説明

抗マラリア剤と投与方法

【課題】マラリアは、マラリア原虫による人類最大の寄生虫感染症で、ハマダラカを媒介昆虫とする。全世界の年間感染者数は約3億人に達し、毎年100万人以上が死亡している。日本においても、西日本はすでにハマダラカの生息可能な地域になっていて、マラリアが流行する危険性が高まっている。マラリア原虫は容易に薬剤耐性を獲得し、また現在使用されている薬剤の中には再燃率の高いもの、重篤な副作用を引き起こすものが少なくない。このようなマラリアに対して、効果が高く安全で、かつ安価で簡便な予防と治療のための抗マラリア剤を提供する。
【解決手段】ヒノキチオールやチモキノンなどの精油成分や、それらを含む青森ヒバ油やモナルダ油は、抗マラリア活性が高い。さらに、それらを皮下注射または皮膚に塗布することによって容易に抗マラリア精油成分が血中に移行し効果を発揮する。精油は安価で入手が簡単であり、とくに塗布によって抗マラリア活性を発揮するため、治療場所を選ばず利便性が高い。すなわち、本発明の抗マラリア剤を用いることによって、マラリアに対し、効果が高く安全で、かつ安価で簡便に予防と治療をおこなうことが可能である。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【技術分野】
【0001】
本発明は、植物精油またはその成分を利用したマラリアの予防および治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
マラリアは、マラリア原虫(Plasmodia)による人類最大の寄生虫感染症であり、ハマダラカ(Anopheles sp.)を媒介昆虫とする。2002年のWHOの集計では、年間感染者数は3億人に達し、毎年140〜200万人が死亡している。地球温暖化がもたらすハマダラカの生息地域拡大と国際交通の発達によりマラリアの流行地域は拡大している。日本においても、西日本はすでにハマダラカが生息可能な地域になっており、マラリアが流行する危険性が高まっている。
ヒトに感染するマラリア原虫は4種類知られている。この中で、良性マラリア(三日熱、卵形、四日熱マラリア)は重症化することは稀であるが、悪性マラリア(熱帯熱マラリア)は短期間に重症化して多臓器不全(MOF)を引き起こし、宿主を死亡させる危険性が高い。したがって、この悪性マラリア原虫(Plasmodium falciparum)に有効な薬剤が、治療上もっとも重要である。現在使用されている主要な抗マラリア薬剤には、メフロキン、ハロファントリン、キニーネ、アーテミシニン、クロロキン、サルファドキシン・ピリメサシン、塩酸プリマキンなどがある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
一般にマラリア原虫は、薬剤に対して容易に耐性を獲得する。すでにクロロキンやサルファドキシン・ピメサシンに対して耐性を獲得した原虫が知られている。また現在使用されている抗マラリア薬剤の中には、再燃率が高いものや重篤な副作用を発現するものが少なくない。このため、とくに悪性マラリア原虫(P.falciparum)に有効な新規抗マラリア剤を開発することは愁眉の課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、天然物を用いてマラリアを予防ないし治療する方法を種々検討した結果、以下に述べる精油またはその成分が有効であることを発見し本発明を完成させた。
青森ヒバ油は、青森県産のヒノキアスナロ(Thujopsis dolabrata var.hondae、ヒノキ科)の材を水蒸気蒸留して得られる精油で、少量のヒノキチオールを含有している。キャラウェイ油は、ヨーロッパ産のヒメウイキョウ(Carum、carvii、セリ科)の種子の水蒸気蒸留によって得られる精油で、(+)カルボンを50%前後含有している。モナルダ油は、埼玉県秩父地方で栽培しているヤグルマハッカ(Monarda fistulosa、シソ科)の種子を水蒸気蒸留して得られる精油で、チモキノンを30%前後含有している。サンダルウッド油は、インド産のビャクダン(Santalum album、ビャクダン科)の材の水蒸気蒸留によって得られる精油で、アルファ・サンタロールを20〜50%含有している。パロマローザ油は、ブラジルないしマダガスカル産のCymbopogon maritinii(イネ科)の葉を水蒸気蒸留して得られる精油で、ゲラニオールを80%前後含んでいる。タイムチモール油は、ヨーロッパ産のタチジャコウソウ(Thymus vulgaris、シソ科)の花と葉の水蒸気蒸留によって得られる精油で、チモールを30%前後含有している。シソ油は、日本産のシソ(Perilla frutescens var.crispa、シソ科)の葉の圧縮法または水蒸気蒸留法によって得られる精油で、ペリルアルデヒドを70%前後含有している。ナツメグ油は、モルッカ諸島産のニクズク(Myristica fragrans、ニクズク科)の種子の水蒸気蒸留によって得られる精油である。フランキンセンス樹脂(乳香)は、ソマリア産のBoswellia carterii(カンラン科)の材から得られる樹液を固めたものである。
以上の精油に含まれる成分であるヒノキチオール、(+)カルボン、チモキノン、アルファ・サンタロール、ゲラニオール、チモール、ベリルアルデヒドおよびカルバクロールは、それぞれの精油からクロマト分離や減圧蒸留、または化学合成といった方法によって得ることができる。カルバクロールは、ヨーロッパ産のハナハッカ(Oreganum vulgare var.hirtum、シソ科)の葉の水蒸気蒸留によって得られるオレガノ油に含まれている成分であり、前述の方法によって調製することができる。
【発明の効果】
【0005】
本発明の精油または精油成分は、試験管内試験でヒト由来のマラリア原虫(P.falciparum FCR−3株)の増殖を、1または10μg/ml、さらにはそれ以下の濃度で50%抑制することが示された。さらに、これらの精油または精油成分をマウスに経皮ないし皮下投与すると、マラリア原虫の宿主内増殖が抑制されることも示された。これまでの研究によって、マウスのマラリアに有効な薬剤は、ヒトのマラリアにも有効であることが分かっている。精油や精油成分は、従来の抗マラリア薬剤よりも遙かに安価であり、とくに経皮投与による治療は患者への負担が少なく、個人または家庭で治療することを可能とし、そのため極めて実用的である。また精油や精油成分は、天然原料として化粧品などに使用されてきた実績があり、安全性の面でも問題はない。さらに精油は芳香があるため、それによるリラックス効果も期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
従来の抗マラリア剤の投与方法は、経口または注射のいずれかに限定されるが、本発明の抗マラリア剤は、経皮または皮下投与によって治療をおこなう。本発明の精油または精油成分は親油性で水に難溶であり、注射剤として水基材に均一に懸濁することは困難である。その反面、皮膚への浸透性は高く、経皮または皮下投与によって治療に必要な成分量を血中に入れることは可能である。とくに経皮投与は患者への負担が少なく、家庭で簡単に実施することができる。また精油は安価であり、経済的なメリットも大きい。
具体的には、精油または精油成分をそれ自身で、ないしはアロマテラピーで頻用される皮膚浸透性の高いキャリアーオイル(例えばスィートアーモンド油、ファーナスオイルなど)またはゲル化剤(例えばアロエベラゲルなど)に懸濁して適用する。これまでの抗マラリア剤の投与方法は専ら経口または注射によるものであり、経皮的に効果を発揮した薬剤は知られていない。
【実施例】
【0007】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1.精油および精油成分の抗マラリア活性のin vitro試験による評価
【0008】
96穴平底マイクロプレートの各ウェルに、10%赤血球、0.76%ヒトマラリア原虫FCR−3株を含む10%ヒト血清含有のRPMI1640培地を200μlずつ分注し、精油または精油成分を溶解したDMSO(ジメチルスルフォキシド)溶液10μlを加えて、5%炭酸ガス、10%酸素ガス、85%窒素ガスの存在下、37℃で培養した。精油成分の揮発とそれによる汚染を防ぐため、マイクロプレートはシートで表面を密閉した。24時間毎に遠沈し、上澄を回収して新たな培地と被験サンプルを加え、培養を継続して72時間後に判定をおこなった。すなわち赤血球をスライドグラスに採り、3%ギムザ染色液で処理後、マラリア原虫が感染した赤血球数を数えて判定した。IC50値は、陽性対照の感染赤血球数を50%減少させるサンプル濃度を示す。
精油については、シソ油、タイム油、パロマローザ油、サンダルウッド油、フランキンセンス油のいずれもが、IC50値10μg/mlを示した。モナルダ油、青森ヒバ油、キャラウェイ油、ナツメグ油は、いずれもIC50値1μg/ml以下を示した。
精油成分については、カルバクロール、チモール、ゲラニオール、アルファ・サンタロール、ペリルアルデヒド、(+)カルボンが、いずれもIC50値10μg/mlを示した。ヒノキチオール、チモキノンが、ともにIC50値1μg/ml以下を示した。
実施例2.サンダルウッド油の抗マラリア活性のマウス試験
【0009】
ICR雌マウス(3または5週齢、SLC社、静岡)を1ヶ月前後飼育し、体重が30gを越えた時点で、P.bergheiで感染したマウス赤血球100個を含む血液200μlを腹腔内に接種し、感染当日から連日サンダルウッド油を皮下投与した。感染率は、マウス尾静脈より赤血球を採取し、ギムザ染色後にマラリア原虫に感染した赤血球を数えることにより評価した。有効性は、生存日数、感染率、体重をそれぞれ評価して判定した。2回の試験結果を以下にまとめて示す。
(1)サンダルウッド油200μlを1日1回、9日間皮下投与したところ、接種6および8日目の感染率は、感染対照群(オリーブ油投与)に比較して有意に減少した。感染対照群においては、9日目に5匹中3例、15日目には全例死亡した。精油投与群においては、18日目に5匹中3例生存、21日目以降も1例が生存した。なお非感染対照(2例)は24日目以降も生存した。
(2)サンダルウッド油200μlを1日1回、7日間皮下投与したところ、接種6、7および8日目の感染率は、感染対照群(オリーブ油投与)に比較して有意に減少した。精油投与群においては、15日目まで全例生存し、19日目には3匹中2例、24日目にも1例が生存した。感染対照群(オリーブ油投与)においては、9日目までに全例(5匹)死亡した。
実施例3.ヒノキチオールの抗マラリア活性のマウス試験
【0010】
実施例2と同様な方法でヒノキチオールを経皮または皮下投与し、その有効性を評価した。経皮投与の際は、あらかじめ脱毛剤により投与部位の毛を除いてからサンプルを塗布した。以下に試験結果をまとめて示す。
(1)ヒノキチオール20mgを含むワセリン200μlを1日2回、3日間経皮投与し、1日あけてさらに5日間投与した(3匹)。感染率は、感染対照群(オリーブ油投与、5匹)よりも低く、全例死亡までの日数も19日で、感染対照群の17日に対して延命が認められた。
(2)ヒノキチオール20mgを含むホホバ油200μlを1日2回、3日間経皮投与し、1日あけてさらに5日間投与した(3匹)。感染率は、感染対照群(5匹)よりも低く、全例死亡までの日数も22日で、感染対照群の17日に対して延命が認められた。
(3)ヒノキチオール4mgを含む青森ヒバ油200μlを1日2回、3日間経皮投与し、1日あけてさらに5日間投与した(3匹)。感染率は試験群中最も低く、全例死亡までの日数も25日以上で、最も長い延命が認められた。
(4)ヒノキチオール10mgを含むDMSO200μlを1日3回、8日間経皮投与した(3匹)。4、5日目の感染率は、感染対照群(5匹)よりも低く、全例死亡までの日数も19日以上で、感染対照群の10日に対して延命が認められた。
(5)ヒノキチオール2mgを含む2%重曹水200μlを1日3回、3日間経皮投与した(マウス3匹)。6、7、8日目の感染率は、感染対照群(5匹)よりも低く、全例死亡までの日数も24日で、延命が認められた。
実施例4.ヘアレスマウスを用いた精油成分の経皮吸収性試験
【0011】
ヘアレスマウス(Hos−HR−1、雄、4週齢、体重11〜15g、三共ラボサービス)の背部に、精油または精油成分を含む製剤を50〜100μl塗布し、ガラススプレッダーで均一に広げた。室温で10〜30分間放置した後、炭酸ガス中でマウスを不動化し、ヘパリンを微量入れた注射器で心臓採血を行ない、約0.5mlの血液を得た。採取した血液に同量の酢酸エチルを加えて抽出し、抽出液に無水硫酸ソーダを加えて脱水後、ガスクロマトグラフィーで血液中に出現した精油成分を定量分析した。分析条件は以下の通り。ガスクロマト装置:Model353B(GLScience社、東京)、TC−5カラム(0.5mm×30m)、キャリアー:ヘリウムガス、60℃から200℃まで5℃/分の昇温分析、検出:水素炎検出器。以下に試験結果を示すが、ヒノキチオール、(+)カルボン、ゲラニオール、チモキノン、チモール、カルバクロール、アルファ・サンタロールといった精油成分が経皮吸収されて血中に移行することが示された。
(1)いずれもヒノキチオールを10%含有するヒノキチオール添加ファーナスオイル、青森ヒバ油、ジェル(健草医学舎製品)を、それぞれ50μlづつマウス皮膚に塗布し、採血して血中のヒノキチオールを分析した。表1に塗布後の推移を示す。
【0012】
【表1】

(2)(+)カルボンを57%含有するキャラウェイ油20μlを塗布したときの、(+)カルボンの血中濃度の推移を表2に示す。
【0013】
【表2】

(3)ゲラニオールを84%含有するパロマローザ油、チモキノンを30%含有するモナルダ油、アルファ・サンタロールを30%含有するサンダルウッド油を、それぞれ塗布したときの各成分の血中濃度の推移を表3に示す。
【0014】
【表3】


実施例5.ヒノキチオールの抗マラリア活性のマウス試験
【0015】
ヘアレスマウス(Hos−HR−1、雄、4週齢、体重15〜18g、三共ラボサービス)に、P.bergheiで感染したマウス赤血球1300個を含む血液200μlを腹腔内接種し、接種当日から10%ヒノキチオール含有ファーナスオイル50μlを、4時間おきに1日6回、3日間連続して塗布した。対照群として、無処置感染群、ファーナスオイル塗布感染群、ファーナスオイル塗布未感染群、および10%ヒノキチオール含有ファーナスオイル塗布未感染群の4群を設置した(1群3匹)。
その結果、ヒノキチオール塗布群は、接種5、6、7、8日目において、無処置感染群、ファーナスオイル塗布感染群よりも感染率が低かった。無処置感染群、ファーナスオイル塗布感染群ともに、接種10日目までに全例死亡したが、ヒノキオール塗布群は17日目まで延命した。いずれの未感染群にも、期間中の死亡例は無かった。また赤血球中のマラリア原虫を顕微鏡観察すると、ヒノキチオール投与群においては、分裂体は観察されるものの環状体は少なく、赤血球の膜を破って分裂体が飛び出す過程を抑制している可能性が推定された。
実施例6.キャラウェイ油の抗マラリア活性のマウス試験
【0016】
ヘアレスマウス(Hos−HR−1、雄、4週齢、体重15〜18g、三共ラボサービス)に、P.bergheiで感染したマウス赤血球1300個を含む血液100μlを腹腔内接種し、接種当日からキャラウェイ油20μlを、6時間おきに1日3回、3日間連続して塗布した。
その結果、接種7日目の精油塗布群の感染率(3.5%)は、無処置感染群(17.0%)に比べて明らかに低かった。また精油塗布群の1例は14日目に死亡したが、もう1例は24日まで延命した。無処置感染群は13日目までに2例とも死亡した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒノキチオール、(+)カルボン、チモキノン、アルファ・サンタロール、ゲラニオール、カルバクロール、チモールを、それぞれ単剤、またはそれらの合剤を用いてマラリアを予防ないし治療することを特徴とする抗マラリア剤
【請求項2】
青森ヒバ油、キャラウェイ油、サンダルウッド油、パロマローザ油、タイムチモール油、シソ油、ナツメグ油、およびフランキンセンス樹脂から得られる植物精油を、それぞれ単剤、またはそれらの合剤を用いてマラリアを予防ないし治療することを特徴とする抗マラリア剤
【請求項3】
請求項1記載の成分、または請求項2記載の植物精油を含有する製剤であって、経皮的に投与してマラリアを予防ないし治療することを特徴とする抗マラリア剤

【公開番号】特開2009−161505(P2009−161505A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−25718(P2008−25718)
【出願日】平成20年1月7日(2008.1.7)
【出願人】(508037348)
【出願人】(508037360)
【出願人】(501239103)
【Fターム(参考)】