説明

摺動部材およびその製造方法

【課題】潤滑油の供給不足を防止することにより、フリクションロスを低減することができる摺動部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】摺動部材としてシリンダボア10を用いる場合、シリンダボア10の製造では、摺動面11に、摺動方向Xに延在するパターンを有するマスクを形成し、摺動面11に耐焼付き性を有する被膜12を形成する。次いで、マスクを除去することにより、摺動方向Xに延在する流路13が形成される。摺動面11に供給される潤滑油は、摺動方向Xに移動することができるから、摺動面11への潤滑油の供給をスムーズに行うことができる。また、シリンダボア10の製造では、マスキング手法を用いているので、摺動方向Xに延在する流路を摺動面11に簡単に形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油膜を介して相手部材と摺動する摺動部材およびその製造方法に係り、特に、摺動面に形成される油膜の流路の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材の分野では、相手部材と摺動する摺動面の各種特性の向上を図ることを目的として、種々の技術が開発されている。たとえばエンジンの分野では、摺動部材としてシリンダボアをシリンダブロックに形成している。シリンダボアは、ピストンの各部位(スカート部、ランド部、あるいは、リング部)と摺動する。潤滑油はピストン下面からシリンダボアとピストンの各部位との間に供給され、そこに油膜が形成される。
【0003】
シリンダボアは、油膜を介して相対的にピストンの各部位に摺動する摺動面を有している。摺動面には凹凸形状を形成し、その上にDLC膜(ダイヤモンド・ライク・カーボン(Diamond-Like Carbon))を形成している(たとえば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−69008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の技術では、シリンダボアとピストンの各部位との間に所望量の潤滑油を介在させることが困難であり、シリンダボアにはフリクションロスの低減を図ることが要求されている。
【0006】
本発明者は、シリンダボアの摺動面に鏡面加工を行い、その上にDLC膜を形成することにより、フリクションロスの継続的低減、耐焼付き性の向上、および、耐摩耗性の向上を図ることを提案している。
【0007】
上記技術での鏡面加工目的は、油膜厚さの極薄化、および、摺動面凹部内での乱流発生によるエネルギーロスの抑制を図ることであるが、エンジンの運転条件次第では、潤滑油の供給不足が生じる虞がある。具体的には、高負荷かつ高回転の条件下、ピストンリングとシリンダの界面やピストン本体とシリンダの界面に潤滑油が十分に供給されず、部品同士の直接接触が頻発し、その結果、フリクションロスが大きくなる虞がある。
【0008】
したがって、本発明は、潤滑油の供給不足を防止することにより、フリクションロスを低減することができる摺動部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために、シリンダボアの摺動面上の流路の形状について鋭意検討を行った。たとえば、図4(A)に示すシリンダボア1のように潤滑油の流路2の延在方向を摺動方向Xに対して直角方向に設定した場合や、図4(B)に示すシリンダボア3のように潤滑油の流路4の形状をたとえばホーニング加工によりクロスハッチ形状に設定した場合には、相手部材との摺動では摩擦抵抗の増大を招く。
【0010】
これに対して、摺動面に形成する被膜の材質として耐焼付き性を有する材料を用いると、摺動面の性状の自由度を向上させることができ、この場合、図4(C)に示すシリンダボア5の潤滑油の流路6の延在方向を相手部材の摺動方向Xに設定すると、潤滑油の供給不足の防止を図ることができるから、上記問題の発生を解消することができるとの知見を得、本発明の完成に至った。
【0011】
本発明の摺動部材は、相手部材と摺動する摺動面には、耐焼付き性を有する被膜が形成されるとともに、潤滑油が流動する流路が形成され、流路は、摺動方向に延在していることを特徴としている。
【0012】
本発明の摺動部材では、摺動面に形成されている流路が摺動方向に延在しているから、摺動面に供給される潤滑油は、摺動方向に移動することができる。したがって、摺動面への潤滑油の供給をスムーズに行うことができるから、相手部材とのフリクションロスを低減することができる。
【0013】
本発明の摺動部材は、種々の構成を用いることができる。たとえば摺動部材としてシリンダボアおよびピストンの少なくとも一方を用いることができる。具体的には、摺動部材としてシリンダボアおよびピストンの一方を用いる場合、相手部材として他方を用いることができる。この場合、相手部材の摺動面も摺動部材のものと同様な構成(被膜および流路)を有することができる。この場合、シリンダボアおよびピストンの両方を本発明の摺動部材として認識することができる。
【0014】
たとえば被膜は、摺動面に形成された第1被膜と、その第1被膜の表面に形成された第2被膜とを有し、第1被膜が露出している部分が前記流路を構成することができる。この態様では、基材の表面が露出しているものよりも、長期信頼性を確保することができる。
【0015】
たとえば被膜として、単位面積比で5〜50%のSiCを含有するNi−SiC膜を用いることができる。被膜中のSiCの含有割合が単位面積比で5%未満の場合、めっき膜としての靱性を得ることができなくなる。SiCの含有割合が単位面積比で50%超の場合、耐焼付け性が悪くなる。したがって、被膜中のSiCの含有割合が単位面積比で5〜50%の範囲内であることが好適である。また、たとえば、被膜としてDLC膜(ダイヤモンド・ライク・カーボン(Diamond-Like Carbon)膜)を用いることが好適である。この態様では、フリクションロスの継続的低減、耐焼付き性の向上、および、耐摩耗性の向上を図ることができる。
【0016】
被膜の膜厚を0.1〜10μmの範囲内に設定することができる。被膜の膜厚が0.1μm未満の場合、長期信頼性の観点から、耐力が不十分となる。被膜の膜厚が10μm超の場合、潤滑油の消費量が増大してしまう。
【0017】
上記形状を有する摺動部材の流路は、ホーニングやボーリング等の加エで形成することは困難であるから、本発明の摺動部材の製造方法は、マスキング手法を用いる。すなわち、本発明の摺動部材の製造方法は、相手部材と摺動する摺動面に、潤滑油が流動する流路を有する摺動部材の製造方法であって、相手部材と摺動する摺動面に、摺動方向に延在するパターンを有するマスクを形成し、マスク形成後、摺動面に耐焼付き性を有する被膜を形成し、被膜形成後、マスクを除去することにより、摺動方向に延在する流路を形成することを特徴としている。
【0018】
本発明の摺動部材の製造方法では、上記のようなマスキング手法を用いているので、摺動方向に延在する流路を摺動面に簡単に形成することができ、そのような製造方法により得られた摺動部材では、本発明の摺動部材と同様な効果を得ることができる。
【0019】
本発明の摺動部材の製造方法は、種々の構成を用いることができる。たとえばマスク形成前、摺動面に鏡面加工を行うことができる。この態様では、鏡面加工により、摺動面およびその近傍の鋳巣を押し潰すとともに、摺動面を平滑にすることができる。したがって、鋳巣等の欠陥を十分に除去することができるから、被膜でのクラック発生や被膜の剥離を防止することができる。その結果、耐久信頼性の向上を図ることができる。また、ハンマー等で摺動面を叩く必要がないから、歪みの発生を抑制することができ、その結果、製品の品質向上を図ることができる。また、たとえばマスク形成前、摺動面に耐焼付き性を有する他の被膜を形成することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の摺動部材あるいはその製造方法によれば、相手部材とのフリクションロスを低減することができる等の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の第1実施形態に係るシリンダボアの摺動面の概略構成を表し、(A)は摺動面11の正面図、(B)は(A)の1B−1B線の断面図、(C)は(A)の1C−1C線の断面図である。
【図2】(A)〜(E)は、図1の摺動面に形成される流路の形状例を表し、摺動面の概略部分構成図である。
【図3】本発明の第2実施形態に係るシリンダボアの摺動面の概略構成を表し、(A)は摺動面11の正面図、(B)は(A)の3B−3B線の断面図、(C)は(A)の3C−3C線の断面図である。
【図4】(A)〜(C)は摺動部材の摺動面の概略構成を表し、(A),(B)は従来例の流路の形状、(C)は本発明例の流路の形状の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(1)第1実施形態
以下、本発明の第1実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本発明の第1実施形態に係るシリンダボア10の摺動面11の概略構成を表し、(A)は摺動面11の正面図、(B)は(A)の1B−1B線の断面図、(C)は(A)の1C−1C線の断面図である。図1の符号1は、シリンダボア10が形成されたシリンダブロックである。
【0023】
シリンダボア10(摺動部材)は、ピストン(図示略、相手部材)と摺動する摺動面11を有している。摺動面11には、耐焼付き性を有する被膜12が形成されている。被膜12の材質としては、たとえば耐焼付き性の高いDLC、Ni−SiC(ニッケル−炭化ケイ素)、CrN(窒化クロム)、Au(金)、Ag(銀)、Cu(銅)がある。
【0024】
DLCは、耐焼付き性に優れ、低フリクション性を有するから、被膜12の材質として好適である。DLCを用いる場合、たとえばプラズマCVDあるいはPVD法によりDLC膜を形成する。CrNを用いる場合、たとえば蒸着によりCrN膜を形成する。
【0025】
摺動面11には、潤滑油が流動する溝状の流路13が形成されている。流路13は、摺動方向Xに延在している。流路13では、シリンダボア10の基材(シリンダブロック1)の平滑な内周面が露出している。図2は、図1の流路13の形状例を表し、(A)〜(E)は摺動面11の概略部分構成図である。流路13の形状は、摺動方向Xに延在していればよく、各種態様を用いることができる。なお、図2では、図示の便宜のため、摺動方向Xの長さを短くしている。
【0026】
たとえば図2(A)に示す流路13Aは、摺動方向に沿って直線状に延在している。図2(B)に示す流路13Bでは、その上端部および下端部が、シリンダボア10の上端および下端まで延在していなく、開放されていない。これにより、シリンダボア10内での負圧を確実に確保することができる。図2(C)に示す流路13Cでは、幅広部21と幅狭部22が摺動方向Xに沿って交互に形成されている。
【0027】
図2(D)に示す流路13Dは、曲線形状(たとえば蛇行状)をなしている。図2(E)に示す流路13Eでは、互いに独立した複数の凹部23が摺動方向Xに沿って形成されている。この場合、隣接する凹部23どうしは、一直線状に位置しないように交互に配置されている。流路13C,13Dでは、流路13Bと同様に、その上端部および下端部が開放されていなくてもよい。また、図2(A)〜2(E)の形状を適宜組み合わせてもよい。
【0028】
上記構成を有するシリンダボア10の製造方法について説明する。まず、金型を用いた鋳造により、たとえばAlからなるシリンダブロック1を得る。次いで、シリンダブロック1にボーリング加工を行うことにより、摺動面11を有するシリンダボア10を形成する。
【0029】
続いて、シリンダボア10の摺動面11に鏡面加工(たとえば塑性加工)を行うことにより、鋳造時に発生した鋳巣を押し潰すとともに、シリンダボア10の摺動面11を平滑にする。塑性加工では、たとえばローラバニシング法を用いる。
【0030】
続いて、摺動面11に、摺動方向Xに延在するパターンを有するマスクを形成し、摺動面11に耐焼付き性を有する被膜12を形成する。次いで、マスクを除去することにより、摺動方向Xに延在する流路13が形成される。
【0031】
第1実施形態では、摺動面11に形成されている流路13が摺動方向に延在しているから、摺動面11に供給される潤滑油は、摺動方向Xに移動することができる。したがって、摺動面11への潤滑油の供給をスムーズに行うことができるから、ピストンとのフリクションロスを低減することができる。また、シリンダボア10の製造では、マスキング手法を用いているので、摺動方向Xに延在する流路13を摺動面11に簡単に形成することができる。
【0032】
(2)第2実施形態
第2実施形態は、シリンダボアの基材(シリンダブロック)の表面が露出している部分を流路として用いた第1実施形態とは、シリンダボアの基材の表面全体に耐焼付き性を有する被膜を形成している点が異なり、それ以外は第1実施形態と同様な構成(たとえば図2に示す流路の形状)を用いることができる。なお、第2実施形態では、第1実施形態と同様な構成要素には同符号を付し、その説明は省略している。
【0033】
図3は、本発明の第2実施形態に係るシリンダボア30の摺動面11の概略構成を表し、(A)は摺動面11の正面図、(B)は(A)の3B−3B線の断面図、(C)は(A)の3C−3C線の断面図である。摺動面11の全体には、耐焼付き性を有する被膜31(第1被膜、他の被膜)が形成され、被膜31(第1被膜)表面には、耐焼付き性を有する被膜32が摺動方向Xに沿って形成されている。被膜31が露出している部分は、潤滑油が流動する溝状の流路33を構成している。流路33は摺動方向Xに沿って延在している。被膜31,32の材質は、被膜12と同様な材質を用いることができ、被膜31,32の材質は互いに同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0034】
上記構成を有するシリンダボア30の製造方法について説明する。まず、第1実施形態と同様にシリンダボア30の摺動面11に鏡面加工を行った後、シリンダボア30の摺動面11全体に、耐焼付き性を有する被膜31を形成する。次いで、被膜31に、摺動方向Xに延在するパターンを有するマスクを形成し、被膜31に、耐焼付き性を有する被膜32を形成する。次いで、マスクを除去することにより、摺動方向Xに延在する流路33が形成される。
【0035】
第2実施形態では、第1実施形態の効果を得ることができるのはもちろんのこと、シリンダボア30の基材の表面が露出しないから、長期信頼性を確保することができる。
【符号の説明】
【0036】
10,30…シリンダボア(摺動部材)、11…摺動面、12…被膜(他の被膜、第1被膜)、31…被膜(他の被膜、第1被膜)、32…被膜(第2被膜)、13,13A〜13E,33…流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手部材と摺動する摺動面には、耐焼付き性を有する被膜が形成されるとともに、潤滑油が流動する流路が形成され、
前記流路は、摺動方向に延在していることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
シリンダボアおよびピストンの少なくとも一方であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記被膜は、前記摺動面に形成された第1被膜と、その第1被膜の表面に形成された第2被膜とを有し、
前記第1被膜が露出している部分が前記流路を構成していることを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記被膜として、単位面積比で5〜50%のSiCを含有するNi−SiC膜を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記被膜はDLC膜であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記被膜の膜厚は、0.1〜10μmの範囲内であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項7】
相手部材と摺動する摺動面に、潤滑油が流動する流路を有する摺動部材の製造方法において、
前記摺動面に、摺動方向に延在するパターンを有するマスクを形成し、
前記マスク形成後、前記摺動面に耐焼付き性を有する被膜を形成し、
前記被膜形成後、前記マスクを除去することにより、前記摺動方向に延在する前記流路を形成することを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項8】
前記マスク形成前、前記摺動面に鏡面加工を行うことを特徴とする請求項7に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項9】
前記マスク形成前、前記摺動面に耐焼付き性を有する他の被膜を形成することを特徴とする請求項7または8に記載の摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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