説明

引抜き用鋼管の製造方法

【課題】局部的な軟化部分を発生させることなく、電縫溶接部の硬度と母材部の硬度との差を小さくし、引き抜き加工を行った場合に真円度の高い管状製品を得ることができる引抜き用鋼管の製法を提供する。
【解決手段】電縫鋼管の全周を、インダクションヒータにより600℃〜A1点の温度域に誘導加熱して1〜20秒間保持し、その後に400℃〜600℃まで徐冷したうえ常温まで急冷する。電縫溶接部と母材部との硬度差を本発明の熱処理をしないまま(アズロール)の硬度差の70%以下とした引抜き用鋼管が得られる。ユーザーは特別な熱処理を行うことなく、そのまま引抜き加工すれば、真円度の高い管状製品を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引抜き加工されて自動車用部品やその他の部品として用いられる引抜き用鋼管の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
引抜き用鋼管としては、従来から電縫鋼管が広く用いられている。しかし電縫鋼管は溶接部が高温に加熱された後に圧接・冷却されるため、電縫溶接部の硬度が母材部に比較して著しく高くなっている。従ってそのまま(アズロール)の状態で引き抜き加工を行っても電縫溶接部は加工性が悪く、真円に加工できなかったり、肉厚が不均一になったり、割れたりする等の問題を生ずる。
【0003】
そこで、電縫溶接部のみを焼き戻すことにより軟化させるシーム加熱と呼ばれる方法が従来から実施されており、例えば特許文献1には、電縫溶接部をマルテンサイト化したうえで再加熱し、フェライト+パーライト組織に変態させて軟化させる方法が記載されている。このような電縫溶接部の加熱を工業的に行うためには、電縫溶接部の幅に対応させたサイズの加熱用誘導子が用いられる。
【0004】
ところが、電縫溶接部の幅と電縫溶接時に硬化した部分(熱影響部)との幅は必ずしも一致していないため、大きめの加熱用誘導子を用いて電縫溶接部を焼き戻すと、図1のグラフに示すように必要以上に焼き戻され、母材部よりも軟化してしまう部分ができることがある。このような軟化部分が形成されると、引き抜き加工を行った際に寸法精度の不良や曲がりを発生させることがある。また逆に加熱用誘導子の幅が狭すぎると、電縫溶接部の焼き戻しが不十分となるおそれがある。
【0005】
このほか、電縫鋼管を炉内で加熱することにより管全体を軟化させる炉加熱と呼ばれる方法が用いられることもある。しかしこの炉加熱は少なくとも1分以上、通常は5〜10分にわたり加熱を行うため、電縫溶接部近傍でフェライト粒が成長して組織が大きくなり、混粒組織が形成されることがある。その理由は、電縫溶接部は管成形に伴う歪のほか、溶接により生じたビードを外面及び内面で切削することに伴う歪が発生するため、比較的歪の小さい母材部よりも加熱によってフェライト成長が促進され易いためである。このようなフェライト粒の成長が発生すると、局部的に軟質となるため引き抜き加工時に肌荒れやシワを招きやすく、加工度が高くなると割れに至る可能性もある。
【特許文献1】特公平6−10309号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記した従来の問題点を解決し、局部的な軟化部分を発生させることなく、電縫溶接部の硬度と母材部の硬度との差を小さくすることができ、引き抜き加工を行った場合に真円度の高い管状製品を得ることができる引抜き用鋼管の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためになされた本発明の引抜き用鋼管の製造方法は、電縫鋼管の全周を、インダクションヒータにより600℃〜A1点の温度域に誘導加熱して1〜20秒間保持し、その後に400℃〜600℃まで徐冷したうえ常温まで急冷することにより、電縫溶接部と母材部との硬度差を本発明の熱処理をしないまま(アズロール)の硬度差の70%以下とすることを特徴とするものである。なお、600℃〜A1点の温度域における保持時間を5〜10秒とすることが好ましい。また鋼管の鋼組成は特に限定されるものではないが、質量%で、C:0.01〜0.35%、Si:0.01〜0.40%、Mn:0.20〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.05%以下の組成を有する鋼管を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の引抜き用鋼管の製造方法によれば、電縫鋼管の全周を600℃〜A1点の温度域に誘導加熱して1〜20秒間保持し、その後に400℃〜600℃まで徐冷したうえ常温まで急冷する。このため電縫溶接部のみを加熱処理するシーム加熱とは異なり、周方向の硬度差が生じにくい。また炉加熱とは異なり加熱時間が短いために電縫溶接部にフェライト粒が成長しにくく、局部的な軟化部分を発生させにくい。このためユーザーは特別な熱処理を行うことなく引き抜き加工を行うことにより、真円度が高く肉厚変化の小さい管状製品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明の好ましい実施形態を説明する。
図2に示すように、本発明では電縫鋼管をインラインで熱処理して引抜き用鋼管を製造する。使用する電縫鋼管の鋼組成は、質量%で、C:0.01〜0.35%、Si:0.01〜0.40%、Mn:0.20〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.05%以下、残部Fe及び不可避的不純物であることが好ましい。しかし用途に応じて、Cr:0.01〜0.50%、Mo:0.10〜1.00%、Ni:0.01〜1.00%を添加したものを用いることも可能である。
【0010】
電縫鋼管はインダクションヒータに通され、その全周を600℃〜A1点の温度域に誘導加熱される。図3のグラフに示すように、本発明では常温からこの温度T1まで3〜10秒程度の短時間で急速昇温する。加熱の目標温度範囲は図4のFe-C系状態図に示すとおりであり、600℃以上、A1点である723℃以下の範囲とする。本発明は電縫鋼管の焼鈍を目的とするものではないため、γ変態を起こさないようにA1変態点直下を上限温度とした。なお温度の下限を600℃としたのは、これよりも低温では電縫溶接部の硬度を低下させる効果が不足するためである。
【0011】
図3のグラフに示すように、インダクションヒータにより加熱された電縫鋼管はその温度T1に1〜20秒間保持される。この保持は電縫溶接部の歪を緩和してその部分の硬度を母材部硬度に近付ける目的で行われるもので、1秒未満では効果が不十分であり、20秒を超えると電縫溶接部の近傍でフェライト粒が成長して組織が大きくなり、混粒組織が形成され易くなる。より好ましい保持時間は5〜10秒である。
【0012】
その後、図3のグラフにT2として示される400℃〜600℃まで徐冷したうえ、常温まで急冷する。急冷開始温度を400℃〜600℃としたのは、インダクションヒータの直後で水冷するとインダクションヒータに水の飛散防止対策をとる必要があり、ある程度の距離を保って水冷するため上限を600℃とし、また低い温度で水冷するということはインダクションヒータから水冷する装置までの距離をかなり長くすることで設備費が高くなったり、通過する速度を低くし生産性を著しく低下させることとなるため下限を400℃とした。
【0013】
本発明の方法により製造された引抜き用鋼管は、インダクションヒータによる急速加熱と急冷との間の高温状態での保持時間が短いため、炉加熱とは異なり電縫溶接部近傍のフェライト粒の成長が少ない。そのため、本発明によれば母材部の硬度をほとんど低下させることなく、電縫溶接部の硬度を低下させることができ、電縫溶接部と母材部との硬度差を本発明の熱処理をしないまま(アズロール)の硬度差の70%以下とした引抜き用鋼管を得ることができる。このため引抜き用鋼管を購入したユーザーは、そのまま引抜き加工を行うことにより、真円度に優れた管状部品を製造することができる。
以下に本発明の実施例を、比較例とともに示す。
【実施例】
【0014】
C:0.158%、Si:0.2%、Mn:1.17%、P:0.013%、S:0.004%、残部Feの鋼組成を有し、外径60.5mm、厚さ1.8mmの電縫鋼管を用いて実験を行った。アズロールの状態では、電縫溶接部の中央部の硬度(ビッカース硬度、荷重200g、以下同じ)は290、母材部は180であって、その差は110であった。
【0015】
この電縫鋼管をインダクションヒータにより650℃まで急速加熱し、5秒間保持後に550℃まで徐冷し、その後に常温まで約20秒間で急冷する第1の熱処理と、インダクションヒータにより675℃まで急速加熱し、5秒間保持後に550℃まで徐冷し、その後に常温まで約20秒間で急冷する第2の熱処理とを行った。また比較のために、炉内で650℃×10分間の加熱を行う炉加熱処理も行った。得られた3種類の引抜き用鋼管の電縫溶接部と母材部の硬度を表1にまとめた。
【0016】
【表1】

【0017】
上記のように、本発明の方法により製造された引抜き用鋼管は、電縫溶接部と母材部との硬度差が小さく、50Hv以下と本発明の熱処理をしないままの場合に対し36%と70%以下に抑制することができた。また顕微鏡により電縫溶接部の断面を観察した結果、650℃×10分間の炉加熱処理品にはフェライト粒が成長して組織が大きくなった混粒組織が認められたが、他の3種類の引抜き用鋼管には混粒組織は認められなかった。
【0018】
次に第1の熱処理品と、第2の熱処理品と、炉加熱品とを外径が54.0mm、厚さが1.4mmに引抜き加工し、引抜き成形品の電縫溶接部と母材部との硬度と、真円度とを測定し、表2に示した。真円度は最大径と最小径との差で表示した。
【0019】
【表2】

【0020】
以上に説明したように、本発明によれば、従来の炉加熱品のような局部的な軟化部分を発生させることなく、電縫溶接部の硬度と母材部の硬度との差を小さくし、引き抜き加工を行った場合に真円度の高い管状製品を得ることができる引抜き用鋼管を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】従来のシーム熱処理された引抜き用鋼管の硬度分布図である。
【図2】本発明の工程説明図である。
【図3】本発明の熱処理条件の一例を示すグラフである。
【図4】本発明における加熱目標温度範囲を示すFe-C系状態図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電縫鋼管の全周を、インダクションヒータにより600℃〜A1点の温度域に誘導加熱して1〜20秒間保持し、その後に400℃〜600℃まで徐冷したうえ常温まで急冷することにより、電縫溶接部と母材部との硬度差を熱処理をしない状態における硬度差の70%以下とすることを特徴とする引抜き用鋼管の製造方法。
【請求項2】
600℃〜A1点の温度域における保持時間を5〜10秒としたことを特徴とする請求項1記載の引抜き用鋼管の製造方法。
【請求項3】
質量%で、C:0.01〜0.35%、Si:0.01〜0.40%、Mn:0.20〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.05%以下の組成を有する鋼管を用いることを特徴とする請求項1記載の引抜き用鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−127682(P2008−127682A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−318025(P2006−318025)
【出願日】平成18年11月27日(2006.11.27)
【出願人】(591227549)日鉄鋼管株式会社 (6)
【Fターム(参考)】