説明

摺動部材および弁装置

【課題】水を扱う弁装置等でシール材に対して摺動部材が摺動する際に、シール材との摺動抵抗を低減することにより、シール材の摩耗を防止して耐久性を向上する。
【解決手段】弁装置で接続された弁体を作動させるためのシャフト40の表面には、親水膜44が形成されている。親水膜44は、二酸化ケイ素(SiO2)のセラミックスである。また、シャフト40は、シール材としてのOリング70に対して摺動するようになっている。シャフト40には、その外周面に形成された親水膜44により、当該外周面に水が拡がって濡れた状態となっており、この水が潤滑剤として作用してシール材との摺動抵抗を低減し、これによりOリングの摩耗を抑制することができる。これによって、弁装置の耐久性を向上することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弁装置やポンプ等で用いられる摺動部材や当該摺動部材を用いた弁装置に関する。
【背景技術】
【0002】
水流を制御する弁装置においては、たとえば、弁体に連結するシャフトをその軸方向に移動することにより、当該弁体を弁座に対して接離して、開閉することにより、水を流したり止めたりする止水弁が知られている。さらに、弁座に対する弁体の開度を調整することで水流量を制御する水流制御弁も知られている。
ここで、シャフトの弁体の反対となる駆動側に水が浸入しないように、たとえば、シャフトの周囲にOリング等のシール材を固定的に配置し、シール材にシャフトを摺動自在に接触させてシール(止水)し、シャフトの弁体の反対側となる駆動側に水が浸入しないようにしている(たとえば、特許文献1参照)。
ここで、Oリングは、特にシャフトが軸線方向に摺動する状態で、その接触界面を確実にシールする必要があるため、大きな摺動抵抗が生じる。そこで、Oリングの表面にグリース等の潤滑剤を塗布して、摺動抵抗を低減していた。
また、摺動抵抗を低減する方法としては、Oリングであるゴムの表面に低摩擦層を形成して摺動抵抗を低減する技術も提案されている(たとえば、特許文献2参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2007−24274号公報
【特許文献2】特開2007−24126号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、摺動抵抗を低減する潤滑剤等として、各種グリースが使用されているが、上水(水道水等)に使用する場合に人への安全性の観点から、食品衛生法の基準を満たした高価なフッ素系グリース、シリコーン系グリースが使用されており、コスト増加の要因となっていた。
また、グリースの場合、温水の流量を制御する場合のように高温で長時間使用すると特性の変化が起こる。たとえば、粘性変化として、グリースが高粘度側に変化する場合があり、また、固化するような場合もある。この場合に、グリースを使用しても摺動抵抗が高くなってしまい、Oリングの摩耗を誘発してしまう。
【0005】
また、上述の特許文献2では、低摩擦層が摩耗しても摩擦抵抗を軽減できる構成が提案されているが、必ずしも十分なものではなかった。すなわち、Oリングの表面に低摩擦層を形成しても、比較的短い期間で摩耗したり削り取られた状態となって、長期的に摺動抵抗を低くすることができなかった。基本的にOリングは、たとえば、各種ゴム等の柔軟な部材で形成されており、摺動部材に摺動される際に弾性変形するので、その表面に形成される摩擦層として、硬質な部材を用いることができず、Oリングと同様に柔軟な部材を摩擦層として使用する必要があるので、摩擦層の摩耗の防止は困難であり、摩擦層が早期に摩耗し、その後Oリングも摩耗することになる。
【0006】
いずれにしろ、Oリングが摩耗することによりシール性能が低下することが水漏れを起こす原因になっていた。
そして、上述のような弁装置では、Oリングの摩耗による水漏れが起きた際が製品寿命となってしまうので、前述以外の方法で製品寿命の長期化を図れる方法が求められていた。
【0007】
本発明は、前記事情に鑑みて為されたもので、Oリングに対して摺動した際にOリングの摩耗を低減することが可能な摺動部材および当該摺動部材を用いた弁装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、請求項1に記載の摺動部材は、少なくとも一部が水に接触する環境下で、シール材に対して摺動する摺動部材であって、
前記摺動部材のシール材に対して摺動する面に、親水性の皮膜が形成されていることを特徴とする。
【0009】
請求項1に記載の本発明においては、摺動部材の表面に親水性の皮膜が形成されているとともに、摺動部材の少なくとも一部に水が接触する状態となっているので、摺動部材の一部に接触した水は、摺動部材の表面に形成された親水性の皮膜により、摺動部材の表面に広がり、シール材に達する。また、シール材の部分、特に、シール材の表面と摺動部材の表面とが近接した部分に水が浸入して保持された状態となりやすい。
したがって、摺動部材の表面およびシール材が使用時は常時濡れた状態となり、この摺動部材およびシール材の表面に、濡れた状態となるように付着した水が潤滑剤として機能し、摺動抵抗を低減してシール材の摩耗を抑制することができる。これにより、主にシール材の耐久性の向上と長寿命化を図ることができる。また、摺動部材の表面に形成された親水性の皮膜は、シール材と摺動しても摩耗しにくい硬質なものを使用することが可能である。すなわち、摺動部材は、Oリングのように柔軟性を有し、弾性変形し易い材質のものを親水性皮膜とする必要はなく、摩耗しにくい材質の親水性皮膜を用いることができる。また、親水性皮膜の摩耗も水の潤滑作用により低減される。
【0010】
したがって、親水性皮膜が比較的短期間で摩耗するようなことはなく、長期的に水の潤滑作用が維持され、シール材の摩耗を大幅に遅らせることが可能となる。また、使用時に摺動部材が接触する水が潤滑剤として機能するので、特に外部から潤滑剤を供給しなくても、使用していれば常に潤滑剤としての水が供給されることになる。以上のことから、本発明によれば、長期にわたって摺動抵抗の変化が小さく、特性が安定する。たとえば、グリースを用いた場合にグリースの劣化、グリース成分の固着等により摺動抵抗が大きく増加してしまう場合があるが、本発明では比較的長期に渡って摺動抵抗の値が安定して低い状態となる。
さらに水が潤滑剤として機能するので、高価なグリースを用いる必要がない。また、表面に低摩擦層を形成した高価なシール材を用いる必要がない。したがって、コストの低減を図ることができる。
【0011】
以上のように、本発明によれば、使用環境に存在する水を利用することで、摺動抵抗を低減することができるため、グリース切れやグリースの物性変化による機能低下が理論上発生せず摺動部材の耐久性の向上を図ることができる。特にシール材の摩耗を防止して耐久性を向上するのに、シール材の表面に加工を施したり、シール材に潤滑剤を塗布したりするのではなく、シール材に対して摺動する摺動部材の表面に加工を施すとともに、当該加工が低摩擦の層を形成するのではなく、親水性の層を形成することが極めて特異なものである。
なお、本発明の摺動部材は、たとえば、水の流れを制御する弁や、水の排水や吐出のためのポンプ等で使用されるものであるが、たとえば、摺動部材が常時濡れた状態となる可能性、すなわち、水に接触した状態となる可能性がある蒸気や高湿度の気体等を取り扱う弁やポンプであってもよい。
【0012】
請求項2に記載の摺動部材は、請求項1に記載の発明において、
前記皮膜が親水性の酸化物系セラミックスであることを特徴とする。
【0013】
請求項2に記載の発明においては、皮膜が親水性の酸化物系セラミックスからなり、水滴接触角を小さなものとして濡れ性を向上させ、安定的に親水性を維持することができる。また、シール材との摺動に対して摩耗や剥離等に対する十分な耐久性を持たせることができる。
なお、酸化物系セラミックスの成分としては、半導体や金属の酸化物などであり、たとえば、ケイ素、アルミニウム、チタニウムなどの酸化物であるが、親水性には、成分だけではなく酸化物系セラミックスのミクロ的な表面構造も影響し、周知の親水性を示す酸化物系セラミックスを用いることができる。
【0014】
請求項3に記載の摺動部材は、請求項2に記載の発明において、前記酸化物系セラミックスの成分が二酸化ケイ素(SiO2)であることを特徴とする。
【0015】
請求項3に記載の発明においては、高い親水性を示すことが知られている二酸化ケイ素を成分とする酸化物系セラミックスを用いることで、摺動部材表面の水滴接触角を小さなものとして濡れ性を向上し、摺動抵抗の低下によるシール材の摩耗の低減を確実に図ることができる。
【0016】
請求項4に記載の摺動部材は、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の発明において、前記皮膜の厚さが10〜500nmであることを特徴とする。
【0017】
請求項4に記載の発明においては、皮膜の厚さを10nm以上とすることで、親水性を発揮し、摺動抵抗の低減を図り、シール材の摩耗を低減することができる。但し、親水性の皮膜の耐久性を考慮した場合には、当該親水性の皮膜の膜厚を10nmよりもさらに厚くすることが好ましい。
また、親水性の皮膜の膜厚を500nm以上としても、製造コストが高くなるだけで、さらなる耐久性の向上を見込むことが困難である。
【0018】
請求項5に記載の弁装置は、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の少なくとも一部が水に接触する環境下で、シール材に対して摺動する摺動部材が弁体を作動させることにより水流を制御することを特徴とする。
【0019】
請求項5に記載の発明においては、上述のように摺動部材のシール材に対する摺動抵抗を低減して、シール材の摩耗を抑制し、シール材の摩耗による液漏れを防止することができる。これによって、弁装置の耐久性を向上し、弁装置の製品寿命を長期化することができる。
また、シール材との間の摺動抵抗の低減によるシール材の摩耗防止のためにグリース等の潤滑剤を使用したり、表面に低摩擦層を形成したシール材を使用したりする必要がなく、コストの低減を図ることができる。また、上水用の弁装置とした場合に安全性を考慮した高価なグリースを用いる必要がなく、さらなるコストの低減を図ることができるとともに、グリースを用いないことで、上水に僅かでもグリースが混入することがなく、上水をより清浄な状態に保つことができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、弁やポンプ、特に水を扱う弁やポンプで用いられる摺動部材において、シール材に対する摺動抵抗を低減し、シール材の摩耗を防止して、耐久性の向上を図ることができる。また、シール材に対する摺動抵抗の低減において、グリース等の潤滑剤や、低摩擦層を有するシール材を必要とせず、コストの低減を図ることができる。また、これら潤滑剤を用いた場合や、低摩擦層を有するシール材よりも、耐久性の向上による製品寿命の延長を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照しつつ説明する。
図1は本発明の実施の形態に係る弁装置の断面図、図2は当該弁装置の本発明に係る摺動部材となるシャフトと、シャフトが摺動するシール材であるOリングとを示す斜視図、図3は摺動部材としてのシャフトの親水性の皮膜(親水膜)とシール材であるOリングとの関係を説明する図、図4は親水膜の形成工程を示すフロー図であり、図5は親水膜によるシャフトとOリングとの間の摺動抵抗の低減を説明するための図である。
図1に示す弁装置は、水流の制御として、止水とその解除を行うとともに水流量の制御を行う水流制御弁となっている。
【0022】
そして、弁装置は、図1ないし3に示すように、ハウジング10、ハウジング10内に収容されて回動自在に支持されたロータ20、ロータ20の周りにおいて軸線方向Xに積層された2つのステータ30、ロータ20に連結されると共に直線的に移動自在に支持されたシャフト40、シャフト40の先端側に設けられた弁体50、シャフト40を摺動自在に支持するシャフトホルダ60、シャフトホルダ60に装着されたOリング70,80、ロータ20を回動自在に支持する軸受90及び支持プレート100、ロータ20を軸線方向Xの一方に向けて付勢するとともに回転自在に受けるスラスト軸受110等を備えている。
すなわち、この弁装置では、ロータ20及びステータ30等によりステップ的に回転し得るステッピングモータが形成され、このステッピングモータにより弁体50が開閉駆動されるようになっている。
【0023】
ハウジング10は、図1に示すように、樹脂材料により形成されて、ロータ20及びステータ30を収容するモータハウジング11、流体の通路及び弁座を形成する弁ハウジング12等により形成されている。
【0024】
モータハウジング11は、支持プレート100及びスラスト軸受110を保持すると共に、ステータ30を内部に保持しかつステータ30の内側においてロータ20を回動自在に収容し、電気接続用のコネクタ11a、弁ハウジング12と接続される円筒状の嵌合部11b等を備えている。
弁ハウジング12は、流体が流入する流入通路12a、流体が流出する流出通路12b、弁体50が着座して閉弁し得る弁座12c、モータハウジング11の嵌合部11bと嵌合される円筒状の嵌合部12d等を備えている。
すなわち、ハウジング10は、ステッピングモータを収容するモータハウジング11と弁体50を収容すると共に弁座12cを画定する弁ハウジング12とにより形成される。
【0025】
ロータ20は、モータハウジング11の内部において、スラスト軸受110によりスラスト方向の移動が規制されつつ、軸受90及び支持プレート100により軸線Xを中心に回動自在に支持されている。
ロータ20は、樹脂材料により形成された円筒部21、円筒部21の外周に固着されたマグネット22、円筒部21の両端から突出して軸受90及び支持プレート100に摺動自在に嵌合される軸部23、円筒部21の内周面に形成された雌ネジ24等により形成されている。マグネット22は、円筒部21の外周に一体的に成型されており、回転方向においてN極とS極とが交互に配列されて複数着磁されている。
【0026】
2つのステータ30は、図1に示すように、それぞれ、励磁用のコイル31、コイル31を巻回するボビン32、及びボビン32を挟持して接合されると共にロータ20の外周面(マグネット22)と対向する複数の爪状磁極片をもつ一対のヨーク33により形成されている。
【0027】
この例の摺動部材としてのシャフト40は、断面が略円形をなすように金属材料により形成されると共に、図1および図2に示すように、その一端側(先端側)に弁体50の結合部41、その他端側の外周面に所定領域に亘って雌ネジ24と螺合する雄ネジ42が形成されている。
結合部41は、図1および図2に示すように、一体的に成型される弁体50(の後述する弁ホルダ51)を確実に結合させるために形成された回り止め用のローレット41a、弁ホルダ51の端面から突出すると共に先端が拡径するように形成された嵌合突起41b等により形成されている。
【0028】
弁体50は、図1および図2に示すように、シャフト40のローレット41aを包囲するように樹脂材料によりインサート成型された弁ホルダ51、弁ホルダ51に結合されて弁座12cに着座し得る弁部52により形成されている。
弁ホルダ51は、凹部51a、後述するシャフトホルダ60の規制片62cに係合して軸線方向Xにガイドされるべく軸線X周りに放射状に配列された複数の被規制片51b等により形成されている。また、弁ホルダ51は、その端面(凹部51aの底面)からシャフト40の嵌合突起41bが突出するように成型されている。ここで、弁ホルダ51は、表面に凹凸をもつローレット41aを包囲するように成型される。
【0029】
弁部52は、弁座12cと密着し得るように弾性変形可能なゴム材料等により形成され、弁ホルダ51の凹部51aに嵌合されると共にシャフト40の嵌合突起41bに嵌合されて結合されている。
【0030】
シャフトホルダ60は、図1および図2に示すように、軸線方向Xにおいてお互いに嵌合して結合されるべく軸線X上に中心をもつ雄型ホルダ61及び雌型ホルダ62を備えている。
雄型ホルダ61は、シャフト40を摺動自在に支持する貫通孔61a、弁ハウジング12に嵌合される拡径円筒部61b、貫通孔61aよりも大きい内径をなす縮径円筒部61c、軸受90を嵌合させて保持する円筒状の軸受保持部61d等により形成されている。
雌型ホルダ62は、シャフト40を摺動自在に支持する貫通孔62a、雄型ホルダ61の縮径円筒部61cを嵌入させる環状溝62b、弁ホルダ51の被規制片51bと係合してシャフト40の回転を規制しつつ軸線方向Xにガイドするガイド部としての軸線X周りに放射状に配列された複数の規制片62c、弁ホルダ51の端部が当接することにより弁体50(及びシャフト40)の軸線方向Xの移動端位置を規定するストッパ部としての端面62d等により形成されている。
【0031】
すなわち、シャフトホルダ60は、ハウジング10の内側に嵌合して固定されると共にシャフト40を摺動自在に支持し、その複数の規制片62c(ガイド部)が回転を規制しつつ軸線方向Xに移動自在に弁ホルダ51すなわちシャフト40をガイドし、又、その端面62d(ストッパ部)が弁ホルダ51の端部を当接させて受け止めることにより弁体50の軸線方向Xの移動端位置を規定する。
【0032】
また、シャフトホルダ60においては、雄型ホルダ61及び雌型ホルダ62がお互いに嵌合された状態で、雄型ホルダ61の縮径円筒部61cの内側にはOリング70が装着されて、シャフト40を摺動自在に接触させてシールするようになっている。また、雄型ホルダ61の縮径円筒部61cの外側にはOリング80が装着されて、弁ハウジング12の内壁とシャフトホルダ60との間をシールするようになっている。
Oリング70,80は、ゴム材料により形成されている。
【0033】
軸受90は、図1に示すように、ロータ20の一方の軸部23を回動自在にラジアル方向において支持するものであり、シャフトホルダ60を構成する雄型ホルダ61の軸受保持部61dに嵌合して保持されている。このように、ロータ20とシャフト40が、同一の部材であるシャフトホルダ60(雄型ホルダ61)により支持されるため、軸心のずれ等を防止でき、ロータ20の円滑な回転運動及びシャフト40の円滑な直線運動を得ることができる。
【0034】
支持プレート100は、図1に示すように、ロータ20の他方の軸部23を回動自在にラジアル方向において支持するものであり、耐摩耗性に優れた金属材料等により、モータハウジング11と一緒にインサート成型されている。
スラスト軸受110は、図1に示すように、モータハウジング11に収容されるコイルスプリング111、コイルスプリング111の付勢力により軸線方向Xに付勢される球体112により形成され、ロータ20に対して軸線方向Xの一方向に(弁体50側に向けて)付勢力を及ぼすものである。
【0035】
次に、上記弁装置の動作について説明すると、コイル31が一方向に通電されてロータ20が一方向に回転すると、ロータ20の雌ネジ24とシャフト40の雄ネジ42との螺合関係を介して、図1に示すように、弁体50(及びシャフト40)が軸線方向Xの一方向(図中の下向き)に直線的に移動する。そして、弁部52が弁ハウジング12の弁座12cに当接して着座すると同時に通路12a,12b間を閉鎖して停止する。
この状態において、弁部52は通路12a,12b間を完全に遮断しており、水道水あるいは温水等の流体の流れを完全に止める止水作用が得られる。
【0036】
一方、コイル31が他方向に通電されてロータ20が他方向に回転すると、ロータ20の雌ネジ24とシャフト40の雄ネジ42との螺合関係を介して、図2に示すように、シャフト40の一部がさらにロータ20の内側に入り込むように、弁体50(及びシャフト40)が軸線方向Xの他方向(図中の上向き)に直線的に移動する。
そして、弁ホルダ51の端部(被規制片51bの端部)がシャフトホルダ60の端面62dに当接すると、弁部52が弁ハウジング12の弁座12cから最も離れた往復動方向Xの移動端位置に位置付けられると同時に通路12a,12b間を全開して停止する。
【0037】
また、コイル31への通電を適宜調整して、ステッピングモータ(ロータ20)の回転量を適宜制御することにより、弁体50を全開〜全閉の中間の開度に調整できるため、流体の流量を制御することができる。さらに、ステッピングモータの回転により弁体50(シャフト40)が直線移動させられるため、弁体50(シャフト40)の移動ピッチすなわち弁体50の開度を高精度に調整することができ、それ故に、流量を高精度に制御することができる。
【0038】
ここで、シャフト40は、Oリング70の穴内を貫通した状態で配置され、上述の弁装置の開閉の際にシャフト40が軸線方向Xに沿って移動した場合に、摺動部材としてのシャフト40がシール材としてのOリング70に対して摺動することになる。
そして、この例においては、図3に示すようにシャフト40の外周面に親水性の皮膜である親水膜44が形成されている。
親水膜44は、この例において、酸化物系セラミックスとして形成されており、その主成分は二酸化ケイ素(SiO2)となっている。
【0039】
なお、親水膜44は、二酸化ケイ素からなるセラミックスが好ましいが、他の半導体酸化物や、金属酸化物の酸化物系セラミックスを用いてもよい。また、非酸化物系セラミックスの親水膜を用いるものとしてもよい。さらに、有機系の親水膜を用いるものとしてもよい。さらに、複数種の成分が混合されたセラミックスを用いたり、異なる成分からなる複数の層を積層して形成してもよい。但し、親水膜44は、Oリング等のシール材(止水材)に対して繰り返し摺動することになり、容易に摩耗したり剥離したりしない十分な耐久性を有することが好ましい。さらに、弁装置を上水に使用する場合には、親水膜が摩耗等により上水に混入しても問題がない物質を用いることが好ましい。
【0040】
また、親水膜44の厚みは、たとえば、10nm〜500nmとすることが好ましいが、弁装置の耐久性を向上して製品寿命の長期化を図る上では、たとえば、100nm以上で、さらに150nm以上となっていることが好ましい。
なお、必要以上に膜厚を大きくしても、さらなる耐久性を望めるとは限らず、コストが増大することから、膜厚は500nm以下となっていることが好ましい。
【0041】
次に、前記親水膜44の形成方法を図5のフローを参照して説明する。
まず、弁装置に組み込まれる前のシャフト40をたとえば洗浄液としてアセトンを用い、超音波洗浄し、主に油分を除去する脱脂洗浄処理S1を行う。次に、シャフト40のアセトンを常温で乾燥する常温乾燥処理S2を行う。次に二酸化ケイ素の皮膜を形成するためのコート剤をシャフト40の表面に塗布する。なお、コート剤は、たとえば、二酸化ケイ素の微粒子とバインダーとなる物質とを溶剤中に分散・溶解させたものであり、高温で焼成すると二酸化ケイ素を主成分とするセラミックスコートが形成される。
【0042】
ここでは、シャフト40の表面にコート剤を塗布するのに、浸漬法を用い、シャフト50をコート剤中に浸漬するコート剤浸漬処理S3を行う。
次いで、シャフト40をコート剤から取り出して乾燥する常温乾燥処理S4を行う。
なお、形成される親水膜44の厚みを厚くする場合には、コート剤浸漬処理S3と常温乾燥処理S4を複数回繰り返し行う。
【0043】
次に、焼成用の炉内にシャフト40を入れてコート剤を焼成してセラミックスとしてシャフト40表面をコートする焼付処理S5を行う。
焼成後、炉冷し処理を行い、シャフト40を冷却して親水膜形成処理完了S6となる。
なお、親水膜44の形成方法は、上述の方法に限られるものではなく、親水膜44の組成等に対応して従来周知の方法で形成することができる。また、この例の方法においても、コート剤の塗布において、シャフト40をコート剤に浸漬するのではなく、その他の方法でコート剤を塗布するものとしてもよい。
【0044】
そして、親水膜44を設けたシャフト40においては、シャフト40全体が常時水に漬かった状態でなくても、一部に水が接触した状態となっていれば、シャフト40表面の水滴接触角が小さく、濡れ性に優れたものとなっていることにより水がシャフト40の外周面(表面)に拡がり、シャフト40の表面に薄く膜状に水が付着した状態となる。
【0045】
次に、図5を参照して親水膜44の作用について説明する。
図5に示すように、Oリング70に対してシャフト40が摺動した際に、Oリング70によりシャフト40の表面に付着した水が止水されることになるので、Oリングよりステッピングモータ側、すなわち、弁内部側では、水が切られた状態(必ずしも乾燥した状態ではなく、ミクロ的には濡れている状態)となるが、流入通路12aから流出通路12bまでの水の流路側、すなわち、弁外部側では、上述のようにシャフト外周面に広がった水と接触した状態となる。
【0046】
図5の向かって左側においては、Oリング70に対してシャフト40が弁外側から弁内側に向かって移動することになる。この場合に、弁装置においては、閉側から開側に移動する。この際には、シャフト40の表面の上述の水の膜は、Oリング70側に向かうことになり、Oリング70とシャフト40との接触面の弁外側に水が過剰に供給された状態となり、十分に水の潤滑作用によってシャフト40とOリング70との間の摺動抵抗を低減し、Oリング70の摩耗を防止することができる。
【0047】
また、図5の向かって右側においては、Oリング70に対してシャフト40が弁内側から弁外側に向かって移動することになる。この場合に、弁装置においては、開側から閉側に移動する。この際には、シャフト40がOリング70側から水の膜が離れる方向に移動してしまうことになるが、シャフト40の表面の上述の水の膜は、親水膜44により拡がる方向に移動することになり、離れるOリング70に向かって移動することになる。また、Oリング70とシャフト40の接触面の弁外側となり、かつ、Oリング70とシャフト40が近接した部分で、Oリング70とシャフト40との間には水が保持された状態となり、たとえ、水の供給が途絶えたような状態となっても、上述のように保持された部分の水が無くなってしまうまで時間がかかることになる。
【0048】
したがって、シャフト40が閉側から開側に移動した場合に比較すると、Oリング70とシャフト40との接触面の弁外側に供給される水の量が少なくなるが、前記接触面で水がなくなってしまうことがなく、十分に水の潤滑作用によってシャフト40とOリング70との間の摺動抵抗を低減し、Oリング70の摩耗を防止することができる。
【0049】
以上のように、この例によれば、グリース等の潤滑剤や低摩擦層を有するOリングを用いなくても、シャフト40の表面に親水膜44を形成することにより、Oリング70との間の摺動抵抗を低減し、Oリング70の摩耗を防止することができる。これにより、潤滑剤や低摩擦層を有するOリングを用いないことでコストの低減を図ることができる。また、潤滑剤や低摩擦層を有するOリングを用いた場合よりも、シャフト40を用いた弁装置の耐久性の向上を図ることができ、弁装置のOリング70の摩耗に基づく製品寿命の延長を図ることができる。
【実施例】
【0050】
前記シャフト40に以下の方法で親水膜44を形成し、当該シャフト40を前記弁装置に組み込んで耐久試験を行った。
親水膜44を形成するコート剤として、(有)エクスシア製の商品名:シリカコート、品番:EPL−S030を用いた。このシリカコートの最終成分(焼成後の成分)は二酸化ケイ素(SiO2)である。
【0051】
そして、材質がSUS303のシャフト40をアセトンを用いて超音波洗浄機で脱脂洗浄を行った(S1)。その後、シャフト40を常温乾燥してアセトンを取り除いた(S2)。
次に、シャフト40のOリング70のとの摺動面となる外周面に前記コート剤を塗布するために、コート剤(原液)にシャフト40を浸漬した(S3)。
【0052】
次に、コート剤からシャフト40を取出て常温乾燥した(S4)。
次に、シャフト40を焼成用の炉に入れて、4℃/minで昇温し、250℃に達した後に1時間250℃で保持した(S5)。
次に、焼成後の炉冷やし処理を行い、シャフト40が冷却されたところでコーティングのための処理が終了したことになる(S6)。
なお、今回は、浸漬処理および常温乾燥を1回行ったものと、2回行ったものとを作成した。
【0053】
なお、浸漬処理を繰り返すことにより、形成される親水膜44の膜厚が厚くなる。
そこで、浸漬処理の回数と、親水膜44の膜厚との関係を求めるために、厚さ0.1mmのSUS304板に、上述のシャフト40に対するコーティングの処理と同様の処理を行うとともに、この際に浸漬処理を1回行ったものと、2回行ったものと、3回行ったものとを上述のように焼成した。なお、膜厚の測定を容易とするために、円柱状のシャフト40ではなくSUS板を用いた。また、各浸漬処理の回数毎に3枚ずつの親水膜44を有するSUS板を作成して、膜厚を接触式膜厚計で測定し、結果をグラフとして図6に示した。
【0054】
図6に示すように、焼成後の親水膜44の浸漬処理の回数毎の膜厚は、浸漬処理回数が1回の場合におおよそ90nm程度、浸漬処理回数が2回の場合におおよそ180nm程度、3回の場合におおよそ270nm程度となる。なお、図6のグラフに示すように浸漬処理回数と膜厚とはほぼ正比例の関係となっている。
【0055】
次に、上述のように親水膜44を形成したシャフト40を、前記弁装置に組み込んで、実機耐久試験を行った。実機耐久試験は、ステッピングモータにパルス信号を入力して、前記シャフトの軸線方向に沿った移動(摺動)を繰り返すもので、3mmの摺動を9回と、15mmの摺動を1回行うことを1サイクルとした。なお、弁体の位置は、サイクル終了時にサイクル開始の際の位置に戻るようになっている。また、この際に弁装置の水の流路における水流の流量を10l/minとした。また、水としては、80℃の温水を用いた。
【0056】
また、実機耐久試験は、前記浸漬処理を1回だけ行い親水皮膜44を有するシャフト40を組み込んだ弁装置を用いた試験(実施例1)と、前記浸漬処理を2回行い親水皮膜44を有するシャフト40を組み込んだ弁装置を用いた試験(実施例2)と、親水膜44を形成していない従来のシャフト40を有する弁装置において、潤滑剤としてグリースを用いた試験(比較例1)と、親水膜44を形成していない従来のシャフト40を有する弁装置において、シール材として低摩擦層を有するOリングを用いた試験(比較例2)を行った。なお、各試験はそれぞれ複数回行った。
【0057】
また、実機耐久試験では、水漏れが発生するまで弁装置の開閉を連続して行い、水漏れが発生するまでの開閉のサイクル数を求めた。
そして、比較例1の従来のグリースを用いた弁装置では、10万〜12万サイクルでOリングの摩耗(劣化)による漏れが発生した。比較例2の従来の低摩擦層を有するOリングを用いた弁装置では、5万サイクルでOリングの摩耗による水漏れが発生した。
【0058】
それに対して、実施例1の浸漬処理を1回行って形成された親水膜44(膜厚おおよそ90nm)を有するシャフト40を用いた弁装置では、8万サイクル〜12万サイクルでOリング摩耗による水漏れが発生し、グリースを用いなくてもグリースを用いた場合と同等の耐久性を得ることができ、グリースを用いずに低摩擦層を形成したOリングより高い耐久性を得ることができた。
【0059】
また、実施例2の浸漬処理を2回行って形成された親水膜44(膜厚おおよそ180nm)を有するシャフト40を用いた弁装置では、25万サイクル経過後も水漏れが発生せず、従来に比較して高い耐久性を示し、明らかに製品寿命が延長されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の実施の形態の弁装置を示す断面図である。
【図2】前記弁装置のシャフトおよびOリングを備える主要部を示す斜視図である。
【図3】前記弁装置の親水膜を有するシャフトおよびOリングとの関係を説明するための図面である。
【図4】前記親水膜の形成工程を示すフロー図である。
【図5】親水膜によるシャフトとOリングとの間の摺動抵抗の低減機能を説明するための図である。
【図6】コート剤への浸漬処理回数と形成される親水膜の膜厚との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0061】
40 シャフト(摺動部材)
44 親水膜(親水性の皮膜)
70 Oリング(シール材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部が水に接触する環境下で、シール材に対して摺動する摺動部材であって、
前記摺動部材のシール材に対して摺動する面に、親水性の皮膜が形成されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記皮膜が親水性の酸化物系セラミックスであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記酸化物系セラミックスの成分が二酸化ケイ素(SiO2)であることを特徴とする請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記皮膜の厚さが10〜500nmであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の少なくとも一部が水に接触する環境下で、シール材に対して摺動する摺動部材が弁体を作動させることにより水流を制御することを特徴とする弁装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−19320(P2010−19320A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−179513(P2008−179513)
【出願日】平成20年7月9日(2008.7.9)
【出願人】(000177612)株式会社ミクニ (332)
【Fターム(参考)】