説明

摩擦材の製造方法

【課題】 フェード現象の防止と生産性及び生産コストの向上を両立させることができる摩擦材の製造方法を提供する。
【解決手段】 熱硬化性樹脂結合材、補強繊維、摩擦調整材とからなる摩擦材の製造方法において、熱成形後過熱蒸気雰囲気下で熱処理することを特徴とする摩擦材の製造方法。熱硬化性樹脂結合材、補強繊維、摩擦調整材とからなる摩擦材の製造方法において、熱成形後加熱空気中で熱処理し、更に過熱蒸気雰囲気下で熱処理することを特徴とする摩擦材の製造方法。過熱蒸気雰囲気下での熱処理を、処理温度180℃以上800℃未満、処理時間15分〜1時間で行うことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業機械、鉄道車両、荷物車両、自動車用摩擦摺動材などに使用される摩擦材の製造方法に関し、特に、摩擦特性(耐フェード性)に優れた自動車用ブレーキ摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用ブレーキパッドは、有機繊維、金属繊維、セラミックス繊維等を基材とし、充填材、摩擦調整材、及びフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を結合材として熱成形した摩擦材が使用されているが、摩擦面の温度上昇により分解生成物が発生し、摩擦係数が低下するフェード現象が起きる。
【0003】
このフェード現象を防止するために、従来非酸化性雰囲気下で高温で熱処理することで結合材などの一部を炭化し、熱的に安定な炭素質を形成する摩擦材の製造方法が提案され、このように製造された摩擦材によれば、高温摺動時に分解生成物の発生が少ないので、フェード現象が起こりにくくなり、安定した特性が得られるとされている。
特許文献1には、有機繊維を0〜10体積%を含む繊維基材と有機物を0〜5体積%含む摩擦調整材と無機系充填材とフェノール樹脂系結合材とを含む成形体を、窒素のような不活性ガスを用いた非酸化性雰囲気において、処理温度を350℃〜700℃の温度に加熱して焼成することにより、気泡率を25%以下とする技術が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、充填材、繊維補強材及び構造中にジヒドロベンゾオキシ環を含む樹脂を混合し、成形機で加熱加圧して成形体としたものを、窒素、ヘリウム、アンゴン又は二酸化炭素のような不活性ガスを用いた非酸化性雰囲気において、処理温度を250℃以上1250℃未満とする条件下で熱処理する技術が開示されている。
【特許文献1】特開平9−111007号公報
【特許文献2】特開2004−156045号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、不活性ガス雰囲気下における熱処理は、設備が高価であり、完全密閉のためバッチ式に限定され、生産性が落ち、雰囲気を不活性ガスに置換する操作に時間とコストを要し、また操業においては置換ガスの補充によるランニングコストが発生するという問題がある。
【0006】
本発明は、このような従来の問題点に鑑みてなされたものであり、上記の種々の問題点を有する不活性ガス雰囲気下における熱処理によることなく、もっと簡単に保持でき、それでいて酸素が存在しない雰囲気で熱処理することにより、フェード現象の防止と生産性の向上及び生産コストの低減を両立させることができる摩擦材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記の目的を達成するために鋭意研究を続け、水を蒸発することにより得られる水蒸気を100℃以上に加熱すれば過熱水蒸気になるので、その水蒸気の加熱の程度により、180℃〜800℃未満という従来では考えられなかった高温の過熱水蒸気(本明細書では「過熱蒸気」という)が得られ、しかも100%水蒸気を使用するために酸素含有量が0.3%未満となるため、酸素による酸化が生じることがなく、その熱処理により得られる摩擦材もその表面に炭素分が残留して平滑であるから、ガスバーナーを使用する表面焼き工程も不要になることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を達成するに至った。なお、過熱蒸気は、概念として常温で液体である物質を加熱蒸発して得た蒸気をその沸点以上に加熱したものを指すが、蒸気の中で水蒸気が代表的であり、「水蒸気」を単に「蒸気」ということがあるので、ここでは「過熱水蒸気」を「過熱蒸気」ということとする。
【0008】
すなわち、本発明は、下記の手段により上記の課題を解決することができた。
(1)熱硬化性樹脂結合材、補強繊維、摩擦調整材とからなる摩擦材の製造方法において、熱成形後過熱蒸気雰囲気下で熱処理することを特徴とする摩擦材の製造方法。
(2)熱硬化性樹脂結合材、補強繊維、摩擦調整材とからなる摩擦材の製造方法において、熱成形後加熱空気中で熱処理し、更に過熱蒸気雰囲気下で熱処理することを特徴とする摩擦材の製造方法。
(3)前記過熱蒸気雰囲気下での熱処理を、処理温度180℃以上800℃未満、処理時間15分〜1時間で行うことを特徴とする前記(1)又は(2)記載の摩擦材の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、熱源(電気)により水を蒸発させ、更に水蒸気を沸点以上に加熱し、水分子のみの透明気体雰囲気である過熱蒸気とし、熱成形あるいは更に加熱空気で熱処理された摩擦材を過熱蒸気雰囲気下、180℃以上800℃未満、15分〜1時間で熱処理することにより、耐フェード性、耐摩耗性を向上することができる。
また、過熱蒸気での熱処理は、不活性ガスでは困難な連続加熱が可能であり、バッチ式での被処理物の実体温度ばらつき、生産性の低下といった問題がなく、また、熱媒体が水であることから不活性ガスと比較し、ランニングコストも安価とすることができる。
更に、過熱蒸気の場合、対流伝熱に加え、水分子の特徴としての放射伝熱も寄与するため、摩擦材の実体温度上昇は空気、不活性ガスと比較し、著しく速くなり、短時間での熱処理が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を説明する。本発明の摩擦材の製造方法は、繊維基材、熱硬化性樹脂結合材、及び充填材を主体とする原料を混合して原料混合物を調製する原料調製工程、前記原料混合物を予備成形する予備成形工程、及び前記予備成形工程で得られる予備成形品を加圧加熱成形する加圧加熱成形工程、熱処理工程、研磨工程及び塗装工程を含む。
【0011】
摩擦材に使用される原料は、通常用いられるものから選択することができるが、具体的には、繊維基材としては、スチール繊維、銅繊維、真鍮繊維等の金属繊維;芳香族ポリアミド繊維(アラミド繊維、アラミドパルプ等:市販品では、デュポン社製、商品名ケブラー等がある)、耐炎化アクリル繊維、アクリルパルプ、セルロース繊維等の有機繊維;チタン酸カリウム繊維、ガラス繊維、アルミナ繊維、炭素繊維、ロックウール、セピオライト繊維等の非石綿系無機繊維等を使用することができる。これらのうち1種又は2種以上を組み合わせて使用することができる。繊維基材全体の使用量は特に限定されないが、好ましくは摩擦材全量に対し5〜50質量%、より好ましくは10〜45質量%である。
【0012】
熱硬化性樹脂結合材は、摩擦材の各配合成分を結合させる役割を有するものであり、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等が使用される。このうち、好ましくはフェノール樹脂が用いられる。熱硬化性樹脂結合材の使用量は特に限定されないが、好ましくは摩擦材全量に対し5〜20質量%、より好ましくは10〜20質量%である。
【0013】
充填材としては、レジンダスト(例えばカシューダスト)等の有機充填材;アルミナ、シリカ、ジルコニア、酸化クロム等の金属酸化物の硬質粒子や、銅、真鍮、鉄等の金属粒子などの金属質系充填材;バーミキュライト、マイカ等の鱗片状無機物や、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の無機化合物などの無機充填材;黒鉛、二硫化モリブデン等の固体潤滑材;等を用いることができる。充填材の配合量は、摩擦材全量に対し好ましくは30〜80質量%、より好ましくは40〜80質量%である。
【0014】
上述した各原料を混合する方法としては、全原料粉末を直接均一に混合する乾式法と、全原料粉末を溶剤の存在下で均一に混合して湿潤化し、得られる湿潤化原料混合物を乾燥後予備成形する湿式法が知られているが、本発明においてはいずれの方法を用いてもよい。湿式法を用いる場合は、溶剤としては水、トルエン、メタノール、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。均一に混合する方法は限定されず、通常用いられる公知の技術により行うことができる。
【0015】
また、原料を乾式混合しながら粘結凝集剤を添加混合して原料を湿潤化し、後記予備成形工程で顆粒物に造粒するための湿潤化原料混合物を調製することもできる。ここで用いられる粘結凝集剤としては、好ましくは水−アルコール混合溶媒等が挙げられ、アルコールとしてはメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール等が用いられる。
【0016】
このようにして得られる原料混合物を、次いで予備成形工程において、例えばタブレット状等に予備成形し、次の加圧加熱成形工程で熱プレス等にかけるための予備成形品を得る。粘着凝集剤を含む原料混合物を用いる場合は、造粒して顆粒物とし、これを予備成形品として直接加圧加熱成形に供するか、又は前記顆粒物を更にタブレット状等に再度予備成形した後加圧加熱成形に供する方法をとることもできる。予備成形は、通常、常温で面圧5〜50MHzで行うことができる。
【0017】
本発明は、その製造方法として、熱処理を過熱蒸気雰囲気で行うことを特徴とするものである。一般にいう過熱水蒸気は単に100℃よりも高い蒸気を言うことが多いが、ここでは、大気圧で100℃より高い過熱蒸気を対象としており、酸素濃度は溶存酸素として1%未満である。
熱源(電気)により水を蒸発させ、更に水蒸気を沸点以上に加熱し、水分子のみの透明気体雰囲気である過熱蒸気とし、熱成形あるいは更に加熱空気で熱処理された摩擦材を過熱蒸気雰囲気下、180℃以上800℃未満、15分〜1時間で熱処理することにより、耐フェード性、耐摩耗性を向上することができる。より好ましくは熱処理による残炭率の小さい有機ダスト、有機繊維のガス化、摩擦材と金属板を接着している接着剤の劣化を考慮し、熱処理温度は前記温度範囲の中でも300〜450℃が好ましい。
【0018】
更に、過熱蒸気の場合、対流伝熱に加え、水分子の特徴としての放射伝熱も寄与するため、摩擦材の実体温度上昇は空気、不活性ガスと比較し、著しく速くなり、短時間での熱処理が可能となる。なお、本発明における過熱蒸気は、液体の水と共存するものではないので、圧力下であることを要せず、臨界状態とは無関係であるから、一般のガスと同様に加熱によりどのような温度にもすることができるので、800℃未満までの温度とすることができる。
また、過熱蒸気による熱処理の工程では、水蒸気を加熱して温度を上昇させることにより得られた過熱蒸気を摩擦材に吹き付けるようにして作業をすることができるので、その雰囲気が逃げないように密閉したりする必要がないので、熱処理装置も簡単になり、高価な雰囲気ガスの補充を要しない。
【0019】
熱処理工程の処理温度は、180〜800℃未満が好ましく、300〜450℃がより好ましい。熱硬化性樹脂の硬化温度は、硬化温度が2段ピーク(140℃と250℃)を有するフェノール樹脂以外の他の樹脂では180℃であるから、180℃を超えないと過熱蒸気による熱処理メリット(フェード現象の発生防止)が出ないし、一方800℃を超えると有機ダストや有機繊維のガス化、摩擦材と金属板を接着とている接着剤の劣化、熱コストの面から好ましくない。また、処理時間は、15分以下では過熱蒸気による熱処理のメリットが出ないし、一方、1時間を超えると生産性や熱コストの面で不利益を生じることになる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例1〜3及び比較例により本発明を更に具体的に説明する。
実施例及び比較例
実施例1〜3及び比較例に使用した摩擦材原料の配合割合(質量部)は、下記に示すとおりである。
フェノール樹脂 15
アラミドパルプ 10
無機繊維 15
ケイ酸ジルコニウム 3
有機ダスト 7
硫酸バリウム 45
鱗片状黒鉛 5
【0021】
また、実施例1〜3及び比較例の処理工程を図1に示す。比較例は、従来の摩擦材の製造方法における処理工程を行うものであり、熱処理工程又は研磨工程の後に表面焼き工程が設けられており、この表面焼き工程はガスバーナーを用いて400〜700℃で摩擦材の表面を1分間程度焼く処理をするものであり、フェード現象を抑えるために採用されているものであり、この表面焼き工程を経ると摩擦材の表面が熱でボコボコになる。
上記の実施例1〜3及び比較例により製造した摩擦材の摩擦性能試験結果を第1表に示す。なお、実施例においては、過熱蒸気による熱処理後の摩擦材の表面には炭素分が残っていて滑らかであった。
【0022】
【表1】

【0023】
第1表に示した摩擦性能試験結果から、過熱蒸気での熱処理によるフェード性の向上が確認された。すなわち、第1フェードの数値は摩擦性能試験を受けた際に低下せず、安定している。また、実施例においては表面焼き工程を設けていなくても、フェード性の向上があるので、表面焼き工程を省略することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施例及び比較例の摩擦材の主要製造工程を示すフロー図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱硬化性樹脂結合材、補強繊維、摩擦調整材とからなる摩擦材の製造方法において、熱成形後過熱蒸気雰囲気下で熱処理することを特徴とする摩擦材の製造方法。
【請求項2】
熱硬化性樹脂結合材、補強繊維、摩擦調整材とからなる摩擦材の製造方法において、熱成形後加熱空気中で熱処理し、更に過熱蒸気雰囲気下で熱処理することを特徴とする摩擦材の製造方法。
【請求項3】
前記過熱蒸気雰囲気下での熱処理を、処理温度180℃以上800℃未満、処理時間15分〜1時間で行うことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摩擦材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−45941(P2007−45941A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−232044(P2005−232044)
【出願日】平成17年8月10日(2005.8.10)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】