説明

拡管加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼溶接管およびその製造方法

【課題】 素管の2倍以上の拡管加工での溶接部あるいは溶接部近傍に発生する拡管加工割れの無い、拡管加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接管を提供するものである。
【解決手段】 Ti,Nbの1種または2種を、質量%で各々0.1〜0.5%含有するフェライト単相のフェライト系ステンレス鋼溶接管において、溶接部のビッカース硬さHVWと母材部のビッカース硬さHVMとの硬度差ΔHV(=HVW−HVM)が10〜40の範囲で、溶接部のビード厚さTWと母材部の肉厚TMとの比RT(=TW/TM)が1.05〜1.3である。また、成形、溶接後に周長で0.5〜2.0%の矯正をする。さらに、成形、溶接、矯正後に700〜850℃で焼鈍する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車排気系部品や自動車燃料系部品の燃料給油管等の拡管加工が厳しく、かつ高温酸化や融雪剤等の付着による腐食や高温塩害腐食が厳しい用途に使用されるフェライト系ステンレス鋼溶接管に関するものであり、素管の2倍以上の拡管加工での溶接部あるいは溶接部近傍に発生する拡管加工割れを防止するものである。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は、熱膨張係数が小さいことから加熱・冷却が繰り返される自動車排気系部品に使用されてきた。また、最近では寒冷地域での融雪剤付着時の応力腐食割れ感受性が低いことから、自動車燃料系部品の燃料給油管への適用も始められている。これらの部品の多くは、薄肉の溶接管であり、曲げ加工やバルジ加工や拡管加工等が施されている。特に、燃料給油管では、特許文献1のように防錆性能を図るためパイプを一体で、且つ偏芯で拡管することが示され、素管径の2倍以上の加工が施される場合があり、使用されるパイプには優れた拡管性が要求される。
【0003】
これらの要求に対して、加工性の優れるフェライト系ステンレス鋼管として、特許文献2のように、素材の圧延方向や圧延直角方向のランクフォード値を規定したり、特許文献3のように、レーザ溶接前の予熱や内面ビード余盛高さや、その後、溶接ビード部を圧下し余盛高さを消去する製造方法や、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7、特許文献8のように、ロールレス造管法とレーザ溶接の組み合わせで、レーザ溶接機の出力と造管速度、ロールレス造管法での曲げロール半径と板厚の関係や矯正条件を規定し、母材部と溶接部の硬度差を調整したり、レーザ溶接部のC,N,O量や介在物を調整し、溶接部のバルジ加工性、拡管性や曲げ加工性を高めることが提案されているが、素材材質、溶接ビード形状や溶接ビード硬度の調整のみでは素管の2倍以上、かつ偏芯拡管を伴う非常に厳しい拡管加工に耐えることが困難である。
【0004】
一方、素材に関しても、使用環境が厳しくなったことや、寿命等耐久性の向上要求等から、耐食性、耐高温塩害性、耐酸化性、高温強度や熱疲労の向上が求められ、Cr,Mo,Nb等の合金元素含有量が高くなる傾向に有り、使用性能と加工性を両立した溶接管素材が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−242779号公報
【特許文献2】特開平6−41689号公報
【特許文献3】特開平5−277769号公報
【特許文献4】特開平7−265941号公報
【特許文献5】特開平7−266072号公報
【特許文献6】特開平7−286239号公報
【特許文献7】特開平8−257777号公報
【特許文献8】特開2000−326079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこうした現状を鑑みて、拡管加工において溶接部割れや溶接部近傍母材割れの無い、拡管加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼溶接管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記目的を達成するため、拡管加工における溶接管の変形挙動、拡管性とフェライト系ステンレス鋼溶接管の溶接部形状、強度、組織と母材部の関係を種々検討し、多段工程による拡管性を向上させ、素管の2倍以上の拡管性を得るためには、素材の特性や溶接部の特性だけでなく、母材と溶接部の硬度や溶接ビード厚による強度バランスをとることが非常に重要であるとの知見を得た。
【0008】
その要旨とするところは以下の通りである。
(1)Ti,Nbの1種または2種を、質量%で各々0.1〜0.5%含有するフェライト単相のフェライト系ステンレス鋼溶接管において、溶接部のビッカース硬さHVWと母材部のビッカース硬さHVMとの硬度差ΔHV(=HVW−HVM)が10〜40の範囲で、溶接部のビード厚さTWと母材部の肉厚TMとの比RT(=TW/TM)が1.05〜1.3である。(2)成形、溶接後に周長で0.5〜2.0%の矯正を施す。(3)成形、溶接、矯正後に700〜850℃で焼鈍することを特徴とする拡管加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接管とその製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】パンチを用いた多段拡管加工による変形挙動
【図2】拡管加工での割れ形態
【図3】拡管加工状況と溶接部のビッカース硬さHVWと母材部のビッカース硬さHVMとの硬度差ΔHV(=HVW−HVM)が10〜40の範囲で、溶接部のビード厚さTWと母材部の肉厚TMとの比RT(=TW/TM)の関係
【図4】溶接部と母材部の硬度差ΔHVと周長矯正量の関係(SUS436L/TIG溶接管(25.4mmφx0.8mmt))
【図5】溶接部と母材部の硬度差ΔHV熱処理温度の関係(SUS436L/TIG溶接管(25.4mmφx0.8mmt))
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本発明を詳細に説明する。通常、パンチによる多段工程での偏芯拡管加工では、図1に示すように溶接管は、各工程でパンチとの摩擦による管軸方向の応力により、管軸方向には圧縮変形し、管円周方向には引張変形を受けながら拡管加工されている。また、偏芯拡管加工を伴う場合は、偏芯部が張り出され、局部的に管軸方向および円周方向に引張変形を受ける。
【0011】
このような加工において、溶接管の溶接部と母材部の強度バランスが適正でない場合、割れにいたる。図2に示すように、母材部に対して溶接部の強度が相対的に低い場合には、溶接部で軸方向(縦方向)に割れが発生する。一方、母材部に対して溶接部の強度が高すぎる場合は、溶接部の管軸方向の変位が、母材部に比し小さく、拡管部管端で溶接部が突き出た形状になり、溶接部と母材部の管軸方向変位量の差により、両者の間にせん断的な変形が大きくなり、溶接部近傍の母材部から斜め方向に割れが発生する。なお、溶接部はアンダーカットや突き合わせ形状不良による局部的に厚みが母材より薄い部位が無い溶接部形状であることが前提であり、溶接部形状が上記のような不良がある場合、溶接部で軸方向に割れる。
【0012】
従来、溶接部と母材部の強度バランスを取り、溶接管の加工性を向上させる方法として、特許文献4等のように母材硬さと溶接部硬さの差が10〜80になるように製造条件を調整することが提案されているが、本発明者らは多段の拡管加工では、単に溶接部強度(硬度)を調整しただけでは、溶接部と母材部の適正な強度バランスが得られず、溶接部硬度に加え、溶接部ビード厚を適正な範囲にする必要があることを明らかにした。
【0013】
なお、上記の母材、溶接部硬度および溶接ビード厚を調節するには、成形に於いて、ロール配置やフィンパスロール間隔、スクイーズロール間隔等の成形条件や、成形後のサイジングによる矯正量やその後の熱処理条件が重要である。また、素材に関しても、全体の歪や局部的な歪に対して母材割れの抑制、割れの進展を抑制するため、伸びは30%以上、ランクフォード値で1.5以上であるフェライト単相のフェライト系ステンレス鋼帯の使用が望ましく、SUS430のように、溶接により高温でγ相が生成し、冷却後マルテンサイト相が生成するようなフェライト系であってもフェライト単相ではない鋼種は、溶接部硬度を高めるため、C,N含有量が、好ましくはCが0.02質量%以下、Nが0.015質量%以下と低く、Ti,Nb等安定化元素が添加された高純度フェライト系ステンレス鋼を使用する必要がある。TiやNbは好ましくは0.1質量%以上添加することによりC,Nと結合し、鋼中に固溶するC,Nを低減して、伸びやr値を高め加工性を向上させる効果が得られる。また、CをTiやNbの炭化物として安定化させることにより、溶接部熱影響部でCr炭化物の析出を抑制し、耐粒界腐食性を高めることができる。一方、過剰の添加は、固溶や析出により鋼の強度を高めたり、Ti添加では介在物による疵発生の問題があること、Nb添加では製造工程でのNb系析出物の析出により再結晶や結晶粒成長を抑制し、伸びやr値が得られないため、上限は0.5%とした。
【0014】
以下に、SUS436L/0.8mmt、1.0mmtの鋼帯を用い、ロール成形により25.4mmφのTIG溶接管、電縫溶接管を種々の造管条件、矯正条件、熱処理条件で製造した溶接管を、多段パンチ、4工程(30φ、38φ、45φ、51φ)で拡管加工し、全工程での割れ有無により、拡管性を評価した結果で説明する。
【0015】
溶接管の硬度差ΔHVを求めるため、溶接部のビッカース硬さは、マイクロビッカース硬さ計で、荷重500gで0.5mmまたは0.2mm間隔で測定し、その平均とした。また、母材部のビッカース硬さは、溶接部を除き全周を45°間隔で、荷重500gで7点測定し、その平均として評価した。
【0016】
肉厚の比は、溶接部の最も厚い部位を溶接部肉厚とし、母材部は母材部ビッカース硬度を測定した部位7点の平均を母材肉厚として評価した。
【0017】
溶接部のビッカース硬さHVWと母材部のビッカース硬さHVMとの硬度差ΔHV(=HVW−HVM)、溶接部のビード厚さTWと母材部の肉厚TMとの比RT(=TW/TM)と拡管加工性評価結果の関係を見ると、図3の●で示すように硬度差ΔHVが10未満または硬度差ΔHVが10〜30で、肉厚比RTが1.05未満の場合、拡管加工では溶接部が軸方向(縦方向)に割れる。
【0018】
次に、図3の▲で示すように硬度差ΔHVが10〜30または硬度差ΔHVが30より大きく、肉厚比RTが1.3より大きい場合、管軸方向変位量の差により、両者の間にせん断的な歪が大きくなり、溶接部近傍の母材部から斜め方向に割れが発生する。
【0019】
一方、図3の◇で示すように硬度差ΔHVが10〜40の範囲で、肉厚比RTが1.05〜1.3の範囲では、微少な割れはあるが、素管の2倍の拡管加工が可能であり、微少な割れまで抑制するには、図3の□で示すように硬度差ΔHVが10〜30の範囲で、肉厚比RTが1.1〜1.25の範囲であることが望ましい。
【0020】
次に、成形、溶接後の周長矯正量((矯正前周長−矯正後周長)/矯正前周長)×100(%)の限定範囲について述べる。図4に示すように、周長矯正量が0.5%未満では、溶接部の硬度増加が小さく、拡管加工での必要な前記溶接部強度が得られない。一方、周長矯正量が2.0%より大きい場合は、溶接部硬度は十分以上であるが、母材部の硬度増加も大きく、母材部の加工性劣化が大きい。このため、成形、溶接後の周長矯正量は0.5〜2.0%が必要である。
【0021】
最後に、成形、溶接、矯正後の熱処理温度の限定範囲について、図5を用いて述べる。熱処理は成形、溶接、矯正による歪による母材成形性の回復と溶接部と母材部の強度バランスを調整する。ここで、700℃未満では回復による母材の成形性回復が不十分であり、熱処理をする意味が無い。一方、850℃より高い場合には、溶接部の強度(硬度)が低下し、母材部と同程度になり、拡管加工に必要な溶接部、母材強度バランスが得られない。このため、成形、溶接、矯正後の熱処理する場合、熱処理温度は700〜850℃の範囲が望ましい。
【実施例】
【0022】
表1に示す成分の鋼板を用いて、25.4mmφまたは28.6mmφのTIG溶接管、電縫溶接管(ERW)を、成形条件、造管後矯正量、熱処理温度を変化させ製造した。製造した溶接管を、多段パンチの4工程(25.4mmφの溶接管は30φ、38φ、45φ、51φ、28.6mmφの溶接管は38φ、45φ、51φ、58φ)で拡管加工し、全工程での割れ有無により、拡管性を評価した。結果を表2に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
各鋼種、各製造条件の溶接管の拡管性を評価した結果、本発明範囲内の成分、溶接部ビッカース硬さと母材ビッカース硬さとの硬度差、母材と溶接ビード厚の比のNo.1〜No.18では、溶接方法、管サイズに寄らず、管端部割れが無いまたは微小であり、問題なく素管の2倍の拡管加工が可能である。
【0026】
一方、成分が本発明範囲から外れるNo.19〜No22では、溶接部硬度が高くなったり、母材部の加工性が劣るため、溶接部近傍から母材斜め方向に割れが発生する。
造管後の矯正量や焼鈍条件により、溶接部と母材硬度差ΔHVが小さいNo.23〜No.35では、拡管工程の2または3工程の初期過程で、溶接部縦割れが発生している。
【0027】
溶接ビードが薄いまたは厚いNo.36〜42では、溶接ビードが厚い場合は溶接部近傍母材に斜め方向の割れが発生し、溶接ビードが薄い場合には、溶接部に縦方向に割れが発生する。
【産業上の利用可能性】
【0028】
以上述べたように、本発明は自動車排気系や燃料系部品等の厳しい使用環境に耐え、拡管性に優れたフェライト系ステンレス鋼溶接管を提供することが可能となり、産業的価値は大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti,Nbの1種または2種を、質量%で各々0.1〜0.5%含有するフェライト単相のフェライト系ステンレス鋼溶接管において、溶接部のビッカース硬さHVWと母材部のビッカース硬さHVMとの硬度差ΔHV(=HVW−HVM)が10〜40の範囲で、溶接部のビード厚さTWと母材部の肉厚TMとの比RT(=TW/TM)が1.05〜1.3であることを特徴とする拡管加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼溶接管。
【請求項2】
成形、溶接後に周長で0.5〜2.0%の矯正を施すことを特徴とする請求項1記載の溶接管の製造方法。
【請求項3】
成形、溶接、矯正後に700〜850℃で焼鈍することを特徴とする請求項2記載の溶接管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−77382(P2012−77382A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−245764(P2011−245764)
【出願日】平成23年11月9日(2011.11.9)
【分割の表示】特願2005−5023(P2005−5023)の分割
【原出願日】平成17年1月12日(2005.1.12)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】