とするので、従来例の差動型真空排気容器は設備コストの増大、および真空チャンバ101の容器壁に穴を開けることによる作業工数の増大を招くものとなっている。
【0008】
本発明は上述の問題に鑑みてなされ、第1真空容器内の圧力よりも低い圧力で作動させる機器を備えた第2真空容器を第1真空容器内に設ける差動型真空排気容器において、第2真空容器を排気する真空ポンプの接続が容易であり、かつ設備コストも低減することができる差動型真空排気容器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題は請求項1の構成によって解決されるが、その解決手段を説明すれば次に示す如くである。
【0010】
請求項1の差動型真空排気容器は、相対的に低い真空度とされる第1真空容器内に、前記低い真空度よりも高い真空度で作動させる機器を内部に備えた第2真空容器が収容され、前記第1真空容器の内部と前記第2真空容器の内部とが前記第2真空容器の容器壁に形成されたコンダクタンスの小さい開口部を介して連通されており、前記第1真空容器と前記第2真空容器とがそれぞれ独立して真空排気される差動型真空排気容器において、前記第2真空容器が専用の高性能の真空ポンプと共に前記第1真空容器内に収容されているものである。
【0011】
このような差動型真空排気容器では、第1真空容器内の圧力が第2真空容器専用の高性能真空ポンプの背圧になるので、第2真空容器とその専用の真空ポンプとのみを第1真空容器の内部に収容するだけでよく、従来のように第2真空容器を専用の高性能真空ポンプと補助ポンプとによって真空排気することを必要としない。また第1真空容器の容器壁に穴を開けて、第1真空容器内の第2真空容器と、大気側に設置した第2真空容器用の高性能真空ポンプとを接続する作業を要しない。
【0012】
請求項2の差動型真空排気容器は、前記第2真空容器の前記専用の高性能真空ポンプが磁気軸受型ターボ分子ポンプとされているものである。
【0013】
このような差動型真空排気容器は、磁気軸受型ターボ分子ポンプを比較的小型のものとしても10-7Pa程度の到達真空度を有しており、第1真空容器内に収容する第2真空容器専用の高性能真空ポンプとして充分な排気性能を有しているほか、磁気軸受によるものであるから、油脂類を含むボールベヤリングを軸受とするターボ分子ポンプを使用する場合のように、第1真空容器内が油脂類によって汚染されることはない。
【0014】
請求項3の差動型真空排気容器は、前記第2真空容器が内部に電子銃を備えた電子銃室とされているものである。
【0015】
このような差動型真空排気容器は、電子銃からの電子ビームが高真空度の空間内へ放射されるので、真空度が劣る空間内へ放射される場合に生起し易い事象、例えば電子ビームが残存するガスの分子に衝突して不要なイオンを生ずる、ないしは高電圧の電子銃が絶縁破壊を起こしアーク放電するなどの事象を招かない。
【0016】
請求項4の差動型真空排気容器は、前記差動型真空排気容器がプラスチックフィルムに金属被膜を形成させる巻取式真空蒸着装置を構成する容器であって、前記第1真空容器内に前記プラスチックフィルムが巻き付けられて走行する回転冷却ドラムが設けられ、前記第1真空容器内が前記回転冷却ドラムを中央にし隙間を介して設けられた仕切板によって上部空間と下部空間とに仕切られて、前記上部空間に前記プラスチックフィルムの巻出ロールと巻取ロールが配置され、前記下部空間に金属を蒸発させる蒸発源が配置されており、前記第2真空容器としての前記電子銃室が専用の高性能の真空ポンプと共に前記上部空間内に設置され、前記回転冷却ドラムと共に走行する前記プラスチックフィルムの未だ蒸着されていない部分へ前記電子銃室内の電子銃から電子ビームを照射するように設定されているものである。
【0017】
このような差動型真空排気容器は、その容器を構成要素とする巻取式真空蒸着装置において、回転冷却ドラムに巻き付けられて走行するプラスチックフィルムの未だ蒸着されない部分を負に帯電させて別途正電位を与えられる回転冷却ドラムの周面に密着させることができるほか、仕切板によって電子銃室は高温の蒸発源からの輻射熱を受けず、かつ蒸発源からの金属蒸気が付着して堆積することを防ぎ得る。
【発明の効果】
【0018】
請求項1の差動型真空排気容器によれば、第2真空容器専用の高性能真空ンプに補助ポンプを必要としないので、その分だけ設備コストが軽減されるほか、従来のように第1真空容器の容器壁に穴を開けて大気側に設けた第2真空容器専用の高性能真空ポンプを第1真空容器内の第2真空容器に接続する作業を必要としないので、作業工数を低減することができる。
【0019】
請求項2の差動型真空排気容器によれば、第2真空容器専用の高性能真空ポンプに磁気軸受型ターボ分子ポンプを使用し、第1真空容器内を油脂類で汚染しないので、汚染油脂類による影響に煩わされることはなく第1真空容器内でのプロセスを清浄な状態で遂行することができる。
【0020】
請求項3の差動型真空排気容器によれば、電子銃が高真空度の第2真空容器内に配設されるので、電子ビームが残存するガスの分子と衝突して不要なイオンを生じないほか、高電圧の電子銃が絶縁破壊しアーク放電することもないので、第1真空容器内でのプロセスを円滑に遂行することができる。
【0021】
請求項4の差動型真空排気容器によれば、この容器を構成要素とする巻取式真空蒸着装置において、回転冷却ドラムに巻き付けられているプラスチックフィルムの未だ蒸着されない部分に電子銃室から電子ビームを照射して負に帯電させるので、別途正電位を与えられる回転冷却ドラムの周面に密着させてプラスチックフィルムを充分に冷却することができるほか、仕切板によって電子銃室が高温度の蒸発源から隔離されているので、蒸発源からの輻射熱を受けず温度上昇しないことから設定通りに正確に作動し、かつ蒸発源からの金属蒸気が付着、堆積せず、電子銃室が第1真空容器の下部空間内に設けられて金属蒸気が付着し堆積する場合と比較し、電子銃室のメンテナンス作業が極めて容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
第1真空容器内の圧力よりも低い圧力、例えば(1/10)程度の圧力で作動させる機器を、第1真空容器内に設置する場合には、次の何れかを採用することが考えられる。
(1) 排気速度が通常の真空ポンプよりも10倍程度大きい真空ポンプを使用する。
(2) 従来例として挙げて説明した特許文献1におけるように、第1真空容器内の圧力よりも低い圧力で作動させる機器の周囲を壁で覆って第2真空容器とし、第2真空容器は、第1真空容器を排気している真空ポンプとは異なる他の真空ポンプによって第1真空容器の(1/10)程度の圧力となるように真空排気する。すなわち、第1真空容器と第2真空容器とを差動真空排気する。
【0023】
しかし、(1)の手段は、排気速度が10倍のような真空ポンプがあれば、真空容器全体を高い真空度にすることが可能であり、そのことにより差動真空排気する要もないが、排気速度が10倍あるような真空ポンプを見付けることはコスト面から困難である。また通常の排気速度の真空ポンプを10台同時に使用することもコストを極めて増大させる。従って(1)の手段は現実的ではなく、通常的には(2)の差動型真空排気容器が採用される。
【0024】
図1、図2は差動型真空排気容器の構成を本発明の場合と従来例の場合とを比較してモデル的に示す図であり、図1は本発明の差動型真空排気容器を示し、図2は上記(2)による従来例の差動型真空排気容器を示す。従来例を示す図2では、第1真空容器1の内部2は排気管1hを介して第1真空容器の真空ポンプ3とその補助ポンプ4とによって真空排気されている。その内部2に、第1真空容器1内の圧力よりも低い圧力(高真空度)で作動させる機器Aを備えた第2真空容器5を収容したものであり、第2真空容器5は第1真空容器1の容器壁に穴を開けて取り付けた排気管2hを介して第1真空容器1の外側に設けた真空ポンプ7とその補助ポンプ8とによって真空排気される。そして、第1真空容器1の内部2と第2真空容器5の内部6とは第2真空容器5の容器壁に形成された開口部9を介して連通されている。なお開口部9の開口面積は可及的に小さくしてコンダクタンスを小さくする。これは、第1真空容器1の内部2に存在するガスが開口部から第2真空容器5の内部6へ過度に入り込むことを抑制して、第1真空容器1内の真空度と第2真空容器5内の真空度との差圧を維持するためである。
【0025】
これに対して、本発明を示す図1では、図2におけると同様な第2真空容器5を作製し、その第2真空容器5の排気管2h’に専用の高性能な真空ポンプ7のみ取り付けたものを第1真空容器1の内部2に収容したものである。第1真空容器1の内部2と第2真空容器5の内部6とがコンダクタンスの小さい開口部9を介して連通されていることは従来例の場合と同様である。この本発明の場合、真空ポンプ7は第2真空容器5の内部6を真空排気するが、その排気を吐出する空間は第1真空容器1の内部2であり、その圧力は大気圧ではないので、図2におけるような補助ポンプ8を必要としないのである。また第2真空容器5と真空ポンプ7とのセットを第1真空容器1の内部2に収容するので、第1真空容器1の容器壁に穴を開けて図1に示した排気管1hを設けることを必要としない。
【0026】
本発明の差動型真空排気容器における第2真空容器5の真空ポンプ7には磁気軸受型のターボ分子ポンプ(TMP)が使用される。ボールベアリングを軸受とするターボ分子ポンプでは、ボールベアリングに使用されている油脂類がガス放出源となって第1真空容器1の内部2を汚染し、また劣化した油脂類がターボ分子ポンプの動翼の円滑な回転の支障となる怖れがあるからである。そして、磁気軸受型ターボ分子ポンプは小型のものであっても1×10-7Pa程度の到達真空度を有しているので真空排気性能としては充分であり、小型である方が取り付け易いことは論を待たない。
【0027】
以下、実施の形態例によって差動型真空排気容器を構成要素とする巻取式真空蒸着装置を説明する。真空容器内において、巻出ローラから繰り出す長尺のプラスチックフィルムを回転冷却ドラムに所定の抱き角度(中心角)で巻き付けて走行させながら、回転冷却ドラムの下方に配置した蒸発源から金属蒸気を蒸発させ、フィルム面に析出させて金属被膜を形成させ、巻取ローラに巻き取る巻取式の真空蒸着は従来から広く行われているが、このような真空蒸着においては、フィルムが回転冷却ドラムへ充分に密着していないと、金属蒸気が付着し凝固する時に発生する熱によって蒸着後のプラスチックフィルムに収縮皺や水泡状の脹れ等の熱変形、いわゆる熱負けを生ずる。この熱負けを防ぐには、プラスチックフィルムを回転冷却ドラムの周面に充分に密着させることを要する。
【0028】
そのために、例えば特開平02−239428号公報に開示されている連続式真空蒸着装置においては、回転冷却ドラムに巻き付けられているプラスチックフィルムの金属蒸気が未だ付着していない部分へ装置内に設けた電子銃から電子ビームを照射してプラスチックフィルムを負に帯電させ、回転冷却ドラムには正電位を与えて、静電引力によりプラスチックフィルムと回転冷却ドラムとの密着を高めることが行われている。
【0029】
上記の真空蒸着装置と同様に電子銃を有するプラスチックフィルムへの真空蒸着装置であるが、電子銃を内部に備え蒸着のための第1真空容器よりも高真空度とされる第2真空容器としての電子銃室を専用の高性能の真空ポンプと共に第1真空容器内に収容した真空蒸着装置を実施の形態例として説明する。図3は本実施の形態例の差動型真空排気容器を備えた巻取式真空蒸着装置10の構成を示す概略図である。巻取式真空蒸着装置10は第1真空容器11の内部空間が、回転冷却ドラム14を中央にし隙間を介して設けられた仕切板12によって、上部空間11aと下部空間11bとに仕切られており、第2真空容器である電子銃室31とその専用の真空ポンプである磁気軸受型ターボ分子ポンプ41は上部空間11a内に配置されている。そのほか上部空間11aには巻出ローラ13と巻取ローラ15が配置されており、下部空間11bには蒸発源16が設けられている。そして第1真空容器11内は下部空間11bに設けられた排気管21を介して油拡散ポンプ(DP)22と、その補助ポンプであるメカニカル・ブースタポンプ(MB)23およびロータリポンプ(RP)24とからなる真空排気系によって真空排気されている。
【0030】
蒸着されるべきフィルムFは、所定幅に裁断された長尺の絶縁性プラスチックフィルムであり、例えばPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム、PPS(ポリフェニレンサルファイド)フィルム、OPP(延伸ポリプロピレン)フィルム等が使用される。フィルムFは巻出ローラ13から繰り出され、複数のガイドローラ17、回転冷却ドラム14、電圧印加ローラ18、複数のガイドローラ19を経て巻取ローラ15に巻き取られる。巻出ローラ13および巻取ローラ15には、図示せずとも、それぞれに回転駆動機構が設けられている。
【0031】
回転冷却ドラム14は筒状でステンレス等の金属製とされ、内部には冷却水を循環させる冷却機構、回転冷却ドラム14の駆動機構等が設けられている。回転冷却ドラム14の周面には所定の抱き角でフィルムFが巻き付けられ、フィルムFは後述する電子ビームの照射および金属蒸気による蒸着被膜の形成の間を回転冷却ドラム14によって冷却される。
【0032】
電子銃室31は上述した専用の磁気軸受型のターボ分子ポンプ(TMP)41によって真空排気され、その吐出ガスは第1真空容器11の上部空間11a内へ排出される。そして電子銃室31の内部には電子銃33が配置されており、電子銃33から放射される電子ビーム34は、矢印で示すように、電子銃室31の容器壁に形成された開口部に相当する小孔32を通過し、回転冷却ドラム14と共に走行するフィルムFの未だ蒸着されていない部分へ照射されてフィルムFを負に帯電させる。回転冷却ドラム14に密着しているフィルムFに電子ビームを照射するので、フィルムFを冷却しながら電子ビームを照射することになる。
【0033】
なお、電子銃を仕切板より下側の下方空間に配置した事例があるが、そのような配置では、電子銃が高温度の蒸発源からの輻射熱を受けて温度上昇し正常に作動し難くなるほか、蒸発した金属蒸気が電子銃に付着して堆積し易く、堆積物の除去は極めて困難であるという問題がある。
【0034】
回転冷却ドラム14の下方に配置された蒸発源16は、蒸着させるべき金属を収容すると共に、当該金属を抵抗加熱、誘導加熱、電子ビーム加熱等の公知の加熱手段で加熱して蒸発させる機構を備えている。この蒸発源16からは金属蒸気が回転冷却ドラム14と共に走行するフィルムFの面に付着し、冷却、凝固されて被膜を形成する。蒸着金属としては、Al、Co、Cu、Ni、Ti等の金属元素単体のほか、Fe−Co、Al−Zn、Cu−Zn等の二種の金属合金あるいは多元系合金が適用される。使用する金属元素の数に応じて蒸発源を複数設けてもよい。
【0035】
更には、蒸着されたフィルムFの金属被膜面に接触する電圧印加ローラ18と回転冷却ドラム14との間に適切な直流電圧を印加するために直流電源20が設けられており、回転冷却ドラム14は直流電源20の正極に接続され、電圧印加ローラ18は負極に接続される。従って、蒸着される前に電子ビーム34が照射されて負に帯電したフィルムFは正電位が印加された回転冷却ドラム14の周面に静電引力によって吸着され密着される。また、蒸着された金属被膜には電圧印加ローラ18によって負の電位が与えられるので、金属被膜が形成されたフィルムFの内部では、金属被膜の形成されている側が正に、回転冷却ドラム14に接している側が負に分極する。従って、負に分極した側の面は正電位が印加されている回転冷却ドラム14に対し静電引力によって吸着されて密着する。すなわち蒸着による金属被膜の形成の前後において、フィルムFは回転冷却ドラム14に対する密着が保証され確実に冷却される。
【0036】
次に、上記巻取式真空蒸着装置10の作用を説明する。巻取式真空蒸着装置10によるフィルムFへの金属被膜の形成に際しては、第1真空容器11内において、巻出ローラ13からフィルムFを繰り出し、回転冷却ドラム14に巻き付け、巻取ロール15に巻き取るようにフィルムFをセットし、蒸発源16は加熱して金属を溶解させると共に、図示を省略したシャッターで覆って蒸着開始に備える。他方、第1真空容器11に属するロータリポンプ24、メカニカル・ブースタポンプ23、油拡散ポンプ22の順に起動して第1真空容器11内を真空排気し、第1真空容器11の油拡散ポンプ22の起動に合わせて、第1真空容器11内に収容されている磁気軸受型ターボ分子ポンプ41を起動して第2真空容器である電子銃室31内を真空排気することにより、第1真空容器11および電子銃室31を一旦、10-4Pa程度の真空度まで排気する。
【0037】
その後、第1真空容器11の油拡散ポンプ22、および電子銃室31の磁気軸受型ターボ分子ポンプ41の排気速度を調整することにより、フィルムFから放出される水蒸気等によって第1真空容器11内および電子銃室31内の圧力は上昇するが、第1真空容器11内の圧力を例えば2×10-2Pa程度とし、第2真空容器である電子銃室31内の圧力を例えば2×10-3Pa程度として、第1真空容器11内の圧力と電子銃室31内の圧力との間に差圧を形成させる。
【0038】
上記差圧の形成に合わせて、巻出ローラ13からフィルムFを繰り出し、別途既に冷却されている回転冷却ドラム14を経由させ、巻取ロール15に巻き取るフィルムFの走行を開始すると共に、電子銃室31の電子銃33から電子銃室31の小孔32を経て電子ビーム34をフィルムFに照射し、かつ直流電源20によって電圧印加ロール18と回転冷却ドラム14との間に所定の直流電圧を印加する。この場合において、第2真空容器である電子銃室31の真空度を第1真空容器11の真空度よりも一桁高くしているので、電子ビーム34の照射に際し、電子ビーム34が残留ガスの分子に衝突して不要なイオンを生ずることや、高電圧の電子銃33が絶縁破壊してアーク放電することもなく、電子ビームは極めて安定した状態で照射される。そして、蒸発源16のシャッターを開けて金属蒸気を蒸発させて蒸着を開始する。
【0039】
蒸着の開始後において、回転冷却ドラム14に巻き付けられて走行するフィルムFは、回転冷却ドラム14との接触開始の直後、金属蒸気による金属被膜の形成前の部分に、電子銃室31内の電子銃33からの電子ビーム34が照射されて負に帯電される。この時、フィルムFは回転冷却ドラム14と接触しているので、電子ビーム34の照射はフィルムFが冷却された状態で行われることになる。
【0040】
電子ビームが照射されて負に帯電したフィルムFは、直流電源20によって正電位が印加されている回転冷却ドラム14に対し静電引力により密着される。そして冷却された状態にあるフィルムFの面に蒸発源16から蒸発した金属蒸気が付着し、冷却され凝固することによって金属被膜が形成される。
【0041】
フィルムFに形成された金属被膜は、電圧印加ローラ18を介して直流電源20の負電位が印加される。その故に、金属被膜の形成されたフィルムFの内部では、金属被膜の形成されている側が正に、回転冷却ドラム14に接触している側が負に分極する。従って、負に分極している側のフィルムFの面と正電位が与えられている回転冷却ドラム14との間に静電的な吸着力を生じて、フィルムFは回転冷却ドラム14の周面に密着し、金属被膜の形成の間、フィルムFは熱負けを生ずることなく巻取ロール15に巻き取られる。
【0042】
上述したように、金属被膜の形成前は、電子ビーム34の照射によってフィルムFを負に帯電させて回転冷却ドラム14へ密着させ、金属被膜の形成後は、当該金属被膜に接触する電圧印加ローラ18と回転冷却ドラム14との間に印加した直流電源電圧によってフィルムFの負に分極した側の面を回転冷却ドラム14へ密着させているので、金属被膜の形成前にフィルムFを負に帯電させた電荷が、その後に形成される金属被膜へ放出され消失しても、電圧印加ローラ18から金属被膜への負電位の印加によって消失された電荷が補償される。すなわち、金属被膜の形成後においても、フィルムFと回転冷却ドラム14との密着が維持されて、回転冷却ドラム14によるフィルムFの冷却が確保されることになる。
【実施例】
【0043】
実施例として、図3に示した巻取式真空蒸着装置10を使用し、Coを電子銃で加熱して溶解した蒸発源16からCo蒸気を蒸発させ、厚さ6μm、幅127mm、 長さ5,000mのPETフィルムの巻取速度を30m/minとして、同PETフィルムの片面にCo被膜を形成させる蒸着を行った。この蒸着において、第1真空容器11内の真空度は1〜3×10-2Paとし、電子銃室31内の真空度は1×10-3Paとした。そして、電子銃33には定格15kV、0〜20mAのものを使用した。
【0044】
上記の蒸着において、電子銃室31内の真空度を第1真空容器11内の真空度よりも一桁高くしているので、電子銃33から放射される電子ビーム34が残留ガスの分子に衝突して不要なイオンを生することや、高電圧の電子銃33が絶縁破壊してアーク放電することのないことが確認された。またPETフィルムに電子ビーム34を照射していることにより、Co被膜の形成されたPETフィルムには、収縮皺や脹れなどの熱変形は全く認められなかった。
【0045】
上述した実施例においては、第1真空容器11内は油拡散ポンプ22と、補助ポンプであるメカニカル・ブースタポンプ23およびロータリポンプ24とによって真空排気しているが、電子銃室31専用の磁気軸受型ターボ分子ポンプ41は電子銃室31と共に第1真空容器11内に収容されており、磁気軸受型ターボ分子ポンプ41は適正な背圧がおのずから確保されることから、メカニカル・ブースタポンプおよびロータリポンプを必要としない。
【0046】
これに対し、第1真空容器11内に電子銃室31のみを配置し、第1真空容器11の容器壁に穴を開けて排気管を設け、第1真空容器11の外の大気側に設置した磁気軸受型ターボ分子ポンプ41を接続して電子銃室31内を真空排気する場合を考えると、その場合には磁気軸受型ターボ分子ポンプ41の吐出側にメカニカル・ブースタポンプおよびロータリポンプからなる補助ポンプを設けることが必要である。本願発明の差動型真空排気容器による巻取式真空蒸着装置10によれば、第1真空容器11と電子銃室31との間に所定の差圧を確保しながら、磁気軸受型ターボ分子ポンプ41について補助ポンプを省略することができ、そのことによって設備コストを低減し、設置面積を低減し得る本発明の効果は極めて大きい。
【0047】
以上、本発明の差動型真空排気容器を実施の形態例によって説明したが、勿論、本発明はこれに限られることなく、本発明の技術的思想に基づいて種々の変形が可能である。
【0048】
例えば実施例においては、第1真空容器11内の真空度を1〜3×10-2Paとし、第2真空容器である電子銃室31内の真空度を1×10-3Paとしたが、場合に応じて、第1真空容器11内の真空度を10-1Paのレベル、電子銃室31内の真空度を10-2Paのレベルとすることは差し支えない。また実施例においては第1真空容器11と第2真空容器31との間に一桁の差圧を形成させたが、二桁またはそれ以上の差圧を設けてもよいことは言うまでもない。
【0049】
また従来例として挙げた図4のセラミック被膜の製造装置は、主真空排気装置P1によって真空排気される真空チャンバ101内に設けた電子銃室102を大気側に設置した局所真空排気装置P2によって、真空チャンバ101内の真空度よりも高い真空度に真空排気するものであるが、このセラミック被膜の製造装置に本発明の差動型真空排気容器を適用して、電子銃室102を局所真空排気装置P2と共に真空チャンバ101内に収容することにより、局所真空排気装置P2における補助ポンプ類を省略することができる。
【0050】
また特開平08−203457号公報には、コラム真空排気系によって10-6 Torr台の真空度とされるコラム(電子銃室)と、チャンバ真空排気系によって10-2 Torr台の真空度とされ電子ビームによる被加工体のワークが載置されるチャンバ(ワーク加工室)とからなる電子ビーム加工機が開示されているが、この電子ビーム加工機に本発明の差動型真空排気容器を適用し、コラム(電子銃室)をコラム真空排気系と共にチャンバ(ワーク加工室)内に収容して、コラム真空排気系における補助ポンプ類を省略することができる。
【0051】
また特開2000−258369号公報には、第1の真空ポンプによって1×10-3mmHgの真空度に真空排気され、2次元走査されるステージ上の試料に集光X線を照射する試料室と、その試料室に接続されて第3の真空ポンプによって差動排気され、試料から発生する光電子を集束するためのレンズ系を備えた筐筒と、筐筒に接続され、第2の真空ポンプによって1×10-4 mmHgの真空度に排気され、試料から発生し集束された光電子を受けて所定のエネルギーを有する光電子のみを選択する電子エネルギー分光器と選択された光電子の検出器とを備えた分光器室とからなる走査X線電子顕微鏡が開示されているが、この走査X線電子顕微鏡に本発明の差動真空排気容器を適用して、分光器室と筐筒をそれぞれの真空ポンプと共に試料室内へ収容し、収容した真空ポンプの補助ポンプ類を省略することができる。
【0052】
上述した装置以外にも極紫外線による露光装置、質量分析装置等において差動真空排気が行われているが、これらの装置にも本発明の差動真空排気容器を適用し得ることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の差動型真空排気容器の構成をモデル的に示す図である。
【図2】従来例の差動型真空排気容器の構成をモデル的に示す図である。
【図3】差動型真空排気容器が使用されている実施の形態例の巻取式真空蒸着装置の構成を示す概略図である。
【図4】従来例の差動型真空排気容器が使用されているセラミック被膜製造装置の構成 を示す概略図である。
【符号の説明】
【0054】
1・・・第1真空容器、 2・・・ 第1真空容器の内部、
3・・・第1真空容器の真空ポンプ、
4・・・第1真空容器の真空ポンプの補助ポンプ、
5・・・第2真空容器、 6・・・第2真空容器の内部、
7・・・第2真空容器の真空ポンプ、
8・・・第2真空容器の真空ポンプの補助ポンプ、
9・・・第2真空容器の開口部、 10・・・巻取式真空蒸着装置、
11・・・巻取式真空蒸着装置の第1真空容器、 12・・・仕切板、
13・・・巻出ローラ、 14・・・回転冷却ドラム、 15・・・巻取ローラ、
16・・・蒸発源、 18・・・ 電圧印加ローラ、 20・・・直流電源、
22・・・油拡散ポンプ、 23・・・メカニカル・ブースタポンプ、
24・・・ロータリポンプ、 31・・・第2真空容器(電子銃室)、
32・・・第2真空容器(電子銃室)の小孔、 33・・・電子銃、
34・・・ 電子ビーム、 41・・・磁気軸受型ターボ分子ポンプ、 F・・・フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対的に低い真空度とされる第1真空容器内に、前記低い真空度よりも高い真空度で作動させる機器を内部に備えた第2真空容器が収容され、前記第1真空容器の内部と前記第2真空容器の内部とが前記第2真空容器の容器壁に形成されたコンダクタンスの小さい開口部を介して連通されており、前記第1真空容器と前記第2真空容器とがそれぞれ独立して真空排気される差動型真空排気容器において、
前記第2真空容器が専用の高性能の真空ポンプと共に前記第1真空容器内に収容されていることを特徴とする差動型真空排気容器。
【請求項2】
前記第2真空容器の前記専用の真空ポンプが磁気軸受型ターボ分子ポンプであることを特徴とする請求項1に記載の差動型真空排気容器。
【請求項3】
前記第2真空容器が内部に電子銃を備えた電子銃室であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の差動型真空排気容器。
【請求項4】
前記差動型真空排気容器がプラスチックフィルムに金属被膜を形成させる巻取式真空蒸着装置を構成する容器であって、前記第1真空容器内に前記プラスチックフィルムが巻き付けられて走行する回転冷却ドラムが設けられ、前記第1真空容器内が前記回転冷却ドラムを中央にし隙間を介して設けられた仕切板によって上部空間と下部空間とに仕切られて、前記上部空間に前記プラスチックフィルムの巻出ロールと巻取ロールが配置され、前記下部空間に金属を蒸発させる蒸発源が配置されており、前記第2真空容器としての前記電子銃室が専用の高性能の真空ポンプと共に前記上部空間内に設置され、前記回転冷却ドラムと共に走行する前記プラスチックフィルムの未だ蒸着されていない部分へ前記電子銃室内の電子銃から電子ビームを照射するように設定されていることを特徴とする請求項3に記載の差動型真空排気容器。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−291936(P2007−291936A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−120302(P2006−120302)
【出願日】平成18年4月25日(2006.4.25)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】