説明

改質された油脂組成物の製造方法

【課題】 3−MCPD脂肪酸エステル含有量を低減させた油脂組成物、更には3−MCPD脂肪酸エステル及びグリシドール脂肪酸エステル含有量を低減した油脂組成物を提供する。
【解決手段】 3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルを合計で0.300×10-5mol/kgよりも多く含有する油脂を、ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理し、その後200℃以上且つ230℃以下で脱臭することで、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg以下、グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計含有量が1.35×10-5mol/kg以下の油脂組成物を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール(以下、「3−MCPD」と略記することもある。)及び3−MCPD脂肪酸エステル含有量の少ない油脂組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドイツのBfR(ドイツ連邦リスクアセスメント研究所)は、食用油脂、食用油脂使用のマーガリン・調整粉乳等に3−MCPD脂肪酸エステルが含まれることを2007年に発表している。遊離の3−MCPDは醤油等に含まれ、臓器への良性腫瘍形成が確認されており、更には発癌性や毒性が疑われていて、欧州では上限が設定されるなど、規制は強まっており、食用油脂中の3−MCPD及び体内で3−MCPDに変換される可能性のある3−MCPD脂肪酸エステルを低減することが欧州を中心に望まれている。
【0003】
最初の3−MCPDの検出報告は2004年で、その後、フレンチフライ、トーストしたパン、ドーナッツ、クラッカー、コーヒー、ローストしたオオムギやモルト(ビールには検出されていない)、コーヒークリーム、ニシンのピクルス、ソーセージなどから検出されている。多くの場合、食品の熱加工により生じるとされ、濃度は0.2−6.6mg/kgで食品の脂肪画分からのみ検出され、通常、結合型3−MCPDのほうが遊離3−MCPDより多い。また、2006年に油脂の脱臭工程で3−MCPD脂肪酸エステルが多く生じることが報告された。
【0004】
WHO/FAOの発表では、3−MCPDの一日許容摂取量(TDI)は2μg/kg(体重)とされ、体重60kgの人では、一日平均油脂摂取量を12.5gとすると油脂中の3−MCPDの許容濃度は9.6ppmとなり、3−MCPD及びその脂肪酸エステルの合計モル数にすると油脂中の許容濃度は8.74×10-5mol/kgとなる。
【0005】
また、ドイツのBfR(ドイツ連邦リスクアセスメント研究所)は、食用油脂中からグリシドール脂肪酸エステルを検出したことを2009年に発表した。グリシドール脂肪酸エステルは体内で遊離のグリシドールに変換される可能性があり、該グリシドールは発癌性の疑いが濃いことが知られているため(IARC評価:発癌レベル2A)、食用油脂からグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルを低減することも望まれている。
【0006】
食品安全委員会が指標とするグリシドールの暴露マージンは10000以上を確保するとし、グリシドールの仮想的ベンチマーク用量下限値(BMDL10)は4.06mg/kg(BfRデータ)を使用し、同様に計算すると体重60kgの人では、一日平均油脂摂取量を12.5gとすると、油脂中のグリシドールの許容濃度は2.0ppmとなり、グリシドール及びその脂肪酸エステルの合計モル数にすると油脂中の許容濃度は2.70×10-5mol/kgとなる。
【0007】
一方、効率よく、エステル交換油の精製処理を行うことができ、しかも、精製処理されたエステル交換油の酸化安定性の低下などの問題や色調の問題も有効に解決することを目的に、RBD(Refined Bleached Deodorized)パーム油にナトリウムメチラートを添加して、公知の方法でエステル交換した後、活性白土を添加し、減圧下脱色処理をして、固形分を濾過により除去して脱色油を得、該脱色油を230℃で2時間、真空度0.67kPa以下の減圧下で水蒸気脱臭処理して得られた精製油が得られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−31190号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これまで、油脂中の3−MCPD脂肪酸エステル含有量を低減する方法や、3−MCPD脂肪酸エステル及びグリシドール脂肪酸エステルを低減する方法については開示されていない。本発明の目的は、3−MCPD脂肪酸エステル含有量が少ない油脂組成物、更には3−MCPD脂肪酸エステル及びグリシドール脂肪酸エステル含有量が少ない油脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、油脂中の3−MCPD脂肪酸エステル含有量が高くても、化学的エステル交換してから、できるだけ低い温度で脱臭すれば、3−MCPD脂肪酸エステル含有量の低い油脂組成物が好適に得られることを見出し、さらに化学的エステル交換反応後、酸性活性白土処理してから、できるだけ低い温度で脱臭すれば、グリシドール脂肪酸エステルも低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明の第1は、3−MCPD又は3−MCPD脂肪酸エステルを合計で0.30×10-5mol/kgよりも多く含有する油脂を、ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理し、その後200℃以上且つ230℃以下で脱臭することを特徴とする3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg以下の油脂組成物の製造方法に関する。好ましい実施態様は、脱臭後の油脂組成物中のグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計含有量を1.35×10-5mol/kg以下とする前記製造方法に関する。本発明の第2は、ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう、油脂を化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理することを特徴とする、脱臭後の油脂組成物中の3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステル含有量を低減する方法に関する。本発明の第3は、ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう、油脂を化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理することを特徴とする、脱臭後の油脂組成物中の3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステル含有量並びにグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステル含有量を低減する方法に関する。好ましい実施態様は、前記第2、第3の発明において、脱臭後の油脂組成物中の3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの合計含有量を0.30×10-5mol/kg以下、好ましくは0.18×10-5mol/kg以下とする方法に関する。また、好ましい実施態様は、脱臭後の油脂組成物中のグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計含有量を1.35×10-5mol/kg以下、好ましくは0.45×10-5mol/kg以下とする方法に関する。本発明の第4は、前記油脂組成物の製造方法で得られる、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg以下の油脂組成物に関する。本発明の第5は、前記3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg以下の油脂組成物を含んでなる食品に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、脱臭後においても、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの含有量が少ない油脂組成物を提供することができる。更に、本発明によれば、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルだけでなく、グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの含有量も少ない油脂組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】改定ドイツ公定法に準じた3−MCPD及びその脂肪酸エステル、グリシドール及びその脂肪酸エステル含有量の測定方法における<Option A:メチルエステル化>の手順を示す工程図。
【図2】改定ドイツ公定法に準じた3−MCPD及びその脂肪酸エステル、グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステル含有量の測定方法における<Option B:グリシドール除去>の手順を示す工程図。
【図3】改定ドイツ公定法に準じた3−MCPD及びその脂肪酸エステル、グリシドール及びその脂肪酸エステル含有量の測定方法における<誘導体化>の手順を示す工程図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明の油脂組成物の製造方法は、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルを合計で0.30×10-5mol/kgよりも多く含有する油脂を、ナトリウムメチラートの存在下、化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理し、その後200℃以上且つ230℃以下で脱臭することを特徴とする。
【0015】
本発明方法においては、少なくとも以下の工程(1)〜工程(3)を経ることを特徴とする。各工程は、金属触媒によるエステル交換反応工程(1)、酸性活性白土処理工程(2)、脱臭工程(3)である。
【0016】
<金属触媒によるエステル交換反応工程(1)>
まずは、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルを合計で0.30×10-5mol/kg(3−MCPDで0.33ppm)よりも多く含有する油脂を原料とし、常法に従って金属触媒存在下、好ましくはナトリウムメチラートの存在下で、エステル交換反応率が90%以上となるよう化学的エステル交換反応を行う。単に強アルカリ性物質、例えば水酸化ナトリウムを接触させるだけでは3−MCPDを低減できない。該原料は、供されるまでの状態にもよるが、脱酸するなどして予め遊離脂肪酸の量を減らしておくことが好ましい。エステル交換反応は、常圧下で50〜120℃程度の温度での加熱下攪拌することにより行われる。また、通常、エステル交換反応の反応時間は10分〜60分であるが、本発明では、エステル交換反応率が90%以上となるようエステル交換反応を10分以上行う必要があり、好ましくは20〜60分間程度である。
【0017】
本発明が対象とする3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルは、食用油脂、特にパーム由来油脂(パーム油、パームオレイン等)中に高含有されており、例えばマレーシア産RBD(Refined Bleached Deodorized)パーム油のあるロットでは、8.00×10-5mol/kg(3−MCPD量で8.8ppm)含まれている。
【0018】
パーム油以外にも、本発明に用いる原料油脂としては、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルを0.30×10-5mol/kgよりも多く含有すれば本発明の効果を享受でき、特に制限されるものではない。原料油脂としては、サフラワー油、大豆油、ナタネ油、パーム核油、綿実油、ヤシ油、米糠油、ゴマ油、ヒマシ油、亜麻仁油、オリーブ油、桐油、椿油、落花生油、カポック油、カカオ油、木蝋、ヒマワリ油、コーン油などの植物油や、魚油、鯨油、牛脂、豚脂、羊脂、牛脚脂などの動物油を例示することができる。また、これら油脂の硬化油や分別油も使用することができる。
【0019】
本発明において、油脂又は油脂組成物中の3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの含有量の測定は、改定ドイツ公定法(DGF Standard Methods SectionC−FatsC−III 18(09) Ester−bounded 3−chrolopropane−1,2−diol(3−MCPD esters) and glycidol(glycidol esters))に準拠して、まずはオプションAに記載の方法により(図1参照。)、試料となる油脂組成物に酢酸及び塩化ナトリウムを添加し、グリシドール、3−MCPD、およびこれらの脂肪酸エステル類を遊離の3−MCPDに変換し、3−MCPDを誘導体化して測定する。次に、オプションBに記載の方法により(図2参照。)、試料中からグリシドールとその脂肪酸エステル類を取り除き、3−MCPDとその脂肪酸エステルの合計量を測定した。すなわち、改定ドイツ公定法では、3−MCPD脂肪酸エステルを脂肪酸と3−MCPDに分解し、3−MCPDを誘導体化して分析している(図3参照。)。分析値の単位は、mg/kg油脂である。ところが、油脂中には遊離の3−MCPDも存在しうるし、また3−MCPD脂肪酸エステルの種類としては、パルミチン酸エステル、ステアリン酸エステル、リノール酸エステルなどがある。しかしながら、前記のように、改定ドイツ公定法では3−MCPDを間接的に測定しているために、脂肪酸エステルの種類を特定して分析していない。そのために、たとえ、油脂中の3−MCPDの含有量が1mg/kgと分析されても、この数値は遊離の3−MCPDと3−MCPD脂肪酸エステルの合計量であり、3−MCPD脂肪酸エステルの結合脂肪酸の種類について考慮されておらず、不正確な表現と考えられる。そこで本発明では、正確を期すために、改定ドイツ公定法で分析された3−MCPD含有量(mg/kg)を3−MCPDと3−MCPD脂肪酸エステルの合計モル数(mol/kg)に換算した。因みに、改定ドイツ公定法の3−MCPDの1ppmは、3−MCPDステアリン酸エステルに換算すると0.91×10-5mol/kgに相当する。
【0020】
<酸性活性白土処理工程(2)>
工程(1)で得られたエステル交換油を常法に従って酸性活性白土処理する。エステル交換反応とそれに続く酸性活性白土処理を実施することにより、3−MCPDと3−MCPD脂肪酸エステル合計量を0.30×10-5mol/kg以下にできる。エステル交換反応のみ、あるいは酸性活性白土処理のみでは、殆ど低減できない。さらに、理由は不明であるが、エステル交換反応率が90%以下の場合は、0.30X10-5mol/kg以下にできないので注意を要する。一方、グリシドールとグリシドール脂肪酸エステルは、酸性活性白土処理により0.135×10-5mol/kg以下まで低減できる。なお酸性活性白土は、酸性白土やベントナイト等のモンモリロナイト系粘土を酸処理して得られるものであり、これらの粘土を硫酸や塩酸等の鉱酸溶液で処理して、含有する塩基性成分の一部を溶出せしめ、洗浄することによって調製される。効率よく、短時間で酸性活性白土処理を行うために、90〜120℃程度の温度に加熱し且つ減圧下(一般に6.7kPa以下)で混合攪拌を行うことが好適であり、処理量などによって異なるが、一般に10〜30分間程度、混合攪拌を行えばよい。
【0021】
ここで本発明におけるグリシドール脂肪酸エステルとは、グリシドール(2,3−エポキシ−1−プロパノール)の水酸基に脂肪酸を導入したものであり、食用油脂、特にパーム由来油脂(パーム油、パームオレイン等)中に高含有されており、例えばマレーシア産RBDパーム油のあるロットでは、4.46×10-5mol/kg(3.3ppm)含まれている。グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの含有量は、改定ドイツ公定法(DGF Standard Methods SectionC−FatsC−III 18(09) Ester−bounded 3−chrolopropane−1,2−diol(3−MCPD esters) and glycidol(glycidol esters))に準拠して、まずはオプションAに記載の方法により(図1参照。)、試料となる油脂組成物に酢酸及び塩化ナトリウムを添加し、グリシドール、3−MCPD、およびこれらの脂肪酸エステル類を遊離の3−MCPDに変換し、3−MCPDを誘導体化して測定する。次に、オプションB記載の方法により(図2参照。)、試料中からグリシドールとその脂肪酸エステル類を取り除き、3−MCPDとその脂肪酸エステルの合計量を測定した。オプションA分析値からオプションB分析値を差し引くことにより、試料中のグリシドールとグリシドール脂肪酸エステルを分析している(図3参照。)。分析値の単位は、mg/kg油脂である。ところが、油脂中には遊離グリシドールも存在しうるし、またグリシドール脂肪酸エステルの種類としては、グリシドールパルミチン酸エステル、グリシドールステアリン酸エステル、グリシドールリノール酸エステルなどがある。しかしながら、前記のように、改定ドイツ公定法ではグリシドールを間接的に測定しているために、結合脂肪酸の種類を特定して分析していない。そのために、たとえ、1mg/kg油脂と分析されても、この数値は遊離のグリシドールとグリシドール脂肪酸エステルの合計量であり、グリシドール脂肪酸エステルの結合脂肪酸の種類について考慮されておらず、不正確な表現と考えられる。そこで本発明では、正確を期すために、改定ドイツ公定法で分析されたグリシドール含有量(ppm)をグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計モル数(mol/kg)に換算した。因みに、改定ドイツ公定法のグリシドールの1ppmは、グリシドールステアリン酸エステルに換算すると1.35×10-5mol/kgに相当する。
【0022】
<脱臭工程(3)>
本発明においては、通常の油脂精製時の温度よりは低温、即ち好ましくは200℃以上230℃以下、より好ましくは200℃以上230℃未満で脱臭工程を通すことで3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの含有量が少ない油脂を得ることができる。脱臭温度は、200℃未満であれば更に3−MCPD、3−MCPD脂肪酸エステル、グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルを低減できるが、油脂から十分に有臭成分を除去できず、商品性がなくなるので200℃未満にするのは好ましくない。一方、脱臭温度が230℃を超えると、3−MCPDと3−MCPD脂肪酸エステル、グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルが増加するので好ましくない。特に、260℃以上にするとこれらの成分が著しく増加するので極めて好ましくない。該脱臭工程は、温度条件以外に特に制限はなく、食用油脂の脱臭に通常用いられている減圧水蒸気蒸留脱臭法でよい。
【0023】
上記の製造方法により得られる油脂組成物は、脱臭工程の後においても3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの含有量が少なく、3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg(3−MCPD量で0.33ppm)以下であり、更には好ましくは両者の合計含有量が0.18×10-5mol/kg(3−MCPD量で0.2ppm)以下の油脂組成物を得ることができる。また、グリシドールとグリシドール脂肪酸エステルは、工程(1)〜工程(2)を行ったことにより0.135×10-5mol/kg以下まで低減できるが、工程(3)の脱臭により少し増加する。工程(3)は油脂中の有臭成分を除去する工程であり、異臭が残留する油脂は商品価値がなく、必須の工程である。その結果、工程(1)〜工程(3)全てを行った場合は、脱臭工程の後の油脂組成物中のグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの含有量も低く、グリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計含有量が1.35×10-5mol/kg(グリシドール量で1ppm)以下であり、更には両者の合計含有量が0.45×10-5mol/kg(グリシドール量で0.33ppm)以下の油脂組成物を得ることができる。
【実施例】
【0024】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。また、本発明における3−MCPD及び3−MCPD脂肪酸エステル並びにグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステル含有量の測定方法は以下のとおりである。
【0025】
3−MCPD及びその脂肪酸エステル並びにグリシドール及びその脂肪酸エステルの測定法
(改定ドイツ公定法(DGF Standard Methods SectionC−FatsC−III 18(09))に準拠)
[1] 注意事項
1)フェニルボロン酸溶液は用事調製とし、約12.5%になるよう測定日ごとに使用量を調製する。
2)ナトリウムメトキシドは水分により分解しやすいので保存に注意し、0.5mol/Lメタノール溶液は用事調整とする。
3)公定法では、m/z=196を定量イオン、m/z=147を確認用としているが、感度が低いためm/z=147を定量イオンとして設定することとした。
【0026】
[2] 試薬類
<標準溶液>
1)3−MCPD
(i)3−MCPD標準原液(100ppm):約10mgの3−MCPDを秤取し、NaCl溶液で溶解して100mLとする<* 0〜6℃で3ヶ月は保存可能>
(ii)3−MCPD希釈標準溶液(10ppm):(i)の100ppm標準原液を500μL採取し、NaCl溶液で5mLに定容する<* 用事調製>
(iii)3−MPCD希釈標準溶液(1ppm):(i)の100ppm標準原液を50μL採取し、NaCl溶液で5mLに定容する<* 用事調製>
2)3−MCPD−d5(内部標準として使用)
(i)3−MCPD−d5標準原液(100mg/50mL):約100mgの3−MCPDを秤取し、エタノールに溶解し50mLとする<* 0〜6℃で1年は保存可能>
(ii)3−MCPD−d5希釈標準溶液(約20μg/mL t−ブチルメチルエーテル溶液):(i)の標準原液1mLを採取し、t−ブチルメチルエーテルで100mLに定容する<* 0〜6℃で3ヶ月は保存可能>
【0027】
[試薬]
1)超純水
2)酢酸(99%以上)
3)硫酸(conc,塩化物含まないもの)
4)n−プロパノール(残留農薬分析用、5000倍濃縮)
3)メタノール(残留農薬分析用、5000倍濃縮)
5)エタノール
6)ヘキサン(残留農薬分析用、5000倍濃縮)
7)アセトン(残留農薬試験用、5000倍濃縮)
8)酢酸エチル(残留農薬分析用、5000倍濃縮)
9)t−ブチルメチルエーテル(t−BME)(残留農薬分析用、5000倍濃縮)
10)塩化ナトリウム(残留農薬分析用)
11)塩化ナトリウム溶液(NaCl 200g/L溶液):塩化ナトリウム 50gを超純水で溶解し250mLとする。
12)プロパノール/硫酸:0.1mLの濃硫酸を20mLのn−プロパノールに溶解する。<* 用事調製>
13)フェニルボロン酸(PBA,フェニルほう酸)
14)誘導体化試薬(フェニルボロン酸 2.5g/20mL):約12.5%となるようにフェニルボロン酸をアセトン19mLと水1mLで溶解する。<* 用事調製>
15)ナトリウムメトキシド(NaOCH3[分子量54.02])
16)0.5mol/Lナトリウムメトキシド−メタノール溶液:ナトリウムメトキシド1.35gをメタノールで50mLに定容。<* 用事調製(水分により分解しやすいので長期保存は不可)>
17)溶媒A(t−BME/酢酸エチル(8:2)):t−BME 8mLと酢酸エチル 2mLを混合。<* 用事調整>
18)溶媒B(酢酸1mL/30mL NaCl溶液):酢酸1mLをNaCl溶液で溶解し30mLとする。<* 用事調整>
【0028】
[器具]
1)パスツールピペット
2)メスシリンダー 25mL、50mL、100mL
3)メスフラスコ 5mL、50mL、
4)マイクロピペット(容量5000μL、1000μL、200μL)
5)遠沈管(PP製、15mL容)
6)シリンジ
7)フィルター(疎水性)
8)スクリューキャップ付き試験管(容量10mL)
【0029】
[3] 分析方法
<OptionA:メチルエステル化>(図1参照。)
1)試料100mgをスクリューキャップ付き試験管に量りとり、0.5mLの溶媒A(t−BME/酢酸エチル(8:2))を加えて溶解する。
2)希釈内部標準溶液(3−MCPD−d5 20μg/mL t−ブチルメチルエーテル溶液)100μLおよびNaOCH3溶液(0.5mol/Lメタノール溶液)1mLを添加(* この順番で添加すること)し、密栓して5〜10分室温で放置する。
3)この後すぐに、ヘキサン3mLおよび溶媒B(酢酸1mL/30mL NaCl溶液)3mLを加える。
4)振とう後、静置し、ヘキサン層(上層)を除去し(* パスツールピペットを用いて、できるだけ完全に行う)、捨てる。
5)さらにヘキサン3mLを加え、振とう後、静置し、ヘキサン層(上層)をパスツールピペットで完全に取り除き、捨てる。
6)水層については、この後の誘導体化処理を行う。
【0030】
<OptionB:グリシドール除去>(図2参照。)
1)試料100mgをスクリューキャップ付き試験管に量りとり、0.5mLの溶媒A(t−BME/酢酸エチル(8:2))を加えて溶解する。
2)0.5mLの硫酸/n−プロパノール(1:4)溶液を加え、栓をして45℃の超音波水槽に15分入れて混和させる。
3)希釈内部標準溶液(3−MCPD−d5 20μg/mL t−ブチルメチルエーテル溶液)100μLおよびNaOCH3溶液(0.5mol/L メタノール溶液)1mLを添加(* この順番で添加すること)し、密栓して5〜10分室温で放置する。
4)ヘキサン3mLおよび溶媒B(酢酸1mL/30mL NaCl溶液)3mLを加える。
5)振とう後、静置し、ヘキサン層(上層)を除去し(* パスツールピペットを用いてできるだけ完全に行う)、捨てる。
6)さらにヘキサン3mLを加え、振とう後、静置し、ヘキサン層(上層)をパスツールピペットで完全に取り除き、捨てる。
7)水層については、この後の誘導体化処理を行う。
【0031】
<誘導体化>(図3参照。)
1)OptionAおよびBの操作で残りの水層部に誘導体化試薬(フェニルボロン酸 2.5g/20mL(アセトン/水(19:1))500μLを添加し、密栓して80℃で20分加熱する。
2)室温まで冷却した後、ヘキサン2mLを加えて振とうし、3−MCPD誘導体を抽出する。
3)ヘキサン層を採取し、GC/MSにて測定を行う。
4)標準試料の誘導体化
3−MCPD−d5希釈内部標準溶液100μLと3−MCPD希釈標準溶液(10ppm)1mLを添加し最終容量が約3mlになるよう塩化ナトリウム溶液を加えていく。500μLの誘導体化試薬を添加し、密栓して80℃で20分間加熱する。
【0032】
[4] [分析条件]
装置:GC/MS(Agilent製5975C/7890A)
カラム:HP−5MS,内径0.25mm×30m,膜厚0.25μm
注入量:2μL
注入口温度:240℃
スプリットレス時間:1.5分
スプリット流量:20mL/min
キャリアガス:ヘリウム,1.2mL/min,定流量
オーブン温度:60℃(1min)→6℃/min→190℃→20℃/min→280℃(15min)
イオン化:EI(positive)
測定イオン:3−MCPD m/z=147(定量用),196(確認用)*
3−MCPD−d5 m/z=201,150(オプション)
イオン源温度:250℃
四重極:150℃
*公定法ではm/z=196(定量用),147(確認用)としているが、m/z=147のほうが非常に感度が高いので、こちらを定量イオンとして設定した。
【0033】
[5] [定量方法]
〈内部標準法〉
1) STD誘導体化試料(検量線用)の3−MCPDの面積値を内部標準の面積値で割った内標比で検量線を作成する。
2) 3−MCPDの面積値を内部標準の面積値で除した内標比から、切片を減じ、傾きで除して定量値を算出する。
定量値=(3−MCPD面積値/IS面積値−切片)/検量線の傾き
3) オプションBの定量値を試料採取量で除して、3−MCPDの試料中濃度を求める。
3−MCPD量[ppm]=定量値[μg]/試料採取量[mg]×1000
4) オプションAの定量値からオプションBの定量値を減じ、0.67を乗じてグリシドール量を求める(* 0.67=グリシドール分子量[74.08]/3−MCPD分子量[110])。
グリシドール量[ppm]=(3−MCPD(A) − 3−MCPD(B))×0.67
5) 前記3)で得られた3−MCPD量[ppm]を[mol/kg]に換算する。
6) 前記4)で得られたグリシドール量[ppm]を[mol/kg]に換算する。
【0034】
(実施例1)
RBD(Rifined Bleached Deodorized、3-MCPD 8.1ppm、グリシドール 3.3ppm)パーム油1000gについて、4kPa、90℃の減圧下で20分脱水後、ナトリウムメチラート(商品名:ソジウムメチラート、日本曹達社製)を0.5重量部添加し、4kPa、90℃の減圧下で30分間、化学的エステル交換反応を行った。5重量部の水を加えて軽く混合し、化学的エステル交換反応を停止した。70℃で30分間静置し、遠心分離により生成したセッケン分を除去した。ついで、油脂100部に酸性活性白土(商品名:ガレオンアースV2、水澤化学工業製)を1.0部添加し、真空度4kPaの減圧下で、90℃、30分間脱色処理を行った。酸性活性白土は、ろ紙(商品名:東洋ろ紙No.2、アドバンテック製)を用いて減圧ろ過により取り除き脱色油を得た。この脱色油800gを250℃、60分、真空度0.4kPa以下、吹込み水蒸気量3.0%(対油重量%)の条件で脱臭処理を行い、脱臭油を得た。エステル交換油、脱色油及び脱臭油について、3-MCPD及び3-MCPD脂肪酸エステル並びにグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステル含有量を測定した。
【0035】
(実施例2)
原料油脂を、RBDパーム油50重量部とヤシ油50重量部の混合油1000gとし、脱臭温度を220℃とした以外は実施例1と同様にして、化学的エステル交換反応を行い、ついで、脱色、脱臭操作を行った。
【0036】
(実施例3)
脱臭温度を200℃とした以外は、実施例1と同様にして脱臭油を得た。
【0037】
(比較例1)
化学的エステル交換反応を行わない以外は、RBDパーム油1000gを実施例1と同様の条件で脱色、脱臭した。
【0038】
(比較例2)
化学的エステル交換反応を行わず、RBDパーム油1000gに48重量%水酸化ナトリウム水溶液を1重量部加え、70℃で10分間反応させ、生成したセッケン分を遠心分離により除去した。次いで、比較例1と同様の条件で脱色、脱臭を行い、脱臭油を得た。
【0039】
(比較例3)
化学的エステル交換反応を行わず、RBDパーム油1000gに14.3重量%水酸化ナトリウム水溶液を加え、以下比較例1と同様の操作を行い、脱臭油を得た。
【0040】
(比較例4)
化学エステル交換反応時間を1分とした以外は、実施例1と同様にして、化学的エステル交換反応、脱色、脱臭操作を行い、脱臭油を得た。
【0041】
(比較例5)
エステル交換反応時間を10分とした以外は、実施例1と同様にして、脱臭油を得た。
【0042】
(比較例6)
エステル交換反応時間を20分とした以外は、実施例1と同様にして、脱臭油を得た。
【0043】
以上の実施例及び比較例における製造条件、エステル交換反応率、並びに改定ドイツ公定法に準じて分析した3-MCPD脂肪酸エステル及びグルシドール脂肪酸エステル含有量を表1に示す。また、前記で得られた3-MCPD脂肪酸エステル及びグルシドール脂肪酸エステル含有量を、3-MCPD及び3-MCPD脂肪酸エステルの合計含有量「mol/kg]並びにグリシドール及びグルシドール脂肪酸エステルの合計含有量[mol/kg]に換算した結果を表2に示した。なお、エステル交換反応率は、反応前後の構成脂肪酸の炭素数合計(以下、総炭素数)C50のトリアシルグリセリン量を測定し、以下の計算式により算出した。
エステル交換反応率(%)=[(反応時間tのC50含量)/(反応前のC50含量−反応時間60分時点のC50含量)]×100
なお、総炭素数C50の分析は、AOCS(American Oil Chemist‘s Society)Cd−11b−91 Determination of Mono− and Diglycerides by Capillary Gas Chromatography)の方法により測定した。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
表1、2に示すとおり、本発明によれば、エステル交換反応率が90%以上となるようエステル交換反応を行った後、酸性活性白土処理することにより、脱臭後に得られる油脂組成物中の3-MCPD及び3-MCPD脂肪酸エステル並びにグルシドール及びグルシドール脂肪酸エステルの含有量を低減することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール及び3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール脂肪酸エステルを合計で0.30×10-5mol/kgよりも多く含有する油脂を、ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理し、その後200℃以上且つ230℃以下で脱臭することを特徴とする、3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール及び3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg以下の油脂組成物の製造方法。
【請求項2】
脱臭後の油脂組成物中のグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計含有量を1.35×10-5mol/kg以下とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう油脂を化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理することを特徴とする、脱臭後の油脂組成物中の3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール及び3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール脂肪酸エステル含有量を低減する方法。
【請求項4】
ナトリウムメチラートの存在下、エステル交換反応率が90%以上となるよう油脂を化学的エステル交換した後、酸性活性白土処理することを特徴とする、脱臭後の油脂組成物中の3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール及び3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール脂肪酸エステル含有量並びにグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステル含有量を低減する方法。
【請求項5】
脱臭後の油脂組成物中の3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール及び3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール脂肪酸エステルの合計含有量を0.30×10-5mol/kg以下とする請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
脱臭後の油脂組成物中のグリシドール及びグリシドール脂肪酸エステルの合計含有量を1.35×10-5mol/kg以下とする請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の油脂組成物の製造方法で得られる、3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール及び3−モノクロロプロパン−1,2−ジオール脂肪酸エステルの合計含有量が0.30×10-5mol/kg以下の油脂組成物。
【請求項8】
請求項7に記載の油脂組成物を含んでなる食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−136655(P2012−136655A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290825(P2010−290825)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(591040144)太陽油脂株式会社 (17)
【Fターム(参考)】