説明

捕集デバイス、及びそれを用いる分析システム

【課題】ATP法による空中浮遊菌の計測において、捕集担体からの生菌の回収が煩雑で回収率が低い、などの課題があった。
【解決手段】捕集担体として相転移温度が40℃以下の温度感受性樹脂を用い、菌捕集時と菌回収時の温度を制御することにより捕集担体をそれぞれゲル状、ゾル状とした。菌捕集時は捕集担体の変形が少なく菌の捕集効率が高く、菌回収時は菌を懸濁液として取り扱うことが可能でろ過濃縮などの後処理が容易である。本発明による捕集担体は、穏和な温度制御という非接触かつ簡便な手段と組み合わせることにより、上記捕集効率と取扱簡便性の両立を達成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、捕集デバイス、及びそれを用いる分析システムに関し、例えば、大気中に浮遊する微生物を捕集するための捕集デバイス、及びそれを用いる分析システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
空中に浮遊する細菌などの微生物数の検査法として、集塵機を用いてゲル状の寒天培地表面に捕集した微生物を培養し、生じたコロニー数を計数する方法が実用に供されている。
【0003】
しかし、培養法は数日間に及ぶ長い時間がかかり、また自動化が困難で手間がかかるという課題がある。また微生物検査は医薬品工場やセルプロセッシングセンター、食品工場など、高清浄度が要求される環境の微生物的清浄度(無菌性)の検証のために用いられるケースが多い。上記環境におけるオンサイトの微生物検査に培養法を適用する場合、検査工程の産物である大量に増幅した微生物が万一サイトに混入すると環境の清浄度確保の目的を破壊しかねないため、オンサイトの検査が行いにくく、検査室の設置、試料の搬送、産物の厳重な管理が必要である、という課題があった。
【0004】
この改善策として培養無しに、即ち迅速簡便かつ生物的汚染のリスクなしに微生物数を検査する方法が各種考案されている。第1の方法として試料中の微生物を2種類の蛍光試薬を用いて染色し、蛍光顕微画像解析などにより生菌と死菌を判別、計数する方法(蛍光法)がある。第2の方法として試料中の微生物からATPを抽出し、ATPの生物発光反応を、ルミノメータを用いて計測することによりATP量を定量し、生菌数に換算する方法(ATP法)がある。
【0005】
ところが、第1の方法は原理的に1細菌の計測が可能であるが、蛍光性の夾雑物質が試料中に混在すると誤差の原因となる。また生菌と死菌の判別は必ずしも容易ではない。例えば死菌を選択的に染色するとされるプロピジウムアイオダイド(PI)の死菌に対する平均蛍光強度は生菌に対するそれよりむしろ低い場合があり(非特許文献1、図1C、縦軸がPIの蛍光強度)、単純な解釈を行うと正反対の結論を導く恐れが高い。
【0006】
一方、第2の方法はATPに選択的に応答する生物発光反応に基づくため、蛍光性の夾雑物質の影響は原理的に受けない。また、生菌の菌体外に含まれるATPを事前に消去するATP消去剤、生菌からATPを抽出するATP抽出試薬、生菌中のATPを生物発光反応により発光させて計測するための発光試薬を備えた試薬キット(製品名「ルシフェールHSセット」)もキッコーマン社から発売されている(非特許文献2)。このキットをルミノメータと組み合わせて用いれば死菌などの影響を排除し、生菌のみに由来するATP量を選択的に測定可能であるとされている。
【0007】
ただし、第2の方法の検査対象試料は水溶液中に分散された微生物であり、空中浮遊菌の検査に適用することは想定されていない。空中浮遊菌の培養法による検査のためにはインパクタ方式の集塵機構を備え、ゲル状の寒天(糖類)培地からなる捕集担体を収納した培地カセットを内蔵可能な製品(例えばミリポア社製のM Air T型エアーサンプラー)として入手出来るのに対し、ATP法に適用可能なエアーサンプラーは市販されていない。空中浮遊菌の検査にATP法を適用する場合、培養法向けのインパクタ方式のエアーサンプラーを用いて捕集担体に菌を捕集し、捕集担体から菌を取り出して菌懸濁液とし、ルシフェールHSセットなどの生物発光法に基づく試薬キットを用いてATP法により計測を行う方法が考えられる。この従来のエアーサンプラーとATP法との単純な組合せを本明細書では以下従来法と記すこととする。
【0008】
【非特許文献1】製品技術情報 「ライブ/デッド バックライトTM バクテリアル バイアビリティー アンド カウンティング キット(L34856)」モレキュラープローブス社 2004年2月2日改訂版
【非特許文献2】村上成治ほか「ホタルルシフェラーゼの応用開発」日本農芸化学会誌、78巻、7号、p.630−635(2004年)
【非特許文献3】古澤邦夫監修「新しい分散・乳化の科学と応用技術の新展開」ISBN4−924728−50−0、テクノシステム社、p.370(2006年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかるに、従来法におけるエアーサンプラーで用いられるゲル状の寒天培地からなる捕集担体は捕集した菌をその捕集担体上で培養することを目的としている。このため、従来法では捕集担体から菌を取り出す工程(以降取出し工程)が考慮されていない。取出し工程には次のような課題がある。即ち、捕集担体はゲル状であるため菌をよく捕捉できるものの、逆に取出すことは困難であり菌の回収効率が低い。寒天ゲルを加熱すれば実質的に菌懸濁液同様に取扱うことが可能なゾル状とすることができる。
【0010】
しかし、寒天ゲルのゾル化には80℃以上の高温を必要とするため、生菌のほとんどが損傷あるいは死滅してしまい、生菌の回収効率が低く、生菌と死菌を判別できない課題がある。よって、生菌の回収効率を高めるためには寒天ゲルをゾル化せず、室温付近の温度の溶液をゲル上に添加して溶液に移行した菌を菌懸濁液として回収する操作を繰り返すなどの穏和な条件が必要である。ただし、これには熟練作業者による時間がかかる繊細な手作業を必要とし、自動化が困難であり、再現性が低く、また作業者由来の汚染による偽陽性のリスクがある。
【0011】
一方、回収に用いる溶液を多くして作業を簡略化する方法も考えられるが、菌懸濁液の液量が多いと単位液量当たりの菌数(濃度)が低く、結果的に計測工程における菌の利用効率が低い。例えばATP法の代表的な製品であるキッコーマン社のルシフェールHSセットにおけるプロトコル(従来プロトコル)によると試料液量は0.1mLである。
【0012】
従って、計測工程における縣濁液の利用効率は菌懸濁液の体積が1mLなら10%、10mLなら1%と、菌懸濁液の量が多いほど縣濁液の利用効率が低い。よって、この方法には簡便性と利用効率が相反するという課題がある。
【0013】
さらに、従来プロトコルによれば試料液のうち実際に発光計測に用いられるのは1/10であるため、総合的な利用効率は菌の回収効率のさらに10%にすぎないという課題もある。また、クリーンルーム等の清浄度の高い環境における数個ないし数十個程度の極微量の空中浮遊菌の検査を目的とする場合は、回収効率や利用効率が低いと菌の計測漏れを起こす、すなわち偽陰性の課題がある。計測漏れを回避するために空気試料のサンプリング体積を増加するなどの対策が必要になり、サンプリング時間が長く、結果が迅速に得られない、という課題がある。
【0014】
このように、以上の手法をそのまま自動化するとシステム構成が複雑であり、裕度確保のために回収に用いる溶液をさらに過剰に用いる必要があり、利用効率がさらに低い、という課題がある。また、本法を実試料に適用した場合、集塵した試料中には微生物以外の夾雑物が多量に混入するが、従来法は夾雑物がATP消去反応やATP抽出反応、ATP発光反応に影響を及ぼし、測定精度が低い、という課題があった。
【0015】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、空中浮遊菌の検査にATP法を適用する場合における問題点、即ち、捕集担体からの菌の取出し工程が考慮されていないこと、回収効率や利用効率が低いこと、極微量の菌数測定における信頼性が低いこと、自動化が困難で複雑な構成を要すること、夾雑物混入の影響を受けて測定精度が低いこと、等の問題点のうち少なくとも1つを解決する、微生物の捕集デバイス及びそれを備えた分析システムを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明による微生物の捕集デバイスが保持する高分子は、 温度が15度以上37度以下の範囲でゲル‐ゾル間の相転移を行うものである。また、高分子の他に、殺菌作用を有しないアルコール類を含むようにしてもよい。このアルコール類としては、グリセロール、エチレングリコール、プロピレングリコール等が挙げられる。また、高分子は、ゼラチン又はNAGAm/MBPDAのいずれかであることが好ましい。
【0017】
なお、アルコールがグリセロールの場合、このグリセロールは、捕集デバイスが保持する部材(物質)に対する重量比30%以上60%以下であることが好ましい。また、高分子がゼラチンである場合、このゼラチンは、捕集デバイスが保持する部材(物質)に対する重量比5%以上10%以下であることが好ましい。さらに、高分子がNAGAm/MBPDAである場合、このNAGAm/MBPDAは上記部材(物質)に対する重量比1%以上10%以下であることが好ましい。
【0018】
さらに、捕集デバイスは、その底面がフィルターで構成されるようにしてもよい。
【0019】
また、本発明による自動測定装置は、温度依存的にゾル‐ゲル間の相転移を行う温度感受性樹脂、好ましくは40度以下の温度においてゾル‐ゲル間の相転移を行う温度感受性樹脂からなる捕集担体を備えたデバイスと、温度制御機構、また好ましくはろ過機構、さらに必要に応じて希釈機構を備えている。本発明では、第1に、温度制御機構を用いて温度感受性樹脂からなる捕集担体をゲル状として空中浮遊菌を集菌し、第2にこの捕集担体を温度制御機構を用いてゾル状に相転移させ、或いはさらに希釈溶液により希釈することにより、菌懸濁液とする。
【0020】
本発明における温度感受性樹脂材料の相転移温度は40℃以下であるため、穏和な温度条件において菌の捕集と回収を行う。菌懸濁液に対して従来のATP法を適用して菌のATP計測を行うか、あるいは好ましくは菌懸濁液をろ過することにより菌懸濁液中の菌をフィルター上に捕捉し、改良したATP法の計測プロトコルによりATP計測を行い、空中浮遊菌の検査を行う。
【0021】
さらなる本発明の特徴は、以下本発明を実施するための最良の形態および添付図面によって明らかになるものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の捕集デバイスによれば、捕集担体からの菌の取出しが容易になる、回収効率や利用効率が高くなる、極微量の菌数測定における信頼性を高められる、自動化が簡単な構成で容易に実現できる、夾雑物混入の影響を受けても測定精度を高くすることができる、等の効果のうち少なくとも1つの効果を期待することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明は、温度感受性樹脂からなる捕集担体を用い、温度制御により捕集時は捕集担体をゲル状に、回収時は捕集担体をゾル状にし、また40℃以下の穏和な温度条件でゲル及びゾルの相転移を行うものである。そして、このようにすることにより、菌の熱による損傷や死滅などの問題を回避し、捕集担体からの菌の回収効率を高め、菌懸濁液の体積を小さくして利用効率を高め、空中浮遊菌の高感度な検査を簡便迅速に実現する。
【0024】
なお、様々なサイトで問題となる菌は人間がそのサイトに持ち込むケースが多い。そのため、人間の体温に近い温度で生存する菌を捕集して分析する必要があり、40℃以下という温度設定としているのである。
【0025】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態について説明する。ただし、本実施形態は本発明を実現するための一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに注意すべきである。また、各図において共通の構成については同一の参照番号が付されている。
【0026】
<第1の実施形態>
(1)捕集デバイスについて
まず、本発明の第1の実施形態による捕集デバイス1の構成概要について説明する。 図1は、本発明による第1の実施形態による捕集デバイス1の概略構成を示す断面図である。捕集デバイス1は、容器3とそれに収容された捕集担体2とを備えている。
【0027】
本実施形態では、捕集担体2の材料として下記組成の樹脂を用いている。グリセロール50重量%、温度感受性樹脂材料(本実施形態ではゼラチン(たんぱく質加水分解物)、詳細後述)7.5重量%、ATP消去剤0.03%とし、残りは生理食塩水によりバランスする。また、容器3として直径40mm、深さ5mmの円柱状の凹みを有するポリスチレン製のシャーレを用いる。
【0028】
次に、本発明による捕集担体2の形成法について説明する。上述の捕集担体2の材料を必要に応じて加温しつつ混合することにより均一な原料ゾルとする。以降の操作は無菌環境下で行う。原料ゾルを加温しつつ孔径0.22ミクロンのシリンジフィルターによりろ過滅菌する。得られた滅菌ゾル1mLを分取して滅菌済の容器3の底面に均一に注入し、4℃で1週間以上冷却することにより均一なゲルとする。従って捕集担体2の形状も概ね円柱状であり、その直径は容器3の凹みのそれと同じ40mm、厚みは約0.8mmとなる。捕集担体2は室温(25℃)ではゲル状であるが、昇温すると相転移温度においてゲルからゾルに相転移し、37℃ではゾル状である。従って捕集担体2は上限臨界溶液温度(UCST:当該温度未満ではゲル状)を有する温度感受性樹脂として機能し、その上限臨界溶液温度は25℃より高く37℃より低い。この捕集担体2の温度依存的なゾル、ゲル相転移は可逆的である。なお、捕集担体として下限臨界溶液温度(当該温度より高い温度ではゲル状)を有する担体(後述)を用いても良く、この場合は菌の捕集時と回収時において(反転した温度条件を採用することにより)ゾル、ゲルの条件を一致させて用いる。
【0029】
(2)捕集装置について
図2を用いて本発明による捕集装置11の構成概要について説明する。図2は、本発明の第1の実施形態による捕集装置11の概略構成図である。捕集装置11は、上部部材11aと、下部部材11bと、吸気ノズル12と、ホルダ13と、温度調節機構14と、ポンプ16と、排気ダクト17と、排気フィルター18と、を備え、装置内部には空隙(空間)15が形成されている。この捕集装置11において、上部部材11aは下部部材11bから着脱可能である。上部部材11aを下部部材11bに装着して捕集装置11を形成すると両者の接合部は気密となり、この捕集装置11の外部開口部は、上部部材11aにおける吸気ノズル12、ならびに下部部材11bにおける排気フィルター18である。また、下部部材11b内部にはホルダ13、ポンプ16、排気フィルター18がそれぞれ固定される。なお、図示を省略したがポンプ16や温度調節機構14のための制御系や電源などを内蔵し、操作ボタンや取っ手などを外面に有する。また、ホルダ13は温度調節機構14を収納し、捕集デバイス1を着脱可能に収納し、捕集デバイス1を収納した際は温度調節機構14の上面が捕集デバイス1の下面と接触する。捕集装置11内部には吸気ノズル12出口から捕集デバイス1を経由してポンプ16の入り口までを連絡する空隙15が設けられ、またポンプ16の出口から排気フィルター18までは排気ダクト17が気密に連絡する。本実施形態のごときいわゆるインパクタ型の捕集装置は試料空気の流量が高いため、所定量の試料を短時間で吸引して空中浮遊菌を捕集できるという利点を有する。なお図2において吸気ノズル12として1穴型の構成を例示したが、本発明で利用可能な吸気ノズル12はこの構成に限定されず、より小さな穴を多く有する多穴型など各種の吸気ノズルを採用可能である。
【0030】
(3)菌の計測手順について
(i)まず、図3を用いて本発明による菌の計測手順の概要について説明する。この菌の計測手順は、菌捕集工程(a)と、菌回収工程(b)と、ATP消去工程(c)と、ろ過工程(d)と、ATP抽出工程(e)と、ATP回収工程(f)と、ATP計測工程(g)とを備えている。
【0031】
菌捕集工程(a)において、捕集装置11を用いて、空中浮遊菌を捕集デバイス1の捕集担体2(ここではゲル状)に捕集する。
【0032】
菌回収工程(b)において、捕集担体2をゲル状からゾル状に相転移し、菌懸濁液(試料)とする。
【0033】
ATP消去工程(c)において、試料中の菌以外のATP、即ち菌外ATPや死菌内のATPを消去する。
【0034】
ろ過工程(d)において、試料をろ過することにより、水溶性成分や菌より粒径の小さい固形成分などの夾雑物をろ別し、試料中の生菌をフィルター上に捕捉する。
【0035】
ATP抽出工程(e)において、菌の細胞壁を溶解し、生菌の細胞質に含まれるATPを試料溶液中に抽出する。
【0036】
ATP回収工程(f)において、菌から抽出したATPを含む試料溶液を得る。
【0037】
ATP計測工程(g)において試料溶液中のATPをもとに生物発光反応を行い、ルミノメータを用いて発光量を計測することにより試料中のATP含量を求め、単位体積当たりの空中浮遊菌数として検査結果を提供する。
【0038】
(ii)次に、本発明による各構成要素の動作を計測手順に沿って詳細に説明する。菌捕集工程(a)に先立ち、前述通りの方法により捕集デバイス1を調製する。捕集装置11の上部部材11aをオートクレーブにより滅菌し、下部部材11bや前述の通り調製した捕集デバイス1とともに、計測対象である空気を捕集する場所(以下捕集場所)近傍に設置したクリーンベンチに搬入する。以下クリーンベンチ内の操作は無菌的に行う。下部部材11bにおけるホルダ13や空隙15、外面などを、消毒用エタノールなどを用いて除菌した後、捕集デバイス1をホルダ13に設置し、滅菌した上部部材11aを装着し、捕集装置11を形成する。捕集装置11の吸気ノズル12を菌による汚染から保護するキャップ(図示しない)を装着し、捕集装置11をクリーンベンチから搬出し、捕集場所に設置して準備を完了する。この際捕集場所ならびにクリーンベンチは空調により室温が約25℃に制御されており、各部材の温度も約25℃である。また温度調節機構14を動作させ、その温度を25℃とする。捕集デバイス1の捕集担体2は25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有する温度感受性樹脂材料であるため、この温度においてゲル状である。
【0039】
菌捕集工程(a)においては、捕集装置11を動作させ、捕集場所における空中浮遊菌を吸入し、捕集デバイス1に捕集する。具体的にはポンプ16を回転することにより捕集装置11の外の空気を吸気ノズル12及び空隙(空間)15を経由してポンプ16に吸入し、さらに排気ダクト17と排気フィルター18を経由して捕集装置11の外部に排出する。この際空気中の浮遊菌は吸気ノズル12を通して捕集デバイス1に概ね垂直に当たる気流に沿って運ばれ、慣性によりゲル状の捕集担体2に衝突して捕集される。空気や、菌より質量の小さな微粒子は捕集担体2と衝突後、捕集担体2の表面と平行な方向に向きを変え、空隙15、ポンプ16、排気ダクト17、排気フィルター18へと運ばれる。菌より質量の小さな微粒子は排気フィルター18に捕捉され、微粒子を含まない清浄な空気が排気フィルター18を介して捕集装置11の外部に排出される。本実施形態においてポンプ16は200L/分の一定流量を示し、捕集時間を15分とすることにより3立方メートルの一定量の空気を吸引する。この工程の結果、3立方メートルの空気中の浮遊菌がゲル状の捕集担体2に捕集される。
【0040】
菌回収工程(b)においては、温度調節機構14を動作させ、その温度を25℃から37℃まで上昇させる。温度調節機構14の上面から捕集デバイス1の下面、即ち容器3、さらには捕集担体2へと熱が伝導し、捕集担体2の温度も速やかに37℃に上昇する。本実施形態で採用した捕集担体2は25℃から37℃に温度を上昇することによりゲル状からゾル状へと相転移を行う、即ち25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有する温度感受性樹脂として機能する。捕集担体2に捕集された生菌などの微粒子は、このゾルに分散され、菌縣濁液状となる。また、捕集担体2に捕集された生菌以外の成分のうち、水溶性成分はこのゾルに溶解する。この工程の結果、菌縣濁液状試料1mLが容器3の中に回収される。
【0041】
ATP消去工程(c)において、ルシフェールHSセットに含まれるATP消去剤を上記菌縣濁液状試料に30μL添加混合し、30分間室温で静置する。この工程により、試料中の生菌以外のATP、即ち菌外ATPや死菌内のATP、ならびに捕集担体2に残存していたごく微量のATPが消去される。この工程の結果、生菌以外のATPが消去された反応液1.03mLが容器3の中に得られる。
【0042】
ろ過工程(d)に先立ち、メンブレンフィルター(ミリポア社HAWP02500型、直径25mm、膜材質はMF−ミリポア、公称孔径0.45ミクロン)を目皿上に収納したろ過デバイス(図示しない)をオートクレーブ滅菌したものを予め準備する。
【0043】
ろ過工程(d)においては、上記反応液をフィルター上面に滴下し、下面(目皿面)を減圧して吸引することによりろ過する。ろ過完了後フィルター下面を大気圧に戻す。この工程の結果、反応液中の水溶性成分や粒径が0.45ミクロンより小さい菌以外の固形成分などの夾雑物がろ別され、(0.45ミクロンより大きい)生菌を捕捉したフィルターを収納したろ過デバイスが得られる。
【0044】
ATP抽出工程(e)においては、ルシフェールHSセットに含まれるATP抽出試薬を上記ろ過デバイスのフィルター上面に100μL添加し、20秒間室温で混合する。フィルターは例えばシリコンゴムで形成されたOリング上に載置され、またフィルター下面は大気圧であるため、ろ過は行われず、添加された試薬液は表面張力によりフィルター上に留まる。この工程の結果、生菌の細胞壁が溶解され、菌の細胞質に含まれていたATPが抽出され、このATPを溶解した試料溶液100μLがフィルター上に得られる。
【0045】
ATP回収工程(f)においては、上記試料溶液をピペットにより30μL吸引する。この工程の結果、生菌に含まれていたATPを溶解した試料溶液100μLのうち、30μLが回収液としてピペット内に得られる。捕集した試料中に存在した生菌中のATPの30%が回収液中に回収されるため、回収液の利用効率はこの場合0.3である。
【0046】
ATP計測工程(g)に先立ち、ATP発光試薬0.2mLをルミノメータ用のポリプロピレン製の試験管に注入し、ルミノメータ(Berthold Detection Systems社FB12型)に設置して発光量を測定する(ベースライン)。ベースラインの発光量は概ね40〜60cps(count per second)である。次に200amolの標準試料(濃度20pmol/LのATP標準液10μL)を、上記ATP発光試薬0.2mLを含む試験管に追加注入し、混合後、発光量を測定する(標準試料)。標準試料の発光量は概ね2000cpsとなる。標準試料の実効発光量は、標準試料の発光量からベースラインの発光量を減算して求める。標準試料の実効発光量をそのATP量で除することにより、感度、即ち単位ATP量当たりの実効発光量を求める。感度は概ね10〜20cps/amolである。
【0047】
ATP計測工程(g)においては、上記回収液30μLを、上記ATP発光液を含む試験管に追加注入し、混合後、同様に発光量を測定する(サンプル)。サンプルの実効発光量は、サンプルの発光量からベースラインの発光量を減算して求める。サンプルの実効発光量を感度で除算することにより、回収液中のATP量を求める。この値を回収液の利用効率0.3で除算することにより、試料中の生菌に含まれるATP量を求める。この試料中のATP量を一生菌当たりのATP含有量の平均値(約2amol)で除算することにより試料中の平均生菌数を求める。試料中の平均生菌数を捕集した気体試料の体積である3立方メートルで除算することにより、単位体積の気体試料に含まれる平均生菌数を求める。この工程の結果、試料溶液中のATP含量が計測され、単位体積当たりの空中浮遊菌数として検査結果が得られる。
【0048】
(4)捕集担体の予備検討について
以上のように、第1の実施形態の特徴的な構成要素として捕集担体2が挙げられる。そこで、捕集担体2の組成について予備検討をすると次のようになる。
【0049】
(i)第1に、本実施形態では吸入する空気の体積を3立方メートル、ポンプ16の流量を200L/分、吸気ノズル12の直径を0.48cmとする。この動作条件において吸気ノズル12における空気の線速度は平均181m/sに及び、また捕集する空気の体積が3立方メートルと大きいため、従来の寒天ゲルなどから成る捕集担体を用いると水分が蒸発してゲルの体積が激減し、ゲルの表面が乾燥して固体状に変化し、菌を効率良く捕集できない課題がある。そこで本実施形態においてはグリセロールを50%含有する捕集担体2を用いることにより、捕集担体2の変形や乾燥を防止し、空中浮遊菌の捕集担体2への捕集において高い捕集効率を実現する。捕集担体2の変形や乾燥を防止するための材料としては本実施形態で採用したグリセロールの他、エチレングリコール、プロピレングリコールなどの各種アルコール類(乾燥防止)が使用できる。なお、アルコールの種類は、殺菌作用がないアルコールである必要がある。捕集担体2に捉えられた菌を死滅させないようにするためである。よって、例えばエタノールは不適である。
【0050】
(ii)捕集担体2に関する第2の予備検討として、グリセロールとゼラチンと生理食塩水とから調製した捕集担体について検討する。この場合例えろ過を行っても、菌を含まないブランク試料の計測結果が10〜20amol程度の異常高値を示す課題が確認される。捕集担体の材料のうち特にゼラチンは測定すべき極微量(数amol)のATPと比較して多量のATPを含有するため、それが残留して異常高値の原因となると考えられる。
【0051】
そこで、本実施形態の実施に先立ち、下記モデル実験を行い、捕集担体に含まれるATPを事前に除去してブランク計測値を低減する方法を検討する。つまり、ゼラチン由来のATPを除去するための前処理である。
【0052】
具体的にはゼラチン5重量%とグリセロール50重量%を生理食塩水に溶解した材料をベースに、ルシフェールHSセットに含まれるATP消去剤を各種割合で添加したモデル捕集担体を調製する。このモデル捕集担体を37℃加温によりゾル状とし、それを直接あるいは純水で希釈した液10μLを分取し、ATP発光試薬0.2mLに添加して発光量を計測し、その結果の一例を図4に示す。ATP消去剤を添加しない場合は7178cpsと極めて高いブランク信号を生じる。
【0053】
一方、ATP消去剤を容量比でそれぞれ0.03、0.1%添加したモデル捕集担体のブランク信号はそれぞれ103、57cpsと、添加しない系と比較して激減する。ATPを含まない純水を試料としたベースライン計測値(この実験では56cps)との差分である実効発光量はATP消去剤0、0.03、0.1%の系に対しそれぞれ7122(=7178−56)、47(=103−56)、1(=57−56)cpsであり、感度約11.2cps/amolを用いて求めたそれぞれのATP含量は約636、4.2、0.1amolである。
【0054】
従ってATP消去剤を0.03%以上捕集担体へ添加することにより、ゼラチン等に由来するATPを効果的に分解除去した捕集担体を調製することが可能であり、そのATPによる計測結果への影響を1/100以下に抑制でき、ろ過と組み合わせることにより前記の異常高値を回避し実質的に影響が無い水準まで抑制できることがわかる。
【0055】
以上の検討結果に基づいて、ゼラチンを含有する捕集担体2としてATP消去剤を含有する組成が好適であることを見出し、またその必要組成はルシフェールHSセットに付属するATP消去剤を用いる場合0.03%以上であることがわかる。この必要組成の下限値である0.03%を本実施形態のATP消去剤組成として採用することにより、主としてゼラチンに由来するATP汚染を捕集担体2から排除する。
【0056】
(iii)捕集担体2に関する第3の予備検討として、捕集担体のATP消去剤含有比率を0.03%に固定した上で、温度感受性樹脂材料として用いたゼラチン組成について検討する。
【0057】
図5は、ATP消去剤含有比率0.03%、グリセロール濃度50重量%、生理食塩水バランスにより調製したモデル捕集担体において、ゼラチン濃度を5、7.5、10重量%と変化させた場合におけるモデル捕集担体の温度特性ならびにろ過特性を示している。図5に示されるように、いずれの組成の場合もモデル捕集担体は25℃から37℃にステップ昇温した場合において5分以内にゾル状となり、回収工程に好適に適用可能である。ゼラチン濃度が7.5重量%以上の場合は25℃におけるゲル強度が高く、捕集担体として使用可能である。しかしゼラチン濃度が5重量%の場合は25℃におけるゲル強度がやや低い。
【0058】
従って、ゼラチン濃度を7.5重量%以上とすることにより、25℃でゲル状、37℃でゾル状、即ち25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有する温度感受性樹脂材料が得られる。
【0059】
一方、前述のろ過工程の条件下におけるろ過特性についてはゼラチン濃度が7.5重量%以下の場合は長くても40秒あれば1mLのゾルのろ過が可能であり、前述のろ過工程に良好に適用可能である。
【0060】
しかし、ゼラチン濃度が10重量%の場合は粘性が高くろ過が困難で、一部ろ過されない成分がフィルター上に残留する場合がある。
【0061】
以上により、25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有し、かつ良好なろ過特性を示す捕集担体材料のゼラチン濃度は5ないし10重量%が好適であり、またその最適濃度条件は7.5重量%であることがわかる。この最適濃度条件である7.5重量%を本実施形態のゼラチン濃度条件として採用する。
【0062】
(iv)捕集担体2に関する第4の予備検討として、捕集担体のATP消去剤含有比率を0.03%に固定した上で、グリセロール組成について検討する。
【0063】
図6は、ATP消去剤含有比率0.03%、ゼラチン濃度を5、7.5、10重量%、生理食塩水バランスにより調製したモデル捕集担体において、グリセロール濃度を30、40、50、60重量%、と変化させた場合におけるモデル捕集担体の温度特性ならびにろ過特性を示している。
【0064】
図6に示されるように、いずれの組成の場合もモデル捕集担体は37℃においてゾル状となり、回収工程に好適に適用可能である。グリセロール濃度が50重量%以上の場合は25℃におけるゲル強度が高く、捕集担体として使用可能である。
【0065】
しかし、グリセロール濃度が40重量%以下の場合は25℃におけるゲル強度がやや低い。従って、グリセロール濃度を50重量%以上とすることにより、25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有する温度感受性樹脂材料が得られる。
【0066】
一方、ろ過特性についてはグリセロール濃度が50重量%以下の場合は長くても40秒あれば1mLのゾルのろ過が可能であり、前述のろ過工程に良好に適用可能である。しかしグリセロール濃度が60重量%の場合は粘性が高くろ過が困難で、一部ろ過されない成分がフィルター上に残留する場合がある。
【0067】
以上により25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有し、かつ良好なろ過特性を示す捕集担体材料のグリセロール濃度は30ないし60重量%が好適であり、またその最適濃度条件は50重量%であることが見出される。この最適濃度条件である50重量%を本実施形態のグリセロール濃度条件として採用することができる。
【0068】
(5)回収特性の評価について
本実施形態の回収特性を以下の方法により評価する。空中浮遊菌のモデル試料として、標準菌株(日水製薬社のEasy QA Ball大腸菌10,000cfu)を純水で希釈した懸濁液を調製する。菌捕集工程(a)における気体試料からの捕集装置11による捕集デバイス1への浮遊細菌の捕集工程を、一定量のモデル試料を捕集担体2へ点着することにより代用する。以降の工程は本実施例通りに評価実験を行う。比較のために従来法、即ち菌捕集工程(a)における捕集担体2として寒天ゲルを用い、菌回収工程(b)における菌の回収方法として生理食塩水1mLを2回に分けて寒天ゲル表面に分注ならびに表面から再吸引して回収する方法、また菌捕集工程(a)は本実施例同様にモデル試料点着で代用する方法と比較検討する。従来法の捕集担体2としては市販の寒天培地(Tryptic Soy Agar)を使用する。
【0069】
図7は、500CFUのモデル試料を用いた場合の両方法による2連の計測結果の一例を示している。従来法による結果はATP量、平均生菌数、回収率が極めて低く、2連の内片方は菌が全く回収されない結果となる。
【0070】
一方、本実施形態による結果は、ATP量として平均約540amol、平均生菌数として約270CFU、回収率として平均約55%(=(44+65)/2)である。この結果は、従来法と比較して、平均約4(=55/13)倍所定値に近い(即ち、回収率100%により近くなっている)。
【0071】
以上の通り、本実施形態は、従来法と比較して高精度な測定結果が得られる。本発明と従来例の最大の相違点は捕集デバイス1ならびにそれから菌を回収する工程にある。本発明の方が従来法より高精度だったのは、菌回収工程(b)において捕集デバイス1から菌を効率よく回収できたためと考えられる。実際、参考実験として従来法に使用した捕集担体2(菌回収を行った残り)を35℃で2日間培養したところ、何れの捕集担体も多数のコロニーを呈した。
【0072】
従って、従来法が所定値から隔絶した結果を示したのは菌回収工程(b)における回収効率が低いことが原因と考えられる。
【0073】
一方、本実施形態の方法、即ち40℃以下の温度変化という穏和かつ非接触的な手段によりコンタミネーションなしに捕集担体そのものをゲル‐ゾル相転移させ、菌懸濁液として取り扱うことを可能にする新規な方法を採用することにより、捕集担体に回収した菌を効率よく次の工程に提供できる。
【0074】
(6)総合特性の評価について
本実施形態の総合特性を以下の方法により評価する。空中浮遊菌のモデル試料として、実験室における大気に含まれる菌を用いる。即ちこの実験室大気を試料として本実施例に基づく菌の計測手順に従って菌の検査を行う。比較のために培養法の結果と比較検討する。培養法はミリポア社のエアーサンプラー(M Air T型)と寒天培地(Tryptic Soy Agar)を用い、添付の取扱説明書通りの手順で大気1立方メートルを捕集し、得られた捕集担体を35℃で2日間培養しコロニーを計数する。本実施形態及び当該培養法による結果は、それぞれ950CFU/m、1100CFU/mであり、両者による結果は極めてよく一致する。なお、計測にかかる時間は捕集を含めてそれぞれ約1時間、50時間である。従って、本発明による本実施例は培養法同等の高精度な検査結果を約1/50の極めて短い時間で提供することができる、という効果がある。
【0075】
以上の通り本実施形態によれば、捕集担体からの菌回収効率が高いため、信頼性の高い菌数計測が行える。さらに本実施形態を適用することにより、高精度な生菌測定を極めて短時間に実施できる効果がある。
【0076】
<第2の実施形態>
(1)捕集デバイスについて
図8は、本発明第2の実施形態による捕集デバイス1’の概略構成を示す断面図である。捕集デバイス1’は、捕集担体2と、容器壁3’と、フィルター4を備えている。捕集デバイス1’は、中空状の容器壁3’の底部に第1の実施形態で用いたものと同じフィルター4を接着し、第1の実施形態と同様の方法により調製した捕集担体2の原料を冷却したフィルター4の上に流し込むことにより形成されている。
【0077】
(2)自動測定装置について
図9は、本発明の第2の実施形態による自動測定装置21の概略構成を示す図である。自動測定装置21は、捕集デバイスホルダ22と、目皿ホルダ23と、ATP消去剤用分注器24と、ATP抽出試薬用分注器25と、ATP回収用ピペッタ26と、発光試薬用分注器27と、試験管ホルダ28と、制御装置29と、温度調節機構30と、滅菌清浄機構31と、電磁弁41と、廃液トラップ42と、吸引ポンプ43と、光子計数器44と、を備えている。捕集デバイスホルダ22、目皿ホルダ23、及び試験管ホルダ28はそれぞれ捕集デバイス1’、目皿、試験管(図示省略)が設置可能となっており、またそれぞれ搬送機構を備え、各ホルダを所定の位置に搬送することができるようになっている。
【0078】
また、ATP消去剤用分注器24、ATP抽出試薬用分注器25、ATP回収用ピペッタ26、及び発光試薬用分注器27は、それぞれ制御装置29からの制御信号により図示しない各種試薬の分注やピペッティング動作を自動的に行う機構を備えている。
【0079】
目皿ホルダ23、電磁弁41、廃液トラップ42、及び吸引ポンプ43は、図示しない目皿とともにろ過のための吸引機構を構成し、さらに捕集デバイス1’の底部のフィルター4と組合せてろ過機構を構成する。
【0080】
電磁弁41と吸引ポンプは、制御装置29により制御される。温度調節機構30は、制御装置29の制御の下、装置内部の各所、特に捕集デバイスホルダ22の温度を37℃以上40℃以下に制御する。光子計数器44は、試験管ホルダ28に設置した図示しない試験管で生じた発光の強度を光子数として計測し、光子数を制御装置29へ出力する。
【0081】
(3)測定動作について
続いて、本発明による捕集デバイス1’と捕集装置11(図2)、自動測定装置21を用いた場合の動作について説明する。本実施形態の動作は基本的に第1の実施形態と同様であるが、図3における菌回収工程(b)からATP計測工程(g)までを自動測定装置21を用いて自動的に行う点が主に相違する。なお、本実施形態の主体は捕集デバイス上に捕集した菌の回収方法にあるので、電気系、制御系、遮光を含む光学系、機構系の詳細な説明は省略する。
【0082】
本実施形態では、自動測定装置21の使用開始に先立ち、滅菌清浄機構31を用いて自動測定装置21の内部を滅菌し、またオゾンガス(紫外線滅菌法を用いた場合)や微粒子を除去する。また自動測定装置21の使用中も滅菌清浄機構31を用いてオゾンガスや微粒子を除去しつつ使用する。
【0083】
本実施形態の菌捕集工程(a)では、第1の実施形態と同様に、室温(25℃)において捕集デバイス1’の捕集担体2(ゲル状)の上に大気試料中の微粒子を、捕集装置11を用いて捕集する。
【0084】
菌回収工程(b)に先立ち、温度調節機構30を動作させ、捕集デバイスホルダ22の温度を37℃以上40℃以下に維持する。菌回収工程(b)において、捕集デバイス1’を自動測定装置21の捕集デバイスホルダ22に無菌的に設置する。以降の菌回収工程(b)からのATP計測工程(g)までを制御装置29の制御のもと自動的かつ無菌的に行う。温度調節機構30の作用により捕集デバイスホルダ22から捕集デバイス1’さらに捕集担体2へと熱が伝導し、捕集担体2の温度も速やかに37℃に上昇する。第2の実施形態で採用した捕集担体2も25℃より高く37℃より低い上限臨界溶液温度を有する温度感受性樹脂材料であるため、25℃から37℃に温度を上昇することによりゲル状からゾル状へと相転移する。この工程の結果、菌縣濁液状の試料1mLが捕集デバイス1’の中、換言すると容器壁3’とフィルター4とにより形成される空間内に回収される。
【0085】
ATP消去工程(c)においては、捕集デバイス1’を設置した捕集デバイスホルダ22をATP消去剤用分注器24の下方の位置に搬送し、ATP消去剤を上記菌縣濁液に30μL添加混合する(以下分注器による試薬添加動作は同様に行うが搬送などの詳細動作は省略して分注とのみ記す)。捕集デバイス1’を設置した捕集デバイスホルダ22を目皿ホルダ23の上方の位置に搬送し、また図示しない滅菌済みの目皿を設置した目皿ホルダ23を上方の位置に搬送し、捕集デバイス1’の下面のフィルター4と目皿とを嵌合させてろ過機構を形成する。この状態で30分間静置することにより、生菌以外のATPが消去される。この工程の結果、生菌以外のATPが消去された反応液1.03mLが捕集デバイス1’の中に得られる。
【0086】
ろ過工程(d)においては、吸引機構を動作してフィルター下面を減圧することによりフィルター4の目皿で、電磁弁41を経由して反応液を廃液トラップ42まで吸引ろ過する。ろ過完了後吸引機構を停止してフィルター下面を大気圧に戻す。この工程の結果、反応液中の生菌を捕捉したフィルター4を収納した捕集デバイス1’が得られる。
【0087】
ATP抽出工程(e)に先立ち、目皿ホルダ23を下方の位置に搬送し、捕集デバイス1’の下面のフィルター4を目皿から切り離してろ過機構の構成を解除する。
【0088】
ATP抽出工程(e)においては、ATP抽出試薬用分注器25を用いてATP抽出試薬を上記のフィルター4上面に100μL添加し、20秒間室温で混合する。フィルター4下面は大気圧であるためろ過は行われず、またフィルター下面は目皿と接触していないため、液は表面張力によりフィルター4の上に留まる。この工程の結果、生菌に含まれていたATPを溶解した試料溶液100μLがフィルター上に得られる。
【0089】
ATP回収工程(f)においては、ATP回収用ピペッタ26を用いて上記試料溶液を30μL吸引する。この工程の結果、生菌に含まれていたATPを溶解した試料溶液100μLのうち、30μLが回収液としてピペット内に得られる。回収液の利用効率は0.3である。
【0090】
ATP計測工程(g)に先立ち、試験管ホルダ28に設置した試験管に発光試薬用分注器27を用いてATP発光試薬0.2mLを注入し、ベースライン発光量を測定する。次に200amolのATP標準試料を用いて、同様に標準試料発光量を測定する。以下第1の実施形態と同様の手順により標準試料の実効発光量と感度を求める。
【0091】
ATP計測工程(g)においては、上記ATP発光試薬を含む試験管に、ATP回収用ピペッタ26を用いて前記回収液30μLを追加注入し、同様にサンプル発光量を測定する。以下、第1の実施形態と同様の手順により、サンプルの実効発光量、回収液中のATP量、試料中の生菌に含まれるATP量、試料中の平均生菌数、単位体積の気体試料に含まれる平均生菌数を求める。この工程の結果、試料溶液中のATP含量が計測され、単位体積当たりの空中浮遊菌数として検査結果が得られる。
【0092】
本実施形態と第1の実施形態の最大の相違点は、菌回収工程(b)からATP計測工程(g)までの自動化の有無にある。よって、第2の実施形態によれば、第1の実施形態と同様の効果に加えて、自動化を行うことにより、高感度化、簡便化、省力化、人為ミスの防止、再現性の向上、などの特有の効果を期待することができる。
【0093】
<第3の実施形態>
本発明の第3の実施形態は、第1及び第2の実施形態と基本的に同様であるが、捕集デバイス1における捕集担体2の温度感受性樹脂材料として合成高分子を用いた点が異なる。
【0094】
本実施形態で使用した温度感受性樹脂材料は、室温付近においてゲル‐ゾル相転移を行う合成高分子であり、下記の2種類の材料について比較検討を行う。
(A)メビオール社製メビオールジェルMB−10、下限臨界溶液温度(LCST)約20℃。
(B)N−アクリロイルグリシンアミド(NAGAm)とN−メタクロイル−N’−ビオチニルプロピレンジアミン(MBPDA)の10:1の共重合ポリマー(以下NAGAm/MBPDAと略す)、上限臨界溶液温度(UCST)約22℃。
【0095】
なお、NAGAm/MBPDAは非特許文献3に記載の方法に従って合成したものを使用する。
【0096】
上記2種の合成高分子を4重量%含む捕集担体2を調製し、120℃20分間のオートクレーブ滅菌ならびにATP分解を行った後、特性評価を行った結果を図10に示す。温度特性は1晩以上図10の(1)の条件を維持した後、条件(2)、(3)の順番で温度を変化してゲル/ゾルの状態変化を観察する。つまり、15℃から37℃に条件を変えて変化した合成高分子が、再度15℃の条件にしたときに最初の15℃のときの状態に戻るかどうか検討している。図10に示されるように、MB−10は(2)、(3)の条件下でそれぞれゲル、ゾル状でありこの過程についてはLCSTの定義通り(転移温度以下でゾル、転移温度以上でゲル)の相転移を示す。
【0097】
しかし、図10の(1)の条件下で軟らかいゲル状であり、ヒステリシスまたは時間依存的なLCSTからの逸脱がある課題が確認される。
【0098】
一方、NAGAm/MBPDAは図10の(1)と(3)、(2)の条件下でそれぞれゲル、ゾル状でありUCSTの定義通り(転移温度以下でゲル、転移温度以上でゾル)の相転移を示す。
【0099】
従って、温度特性の観点からNAGAm/MBPDAがMB−10より優れていると判断できる。同様の結果はNAGAm/MBPDAの濃度が重量比1%以上10%以下である場合に観察される。
【0100】
次に、NAGAm/MBPDAについてろ過特性を評価する。ろ過特性は捕集担体2を37℃に加温してゾル状態とし、孔径0.45μmのシリンジフィルターによる加圧ろ過、並びに孔径0.45μmのメンブレンフィルターによる減圧ろ過を行う。その結果、NAGAm/MBPDAについて加圧ろ過は可能であったものの、そのまま(4重量%のゾル)では減圧ろ過を行ってもフィルターを通過しない。
【0101】
そこで、ゾルを純水で希釈して減圧ろ過の可能性を検討した結果、1/2希釈(2重量%)では通過せず、1/3希釈(1.3重量%)を行うことによって減圧ろ過が可能であることがわかる。なお、希釈倍率を上げて試料液の粘性を下げることにより、吸引ろ過の代わりに、フィルター背面に設けた吸水パッドなどによる受動的なろ過も採用可能である。
【0102】
以上の検討の結果、捕集デバイス1の捕集担体2として合成高分子に基づく温度感受性樹脂が本発明に適用可能であり、特にNAGAm/MBPDAを1ないし10重量%、特に好ましくは約4重量%含有する捕集担体2は15℃以上37℃以下の上限臨界溶液温度を示し、好適に使用できることがわかる。
【0103】
第3の実施形態と第1の実施形態との主要な相違点は、菌捕集工程(a)において温度を15℃に設定する機構を用い、捕集担体2の温度を15℃としてゲル状にした上で菌を捕集する点、並びにろ過工程(d)においてゾル化した捕集担体2を予め希釈してからろ過を行うか、あるいは希釈せずに加圧ろ過を行うことである。
【0104】
本実施形態によれば、温度感受性樹脂材料として用いた合成高分子は安定性が高く、均質な特性を再現性良く得ることができ、量産による低コスト化が可能となる。また、オートクレーブにより材料由来の生菌の滅菌が可能となり、オートクレーブにより材料由来ATPを(ATP消去剤を用いずに)除去可能となる。
【0105】
<実施形態のまとめ>
捕集デバイスは、捕集担体をゲル状として空中浮遊菌を集菌することにより、従来技術における捕集担体と同等の捕集性能を発揮できる効果がある。また、捕集担体をゾル状に相転移させ、そのままあるいは必要に応じて希釈することにより、捕集担体を実質的に菌縣濁液同様に取り扱うことができる。このため、捕集担体からの菌の取出し工程を省略することができる。よって、取出し工程における菌の取りこぼしや菌の損傷などによる損失が無くなる。
【0106】
また、菌の捕集と回収における温度条件が穏和(15℃〜37℃)であるため、菌の熱による損傷や死滅などの問題が生じない。そのため、極めて高い回収効率が達成される、という効果も期待できる。
【0107】
さらに、煩雑な取出し工程を温度変化だけ、あるいは温度変化と希釈の組み合わせという単純な工程に置きかえることが可能となり、自動化、システム構成の簡略化、迅速化、再現性向上、汚染リスク低減などの効果がある。
【0108】
また、菌懸濁液は液量が少ないため、菌の濃度が高く、菌の利用効率も高い。そして、菌懸濁液をろ過等して菌懸濁液中の菌をフィルター上に捕捉することにより、液量を実質的にゼロとし、菌の濃度や利用効率が飛躍的に高い効果がある。
【0109】
水溶性や粒径の小さい夾雑物の影響を排除でき、信頼性が高い効果がある。従って、菌の計測を高感度、高精度かつ自動的に行える利点がある。また、空中浮遊菌の検査における測定精度と感度が高く、簡便迅速に結果が得られる、という効果が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明による捕集デバイスは、生菌の捕集効率が高く、菌の損傷や死滅を回避でき、また生菌の回収効率が高い捕集担体を提供できるため、高感度、高信頼性、簡便、迅速な生菌数計測に適用可能である。また本デバイスを用いることにより捕集担体からの生菌の回収とろ過濃縮を簡便かつ効率的に行うことができるため、生菌数の自動計測にも好適に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】本発明の第1の実施形態による捕集デバイス1の概略構成を示す断面図である。
【図2】第1の実施形態による捕集装置11の概略構成図である。
【図3】第1の実施形態による菌の計測手順を示すフローチャートである。
【図4】第1の実施形態による、モデル捕集担体のATP消去剤組成による発光計測値を示す図である。
【図5】第1の実施形態による、モデル捕集担体のゼラチン組成による温度並びにろ過特性である。
【図6】第1の実施形態による、モデル捕集担体のグリセロール組成による温度並びにろ過特性である。
【図7】第1の実施形態と従来例による回収特性の比較を示す図である。
【図8】第2の実施形態による捕集デバイス1’の概略構成を示す断面図である。
【図9】第2の実施形態による自動測定装置21の概略構成を示す図である。
【図10】第3の実施形態による、合成高分子による捕集担体の特性比較である。
【符号の説明】
【0112】
1,1’ 捕集デバイス
2 捕集担体
3 容器
3’ 容器壁
4 フィルター
11 捕集装置
11a 上部部材
11b 下部部材
12 吸気ノズル
13 ホルダ
14 温度調節機構
15 空隙
16 ポンプ
17 排気ダクト
18 排気フィルター
21 自動測定装置
22 捕集デバイスホルダ
23 目皿ホルダ
24 ATP消去剤用分注器
25 ATP抽出試薬用分注器
26 ATP回収用ピペッタ
27 発光試薬用分注器
28 試験管ホルダ
29 制御装置
30 温度調節機構
31 滅菌清浄機構
41 電磁弁
42 廃液トラップ
43 吸引ポンプ
44 光子計数器
(a) 菌捕集工程
(b) 菌回収工程
(c) ATP消去工程
(d) ろ過工程
(e) ATP抽出工程
(f) ATP回収工程
(g) ATP計測工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気中の微生物を捕集するための捕集デバイスであって、
温度が15度以上37度以下の範囲でゲル‐ゾル間の相転移をする高分子を含む第1部材と、
前記第1部材を収容するための容器と、
を備えることを特徴とする捕集デバイス。
【請求項2】
前記第1部材は、殺菌作用を有しないアルコール類を含むことを特徴とする請求項1に記載の捕集デバイス。
【請求項3】
前記アルコール類は、グリセロール、エチレングリコール及びプロピレングリコールのいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の捕集デバイス。
【請求項4】
前記高分子は、ゼラチン若しくはNAGAm/MBPDAのいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の捕集デバイス。
【請求項5】
前記アルコールはグリセロールであり、前記グリセロールは、前記第1の部材に対する重量比30%以上60%以下で前記第1部材に含まれることを特徴とする請求項2に記載の捕集デバイス。
【請求項6】
前記高分子はゼラチンであり、前記ゼラチンは、前記第1部材に対する重量比5%以上10%以下で前記第1部材に含まれることを特徴とする請求項1に記載の捕集デバイス。
【請求項7】
前記高分子はNAGAm/MBPDAであり、前記NAGAm/MBPDAは前記第1部材に対する重量比1%以上10%以下で前記第1部材に含まれることを特徴とする請求項1に記載の捕集デバイス。
【請求項8】
前記容器は、その底面にフィルターを有することを特徴とする請求項1に記載の捕集デバイス。
【請求項9】
温度が15度以上37度以下の範囲でゲル‐ゾル間の相転移をする高分子を含む第1部材を保持する保持部材と、
前記第1部材の温度を制御する温度制御部と、
前記第1部材に対して空気を流す空気流制御部と、
を備えることを特徴とする分析システム。
【請求項10】
前記温度制御部は、前記空気流制御部が前記第1部材に空気を流す前と後において、前記第1部材の加熱と冷却を切り替えることを特徴とする請求項9に記載の分析システム。
【請求項11】
前記第1の部材では、ゾルをろ過するためのフィルター上にゲル状の前記高分子が載置され、
さらに、前記フィルターと組み合わされてろ過機構を構成する目皿を保持する目皿保持部を備え、
前記ろ過機構は、前記温度制御部によってゾル化した前記高分子をろ過することを特徴とする請求項9に記載の分析システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−139115(P2009−139115A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−313066(P2007−313066)
【出願日】平成19年12月4日(2007.12.4)
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】