説明

摺動部材

【課題】回転、揺動、往復動で相手材と直接に摺接して使用される摺動部材において、高精度な摺動面形状を有しつつ、該摺動面の摩擦係数が低く、耐摩耗性にも優れる摺動部材を提供する。
【解決手段】固体潤滑剤を含有する電鋳部3を有し、該電鋳部3におけるめっき析出開始面3aを摺動面(滑り面)とする滑り軸受1であり、電鋳部3は、ニッケル、銅、パラジウム、クロム、ニッケル−コバルト合金、およびスズから選ばれた少なくとも一つの金属をめっき基材とし、上記固体潤滑剤は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末、二硫化モリブデン粉末、ポリベンゾイミダゾール樹脂粉末、ポリエチレン樹脂粉末、カーボン粉末および保油体から選ばれた少なくとも一つであり、該固体潤滑剤が、電鋳部3におけるめっき析出開始面である摺動面3aに露出している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転、揺動、往復動で相手材と直接に摺接して使用される摺動部材に関し、特に電鋳部を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、流体軸受装置や動圧軸受などに用いられる摺動部材では、高い摺動面精度が要求されるようになっている。これらの用途において、樹脂製滑り軸受を用いる場合では寸法精度が悪いという問題がある。また、焼結含油軸受を用いる場合では、寸法精度は良好であるものの、オイル切れの懸念があり、耐摩耗性に劣るという問題がある。これらの問題に対して、樹脂製滑り軸受、焼結含油軸受の長所を併せ持った滑り軸受として、焼結金属を裏金とし、その内径面に樹脂摺動材を薄く形成した高精度で低摩擦な滑り軸受が知られている。しかし、この軸受はコストが高いという問題がある。
【0003】
一方、これらの問題に対応する方法として、電鋳加工により得られた電鋳製品が注目されている。電鋳製品は、その析出母体となるマスター表面に倣って高精度に転写形成された面を有する。このため、例えば、流体軸受装置や動圧軸受など高い摺動面精度が要求される摺動部材の分野において、当該電鋳製品を備えた摺動部材を展開する動きがある。
【0004】
例えば、電鋳部をインサート部品として一体に型成形した樹脂製軸受部材が提案されている(特許文献1および特許文献2参照)。特許文献1の樹脂製軸受部材について説明する。図6に示すように、電気めっき法などで形成された電鋳部14を有するマスター軸13をインサートモールドで一体成形することで、電鋳部14を有するマスター軸13と樹脂成形部15とが一体になった樹脂成形品16が得られる。樹脂成形品16からマスター軸13を引き抜くと、図7で示すように電鋳部14は樹脂成形部15の軸孔12の内周面に付着した状態で電鋳殻として残存し、マスター軸13のみが分離する。従って、図7で示すように、樹脂成形部15の軸孔12の内周面に電鋳殻である電鋳部14が一体形成された樹脂製軸受部品17として使用可能となる。また、特許文献2は、マスター軸を引き抜いて得た電鋳部をコアロッド外周に装着し、インサートモールドで一体成形することで電鋳部が一体形成された樹脂製軸受部品を得るものである。
【0005】
流体軸受装置に電鋳部を利用したものとして、軸受隙間に面する領域を金属めっき部(電鋳部)で構成したものも提案されている(特許文献3参照)。また、特許文献3では、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂やカーボンなどの摺動材を電鋳部に含有させることが開示されている。
【0006】
その他、めっき被膜表面における潤滑性向上を目的として、二硫化モリブデン微粒子がニッケルマトリックス中に分散した電気めっき被膜であるニッケル−二硫化モリブデン複合めっき被膜が提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−56552号公報
【特許文献2】特開2003−56569号公報
【特許文献3】特開2008−45695号公報
【特許文献4】特開2007−332454号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1および特許文献2の方法では軸受や装置の摺動面の摩擦係数が高いために、十分な軸受寿命や装置寿命が得られない場合がある。また、特許文献3の流体軸受装置は、軸受隙間に形成される流体の膜で回転部材を支持するものであり、該軸受隙間に面する領域の電鋳部が、軸と直接に摺接して用いられるものではない。該流体軸受装置では、高精度な軸受隙間を形成するために上記電鋳部を利用している。このため、特許文献3では、PTFE樹脂などの摺動材を電鋳部に含有させることの示唆はあるものの、その物性や配合量、電鋳部のめっき析出開始面における該摺動材の存在状態などは開示されていない。
【0009】
特許文献4は、電気めっき被膜中に分散させた固体潤滑剤により被膜表面の潤滑性を向上させるものであり、めっき析出開始面の潤滑性については開示されていない。また、特許文献4の被膜は、肉厚の増加にともない、固体潤滑剤による被膜表面の凹凸や被膜内部の空隙が大きくなり、被膜の寸法精度が出難くなる。
【0010】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、回転、揺動、往復動で相手材と直接に摺接して使用される摺動部材において、高精度な摺動面形状を有しつつ、該摺動面の摩擦係数が低く、耐摩耗性にも優れる摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の摺動部材は、固体潤滑剤を含有する電鋳部を有し、該電鋳部におけるめっき析出開始面を摺動面とし、該摺動面で相手材と直接に摺接する摺動部材であって、上記電鋳部は、ニッケル(以下、Niと記す)、銅(以下、Cuと記す)、パラジウム(以下、Pdと記す)、クロム(以下、Crと記す)、ニッケル−コバルト(以下、Ni−Coと記す)合金、およびスズ(以下、Snと記す)から選ばれた少なくとも一つの金属をめっき基材とし、上記固体潤滑剤は、PTFE樹脂粉末、二硫化モリブデン粉末、ポリベンゾイミダゾール(以下、PBIと記す)樹脂粉末、ポリエチレン(以下、PEと記す)樹脂粉末、カーボン粉末および保油体から選ばれた少なくとも一つであり、上記固体潤滑剤が、上記電鋳部におけるめっき析出開始面である摺動面に露出していることを特徴とする。なお、上記「めっき析出開始面」とは、電鋳部形成の際に、めっきの析出が開始される面であり、電鋳部形成に用いるマスター表面と接する電鋳部の表面である。
【0012】
上記電鋳部は、上記金属、上記固体潤滑剤、およびカチオン系界面活性剤を含有するめっき液を用いて電気めっき法により形成されたものであることを特徴とする。
【0013】
上記固体潤滑剤の含有量が、上記電鋳部全体の重量に対して10〜40重量%であることを特徴とする。また、上記固体潤滑剤の平均粒子径が、0.3〜10μmであることを特徴とする。なお、平均粒子径は、レーザー解析法による測定値であり、レーザー解析粒度分布測定装置としては、マイクロトラックHRA(リーズ・アンド・ノースラップ社製)がある。
【0014】
上記電鋳部が上記保油体を含有することを特徴とする。また、上記保油体が含油シリカまたは含油樹脂であることを特徴とする。
【0015】
上記摺動部材が、上記電鋳部におけるめっき析出開始面を滑り面とする滑り軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の摺動部材は、所定の固体潤滑剤を含有する電鋳部を有し、該電鋳部におけるめっき析出開始面を摺動面とし、上記固体潤滑剤が該摺動面に露出しているので、高精度な摺動面形状を有しつつ、該摺動面の摩擦係数が低く、耐摩耗性にも優れる。このため、回転、揺動、往復動で相手材と直接に摺接して使用される摺動部材として好適に利用できる。また、摺動面を構成する電鋳部が、電気めっきで形成されるので、焼結金属を裏金としその内径面に樹脂摺動材を薄く形成したような滑り軸受と比較して、低コストで製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の摺動部材の一実施形態である滑り軸受の断面図である。
【図2】電鋳部のめっき析出開始面(摺動面)のSEM写真(×250)である。
【図3】元素分析(フッ素)のマッピング写真である。
【図4】ラジアル型摩擦試験機を示す図である。
【図5】電鋳部の摩擦係数の測定結果を示す図である。
【図6】電鋳部をインサート部品として一体に型成形した樹脂製軸受部品を示す図である。
【図7】電鋳部が一体形成された樹脂製軸受部品を示す図である。
【図8】分散液中のPTFE樹脂の平均粒子径と、めっき析出開始面におけるフッ素の存在量との関係を示す図である。
【図9】分散液中のPTFE樹脂の平均粒子径と、電鋳部の摩擦係数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の摺動部材は、固体潤滑剤を含有する電鋳部を有し、該電鋳部におけるめっき析出開始面を摺動面とし、該摺動面で相手材と直接に摺接する摺動部材である。特に、該摺動部材は、滑り軸受として利用するものである。
【0019】
本発明の摺動部材を図面により説明する。図1は、摺動部材の一実施形態である滑り軸受の断面図である。図1に示すように、本発明の滑り軸受1は、円筒形状の樹脂成形部2と、樹脂成形部2の内周面に形成され、固体潤滑剤を含有する電鋳部3と、相手材となる軸(図示せず)が挿入される軸孔4とを備える。滑り軸受1の摺動面(滑り面)3aは、電鋳部3におけるめっき析出開始面である。
【0020】
電鋳部3は、電鋳により形成される。具体的には、まず、上記軸孔4と同径のマスター軸上に電気めっき法により電鋳部3を形成した後、電鋳部3の周囲に樹脂成形部2をインサートモールドで一体成形する(図6参照)。その後、マスター軸のみを引き抜くことで電鋳部3が樹脂成形部2の内周面に形成された滑り軸受1が得られる(図7参照)。なお、電鋳部3は、電気を用いず、金属塩の水溶液に加えた還元剤の作用により金属の析出を行なう無電解めっき法で形成してもよい。
【0021】
樹脂成形部2の材料は、電鋳部3の材料よりも低い凝固点を有する材料であればよい。例えば、液晶ポリマー(LCP)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリアセタール(POM)樹脂、ポリアミド(PA)樹脂等の結晶性樹脂、あるいは、ポリフェニルサルフォン(PPSU)樹脂、ポリエーテルサルフォン(PES)樹脂、ポリエーテルイミド(PEI)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂等の非晶性樹脂をベース樹脂として使用できる。また、これらの樹脂に必要に応じて各種充填材を配合してもよい。
【0022】
なお、図1では、電鋳部3と樹脂成形部2とからなる滑り軸受1(摺動部材)を例示しているが、本発明の摺動部材は、マスター表面から離型されて残る電鋳部3そのものであってもよい。この場合、電鋳部3の厚みは、使用時における機械的強度を確保できる厚さとする。
【0023】
通常、固体潤滑剤を含むめっき被膜表面は、該固体潤滑剤による凹凸で荒くなる。本発明では、マスター軸上に形成される電鋳部3のめっき析出開始面が摺動部材の摺動面3aとなるので、電鋳部3に固体潤滑剤を含みながら、摺動面3aにマスター軸の表面形状を高精度で転写できる。摺動面3aでは、固体潤滑剤が露出するが、該固体潤滑剤による凹凸は摺動面に現れにくくなる。
【0024】
また、電鋳部3では、固体潤滑剤がめっき析出開始面(マスター軸との接触面)に露出しているため、マスター軸の引き抜き力が低減され、引き抜き時における摺動面の損傷を防止できる。
【0025】
電鋳部3は、めっき基材となる金属および固体潤滑剤を含有するめっき液を用いて、電気めっき法により形成される。上記めっき基材となる金属は、Ni、Cu、Pd、Cr、Ni−Co合金、およびSnから選ばれた少なくとも一つの金属である。めっき液中のめっき金属の含有量は、特に限定されるものではなく、後述する固体潤滑剤のめっき液中の含有量との関係で適宜調整される。
【0026】
上記固体潤滑剤は、PTFE樹脂粉末、二硫化モリブデン粉末、PBI樹脂粉末、PE樹脂粉末、カーボン粉末および保油体から選ばれた少なくとも一つである。この固体潤滑剤は上記めっき液に添加・分散され、電気めっき法により摺動部材上にめっき金属とともに析出し、電鋳部3を構成するものである。上記固体潤滑剤の中でも、コストが低く、より低摩擦化が可能であることから、PTFE樹脂粉末または二硫化モリブデン粉末を用いることが好ましい。カーボン粉末としては、黒鉛粉末、カーボンブラックなどが挙げられる。
【0027】
PTFE樹脂は、−(CF−CF−で表される一般のPTFE樹脂を用いることができ、また、一般のPTFE樹脂にパーフルオロアルキルエーテル基(−C2p−O−)(pは1−4の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF−)(qは1−20の整数)などを導入した変性PTFE樹脂も使用できる。
【0028】
これらのPTFE樹脂および変性PTFE樹脂の製造方法は、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用してもよい。また、未使用のバージン材に限定せず、バージン材を一度焼成した後、粉砕して得た再生PTFE樹脂粉末、および電子線照射により低分子化したPTFE樹脂粉末、PTFE樹脂ディスパージョンも好適に使用できる。本発明におけるPTFE樹脂は、数平均分子量(Mn)が約50万から1000万であるものが好ましく、さらに限定すれば50万から300万であるものが好ましい。PTFE樹脂の市販品としては、テフロン(登録商標)7J(三井・デュポンフロロケミカル社製)が挙げられる。また、変性PTFE樹脂の市販品としては、テフロン(登録商標)TG70J(三井・デュポンフロロケミカル社製)、ポリフロンM111、ポリフロンM112(ダイキン工業社製)、ホスタフロンTFM1600、ホスタフロンTFM1700(ヘキスト社製)が挙げられる。また、PTFE樹脂ディスパージョンの市販品としては、PTFEディスパージョン31−JR(三井・デュポンフロロケミカル社製)が挙げられる。本発明に用いるより好適なPTFE樹脂材としては、PTFE樹脂の再生粉末が挙げられ、本材の市販品として、例えばKT−600M、KTL−620、KTL−610、KTL−10N、KTL−8N、KTL−500F(喜多村社製)等が挙げられる。
【0029】
二硫化モリブデンは、その潤滑機構として、層状格子構造を持ち、滑り運動により薄層状に容易に剪断して、摩擦抵抗を低下させることが知られている。二硫化モリブデンの市販品としては、モリコートマイクロサイズ(ダウコーニング社製)、モリパウダーPA(住鉱潤滑剤社製)が挙げられる。また、本発明では、これら二硫化モリブデン粉末や上記PTFE樹脂粉末の分散を促進させ、かつこれら粉末の分散状態を安定に保ち、摺動面となるマスター軸の表面共析を促進させるために、めっき液中に界面活性剤を配合したものが好ましい。
【0030】
上記固体潤滑剤の含有量(共析量)は、上記電鋳部の全体の重量に対して10〜40重量%であることが好ましい。電鋳部における固体潤滑剤の含有量が10重量%未満であると、低摩擦化が十分に図れない。また、40重量%をこえると、摺動面から固体潤滑剤が脱落するなどのおそれがある。なお、めっき液中の固体潤滑剤の含有量は、上記共析量の範囲を満たせるように適宜調整される。
【0031】
上記固体潤滑剤の平均粒子径は、0.3〜10μmであることが好ましく、より好ましくは0.3〜5μmである。平均粒子径が0.3μm未満であると、固体潤滑剤の粉末が凝集して塊となり、摺動面が円滑な面とならない。また、平均粒子径が10μmをこえると、摺動面に析出(露出)しにくくなる。また、析出した場合でも、摺動面が円滑な面とならない。また、電鋳部に保持されにくく脱落するおそれがある。
【0032】
上記固体潤滑剤をめっき液中に分散させる方法としては、例えば、固体潤滑剤を溶媒と混合した混合液をめっき液に加えた後、溶媒を除去して固体潤滑剤を含有するめっき液を得る方法などが挙げられる。
【0033】
上記溶媒としては、安価でめっき液から蒸発させることが容易である低級アルコールを用いることが好ましい。このような低級アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロパノールなどが挙げられる。また、低級アルコールを除去する方法としては、例えば、エアレーション、減圧除去等が挙げられる。低級アルコールを蒸発させる際の温度としては、低級アルコールのみが蒸発し、めっき液の溶媒が蒸発しないような温度であることが好ましい。上記温度は、低級アルコールおよびめっき液の溶媒の種類に応じて適宜調整される。
【0034】
めっき液中で固体潤滑剤の分散を促進させ、かつ固体潤滑剤の分散状態を安定に保ち、摺動面での共析を促進させるために、めっき液中に界面活性剤を配合することが好ましい。本発明に使用できる界面活性剤としては、アニオン性、カチオン性、ノニオン性界面活性剤が挙げられる。これらの中で、固体潤滑剤の分散性がよく、該固体潤滑剤の共析を促進できることから、カチオン性界面活性剤を用いることが好ましい。
【0035】
カチオン性界面活性剤としては、第四級アンモニウム塩、アミノハロゲン塩等を使用できる。第四級アンモニウム塩としては、例えば、ジメチルジオクタデシルアンモニウムの塩化物や臭化物等のジメチルジアルキルアンモニウム塩、ジメチルオクタデシルベンジルアンモニウムの塩化物や臭化物やジメチルステアリルベンジルアンモニウムの塩化物や臭化物等のジメチルアルキルベンジルアンモニウム塩、トリメチルステアリルアンモニウムの塩化物や臭化物等のトリメチルアルキルアンモニウム塩が挙げられる。また、カチオン性界面活性剤の中でも、より好ましくは、フッ素系のカチオン性界面活性剤であり、ネオス社製のフタージェント300、310などが挙げられる。
【0036】
上記界面活性剤のめっき液中の含有量は、0.001〜1重量%で、特に0.01〜1重量%であることが好ましい。界面活性剤の含有量が0.001重量%未満であると、固体潤滑剤の分散状態を十分に安定させることができない。一方、1重量%をこえると、めっき液中での泡の発生など、めっきの安定性を損ねるおそれがある。
【0037】
上記界面活性剤の他、めっき液は、レベリング剤、ピット防止剤、pH緩衝剤、錯化剤等の添加剤を含有していてもよい。めっき液に使用される添加剤の種類としては、めっき基材(金属)の種類に応じて適宜選択する。
【0038】
また、電鋳部3には、保油体を含有させることが好ましい。保油体を含有させることで、摺動面となるめっき析出開始面の潤滑性が向上する。保油体は、めっき液中に分散させておくことで、摺動部材上にめっき金属とともに析出する。保油体としては、摺動部材の摺動面から保持している油を適当な速度で滲出させることのできる材料であれば使用することができる。例えば、比表面積の大きな多孔質材料である、多孔質シリカ、炭酸カルシウム、タルク、クレー、活性炭などに潤滑油を含浸させたもの、超高分子量オレフィン樹脂などに潤滑油を保持させたもの(含油樹脂)などが挙げられる。これらの中で、潤滑油保持量が多いことから、多孔質シリカに潤滑油を含浸した含油シリカを用いることが好ましい。
【0039】
多孔質シリカとしては、連続孔を有し、潤滑油を含浸・保持できる多孔質シリカであれば使用できる。好ましい多孔質シリカは非晶質の二酸化ケイ素を主成分とする粉末である。粒子径が3〜8nmの一次微粒子が集合して真球状シリカ粒子を形成した多孔質シリカが、連続孔を有しており、摺動界面のせん断力で破壊する性質があるため、特に好ましい。真球状シリカ粒子の平均粒子径は1〜20μmであることが好ましい。平均粒子径が1μm未満では、潤滑油の含浸量が十分でない。また、平均粒子径が20μmをこえると、めっき液中での分散性が悪くなる。真球状多孔質シリカの市販品としては、サンスフェア(AGCエスアイテック社製)、ゴットボール(鈴木油脂工業社製)等が挙げられる。
【0040】
また、保油体に保持させる潤滑油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、ポリブテン、ポリ−α−オレフィン、アルキルナフタレン、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂とポリオールとのエステル油、リン酸エステル、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン、フッ素化油等の非炭化水素系合成油など、潤滑油として汎用されているものであれば使用できる。
【0041】
なお、潤滑油は、電鋳部を形成させる前および電鋳部を形成させた後のいずれかにおいて保油体に保持させれば良いが、本発明では電鋳部を形成させる前に予め保油体に保持させることで、電鋳部中に存在する保油体のほぼ全体に亘り潤滑油を保油させることが出来るため、摺動面となるめっき析出開始面の潤滑性をより長時間維持できるようになり好ましい。
【0042】
ここで、保油体に保持させる潤滑油は、浸漬あるいは減圧下での含浸などの手段が採用できる。本発明では摺動面の油膜形成性の観点から高粘度の潤滑油を用いつつ、保油体への含浸性を高める目的で、揮発性溶剤と潤滑油の混合液体を保油体に含浸させ、含浸後に熱風乾燥などで溶剤を揮発除去させる手段を取ることが望ましい。
【実施例】
【0043】
実施例1
固体潤滑剤としてPTFE樹脂粉末(喜多村社製 商品名 KTL−2N、平均粒子径:3.0μm)をカチオン性界面活性剤(ネオス社製フタージェント300)とともにNiめっき液に添加し、混合撹拌し、固体潤滑剤を含有する複合めっき液を得た。PTFE樹脂粉末は、めっき金属に対して20重量%添加した。この複合めっき液を用いて、マスター軸に電気めっきを施し、厚さ0.05〜0.4mmの電鋳部を形成した。次に、電鋳部側を固定してマスター軸側を引き抜き円筒形の試験片(内径φ15mm×長さ7mm)を得た。
【0044】
この試験片のめっき析出開始面(摺動面)のSEM写真(×250)を図2に、めっき析出開始面(摺動面)の元素分析(フッ素:図中白い部分)のマッピング写真を図3に、それぞれ示す。図2に示すように、摺動面は円滑な面であり、かつ、図3に示す元素マッピングの結果から、メッキ内に配合した固体潤滑剤であるPTFE樹脂粉末が露出していることが分かる。
【0045】
また、この試験片を以下に示す摩擦試験に供し、めっき析出開始面の摩擦係数を測定した。結果を表1および図5に示す。
【0046】
<摩擦試験>
得られた円筒形試験片を用いて摩擦試験をラジアル型摩擦試験機にて行なった。図4はラジアル型摩擦試験機を示す図である。図4に示すように、該試験機は、試験軸6と、ハウジング8に保持された円筒型試験片5とを有し、試験軸6の外周面と円筒型試験片5の内周面(めっき析出開始面)とが摺接するように配置されている。また、加圧ローラ7を介して、ラジアル荷重Wがハウジング8に負荷されている。試験軸6を回転させたときに発生する試験軸6と円筒形試験片5との摩擦力Fを、ハウジング8の接線力としてロードセル9により検出する。なお、摩擦力Fは、ロードセル測定点と試験軸中心の距離と、試験軸の半径との比より求める。この摩擦力Fをラジアル荷重Wで除することで動摩擦係数を求める。試験条件を以下に示す。

温度:25℃
評価時間:5分間
軸受と試験軸の初期隙間:30μm
試験軸の回転数:190rpm
ラジアル荷重W:9.8N
潤滑油:なし

【0047】
実施例2
固体潤滑剤としてPTFE樹脂粉末の代わりに二硫化モリブデン粉末(ダイゾー社製 商品名 ニチモリ二硫化モリブデンパウダー M−5 粒子径0.45μm)を用いたこと以外は、実施例1同様に処理し、試験片を得た。この試験片を上述の摩擦試験に供し摩擦係数を測定した。結果を表1および図5に併記する。
【0048】
実施例3および実施例4
固体潤滑剤としてPTFE樹脂粉末の代わりにカーボン粉末(エアウォータ社製 商品名 ベルパールCR1−2000:実施例3)、含油シリカ(実施例4)を用いたこと以外は、実施例1同様に処理し、試験片を得た。なお、実施例4の含油シリカは、多孔質シリカ(AGCエスアイテック社製 商品名 サンスフェアH32、平均粒子径3μm)にシリコーン油(信越シリコーン社製 商品名 KF96H)を予め含浸したものを用いた。この試験片を上述の摩擦試験に供し摩擦係数を測定した。結果を表1および図5に併記する。
【0049】
比較例1
固体潤滑剤を用いないこと以外は、実施例1同様に処理し、試験片を得た。この試験片を上述の摩擦試験に供し摩擦係数を測定した。結果を表1および図5に併記する。
【0050】
【表1】

【0051】
各実施例に示すように、固体潤滑剤を配合した試験片では、Ni単体と比較して摩擦係数が実際に低くなっていることが分かった。
【0052】
固体潤滑剤の平均粒子径と、めっき析出開始面(摺動面)における析出量との関係を調べた。固体潤滑剤として平均粒子径の異なる複数のPTFE樹脂粉末(喜多村社製:平均粒子径(μm);0.3、1、2.5、5、10、15)を分散させた水溶液(PTFE濃度50%)と、スルファミン酸ニッケルメッキ浴とを1:1(質量比)で混合したメッキ浴でメッキ厚み0.1mmの板状試験片を作成した。この板状試験片の深さ方向0.05mmの位置について、EDX(堀場製作所社製 :EMAX 7021H)を用い、メッキの成分であるNiとFに着目して定量分析(ZAF補正)を行ない、それぞれのピークの面積から濃度(存在量、重量%)を算出した。このフッ素の存在量(重量%)を、めっき析出開始面(摺動面)におけるフッ素の存在量であるとして、結果を図8に示す。
【0053】
また、固体潤滑剤として平均粒子径の異なる複数のPTFE樹脂粉末(喜多村社製:平均粒子径(μm);0.3、1、2.5、5、10、15)を用いる以外は、実施例1と同様の条件で、円筒形の試験片を得た。この円筒形試験片を上記摩擦試験に供し、開始から5分後までの摩擦係数の経時変化を測定した。結果を図9に示す。
【0054】
図8に示すように、PTFE樹脂の平均粒子径が0.3〜10μmの範囲であると、めっき析出開始面(摺動面)における析出量が多いことが分かった。特に、0.3〜5μmの範囲であると、析出量が顕著に多くなることが分かった。また、図9に示すように、PTFE樹脂の平均粒子径が0.3〜10μmの範囲であると、摩擦係数が低く安定することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の摺動部材は、高精度な摺動面形状を有しつつ、該摺動面の摩擦係数が低く、耐摩耗性にも優れるので、回転、揺動、往復動で相手材と直接に摺接して使用される摺動部材、例えば滑り軸受として好適に利用できる。
【符号の説明】
【0056】
1 滑り軸受
2 樹脂成形部
3 電鋳部
3a めっき析出開始面
4 軸孔
5 円筒型試験片
6 試験軸
7 加圧ローラ
8 ハウジング
9 ロードセル
12 軸孔
13 マスター軸
14 電鋳部
15 樹脂成形部
16 樹脂成形品(マスター軸と樹脂成形部の合体品)
17 樹脂製軸受部品

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体潤滑剤を含有する電鋳部を有し、該電鋳部におけるめっき析出開始面を摺動面とし、該摺動面で相手材と直接に摺接する摺動部材であって、
前記電鋳部は、ニッケル、銅、パラジウム、クロム、ニッケル−コバルト合金、およびスズから選ばれた少なくとも一つの金属をめっき基材とし、前記固体潤滑剤は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末、二硫化モリブデン粉末、ポリベンゾイミダゾール樹脂粉末、ポリエチレン樹脂粉末、カーボン粉末および保油体から選ばれた少なくとも一つであり、
前記固体潤滑剤が、前記電鋳部におけるめっき析出開始面である摺動面に露出していることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記電鋳部は、前記金属、前記固体潤滑剤、およびカチオン系界面活性剤を含有するめっき液を用いて電気めっき法により形成されたものであることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記固体潤滑剤の含有量が、前記電鋳部全体の重量に対して10〜40重量%であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記固体潤滑剤の平均粒子径が、0.3〜10μmであることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の摺動部材。
【請求項5】
前記電鋳部が、前記保油体を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項6】
前記保油体が、含油シリカであることを特徴とする請求項5記載の摺動部材。
【請求項7】
前記保油体が、含油樹脂であることを特徴とする請求項5記載の摺動部材。
【請求項8】
前記摺動部材が、前記電鋳部におけるめっき析出開始面を滑り面とする滑り軸受であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の摺動部材。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−137538(P2011−137538A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−217845(P2010−217845)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】