説明

延伸ローラの製造方法および延伸ローラ

【課題】 十分な耐久性(耐摩耗性)を有し、かつ毛羽の発生を抑制できる延伸ローラの製造方法とこれに用いる延伸ローラを提供する。
【解決手段】 熱可塑性合成繊維を延伸する延伸ローラの基材上に溶射被膜を形成した延伸ローラの製造方法において、
(A)タングステンカーバイド(WC)と、(B)コバルト、クロム及びニッケル中から選ばれる少なくとも一種の金属成分を含んで構成される結合材とからなる溶射粉末を2000〜3000℃のフレーム中で前記結合材を溶融させ、1500m/sec以上の飛翔速度で溶融させた前記溶射粉末を延伸ローラ基材に溶射して気孔率が0.5%以下の溶射被膜を形成することを特徴とする延伸ローラの製造方法とこれに用いる延伸ローラとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱可塑性合成繊維からなる延伸糸を製造する際に用いる延伸ローラの製造方法とこれによって得られた延伸ローラに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、全芳香族ポリアミド繊維などの熱可塑性合成繊維の製造工程、特に、タイヤコード、シートベルト、エアバック等の産業資材用繊維の製造工程において、例えば紡糸した糸条を一旦巻き取ることなく、直接延伸する直接紡糸延伸方法などが盛んに行われている。
【0003】
このような製糸工程においては、一方では製糸速度が2000m/分以上と高速化するとともに、他方では高強力、高タフネスおよび高耐久性などの高品質の糸条を製造するための過酷な延伸熱処理が要求される。このため、過酷でかつ高速な延伸熱処理によって単糸切れ(以下、“毛羽”という)が発生しやすい状況にある。
【0004】
このような毛羽の発生は生産工程調子の悪化を招くばかりでなく、例えば産業資材用繊維としての品質面においても問題となる。さらに、このような毛羽を有する糸条がタイヤコード、シートベルト、エアバック等の最終製品に仕上げるための高次加工工程に供されると、その取扱性にしばしば問題が生じる。
【0005】
このような毛羽の発生は、延伸ローラの表面仕上げ状態に左右され、このため、従来、ローラの接糸面を極めて平滑に仕上げることができる硬質クロム鍍金法によって、ローラ上に硬質被膜を形成することが行われていた。
【0006】
そのため、これまで、硬質クロムメッキを施した延伸ローラが、糸条の毛羽発生を抑制するには、最適な表面処理であるとされてきた。しかしながら、硬質クロム鍍金を施した延伸ローラは、その表面硬度が不足しているために、近年の高速化された産業用ポリエステル繊維を製造する装置には、耐摩耗性が低く耐久性の点で問題があった。
【0007】
しかしながら、産業用合成繊維を直接紡糸延伸するために用いる延伸ローラなどでは、長期間に渡る使用で、ローラ上を走行する糸条によって磨滅したりして、経時的に磨耗が進行する事態を惹起する。そうすると、当初は最適な表面仕上げ状態にされた糸条接糸面の表面状態が好ましい状態を維持できなくなる。つまり、このような耐摩耗性が低いローラの使用を続けると、適当な表面粗さに仕上げ処理した接糸面が摩耗して、鏡面状態に変化し、走行糸条との間の摩擦係数が大きくなる。
【0008】
このように摩擦係数が大きい状態で走行糸条がローラ表面を滑ると、糸条が受けるダメージが大きくなる。このような理由から、ローラの使用開始後からある期間が経過すると、毛羽の発生が増加し毛羽低減のためのローラ交換が必要となっていた。しかも、このような製糸工程は、例えば、150〜350℃といった高温度に加熱されている上に、更に糸条を延伸するために高張力で引っ張るといった条件も付加されると、ローラの磨耗がより促進され、耐久性の点で問題があった。
【0009】
そこで、このような問題を解消するための従来技術として、特許文献1(特開2005−68618号公報)には、金属製のローラ基材の表面にタングステンカーバイド複合材のサーメット層を被覆形成した後、このサーメット層に生じたポーラス部(気孔部)に金属アルコキシド有機溶剤、アルカリシリケート、コロイダルシリカ及び六価クロムのいずれかからなる封孔剤を封入すると共に、接糸面を特定の表面粗さに仕上げることが提案されている。
【0010】
しかしながら、この従来技術では、必要な延伸ローラを得るために、(1)金属製ローラ基材の表面清浄工程−(2)タングステンカーバイド複合材を溶射する溶射被膜(サーメット層)の形成工程−(3)封孔処理工程−(4)砥石研削加工による鏡面研磨工程−(5)ブラストで粗面化する粗さ調整工程−(6)ローラ表面清浄工程−(7)表面仕上げ研磨加工工程−(8)ローラ表面清浄工程といった多くの工程を必要とする。したがって、延伸ローラの製造が煩雑に折る上に製造に余分なコストがかかるという問題がある。
【特許文献1】特開2005−68618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、熱可塑性合成繊維を延伸する延伸ローラにおいて、その耐久性を十分に保ちながら、処理する糸条に対するダメージを最小限に抑制できる延伸ローラの製造方法とこれによる延伸ローラを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するために本発明者は、セラミックの溶射被膜の仕様を見直し、毛羽抑制効果を持ち、かつ耐久性を十分に有する表面処理方法を鋭意検討した。
【0013】
その結果、本発明に係わる延伸ローラの製造方法として、
(1) 熱可塑性合成繊維を延伸する延伸ローラの基材上に溶射被膜を形成した延伸ローラの製造方法において、(A)タングステンカーバイド(WC)と、(B)コバルト、クロム及びニッケル中から選ばれる少なくとも一種の金属成分を含んで構成される結合材とからなる溶射粉末を2000〜3000℃のフレーム中で前記結合材を溶融させ、1500m/sec以上の飛翔速度で溶融させた前記溶射粉末を延伸ローラ基材に溶射して気孔率が0.5%以下の溶射被膜を形成することを特徴とする延伸ローラの製造方法、
(2) 溶射前の延伸ローラ基材の表面に対して、十点平均粗さ(Rz)で表して10〜60μmの凹凸を形成する(1)に記載の延伸ローラの製造方法、
(3) 前記溶射粉末を形成するタングステンカーバイド(A)と結合材(B)との配合比(A)/(B)が(70〜95重量%)/(30〜5重量%)である(1)又は(2)に記載の延伸ローラの製造方法、
(4) 前記結合材(B)がコバルトからなり、タングステンカーバイド(A)との配合比(A)/(B)が(75〜93重量%)/(7〜25重量%)である請求項1〜3の何れかに記載の延伸ローラの製造方法、
(5) 前記タングステンカーバイド(A)の一次粒子の平均粒子径が1.0〜7.0μmであって、前記結合材(B)の一次粒子の平均粒子径が0.5〜10μmである(1)〜(4)の何れかに記載の延伸ローラの製造方法、
(6) 前記タングステンカーバイドと結合材の一次粒子が平均粒子径で10〜70μmの顆粒状粉末にされた球状を呈する溶射粉末を用いて延伸ローラの基材に溶射する(5)に記載の延伸ローラの製造方法、そして、
(7) 液体燃料を純酸素で燃焼させて得たフレームに溶射粉末を供給して溶射する(1)〜(6)の何れかに記載の延伸ローラの製造方法が提供される。
【0014】
次に、本発明に係わる延伸ローラとして、
(8) 前記溶射被膜の接糸面における表面粗さ(JIS B 0601-1994)に関し、その算術平均粗さ(Ra)が0.5〜1.5μmであって、かつTp(C)(C:切断レベル%)が70%<Tp(50%)<95%である(1)〜(7)の何れかに記載の延伸ローラ、
(9) 前記溶射被膜の厚さが30〜300μmである(8)に記載の延伸ローラ、
(10) 前記溶射被膜の少なくとも接糸面におけるビッカース硬度(Hv)が1200以上である(8)又は(9)に記載の延伸ローラ、そして、
(11) 産業用ポリエステル繊維を延伸するためのローラである(8)〜(10)の何れかに記載の延伸ローラが提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明の延伸ローラの製造方法とこれによって製造される延伸ローラによれば、(A)タングステンカーバイド(WC)と、(B)コバルト、クロム及びニッケル中から選ばれる少なくとも一種の金属成分を含んで構成される結合材とからなる溶射粉末を2000〜3000℃のフレーム中で前記結合材を溶融させ、1500m/sec以上の飛翔速度で溶融させた前記溶射粉末を延伸ローラ基材に溶射して形成することができる。
【0016】
このようにして形成された溶射被膜は、溶射粉末に含まれる結合材が2000〜3000℃で溶融され、1500m/sec以上の高速度でローラ基材に衝突する。このため、非常に大きな衝撃力によって、溶融状態にある溶射粉末は扁平状に潰されて極めて短時間で凝固するため、ローラ基材との結合力が強くかつ緻密な組織を有する溶射被膜が形成される。
【0017】
したがって、気孔率が0.5%以下であって、高硬度かつ耐磨耗性に優れた平滑な状態の溶射被膜が得られる。なお、気孔率の測定に関しては、溶射を行って形成した溶射皮膜を切断し、切断断面を光学顕微鏡により拡大して観察し、気孔(空孔)の占有率を百分率計算によって求めた。
【0018】
以上に述べたように、本発明の延伸ローラによれば、加熱−冷却サイクルの繰返しなどが生じても溶射被膜の耐剥離性が極めて優れている。しかも、気孔率が0.5%以下と極めて低いために、従来技術のように封孔処理を行わなくても走行糸条から脱落した紡糸油剤の気孔部からの進入や延伸ローラを清浄化するための洗浄処理剤の進入も極めて少ないため、この点においても溶射被膜の耐剥離性が極めて優れている。
【0019】
また、本発明の方法によって形成された溶射被膜は平滑性に優れた良好な溶射被膜が得られるために、溶射被膜を形成した後に、簡単な研磨加工をすることだけで、溶射被膜の接糸面における表面状態(表面粗さ)を走行糸条に損傷を与えない状態に仕上げることができる。
【0020】
したがって、形成された溶射被膜は高硬度であって耐摩耗性に優れるが故に、熱可塑性合成繊維の延伸ローラとして十分な耐久性を有し、しかも、毛羽の発生を抑制できる表面状態に用意に仕上げることができるという極めて顕著な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の延伸ローラとその製造方法に係わる熱可塑性合成繊維は、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、全芳香族ポリアミド繊維などであって、中でもポリエステル繊維、特にポリエチレンテレフタレート系ポリエステルである。
【0022】
このようなポリエチレンテレフタレート系ポリエステルとしては、エチレンテレフタレートを主たる繰り返し単位とするポリエステルである。なお、本発明の目的を阻害しない範囲内、例えば、酸成分を基準として、10モル%以下、好ましくは5モル%以下で他の成分を共重合したポリエステルであっても良い。
【0023】
その際、このように好ましく用いられる共重合成分として、イソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸、ドデカン2酸、ダイマー酸、スルホイソフタル酸ナトリウム塩、スルホイソフタル酸テトタブチルホスホニウム塩のような酸成分、エチレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、シクロヘキサン−1,4−ジメタノール、2,2−ビス{4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル}プロパン、分子量4000以下のポリエチレングリコールのようなグリコール成分があげられる。また、本発明においては、上記ポリエステルを、より高タフネスで低熱収縮性の繊維を得るため、固相重合して固有粘度を0.90以上とすることが望ましい。
【0024】
一般に、産業用ポリエステル繊維は図1に例示したように溶融紡糸した繊維をこれに引き続く延伸工程で適当な倍率で延伸することによって製造される。
図1において、熱可塑性ポリマーは紡糸口金パック1から紡出されて、糸条として引取りローラ2にて引き取られ、一旦巻き取るか、あるいは図1の例のように巻き取ることなく連続して、予熱ローラ3で予熱し、例えば、第1加熱延伸ローラ4との間で3.0〜4.0倍に1段目の延伸を行い、更に第2加熱延伸ローラ5との間で全延伸倍率が5.0〜7.0倍になるように2段目の延伸を行い、最終ローラである弛緩ローラ6との間で9〜11%の弛緩熱処理を施し、巻取機7により巻き取る。
【0025】
このような工程を想定した場合に、例えば、予熱ローラ3と第1延伸ローラ4、第1延伸ローラ4と第2延伸ローラ5の間で糸条は大きな張力が付与された延伸されるため、これら延伸ローラ4及び5には大きな張力が作用する。しかも、糸条は高速で摩擦抵抗を受けながらローラ上を高い張力が付与された状態で走行するために、これらローラ4及び5には長期間に渡る耐摩耗性性が求められる。したがって、これら延伸ローラ4及び5の表面には、耐摩耗性に優れた高硬度のWCからなる溶射被膜を形成することが要求される。
なお、本発明に係わる延伸ローラの基材の材質としては、機械構造用炭素鋼あるいはクロムモリブデン鋼などを好ましく用いることができる。
【0026】
以上に述べたような背景から、本発明に係わる延伸ローラの基材に対して、高速フレーム(HVOF:High Velocity Oxy-Fuel)溶射法(好ましくは、後述の超高速フレーム溶射法)を使用して高硬度かつ耐摩耗性に優れたタングステンカーバイド(WC)を主体とし、その結合材として例えばコバルト(Co)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)などの金属を配したサーメット被覆をその接糸面に形成する。なお、タングステンカーバイドには、WC(一炭化一タングステン)とWC(一炭化二タングステン)の2種類があるが、本発明で使用する好ましいタングステンカーバイドはWCの方である。
【0027】
なお、溶射による被膜形成については、熱源によって溶融可能な材料であれば冶金的には融合できないようなものでも、溶射材料粒子として予め焼結法や周知のメカニカルアロイ法などの造粒法によって複合化しておけば被膜形成が可能である。したがって、タングステンカーバイドのような炭化物が保有する高硬度特性や高耐磨耗性を利用する被膜を延伸ローラの基材上に形成するためには、現実には、タングステンカーバイドのような炭化物は、それ自体は溶融しないため、バインダーとして必ず前述のようなコバルト、クロム、ニッケルなどからなる金属成分が添加され、いわゆる炭化物サーメットとして使用される。
【0028】
すなわち、溶射材料としてのタングステンカーバイドは硬度が極めて高く、耐摩耗性に優れているが、タングステンカーバイド単体の溶射は困難であるので、通常はコバルト、クロム、ニッケルなどの単体金属、これらの混合物、またはそれらを含む合金を結合材として、タングステンカーバイドと混合もしくは複合化して使用されるのである。
【0029】
具体的なタングステンカーバイドを主成分とするサーメット溶射被膜の例としては、タングステンカーバイドと結合材との配合比(タングステンカーバイド)/(結合材)が(70〜95)/(30〜5)であるものが好ましく、さらに好ましくは(73〜88重量%)/(27〜12重量%)であるものがよい。
【0030】
より具体的には、タングステンカーバイト(88重量%)+コバルト(12重量%)、タングステンカーバイト(83重量%)+コバルト(17重量%)、タングステンカーバイト(88重量%)+ニッケル(12重量%)、タングステンカーバイト(73重量%)+クロム(20重量%)+ニッケル(7重量%)、タングステンカーバイト(84重量%)+コバルト(12重量%)+クロム(4重量%)などの組成を例示することができる。
【0031】
ただし、本発明の延伸ローラ上に被覆する溶射被膜としては、タングステンカーバイド−コバルト系が高硬度が得られる点などからより好ましく、その時の組成としては、タングステンカーバイド粉末75〜93重量%と、コバルト粉末7〜25重量%とを配合したものが好ましい。
【0032】
何故ならば、タングステンカーバイド粉末が75重量%未満であり、コバルト粉末が25重量%を超えると、溶射により形成される被膜の硬度と耐摩耗性の低下が著しく、実用に供することが困難となる。逆に、タングステンカーバイド粉末が93重量%を超え、コバルト粉末が7重量%未満であると、タングステンカーバイド粒子のバインダーとして作用するコバルト粒子の量が不足し、溶射により形成される被膜の靭性が低下するとともに、基材との密着性が低下して剥離しやすくなるからである。
【0033】
以上に述べたような溶射被膜を形成させるのに際して、本発明に係わる延伸ローラの接糸面(基材)に関しては、溶射被膜が密着する表面積を拡大し、溶射被膜との密着強さを高く維持するために、被膜形成する前に、溶射する基材表面の一部あるいは全部のスケールを取り除き、予め洗浄して清浄化し、粗面化処理を行うことが好ましい。なお、この粗面化処理は、グリットブラスト処理にて行うのが好適であり、SiC、アルミナなどのグリットを例えば0.5MPa程度の圧力で被溶射基材表面に吹き付けて行う。
【0034】
このようにして形成される粗面化処理後の基材の表面は、表面粗さ(十点平均粗さ:Rz)で表して10〜60μmの凹凸を形成するのが好ましい。何故ならば、前述のように、この凹凸により溶射被膜と基材との間の接触面積が増し、アンカー効果によってその機械的結合が強化されるからである。このとき、表面粗さ(Rz)が10μm未満であるとアンカー効果が不十分であるため密着強度が低下し、逆に、表面粗さ(Rz)が60μmを超えると被膜の表面粗度が粗くなり後の仕上げ工数が多くなって好ましくない。
【0035】
ところで、前述の高速フレーム(HVOF:High Velocity Oxy-Fuel)溶射法と呼ばれる溶射法によれば、溶射ガン燃焼室の圧力を高めることによって、爆発燃焼炎に匹敵する高速火炎を発生させることができる。しかも、この燃焼炎ジェット流の中心に粉末材料を供給して溶融または半溶融状態にし基材に対して高速度で連続噴射することによって、溶射被膜を容易に形成することができる。
【0036】
また、超高速フレーム溶射法はHP/HVOF法(High Pressure/High Velocity Oxy-Fuel)と呼ばれるもので、高燃焼圧力、高ガス流速、高速粒子の溶射法であるところに特徴がある。すなわち、HP/HVOF法は、基本的には既存のHVOF法の改良型ではあるが、HVOF法と異なる点は、HVOF法では気体燃料(プロパン、プロピレンあるいは水素)を使用しているのに対して、HP/HVOF法では液体燃料である灯油(もしくはケロシン)を使用することである。
【0037】
これによって、超高速フレーム溶射法では、連続高燃焼圧(80〜90MPa程度でHVOF法の約1.5倍)を可能とし、その圧力で2100m/sec以上という極めて高速のフレーム速度を達成して、高速度で溶射材料を飛翔させて基材に吹き付けて溶射することができる。
【0038】
これに対して、プラズマ溶射法の溶射材料の飛翔速度に関しては、例えばプラズマ溶射機として、市販のSG−100(PRAXAIR社製)を用いて、Arガス圧力45MPa(65psi)、Heガス圧力69MPa(100psi)の条件で溶射した場合には、プラズマ炎の速度は500〜600m/secに過ぎない。
【0039】
このように、プラズマ溶射法による溶射粒子の飛翔速度がそれほど大きくないことから、プラズマ溶射法では緻密な溶射被膜の形成が困難である。したがって、プラズマ溶射法で得られる溶射被膜は、セラミックス焼結体に比べて耐摩耗性などの特性が劣るという欠点がある。
【0040】
また、一般に、溶射被膜の主成分であるタングステンカーバイドは、大気中で高温安定性に乏しい特性がある。例えば、実質火炎温度が5000〜6000℃に達するプラズマ溶射を用いた場合は、主成分であるタングステンカーバイドは溶射加工時に脱炭反応を起こし、本来のタングステンカーバイドの特性が損なわれて、溶射被膜の硬さが低下する場合がある。
【0041】
しかし、超高速ガス炎溶射(HP/HVOF)の場合には、液体燃料である灯油(もしくはケロシン)を純酸素で燃焼させて得た火炎(フレーム)を用いるので、その火炎温度は2000〜3000℃であるという特徴がある。したがって、タングステンカーバイド複合材の粒子は、溶射中にほとんど酸化脱炭反応を起こすことなく、しかも平滑な高硬度のサーメット溶射被膜を形成することができるという大きな特徴を有する。
【0042】
しかも、超高速ガス炎溶射(HP/HVOF)法で溶射された機能被膜の基材に対する密着強度は70MPa以上ときわめて優れており、膜厚が30μm〜3.0mm程度であればその剥離や割れの発生は全くない。これはHP/HVOF法の溶射被膜が圧縮応力で形成されるいわゆる圧縮被膜(従来のHVOF法等による溶射被膜は引張被膜)であるためで、その被膜自体の残留応力も圧縮応力であるが故に、基材金属に対して被膜が高張力と高密着性とを有しているためと考えられる。
【0043】
更に、このようにして形成された溶射被膜は、例えば、JIS Z2244に準拠した300g荷重下でのビッカース硬さ(Hv)で1000〜1600という高硬度を有しながら、気孔率が0.5%以下であって、空孔のほとんどない緻密な組織となっている。なお、熱可塑性合成繊維を延伸するためのローラとしては、ビッカース硬さ(Hv)が1200以上であることが好ましい。したがって、この方法で形成された溶射被膜は、溶射したままでもその被膜表面は優れた平滑性を有している。
【0044】
このような気孔率が0.5%以下と空孔のほとんどない平滑な溶射被膜が形成される理由としては、溶射法によって溶融又は半溶融状態となった耐摩耗性を有する溶射粉末を前述のように例えば2100m/sec以上という極めて高速のフレーム速度で溶射ガンのチャンバ内の酸素と灯油との燃焼炎中に搬送ガスとともに基材に吹き付けられることにより、基材に衝突した液滴が、極めて大きな高衝突エネルギーを受けて扁平に潰れるとともに基材に瞬時に熱を奪われて凝固するからと考えられる。
【0045】
以上に、詳細に述べたように、本発明の溶射被膜は、タングステンカーバイド(WC)とコバルト(Co)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)などの金属成分からなる結合材からなる溶射粉末をタングステンカーバイド(WC)が酸化脱炭反応を起こし難い2000〜3000℃の火炎(フレーム)中で前記結合材を溶融させ、更に、フレーム速度が1500m/sec以上、好ましくは2000m/secという極めて高速で溶融させた溶射粉末をローラ基材に溶射することを大きな特徴とするものである。
【0046】
その際、本発明において使用するコバルトなどからなる結合材としては、その一次粒子の平均粒子径が0.5〜10μmとするのが好ましく、より好ましくは1〜5μmである。また、本発明の溶射用粉末に関しては、溶射用粉末に含まれるタングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径を1.0〜7.0μm、より好ましくは、2.0〜5.0μmとすることが好ましい。
【0047】
ただし、本発明で言う「平均粒子径」とは、レーザービーム回折法により測定される粒度分布測定データにおいて粒子径の小さい方から順次粒子の体積を積算した積算値を求め、求めた積算値が全粒子体積の50%に等しくなるときの粒子の粒径である。なお、この平均粒子径は、例えば、堀場製作所社製のレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置「LA−300」などを使用することによって求めることができる。
【0048】
ここで、コバルトなどからなる結合材として、その一次粒子の平均粒子径を0.5〜10μmとすることが好ましい理由としては、下記のような点が挙げられる。
すなわち、結合材粒子はフレームにより熱せられて溶融又は軟化するに際して、平均粒子径が小さいほど軟化しやすくなる。しかしながら、このような小さな平均粒子径を有する結合材粉末を得るためには、製造コストが非常に高くなり好ましくない。しかも、平均粒子径が0.5μm未満の結合剤粉末を使用したとしても、得られる溶射被膜の性能がそれに見合うだけの優れたものとはならない。また、結合材粉末の平均粒径が10μmを超えると、溶射中に結合材粒子が良好に溶融したり軟化したりしなくなる。
【0049】
次に、タングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径を1.0〜7.0μmとすることがこのましいのは、下記のような理由による。
一般に、サーメットからなる溶射用粉末を溶射して形成される溶射被膜では、溶射用粉末中の金属成分がマトリックス相となって、そのマトリックス相に溶射用粉末中のセラミックス粒子が分散した状態となる。
【0050】
このとき、セラミックス粒子の平均粒子系が1.0μm未満と小さい場合には、各セラミックス粒子のマトリックス相(結合材相)に対する接触面積が小さくなるため、各セラミックス粒子を溶射被膜中に保持する力は小さくなる。したがって、溶射被膜に対して摩擦力が加わったときにセラミックス粒子が溶射被膜から容易に脱落してしまい、溶射被膜は優れた耐摩耗性を発揮することができない。
【0051】
これに対して、タングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径が1.0μm以上であれば、各セラミックス粒子のマトリックス相に対する接触面積が比較的大きくなるので、各セラミックス粒子を溶射被膜中に保持する力もそれに伴って大きくなる。よって、溶射被膜に対して摩擦力が加わったときのセラミックス粒子の脱落を抑制することができ、その結果、溶射被膜は、セラミックス粒子の高耐摩耗性に基づいて、優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0052】
また、セラミックス粒子のサイズが小さいと、溶射中にセラミックス粒子の表面が酸化される度合いが大きくなる。そうすると、セラミックス粒子の酸化された部分は、溶射被膜において欠陥部となって溶射被膜の耐摩耗性を低下させる。また、タングステンカーバイド粒子の平均粒径が1μm未満であると、溶射中に熱の影響を過度に受けて、脱炭により脱炭相(WC)又は脆化相(CoC)に変質するタングステンカーバイドが増えるおそれがあり好ましくない。
【0053】
これに対して、タングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径が1.0μm以上であれば、各セラミックス粒子の溶射中の酸化を大幅に抑制することができ、耐摩耗性に優れた溶射被膜を形成することができる。
【0054】
しかしながら、タングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径が1.0μm以上であっても、タングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径が過度に大きくなって7.0μmを超えると、基材に衝突した際に、基材に付着しないではね返る傾向が大きくなる。これに対して、タングステンカーバイドの一次粒子の平均粒子径が7.0μm以下であれば、溶射粒子のはね返りが抑制され、付着効率が向上する。
【0055】
本発明においては、前述のような平均粒子径を有するタングステンカーバイドの一次粒子と結合材の一次粒子とを造粒して顆粒状粉末とし、この顆粒状粉末を直接溶射に用いる原料粉末とすることが好ましい(このような顆粒状粉末を作成する方法は、特開平10−88311号公報などに詳細に記載されている周知の方法を使用できるので、ここでは、その説明を省略する)。
【0056】
何故ならば、タングステンカーバイド粉末(一次粒子)と結合材粉末(一次粒子)を所定の比率で機械的に単に混合したのみでは、タングステンカーバイドと結合材とが互いに所定の結合力で複合化されていないため溶射中にそれぞれが分離するからである。そうすると、被膜中にタングステンカーバイドとコバルトの偏析を生じ、均一な組織と組成を有する被膜を形成することが困難である。
【0057】
なお、タングステンカーバイド粉末と金属系の結合材粉末とを互いに混合して溶融した後に鋳造し、次いで、粉砕、分級する方法がある。しかしながら、この方法では、溶融時に固体のタングステンカーバイドと溶融した結合材とが化学反応をするおそれがある。例えば、結合材としてコバルト(Co)を用いた場合には、タングステンカーバイドが脱炭されて脱炭相(WC)が生じたり、脆化相(CoC)が生成したりして、品質が低下してしまうおそれがあるので、注意が必要である。
【0058】
また、原料のタングステンカーバイド粉末と結合材粉末とを混合して成形し、焼結した後、粉砕、分級する方法もあるが、溶射原料粉末の形状が球形とならないために、フレーム中に溶射原料粉末を投入する際の流動性が悪く、溶射効率が低くなる。
【0059】
したがって、タングステンカーバイドの一次粒子と結合材の一次粒子とを顆粒状にして顆粒状粉末を作製する方法を用いることが好ましい。なお、このような方法としては、例えば、スプレードライ法、転造造粒法、流動床造粒法などの各種の方法がある。
【0060】
ただし、造粒して得られる顆粒状粉末の結合強度が低い場合には、必要に応じて熱処理を行って焼結させても良い。これにより、溶射時に、結合材からなる溶融液滴が形成される前に造粒粒子が崩壊することを抑制できる。この場合、焼結条件としては、造粒粉末内の一次粒子同士が軽く焼結されているような条件を選べばよい。
【0061】
次に、作製する顆粒状粉末の平均粒子径に関しては、10〜70μmの範囲とすることが好ましい。何故ならば、この範囲の平均粒子径を有する顆粒状粉末を用いることにより、取扱いが容易となると共に、フレーム中へ溶射原料粉末を供給する際の流動性もよくなるからである。したがって、結合材を良好に溶融状態とすることができ、均質な溶融粒子を形成することができる。なお、平均粒子径が過度に小さいと、セラミック溶射材が燃焼炎にうまく乗らないといった弊害が発生して良好な溶射被膜を形成できない場合がある。
【0062】
以上に述べたように、本発明においては、タングステンカーバイド粉末からなる一次粒子と結合材粉末からなる一次粒子とを適当な分散媒に分散させてスラリーとし、このスラリーを噴霧造粒法により造粒し、引き続いて、造粒した粒子を焼結した後に解砕、分級することで製造することが好ましい。しかしながら、焼結−粉砕法、すなわち、タングステンカーバイド粉末と結合材粉末とを均一に混合して圧縮成型してから焼結し、得られた焼結体を機械的に粉砕した後に分級する方法で製造するようにしてもよい。
【0063】
本発明においては、HP/HVOF法のような極めて高速での溶射被膜の形成を行うために、単純なHVOF法とは異なり、溶射原料粒子の飛翔速度を高速化できる。このため、溶射被膜は基材上に圧縮被膜として形成される。この圧縮被膜としての特性故に、その溶射被膜の膜厚は10mm以上まで形成可能である。
【0064】
しかしながら、本発明の延伸ローラに要求される溶射被膜の厚みは30〜300μmとすることが好ましく、特に、好ましくは30〜150μmである。何故ならば、一般に延伸ローラの温度は、稼働中は加熱されて上昇し、休転中は冷却されて低下し、この加熱・冷却の繰り返し毎に膨張と収縮が繰り返されるという要因を考慮しなければならないからである。
【0065】
つまり、このような温度変化が繰返し生じると、溶射被膜とローラ基材とは、互いに材料が異なるので線膨張係数が互いに異なり、膨張と収縮の繰り返しにより溶射被膜とローラ基材の界面に剪断応力が発生し、溶射被膜がローラ基材から剥離脱落しやすくなる。
【0066】
しかし、前記のように溶射被膜の厚みを30μm以上にすることにより、上記のような剥離脱落を防止することができる。ただし、溶射被膜の厚さが余りにも厚くなると、溶射被膜自体は衝撃に弱いため,溶射被膜に糸掛け具などが当って、その衝撃によって溶射被膜が欠けたりするので耐衝撃性の面から問題が生じる。このため、溶射被膜の厚さは、300μm以下、より好ましくは150μm以下とすることが好ましい。
【0067】
以上に詳細に説明したような方法で延伸ローラの基材上に形成される溶射被膜は、基材上に密着して緻密に形成されるので、加熱と冷却が繰返し行われるような加熱延伸ローラ上に形成されても基材との結合強度が強く基材との界面における剥離が生じない。しかも、極めて高硬度かつ平滑であって、更に、気孔率も0.5%以下と極めて優れた機能を有する。
【0068】
このため、特開2005−68618号公報に記載されているような封孔処理をしなくても、気孔は充分に風向されており、溶射被膜の耐久性において満足する性能を発揮することができる。また、延伸ローラ上を大きな引張力を受けて走行する糸条との摩擦によっても、延伸ローラの接糸面は容易に磨耗しない極めて耐摩耗性に優れたタングステンカーバイドを主成分とするサーメット被膜によって保護されているために、耐摩耗性において極めて優れた機能を発揮する。
【0069】
しかしながら、本発明に係わる延伸ローラは、好ましくは産業資材用途などの繊維を製造するために用いるものであるから、延伸ローラ面のみならず、延伸ローラ上を走行する糸条に損傷を与えないという糸条側からの要求にも応えなければならない。そこで、このような糸条側からの要求に応えるために、溶射被膜と走行糸条が接触する延伸ローらの接糸面の表面状態が重要になる。
【0070】
このような糸条のダメージを抑制するための延伸ローラの表面状態の調整については、前記特開2005−68618号公報あるいは特開2002−212852号公報などにも言及がある通り、その表面粗さを所定の状態に維持することによって、走行糸条の損傷を抑制できることが知られている。したがって、本発明に係わる延伸ローラの接糸面に対しても、当然のことながら、このような表面処理を行って表面粗さを調整する。
【0071】
なお、表面粗さに関連して本発明において使用する「負荷長さ率(t)」とは、JIS B 0601に規定されるように、基準長さの粗さ曲線を山頂線に平行な切断レベルで切断したときに得られる切断長さの和(負荷長さ)の基準長さに対する比を百分率で表したものである。なお、負荷長さ率(t)の測定は、上記JISに準拠して行い、基準長さは0.25mm、評価長さは1.25mmで行った。なお、前記切断レベル(%)は、カットオフ処理していく時の深さを表わし、切断レベル0%は、カットオフ前の状態であって、山形状の山頂を示し、また切断レベル100%は最も深い谷底深さを示している。
【0072】
本発明の延伸ローラに形成する溶射被膜の表面状態を表わすために用いる「負荷長さ率(%)」は、前述のように各切断レベルにカットしたとき、面内の基準長さ内に現れる切断長さの和(累積負荷長さ)の基準長さに対する比の百分率で求められた値である。したがって、この値は、延伸ローラの接糸面形状を表す指数として採用することができる。つまり、この「負荷長さ率(%)」の値が小さいほど延伸ローラの接糸面がギザギザの山形状に尖っていることを意味し、また、この値が大きいほど延伸ローラの接糸面が丸みを帯びた形状を示していることを意味する。
【0073】
本発明に係わる延伸ローラの少なくとも接糸面に形成する溶射被膜については、負荷長さ率(%):Tp(C)(C:切断レベル%)の値としては、65%<Tp(50%)<95%であることが必要である。つまり、この範囲の値を採用すれば、鋭利なギザギザの山形状ではなく、山頂が丸みを帯びた形状となっているので、走行糸条が延伸ローラの接糸面と摩擦接触しても損傷を受けない、つまり、毛羽(単糸切れ)などを惹起させる可能性が低くなることを意味している。
【0074】
一般に、熱可塑性合成繊維の延伸では、周速差が付与された延伸ローラ間で糸条を引き延ばすことにより行われるが、延伸ローラの糸条の入側では糸条とローラ表面との間でスリップが発生しており、大きな張力がローラ表面に加わっている。そこで、延伸ローラの接糸面の表面粗さ(本発明においては、「算術平均粗さ:Ra」を使用する)を調整して、接糸面と走行糸条との間の摩擦係数を好ましい範囲に調整しておくことが必要である。
【0075】
本発明において延伸ローラの接糸面における算術平均粗さ(Ra)を0.5μm未満に仕上げた場合には、ローラ接糸面はほとんど表面凸凹がない平滑状態となっている。このため、延伸ローラ表面に巻き付けられて走行する糸条とローラ接糸面との間で接触面積が増加し、摩擦抵抗が高くなり過ぎて、糸条がスリップすると糸条と接糸面との間の摩擦抵抗が余りにも高いために、走行糸条が擦過されてダメージを受け毛羽や糸切れが発生しやすくなる。
【0076】
また、逆に算術平均粗さRaが1.5μmを超えると、表面凹凸の差が大きくなるため、走行糸条とローラ接糸面との間の接触面積が大きくなって、逆に糸条がスリップを起こし易くなり、擦過損傷が増加して毛羽や糸切れが発生しやすくなる。
【0077】
したがって、本発明の延伸ローラの接糸面は、算術平均粗さ(Ra)が0.5〜1.5μmに表面仕上げされていることが好ましく、より好ましくは、0.8〜1.3μmの範囲に入るように仕上げられていることが好ましい。このような表面仕上げは、ダイヤモンドペースト、アルミナ砥粒入り不織布、砥石、耐水ペーパ等を使用する周知の研磨方法によって行うことができる。なお、本発明の延伸ローラの接糸面に形成する溶射被膜の表面粗さとして、最大高さ(Ry)に関しては、0.5〜10μmの間の適当な値に調整されていることが望ましい。
【実施例】
【0078】
以下に実施例、比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、実施例に記載した各特性値は、次の方法にしたがって測定した。
(1)表面硬度 テストピースを作成しビッカース硬度をJIS Z2244に従い300gの荷重で測定した。
(2)表面粗さ 施工したローラ表面をJIS B0601−1994に従い触針走査式試験方法にて測定した。
(3)初期毛羽カウント値 ローラ使用開始直後に、走行している糸条を、非接触型光学方式の毛羽測定装置(Enka tecnica社製オンライン毛羽測定装置)を使用して測定し、100万mあたりの毛羽数として検出した。
(4)ローラ表面更新周期 使用開始してから毛羽カウント値が10個/100万mを超えるまでの期間とした。なお、耐久性の評価期間は、12ヶ月間とし、この期間で評価を打ち切った。
【0079】
図1に例示したような製糸工程において、ポリエチレンテレフタレートの固有粘度が0.62のチップを130℃で2時間予備乾燥を行った後、133Paの真空下230℃で9時間固相重合して、固相重合後の固有粘度が1.00のチップをエクストルーダにて290℃の紡糸温度で溶融し孔数192の紡糸口金1から紡出した。
【0080】
次いで、該紡出糸条を雰囲気温度が350℃で長さが300mmの加熱筒(図示せず)を通した後、温度が25℃の冷却風にて横方向から吹き付けて冷却し、オイリングローラ(図示せず)で紡糸油剤を延伸糸のオイルピックアップが0.5%になるよう付与した後、引取ローラ2で660m/分の速度で引き取った。
【0081】
そして、引き取った未延伸繊維を一旦巻取ることなく連続して予熱ローラ3で100℃程度に予熱し、140℃程度に調整した第1延伸ローラ4との間で3.5倍に延伸した。続いて表面温度を257℃に設定した第2延伸ローラ5との間で1.43倍に延伸した。さらに、得られた延伸繊維を弛緩率11%にて弛緩ローラ6との間で弛緩熱処理し、続いて3300m/分の速度で巻取機7によって巻き取り、1110dtex/192filの延伸繊維を得た。
【0082】
その際、前記第1延伸ローラ4と第2遠心ローラ5について、溶射被膜を形成する前に、溶射するローラ基材(材質:クロムモリブデン鋼)の少なくとも接糸面の全部のスケールを取り除いた後、洗浄して清浄化し、アルミナからなるグリッドを0.5MPaの圧力で基材表面に吹き付けてグリットブラスト処理を行って、十点平均粗さ(Rz)で20μmの粗面化処理を行った。
【0083】
引き続いて、前記延伸ローラ基材の外周接糸面に対して、(A) 一次平均粒子径が3μmかつ88重量%のタングステンカーバイド(WC)と、(B) 一次平均粒子径が2μmかつ12重量%のコバルトとからなる溶射粉末を周知の噴霧式造粒法によって造粒、分級して平均粒子径が15μmの顆粒状粒子を作製した。次いで、このようにして造粒した顆粒状粒子を超高速フレーム溶射法(HP/HVOF法)によって、燃焼圧を90MPaとしたケロシンと純酸素によって生成したフレーム中に供給して結合材を溶融しながら、延伸ローラ基材上に溶射して厚さが50μmの溶射被膜を形成した。
【0084】
なお、このようにして形成された溶射皮膜の気孔率は、0.2%であって、極めて平滑な被膜が形成されていた。次に、このようにして形成された溶射皮膜をダイヤモンドペースト、アルミナ砥粒入り不織布によって、算術平均粗さ(Ra)が1.0μm、負荷長さ率tp(50%)=85%となるように研磨加工した。
【0085】
なお、比較例は前記第2延伸ローラに通常の硬質クロム鍍金を施した延伸ローラを採用した従来の方法であって、このような硬質クロム鍍金が施された延伸ローラは、耐摩耗性において劣るものの、走行糸条に与えるダメージは極めて少ないとされてきたものである。したがって、本発明の延伸ローラが走行糸条に及ぼすダメージのレベルと比較するために、この比較例は極めて好都合である。
【0086】
【表1】

【0087】
表1からも明らかなように、本発明に係わる延伸ローラは、耐摩耗性において優れる上に、全く磨耗を受けることがないか、ほとんど磨耗しない状態における硬質クロム鍍金の延伸ローラの使用当初の状態と比較しても、初期毛羽カウント値が同等程度である。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明に係わる延伸ローラを用いた産業用ポリエステル繊維の直接紡糸延伸装置を模式的に例示した概略説明図である。
【符号の説明】
【0089】
1:紡糸口金パック
2:引取りローラ
3:予熱ローラ
4:第1延伸ローラ
5:第2延伸ローラ
6:弛緩ローラ
7:巻取機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性合成繊維を延伸する延伸ローラの基材上に溶射被膜を形成した延伸ローラの製造方法において、
(A)タングステンカーバイド(WC)と、(B)コバルト、クロム及びニッケル中から選ばれる少なくとも一種の金属成分を含んで構成される結合材とからなる溶射粉末を2000〜3000℃のフレーム中で前記結合材を溶融させ、1500m/sec以上の飛翔速度で溶融させた前記溶射粉末を延伸ローラ基材に溶射して気孔率が0.5%以下の溶射被膜を形成することを特徴とする延伸ローラの製造方法。
【請求項2】
溶射前の延伸ローラ基材の表面に対して、十点平均粗さ(Rz)で表して10〜60μmの凹凸を形成する請求項1に記載の延伸ローラの製造方法。
【請求項3】
前記溶射粉末を形成するタングステンカーバイド(A)と結合材(B)との配合比(A)/(B)が(70〜95重量%)/(30〜5重量%)である請求項1又は請求項2に記載の延伸ローラの製造方法。
【請求項4】
前記結合材(B)がコバルトからなり、タングステンカーバイド(A)との配合比(A)/(B)が(75〜93重量%)/(7〜25重量%)である請求項1〜3の何れかに記載の延伸ローラの製造方法。
【請求項5】
前記タングステンカーバイド(A)の一次粒子の平均粒子径が1.0〜7.0μmであって、前記結合材(B)の一次粒子の平均粒子径が0.5〜10μmである請求項1〜4の何れかに記載の延伸ローラの製造方法。
【請求項6】
前記タングステンカーバイドと結合材の一次粒子が平均粒子径で10〜70μmの顆粒状粉末にされた球状を呈する溶射粉末を用いて延伸ローラの基材に溶射する請求項5に記載の延伸ローラの製造方法。
【請求項7】
液体燃料を純酸素で燃焼させて得たフレームに溶射粉末を供給して溶射する請求項1〜6の何れかに記載の延伸ローラの製造方法。
【請求項8】
前記溶射被膜の接糸面における表面粗さ(JIS B 0601-1994)に関し、その算術平均粗さ(Ra)が0.5〜1.5μmであって、かつTp(C)(C:切断レベル%)が70%<Tp(50%)<95%である請求項1〜7の何れかに記載の延伸ローラ。
【請求項9】
前記溶射被膜の厚さが30〜300μmである請求項8に記載の延伸ローラ。
【請求項10】
前記溶射被膜の少なくとも接糸面におけるビッカース硬度(Hv)が1200以上である請求項8又は請求項9に記載の延伸ローラ。
【請求項11】
産業用ポリエステル繊維を延伸するためのローラである請求項8〜10の何れかに記載の延伸ローラ。

【図1】
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【公開番号】特開2007−77523(P2007−77523A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−264932(P2005−264932)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】