説明

放電能力推定装置、それを備える乗物の制御システム及び放電能力推定方法

【課題】 バッテリの内部抵抗や最大放電電流量を直接測定及び推定しなくてもバッテリの放電能力を推定することができる放電能力推定装置を提供する。
【解決手段】 エンジンECU40は、エンジンEのクランク軸19を回転させてエンジンEを始動させるモーター23に電力を供給するバッテリ21の放電能力を推定するようになっている。エンジンECU40は、クランク軸19の回転始動期間におけるクランク軸19の角加速状態に基づいてバッテリ21の放電能力を推定するようになっている

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのクランク軸を回転させてエンジンを始動させる電動機に電力を供給するバッテリの放電能力を推定する放電能力推定装置、それを備えるアイドリング運転システム及び電動機器始動システム並びに放電能力推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車等のエンジンを備える車両では、走行停止中にアイドリング運転を停止させる技術が適用されたものがある。この技術では、走行を停止するとエンジンの運転を止め、再び走行開始する際に自動的にスターターモーターを駆動させてエンジンを始動させるようになっている。この技術では、スターターモーターが始動を繰り返すため、走行停止中も継続的にアイドリング運転を行なっている車両よりもバッテリの電力消費量が大きい。それ故、バッテリの残量がなくなってエンジンを始動できないという事態が起こるおそれがあり、バッテリの放電能力を予め推定することが好ましい。バッテリの放電能力は、バッテリの内部抵抗、バッテリの最大放電電流量及びバッテリの現在の電圧とに基づいて予測することができ、バッテリの最大放電電流量を求める方法としては、センサにより検出する方法と、特許文献1に記載の車載バッテリの状態推定装置のように推定する方法とが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4459997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
バッテリの最大放電電流量をセンサにより検出する場合、最大放電電流量を高精度で測定可能なセンサが必要となる。しかし、このような高精度なセンサは非常に高価であるのでコストパフォーマンスの観点から採用することは難しい。このような課題を解決すべく特許文献1では、バッテリの最大放電電流量をバッテリの内部抵抗に基づいて推定することが提案されている。しかし、バッテリでは、使用後において分極が発生し、この分極の影響により演算される内部抵抗が本来の内部抵抗より低くなることがある。また、この分極は、使用後の経過時間と共に減少する傾向にあるため、その影響を正確に把握することが難しい。
【0005】
そこで本発明は、バッテリの内部抵抗や最大放電電流量を直接測定及び推定しなくてもバッテリの放電能力を推定することができる放電能力推定装置、それ備える乗物の制御システム、及び放電能力推定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の放電能力推定装置は、エンジンのクランク軸を回転させて前記エンジンを始動させる電動機に電力を供給するバッテリの放電能力を推定する放電能力推定装置であって、前記クランク軸の回転始動期間における前記クランク軸の角加速状態に基づいて前記バッテリの放電能力を推定するものである。
【0007】
本発明に従えば、エンジン始動時のクランク軸の角加速状態は、電動機始動時の電流の流れ方と対応している。そのため、エンジン始動時初期のクランク軸の角加速状態を検出することでエンジン始動時におけるバッテリの放電能力(放電可能な電流)を推定することができる。これにより、電動機始動時の突入電流のような大電流を直接測定したり推定したりすることなくバッテリの放電能力を推定することができる。また、クランク軸の角加速状態に基づくことにより、バッテリの放電能力だけでなく、ピストンに作用するフリクション、エンジンの温度、及び外気温度等も考慮して実際にエンジンを始動できるか否かを確認することができる。
【0008】
上記発明において、前記角加速状態は、前記クランク軸の回転角を検出する回転角センサに基づいて演算されることが好ましい。
【0009】
上記構成に従えば、回転角センサの検出結果により角加速状態を演算することでバッテリの放電能力を推定することができる。回転角センサは、エンジンの回転数を検出すべく既存する可能性が高い。それ故、部品点数を抑えることができ、製造コストを抑えることができる。
【0010】
上記発明において、前記エンジン又は外気の温度に基づいて前記バッテリの推定された放電能力を補正することが好ましい。
【0011】
エンジンの温度や外気の温度の変化によりエンジンのクランキングトルクが変化するので、クランク軸の角加速状態とバッテリの放電能力との対応関係が変化する。上記構成に従えば、バッテリの推定された放電能力をエンジンの温度や外気の温度に応じて補正するので、エンジンの温度や外気の温度の影響を排して放電能力を精度よく推定することができる。
【0012】
上記発明において、前記バッテリから前記電動機に供給される電流又は電圧に相当する相当値であって、前記エンジンのクランキング中の前記電動機の始動直後の第1時間帯を除く第2時間帯における前記相当値の最大値及び最小値のうち少なくとも一方に基づいて前記バッテリの放電能力を推定することが好ましい。
【0013】
上記構成に従えば、第2時間帯の相当値の変化は、第1時間帯の相当値の変化に比べて、時間経過に対する変化率が小さいので、検出周期を過度に小さくしなくても、相当値の極値誤差を少なくすることができ、精度よくバッテリの放電能力を推定することができる。
【0014】
上記発明において、前記第2時間帯の前記相当値の最大値及び最小値の差に基づいて前記バッテリの放電能力を推定することが好ましい。
【0015】
上記構成に従えば、バッテリの分極等の影響が相殺されるため、第2時間帯に発生する電動機の最大及び最小トルクの差を推定することができる。この差は、ポンピング時におけるクランク軸の加速力に対応しており、バッテリの放電能力に応じて変化する。従って、差に基づいて前記放電能力を推定することでバッテリの放電能力及び劣化をより正確に推定することができる。
【0016】
上記発明において、前記バッテリの温度に基づいて前記バッテリの推定された放電能力を補正することが好ましい。
【0017】
バッテリの放電能力は、バッテリの温度により変化する。上記構成に従えば、バッテリの推定された放電能力をバッテリの温度に応じて補正するので、バッテリの温度の影響を排して放電能力を精度よく推定することができる。
【0018】
本発明の乗物の制御システムは、前述の何れか1つの放電能力推定装置と、前記放電能力推定装置により推定された推定結果に基づいて、前記電動機がバッテリから電力供給を受けて前記クランク軸を作動可能か否かを判定する作動判定装置と、前記クランク軸が回転することで発電して前記バッテリに電力を供給する発電機と、作動可能と判定されると走行停止時に前記エンジンによる前記クランク軸の回転を停止し、作動不可と判定されると走行停止時に前記クランク軸を停止せずに前記発電機により前記バッテリに電力を供給させるものである。
【0019】
上記構成に従えば、エンジンにおいてクランク軸が停止した後に電動機を用いたエンジンの始動ができなくなることを防ぐことができる。
【0020】
本発明の乗物の制御システムは、前述の何れか1つの放電能力推定装置と、前記放電能力推定装置により推定された推定結果に基づいて、前記バッテリから電力供給を受けて作動する電動機器の作動可否を判定する作動判定装置と、作動可能と判定されると前記電動機器を作動し、作動不可と判定されると前記電動機器を作動しない駆動制御装置とを備えるものである。
【0021】
上記構成に従えば、放電能力が低い場合に、電動機器が作動してバッテリの電力が消費されることを防ぐことができる。これにより、電動機の始動ができなくなるまで電動機器によりバッテリの電力が消費されることを防ぐことができる。
【0022】
上記発明において、前記放電能力推定装置により推定された推定結果と所定の作動判定基準とを比較して作動可否を判定し、且つ前記バッテリの温度に基づいて前記作動判定基準を補正することが好ましい。
【0023】
前記バッテリの温度に応じて電動機の作動可能な条件が変化する。上記構成に従えば、前記バッテリの温度に応じて作動判定基準を補正するので、前記バッテリの温度の影響を排することができ、前記バッテリの温度によって電動機が作動しなくなることを防ぐことができる。
【0024】
本発明の放電能力推定方法は、エンジンのクランク軸を回転させて前記エンジンを始動させる電動機に電力を供給するバッテリの放電能力を推定する放電能力推定方法であって、前記クランク軸の回転始動期間における前記クランク軸の角加速状態に基づいて前記バッテリの放電能力を推定する方法である。
【0025】
本発明に従えば、エンジン始動時のクランク軸の角加速状態を検出することでエンジン始動時におけるバッテリの放電能力(放電可能な電流)を推定することができる。これにより、電動機始動時の突入電流のような大電流を直接測定したり推定したりすることなくバッテリの放電能力を推定することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、バッテリの内部抵抗や最大放電電流量を直接測定及び推定しなくてもバッテリの放電能力を推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態に係るエンジンECUを備える自動二輪車を示す右側面図である。
【図2】図1に自動二輪車に搭載された制御システムの構成を示すブロック図である。
【図3】図1に示すエンジンECUが実行するバッテリの放電能力推定方法の手順を示すフローチャートである。
【図4】エンジン始動時におけるクランク角速度及びバッテリの通電状態の経時変化を示すグラフである。
【図5】図1に示すエンジンECUが実行するアイドリングストップ方法の手順を示すフローチャートである。
【図6】走行時の充放電判定の時系列推移を示すグラフである。
【図7】放電可能電流と放電持続力との関係とバッテリの状態とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明に係る実施形態の放電能力推定装置であるエンジンECU40を備える自動二輪車1について図面を参照して説明する。以下の説明で用いる方向の概念は、自動二輪車に騎乗した運転者が見た方向を基準とする。
【0029】
自動二輪車1は、図1に示すように運転者が騎乗可能な車体4を備えており、車体4の前側に前輪2及び後側に後輪3が軸支されている。また、車体4の前側の上部には、バー型のハンドル6が位置しており、車体4の前後方向中間部には、エンジンEが搭載されている。エンジンEは、図2に示すように4つのシリンダ14を有している。各シリンダ14には、吸気ポート14aと排気ポート14bとが形成されており、吸気ポート14aには、吸気通路15が繋がっている。吸気通路15は、燃料タンク12の下方に配置されたエアクリーナ(図示せず)に繋がっており、前方からの走行風圧を利用して外気を取り込む構成となっている。また、吸気通路15のエアクリーナの下流側には、後述する吸気温センサ32、スロットル装置16及びインジェクタ17が設けられている。スロットル装置16は、吸気通路15を介してエンジンEに供給される吸気量を調整し、インジェクタ17は、吸気通路15を流れる空気に燃料を噴謝するようになっている。これにより、空気と燃料とが混合された混合気体が吸気ポート14aを介してシリンダ14内に吸気されるようになっている。
【0030】
シリンダ14内には、ピストン18の先端部が往復運動可能に嵌挿されている。また、ピストン18の基端部は、クランク軸19に繋がっており、クランク軸19が回転することでピストン18がシリンダ14内を往復運動するようになっている。クランク軸19は、左右方向に延在しており、その一端部にジェネレータ20が取付けられている。発電機であるジェネレータ20は、整流回路24を介してバッテリ21に電気的に接続されている。ジェネレータ20は、クランク軸19が回転することで発電するようになっており、整流回路24は、ジェネレータ20で発電された交流電力を直流電力に変換してバッテリ21に蓄電するようになっている。
【0031】
また、クランク軸19の一端部側には、ギヤ列22を介してスターターモーター(以下、単に「モーター」とも言う)23が接続されている。電動機であるモーター23は、電磁開閉器25を介してバッテリ21に電気的に接続されている。電磁開閉器25は、バッテリ21とモーター23との間の電気回路を開閉できるようになっている。バッテリ21とモーター23との間の回路を閉じることでバッテリ21から放電された直流電力がモーター23に供給される。これにより、モーター23がクランク軸19を回転させるようになっている。
【0032】
このように構成されるエンジンEは、4サイクルエンジンであり、クランク軸19が回転してピストン18が下降することで吸気バルブ25aが動いて吸気ポート14aが開き、シリンダ14内に混合気体が吸気される。その後、クランク軸19が回転してピストン18が上昇する際に吸気バルブ25aによって吸気ポート14aが閉じられてシリンダ14内の混合気体が圧縮される。圧縮後、点火装置28により圧縮された混合気体を燃焼させてピストン18を強制的に下降させてクランク軸19を回転させる。更にクランク軸19が回転してピストン18を上昇させると排気バルブ25bが動いて排気ポート14bを開く。これにより排気ガスが排気管及びマフラーを介して大気に排気されるようになっている。このように動作する各ピストン18は、吸気行程、圧縮行程、膨張行程、及び排気行程を互いに入れ替わるように行い、燃焼行程中では、何れかのピストン18がクランク軸19を回転させるようになっている。
【0033】
また、クランク軸19の他端部には、クラッチ機構26を介して変速装置27が接続されている。変速装置27は、クランク軸19の回転を変速段位に応じた減速比で減速して出力するようになっており、この出力(駆動力)がチェーン等の伝達機構(図示せず)を介して後輪3に伝達されるようになっている。クラッチ機構26は、車体4のハンドル6の左側部分に設けられているクラッチレバー8の操作に応じてクランク軸19と変速装置27との間における機械的な接続及び遮断を切換えるようになっており、ギア比を変更する際にクランク軸19と変速装置27との間を機械的に遮断すべく使用される。
【0034】
このように構成されるエンジンE及び変速装置27の各部には、各種センサが取付けられている。具体的には、スロットル装置16にスロットルバルブの位置(角度)を検出するスロットルポジションセンサ31が取付けられ、エアクリーナ(図示せず)に吸気温度を検出する吸気温センサ32が取付けられ、クラッチレバー8にその操作の有無を検出するクラッチスイッチ33が取付けられている。また、クランク軸19には、クランク軸19の回転角(又はエンジン回転数)を検出すべくクランク角センサ35(エンジン回転数センサ)が取付けられており、エンジンEには、エンジンEの冷却水温度を検出する水温センサ36が取付けられている。水温センサ36は、エンジンE内部に流れる冷却水の温度を測定することによってエンジンEの温度を擬似的に検出するようになっている。更に、バッテリ21には、バッテリ温度センサ37及び電圧センサ34が取付られており、バッテリ温度センサ37によってバッテリ21の温度を測定し、電圧センサ34によってバッテリ21から放電される電圧を検出することができる。
【0035】
これらの各センサ31〜37は、エンジン制御装置であるエンジンECU40に電気的に接続されており、このエンジンECU40には、更にメインスイッチ38及びセルスイッチ39が電気的に接続されている。メインスイッチ38は、自動二輪車1に備わる電装系統への電力供給と遮断とを切換えるためのスイッチであり、セルスイッチ39は、エンジンEの始動を指示するためのスイッチである。また、エンジンECU40には、警告表示装置54が接続されており、警告表示装置54は、様々な警告を表示できるようになっている。
【0036】
放電能力推定装置、始動判定装置、及び運転制御装置の機能を有するエンジンECU40は、各センサ31〜37からの検出結果及び各スイッチ38〜39からの指令に基づいてエンジンEの動きを制御すると共に、後述する放電能力推定方法によりバッテリ21の放電能力を推定するようになっている。更に具体的に説明すると、エンジンECU40は、基本的にエンジン制御部41と放電能力推定部42とアイドリングストップ判定部43とを有している。
【0037】
エンジン制御部41は、スロットル装置16、点火装置28、及びインジェクタ17に電気的に接続されており、センサ31,35等の検出結果に基づいて各装置16,17,28の動作を制御するようになっている。また、エンジン制御部41は、モーター制御部47に電気的に接続されている。モーター制御部47は、エンジン制御部41からの指令に応じて電磁開閉器25を駆動してモーター23を動かすようになっている。
【0038】
また、放電能力推定部42は、クランク角センサ35、及び電圧センサ34の検出結果に基づいて放電能力を演算して推定し、水温センサ36及びバッテリ温度センサ37の検出結果に基づいて推定された放電能力を補正するようになっている。更に、放電能力推定部42は、メモリ48に予め記憶されている運転パターン(走行開始、走行中、アイドリング停止等)毎の単位時間当たりの電力消費量及び充電量に基づいてバッテリ21の放電量やバッテリ21への充電量を推定するようになっている。アイドリングストップ判定部43は、放電能力推定部42の補正後の推定結果に基づいてメモリ48に予め記憶された閾値(後述する移行禁止閾値や不良閾値)をバッテリ21の放電能力が越えているか否か、例えばクランク軸19を回転させてエンジンEを始動できる電力をバッテリ21からモーター23に供給できるか否かを判定するようになっている。
【0039】
また、自動二輪車1では、電動ブレーキ装置50を備えており、この電動ブレーキ装置50によって前輪2及び後輪3に夫々設けられる油圧駆動のブレーキ機構49F,49R(図1参照)のブレーキ力を調整できるようになっている。電動機器である電動ブレーキ装置50は、いわゆるアンチロックブレーキシステムや連動ブレーキシステムであり、図示しない制動用モーターがバッテリ21から電力供給を受けて油圧ポンプを駆動させるようになっている。油圧ポンプから吐出された作動油が油圧回路を介してブレーキ機構に供給され、ブレーキ機構を作動するようになっている。油圧回路は、そこに備わる複数の電磁バルブ(図示せず)によりブレーキ機構に圧送される作動油の油圧を調整するようになっており、油圧を調整することで前輪2及び後輪3に発生するブレーキ力を調整することができるようになっている。
【0040】
このように構成される電動ブレーキ装置50は、電動制動用ECU51に電気的に接続されている。また、駆動制御装置である電動制動用ECU51は、前輪車速センサ52及び後輪車速センサ53が接続されており、これらのセンサ52,53の検出結果に基づいて電動ブレーキ装置50の制動用モーター及び複数のバルブの動作を制御するようになっている。この電動制動用ECU51は、エンジンECU40と電気的に接続されている。
【0041】
[放電能力推定方法]
このように構成されるエンジンECU40では、前述の通り、放電能力推定部42がバッテリ21の放電能力を推定するようになっている。以下では、放電能力推定部42による放電能力推定方法について、図3のフローチャート及び図4のグラフを参照しながら説明する。
【0042】
エンジンECU40がモーター23に電流を流して(つまり、モーター始動指令を与えて)エンジンEを始動すると、放電能力推定方法を開始すべくステップS1に移行する。放電可能電流推定工程であるステップS1では、まず回転始動期間におけるクランク軸19の角加速状態を演算する。回転始動期間とは、クランク軸19の始動直後(即ち、エンジンECU40がモーター23にモーター始動指令を与えた直後)からエンジンEの動力によりクランク軸19が回転するまで(即ち、燃料点火されるまで)の間の所定期間である。ここで、クランク軸19の角加速状態とは、2つの角度位置を回動するのに必要な回動時間で表されている。回動時間の演算は、クランク角センサ35からの検出結果に基づいて行なわれ、放電能力推定部42は、クランク軸19が予め定められた第1の角度αまで回転すると時間計測を開始し、第1の角度αに達してから第2の角度βまで回転するのに必要な時間tを演算する。
【0043】
回転始動期間では、エンジンEで燃焼点火が実行されていない。そのため、回転始動期間におけるクランク軸19の角加速状態は、モーター23で発生したトルクだけに対応している。また、モーター23で発生したトルクは、バッテリ21からの放電電流に対応している。つまり、回転始動期間初期におけるクランク軸19の角加速状態は、回転始動期間初期におけるバッテリ21の放電電流に対応している。従って、回転始動期間初期におけるクランク軸19の角加速状態を演算することでエンジンE始動時におけるバッテリ21の放電能力の1つである放電可能電流が推定される。ここで放電可能電流は、クランク軸19の角加速状態が小さいほど(即ち、角加速度が大きいほど)放電能力が大きいと推定される。これにより、バッテリ21の突入電流のような大電流を直接測定したり推定したりすることなくバッテリ21の放電能力を推定することができる。また、エンジンEの回転数を検出すべく既存する可能性が高いクランク角センサ35の検出結果により角加速状態を演算することでバッテリ21の放電能力を推定することができる。それ故、部品点数を抑えることができ、製造コストを抑えることができる。角加速状態を演算して放電能力を推定すると、ステップS2へと移行する。
【0044】
電圧検出工程であるステップS2では、電圧センサ34からの検出結果に基づいてバッテリ21から放電される電圧の最小電圧及び最大電圧をエンジンECU40が演算する。更に詳細に説明すると、エンジンECU40は、エンジンEのクランキング中であってモーター23始動直後の始動時間帯(第1時間帯)T1(図4参照)を除く点火前時間帯(第2時間帯)T2(図4参照)における最小電圧及び最大電圧を演算する。ここで、第1時間帯である始動時間帯T1とは、モーター23に突入電流が流されて(図4の時刻t2参照)から、その後、バッテリ21から放電される放電電圧が上昇して最初に下降に転じる(図4の時刻t3参照)までの時間帯である。また、第2時間帯である点火前時間帯T2とは、放電電圧が上昇して最初に下降に転じたとき(図4の時刻t3)から点火装置28が点火される(図4の時刻t4)までの時間帯である。なお、本実施形態では、放電電圧が上昇して最初に下降に転じてからクランク軸19が所定回転数(又は所定角度)回転するまでの時間を点火前時間帯T2としており、前記所定回転数は、供給電圧が上昇して最初に下降に転じてから燃料点火を開始するまでの任意の回転数である。この所定回転数は、ピストン18の圧縮行程及び膨張行程とが最低1回ずつ含まれる回転数が好ましく、4サイクルエンジンでは例えば1回転以上である。ここでエンジンECU40が最小及び最大電圧を検出すると、ステップS3へと移行する。
【0045】
放電持続力推定工程であるステップS3では、ステップS2で検出された最小電圧と最大電圧との差を演算する。最小電圧と最大電圧との差をとることで、バッテリ21の分極等を相殺することができる。また、点火前における放電電圧は、バッテリ21の放電電流、即ちモーター23のトルクに対応しており、電圧が最小となった際にモーター23のトルクが最大となり、電圧が最大となった際にモーター23のトルクが最小となる。つまり、電圧差は、モーター23の最小トルクと最大トルクとの差(以下、単に「トルク差」ともいう)に対応している。このトルク差は、ピストン18をポンピングさせるために必要なモーター23のトルクとなる。
【0046】
モーター23はピストン18に作用するフリクションに抗してピストン18を往復運動させるので、始動時にピストン18をポンピングさせるために必要なモーター23のトルク差は略一定である。それにもかかわらず、電圧差が変動するということは、バッテリ21の過放電や劣化による内部抵抗の増加等によりバッテリ21からの放電能力が低下しているためであり、バッテリ21の過放電や劣化が進むに連れて電圧差が大きくなる。また、電圧差が大きくなるとバッテリ21が所定の電圧放電を持続してクランク軸19を回転し続けることができなくなる。従って、電圧差の逆数を演算することでバッテリ21の放電能力の1つである放電持続力(バッテリ21が所定の電圧放電を持続してクランク軸19を回転し続けることができるか否かを示す指標)が推定され、バッテリ21の状態(過放電や劣化)を推定することができる。
【0047】
このように、放電持続力は、点火前時間帯T2の電圧の変化に基づいて演算されている。点火前時間帯T2における電圧の変化は、始動時間帯T1の電圧の変化に比べて時間経過に対する変化率が小さい。それ故、検出周期を過度に小さくしなくても電圧差の極値誤差を少なくすることができ、精度よくバッテリの放電能力を推定することができる。なお、本実施形態では、電圧差によって放電持続力を推定したが、バッテリ21から放流される最小電流と最大電流との差に基づいて放電持続力を推定してもよい。電圧差を演算すると、ステップS4に移行する。
【0048】
補正工程であるステップS4では、吸気温センサ32、水温センサ36及びバッテリ温度センサ37の検出結果に基づいて放電能力推定部42が推定された放電可能電流を補正する。エンジンEでは、外気の温度及びエンジンの温度によりクランク軸19に対する機械的抵抗が変動するため、モーター23の角加速状態とバッテリ21の推定される放電可能電流との対応関係が変化する。従って、エンジンの温度、及び外気の温度に基づいて推定された放電可能電流を補正することで内外環境の影響を排して、バッテリ21が本来有する放電能力に近い放電可能電流を求めることができる。
【0049】
なお、エンジンの温度が低い場合や外気の温度が低い場合、実験や理論解析から前記機械的抵抗が大きくなる。具体的には、エンジンの温度が低いと潤滑剤の粘性抵抗が大きくなり、また外気の温度が低いとポンピングロスが大きくなって前記機械的抵抗が大きくなる。前記機械的抵抗が大きくなるとクランク軸19の角加速度が小さくなり、バッテリ21の推定された放電可能電流が本来の放電能力より小さくなる。それ故、エンジンの温度が低い場合や外気の温度が低い場合、放電能力推定部42は、推定された放電可能電流が高くなるように補正する。他方、バッテリ温度が所定温度(具体的には、摂氏0度)未満である場合、バッテリ温度が所定温度以上である場合に比べて放電可能電流が低下し、バッテリ温度が所定温度以上に戻ると放電可能電流が回復するようになっている。それ故、バッテリ温度が所定温度未満の場合、放電能力推定部42は推定された放電可能電流が高くなるように補正する。
【0050】
また、ステップS4では、放電能力推定部42がステップS3にて演算した放電持続力を補正する。具体的には、放電能力推定部42は、吸気温センサ32、水温センサ36及びバッテリ温度センサ37の検出結果に基づいてバッテリ21の放電持続力をステップS3と同様に補正する。これにより、バッテリ21の放電持続力から内外環境の影響が排された放電持続力が推定される。補正すると、放電能力推定方法が終了する。
【0051】
上述するようにクランク軸19の角加速状態に基づいてバッテリ21の放電可能電流を推定することにより、ピストン18に作用するフリクション、エンジンの温度、及び外気温度等も考慮して実際にエンジンEを始動できるか否かを確認することができる。また、放電能力推定方法では、異なる演算により異なる2つの放電能力を推定し、この2つの放電能力を用いることでバッテリ21の放電能力を精度よく推定することできる。
【0052】
[アイドリング運転停止方法について]
このように放電能力を推定するエンジンECU40は、自動二輪車1の走行停止中においてエンジンEのアイドリング運転を停止させるアイドリングストップ機能を有している。このアイドリングストップ機能は、後述するアイドリングストップ条件を充足すると実行され、またバッテリ21の放電能力に応じてエンジンECU40がその機能を停止するようになっている。以下では、放電能力のうちの1つである放電可能電流を用いたアイドリング運転停止方法について図3乃至図5を参照しながら説明する。
【0053】
エンジンECU40は、図5に示すようにメインスイッチ38が操作されるとステップS11へと移行し、各電装装置(図示せず)に始動前電流を流す(図4の時刻t1参照)。その後、ステップS12に移行する。ステップS12では、セルスイッチ39が操作されたか否かをエンジン制御部41が判定する。操作されていないと判定されると操作されるまで判定を繰り返し、操作されるとステップS13へと移行する。始動工程であるステップS13では、モーター制御部47がエンジン制御部41からの指令に応じて電磁開閉器25を駆動させてバッテリ21から突入電流を放流させる(図4の時刻t2参照)。これにより、モーター23が始動してクランク軸19が回動し始める。モーター23が始動してピストン18が動くと、ステップS14へと移行する。
【0054】
第1の放電能力推定工程であるステップS14では、上述する放電能力推定方法に基づいてバッテリ21の放電可能電流を推定する。放電可能電流を推定すると、ステップS15へと移行する。始動判定工程であるステップS15では、放電可能電流が始動可能条件を充足しているか否かを判定する。始動可能条件とは、エンジンEを始動するために充分な放電能力をバッテリ21が有していることである。
【0055】
本実施形態では、放電可能電流が予め定められた移行禁止閾値以上であることでアイドリングストップ判定部43が始動可能条件を充足すると判定するようになっている。なお、回転始動期間初期では、クランク軸19の角加速状態と電流とが対応し、電圧差と放電持続力とが対応しているので、回転始動期間初期におけるクランク軸19の角加速状態(又は電圧差)を用いてモーター23の始動条件の充足性を判定している。始動条件を充足してモーター23の始動が十分行なえると判定されると、ステップS16に移行する。
【0056】
走行判定工程であるステップS16では、自動二輪車1が走行停止中か否かをアイドリングストップ判定部43が判定する。アイドリングストップ判定部43は、例えば電動制御用ECU51が取得する前輪車速センサ52及び後輪車速センサ53の少なくとも一方の検出結果に基づいて自動二輪車1の走行中か否かを判定する。走行停止中であると判定されると、ステップS17に移行する。アイドリングストップ判定工程であるステップS17では、アイドリングストップ判定部43がアイドリングストップ条件を充足しているか否かを判定する。アイドリングストップ条件とは、アイドリング運転を停止する条件であり、例えば変速段位がニュートラルポジションにあることや図示しないブレーキレバー又はブレーキペダルが操作されていることである。アイドリングストップ条件を充足していると判定されると、ステップS18に移行する。
【0057】
アイドリングストップ工程であるステップS18では、エンジン制御部41がエンジンEのアイドリング運転を停止させる。アイドリング運転を停止させると、アイドリングストップ判定部43は、アイドリングストップ(略称:IS)実施のフラグを立ててステップS19へと移行する。
【0058】
第2の放電能力推定工程であるステップS19では、現在のバッテリ21のおおよその放電可能電流を推定する。具体的には、まずメモリ48に記憶されるアイドリング運転停止中の単位時間当たりのバッテリ21の消費電力とアイドリング運転停止時間とに基づいて、アイドリング運転停止中にバッテリ21から放電された電力量を放電能力推定部42が推定する。そして、この推定された電力量と放電能力推定部42が前に推定したバッテリ21の放電可能電流とに基づいて現在のバッテリ21の放電可能電流を推定する。本実施形態では、例えば前に推定したバッテリ21の放電可能電流により推定された電力量から、アイドリング運転停止中の推定放電量を減算することで現在のバッテリ21の放電能力を推定する。推定されると、ステップS20に移行する。
【0059】
自動始動判定工程であるステップS20では、ステップS19で推定された現在のバッテリ21の放電可能電流が予め定められた不良閾値を下回っているか否かを判定する。ここで、不良閾値とは、放電可能電流がそれ以下になるとバッテリ21からの電力供給だけではモーター23によりクランク軸19を回転することができなくなる可能性が高い値である。放電可能電流が不良閾値を下回っていないと判定されると、ステップS21に移行する。
【0060】
始動判定工程であるステップS21では、現在のバッテリ21の放電可能電流が始動可能条件を充足しているか否かを判定する。始動可能条件を充足しないため、その後のエンジンEの運転状態によりモーター23の始動が行なえない可能性があると判定されると、ステップS22に移行する。IS移行警告工程であるステップS22では、アイドリングストップ判定部43が次回のIS移行を禁止するフラッグを立て、更に警告表示装置54を点灯させてバッテリ21の放電可能電流が低くて次回のIS移行が禁止されていることを報知する。また、ステップS22では、フラッグが立てられると、電動制動用ECU51が前記指令に基づいて電動ブレーキ装置50の始動を禁止してバッテリ21の電力消費を抑えるようになっている。このようにIS移行が禁止され、電動ブレーキ装置50の始動が禁止されると、ステップS23に移行する。また、ステップS21において始動可能条件を充足してモーター23の始動が十分行なえると判定されると、同様にステップS23に移行する。
【0061】
始動操作判定工程であるステップS23では、始動開始条件を充足しているか否かを判定する。ここで、始動開始条件とは、例えばクラッチレバー8が操作されたこと、又はブレーキレバー及びブレーキペダルが操作されていないことである。始動条件が充足していると、エンジンEを始動させるべくステップS13に戻る。そして、始動開始後にステップS14に移行して第1の放電能力推定工程によってより正確な放電可能電流を推定し直す。始動条件を充足しないと判定されると、現在のおおよその放電可能電流を推定すべくステップS19に戻る。
【0062】
また、ステップS15において始動条件を充足しないため、その後のエンジンEの運転状態によりモーター23の始動が行なえない可能性があると判定されると、ステップS24に移行する。IS移行禁止工程であるステップS24では、IS移行を禁止するフラッグを立てて、エンジン制御部41がアイドリングストップ機能を実行しないようにする。また、アイドリングストップ判定部43は、警告表示装置54を点灯させてバッテリ21の放電可能電流が低くてIS移行が禁止されていることを報知する。更に、電動制動用ECU51は、電動ブレーキ装置50の始動を禁止させる。このようにIS移行を禁止し、電動ブレーキ装置50の始動を禁止すると、ステップS25に移行する。
【0063】
第3の放電能力推定工程であるステップS25では、エンジンEの運転時におけるバッテリ21の放電可能電流を推定する。ここでは、運転パターン(走行中、及びアイドリング運転中等)毎に予め定められた単位時間当たりのバッテリ21の充電量と各運転パターンの継続時間に基づいてバッテリ21に充電された電力量を放電能力推定部42が推定する。そして、推定された電力量と前に推定されたバッテリ21の放電可能電流とに基づいて現在のバッテリ21の放電可能電流を放電能力推定部42が再度演算して推定する。本実施形態では、例えば前に推定されたバッテリ21の放電可能電流から推定された残留電力量に、運転パターン毎に推定された充電量を加算することで現在のバッテリ21のおおよその放電可能電流を推定する。推定すると、ステップS15に戻って始動可能条件を充足しているか否かを判定する。
【0064】
IS禁止フラグが立っている状態で始動可能条件の充足を判定する際、始動可能条件充足直後に再びIS移行禁止フラグが立たないようにすべく、始動可能条件の充足を判定する判定基準である移行禁止閾値がIS移行禁止フラグが立っていない場合よりも高い値であるIS実施許可閾値に設定される。ステップS15では、IS実施許可閾値に基づいて始動可能条件の充足の有無を判定し、充足しないと判定されるとステップS24に移行してIS移行禁止フラグを立てた状態が維持される。他方、充足すると判定されると、IS移行禁止フラグを下げてステップS16に移行する。
【0065】
また、ステップS16にて走行中であると判定された場合、及びステップS17においてアイドリングストップ条件を充足していないと判定された場合、ステップS25に移行して予め定められた走行中の単位時間当たりのバッテリ21の充電量と走行継続時間に基づいてバッテリ21に充電された電力量を放電能力推定部42が推定する。そして、推定された電力量及び前に推定された放電可能電流に基づいてバッテリ21の放電可能電流を放電能力推定部42が再度演算して推定する。推定すると、ステップS15に戻って始動可能条件を充足しているか否かを判定する。
【0066】
このようなアイドリングストップ機能を有する自動二輪車1では、メインスイッチ38をオフにすることによってエンジンEの運転が止まると共に、アイドリング運転停止方法も終了する。
【0067】
以下では、上述するアイドリング運転停止方法に関して、図6に示す実施例を参照しながら具体的に適用された場合について説明する。バッテリ21の放電可能電流は、エンジンE始動前の初期状態において良好、即ちバッテリ21の放電可能電流が移行禁止閾値より十分に高い状態にある。ステップS13にてエンジンEが始動されると、ステップS14にて放電能力推定方法によってバッテリ21の放電可能電流が推定される(時刻t10)。その後、走行中は、ステップS25にて運転パターンに応じてバッテリ21への充電量を演算してこの充電量に応じた値を前に推定したバッテリ21の放電可能電流に加算しながら現在のバッテリ21のおおよその放電可能電流を推定する(時刻t10〜時刻t11)。
【0068】
やがて、ステップS16にて走行が停止していると判定された状態でアイドリングストップ操作が行なわれると、ステップS18にてIS実施フラグを立ててアイドリング運転を停止する(時刻t11)。そして、ステップS19において、放電能力推定部42は、アイドリングストップに伴って放電される電力量を演算し、この電力量に応じた値を前に推定したバッテリ21の放電可能電流から減算しながら現在のバッテリ21のおおよその放電可能電流を推定する(時刻t11〜時刻t12)。その後、ステップS23においてアイドリング運転を停止している間に始動開始条件が充足されると、ステップS13に戻ってエンジンEが始動される(時刻t12)。始動後、ステップS14において再びバッテリ21の放電可能電流を放電能力推定方法により推定し直し、推定し直した放電可能電流を現在のバッテリ21の放電可能電流として採用する。
【0069】
このように放電能力推定部42は、第1の放電能力推定工程と、その工程で推定された放電可能電流に基づいて残留電力量に、バッテリ21に蓄電された電力量を加算又は放電された電力量を減算する第2の放電能力推定工程とを併用することで現在のバッテリ21のおおよその放電可能電流を推定している。そして、この推定されたおおよその放電可能電流に基づいてアイドリング運転の継続及び停止を判定している。これにより、第1の放電能力推定工程で放電可能電流が推定されない期間において、バッテリ21の放電可能電流が低下し続けてモーター23が始動できなくなることを防いでいる。
【0070】
アイドリング運転の停止を繰り返しているうちに、やがてステップS15において始動時に推定するバッテリ21の放電可能電流が始動可能条件(移行禁止閾値以上であること)を充足しないと判定されると、ステップS24にてアイドリングストップ判定部43がIS移行を禁止するフラグを立てて、エンジン制御部41がアイドリングストップ機能を実行しないようにする(時刻t13)。更に、IS移行禁止フラグが立つと、電動制動用ECU51は、電動ブレーキ装置50の作動を禁止してバッテリ21の電力消費を抑えるようになっている。これにより、電動ブレーキ装置50を作動してバッテリ21の放電可能電流が低下し、アイドリング運転停止時にモーター23が始動できなくなることを防ぐことができる。
【0071】
そして、ステップS25にて現在のバッテリ21の放電可能電流を推定し(時刻t13〜時刻t14)、やがてステップS15にて推定された現在のバッテリ21の放電可能電流が始動可能条件(IS実施許可閾値以上であること)を充足すると、ステップS24にてIS移行を禁止するフラグを下げる(時刻t14)。即ち、バッテリの放電可能電流が回復すると、作動を禁止していた電動ブレーキ装置50が作動することができるようになる。その後、ステップS16にて走行が停止していると判定されてアイドリングストップ操作が行なわれると、ステップS18にてIS実施フラグが立られて再びアイドリング運転を停止することができるようになる(時刻t15)。
【0072】
再び、始動時に推定するバッテリ21の放電可能電流が始動可能条件(移行禁止閾値以上であること)を充足しないと判定されると、ステップS24にてIS移行を禁止するフラグを立ててエンジン制御部41がアイドリングストップ機能を実行しないようにする(時刻t16)。また、IS実施中に、ステップS21において現在のバッテリ21の放電可能電流が始動可能条件(移行禁止閾値以上であること)を充足しない判定されると、ステップS22にてIS移行禁止のフラグが立てられて警告表示装置54によりIS移行が禁止されていることが報知される(時刻t17)。更に、IS実施中に、ステップS20において現在のバッテリ21の放電可能電流が予め定められた不良閾値以下であると判定されると、ステップS13に戻ってエンジンEが自動的に始動される(時刻t18)。
【0073】
このようにエンジンECU40は、IS実施中に不良閾値以下になってモーター23が始動できなくなる前に事前にアイドリングストップ機能を解除して自動的に始動している。これにより、IS実施後にモーター23が始動できなくなってしまうことを防いでいる。
【0074】
前述のアイドリング運転停止方法では、放電可能電流を用いる場合について説明したが、放電可能電流に代えて放電持続力を用いても前述のアイドリング運転停止方法を実施することができる。
【0075】
[別のアイドリング運転停止方法について]
前述のアイドリング運転停止方法では、放電可能電流だけを用いる場合について説明したが、放電可能電流と放電持続力との両方を用いてもよい。以下では、2つの放電能力を用いた場合の別のアイドリング運転停止方法について図7を参照しながら説明する。別のアイドリング運転停止方法では、図7に示すようなグラフに基づいてバッテリ21の状態を推定してアイドリング運転停止するか否か、またモーター23を自動的に始動させてエンジンEを強制的に始動させるか否かを判定している。それが以外の工程については、前述するアイドリング運転停止方法と同様である。図7に示すグラフは、横軸が放電持続力(電圧差の逆数)を示し、縦軸が放電可能電流を示している。
【0076】
このグラフには、良好領域A1、第1注意領域A2、第2注意領域A3及び不良領域A4の4つの領域がある。良好領域A1は、放電持続力(電圧差の逆数)が予め定められる第1移行禁止閾値以上、且つ放電可能電流が予め定められる第2移行禁止閾値以上の領域である。第1注意領域A2は、放電持続力が予め定められる第1移行禁止閾値以上、且つ放電可能電流が予め定められる第2移行禁止閾値未満の領域である。第2注意領域A3は、放電持続力が予め定められる第1移行禁止閾値未満、且つ放電可能電流が予め定められる第2移行禁止閾値以上の領域である。不良領域A4は、放電持続力が予め定められる第1移行禁止閾値未満、且つ放電可能電流が予め定められる第2移行禁止閾値未満の領域である。そして、エンジンECU41は、推定された放電持続力及び放電可能電流の交点が4つの領域A1〜A4の何れの領域に位置するかに応じてバッテリ21の状態を推定している。
【0077】
具体的には、交点が良好領域A1に位置すると(図7の交点i1参照)、バッテリ21が良好であり、始動可能条件を充足するとアイドリングストップ判定部43が判定する。そうすると、走行停止中にアイドリングストップ条件が充足されると、エンジン制御部41がエンジンEのアイドリング運転を停止させるようになっている。
【0078】
また、バッテリ21が良好な状態から悪化して交点が第1及び第2注意領域A1,A2の何れかに位置すると(図7の交点i2,i3参照)、バッテリ21からの電力供給でモーター23を始動できないおそれがある状態であり、アイドリングストップ判定部43が始動可能条件を充足しないと判定する。そうすると、図6の時刻t13と同様にアイドリングストップ判定部43がIS移行を禁止するフラグを立て、エンジン制御部41がアイドリングストップ機能を実行しないようになっている。
【0079】
なお、IS移行を禁止するフラグが一度立つと、その禁止フラグが再び下がるまで良好領域A1が狭まる、つまり良好領域A1が放電持続力(電圧差)が予め定められる第1IS実施許可閾値(>第1移行禁止閾値、)未満、且つ放電可能電流が予め定められる第2IS実施許可閾値(>第2移行禁止閾値)以上の領域になる(図7の2点鎖線参照)。これにより、IS移行を禁止するフラグが頻繁に上がり下がりすることを防ぐことができる。
【0080】
そして、バッテリ21の状態が更に悪化して交点が不良領域A4に位置すると(図7の交点i4参照)、バッテリ21が不良であるとアイドリングストップ判定部43が判定する。これにより、エンジン制御部41がエンジンEを自動的に始動する。このようにバッテリ21の状態が悪化した後、バッテリ21が充電される等してその状態が好転して良好領域A1に戻ると、バッテリ21が良好であるとアイドリングストップ判定部43が判定し、走行停止中にアイドリングストップ条件が充足されるとエンジン制御部41がエンジンEのアイドリング運転を停止させるようになっている。
【0081】
このように、別のアイドリング運転停止方法によれば、推定された2つの放電能力(指標)を用いているので、1つの放電能力だけを用いる場合に比べてバッテリ21の状態をより正確に判定し、その判定結果をIS実行の有無に生かすことができる。これにより、アイドリングストップ後にモーター23が始動しなくなることを抑制することができる。
【0082】
[その他の実施形態]
本実施形態では、クランク角センサ35によりクランク軸19の回転角を検出しているが、クランク角センサ35以外のセンサを用いてクランク軸19の回転角を求めてもよい。例えば、クランク軸19と共に回転する回転体やモーター23の出力軸等の回転角度から、クランク軸19の角加速度を求めてもよい。また、エンジン温度は、水温センサ36に基づいて推定しているが、それ以外の温度センサ、例えば潤滑オイル、ケース自体、吸気または排気温度等を測定する既存の温度センサを用いてもよい。好ましくは、エンジン制御のために用いられる温度センサを用いることが好ましい。
【0083】
また、本実施形態では、電動機器として電動ブレーキ装置50が挙げられているが、電動機器としてその外にグリップヒーター、オーディオ及びナビゲーションシステム等に関するアクセサリ電源、並びにウインドシールド等のように走行に直接関係しない電装機器が挙げられる。なお、エンジンECU、エンジン制御に必要なアクチュエータ、及び灯火器類等の走行に直接関係する電装機器は、IS移行を禁止するフラグが立てられた場合でも作動を継続して停止しないようになっている。更に、バッテリ21の充電量が少ないと発電量を多くするようにエンジン制御してもよい。たとえばアイドリング時の回転数を増加させることができる。本実施形態では、運転パターンから充放電量を推定する代わりに実際の充放電電流を計測し、その測定値を積算して充放電量を算出してもよい。
【0084】
また、本実施形態では、クランク軸19の角加速状態が2つの角度位置を回動するのに必要な回動時間で表されているが、始動時又は始動時間から所定時間後のクランク軸19の角加速度、始動直後から所定時間経過後の角速度、若しくは2つの角度位置における速度の差等であってもよい。また、回転始動期間は、クランク軸19の始動直後からエンジンEの動力によりクランク軸19が回転するまでの間の所定期間であるが、エンジンECU40がクランク軸19の始動直後から1つのピストン18が下死点に達するまでの所定期間、又は燃料が点火されるまでの所定期間であってもよい。更に言えば、回転始動期間は、モーター始動指令を与えた直後においてモーター23に突入電流が流れている期間のような極めて短い時間(例えば、モーター始動指令を与えた直後から0.5秒未満)に設定されてもよい。また、始動時間帯T1は、モーター23に突入電流(又は突入電圧)が与えられているだろう時間に設定され、点火前時間帯T2は、始動時間帯T1の後で1つのピストン18が下死点に達するまで、又は燃料点火するまでの期間に設定されてもよい。
【0085】
また、本実施形態では、放電持続力として点火前時間帯T2における最小電圧と最大電圧との電圧差の逆数を演算しているが、必ずしも最小電圧及び最大電圧の両方を用いる必要はない。最小電圧及び最大電圧の何れか一方を、例えばメインスイッチ38が操作される前におけるバッテリ21の電圧(即ち、閉回路電圧)や、メインスイッチ38の操作後で各電装装置に始動前電流を流したときのバッテリ21の電圧(始動前電圧、図4の時刻t1参照)に代えてもよい。これらの電圧を用いても分極の影響を相殺することができる。また、電圧差の逆数に限らず、単に電圧差であってもよい。
【0086】
また、本実施形態では、放電能力推定方法では、放電可能電流と放電持続力の両方を推定しているが、何れか一方だけを推定するようにしてもよい。また、放電能力を推定する際に補正が施されているが、必ずしもエンジン温度やバッテリ温度で補正する必要はない。他方、バッテリ21の充電状態により起電力が変化するため、バッテリ21の充電状態に対応する始動前電圧によって放電能力を補正してもよい。
【0087】
更に、本実施形態では、点火前時間帯T2における最大電圧と最小電圧との差に基づいて放電持続力を推定してバッテリ21の状態を推定していたが、必ずしもこれらの電圧差に限定されない。バッテリ21の状態に基づいて放電持続力が低下している場合、最大電圧及び最小電圧も変動する。それ故、最大電圧及び最小電圧のうちの少なくとも一方を検出することで放電持続力を推定し、またバッテリの状態を推定することが可能である。
【0088】
また、本実施形態では、角加速状態を演算する際の第1の角度αが予め定められていたが、この第1の角度αをエンジンE始動時直前の角度に設定してもよい。バッテリの放電能力による角加速状態の違いは、モーター23の始動直後において最も顕著に現れる。上述するように第1の角度αをエンジンE始動時直前の角度に設定することで、その顕著な領域を含めてバッテリの放電可能電流を推定することができる。これにより、始動直後の突入電流を正確に測定できない従来技術に比べてより正確な放電能力を推定することができる。
【0089】
また、本実施形態では、エンジンECU40によって2つの放電能力が推定されているが、別の演算部にて放電能力を推定させてもよい。また、放電能力を推定する際、エンジンEの機械的抵抗による影響を排除すべくエンジン温度や吸気温度により放電能力を補正したが、別の基準により機械的抵抗の影響の大小が判断できる場合、例えば経年劣化(磨耗による隙間拡大に伴う機械的抵抗の減少、壁面の荒れに伴う機械的抵抗の減少)、ジェネレータ20の使用の有無及びピストン18の行程(圧縮行程及び膨張行程)に応じて放電能力を補正してもよい。また、上述の実施形態では、推定された放電能力を補正していたが、アイドリング運転停止の可否やエンジンEの自動始動を開始の可否を判定するための閾値をエンジン温度や吸気温度に基づいて補正してもよく、本発明において放電能力を補正するとは、このような閾値を補正することも含む。
【0090】
また、本実施形態では、IS禁止フラグが立つとアイドリング運転停止機能が実行されなくなると共に電動ブレーキ装置50の作動を禁止するようになっているが、IS禁止フラグとは異なる作動禁止フラグが立ったときに電動ブレーキ装置50の作動を禁止するようにしてもよい。この場合、作動禁止フラグの上げ下げをするための閾値は、IS禁止フラグが立つ移行禁止閾値より高く設定され、IS禁止フラグより先に作動禁止フラグが立つように設定されることが好ましい。これにより、IS禁止フラグがたった後も電動ブレーキ装置50が使用されてアイドリング運転停止機能が使用できなくなり続けることを防ぐことができる。
【0091】
更に、本実施形態では、自動二輪車1に電動ブレーキ装置50及び電動制動用ECU51が備わっている場合について説明したが、必ずしもこれらの構成を備えている必要はない。また、本実施形態では、始動後における現在のバッテリ21の放電能力を推定すべく第2及び第3の放電能力推定を実施しているが、必ずしも必要ではない。また、本実施形態では、並列四気筒のエンジンEを備える自動二輪1のエンジンECU40の場合について説明したが、エンジンEは、単気筒、二気筒又は三気筒のエンジンであってもよく、また四気筒以上のエンジンであってもよい。また、2サイクルエンジンであっても良い。更に、各シリンダ14の姿勢及び配置も上述するような姿勢及び配置に限定されない。また、自動二輪車1に備わるエンジンEは、ガソリンエンジンに限定されず、ディーゼルエンジン等の内燃機関であればよい。
【0092】
また、前述の実施形態では、本件発明を自動二輪車1について適用した例について説明しているが、例えば自動二輪車1以外の鞍乗型車両(例えばATV)や自動四輪車等の乗り物に適用されてもよい。特に、鞍乗側車両やハンドルバーを備える車両等のような車幅が狭く、バッテリの容量が小さい乗物に好適に用いられる。
【0093】
本件発明は、上述する実施の形態に限定されず、発明の趣旨を逸脱しない範囲で追加、削除、変更が可能である。また、本発明には、上述する推定方法、エンジン制御方法、及び電気機器作動方法を実行するプログラム、及びそのプログラムを記憶したメモリが含まれる。
【符号の説明】
【0094】
19 クランク軸
20 ジェネレータ
21 バッテリ
23 モーター
35 クランク角センサ
36 水温センサ
37 バッテリ温度センサ
40 エンジンECU
41 エンジン制御部
42 放電能力推定部
43 アイドリングストップ判定部
50 電動ブレーキ装置
51 電動制動用ECU

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのクランク軸を回転させて前記エンジンを始動させる電動機に電力を供給するバッテリの放電能力を推定する放電能力推定装置であって、
前記クランク軸の回転始動期間における前記クランク軸の角加速状態に基づいて前記バッテリの放電能力を推定する放電能力推定装置。
【請求項2】
前記角加速状態は、前記クランク軸の回転角を検出する回転角センサに基づいて演算される、請求項1に記載の放電能力推定装置。
【請求項3】
前記エンジン又は外気の温度に基づいて前記バッテリの推定された放電能力を補正する、請求項1又は2に記載の放電能力推定装置。
【請求項4】
前記バッテリから前記電動機に供給される電流又は電圧に相当する相当値であって、前記エンジンのクランキング中の前記電動機の始動直後の第1時間帯を除く第2時間帯における前記相当値の最大値及び最小値のうち少なくとも一方に基づいて前記バッテリの放電能力を推定する、請求項1乃至3の何れか1つに記載の放電能力推定装置。
【請求項5】
前記第2時間帯の前記相当値の最大値及び最小値の差に基づいて前記バッテリの放電能力を推定する、請求項4に記載の放電能力推定装置。
【請求項6】
前記バッテリの温度に基づいて前記バッテリの推定された放電能力を補正する、請求項1乃至5の何れか1つに記載の放電能力推定装置。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れか1つに記載の放電能力推定装置と、
前記放電能力推定装置により推定された推定結果に基づいて、前記電動機がバッテリから電力供給を受けて前記クランク軸を作動可能か否かを判定する作動判定装置と、
前記クランク軸が回転することで発電して前記バッテリに電力を供給する発電機と、
作動可能と判定されると走行停止時に前記エンジンによる前記クランク軸の回転を停止し、作動不可と判定されると走行停止時に前記クランク軸を停止せずに前記発電機により前記バッテリに電力を供給させる運転制御装置とを備える、乗物の制御システム。
【請求項8】
請求項1乃至6の何れか1つに記載の放電能力推定装置と、
前記放電能力推定装置により推定された推定結果に基づいて、前記バッテリから電力供給を受けて作動する電動機器の作動可否を判定する作動判定装置と、
作動可能と判定されると前記電動機器を作動し、作動不可と判定されると前記電動機器を作動しない駆動制御装置とを備える、乗物の制御システム。
【請求項9】
前記始動判定装置は、前記放電能力推定装置による推定時点から変化したであろう前記バッテリの充電及び放電状況にも基づいて前記アイドリング運転の停止の可否を判定する、請求項7に記載の乗物の制御システム。
【請求項10】
前記作動判定装置は、前記放電能力推定装置により推定された推定結果と所定の作動判定基準とを比較して作動可否を判定し、且つ前記バッテリの温度に基づいて前記作動判定基準を補正する、請求項7乃至9の何れか1つに記載の乗物の制御システム。
【請求項11】
エンジンのクランク軸を回転させて前記エンジンを始動させる電動機に電力を供給するバッテリの放電能力を推定する放電能力推定方法であって、
前記クランク軸の回転始動期間における前記クランク軸の角加速状態に基づいて前記バッテリの放電能力を推定する放電能力推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−24127(P2013−24127A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−159554(P2011−159554)
【出願日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】