説明

希土類磁石、希土類磁石の製造方法及び回転機

【課題】耐食性に優れた希土類磁石を提供すること。
【解決手段】軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系の磁石素体10と、磁石素体10の表面を被覆する保護層20と、を備え、保護層20が、R、T及びAlを含み、磁石素体10及び保護層20が、それぞれTとしてFeを含み、保護層20におけるRの含有量が、保護層20におけるR、T及びAlの総量に対して、31〜40原子%であり、保護層20におけるTの含有量が、保護層20におけるR、T及びAlの総量に対して、35〜64原子%であり、保護層20におけるAlの含有量が、保護層20におけるR、T及びAlの総量に対して、5〜25原子%である、希土類磁石100。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類磁石、希土類磁石の製造方法及び回転機に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類元素R、鉄(Fe)又はコバルト(Co)等の遷移金属元素T及びホウ素Bを含有するR−T−B系希土類磁石は優れた磁気特性を有する(例えば、特許文献1〜4参照)。しかしながら、希土類磁石は主成分として酸化され易い希土類元素を含有していることから耐食性が低い傾向にある。そのため、希土類磁石の耐食性を向上させるために、磁石素体の表面上に樹脂やめっき等からなる保護層を設けることが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−196215号公報
【特許文献2】特開昭62−192566号公報
【特許文献3】特開2002−25812号公報
【特許文献4】国際公開第2006/112403号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、表面に保護層を形成した希土類磁石においても、必ずしも完全な耐食性は得られていない。これは、高温多湿の環境では水蒸気が保護層を透過して磁石素体に到達することにより、磁石素体の腐食が進行することによる。
【0005】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、耐食性に優れた希土類磁石及び希土類磁石の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、長期間に亘って優れた性能を維持することが可能な回転機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系の磁石素体と、磁石素体の表面を被覆する保護層と、を備え、保護層が、R、T及びアルミニウム(Al)を含み、磁石素体及び保護層が、それぞれTとしてFeを含み、保護層におけるRの含有量が、保護層におけるR、T及びAlの総量に対して、31〜40原子%であり、保護層におけるTの含有量が、保護層におけるR、T及びAlの総量に対して、35〜64原子%であり、保護層におけるAlの含有量が、保護層におけるR、T及びAlの総量に対して、5〜25原子%である、希土類磁石を提供する。
【0007】
上記本発明によれば、希土類磁石の耐食性が向上する。
【0008】
本発明の回転機は、上記本発明の希土類磁石を備える。耐食性に優れた希土類磁石を備える回転機は、苛酷な環境下で使用しても、長期間に亘って優れた性能を維持することができる。
【0009】
本発明に係る希土類磁石の製造方法は、軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系の磁石素体の表面にAlを付着させる工程と、Alを付着させた磁石素体を540〜630℃で加熱する工程と、を備え、磁石素体は、TとしてFeを含む。これにより、上記のようなR、T及びAlを所定の含有量で含む保護層を備える本発明の希土類磁石を得ることが可能となる。なお、Alを付着させて加熱する前後で、磁石素体の状態は必ずしも同一ではない。加熱工程において、磁石素体に付着させたAlと磁石素体の表面部との反応により保護層が形成されるからである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、耐食性に優れた希土類磁石及び希土類磁石の製造方法を提供することが可能となる。また、本発明によれば、長期間に亘って優れた性能を維持することが可能な回転機を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態に係る希土類磁石の斜視図である。
【図2】図1に示す希土類磁石のII−II線断面図である。
【図3】本発明に係る希土類磁石が備える保護層に含まれる軽希土類元素R、遷移金属元素T及びAlの3成分の組成比を示す組成図である。
【図4】実施例1の希土類磁石の切断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図5】本発明の一実施形態に係る回転機の内部構造を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な一実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は下記の実施形態に限定されるものではない。なお、図面において、同一の要素については同一の符号を付す。
【0013】
(希土類磁石)
図1及び2に示すように、本実施形態に係る希土類磁石100は、磁石素体10と、磁石素体10の表面を被覆する保護層20と、を備える。保護層20は、必ずしも磁石素体10の表面を完全に被覆している必要はないが、表面を完全に被覆していることが好ましい。表面を完全に被覆していることにより、希土類磁石100の耐食性をより一層向上させることができる。
【0014】
磁石素体10は、軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系希土類磁石である。磁石素体10は、Rとして、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)及びユウロピウム(Eu)からなる群より選ばれる少なくとも一種を含む。特に、Rとして、Nd又はPrのうち少なくとも一種を含むことが好ましい。これにより、希土類磁石100の残留磁束密度及び保磁力が顕著に向上する。
【0015】
磁石素体10は、上記R以外の希土類元素を更に含んでいてもよい。すなわち、磁石素体10は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)からなる群より選ばれる少なくとも一種を更に含んでいてもよい。特に、磁石素体10は、Dy又はTbを含むことが好ましい。このとき、磁石素体10が、Dy又はTbを磁石素体10全体に対して8重量%以下の割合で含むと、希土類磁石100の保磁力が更に向上するため、より好ましい。なお、本実施形態において用いる単位「重量%」は「質量%」とほぼ同義である。
【0016】
磁石素体10は、Tとして、少なくともFeを含む。また、磁石素体10は、TとしてCoを含むことが好ましい。これにより、希土類磁石100の残留磁束密度及び保磁力が顕著に向上する。また、磁石素体10は、希土類磁石100の保磁力の更なる向上、生産性の向上及び低コスト化の観点から、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、ニオブ(Nb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)及びバナジウム(V)等の他の遷移金属元素を含んでもよい。なお、本明細書において、Tは、周期表の第3族元素〜第11族元素に属する元素から上述した全希土類元素(軽希土類元素R及び他の希土類元素)を除いた遷移金属元素を意味するものとする。
【0017】
磁石素体10におけるRの含有割合は、磁石素体10全体に対して、好ましくは8〜40重量%であり、より好ましくは15〜35重量%である。Rの含有割合が8重量%未満であると、高い保磁力を有する希土類磁石100が得られ難くなる傾向にある。一方、Rの含有割合が40重量%を超えると、希土類磁石100の残留磁束密度が低下する傾向にある。
【0018】
磁石素体10中のTの含有割合は、磁石素体10全体に対して、好ましくは42〜90重量%であり、より好ましくは60〜80重量%である。Tの含有割合が42重量%未満であると希土類磁石100の残留磁束密度が低下する傾向にあり、90重量%を超えると希土類磁石100の保磁力が低下する傾向にある。
【0019】
磁石素体10に含まれるFeの割合は、磁石素体10に含まれるT全体に対して、好ましくは80原子%以上であり、より好ましくは90原子%以上であり、さらに好ましくは95原子%以上100原子%未満である。これによって、製造コストが低く且つ磁気特性に優れる希土類磁石100とすることができる。また、所望の磁気特性を実現するためには、磁石素体10がTとしてFeと共にCoを含有することが好ましい。
【0020】
磁石素体10中のBの含有割合は、磁石素体10全体に対して、好ましくは0.5〜5重量%である。Bの含有割合が0.5重量%未満であると、希土類磁石100の保磁力が低下する傾向にある。一方、Bの含有割合が5重量%を超えると、希土類磁石100の残留磁束密度が低下する傾向にある。
【0021】
なお、磁石素体10は、希土類磁石100の保磁力の向上、生産性の向上及び低コスト化の観点から、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、ケイ素(Si)及びビスマス(Bi)等の他の元素を更に含んでもよい。
【0022】
磁石素体10は、不可避的不純物として、酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)及びカルシウム(Ca)等から選ばれる少なくとも1種の元素を含んでいてもよい。
【0023】
磁石素体10の表面を被覆する保護層20は、軽希土類元素R、遷移金属元素T及びAlを主成分として含む。保護層20は、RとしてLa,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm及びEuからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素を含む。特に、軽希土類元素Rとして、Nd又はPrのうち少なくとも一種を含むことが好ましい。なお、保護層20に含まれるRは、磁石素体10に含まれるRと少なくとも一種以上が一致している。特に、保護層20と磁石素体10とに含まれるRの種類が全て一致していることが好ましい。
【0024】
保護層20は、Tとして、少なくともFeを含む。また、保護層20は、Tとして、Coを含むことが好ましい。Coを含むことで希土類磁石100の耐食性がより向上する傾向がある。さらに、保護層20は、R、T及びAl以外の元素を含んでいてもよい。そのような元素として、例えば、O、B及びCが挙げられる。
【0025】
保護層20におけるR、T及びAlの3成分の組成比は、図3の組成図における領域Eに含まれる。すなわち、保護層20におけるR、T及びAlの含有量は、保護層20におけるR、T及びAlの総量に対して、Rが31〜40原子%であり、Tが35〜64原子%であり、Alが5〜25原子%である。好ましくは、Rが35〜38原子%である。好ましくは、Tが40〜50原子%である。好ましくは、Alが8〜22原子%である。保護層20に、R、T及びAlの3成分がこのような組成で含まれることにより、希土類磁石100の耐食性(特に、高温、高湿、高圧条件下における耐食性)が顕著に向上する。保護層20におけるRの含有量が多過ぎる場合、保護層20が腐食反応で発生した水素を吸蔵しやすくなる傾向がある。保護層20におけるRの含有量が少な過ぎる場合、保護層20の密着強度が低くなる傾向がある。保護層20におけるTの含有量が多過ぎる場合、保護層20の被覆性が悪くなる傾向がある。保護層20におけるTの含有量が少な過ぎる場合、保護層20自体が酸化されやすくなる傾向がある。保護層20におけるAlの含有量が多過ぎる場合、保護層20の表面粗さが粗くなる傾向がある。保護層20におけるAlの含有量が少な過ぎる場合、保護層20の犠牲防食効果が不十分となる傾向がある。
【0026】
保護層20におけるR、T及びAlの3成分の合計含有量は、保護層20全体に対して、50〜100原子%であることが好ましい。これにより、希土類磁石100の耐食性を十分に向上させることができる。また、80〜100原子%であることがより好ましい。これにより、希土類磁石100の耐食性をより一層十分に向上させることができる。
【0027】
保護層20の厚みDは、0.01〜30μmであればよく、0.1〜15μmであることが好ましい。厚みDが上記範囲内にあることで、希土類磁石100の耐食性と磁石特性が良好なものとなり易い。
【0028】
図4は、希土類磁石100の断面を拡大して示す電子顕微鏡写真である。磁石素体10と保護層20の界面は、磁石素体10と保護層20とで組成に差があるため、例えば、電子顕微鏡写真から目視によって判定することができる。また、磁石素体10と保護層20の界面は、磁石素体10(主相)と保護層20におけるR又はAlの含有量の差により決定することができる。すなわち、R又はAlの含有量は、保護層20の方が磁石素体10(主相)より高くなっているため、これに基づいて判定することができる。さらに、磁石素体10と保護層20の界面は、Tの含有量の差により決定することもできる。すなわち、Tの含有量は、磁石素体10(主相)の方が保護層20より高くなっているため、これに基づいて判定することもできる。
【0029】
なお、磁石素体10及び保護層20の各元素の組成の測定は、例えば、電子線マイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析(Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:LA−ICP−MS)、X線光電子分光(X−ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)、オージェ電子分光(Auger Electron Spectroscopy:AES)又はエネルギー分散型蛍光X線分光(Energy Dispersive x−ray Spectroscopy:EDS)等の公知の組成分析法を用いて行うことができる。
【0030】
さらに、希土類磁石100は、上述した保護層20の表面上に、希土類磁石100を保護するための他の層を更に備えていてもよい。このような層としては、例えば、樹脂層やめっき層等が挙げられる。
【0031】
希土類磁石100の寸法は、特に限定されないが、縦の長さが1〜200mm、横の長さが1〜200mm、高さが1〜30mm程度である。なお、希土類磁石100の形状は、図1及び2に示す直方体に限定されず、リング状や円板状であってもよい。
【0032】
(希土類磁石の製造方法)
本実施形態に係る希土類磁石の製造方法は、軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系の磁石素体の表面にAlを付着させる付着工程と、Alを付着させた磁石素体を540〜630℃で加熱する加熱工程と、を少なくとも備える。
【0033】
付着工程では、まず、R−T−B系の磁石素体を準備する。なお、この磁石素体はTとしてFeを含む。この磁石素体は、例えば、以下のようにして製造することができる。
【0034】
原料合金を鋳造し、インゴット(鋳塊)を得る。原料合金としては、R、Fe及びBを含むものを用いればよい。原料合金は、必要に応じてFe以外のT、例えば、Co,Cu,Ni,Mn,Nb,Zr,Ti,W,Mo及びV等の元素を更に含んでもよい。更に、原料合金は、必要に応じてR以外の希土類元素、例えば、Sc,Y,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb及びLu等の元素を含んでもよい。さらに、必要に応じて、Al,Ga,Zn,Si及びBi等の元素を含んでも良い。インゴットの化学組成は、最終的に得たい磁石素体の主相の化学組成に応じて調整すればよい。
【0035】
インゴットを、ディスクミル等により粗粉砕して10〜100μm程度の粒径の合金粉末を得る。当該合金粉末を、ジェットミル等により微粉砕して0.5〜5μm程度の粒径の合金粉末を得る。当該合金粉末を、磁場中で加圧成形する。成形時に合金粉末に印加する磁場の強度は800kA/m以上であることが好ましい。成形時に合金粉末に加える圧力は10〜500MPa程度であることが好ましい。成形方法としては、一軸加圧法又はCIPなどの等方加圧法のいずれを用いてもよい。得られた成形体を焼成して焼結体を形成する。焼成温度は1000〜1200℃程度であればよい。焼成時間は0.1〜100時間程度であればよい。焼成は、複数回行ってもよい。焼成は、真空中又はArガス等の不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。
【0036】
焼結体に対して時効処理を施すことが好ましい。時効処理では、焼結体を450〜950℃程度で加熱すればよい。時効処理では、焼結体を0.1〜100時間程度加熱すればよい。時効処理は不活性ガス雰囲気中で行えばよい。このような時効処理により希土類磁石の保磁力が更に向上する。なお、時効処理は、多段階の加熱によって施してもよい。例えば、2段階の加熱からなる時効処理では、1段階目で焼結体を700℃以上焼成温度未満の温度で0.1〜50時間加熱すればよい。2段階目で焼結体を450〜700℃で0.1〜100時間加熱すればよい。
【0037】
以上の処理により得られた焼結体(磁石素体)は、必要に応じて、所望の形状に加工してもよい。加工方法は、例えば、切断、研削などの形状加工や、バレル研磨などの面取り加工などが挙げられる。
【0038】
このようにして得られた磁石素体に対しては、表面の凹凸や表面に付着した不純物等を除去するため、適宜、前処理を施してもよい。前処理は、焼結体(磁石素体)に施してもよいし、加工後の磁石素体に施してもよい。前処理としては、例えば、酸溶液を用いた酸洗浄(エッチング)、アルカリ溶液を用いた洗浄、ショットブラスト等が挙げられ、中でも酸洗浄が好ましい。酸洗浄によれば、磁石素体の表面の凹凸や不純物を溶解除去して平滑な表面を有する磁石素体が得られ易くなり、後述する保護層の形成を効率よく行える。
【0039】
酸洗浄において使用する酸としては、水素の発生が少ない酸化性の酸である硝酸が好ましい。処理液中の硝酸濃度は、好ましくは1規定以下、特に好ましくは0.5規定以下である。このような酸洗浄による磁石素体の表面の溶解量は、表面から平均厚みで5μm以上、好ましくは10〜15μmとするのが好適である。こうすれば、磁石素体の表面の加工による変質層や酸化層をほぼ完全に除去することができ、後述する保護層の形成を効率よく行える。
【0040】
また、磁石素体には、上記酸洗浄後、水洗により酸洗浄に用いた処理液を除去した後、表面に残存した少量の未溶解物や残留酸成分を完全に除去するために、超音波を使用した超音波洗浄を実施することが好ましい。この超音波洗浄は、例えば、磁石素体の表面に錆を発生させる塩素イオンが極めて少ない純水中や、アルカリ性溶液中等で行うことができる。この超音波洗浄後には、必要に応じて水洗を行ってもよい。
【0041】
次に、磁石素体の表面にAl単体、Al合金又はAl化合物を付着させる。Alの付着方法としては、例えば、Alからなる粒子(Al粉など)を分散させた塗布液を、磁石素体の表面全体に均一に塗布する方法が挙げられる。Al粒子の粒径は、50μm以下であることが好ましい。Al粒子の粒径が大き過ぎる場合、磁石素体との反応による保護層の形成が起こりにくくなることが問題となる。また、塗布液に樹脂バインダーを含有させることが好ましい。樹脂バインダーを含有させることで、粒子の付着強度が増し、表面から脱落しにくくなる。なお、めっき法や気相法などの手法により、磁石素体の表面にAlを付着させてもよい。表面に付着させるAlの量は、例えば、磁石素体全体に対して0.001〜5重量%とすることができ、0.01〜1重量%とすることが好ましい。
【0042】
加熱工程では、表面にAlを付着させた磁石素体を540〜630℃で加熱する。これにより、磁石素体の表面に保護層20が形成される。保護層20は、加熱により液相化して磁石素体表面近傍に染み出してきた粒界相成分(Rリッチ相)中にAlが拡散し、さらにAlが拡散したRリッチ相が磁石素体表面と反応することにより形成される、と本発明者らは考える。加熱温度が高過ぎる場合、Alの融点は約660℃であるため、溶融したAl中に磁石素体の成分が過度に拡散することがある。その結果、目的とする組成の保護層が形成されにくくなり、希土類磁石の耐食性及び磁気特性が劣化する。加熱温度が低過ぎる場合、磁石素体表面への粒界相成分の染み出しとAlの拡散が十分でなくなり、保護層が形成されにくくなり、希土類磁石の耐食性が劣化する。なお、Rリッチ相とは、相を構成する元素の中で最も濃度(原子数の比率)が高い元素がRである相である。
【0043】
表面にAlを付着させた磁石素体の加熱時間は、10〜600分であることが好ましい。加熱時間が短すぎる場合、加熱時間が上記の数値範囲内である場合に比べて、十分な保護層が形成されにくい傾向がある。加熱時間が長すぎる場合、加熱時間が上記の数値範囲内である場合に比べて、Alが磁石素体の表面のみならず磁石素体の深部に熱拡散する傾向がある。ただし、加熱時間が上記の数値範囲外であっても本実施形態の希土類磁石を得ることは可能である。
【0044】
なお、上記の加熱工程において昇温させた磁石素体を、30℃/分以上の冷却速度で急冷することが好ましい。これにより、保護層が形成され易くなる。なお、冷却速度は50℃/分以上とすることがより好ましい。
【0045】
また、希土類磁石に対して、上述した焼結体の場合と同様の時効処理を施すことが好ましい。時効処理により希土類磁石の保磁力が更に向上する。時効処理温度は、Alの熱拡散に要する加熱温度以下であることが好ましい。時効処理において昇温させた希土類磁石を、30℃/分以上の冷却速度で急冷することが好ましい。これにより、希土類磁石の磁気特性が向上し易くなる。なお、冷却速度は50℃/分以上とすることがより好ましい。
【0046】
表面にAlを付着させた磁石素体を熱処理した後、希土類磁石の表面に残存する未反応のAl等を洗浄やブラストにより除去してもよい。
【0047】
上述の製造方法によって、磁石素体10と磁石素体10を被覆する保護層20とを備える希土類磁石100を得ることができる。希土類磁石100は、保護層20を備えていることから、耐食性に優れる。このような希土類磁石100は、腐食性物質が存在する環境下で使用しても、優れた磁気特性を長期間に亘って維持することができる。このような特性を有する本実施形態の希土類磁石100は、例えば、優れた耐食性を有することが求められる回転機用の永久磁石として好適に用いられる。
【0048】
(回転機)
図5は、本実施形態の回転機(永久磁石回転機)の内部構造を示す説明図である。本実施形態の回転機200は、永久磁石同期回転機(SPM回転機)であり、円筒状のロータ50と該ロータ50の内側に配置されるステータ30とを備えている。ロータ50は、円筒状のコア52と円筒状のコア52の内周面に沿ってN極とS極が交互になるように複数の希土類磁石100が設けられている。ステータ30は、内周面に沿って設けられた複数のコイル32を有している。このコイル32と希土類磁石100とは互いに対向するように配置されている。
【0049】
回転機200は、ロータ50に、上記実施形態に係る希土類磁石100を備える。希土類磁石100は耐食性に優れるため、経時的な磁気特性の低下を十分に抑制することができる。したがって、回転機200は優れた性能を長時間に亘って維持することができる。回転機200は、希土類磁石100以外の部分について、通常の回転機部品を用いて通常の方法によって製造することができる。
【0050】
回転機200は、コイル32に通電することによって生成する電磁石による界磁と希土類磁石100による界磁との相互作用により、電気エネルギーを機械的エネルギーに変換する電動機(モータ)であってもよい。また、回転機200は、希土類磁石100による界磁とコイル32との電磁誘導相互作用により、機械的エネルギーから電気的エネルギーに変換する発電機(ジェネレータ)であってもよい。
【0051】
電動機(モータ)として機能する回転機200としては、例えば、永久磁石直流モータ、リニア同期モータ、永久磁石同期モータ(SPMモータ、IPMモータ)、往復動モータなどが挙げられる。往復動モータとして機能するモータとしては、例えば、ボイスコイルモータ、振動モータなどが挙げられる。発電機(ジェネレータ)として機能する回転機200としては、例えば、永久磁石同期発電機、永久磁石整流子発電機、永久磁石交流発電機などが挙げられる。以上に記載した回転機は、自動車、産業機械、家庭用電化製品等に用いられる。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例及び比較例を参照して更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
(実施例1)
粉末冶金法により、組成が22.5重量%Nd−5.2重量%Pr−2.7重量%Dy−0.5重量%Co−0.3重量%Al−0.07重量%Cu−1.0重量%B−残部Feである鋳塊を作製した。鋳塊を粗粉砕して得た粗粉末を不活性ガス中でジェットミルにより粉砕して、平均粒径が約3.5μmの微粉末を得た。微粉末を金型内に充填し、磁場中で加圧成形して成形体を得た。成形体を真空中で焼成した後、時効処理を施して焼結体を得た。焼結体を切り出し加工し、13mm×8mm×2mmの寸法を有する磁石素体を作製した。
【0054】
磁石素体の表面に対して脱脂処理を施し、次に、2%HNO水溶液中に2分間浸漬し、その後、超音波水洗を施すことで、エッチングを行った。平均粒径17μmのAl粉を分散させた塗布液を調製した。エッチング後の磁石素体の表面に塗布液をディップコーティングにより塗布し、塗膜を磁石素体の表面全体に形成した。この塗膜を120℃で20分乾燥させた。なお、磁石素体表面に形成した塗膜中に含まれるAlの総量を、磁石素体全体に対して0.12重量%に調整した。
【0055】
塗膜を有する磁石素体をAr雰囲気において600℃で60分加熱した後、50℃/分で急冷し、塗膜中のAlを磁石素体内へ拡散させた。加熱後の磁石素体をAr雰囲気において550℃で1時間時効処理した後、50℃/分で急冷した。時効処理後の磁石素体の表面に残存した未反応Al粉を超音波洗浄で除去することで、実施例1の希土類磁石を作製した。
【0056】
(実施例2〜12)
実施例2〜12では、磁石素体表面に形成した塗膜中に含まれるAlの総量を、磁石素体全体に対して、表1に示す値(塗布量)に調整した。実施例2〜12では、塗膜を有する磁石素体を、Ar雰囲気において、表1に示す温度(拡散温度)で加熱した。また実施例2〜12では、塗膜を有する磁石素体を加熱する時間(拡散時間)を、表1に示す時間に調整した。実施例6では、塗膜を有する磁石素体を加熱した後、時効処理を行わなかった。以上の事項以外は実施例1と同様の方法で、実施例2〜12の各希土類磁石を作製した。
【0057】
(比較例1)
磁石素体の表面のエッチング以降の工程を実施しなかったこと以外は実施例1と同様の方法で比較例1の希土類磁石を作製した。つまり、Al粉を用いることなく比較例1の希土類磁石を作製した。
【0058】
(比較例2)
比較例2では拡散温度を510℃とした。また比較例2では、塗膜を有する磁石素体を加熱した後、時効処理を行わなかった。これらの事項以外は実施例1と同様の方法で、比較例2の希土類磁石を作製した。
【0059】
(比較例3)
拡散温度を680℃に変えたこと以外は実施例1と同様の方法で、比較例3の希土類磁石を作製した。
【0060】
(比較例4)
実施例1と同様の方法で作製した磁石素体の表面全体に、スパッタリング法を用いて、Nd50原子%−Al50原子%の組成を有する被膜(保護層)を形成することにより、比較例4の希土類磁石を作製した。比較例4では、被膜の厚みを5μmとした。被膜の組成はEPMAで確認した。
【0061】
(比較例5)
実施例1と同様の方法で作製した磁石素体の表面全体に、スパッタリング法を用いて、Nd30原子%−Fe70原子%の組成を有する被膜(保護層)を形成することにより、比較例5の希土類磁石を作製した。比較例5では、被膜の厚みを5μmとした。被膜の組成はEPMAで確認した。
【0062】
(比較例6)
実施例1と同様の方法で作製した磁石素体の表面全体に、スパッタリング法を用いて、Nd30原子%−Fe35原子%−Al35原子%の組成を有する被膜(保護層)を形成することにより、比較例6の希土類磁石を作製した。比較例6では、被膜の厚みを5μmとした。被膜の組成はEPMAで確認した。
【0063】
【表1】

【0064】
[SEM観察]
各実施例及び比較例の希土類磁石を切断し、切断面をクロスセクションポリッシャーで研磨した。研磨面をSEMで観察したところ、各実施例及び比較例3〜6の希土類磁石では、R−T−B系の磁石素体の表面全体に保護層が形成されていることが確認された。比較例1及び2では保護層が形成されていなかった。図4に、実施例1の希土類磁石の切断面のSEM写真を示す。なお、図4に記載された実線は、磁石素体と保護層との界面を示すものである。各実施例及び比較例3の希土類磁石が備える保護層の平均厚みDをSEMを用いて測定した。各保護層の平均厚みDを表2に示す。
【0065】
[組成分析]
各実施例及び比較例の希土類磁石を切断し、磁石素体及び保護層における元素組成をEPMAで確認した。EPMAの装置としては、JEOL社製のJXA−8800を用いた。全実施例及び比較例の磁石素体はいずれも、鋳塊と同様に、Nd,Pr,Dy,Co,Al,Cu,B及びFeを含有することが確認された。各実施例及び比較例3の保護層の元素組成を表2に示す。表2中の「R−T−Al比率」欄に記載された数値は、保護層に含まれるR,T及びAlそれぞれの含有量であり、保護層に含まれるR、T及びAlの総量(100原子%)に対する比率である。Rとは、Nd及びPrの含有量の合計値である。Tとは、Co及びFeの含有量の合計値である。図3に、全実施例及び比較例3〜6の各保護層の組成をプロットした組成図を示す。組成図の各辺の数値は、保護層に含まれるR,T及びAlそれぞれの含有量であり、保護層に含まれるR、T及びAlの総量に対する比率(単位:原子%)である。なお、図3中、実施例1〜12に対応する組成を「○」でプロットし、比較例3〜6に対応する組成を「△」でプロットした。
【0066】
【表2】

【0067】
[耐食性の評価]
実施例1〜12及び比較例1〜6の各希土類磁石の耐食性をプレッシャークッカーテスト(Pressure Cooker Test:PCT)により評価した。PCTでは、2気圧、温度120℃、湿度100%RHである環境下に各希土類磁石を設置してから300時間後の各希土類磁石の重量の減少量を測定した。各希土類磁石の単位表面積あたりの重量減少量(単位:mg/cm)を表3にまとめて示す。
【0068】
【表3】

【0069】
各実施例の希土類磁石の重量減少量は、各比較例よりも著しく小さいことが確認された。すなわち、各実施例の希土類磁石は、各比較例に比べて、耐食性に著しく優れていることが確認された。
【符号の説明】
【0070】
10・・・磁石素体、20・・・保護層、30・・・ステータ、32・・・コイル、50・・・ロータ、52・・・コア、100・・・希土類磁石、200・・・回転機、D・・・保護層の厚み。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系の磁石素体と、該磁石素体の表面を被覆する保護層と、を備え、
前記保護層が、R、T及びAlを含み、
前記磁石素体及び保護層が、それぞれTとしてFeを含み、
前記保護層におけるRの含有量が、前記保護層におけるR、T及びAlの総量に対して、31〜40原子%であり、
前記保護層におけるTの含有量が、前記保護層におけるR、T及びAlの総量に対して、35〜64原子%であり、
前記保護層におけるAlの含有量が、前記保護層におけるR、T及びAlの総量に対して、5〜25原子%である、
希土類磁石。
【請求項2】
請求項1に記載の希土類磁石を備える回転機。
【請求項3】
軽希土類元素R、遷移金属元素T及びホウ素Bを含むR−T−B系の磁石素体の表面にAlを付着させる工程と、
Alを付着させた前記磁石素体を540〜630℃で加熱する工程と、を備え、
前記磁石素体は、TとしてFeを含む、
希土類磁石の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−94766(P2012−94766A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−242446(P2010−242446)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】