説明

希土類磁石の製造方法、及び希土類磁石

【課題】ネオジム磁石(NdFe14B)で代表される希土類磁石において、磁気特性、特に保磁力を高めることができる熱処理方法を用いた製造方法を提供する。また、新規なナノ結晶組織希土類磁石を提供する。
【解決手段】下記の工程を含む、結晶粒及び粒界相を有するナノ結晶組織希土類磁石の製造方法とする:希土類磁石組成の溶湯を急冷して、ナノ結晶組織を有する急冷薄片を形成する工程、急冷薄片を焼結して焼結体を得る工程、粒界相の拡散又は流動を可能とするのに十分高く、かつ結晶粒の粗大化を防止するのに十分低い温度で、焼結体に熱処理を施す工程、及び熱処理された焼結体を、50℃/分以上の冷却速度で200℃以下の温度まで急冷する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネオジム磁石に代表される希土類磁石の製造方法に関し、詳しくは結晶粒及び粒界相を有するナノ結晶組織希土類磁石の製造方法に関する。また、本発明は、結晶粒及び粒界相を有するナノ結晶組織希土類磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
ネオジム磁石(NdFe14B)で代表される希土類磁石は、磁束密度が高く極めて強力な永久磁石として種々の用途に用いられている。また、希土類磁石の保磁力を更に高めるために、結晶粒をナノサイズ(数十〜数百nm)の単磁区粒子とすることが行なわれている。
【0003】
ここで、一般の焼結磁石(結晶粒径が数μm以上)においては、保磁力を高めるために、焼結後に熱処理を施すことが知られている。例えば、特許文献1及び2には、NdFeCoBGa系焼結磁石において、焼結温度以下の温度で時効熱処理を施すことにより、保磁力を向上させることが確認されている。
【0004】
しかし、結晶粒をナノサイズとした磁石においては、上記効果の有無が不明であった。すなわち、組織の微細化が保磁力の向上に大きく寄与すると考えられており、熱処理は結晶粒を粗大化させる危険性があるため、行なわれていなかった。
【0005】
ナノ結晶組織希土類磁石において、保磁力を向上させることができれば極めて望ましいため、最適な保磁力の向上方法を確立することが強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−207203号公報
【特許文献2】特開平6−207204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ネオジム磁石(NdFe14B)で代表される希土類磁石において、磁気特性、特に保磁力を高める熱処理を用いた製造方法を提供することを目的としている。また、本発明は、結晶粒及び粒界相を有する新規なナノ結晶組織希土類磁石を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明によれば、下記の工程を含む、結晶粒及び粒界相を有するナノ結晶組織希土類磁石の製造方法が提供される:
希土類磁石組成の溶湯を急冷して、ナノ結晶組織を有する急冷薄片を形成する工程、
上記急冷薄片を焼結して焼結体を得る工程、
粒界相の拡散又は流動を可能とするのに十分高く、かつ結晶粒の粗大化を防止するのに十分低い温度で、焼結体に熱処理を施す工程、及び
熱処理された焼結体を、50℃/分以上の冷却速度で200℃以下の温度まで冷却する工程。
【0009】
また、本発明のナノ結晶組織希土類磁石は、下記の組成式で表され:
FeCo
(R:Yを含む1種以上の希土類元素、
M:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、V、Hg、Sg、Auの少なくとも1種、
13≦v≦20、
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、
0≦z≦3)、
下記の(i)及び(ii)のいずれかから構成され:
(i)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)及びR、
(ii)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)17及びR、
エネルギー分散型X線分光法で分析したときの粒界相におけるFeとNdとの原子比(Fe/Nd)の最小値が1.00以下である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法においては、粒界相の拡散又は流動を可能とするのに十分高く、かつ結晶粒の粗大化を防止するのに十分低い温度で、熱処理を施すことにより、3重点に偏在していた粒界相、すなわち3又はそれよりも多くの結晶粒が接合する箇所においてそれらの結晶粒の間に形成される空間に偏在していた粒界相を、粒界全体に供給して、ナノサイズの主相結晶粒を粒界相が被覆するような状態にし、それによって主相間の交換結合を分断して、希土類磁石の保磁力を増加させる。また、本発明の方法においては、このようにして熱処理された焼結体を、50℃/分以上の冷却速度で200℃以下の温度まで急冷することによって、得られる希土類磁石の保磁力を特に大きくすることができる。
【0011】
本発明のナノ結晶組織希土類磁石によれば、エネルギー分散型X線分光法で分析したときの粒界相におけるFeとNdとの原子比(Fe/Nd)の最小値が1.00以下であること、すなわち粒界相におけるFeの含有量が少ないことによって、大きい保磁力を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、単ロール法により急冷薄片を製造する方法を模式的に示している。
【図2】図2は、急冷薄片を非晶質薄片と結晶質薄片とに分別する方法を模式的に示している。
【図3】図3は、(A)従来の焼結希土類磁石及び(B)本発明のナノ結晶組織希土類磁石について、熱処理による粒界相の形態変化(移動)を、比較して模式的に示している。なお、図3において、(1)熱処理前の組織写真、(2)及び(2’)熱処理前の組織イメージ図、(3)及び(3’)熱処理後の組織イメージ図である。
【図4】図4は、熱処理後の冷却速度と得られるナノ結晶希土類磁石の保磁力との関係を示す図である。
【図5】エネルギー分散型X線分光法(EDX)で分析したときの主相(結晶粒)と粒界相との間での組成変化を示す図である。ここで、図5(a)は、冷却速度2℃/minのときの図であり、また図5(b)は、冷却速度163℃/minのときの図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〈組成〉
本発明の方法によって製造される希土類磁石、及び本発明の希土類磁石は例えば、下記の組成を有することができる:
FeCo
(R:Yを含む1種以上の希土類元素、
M:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、V、Hg、Sg、Auの少なくとも1種、
13≦v≦20、例えば13≦v≦17
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、例えば5≦y≦16
0≦z≦3)。
【0014】
この希土類磁石は、下記の(i)及び(ii)のいずれかから構成されていてよい:
(i)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)及びR、
(ii)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)17及びR
【0015】
ここで、Mは、Rと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させる添加元素を含むことができ、またこの添加元素は、この温度低下の効果が発現し且つ磁気特性及び熱間加工性を劣化させない範囲の量で、希土類磁石組成に添加されていてよい。
【0016】
〈ナノ結晶組織〉
本発明の方法では、希土類磁石組成の溶湯を急冷して、ナノ結晶から成る組織(ナノ結晶組織)を有する急冷薄片を形成する。ここでナノ結晶組織とは、結晶粒がナノサイズの多結晶組織である。ナノサイズとは、単磁区のサイズ以下であり、例えば10nm〜300nm程度である。
【0017】
急冷速度は、凝固組織がナノ結晶組織となるのに適した範囲である。急冷速度がこの範囲より遅いと凝固組織が粗大結晶組織となり、ナノ結晶組織が得られない。急冷速度が上記の範囲より速いと凝固組織が非晶質組織となり、ナノ結晶組織が得られない。
【0018】
急冷凝固の方法は特に限定する必要はないが、望ましくは、図1に示した単ロール炉を用いて行なう。ここでは、矢印1の方向に回転する単ロール2の外周面に、ノズル3から合金溶湯を噴射して急冷凝固し、薄片4にする。単ロール法では、ロール外周面に接触する薄片の面から薄片の自由面に向かう一方向凝固により、急冷薄片が凝固形成されるので、薄片自由面(最終凝固部)に低融点相が形成される。このように薄片の表面上に低融点相が存在すると、焼結工程において低温で焼結反応が起きるので、低温焼結にとって非常に有利である。
【0019】
これと比べて、双ロール法では、薄片の両表面から薄片の中心部に向かう凝固が起きるので、低融点相は薄片の表面ではなく、中心部に形成される。したがって、双ロール法では、単ロール法の場合のような低温焼結効果は得られない。
【0020】
一般に、粗大結晶組織の生成を避けてナノ結晶組織の生成を狙って急冷した場合、速度は適度な範囲より速い方への変動を含みがちになるため、個々の急冷薄片は、ナノ結晶組織か非晶質組織のいずれかとなる。その場合、異なる組織の急冷薄片が混在した状態から、ナノ結晶組織の急冷薄片を選び出す必要がある。
【0021】
そのため、図2に示しているように、弱磁石を用いて、急冷薄片を結晶質薄片と非晶質薄片とに分別する。すなわち、急冷薄片(1)のうち、非晶質薄片は弱磁石で磁化されるので、落下せず(2)、結晶質薄片は弱磁石で磁化されないので、落下する(3)。
【0022】
〈焼結〉
本発明の方法では、生成し、必要に応じて分別したナノ結晶組織の急冷薄片を焼結する。焼結方法は特に限定されないが、ナノ結晶組織が粗大化しないように、できるだけ低温かつ短時間で行なう必要がある。そのため、加圧下で焼結を行なうことが好ましい。加圧下で焼結を行なう場合、焼結反応が促進されるので、低温焼結が可能になり、ナノ結晶組織が維持できる。
【0023】
焼結組織の結晶粒が粗大化しないように、焼結温度への昇温速度も速い方が望ましい。
【0024】
これらの観点から、加圧を伴う通電加熱による焼結、例えば通称「放電プラズマ焼結(SPS:Spark Plasma Sintering)」が望ましい。これによれば、加圧により通電を促進して、焼結温度を低下することができ、かつ短時間で焼結温度にまで昇温できるので、ナノ結晶組織を維持するのに最も有利である。
【0025】
ただし、SPS焼結に限定には限定されず、ホットプレスを用いることもできる。
【0026】
また、ホットプレスの類型として、通常のプレス成形機等を用いて、高周波加熱と付属ヒーターによる加熱を組み合わせた方法も可能である。高周波加熱では、絶縁性ダイス・パンチを用いてワークを直接加熱するか、又は導電性ダイス・パンチを用いてダイス・パンチを加熱し、加熱されたダイス・パンチによりワークを間接的に加熱する。付属ヒーターによる加熱は、カートリッジヒーター、バンドヒーター等によりダイス・パンチを加熱する。
【0027】
〈配向処理〉
本発明の方法では、随意に、得られた焼結体に配向処理を施すことができる。代表的な配向処理の手段は、熱間加工である。特に、加工度、すなわち焼結体の厚さの変形の大きさが、30%以上、40%以上、50%以上、又は60%以上の強加工が望ましい。
【0028】
焼結体を熱間加工(圧延、鍛造、押出加工等)することにより、辷り変形に伴って、結晶粒自体及び/又は結晶粒における結晶方向が回転し、磁化容易軸(六方晶の場合c軸)方向が配向(異方化)する。焼結体をナノ結晶組織とすることにより、結晶粒自体及び/又は結晶粒における結晶方向が容易に回転し、配向が促進される。これにより、ナノサイズの結晶粒が高度に配向した微細集合組織が達成され、高い保磁力を確保しつつ、残留磁化が著しく向上した異方性希土類磁石が得られる。また、ナノサイズの結晶粒からなる均質な結晶組織により、良好な角形性も得られる。
【0029】
ただし、配向処理の手段は熱間加工に限定されない。配向処理の手段は、ナノ結晶組織のナノサイズを維持して配向させることができる手段であればよい。例えば、異方性粉末(水素化−相分解−脱水素−再結合(HDDR:Hydrogenation−Disproportionation−Desorption−Recombination)処理粉末等)を磁場中圧粉して固形化した後で、加圧焼結を行なう方法がある。
【0030】
〈熱処理〉
本発明の方法では、焼結処理後、又は焼結処理及び随意の配向処理後に、熱処理を施す。この熱処理は、粒界の主として3重点に偏在していた粒界相を、粒界全体に拡散又は流動させるために行なう。
【0031】
粒界相が3重点に偏在していると、隣接する主相間に粒界相が存在しない場所があるため(あるいは存在量が不十分な場所があるため)、このような場所において、複数の主相に跨って交換結合作用が働き、実効的な主相サイズが粗大になり、保磁力が低下する。隣接する主相間に粒界相が十分な量で存在すると、隣接する主相間の交換結合が粒界相によって分断され、主相の実効サイズが微細化されるので、高い保磁力が得られる。
【0032】
ここで、熱処理の温度は、粒界相の拡散又は流動を可能とするのに十分高い温度であって、かつ結晶粒の粗大化を防止するのに十分低い温度である。
【0033】
粒界相の拡散又は流動を可能とする温度の指標としては、典型的には粒界相の融点がある。したがって例えば、熱処理温度の下限は、粒界相の融点又は共晶温度よりも高い温度とすることができる。
【0034】
なお、粒界相の融点は、下記に示しているように、添加元素の添加によって低下させることもできる。例えば具体的には、ネオジム磁石では、熱処理温度の下限は、Nd−Cu相の融点又は共晶温度近傍の温度とすることができる。熱処理温度の下限は例えば、450℃以上の温度である。
【0035】
結晶粒の粗大化を防止する温度の指標としては、主相、例えばネオジム磁石ではNdFe14B相の粗大化を抑制する温度を挙げることができる。したがって例えば、熱処理温度の加減は、熱処理後の結晶粒径が300nm以下、250nm以下、又は200nm以下になる温度とすることができる。この温度は例えば700℃以下の温度である。なお、本発明に関して、結晶粒径は、投影面積円相当径、すなわち粒子の投影面積と同じ面積を持つ円の直径を意味している。
【0036】
また、熱処理の時間は、1分以上、3分以上、5分以上、又は10分以上であって、30分以下、1時間以下、3時間以下、又は5時間以下とすることができる。ここで、この保持時間は、比較的短時間、例えば5分程度であっても、保磁力を改良する効果を得ることができる。
【0037】
図3を参照して、熱処理の作用効果を説明する。
【0038】
図3は、(A)従来の焼結希土類磁石及び(B)本発明のナノ結晶組織希土類磁石についての、(1)熱処理前の組織写真、(2)及び(2’)熱処理前の組織イメージ図、(3)及び(3’)熱処理後の組織イメージ図である。ここで、熱処理前後の組織イメージ図において、斜線を施した結晶粒と灰色の結晶粒とは、着磁方向が逆であることを意味している。
【0039】
従来の焼結希土類磁石(A)の場合、結晶粒のサイズは、典型的に10μm前後であり、これは、単磁区のサイズである300nm(0.3μm)程度よりも遥かに大きいため、結晶粒内に磁壁が存在する。したがって、磁化の状態は磁壁移動によって変化する。
【0040】
この従来の焼結希土類磁石(A)の場合、熱処理前(2)では、結晶粒界の3重点に粒界相が偏在しており、3重点以外の粒界には粒界相が存在しないか、存在量が非常に僅かである。このため、粒界は磁壁移動に対して障壁とならず、磁壁が結晶粒界を跨いで隣の結晶粒にまで移動してしまうため、高い保磁力が得られない。これに対して、熱処理後(3)では、粒界相が3重点から拡散又は流動して、3重点以外の粒界に十分に浸透し、結晶粒を被覆する。この場合には、粒界に十分な量で存在する粒界相が磁壁移動を阻止するので、保磁力が向上する。
【0041】
これに対して、本発明のナノ結晶組織希土類磁石(B)の場合、結晶粒のサイズは、典型的には100nm(0.1μm)前後であり、結晶粒が単磁区粒子であるため、磁壁は存在しない。
【0042】
この本発明のナノ結晶組織希土類磁石(B)の場合、熱処理前(2)では、結晶粒界の3重点に粒界相が偏在しており、3重点以外の粒界には粒界相が存在しないか、存在量が非常に僅かである。このため、隣接する結晶粒間の交換結合に対して粒界が障壁として作用せず、隣接する結晶粒同士が交換結合(2’)によって一体となるため、磁化反転が隣の結晶粒の磁化反転を誘起してしまい、高い保磁力が得られない。これに対して、熱処理後(3)では、粒界相が3重点から拡散又は流動して、3重点以外の粒界に十分に浸透し、結晶粒を被覆する。この場合には、粒界に十分な量で存在する粒界相が、隣接する結晶粒間の交換結合を分断する(3’)ので、保磁力が向上する。
【0043】
更に、この本発明のナノ結晶組織希土類磁石(B)の場合、ナノ結晶組織であり、結晶粒径が微小なため、3重点から拡散又は流動した粒界相が、結晶粒を極めて短時間で被覆するので、熱処理時間が大幅に短縮される。
【0044】
〈急冷処理〉
本発明の方法では、熱処理された焼結体を、50℃/分以上、80℃/分以上、100℃/分以上、120℃/分以上、又は150℃/分以上の冷却速度で、300℃以下、200℃以下、100℃以下、又は50℃以下の温度まで急冷する。
【0045】
このような急冷によれば、得られる希土類磁石の保磁力を特に大きくすることができる。理論に限定されるものではないが、このような急冷によれば、熱処理後の焼結体において主相界面に存在するFeが粒界相に拡散することが抑制され、それによって粒界相における鉄の含有率が低くなり、それによって隣接する結晶粒(主相)間の交換結合が妨げられることによって、得られる磁石の保磁力が大きくなると考えられる。
【0046】
したがって、急冷によって迅速に通過させるべき温度域は、主相界面に存在するFeが粒界相に拡散する温度であるので、急冷は、200℃以下等の温度まで行うことが必要である。ここで、急冷によって達成すべき冷却温度は、磁石の組成、結晶粒径等に依存すると考えられる。
【0047】
〈添加元素〉
本発明の望ましい態様においては、粒界相の融点を下げる元素が、希土類磁石組成に添加されている。本発明の方法では、このように添加元素によって粒界相の融点を低下させることによって、熱処理を低温で行うこと、すなわち粒子の粗大化を抑制しつつ、粒界の主として3重点に偏在していた粒界相を粒界全体に拡散又は流動させることができる。
【0048】
粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させる元素、特に希土類磁石を構成するNdと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させる元素としては、Al、Cu、Mg、Hg、Fe、Co、Ag、Ni、Zn、特にAl、Cu、Mg、Fe、Co、Ag、Ni、Znを挙げることができる。これらの添加元素の添加量は、0.05原子%〜0.5原子%、より好ましくは0.05原子%〜0.2原子%にすることができる。
【0049】
典型例として、上記希土類磁石組成が、上記式RFeCoで表され、かつNdに富む粒界相が形成される場合、例えば上記希土類磁石組成が、式Nd15Fe77Gaで表され、かつ希土類磁石がNdFe14Bからなる主相とNdに富む粒界相とから成る場合は、Ndと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させる元素を、この温度低下の効果が発現し且つ磁気特性及び熱間加工性を劣化させない範囲の量で、特に元素Mとして、上記希土類磁石組成に添加することができる。
【0050】
参考までに、上記の添加元素とNdとの2元合金の共晶温度(共晶組成の融点)を、Nd単体の融点と比較して下記に示している。上述したように融点あるいは共晶温度は、粒界相の拡散又は流動を可能とする温度の指標である。
【0051】
Nd:1024℃(融点)
Nd−Al:635℃
Nd−Cu:520℃
Nd−Mg:551℃
Nd−Fe:640℃
Nd−Co:566℃
Nd−Ag:640℃
Nd−Ni:540℃
Nd−Zn:630℃
【0052】
《ナノ結晶組織希土類磁石》
本発明のナノ結晶組織希土類磁石は、下記の組成式で表され:
FeCo
(R:Yを含む1種以上の希土類元素、
M:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、V、Hg、Sg、Auの少なくとも1種、
13≦v≦20、
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、
0≦z≦3)、
下記の(i)及び(ii)のいずれかから構成され:
(i)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)及びR、
(ii)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)17及びR、
エネルギー分散型X線分光法で分析したときの粒界相におけるFeとNdとの原子比(Fe/Nd)の最小値が、1.00以下、0.90以下、0.80以下、0.70以下、又は0.60以下である。
【0053】
本発明の希土類磁石の組成、製造方法等に関しては、希土類磁石を製造する本発明の方法に関する記載を参照できる。
【実施例】
【0054】
〔実施例1〕
組成Nd15Fe77Gaのナノ結晶希土類磁石を製造した。最終的に得られる組織は、主相であるNdFe14相と、粒界相であるNdリッチ相(Nd又はNd酸化物)又はNdFe相とから成るナノ結晶組織である。Gaは、粒界相中に富化して粒界の移動を阻止し、結晶粒の粗大化を抑制する。
【0055】
〈合金インゴットの作製〉
上記組成となるようにNd、Fe、B及びGaの各原料を所定量秤量し、アーク溶解炉にて溶解し、合金インゴットを作製した。
【0056】
〈急冷薄片の作製〉
合金インゴットを高周波炉で溶解し、得られた溶湯を図1に示しているように銅製単ロールのロール面に噴射して急冷した。用いた条件は下記のとおりであった。
【0057】
《急冷凝固条件》
ノズル径:0.6mm
クリアランス:0.7mm
噴射圧力:0.4kg/cm
ロール速度:2350rpm
溶解温度:1450℃
【0058】
〈分別〉
得られた急冷薄片では、前述したように、ナノ結晶質薄片と非晶質薄片とが混在しているので、図2に示しているように、弱磁石を用いて、をナノ結晶薄片と非晶質薄片とに分別した。すなわち、図2に示しているように、急冷薄片(1)のうち、非晶質薄片は軟磁性体であり弱磁石で磁化されるので、落下せず(2)、ナノ結晶急冷薄片は硬磁性体であり弱磁石では磁化されないので、落下した(3)。落下したナノ結晶急冷薄片のみを収集して、以下の処理に供した。
【0059】
〈焼結〉
得られたナノ結晶急冷薄片を下記の条件にてSPS焼結した。
【0060】
《SPS焼結条件》
焼結温度:570℃
保持時間:5分
雰囲気:10−2Pa(Ar)
面圧 :100MPa
【0061】
上記のように、焼結時に面圧100MPaを負荷した。これは、通電を確保するための初期面圧34MPaを超える大きな面圧であり、これにより焼結温度570℃、保持時間5分で焼結密度98%(=7.5g/cm)が得られた。従来、同等の焼結密度を得るために、加圧なしでは1100℃程度の高温が必要であったのに対して、焼結温度を大幅に低下することができた。
【0062】
ただし、低温焼結の実現には、単ロール法によって急冷薄片の片面に低融点相が形成されたことも寄与している。融点の具体例として、主相NdFe14の融点が1150℃であるのに対して、低融点相の融点は例えば、Ndが1021℃、NdGaが786℃である。
【0063】
すなわち、本実施例においては、加圧焼結(面圧100MPa)の加圧自体による焼結温度低下の効果に加えて、急冷薄片の片面にある低融点相による焼結温度低下の効果が複合して、上記570℃という低温焼結が達成できた。
【0064】
〈熱間加工〉
配向処理として、SPS装置を用いて下記の強加工条件にて熱間加工を行なった。
【0065】
《熱間加工条件》
加工温度:650℃
加工圧力:100MPa
雰囲気 :10−2Pa(Ar)
加工度 :60%
【0066】
〈熱処理〉
得られた強加工体を2mm角に切断し、下記の条件にて熱処理を行なった。
【0067】
《熱処理条件》
保持温度:550℃
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/min(一定)
保持時間:30分(一定)
冷却:2℃/min〜2,200℃/min
雰囲気:2Pa(Ar)
【0068】
〈磁性の評価〉
得られたサンプル(組成Nd15Fe77Ga)について、VSMにより熱処理前及び熱処理後の磁気特性を測定した。結果を表1及び図4に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
表1及び図4の結果からは、熱処理後の冷却速度が大きくなると、得られるナノ結晶希土類磁石の保磁力が大きくなることが理解される。
【0071】
また、エネルギー分散型X線分光法(EDX)で分析したときの主相(結晶粒)と粒界相との間での組成変化を図5で示す。ここで、図5(a)は、冷却速度2℃/minのときの図であり、また図5(b)は、冷却速度163℃/minのときの図である。
【0072】
図5からは、冷却速度が大きい場合には、冷却速度が小さい場合と比較して、主相(結晶粒)と粒界相との間での組成変化が大きくなっていること、特に粒界相でのFe含有率が小さくなっていることが理解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を含む、結晶粒及び粒界相を有するナノ結晶組織希土類磁石の製造方法:
希土類磁石組成の溶湯を急冷して、ナノ結晶組織を有する急冷薄片を形成する工程、
前記急冷薄片を焼結して焼結体を得る工程、
粒界相の拡散又は流動を可能とするのに十分高く、かつ結晶粒の粗大化を防止するのに十分低い温度で、前記焼結体に熱処理を施す工程、及び
熱処理された前記焼結体を、50℃/分以上の冷却速度で200℃以下の温度まで急冷する工程。
【請求項2】
前記焼結工程の後であって前記熱処理工程の前に、得られた焼結体に配向処理を施す工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記熱処理の温度が、粒界相の融点又は共晶温度より高く、かつ熱処理後の結晶粒径が300nm以下となる温度である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記熱処理の温度が450〜700℃である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記熱処理の際の保持が、1分〜5時間の範囲である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させる添加元素が、前記希土類磁石組成に添加されている、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記希土類磁石がNdを含有し、かつ前記添加元素が、粒界相の融点又は共晶温度をNd単体の融点以下に下げる元素である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記添加元素が、Al、Cu、Mg、Fe、Co、Ag、Ni、Znから選択される、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記希土類磁石組成が、下記の組成式で表され:
FeCo
(R:Yを含む1種以上の希土類元素、
M:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、V、Hg、Sg、Auの少なくとも1種、
13≦v≦20、
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、
0≦z≦3)、
前記希土類磁石が、下記の(i)及び(ii)のいずれかから構成され:
(i)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)及びR、
(ii)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)17及びR、
エネルギー分散型X線分光法で分析したときの前記粒界相におけるFeとNdとの原子比(Fe/Nd)の最小値が、1.00以下である、
請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
希土類磁石の主相がNdFe14Bである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
下記の組成式で表される希土類磁石であって:
FeCo
(R:Yを含む1種以上の希土類元素、
M:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、V、Hg、Sg、Auの少なくとも1種、
13≦v≦20、
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、
0≦z≦3)、
下記の(i)及び(ii)のいずれかから構成され:
(i)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)及びR、
(ii)主相R(FeCo)14B、並びに粒界相R(FeCo)17及びR、
エネルギー分散型X線分光法で分析したときの前記粒界相におけるFeとNdとの原子比(Fe/Nd)の最小値が1.00以下である、
希土類磁石。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−45844(P2013−45844A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181715(P2011−181715)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】