説明

微細な炭素繊維およびその製造方法

【課題】一酸化炭素を主たる炭素源とした気相成長法による微細な炭素繊維の製造において、残留金属成分が少なく効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】マグネシウムが置換固溶したコバルトのスピネル型酸化物を含む触媒に、CO及びHを含む混合ガスを供給して反応させ、微細な炭素繊維を成長させるにあたり、内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない材料で構成された、攪拌流動式反応装置を使用することを特徴とする微細な炭素繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は導電性に優れる微細な炭素繊維、およびその炭素繊維を効率良く製造する方法に関する。詳しくは、触媒を使用する気相成長法による微細な炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
円筒チューブ状、魚骨状(フィッシュボーン、カップ積層型)、トランプ状(プレートレット)等に代表される微細な炭素繊維は、その形状、形態から様々な応用が期待されている。とりわけ円筒チューブ状の微細な炭素繊維(カーボンナノチューブ)は従来の炭素材料と比較し、強度、導電性等に優れるため、次世代の導電性材料として注目を集めている。
【0003】
カーボンナノチューブに代表されるこれら炭素繊維の製造方法として、従来、アーク放電法、気相成長法、レーザー法、鋳型法等が知られている。この中で触媒粒子を用いる気相成長法は、安価な合成方法として注目されている。
【0004】
気相成長法においては、通常、生成した炭素繊維は投入した触媒と分離されることなく回収される。従って該炭素繊維中には触媒由来の金属成分が残留してしまうが、さらに精製操作を追加してこれを分離・除去することは工程の多段化および複雑化を招き煩雑な製造方法となってしまう。また、金属成分の残留量が多いことは、単位質量の炭素繊維の生産に要する触媒量が多いことを意味し、製造コストの観点でも有利とは言えない。このため、気相成長法による炭素繊維の製造においては、投入した触媒量に対する生成炭素繊維量の比率が大きく、残留金属分が一般的な用途において問題にならない程度に少なくできるような、効率的な触媒を使用することが品質および製造コストの両面から好ましい。
【0005】
ところで、一酸化炭素を主たる炭素源とし、Boudouard平衡(2CO⇔C+CO)に基づく炭素析出を利用する炭素繊維の合成法は、エチレン等の炭化水素の熱分解による合成法と異なり、反応暴走の恐れが無く、工業スケールでの安定生産に適している。しかしながら、高効率触媒を用いた金属残留分の少ない炭素繊維の大量生産方法は確立されていないのが現状である。
【0006】
例えば、特許第3961440号(特許文献1)には、平均粒径が0.01μm〜1μmであってチューブの成長核としてCo酸化物とMg酸化物の混合粉末である触媒粒子を0.08〜10MPaの圧力下、450℃〜800℃の温度でCOとHの混合ガス又はCOとHの混合ガスを触媒に0.01〜24時間供給して複数のチューブ状グラファイト網が同心円状に形成されたチューブ本体と前記チューブ本体の表面を被覆する無定形炭素層とからなるカーボンナノチューブの製造方法が記載されている。具体的には、平均粒径1μm以下のCoとMgOの混合粉末1g(混合重量比:Co/MgO=60/40)をHeおよびHを含む混合ガスで活性化させ触媒とし、これをCOとHを含む混合ガス(混合容積比:CO/H=80/20)と約10時間反応させ、更に硝酸溶液に浸漬して触媒成分を除去することによりカーボンナノチューブを取得している。
【0007】
本例にはCOとHを含む混合ガスとの接触により得られた生成物質量が一切記載されておらず、触媒の効率については不明であるが、気相成長反応の後に生成物を硝酸溶液に浸漬する工程を付加して触媒を除去しており、煩雑な方法であると言わざるを得ない。また気相成長反応を実施する装置については、触媒粉末を石英などの基板に散布して行う固定床式が記載されているのみであり、工業的製造方法として満足できるレベルにない。
【0008】
一方、特開2009−90251(特許文献2)には、触媒の表面に平面構造を有し、この平面を成長点として、成長する炭素繊維が配向性を有する触媒を用いて、気相成長法により炭素繊維を製造する方法が開示されている。具体的には、触媒を均一に散布した耐熱性容器をステンレス製カバーにて密閉し、容器内の窒素置換及び水素による触媒活性化の後、86体積%の一酸化炭素を含む原料ガスを導入して620〜570℃まで段階的に降温しながら5.5時間の反応により炭素繊維を製造している。
【0009】
こうして得られる炭素繊維の生成量は触媒1gあたり24gであり、その効率には改善の余地がある。また、ステンレス製部品を含む反応装置を用い前記反応温度にて高濃度の一酸化炭素を使用すると、ステンレスに含有されるFeやNiを触媒とする炭素析出が徐々に進行してしまう。これはステンレス部材の材質腐食につながるもので工業的に好ましくない。
【0010】
さらに、Carbon 2003(41)2949−2959(Gadelle P. ら)(非特許文献1)では、クエン酸で共沈させたコバルト塩およびマグネシウム塩の混合物0.2gをHで活性化処理した後、COおよびHから成る原料ガス(H濃度:26vol%)と反応させることにより、4.185gの生成物が得られている。しかし、この方法では、触媒質量に対する生成物質量が21と小さいため、製造法として効率的でないばかりでなく、不純物含量が多くなるために用途が制限される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3961440号公報
【特許文献2】特開2009−90251号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Carbon 2003(41)2949−2959(Gadelle P.ら)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上のように、一酸化炭素を主たる炭素源とした気相成長法による炭素繊維の製造においては、残留金属成分が少なく効率的な大量生産方法が確立されておらず、商業的な利用にはコスト及び品質の両面で更なる改良の余地が残されている。
【0014】
本発明は、触媒を用いた気相成長法による炭素繊維の合成において、残留金属成分が少なく効率的であって、工業的に好適な、従来の炭素繊維とは異なる「微細な炭素繊維」の製造方法を提供することを目的とする。「微細な炭素繊維」とは、従来の炭素繊維とは異なり、本発明の製造方法により製造される炭素繊維のことを意味する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、以下の事項に関する。
【0016】
1.マグネシウムが置換固溶したコバルトのスピネル型酸化物を含む触媒に、CO及びHを含む混合ガスを供給して反応させ、微細な炭素繊維を成長させるにあたり、内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない金属或いはセラミックス材料で構成された、攪拌流動式反応装置を使用することを特徴とする微細な炭素繊維の製造方法。
【0017】
2.前記内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない金属材料として、銅を成分として含むことを特徴とする、項1に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【0018】
3.前記内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まないセラミックス材料として、アルミナを成分として含むことを特徴とする、項1に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【0019】
4.前記スピネル型酸化物を、MgCo3−xで表したとき、マグネシウムの固溶範囲を示すxの値が、0.5〜1.5であることを特徴とする項1〜3のいずれか1項に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【0020】
5.前記スピネル型酸化物のX線回折測定による結晶格子定数a(立方晶系)が0.811〜0.818nmであることを特徴とする項1〜4のいずれか1項に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【0021】
6.前記混合ガス中のCO/Hの容積比が、70/30〜99.9/0.1の範囲であり、反応温度が400〜650℃の範囲であることを特徴とする項1〜5のいずれか1項に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【0022】
7.項1〜6のいずれか1項に記載の方法で製造される微細な炭素繊維であって、含有する灰分が3質量%以下であることを特徴とする微細な炭素繊維。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法によれば、不純物の少ない微細な炭素繊維を効率的かつ工業的に好適に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】微細な炭素繊維製造における反応装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明では、コバルトのスピネル型結晶構造を有する酸化物に、マグネシウムが固溶置換した構造の複合酸化物を触媒として用い、これにCOおよびHを含む混合ガスを供給する気相成長法において、反応温度付近に加熱される装置内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない材料で構成された、攪拌流動式反応装置を使用して工業的に好適に微細な炭素繊維を製造する。
【0026】
前記の気相成長による微細な炭素繊維の製造方法としては、PCT/JP2009/054210に記載の方法を挙げることができる。これは従来の気相成長法に比べて不純物の少ない微細な炭素繊維を効率的に製造することができる製造方法であるが、本発明の反応方法を適用することにより、工業的に好適に実施することができる。
【0027】
図1は、本発明の微細な炭素繊維製造における反応装置の一例である。
【0028】
本発明の微細な炭素繊維の製造方法は、装置内部をBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない材料でコーティングしたり、或は触媒活性を有さない金属のクラッド材を用いることによって構成した、攪拌流動式反応装置に、触媒粒子とCOおよびHを含む混合ガスを供給することによって効率的に実施することが出来る。
【0029】
触媒粒子とCOおよびHを含む混合ガスはそれぞれ触媒投入用配管1、原料ガス導入配管2より反応装置内に導入され、ヒータ加熱によってBoudouard平衡の炭素析出が進行し、気相成長により微細な炭素繊維が形成される。触媒や、触媒を起点として成長した/あるいは成長途中の微細な炭素繊維は混合物として粉体層を形成しており、これは攪拌装置によって緩やかに流動される。成長した微細な炭素繊維は生成物回収用配管3を通じて回収される。一方、未反応のCOおよびHや炭素析出の際に副生するCOはガス排出用配管4より反応装置外へ排出される。
【0030】
反応装置内部において反応温度付近でCOや触媒と接触し得る部分の材質は、Boudouard平衡の触媒となる金属成分であるFe、Ni、Coなどを含まないことが好ましい。これらの金属成分が含まれると、長期間の反応運転において炭素析出を伴った材質腐食が進行してしまい、装置補修の必要が発生するため、工業的に不利である。
【0031】
具体的な反応装置内部を構成する金属材料の材質としては、銅を挙げることができる。また、ベリリウム、マグネシウム、アルミ、チタン、ジルコン、クロム及びモリブデンの一群から選ばれる一つ以上の成分と、銅との合金を挙げることが出来る。
【0032】
前記の具体的な反応装置内部を構成するセラミックス材料の材質としては、シリカ、マグネシア、カルシア、アルミナ、チタニア、ジルコニア及び酸化クロムなどを挙げることができる。
【0033】
この他、黒鉛や炭素も反応温度付近で安定であり、Boudouard平衡の触媒とならないため、反応装置内部を構成する材料として使用可能である。
【0034】
前記のような、Boudouard平衡の触媒となる成分を有さない材質での反応装置の構成方法は、例えば、まずSUSのような金属材料によって反応槽及び攪拌装置などを製作し、反応温度付近でCOや触媒と接触し得る部分について、前記の耐食材料を溶射などによってコーティングする方法を挙げることができる。この他、内挿、貼り付け、或はクラッド材を用いることで、炭素析出による腐食の無い反応装置を構成することが出来る。
【0035】
装置内に触媒を供給するにあたっては、触媒粒子をそのまま用いても良いし、生成物の微細な炭素繊維との混合物を用いても良い。触媒をより分散した状態で反応装置内に供給するためには、生成物の微細な炭素繊維と予め混合することにより希釈した状態で供給することがより好ましい。
【0036】
触媒粒子と生成物の微細な炭素繊維との混合比率は任意に設定できるが、触媒粒子に対する微細な炭素繊維の微粒状凝集体の混合量が小さすぎると充分な希釈および分散効果が得られず、大きすぎると装置の容積が大きくなってしまい効率的でない。生成物の微細な炭素繊維の混合量として適切なのは、単位質量の触媒粒子に対し、1〜10倍である。
【0037】
COおよびHを含む混合ガスの原料ガス導入配管2は、ヒータより下側に設置することでより効果的に槽内に原料ガスを供給できる。この他には原料ガス導入配管2の反応槽への設置方法に制限は無いが、反応混合物からなる粉体層による原料ガス導入配管2の閉塞を回避しながら供給する方法として、反応槽の水平切断面の円周の接線方向に設置し、攪拌装置の回転方向と同じ向きに混合ガスを供給することが挙げられる。また、COおよびHを含む混合ガスは、予備加熱してから反応槽へ供給しても良い。
【0038】
生成物回収用配管3からの生成物回収は任意の方法で実施して良く、例えばロータリーバルブなどを設置し、重力による流動を利用して回収することが出来る。また、生成物回収用配管3を反応混合物からなる粉体層より上側に設置し、減圧吸引によって回収しても良い。
【0039】
ガス排出用配管4には必要に応じてサイクロンを設置し、排出ガスに同伴される生成物や触媒粒子を回収することができる。
【0040】
反応混合物からなる粉体層は、原料ガスと触媒との接触をできるだけ均一かつ良好に保つため、および、反応熱の拡散促進のために、低速回転の攪拌によって反応工程において緩やかに流動させることが好ましい。攪拌は連続的に行っても良く、間欠的に行っても良い。連続的に攪拌する場合の適切な回転数は1〜50rpmである。
【0041】
触媒供給、反応、生成物回収の一連の操作は、連続的に実施しても良いし半連続的に実施しても良い。例えば、半連続的な運転においては、反応混合物からなる粉体層はヒータ設置部において一定範囲の粉体層高さで制御される。すなわち、粉体層高さ下限の状態において所定量の触媒を回分的に供給した後、COおよびHを含む混合ガスを供給して反応を行う。所定の反応時間が経過するか、微細な炭素繊維の生成により粉体層高さが制御範囲の上限に達したところで反応を停止し、粉体層高さが制御範囲の下限に達するまで反応槽内の生成物を回収する。また、ある粉体層高さを一定に保つように、連続的に触媒の供給と生成物の抜き出しを行なうこともできる。
【0042】
本発明で使用する触媒における、マグネシウムが置換固溶したコバルトのスピネル型結晶構造は、MgCo3−xで表される。ここで、xは、MgによるCoの置換を示す数であり、形式的には0<x<3である。また、yはこの式全体が電荷的に中性になるように選ばれる数で、形式的には4以下の数を表す。即ち、コバルトのスピネル型酸化物Coでは、2価と3価のCoイオンが存在しており、ここで、2価および3価のコバルトイオンをそれぞれCoIIおよびCoIIIで表すと、スピネル型結晶構造を有するコバルト酸化物はCoIICoIIIで表される。Mgは、CoIIとCoIIIのサイトの両方を置換して固溶する。MgがCoIIIを置換固溶すると、電荷的中性を保つためにyの値は4より小さくなる。但し、x、y共に、スピネル型結晶構造を維持できる範囲の値をとる。
【0043】
触媒として使用できる好ましい範囲として、Mgの固溶範囲は、xの値が0.5〜1.5であり、より好ましくは0.7〜1.5である。xの値が0.5未満の固溶量では、触媒の活性は低く、生成する微細な炭素繊維の量は少ない。xの値が1.5を超える範囲では、スピネル型結晶構造を調製することが困難である。
【0044】
触媒のスピネル型酸化物結晶構造は、XRD測定により確認することが可能であり、結晶格子定数a(立方晶系)は、0.811〜0.818nmの範囲であり、より好ましくは0.812〜0.818nmである。aが小さいとMgの固溶置換が充分でなく、触媒活性が低い。また、0.818nmを超える格子定数を有する前記スピネル型酸化物結晶は調製困難である。
【0045】
このような触媒が好適である理由として、本発明者らは、コバルトのスピネル構造酸化物にマグネシウムが置換固溶した結果、あたかもマグネシウムのマトリックス中にコバルトが分散配置された結晶構造が形成されることにより、反応条件下においてコバルトの凝集が抑制されていると推定している。
【0046】
また、触媒の粒子サイズは適宜選ぶことができるが、例えばメジアン径として、0.1〜100μm、好ましくは、0.1〜10μmである。
【0047】
触媒粒子は、原料ガスと反応させる前に、活性化させることも好ましい。活性化は通常、HまたはCOを含むガス雰囲気下で加熱することにより行われる。これらの活性化操作は、必要に応じて、HeやNなどの不活性ガスで希釈することにより実施することができる。活性化を実施する温度は、好ましくは400〜600℃、より好ましくは450〜550℃である。
【0048】
気相成長の炭素源となる原料ガスは、COおよびHを含む混合ガスが利用される。
【0049】
ガスの添加濃度{H/(H+CO)}は、好ましくは0.1〜30vol%、より好ましくは2〜20vol%である。
【0050】
気相成長を実施する反応温度は、好ましくは400〜650℃、より好ましくは500〜600℃である。反応温度が低すぎると繊維の成長が進行しない。一方、反応温度が高すぎると収量が低下してしまう。反応時間は、特に限定されないが、例えば2時間以上であり、また12時間程度以下である。
【0051】
気相成長を実施する反応圧力は、反応装置や操作の簡便化の観点から常圧で行うことが好ましいが、Boudouard平衡の炭素析出が進行する範囲であれば、加圧または減圧の条件で実施しても差し支えない。
【0052】
前記のような触媒及び反応条件で製造される微細な炭素繊維は、その一次構造において、PCT/JP2009/054210に記載の微細な炭素繊維と同様である。しかしながら、本発明の反応装置による攪拌流動作用によって、触媒と原料ガスとの接触が良好になると共に、反応槽内の温度ムラが少なくなってBoudouard平衡に不利な高温箇所が速やかに解消されるため、より効率的に製造反応を実施することができ、高純度で灰分の少ない微細な炭素繊維を得ることが出来る。
【0053】
本発明の微細な炭素繊維に含有される灰分は、3質量%以下であり、通常の用途では、精製を必要としない。通常、0.3質量%以上3質量%以下であり、より好ましくは0.3質量%以上2質量%以下である。尚、灰分は、繊維を燃焼して残った酸化物の重量から決定される。
【0054】
本発明によって製造される微細な炭素繊維のXRDにおいて、測定される002面のピーク半価幅W(単位:degree)は、2〜4の範囲である。Wが4を超えると、グラファイト結晶性が低く導電性も低い。また同時に結晶性繊維間の凝集が強くなるため、例えばポリマーとのコンポジット調製において分散が困難になる。一方、2未満ではグラファイト結晶性は良いが、同時に繊維径が太くなり、例えばポリマーに導電性等の機能を付与するためには多くの添加量が必要となってしまう。
【0055】
本発明によって製造される微細な炭素繊維のXRD測定によって求められるグラファイト面間隔d002は、0.345nm以下、好ましくは0.341〜0.345nmである。d002が0.345nmを超えるとグラファイト結晶性が低くなり、導電性が低下する。一方、0.341nm未満の繊維は、製造の際に収率が低い。
【実施例】
【0056】
以下に本発明を実施例によって説明する。
【0057】
<実施例1:触媒の製造>
イオン交換水500mLに硝酸コバルト〔Co(NO・6HO:分子量291.03〕115g(0.40モル)、硝酸マグネシウム〔Mg(NO・6HO:分子量256.41〕102g(0.40モル)を溶解させ、原料溶液(1)を調製した。また、重炭酸アンモニウム〔(NH)HCO:分子量79.06〕粉末220g(2.78モル)をイオン交換水1100mLに溶解させ、原料溶液(2)を調製した。次に、反応温度40℃で原料溶液(1)と(2)を混合し、その後4時間攪拌した。生成した沈殿物のろ過、洗浄を行い、乾燥した。
【0058】
これを焼成した後、乳鉢で粉砕し、43gの触媒を取得した。本触媒中のスピネル構造の結晶格子定数a(立方晶系)は0.8162nm、置換固溶によるスピネル構造中の金属元素の比はMg:Co=1.4:1.6であった。
【0059】
<参考例1>
石英製反応管(内径75mmφ、高さ650mm)を立てて設置し、その中央部に石英ウール製の支持体を設け、その上に実施例1で製造した触媒0.9gを散布した。He雰囲気中で炉内温度を550℃に加熱した後、CO、Hからなる混合ガス(容積比:CO/H=95.1/4.9)を原料ガスとして反応管の下部から1.28L/分の流量で7時間流し、微細な炭素繊維を合成した。収量は51.6gであり、灰分を測定したところ1.6質量%であった。
【0060】
<実施例2:微細な炭素繊維の合成>
図1に示した装置と同様の構造を有し、内部を銅でコーティングした反応装置(ヒータ加熱部分の反応槽内径80mmφ、ヒータ加熱部分高さ300mm)を立てて設置した。攪拌翼は傾斜のない2枚パドル翼を用い、その設置にあたっては、上下方向に隣接する攪拌翼どうしが、そのパドル羽根が作る面のなす角において90度になるようにして、合計3つ設置した。この反応槽に参考例1で合成した微細な炭素繊維10gを仕込んだ。こうして予め仕込んだ微細な炭素繊維からなる粉体層の上端は下部ヒータ加熱部分の下限付近であった。次に、反応槽を密閉しHe置換した後、触媒投入用配管1から前記の方法で調製した触媒1.1gを散布した。He雰囲気中で炉内温度を550℃に加熱した後、CO、Hからなる混合ガス(容積比:CO/H=95.1/4.9)を原料ガスとして原料ガス導入配管2から1.5L/分の流量で4時間流し、微細な炭素繊維を合成した。攪拌は回転数13rpmで連続的に実施した。
【0061】
新たに生成した微細な炭素繊維の生成収量は52.1gであり、その灰分を測定したところ1.0質量%であった。生成物のXRD分析で観察されたピーク半価幅W(degree)は3.106、d002は0.3423nmであった。
【0062】
<実施例3>
実施例1で調製した触媒を使用し、内部のコーティング材料をアルミナに変えたこと、参考例1の微細な炭素繊維に代わり実施例2で合成した微細な炭素繊維10gを予め仕込んだこと、および、炉内温度を575℃に変えたことのほかは、実施例2と同様の操作で微細な炭素繊維製造実験を行った。
【0063】
新たに生成した微細な炭素繊維の生成収量は48.9gであり、その灰分を測定したところ1.1質量%であった。生成物のXRD分析で観察されたピーク半価幅W(degree)は3.145、d002は0.3422nmであった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の製造方法で製造される微細な炭素繊維は、ポリマーや粉体とのコンポジット化における分散性や混練性を改善し、コンポジットの加工性に優れる。また、コンポジットの導電性、熱伝道製、摺動性および補強等の機能発現を与える。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウムが置換固溶したコバルトのスピネル型酸化物を含む触媒に、CO及びHを含む混合ガスを供給して反応させ、微細な炭素繊維を成長させるにあたり、内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない金属或いはセラミックス材料で構成された、攪拌流動式反応装置を使用することを特徴とする微細な炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
前記内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まない金属材料として、銅を成分として含むことを特徴とする、請求項1に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
前記内表面がBoudouard平衡に基づく炭素析出反応に触媒活性を有する成分を含まないセラミックス材料として、アルミナを成分として含むことを特徴とする、請求項1に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
前記スピネル型酸化物を、MgCo3−xで表したとき、マグネシウムの固溶範囲を示すxの値が、0.5〜1.5であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【請求項5】
前記スピネル型酸化物のX線回折測定による結晶格子定数a(立方晶系)が0.811〜0.818nmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【請求項6】
前記混合ガス中のCO/Hの容積比が、70/30〜99.9/0.1の範囲であり、反応温度が400〜650℃の範囲であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の微細な炭素繊維の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法で製造される微細な炭素繊維であって、含有する灰分が3質量%以下であることを特徴とする微細な炭素繊維。

【図1】
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【公開番号】特開2011−58100(P2011−58100A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205449(P2009−205449)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】