説明

慢性閉塞性肺疾患の予防用または治療用の薬剤組成物

上皮細胞増殖因子(EGF)及び薬剤学的に許容可能な担体を含む気道粘液過分泌または慢性閉塞性肺疾患(COPD)の予防用または治療用の薬剤組成物を提供する。また、該組成物及び化学療法剤をそれぞれ個別的に投与できるように含む複合製剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性閉塞性肺疾患の予防用または治療用の薬剤組成物に係り、特に、気道粘液過分泌または慢性閉塞性肺疾患の予防用または治療用の上皮細胞増殖因子(EGF)を活性成分として含む薬剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)は、直接的/間接的喫煙や、カドミウム(Cd)およびシリカ(SiO2)のような環境汚染源を直接扱う職業群で発生し、まれには、α1−アンチトリプシン遺伝子の異常によって発生しうる。
【0003】
COPDは、肺に発生した炎症から組織を保護するために生成された粘液質(mucus)が過度に生成された後、消失(clearance)に問題が発生して気道が閉塞され、肺胞細胞(alveolar cell)の破壊によって誘発された低酸素症で死亡にまで至りうる致命的な疾患である。
【0004】
COPDは、発生組織とメカニズムとによって:慢性気管支炎(chronic bronchitis)及び肺気腫(emphysema)に分類される。慢性気管支炎の最も大きい特徴は、気道上皮細胞で過発現された粘液質が除去されずに、継続的に過発現され、結果的に蓄積された粘液質によって気道が閉塞することが特徴であり、肺気腫は、肺胞細胞(alveolar cell)が破壊され、低酸素症または心臓疾患、及び非可逆的な細気管支(bronchiole)閉塞性を示すことが特徴である。特に、肺気腫は、炎症細胞によって活性化されたエラスターゼ(elastase)による加水分解によって、肺胞細胞が不可逆的に破壊され、組織病理学的に、CD8+、Tリンパ球、大食細胞(macrophage)及び好中性白血球(neutrophil)が増加する。
【0005】
気道の粘液は、一般的に人体の気道を介して吸入された粒子または感染因子の除去を促進する。しなしながら、粘液の過分泌は、進行性気道閉塞症を引き起こす。末梢気道での咳嗽は、粘液の除去に効果がない。さらに、多くの杯細胞(globlet cell)を含む狭い気道は、特に粘液による気道閉塞が起こりやすい。従って、COPDのような慢性気管支炎での粘液過発現だけでなく、気管支拡張、嚢胞性繊維症、急性喘息のような種々の肺疾患で発生する粘液過分泌も予防しつつ治療する必要がある。
【0006】
EGFは、上皮細胞増殖を促進させる蛋白質であり、現在まで上皮細胞の再生、細胞分裂の促進などの傷治療と関連した効能が広く知られている(米国特許6,589,540号明細書など)。しかしながら、EGFがCOPDsあるいは気道の粘液過発現の予防または治療に効果があるとの報告されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、慢性閉塞性肺疾患(COPDs)あるいは気道の粘液過発現の予防または治療に使われうる薬物を開発するために研究した結果、上皮細胞増殖因子(EGF)が、慢性気管支炎及び肺気腫を含んだCOPDの予防及び治療に使われうるだけではなく、気道の粘液過発現を抑制する効果があり、広範囲な肺疾患で慢性的な問題になっている気道粘液過分泌を予防しつつ治療するのに効果があるということを発見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
従って、本発明の目的は、気道粘液過分泌の予防用または治療用の薬剤組成物を提供することである。
【0009】
本発明の他の目的は、慢性閉塞性肺疾患(COPDs)の予防用または治療用の薬剤組成物を提供することである。
【0010】
本発明のさらに他の目的は、吸入器デバイス及び当該吸入器の中に流動性調合液を含む気道粘液過分泌の予防または治療のためのパッケージを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一側面は、上皮細胞増殖因子(EGF)及び薬剤学的に許容可能な担体を含む気道粘液過分泌の予防用または治療用の薬剤組成物を提供する。
【0012】
本発明の他の側面は、上皮細胞増殖因子(EGF)及び薬剤学的に許容可能な担体を含む慢性閉塞性肺疾患の予防用または治療用の薬剤組成物を提供する。
【0013】
吸入器デバイス及び当該吸入器中に含まれる薬理活性のある上皮細胞増殖因子を含有する流動性調合液を含む、気道粘液過分泌の予防または治療に使用するためのパッケージを提供する。
【発明の効果】
【0014】
以上で説明した通り、本発明によれば、活性成分としてEGFを含み、COPDsまたは気道粘液過分泌の予防または治療に使用できる薬剤組成物を提供できる。また、本発明によれば、吸入投与容器中にEGFを含む調製物を含み、気道粘液過分泌の予防または治療に便利に使われうる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
本発明に係る上記およびその他の特徴および効果を、以下に添付した図面を参照してそれらの一例を詳細に説明することで明らかにする:
【図1】NCI−H292細胞に、PA−LPSとTGF−αを6時間処理してMUC5AC遺伝子を過発現させた後、50および100ng/mLのEGFをそれぞれ処理し、MUC5AC遺伝子の発現量をreal time PCRで測定した結果、およびPA−LPSおよびTGF−α単独処理したコントロール群を比較して示したグラフであり;
【図2】MLE−12細胞に、0.1U/mLのエラスターゼと100ng/mLのEGFとを処理した後、ICAM−1遺伝子の発現をreal time PCRで測定した結果、およびエラスターゼ単独、および培地単独で処理したコントロール群を比較して示したグラフ及び表であり;。
【図3】MLE−12細胞に、2U/mLのエラスターゼとEGFとを濃度別にそれぞれ混合した後で24時間処理した後、生存細胞をニュートラルレッド(neutral red)で染色した細胞毒性の割合と、エラスターゼ単独、および培地単独処理したコントロール群の細胞毒性の割合と比較したものであり;
【図4】PPE誘発肺気腫モデルにおけるEGFの病変緩和効果を確認するために、肺気腫なしの群から分離した気管組織を、光学顕微鏡(X40)で観察して撮影した写真であり(B:細気管支);
【図5】PPE誘発肺気腫モデルにおけるEGFの病変緩和効果を確認するために、肺気腫および賦形剤のコントロール群の気管組織を、光学顕微鏡(X40)で観察して撮影した写真であり(「*」:肺胞拡張及び崩壊);
【図6】PPE誘発肺気腫モデルにおけるEGFの病変緩和効果を確認するために、EGF 0.1mg/kgで処理した群の気管組織を、光学顕微鏡(X40)で観察して撮影した写真であり(「*」:肺胞拡張及び崩壊);
【図7】PPEで誘発した肺気腫モデルで、EGFの投与による病変の緩和効果を確認した実験における、気管及び肺の組織病理学的検査結果を示すものであり;
【図8】図7の実験結果の詳細に示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0017】
本発明で、「上皮細胞増殖因子(EGF:epidermal growth factor)」とは、正常人の十二指腸または唾液腺で合成され、人間の母乳で発現すると知られている53アミノ酸蛋白質である。人間のEGFアミノ酸配列は、次の通りである:
Asn Ser Asp Ser Glu Cys Pro Leu Ser His Asp Gly Tyr Cys Leu His Asp Gly Val Cys Met Tyr Ile Glu Ala Leu Asp Lys Tyr Ala Cys Asn Cys Val Val Gly Tyr Ile Gly Glu Arg Cys Gln Tyr Arg Asp Leu Lys Trp Trp Glu Leu Arg(SEQ ID NO:1)。
【0018】
本明細書の実施例の実験で使われた蛋白質は、前述の配列を有する。人間において、EGFとして作用する非人間EGF配列も、前記EGFに含まれる。前記EGFには、EGFの種変異体も含まれ、例えば、マウス、ラット及び豚といったEGF(49−52);米国特許出願2003−0059802号で開示されている牛のEGF;異なるEGF受容体リガンドのいわゆる相作用剤キメラ(53)などが含まれる。前記EGFはまた、精製された天然EGFのものと実質的に同じ配列と活性とを有するポリペプチドを指すものでもある。ここには、組換え技術的あるいは化学的に合成されたペプチドや蛋白質が含まれる。このEGFはまた、本発明で必要とされるEGFの生物学的活性が実質的に保持される限り、天然配列から一つ以上のアミノ酸が挿入または欠失によって置換変更された蛋白質を含むものでもある。また、本発明で必要とされるEGFの生物学的活性が実質的に保持される限り、EGFの断片、ペプチド類似体及びペプチド摸写体も本発明に使用することができる。2001年2月20日付けで登録された米国特許6,191,106号明細書で説明されているようなEGFの突然変異タンパク質(mutein)も、本発明で必要とされるEGF活性を有する限り、本発明でのEGFに属する。
【0019】
本発明者らは、このようなEGFが気道粘液過分泌及びCOPDの予防または治療に効果があるということを明らかにして、本発明を完成するに至った。
【0020】
従って、一側面において、本発明は、EGF及び薬剤学的に許容可能な担体を含む気道粘液過分泌の予防用または治療用の薬剤組成物を提供する。
【0021】
また、他の一側面において、本発明は、EGF及び薬剤学的に許容可能な担体を含む慢性閉塞性肺疾患(COPD)の予防用または治療用の薬剤組成物を提供する。前記COPDは、慢性気管支炎または肺気腫でありうる。
【0022】
前記EGFは、先に定義したような化学合成または組換え技術で合成されたものであったり、天然源由来の任意のEGFであり、望ましくは、組換え大腸菌(E.coli JM101)から分離精製されたものを使用できる。この場合、EGFは、組換え大腸菌を半回分培養(fed−batch culture)で48ないし72時間発酵させた後、発酵上澄み液をアンバークロムCG71クロマトグラフィ(Amberchrome CG71 chromatography)方式とQ−セファロース・クロマトグラフィ(Q−sepharose chromatography)方法とで純粋分離することによって分離される(米国特許5,652,120号明細書、日本特許2609515号公報、EP O652954号、韓国特許102993号公報、韓国特許107023号公報、韓国特許110123号公報、韓国特許114856号公報)。組換え大腸菌から分離精製されたEGFが同一であるということは、米国特許5,652,120号明細書、日本特許2609515号公報、EP 0652954号、韓国特許102993号公報、韓国特許107023号公報、韓国特許110123号公報、韓国特許114856号公報などですでに確認されている。
【0023】
本発明者らは、前記EGFが粘液質過発現の低下、炎症の低減及び細胞死滅の低減に効果があるということをin vitroモデルで確認し、COPDに係るin vivoモデルで病理学的所見を観察することによって、EGFが気道の粘液過分泌及びCOPDの予防または治療に効果があるということを明らかにした。このようなin vitro実験及びin vivo実験は、下記実施例で具体的に説明する。
【0024】
前記薬剤組成物において、薬剤学的に許容可能な担体は、前記組成物の投与方法による製剤の形態によって変わりうる。前記薬剤組成物は、静脈内投与、皮下投与、気管内投与、または吸入による投与方法によって投与されうる。従って、前記薬剤組成物は、注射剤または吸入のための液剤、スプレー剤、懸濁剤またはコロイド剤などの形態でもって製剤化され、生理食塩水または緩衝溶液などが主な薬剤学的担体として利用されうる。前記製剤は必要によって、粘度調節剤、浸透圧調節剤、緩衝剤、pH調節剤、安定化剤、芳香剤、着色剤、防腐剤のような添加剤を含有できる。このような製剤化に必要な技術、及び薬剤学的に適切な担体、添加剤などについては、当該製剤学分野で当業者に広く知られており、これと関連して、Remington’s Pharmaceutical Sciences(第19版,1995)を参照することができる。
【0025】
本発明の薬剤組成物において、前記EGFは、気道粘液過分泌やCOPDの予防または治療に有効な量で投与でき、前記治療学的に有効な量は、気道粘液過分泌やCOPDの程度、患者の年齢、性別、感受性などによって異なりうる。本発明の組成物は、気道の粘液過分泌の予防または治療、およびCOPDの予防または治療のために、例えば、EGF 0.1μg/kg〜100mg/kgを、週1〜5回投与することを1〜8週間行ってもよい。製剤の種類に応じて治療に有効な量を調整しうる。
【0026】
本発明によるEGFを含む薬剤組成物は、粘液過分泌の予防または治療に用いやすい吸入に適切な容器内に含有させてもよい。
【0027】
従って、本発明は、さらに他の側面において、吸入器デバイス及び当該吸入器デバイスの中に有するEGFを含有する流動性調製物を含む、気道粘液過分泌治療に使用するためのパッケージを提供する。
【0028】
前記吸入器デバイスは、当該技術分野で一般的に気道に吸入投与するのに適切なものであると知られている任意の容器を使用することができ、メーター容量吸入器または噴霧器を利用してもよい。当該メーター容量吸入器が利用される場合は、前記EGFは、高圧ガスと共に製剤化されて前記調製物を形成できる。前記高圧ガスとしては、当該技術分野で公知されている適切な任意の高圧ガスが利用され、例えば、炭化水素類の高圧ガスが利用されうる。前記噴霧器が利用される場合には、前記EGFは、生理食塩水または緩衝溶液と共に製剤化されて前記調製物を形成できる。噴霧器を利用して投与すれば、ガス内で実質的に均一サイズの、非常に微細な液体粒子状で気道内に投与できる。このような吸入器を利用した製剤化も、当該製剤学分野で当業者に周知されており、これと関連して、Remington’s Pharmaceutical Sciences(19版,1995)を参照することができる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明について、下記実施例によってさらに具体的に説明する。しかし、それら実施例は、本発明への理解の一助とするものであり、いかなる意味でも、本発明の範囲がそれらによって制限されるものではない。
【0030】
実施例1:COPD及び気道粘液過分泌に係るEGFの効能試験
1.材料及び方法
1−1.粘液質発現抑制の効果
1ウェル当たり106のNCI−H292細胞(ATCC、CRL−1848)となるように6ウェルプレートに滴定した。、37℃、5%CO2培養器で1日培養した。無血清培地で1日培養した後、100mg/mLのPseudomonas aeruginosaリポポリサッカライド(以下、PA−LPS、Sigma L8643)および10ng/mL transforming growth factor−alpha(以下、TGF−α、R&D systems 239−a−100)で6時間同時に処理し、MUC5AC粘液質の過発現を誘導した。前記PA−LPSおよび前記TGF−αを除去した状態で、濃度別のEGFを前記NCI−H292細胞に加えた。そして、 リアルタイムポリメラーゼ鎖反応(PCR法)を使用し、誘発された粘液質(MUC5AC)遺伝子の発現を確認した。
【0031】
本実験で使用したあらゆるEGFは、すでに知られた天然hEGF(human epidermal growth factor)とアミノ酸配列は同じであるが、韓国特許0107023号公報及びWO 94/025592号に開示された遺伝子配列と、発現ベクターとを利用して製造される組換え蛋白質である。
【0032】
1−2.抗炎症効果の確認
1ウェル当たり5x104のMLE−12細胞(ATCC、CRL−2110 murine alveolar epithelial cell)となるように12ウェルプレート滴定した。37℃、5%CO2培養器で3〜4日間培養した。無血清培地で12時間培養した後、EGFとKGFとでそれぞれ1時間処理した。前記MLE−12細胞を0.1U/mLエラスターゼ(Sigma 、E1250)で18時間処理して炎症を誘発させた。誘発された炎症は、リアルタイムPCR法を使用し、ICAM−1(IntraCellular Adhesion Molecule−1)遺伝子の発現を確認した。
【0033】
1−3.細胞保護の効果
1ウェル当たり5x105のMLE−12細胞となるように96ウェルプレートに滴定した。37℃、5%CO2培養器で一日培養した。2U/mLエラスターゼとEGFとを含む培養培地で当該MLE−12細胞を培養した。細胞死滅程度は、生きている細胞だけを染色するニュートラルレッド(neutral red)を使用して、NRU(neutral red uptake)アッセイを実施した。エラスターゼとEGFとで処理した各ウェルに、100mg/mLのニュートラルレッド染色試薬を添加して、3時間静置して、生きている細胞を染色した。固定溶液(1%ホルムアルデヒド、1% CaCl2)で当該細胞を1分間固定した後、発色溶液(50%エタノール、1%氷酢酸)で染色試薬を抽出した後、540nm波長で吸光を測定した。
【0034】
1−4.肺気腫動物モデルでのEGF効果
1−4−1.実験動物
平均体重が200〜250gである6週齢オスSprague−Dawleyラット(日本・SLC,Inc)を1週間ならし、7週齢ラットとして準備した。当該ラットは、恒温、恒湿(温度22±3℃、相対湿度55±15%、蛍光灯照明12時間、08:00点灯〜20:00消灯)である飼育場の個別に換気されたケージ(IVC)ラック(GR900 plus ラットケージ、ポリスルホン酸、355Wx405Ix230Hmm)で飼育され、食餌と水は、自由に摂食させた(固形飼料5L79、(株)オリエント)。
【0035】
1−4−2.豚の膵エラスターゼ(PPE)を利用した肺気腫モデル
ラットに対して、イソフルラン麻酔下において、120U/kgの豚膵臓エラスターゼ(PPE、Merck 324682)1mL/kgを、気道内注入で1回投与した。肺気腫未誘発群のラットに対して、0.9%の生理食塩水1mL/kgを、気道内注入で1回投与した。試験物質の肺腔内に均一投与するため、気道内注入する間に、投与物質の量と同一に空気を共に注入した。
【0036】
PPE投与後4週目、0、0.1、および1mg/kgのEGFをそれぞれラットに気道内注入で投与した。PPE投与後の3週間の間週1回、合計で3回EGFを気道内注入で投与した。PPE投与後7週目にイソフルランで麻酔し、肺と器官とを摘出した後、10%中性ホルマリンを用いて固定した。その後、器官組織を顕微鏡で観察して撮影し、器官及び肺の組織病理学的検査を行った。
【0037】
1−4−3.統計解析
実験結果は、平均値±標準偏差で表示した。陰性対照群と、統計的に有意性ある試験群とを見つけるために、one way ANOVAを利用して統計処理を実施し、多重比較法を利用して有意性を分析した。
【0038】
1−5.遺伝子発現の試験方法
前記試験で行った遺伝子発現確認試験は、次のような方法で行った。
【0039】
1−5−1.総RNA分離
RNAを分離するために、QIAGEN社キット(RNeasy Plus Miniキットト、74134)を利用し、メーカーが提供した実験方法に従ってRNAを分離した。分離されたRNAは、分光光度計(spectrophotometer)を利用して、260nmの波長で吸光度を測定してRNAを定量した。
【0040】
抽出したRNAから、SuperScriptIII(Invitrogen、1808
0−044)を使用して、相補DNA(cDNA)を合成した。逆転写反応を、RNA試料1μg、Oligo(dT)プライマー1.25μM、ランダムヘキサマー25ng、dNTP5mM、MgCl25mM、および200U SuperScriptIIIを用い
て行った。50℃で30分間逆転写反応させてcDNAを合成した後、85℃で5分間熱を加えて当該反応を中止させた。合成されたcDNAは、少量に分けて−70℃で保管した。
【0041】
1−5−2.プライマーの調製
ヒトMUC5AC遺伝子の内在性コントロールとして使用するヒトMUC5AC遺伝子(AJ001402)およびベータ−アクチン(β−ACT、NM001101)のプライマーと、murine ICAM−1遺伝子の内在性コントロールとして使用するmurine ICAM−1遺伝子(NM010493)、およびリボソーム蛋白質L13(RPL13、NM016738)のプライマーは、NCBIのGeneBankで検索したmRNA塩基配列を基にデザインした。プライマーセットは、Applied Biosystems社が提供するPrimer Expressプログラムを利用し、一般的にPCRプライマーの条件に関係するが、増幅産物の長さが100bp前後であり、Tm値が80℃前後になるようにデザインした。遺伝子別に使用したプライマーは、下記表1の通りである。
【0042】
【表1】

【0043】
1−5−3.反応条件の確立
SYBRグリーンアッセイは、合計で25mLになるよう、SYBRグリーンPCR master mix(Applied Biosystems、4309155)12.5mLに、cDNA、フォワード・プライマー、リバース・プライマーをそれぞれ添加した。
【0044】
cDNAは、RTPCRに使用する総RNA基準として、50ngの量になるように添加した。プライマーは、フォワード・プライマー、リバース・プライマーに対する100nM、300nM、900nMの3×3の濃度組み合わせのうち、非特異的な合成なしに遺伝子増幅が最も良好とされる濃度を決定して使用した。MUC5AC、ICAM−1、RPL1について決定されたプライマーの濃度は、いずれも900nMであり、β−ACTは、300nMであった。全てのプ試験サンプルは、cDNAを入れていない陰性対照群試料と比較し、非特異的増幅が行われているかの有無を確認した。また、同一実験を2回から3回反復し、ピペット当たり誤差(pipetting error)、ウェル間変異(variation)などによる実験的誤差を減らした。初期のPCR反応は、50℃1分、95℃10分行い、95℃15秒、60℃1分のPCR周期を40回から50回反復した。当該PCR反応後に、機器から提供するプロトコルによって、分離(dissociation)実験を行って非特異的増幅の有無を確認した。
【0045】
1−5−4.相対的遺伝子発現量の測定
テストする臨床試料の閾値(Ct)が検量線(standard curve)を外れないように、適切なcDNA濃度を測定した。検量線は、試料から抽出したRNAを混合した後、cDNAを合成したものから得られた。反応ごとに同一プレート内で3回反復し、かつ、顕著な差を示すものを除外した残りの2〜3回の実験から得られた平均Ct値を利用して、検量線を描いた。このとき、検量線の相関係数R2値が1に近似し、かつ傾き値が3.3と近くなるように、閾値を調整した。
【0046】
スタンダードとして使用したcDNA内の特定遺伝子の正確な量が分からないために、本アッセイにより測定された遺伝子量を、スタンダード試料に基づく相対的な発現量であるとすることができる。まず、検量線を描くときに決定した閾値を使用して、各試料別のCt値を決定した。前記Ct値を検量線と比較して、遺伝子量を求めた。試料別cDNA濃度差を補正し、各試料の相対的遺伝子発現量を決定した。
【0047】
各試料間cDNA濃度差は、主に逆転写反応効率の差に起因する。すなわち、同じ条件で逆転写反応を行ったとしても、PCR機器のウェル間のばらつきのために合成されるcDNA量が若干ずつ異なる。逆転写後にcDNAだけを分離したり、その濃度を測定を行っていないため、RT効率による試料間cDNA濃度差は、内在性コントロールを使用して補正した。当該 内在性コントロールは、ハウスキーピング遺伝子RPL13を使用した。内在性コントロールの発現量は、同じであると仮定したので、各cDNAの相対的な量は、内在性コントロールの発現量に比例する。従って、cDNA差を補正するための正常化倍数(normalization fold)は、内在性コントロールの相対的発現量の逆数となる。
【0048】
cDNAの濃度差を補正するときには、求められた検量線を利用して求められた遺伝子量に正常化倍数を乗じて、相対的遺伝子発現量を求めた。
【0049】
2.結果
2−1.慢性気管支炎in vitroモデルでのEGF効果
100mg/mLのPA−LPSと10ng/mL TGF−αとでNCl−H292細胞を同時に処理することで、粘液質遺伝子であるMUC5ACを過発現させた後、当該NCl−H292細胞を50,100ng/mLのEGFで処理した。そして、MUC5ACのmRNA発現を調べた結果を図1に示す。
【0050】
図1から分かるように、50ng/mLのEGFによって、MUC5AC発現が65%に低減し、100ng/mLのEGFによって、60%までMUC5AC発現が低減し、EGFによる粘液質発現の抑制効果を確認することができた。
【0051】
2−2.肺気腫in vitroモデルでのEGF効果
2−2−1.EGFの抗炎症効果
TMLE−12細胞に0.1U/mLのエラスターゼを単独処理した群と、TMLE−12細胞に100ng/mLのEGFと0.1U/mLのエラスターゼとを混合して処理した群と、のICAM−1遺伝子発現を比較した結果を図2に示す。ICAM−1は、大食細胞(macrophage)と好中性白血球(neutrophil)と肺の傷部位にを引き込み、炎症反応を悪化させると知られている。TMLE−12細胞EGFで1時間前処理した後、エラスターゼで18時間処理して、EGFによる抗炎症効果を調べた。
【0052】
図2に示すように、エラスターゼを処理すれば、陰性対照群に比べて、ICAM−1の発現が2倍増加し、EGFを前処理した群では、60%以上ICAM−1発現が低減し、EGFによる抗炎症効果を確認することができた。
【0053】
2−2−2.肺胞細胞保護の効果
MLE−12細胞に2U/mLのエラスターゼを単独処理した群と、さまざまな濃度のEGFをMLE−12細胞に混合して処理した群と、の細胞毒性を比較した結果を図3に示す。
【0054】
図3に示すように、エラスターゼ単独処理グループを100%、培養培地だけを処理した群を0%の細胞毒性であると設定した後、EGFの細胞保護効果を調べた結果、160ng/mLのEGFを添加した場合、細胞毒性が10%ほど低減し、100μg/mLでは、15%ほど毒性が低下し、エラスターゼによる細胞死滅から細胞を保護する効果を確認することができた。
【0055】
2−2−3.PPE誘発肺気腫モデル
PPEで誘発したラットの肺気腫モデルにおけるEGFの効能を確認すべく、気管及び肺の組織病理学的検査を実施した。ノーマル群(G1)、PPE誘発肺気腫モデルのコントロール群(G2)、およびEGF 0.1mg/kgで処理したPPE誘発肺気腫モデル群(G3)それぞれの気管組織について、光学顕微鏡(X40)で観察して撮影した写真を、それぞれ、図4、図5及び図6に示す(図4:個体数=5、図5:個体数=20、および図6:個体数=11)。また、気管及び肺の組織病理学的検査結果を、図7及び図8に表により示す。
【0056】
組織病理学的検査の結果、ノーマル群(G1)では、肺胞拡張、組織球症及び杯状細胞の過剰形成がそれぞれ2例、3例及び1例であった。
【0057】
PPE誘発肺気腫モデルの群(G2及びG3)の主要所見としては、気腫性病変として、肺胞拡張(enlargement of alveoli)及び肺胞崩壊(breakdown of alveoli)が観察された。一部の肺では、肺胞腔内空胞を含んだ細胞質が豊富な組織球が観察される肺胞組織球症(alveolar histiocytosis)及び局所的な出血(hemorrhage)が観察された。
【0058】
PPE誘発肺気腫モデルのコントロール群(G2)は、肺胞拡張及び肺胞崩壊の所見が、軽度から顕著なほどまで多様であった。G2の病変は、他の群と比べてると深刻な状態である。肺胞拡張は、顕著な程度、中等及び軽度がそれぞれ1例、4例及び1例であり、肺胞崩壊は、中等及び軽度がそれぞれ3例であった。組織球症は、2例が観察されたが、その程度が微弱なレベルであった。
【0059】
EGF 0.1mg/kgで処理したPPE誘発肺気腫モデル群(G3)では、肺胞拡張は、中等、軽度及び極微な程度が、それぞれ1例、3例及び2例であり、肺胞崩壊は、中等、軽度及び極微な程度が、1例、3例及び1例確認された。組織球症は、極微な程度であり、1例観察された。
【0060】
3.結論及び考察
慢性気管支炎と肺気腫とに対する治療効果をin vitro評価法で確認した結果、PA−LPSとTGF−αとによって過発現された粘液蛋白質(Mucin)のうち、代表的であるMUC5AC遺伝子は、EGFによって発現が相対的に低減することを確認し、EGF処理後にICAM−1発現が炎症を誘発させる肺胞細胞を低減するということを確認した。これにより、EGFが気道粘液の過剰分泌を抑制する効果があるということが分かった。
【0061】
エラスターゼを使用して肺気腫の兆候のある肺胞細胞破壊を誘発させ、細胞死滅をニュートラルレッドで生存細胞を染色した。エラスターゼによって誘発された細胞死滅は、EGFの添加によって低減する傾向が現れた。これにより、EGFの肺胞細胞であるMLE−12細胞に対する細胞保護効果が確認された。
【0062】
PPE誘発肺気腫モデルにおけるEGFの効果を調べるべく、気管および肺における組織病理学的検査を行った。組織病理学的検査の結果、肺胞腔拡張及び肺胞壁崩壊といった肺気腫性の病変が主に観察されたが、肺の出血及び炎症または気道上皮(airway epithelium)のような異常性変体についてはは、PPE誘発肺気腫モデルでは注目すべきレベルで確認されなかった。
【0063】
ヒト好中球エラスターゼで誘発された肺の病変は、肺出血及び好中球浸潤を示す急性期、およびの過剰膨脹、弾性収縮力の低下及び空隙拡張を示す慢性期を備えていることを示す既存の報告とも類似していた。
【0064】
本試験の結果、ノーマル群(G1)は、4ケースとも、PPE誘発肺気腫モデル群とは異なり、病変の分布及び程度の観点から極微な肺胞拡張が観察された。このような極微な肺胞拡張は、物質自体の影響より、むしろ当該物質の気管内投与による物理的刺激が原因であると考えられる。PPE誘発肺気腫モデルのコントロール群において、深刻な気腫性病変が確認された。は、当該気腫性病変は、エラスターゼによって誘発されたことを確認した。EGFで処理された肺気腫群(G3)では、肺胞拡張と肺胞崩壊とが、PPE誘発肺気腫モデル群に比べて、病変の程度及び数が低減した。従って、本組織病理学的な検査の結果、PPE誘導肺気腫モデルでのEGF投与によって、気腫病変が緩和されると判断された。
【0065】
要約すれば、EGFは、粘液質過剰発現抑剤、肺胞細胞保護効果を有し、かつ肺気腫モデルでの組織病理学的所見の改善などの効果を有するということが確認された。そのため、EGFは、慢性気管支炎、肺気腫のようなCOPDにおいて効果があるだけではなく、広範囲な慢性肺疾患での気道粘液過分泌に対する予防効果及び治療効果があるということが分かる。
【0066】
本発明について実施形態を用いて説明したが、それらは例示的なものに過ぎず、本技術分野の当業者であるならば、本発明の範囲および趣旨から外れない範囲で多様な変更および変形が可能であるということを理解することができるであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上皮細胞増殖因子(EGF)及び薬剤学的に許容可能な担体を含む気道粘液過分泌の予防用または治療用の薬剤組成物。
【請求項2】
上皮細胞増殖因子(EGF)及び薬剤学的に許容可能な担体を含む慢性閉塞性肺疾患(COPD)の予防用または治療用の薬剤組成物。
【請求項3】
前記慢性閉塞性肺疾患は、慢性気管支炎または肺気腫である請求項2に記載の薬剤組成物。
【請求項4】
前記上皮細胞増殖因子は、化学合成または組換え技術により合成されたものである、または天然源に由来したものである請求項1または請求項2に記載の薬剤組成物。
【請求項5】
前記薬剤学的に許容可能な担体は、生理食塩水または緩衝溶液を含むる請求項1または請求項2に記載の薬剤組成物。
【請求項6】
吸入器デバイス及び当該吸入器中に含まれる薬理活性のある上皮細胞増殖因子を含有する流動性調合物を含む、気道粘液過分泌の予防または治療に使用するためのパッケージ。
【請求項7】
前記上皮細胞増殖因子は、化学合成または組換え技術により合成されたものである、または天然源に由来したものである請求項6に記載のパッケージ。
【請求項8】
前記吸入器デバイスは、メーター容量吸入器であり、前記上皮細胞増殖因子は、高圧ガスと共に調製される請求項6または請求項7に記載のパッケージ。
【請求項9】
前記吸入器は、噴霧器であり、前記上皮細胞増殖因子は、生理食塩水または緩衝溶液と共に調製されることを特徴とする請求項6または請求項7に記載のパッケージ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2012−505207(P2012−505207A)
【公表日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−530945(P2011−530945)
【出願日】平成21年10月9日(2009.10.9)
【国際出願番号】PCT/KR2009/005770
【国際公開番号】WO2010/041889
【国際公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【出願人】(506122512)デウン カンパニー,リミテッド (6)
【Fターム(参考)】