説明

打音解析による健全性診断方法

【課題】自己回帰モデルを利用することにより、対象物の健全性を客観的かつ定量的に評価する診断方法を確立する。
【解決手段】健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求めるとともに、この残差の大きさに基づいて内部欠陥の有無を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート構造物や設備機器などの診断対象物を打撃した際に発生する打音信号に基いて内部欠陥の有無を判別する非破壊診断方法に係り、詳しくは自己回帰モデルを利用することにより、剥離やひび割れなどの内部欠陥を客観的かつ定量的に評価し得る打音解析による健全性診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、対象構造物の健全性診断方法として、コンクリート構造物などの対象物表面を打撃してその音を測定或いは調査員が聴取し、その音の違いからコンクリート構造物の健全性を判断する、所謂「打音法」が知られている。
【0003】
この打音法の最も簡便な判断方法は、聴取した音に対して作業者が「澄んでいる」とか「濁っている」という音の違いから健全性を判断する方法であるが、かかる診断方法では定性的な評価しか行うことができなかったため、近年は多少でも定量的な評価を行うために、下記特許文献1〜3に記載されるように、打音をマイクロホンで測定し、測定した打音の周波数分析などを行い、音の違いを定量化することが行われている。
【0004】
具体的には、下記特許文献1には、所定の装置に搭載された打撃・集音装置により集音した打音を、周波数スペクトラム解析装置によって、基準周波数のスペクトラムパターンデータと逐次入力される打音の周波数スペクトラムパターンデータとを照合し評価する方法が開示され、下記特許文献2には、コンクリートを打撃したときの打音をマイクロフォンにて検出し、その検出信号に帯域フィルタをかけてノイズ成分を除去したノイズ除去信号より固有振動数を抽出し評価する方法が開示され、更に下記特許文献3には、打音データを時間・周波数分析することにより、打音の継続時間、周波数、強さを3次元座標空間にプロットして得られる打音曲面の形状を評価する方法などが開示されている。
【特許文献1】特開2001−249117号公報
【特許文献2】特開2002−48772号公報
【特許文献3】特開2003−43021号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載される評価方法は、測定した打音のスペクトルと、健全な打音のスペクトルとの類似性を評価の指標としたものであるが、このようなスペクトルの相互比較では、個人差によって客観的な判断が担保されないことが懸念される。このことは、上記特許文献2、3に記載される固有振動数、打音曲面の形状の相互比較においても同様に問題となる。このような客観的評価を担保するため、スペクトルを多次元ベクトルとして、それぞれの周波数のスペクトル値の相関係数を求める方法も提案されつつあるが、この方法ではスペクトル解析の分解能の影響を受けると同時に、ノイズが混入している場合の分解能が悪くなるという欠点があるとともに、ノイズ成分が全周波数帯域に等しいパワーレベルで存在するので、相関係数が全体的に小さくなるという問題があった。
【0006】
ところで、時系列解析の分野において、将来の状態を現在および過去の状態から予測するための手法として、自己回帰モデルが利用されている。自己回帰モデルは本来、予測制御システムで利用される技術であるが、たとえば慣性系のように2次の微分方程式で表現されるようなシステムでは、過去から現在までの運動がわかると、将来の運動が正確に予測できることになる。具体的には、バネに吊された錘の上下運動、振り子の運動などがこれに当たる。
【0007】
ここで、単弦運動を例に採り説明すると、
単弦運動の方程式は下式(1)によって表される。
【0008】
【数1】

上記(1)式を差分形式で表現すると、下式(2)となる。
【0009】
【数2】

従って、下式(3)で表現することができる。
【0010】
【数3】

すなわち、時刻(i+1)δtでの変位は、時刻iδtと時刻(i-1)δtの振幅値によって決定されることがわかる。このように、自己回帰モデルは、過去及び現在の情報から将来が推定できる予測モデルである。
【0011】
自己回帰モデルでは、下式(4)に示されるように、過去の状態量の測定値(yi-1,yi-2,…,yi-N)の1次結合で、現在の値(Yi)を推定している。下式(4)において添字のiは、離散時間間隔δtで測定対象を数値化したときの時刻iδtを意味する。
【数4】

上式(4)における係数列a1,a2,a3,…,anは自己回帰モデルの回帰係数であり、この数列によってシステムの挙動が決定することになる。
【0012】
そこで本発明の主たる課題は、上記自己回帰モデルを利用することにより、対象物の健全性を客観的かつ定量的に評価する打音解析による健全性診断方法を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、
予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、
前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求めるとともに、この残差の大きさに基づいて内部欠陥の有無を判別することを特徴とする打音解析による健全性診断方法が提供される。
【0014】
上記請求項1記載の発明では、コンクリート構造物などの健全性診断の対象となる診断対象物に対し、予め、打音信号を自己回帰モデルで解析し、その自己回帰係数を保存しておく。なお、打音計測部位は、健全と思われる部位とするのが望ましいが、相対的な差異を検出するための基準を定めるものであるから、必ずしも健全な部位でなくてもよい。
【0015】
次いで、別の場所(健全性診断を行う診断部位)でハンマで打撃を加え、その打音信号を計測した実測値と、先に保存した自己回帰係数を用いて打音信号を予測した予測値との差である残差(下式(5)参照)を求める。
【数5】

前記自己回帰係数(a、a、a、…a)は、前記残差Qを最小化することを前提として決定されているため、構造物の状態が自己回帰係数を決定した時と同じであれば、残差は最小となるはずであるから、この残差の大きさに基づいて内部欠陥の有無を判別することが可能となる。
【0016】
すなわち、安定した線形システム(構造物自体)では、打撃を与えた際の応答は、慣性系の振動状態にあり、そこから定常音が放射されると考えて良く、このシステムは固有の自己回帰係数を持っていることになる。したがって、自己回帰モデルによる予測値と実際の測定値の残差を算出し、その変動からシステムの状態を把握することが可能となる。
【0017】
請求項2に係る本発明として、健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、
予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、
前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求め、
前記残差を周波数分析することにより残差スペクトルを求めるとともに、この、残差スペクトルの分布状況に基づいて内部欠陥の有無を判別することを特徴とする打音解析による健全性診断方法が提供される。
【0018】
上記請求項2記載の発明は、上記請求項1の手順に従って残差を算出した後、この残差を周波数分析することにより残差スペクトルを求め、この残差スペクトルの分布状況に基づいて健全性を評価するものである。
【0019】
前記残差は、測定信号の周波数構成と、自己回帰係数を用いて予測した信号の周波数構成との違いを示すものであり、両者の周波数構成が同じであれば、残差が白色化(ランダムノイズ化)されていることになり、残差スペクトルが周波数に対して平坦化されることになる。これに対して、剥離が生じている場合には、膜振動が生じ、固有の振動数がもつようになるため、剥離面の膜振動成分が出力として取り出されることになり、残差スペクトルに卓越周波数成分が生じることになる。
【0020】
請求項3に係る本発明として、健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、
予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、
前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求め、
時刻iにおける前記残差を横軸とし、時刻i+1における前記残差を縦軸とした平面座標上に逐次プロットを行った回帰写像を作成し、この回帰写像の相関係数に基づいて内部欠陥の有無を判別することを特徴とする打音解析による健全性診断方法が提供される。
【0021】
上記請求項3記載の発明は、上記請求項1の手順に従って残差を算出した後、回帰写像を行い、この回帰写像から時刻iにおける前記残差と時刻i+1における前記残差との相関係数に基づいて健全性を評価するものである。
【0022】
自己回帰モデルは、残差を最小にするだけでなく、ランダムノイズ化する性質を有する。従って、基準点と同じ特性の音であれば、残差はランダムノイズとなり回帰写像上の相関係数は0となり、基準点と全く異なる特性の音であれば、相関係数は1となり、これを指標距離と見立てれば、相関係数の数値に基づいて、定量化が可能となる。
【0023】
請求項4に係る本発明として、前記診断対象物がコンクリート構造物である請求項1〜3いずれかに記載の打音解析による健全性診断方法が提供される。
【0024】
本発明に係る健全性診断方法は、打音解析が可能な種々の構造物やプラントなどの設備機器に対して適用が可能であるが、適用の容易性及び実用性の点でコンクリート構造物に対して最も好適に適用される。
【発明の効果】
【0025】
以上詳説のとおり本発明によれば、自己回帰モデルを利用することにより、対象物の健全性を客観的かつ定量的に評価し得る診断方法として確立できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
【0027】
本発明は、コンクリート構造物や設備機器など健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法である。以下、コンクリート構造物を例に挙げて、本発明に係る診断方法について詳述する。
【0028】
図1は、本発明に係る健全性診断方法に用いられる計測装置の構成図である。同図に示されるように、計測装置1は、マイクロホン2によって測定された信号が入力アンプ3によって適切な振幅に増幅され、次いでAD変換器4によってディジタル信号に変換された後、パーソナルコンピュータP(以下、パソコンという。)に取り込まれる。そして、信号処理装置5によって、取り込まれたデータの各種解析及び診断が行われ、パソコンPのハードディスクなどデータ記録装置6内に記録・保存されるとともに、解析結果の数値や図表がモニタ7に表示されるようになっている。
【0029】
本発明の診断方法は、予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホン2で打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、その後に、コンクリート構造物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホン2で打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差、又はこの残差を周波数分析することにより求めた残差スペクトル、或いは時刻iにおける前記残差を横軸とし、時刻i+1における前記残差を縦軸とした平面座標上に逐次プロットを行った回帰写像に基づいて内部欠陥の有無を判別するものである。
【0030】
以下、更に解析及び診断の方法について、具体的に説明する。
【0031】
(1)自己回帰係数の解析
コンクリート構造物の任意点を基準点とし、ハンマによる打撃点から一定距離、具体的には打撃点表面から数mm以内の一定距離にマイクロホン先端が位置するようにマイクロホン2を設置し、コンクリート構造物の打撃に対する打音信号の時系列データ(Yi)を測定する。ここで、本発明に係る診断方法は、前記打撃点とその他の診断部位との間の相対的な差(残差)を検出するものであるから、前記打撃点は、必ずしも健全な部位である必要はない。
【0032】
前記打撃点を打撃するには、図2に示されるように、ヘッド部11、シャフト部12及びグリップ部13からなり、前記ヘッド部11に、コンクリート構造物の表面に衝突させ打撃力を負荷する打撃部11aと、打撃時に重さによって打撃力の大きさ及び作用時間を調整する重錘11bとが備えられたインパクタ10を使用することができる。なお、この他に、重錘を所定高さから落下させて打撃力を与えるようにしても良い。
【0033】
前記マイクロホン2は、打撃に対する応答として前記診断部位表面から放出される弾性波の音圧信号として検出するものであり、ダイナミック型、エレクトレットコンデンサー型、コンデンサー型など一般に用いられている各種マイクロホンを使用することができる。ただし、本発明で使用されるマイクロホン2としては、少なくとも20Hzから20kHzの間で十分な感度と周波数平坦性を持つことが求められる。また、マイクロホン2の感度軸は、打撃面と約90°の角度(垂直)を為すものとする。これは、マイクロホン端面を測定面と平行に置いた時に生じる測定面とマイクロホン端面との間の気柱共振周波数の発生を抑制し、測定精度を向上させるためである。なお、コンクリート構造物表面からマイクロホン先端までの距離は、1回の打撃によって得ようとする測定範囲の大きさによって任意に決定することができる。具体的には、マイクロホン先端とコンクリート表面との距離を5mm以下の接触しない位置に配設し、コンクリート表面の振動による空気粒子の速度信号をマイクロホンの音圧信号として検出できるように設置する。
【0034】
このようにして測定された打音の時系列データ(Yi)を、式(4)で表される自己回帰モデルに適用し、自己回帰係数(ai)を求めておく。
【0035】
その後、以下(2)〜(4)に詳述する残差、残差スペクトル、回帰写像に基づいて、健全性の診断を行う。
【0036】
(2)残差に基づく健全性診断
次に、コンクリート構造物の健全性診断を行う診断部位に対し、残差に基づく健全性診断を行う方法について詳述する。この診断は、次のステップ1〜ステップ4の手順で行われる。
【0037】
ステップ1として、健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホン2で打音信号の時系列データを計測する。マイクロホンは、上記打撃点の打音を計測する際に用いたマイクロホンと同様のものとすることができる。
【0038】
ステップ2として、上記自己回帰係数の解析工程で得られた自己回帰係数を適用して、診断部位における打音信号の時系列データを予測する。このときの予測値Yiは、下式(6)から得られる。
【0039】
【数6】

ここで、aiは自己回帰係数、Xj-iは時系列データの計測値である。
【0040】
ステップ3として、前記診断部位の時系列データについて、ステップ1で計測した計測値Xjとステップ2で予測した予測値Yjとから残差を求める。残差は、下式(7)によって求めることができる。
【0041】
【数7】

【0042】
ステップ4として、上式(7)で求めた残差に基づいて健全性の評価を行う。評価方法は、上式(7)で得られた残差がほぼゼロの場合には、時系列データの計測値と予測値とがほぼ同一であり、コンクリート構造物は健全であると判断できる。これに対し、上式(7)で得られた残差が存在する場合には、時系列データの計測値と予測値とが一致していないことになり、コンクリート構造物内に欠陥などが存在していると判断することができる。
【0043】
図3〜図5は、残差に基づく健全性診断の実施例を示した打撃力と残差との時系列データの例である。この結果、図3、図4の実施例は、残差パワーが打撃力パワーの0.001%以下となり、欠陥のない健全な測定部位であると判断できる例である。一方、図5の実施例は、図6の残差の振幅を拡大表示した時系列データに示されるように、残差の振幅が時刻5ms以後で増大し、コンクリート構造物内部に欠陥が存在していると判断できる例である。
【0044】
(3)残差スペクトルに基づく健全性診断
次に、残差スペクトルに基づく健全性診断の方法について詳述する。先ず、本診断においても、上記自己回帰係数の解析工程により自己回帰係数を求めておくとともに、上記残差に基づく健全性診断のステップ1〜ステップ3と同様にして、残差を求めておく。
【0045】
その後、前記残差を周波数分析することにより残差スペクトルを求める。残差スペクトルは、測定信号の周波数構成と、自己回帰係数を用いて予測した信号の周波数構成との違いを示すものであり、両者の周波数構成が同じあれば、残差が白色化(ランダムノイズ化)されていることになり、残差スペクトルが周波数に対して平坦化されることになる。
【0046】
図7は、残差スペクトルによる健全性判断例を示したものである。図7(A)は、計測された打音信号の周波数スペクトルであり、図7(B)及び図7(C)は、予測値との残差から周波数解析によって残差スペクトルを求めた例である。なお、スペクトル解析は、最大エントロピー法(MEM)によって行っている。
【0047】
図7(B)は、内部欠陥が無い場合の残差スペクトルの例であり、低いパワーレベルで、全周波数範囲に亘ってほぼ均等に分布するスペクトルとなっており、残差がランダムノイズ化されている。一方、図7(C)は、内部欠陥がある場合の残差スペクトルの例であり、周波数成分が15kHzから20kHzの高い帯域に集中し、ランダムノイズ化されていない。
【0048】
定量化の方法例としては、例えば残差スペクトルの変動係数に基づいて行うことができる。残差スペクトルが完全に白色化されたものであれば、変動係数は0となり健全であると判断でき、一方残差スペクトルに固有の周波数成分が含まれている場合には、変動係数が相対的に大きな値となるため、コンクリート構造物内に異常があると判断することができる。
【0049】
(4)回帰写像に基づく健全性診断
次に、回帰写像に基づく健全性診断の方法について詳述する。先ず、本診断においても、上記自己回帰係数の解析工程により打撃点自己回帰係数を求めておくとともに、上記残差に基づく健全性診断のステップ1〜ステップ3と同様にして、残差を求めておく。
【0050】
その後、時刻iにおける残差を横軸とし、時刻i+1における残差を縦軸として平面座標上に逐次プロットして回帰写像を行い、この回帰写像から時刻iにおける残差と時刻i+1における残差との相関係数に基づいて健全性を評価する。
【0051】
図8及び図9は、それぞれ異なる診断部位における残差の回帰写像の例である。図8は、内部欠陥が無い場合の回帰写像の例である。残差がランダムノイズ化されている場合は、時刻iとi+1との間に相関はなく、相関係数がほぼ0(水平)に近くなる円形状に分布した散布図となる。
【0052】
これに対し、図9は内部欠陥がある場合の回帰写像の例であり、時刻iとi+1との間に何らかの相関がある分布となる。仮に相関係数が1になる場合は、基準信号とは相似性が全くない信号ということになる。
【0053】
従って、相関係数を指標距離として見立てれば定量化が可能となる。例えば、図10に示されるように、相関係数を横軸とし(絶対値)、縦軸を残差スペクトル周波数成分帯域とし、プロットすれば、プロット点の領域区分に応じて健全性を定量的に評価できるようになる。図示例では、周波数及び相関係数がともに小さな値の領域が健全領域となり、相関係数が所定値以上の領域が亀裂領域となる。また、前記亀裂領域では、表層剥離の場合は、残差スペクトルが低い周波数側にあるため剥離欠陥と判断でき、高い周波数側にある場合はその他の欠陥と判断することができる。
【0054】
〔他の形態例〕
(1)計測に際しては、予め前記診断部位にICタグを配設しておくとともに、前記マイクロホン2に前記ICタグに記録された情報を読み取るIC読み取り機を備えておくようにしても良い。そして、計測時に、前記ICタグに記録された情報、例えば測定点の識別番号、前回測定した日付、測定者の氏名、残差スペクトルの変動係数指標値などの情報を読み取るようにする。これにより、診断部位の特定及び管理が容易となる。
(2)本発明は、上記形態例で示したコンクリート構造物以外に、打音解析によって健全性が評価可能なもの全般に対して適用が可能である。例えば、炉体や、プラントなどの大型設備機器などに対しても同様に適用が可能である。
(3)上記形態例では、打撃を与えるハンマーと、マイクロホン2とを別々に構成したが、図11に示されるように、一体とすることも可能である。同図に示される打撃測定装置20は、把手23の先端部分25に打撃駆動装置22によって弾発的に出射されるハンマ21と、マイクロホン24とを一体的に備えたものである。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明に係る打音解析による健全性診断方法に用いられる計測装置の構成図である。
【図2】インパクタ10の側面図である。
【図3】残差に基づく健全性診断の実施例(健全部)を示す打撃力と残差との時系列データである。
【図4】残差に基づく健全性診断の実施例(健全部)を示す打撃力と残差との時系列データである。
【図5】残差に基づく健全性診断の実施例(不健全部)を示す打撃力と残差との時系列データである。
【図6】図5の残差の振幅を拡大表示した時系列データである。
【図7】残差スペクトルに基づく健全性診断例を示す、(A)は打音信号の周波数スペクトル、(B)は内部欠陥が無い場合の残差スペクトル例、(C)は内部欠陥がある場合の残差スペクトルの例である。
【図8】残差の回帰写像の例(健全部)である。
【図9】残差の回帰写像の例(不健全部)である。
【図10】回帰写像に基づく健全性診断の判断区分例である。
【図11】打撃測定装置の他例を示す平面図である。
【符号の説明】
【0056】
1…計測装置、2…マイクロホン、3…入力アンプ、4…AD変換器、5…信号処理装置、6…データ記録装置、7…モニタ、10…インパクタ、P…パソコン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、
予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、
前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求めるとともに、この残差の大きさに基づいて内部欠陥の有無を判別することを特徴とする打音解析による健全性診断方法。
【請求項2】
健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、
予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、
前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求め、
前記残差を周波数分析することにより残差スペクトルを求めるとともに、この、残差スペクトルの分布状況に基づいて内部欠陥の有無を判別することを特徴とする打音解析による健全性診断方法。
【請求項3】
健全性診断の対象となる診断対象物内部の欠陥を非破壊で診断するための診断方法であって、
予め、前記診断対象物にハンマで打撃を加え、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測し、自己回帰モデルによる解析によって自己回帰係数を求めておき、
前記診断対象物の健全性診断を行う診断部位をハンマで打撃し、この打撃点近傍に設置したマイクロホンで打音信号の時系列データを計測した実測値と、前記自己回帰係数を適用して当該診断部位における打音信号の時系列データを予測した予測値との差である残差を求め、
時刻iにおける前記残差を横軸とし、時刻i+1における前記残差を縦軸とした平面座標上に逐次プロットを行った回帰写像を作成し、この回帰写像の相関係数に基づいて内部欠陥の有無を判別することを特徴とする打音解析による健全性診断方法。
【請求項4】
前記診断対象物がコンクリート構造物である請求項1〜3いずれかに記載の打音解析による健全性診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−41978(P2009−41978A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−205266(P2007−205266)
【出願日】平成19年8月7日(2007.8.7)
【出願人】(597164747)アプライドリサーチ株式会社 (4)
【出願人】(502386444)日東建設株式会社 (2)
【Fターム(参考)】