説明

新規がん遺伝子NRF2

【課題】
mTOR関連抗癌剤奏効性予測又は予後予測の指標となるマーカーを提供すること、及び、新規抗癌剤を提供すること。
【解決手段】
本発明は、癌治療薬の奏効性評価の方法を提供するものであり、具体的には、NRF2の異常を検出することによるmTOR関連癌治療薬の奏効性の予測方法を提供するものである。また、本発明は、癌の予後予測方法を提供するものであり、具体的には、NRF2の異常を検出することによる癌の予後の予測方法を提供するものである。更に、本発明はNRF2を標的とした新規抗癌剤を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌治療薬の奏効性予測、癌の予後予測、及び癌治療の分野に関するものである。より具体的には、本発明は、NRF2の異常を検出することによるmTOR関連癌治療薬の奏効性予測方法、NRF2の異常を検出することによる癌の予後の予測方法、及びNRF2遺伝子又はタンパク質を阻害することを特徴とする癌治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんの発生や進展においては、喫煙、放射線、ウイルス感染などによる慢性炎症及び有害な化学物質への暴露のような環境因子が影響を与えていることが知られている。中でもそのような因子によって惹起される酸化ストレスは、DNAやタンパク質に異常を与えることから、がんの発生に深く関わっていることがこれまでの研究から明らかになっている。
【0003】
生体にはそのような酸化ストレスに対する生理的な防御機構が備わっている。該生理的防御機構の分子機構を担う重要な分子の一つとして、Nuclear factor erythroid 2−related factor 2(NRF2)という転写因子が知られている。NRF2は非常に強い転写誘導能力を持つDNA結合分子であり、細胞が酸化ストレスに暴露されると活性化され、グルタチオン還元酵素などの酸化ストレスを解除するような多くの酵素群の発現を誘導し、細胞をストレスによる障害から守る。
【0004】
例えば、NRF2は、発癌物質、酸化剤やその他の毒性化合物に対し細胞を保護する遺伝子産物の転写を制御するDNA調整エレメントである、抗酸化反応エレメント(antioxidant response element:ARE)成分に促進シグナルを伝える重要な転写因子であることが知られている。癌阻害活性を有するAREを介する促進剤が核のNRF2レベルを上昇させることが報告されている(非特許文献1参照)。また、NRF2のノックアウトマウスにおける、ベンゾ(α)ピランの経口投与モデルにおいては、ワイルドタイプと比較して癌の数が増加していることが示されている(非特許文献2参照)。また、同文献において、抗癌剤オルチプラズがNRF2の発現を増強すること、及び、NRF2のノックアウトマウスにおいてはオルチプラズによる抗癌作用が発揮されないことから、NRF2の発現増強が抗癌効果を示すことが示唆されている。
【0005】
また、NRF2は、Kelch−like ECH−associated protein 1(KEAP1)タンパク質によるネガティブフィードバックを受けて、生体内において存在量が調節されていること、及び、KEAP1に対する阻害剤が抗癌剤として開発されていることが報告されている(非特許文献3参照)。このように、NRF2又はKEAP1を標的として、NRF2の発現を増強させる薬剤が抗癌剤として利用されることが期待されている。
【0006】
一方で、肺癌においてはKEAP1遺伝子変異による活性低下により、NRF2の恒常的な活性化が見られること、及び、活性化したNRF2により抗酸化作用を備えるタンパク質の恒常的発現が誘導されることが報告されている。NRF2の発現亢進は、癌細胞のシスプラチンへの抵抗性の原因の一つではないかと報告されている(非特許文献4、及び、特許文献1参照)。アルキル化剤であるシスプラチン、メファラン(mephalan)、クロラムブシル及びBCNU等の薬剤投与が、NRF2等のAREに制御される遺伝子発現を増加させることが報告されている。AREに制御される遺伝子発現産物の増加が癌細胞の抗癌剤への抵抗性に関与している可能性が示唆されている。また、NRF2との結合活性を備えるオールトランスレチノイン酸(all trans retinoic acid:ATRA)に化学療法剤の効果を強化する作用がある可能性が示唆されている(特許文献2参照)。
【0007】
このように、アルキル化剤系抗癌剤の投与によりNRF2が活性化されることや、アルキル化剤系抗癌剤に対する抵抗性にNRF2が役割を果たしている可能性が示唆されている。アルキル化剤系抗癌剤は、癌細胞のDNAの塩基同士を架橋することで増殖を停止させるものであるが、アルキル化剤の投与によるNRF2の活性化のメカニズムについては未だ解明されていない。アルキル化剤系抗癌剤の作用に対するNRF2による抵抗性獲得のメカニズムの一部は、NRF2の細胞保護的な作用から予測されるものの、その全体像については十分解明されていない。また、アルキル化剤系抗癌剤以外の抗癌剤とNRF2との関係については未だ報告されていない。
【0008】
上述の通り、癌細胞において見られるNRF2の活性化は、主にKEAP1遺伝子の変異による活性低下に基づくものと考えられている。癌細胞におけるNRF2の変異と活性化との関係、及び、NRF2の変異による活性化と癌の悪性化との関係は知られていなかった。特に、NRF2は、酸化ストレス等による癌の発生においては抗癌作用を備えるものと考えられていることから、むしろ癌の悪性化を抑制すると考えられていた。また、化学療法剤との関係においては、NRF2がアルキル化剤の投与に応答性があり、少なくともオールトランスレチノイン酸にアルキル化剤の効果を増強させる作用があることが示唆されている。しかし、当該オールトランスレチノイン酸の作用がNRF2抑制作用に基づくものであるのか、また、そうであればどのようなメカニズムにより抑制するのかは知られていなかった。従って、NRF2の抑制とアルキル化剤系抗癌剤以外の抗癌剤との関係は全く未知であった。
【0009】
mammalian target of rapamycin(mTOR)は、マクロライド系抗生物質であるラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼであり、細胞成長、細胞増殖、細胞死、細胞の生存、タンパク質合成、及び、転写における調節因子としての役割をはたしている。ラパマイシンがp53の機能を欠く癌細胞のアポトーシスを誘導することから、mTOR阻害剤は抗癌作用があると考えられている(非特許文献5参照)。また、mTOR阻害剤は、例えば、腎癌、膵管癌などの抗癌剤として開発されている。
【0010】
mTORは、インスリンレセプターチロシンキナーゼとしても知られている。高血糖患者における脳血管内皮細胞のアポトーシスに関する研究において、mTOR阻害剤は、インスリン誘導性のNRF2を介したグルタミン−L−システイン リガーゼ触媒サブユニット(Glutamate−L−cystein ligase−catalytic subunit:GCLc)の発現、酸化還元バランス、及びヒト脳血管内皮細胞の生存を損なわせることが報告されている(非特許文献6)。しかし、特に癌治療の分野において、mTOR阻害剤の作用に対するNRF2の発現の影響については未だ報告されていない。
【特許文献1】国際出願公開パンフレットWO2006/128041
【特許文献2】国際出願公開パンフレットWO2008/012534
【非特許文献1】Yuesheng et al. Molecular Cancer Therapeutics, 3 (7) 885−893, 2004
【非特許文献2】Ramos−Gomez et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 98, 3410−3415, 2001
【非特許文献3】Ewan, Drug Discovery Today, 10 (14) 950−951, 2005
【非特許文献4】Ohta et al. Cancer Res., 68, 1303−1309, 2008
【非特許文献5】Shile Huang et al. Molecular Cell, 11, 1491−1501, 2003
【非特許文献6】Okouchi, Masahiro et al. Current Neurovascular Research, 3 (4) 249−261, 2006
【発明の開示】
【0011】
本発明は、NRF2遺伝子の変異を検出することによる、癌の予測方法に関する。特に、本発明は、NRF2遺伝子の変異を検出することによる、mTOR関連癌治療薬の奏効性を予測する方法、奏効性のある患者の選択方法、又は、癌の予後の予測方法に関する。また、本発明は、NRF2遺伝子又はNRF2タンパク質を阻害することによる癌の治療方法、あるいは、NRF2遺伝子又はNRF2タンパク質阻害剤を有効成分とする癌治療剤に関する。
【0012】
具体的態様としては、本発明は、NRF2遺伝子又はタンパク質の変異を検出することによるmTOR関連癌治療薬の奏効性予測又は奏効性のある患者の選択方法に関する情報を提供することに関する。また、本発明は、NRF2遺伝子又はタンパク質の変異を検出することによる、mTOR関連癌治療薬の奏効性を予測する方法、又は、奏効性のある患者を選択する方法に関する。具体的には、NRF2遺伝子又はタンパク質に変異がある場合、mTOR関連癌治療薬が効果を奏すると予測する方法に関する。また、本発明は、mTOR関連癌治療薬の奏効性を予測するための、NRF2の変異を検出可能なキットに関する。例えば、本発明は、NRF2遺伝子の変異を検出可能な、NRF2遺伝子と結合可能な核酸又はNRF2タンパク質と結合可能な物質(例えば、抗体等)を備えるキットである。または、本発明は、変異によるNRF2の機能変化を測定することが可能なキットである。例えば、KEAP1によるNRF2の分解を検出するキットも本発明の対象である。
【0013】
別の態様において、本発明は、癌患者の癌組織細胞中におけるNRF2の変異を検出することによる、癌の悪性度又は予後の良否に関する情報を提供する方法に関する。また、本発明は、癌患者の癌組織細胞中におけるNRF2の変異を検出し、NRF2に変異がある患者について、癌が悪性であると診断し又は予後が不良であると予測する、癌患者の癌組織細胞中におけるNRF2の変異を検出することによる、癌の悪性度の診断方法又は予後予測方法に関する。また、本発明は、癌の診断又は予後を予測するための、NRF2の変異を検出可能なキットに関する。例えば、本発明は、NRF2遺伝子の変異を検出可能な、NRF2遺伝子と結合する核酸又はNRF2タンパクと結合可能な物質(例えば、抗体等)を備えるキットに関する。また、本発明は、PCR等の遺伝子増幅技術を用いることにより変異を測定可能なキットに関する。更に、本発明は、インベーダープローブ、アレルプローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブを備えるキット(例えば、インベーダー(登録商標)アッセイキット等)に関する。また、本発明は、変異によるNRF2の機能変化を測定することが可能なキットが含まれる。例えば、本発明は、KEAP1によるNRF2の分解を検出するキットに関する。
【0014】
別の態様において、本発明は、NRF2遺伝子又はNRF2タンパク質を阻害することによる癌の治療方法に関する。本発明は、NRF2遺伝子の発現を抑制することによる癌の治療方法を含む。また、本発明は、NRF2タンパク質の発現又は活性を抑制することによる癌の治療方法に関する。また、本発明は、NRF2遺伝子又はNRF2タンパク質の阻害剤を含有する癌治療薬に関する。具体的には、本発明は、NRF2に対する、アンチセンス、dsRNA、リボザイム、アプタマー、NRF2結合タンパク質断片、又は、抗体若しくはその断片を有効成分として含有する癌の治療剤に関する。
【0015】
より具体的には、本発明は以下の発明に関する。
(1) 癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応を予測するための情報を得る方法であって:
(a)該患者由来の試料中の、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を検出すること;及び、
(b)測定された変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルと該患者のmTOR関連癌治療薬への反応との関連付けをすることを含む方法。
(2) 患者由来の腫瘍サンプルから、患者の癌のmTOR関連癌治療薬への反応を予測するための情報を得る方法であって:
(a)該患者由来の試料中の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を検出すること;
(b)変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルから、癌反応クラスのうち一つのクラスに分類すること、ここで、当該分類結果は変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルにより決定されるものである;及び
(c)当該癌反応クラスの一つに属する癌に特異的な既知の性質から当該患者の当該癌の癌治療薬への反応を予測することを含む方法。
(3) 変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2のタンパク質の発現レベルが高い場合、該患者のmTOR関連癌治療薬への反応性が高いことを示す、(2)に記載の方法。
(4) 以下の(i)〜(iv)に記載の物質のうち少なくとも1つを備える、癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性予測キット;
(i)NRF2をコードするDNA若しくはRNAと結合し、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAと結合しない物質、
(ii)NRF2遺伝子と結合せず、変異型NRF2遺伝子と結合する物質、
(iii)NRF2タンパク質と結合し、変異型NRF2タンパク質と結合しない物質、
(iv)NRF2タンパク質と結合せず、変異型NRF2タンパク質と結合する物質。
(5) 癌患者の予後を予測するための情報を得る方法であって:
(a)該患者由来の試料中の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を検出すること;及び、
(b)測定された変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルと該患者の予後との関連付けをすることを含む方法。
(6) 変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルが高い場合、該患者の予後が不良であることを示す、(5)に記載の方法。
(7) NRF2阻害剤を有効成分として含有する癌治療薬。
(8) NRF2阻害剤が、アンチセンス、dsRNA、リボザイム、アプタマー、NRF2結合タンパク質断片、又は、抗体若しくはその断片である、(6)に記載の癌治療薬。
【0016】
本発明の奏効性予測方法は、癌患者のmTOR関連癌治療薬への応答性又はmTOR関連癌治療薬が当該癌患者に対して効果を奏するか否かを投与前に予測することができる。よって、本発明は、癌患者に対して奏効性の期待される治療薬を選択することを可能とすると共に、奏効性の期待されない患者への不要な癌治療薬投与を避けることにより、これらの患者を不要な副作用の苦痛等から解放することができる。本発明の方法は、癌治療薬選択のための情報を提供することができる。また、本発明は、癌患者の予後を予測することにより、当該患者への治療レジメン戦略の策定に重要な情報を与えることができる。更に、本発明のNRF2遺伝子又はNRF2タンパク質を阻害する方法又はNRF2遺伝子又はNRF2タンパク質阻害剤を備える治療薬は、新しい癌の治療方法又は治療薬として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】mTORに関連する経路を示す図である。
【図2】食道がんの臨床検体及び食道がん細胞株(KYSE−50、KYSE−70、KYSE−180)におけるNRF2遺伝子変異の場所及びそれによって起こるアミノ酸置換を示す図である。
【図3】正常食道(A及びB)並びに食道がん(C)におけるNRF2の発現をNRF2に対する抗体を用いた免疫組織化学染色法により検出した結果を示す。図中、矢印はNRF2を発現している細胞を示す。図3Bは、図3Aの一部の拡大図を表す。
【図4】NRF2遺伝子変異を検索した食道がん症例について、手術後の生存日数と遺伝子変異の有無との関係について統計的解析(Kaplan−Meier解析)を行なった結果を示す。図中、縦軸は累積生存率を示し、横軸は、手術日からの経過日数を示す。
【図5】NRF2遺伝子変異を示す食道癌細胞株(KYSE−50及びKYSE−180)に対する、dsRNA投与/非投与における細胞増殖変化を示す図である。図中、縦軸は、コントロールdsRNAを投与された細胞の細胞数に対するNRF2 dsRNAを投与された細胞の細胞数の比を示す。
【図6】NRF2遺伝子に異常のない癌細胞株(KYSE−30、KYSE−140、KYSE−170、KYSE−270)と異常のある細胞株(KYSE−50、KYSE−70、KYSE−180)について、ラパマイシン処理による増殖変化を示す図である。図中、縦軸は、0nM(薬剤なし)を100%としたときの、各細胞株の細胞数の割合を示す。図中、横軸はラパマイシンの投与量を示す。
【図7】NRF2遺伝子に異常のない癌細胞株(SQ−5、QG−56)と異常のある細胞株(KYSE−50、KYSE−70、KYSE−180)について、ラパマイシン処理による増殖変化を示す図である。図中、縦軸は、0nM(薬剤なし)を100%としたときの、それぞれの濃度における、各細胞株の細胞数の割合の変化を示す。また、図中、横軸はラパマイシンの投与量を示す。
【図8】NRF2遺伝子に異常のない癌細胞株(HO−1−N−1、HSC2)と異常のある細胞株(LK−2、EBC−1)について、ラパマイシン処理による増殖変化を示す図である。図中、縦軸は、0nM(薬剤なし)を100%としたときの、それぞれの濃度における、各細胞株の細胞数の割合の変化を示す。また、図中、横軸はラパマイシンの投与量を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
A.mTOR関連癌治療薬の予測
一の態様において、本発明は癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する方法又はキットに関し、又は癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するための情報を得る方法に関する。
本明細書において、「mTOR関連癌治療薬」とは、mTOR又はその上流若しくは下流の経路に関与する物質の発現又は活性を阻害し、癌治療の効果を奏する物質であれば特に限定されるものではない。mTOR関連癌治療薬は、mTORを直接阻害する物質(mTOR阻害剤)、例えば、シロリムス(ラパマイシンとしも呼ばれる)、エベロリムス、テムシロリムス、及びデフェロリムス等の化学療法剤;抗体等のタンパク質;抗体断片等のペプチド;アプタマー、アンチセンス、dsRNA等の核酸を含む。また、NRF2阻害剤はmTOR経路を阻害することから、本発明のNRF2阻害剤もmTOR阻害剤に含まれ得る。また、mTOR経路は、図1に示すとおり複数の経路に関与することが知られているが、本明細書におけるmTOR関連癌治療薬が標的とするmTOR経路に関与する物質の中で特に好ましい物質としては、例えば、I型ホスホイノシチド3−キナーゼ(以下、「PI3K」という)、ピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ1(以下、「PDK1」という)、FK506結合タンパク質(FKBP12)、Akt(プロテインキナーゼB(PKB)とも呼ばれる)、p70リボソーマルプロテインS6キナーゼ1(以下、「S6K1」という)、c−Jun N末端キナーゼ(以下、「JNK」という)及び低酸素誘導因子1α(以下、「HIF1α」という)を挙げることができる。よって、TG100115、TCN−P、LY294002、Wortmannin、BFZ235及びSF1126等のPI3K阻害剤;UCN−01、BX912、B−3012及びOSU030313等のPDK1阻害剤;AP1903及びタクロリムス等のFKBP12阻害剤;XL418、LY294002、Wortmannin、TCN−P、BV−1701−1、FPA−124、KP372−1、GSK690693等のAkt阻害剤;XL418及びH−89等のS6K1阻害剤;AM111、SP600125、米国特許第7199124号記載の化合物及びAS601245等のJNK阻害剤;並びに、PX478及びSF1126等のHIF1α阻害剤も、本明細書におけるmTOR関連癌治療薬に含まれる。
【0019】
本明細書において、「mTOR関連癌治療薬への反応性」とは、癌患者がmTOR関連癌治療薬の投与を受けた場合に、当該mTOR関連癌治療薬の投与により癌患者の病状を表す指標のうち少なくとも1の指標が受ける影響のことである。このような指標としては、例えば、腫瘍の縮小、腫瘍増殖の抑制、転移、予後の良否、回帰、又は、再発等を含む。本明細書において、「mTOR関連癌治療薬への反応性が良い」とは、mTOR関連癌治療薬の投与を受けた癌患者の病状を表す該指標のうち少なくとも1の指標が、mTOR関連癌治療薬の投与を受けない場合と比較して効果を示すことを意味し、例えば、腫瘍が縮小し、腫瘍増殖が抑制され、転移が抑制され又は転移せず、予後が改善され、回帰せず、又は、再発しないこと等を含む。
【0020】
本明細書において、「変異型NRF2をコードするDNA又はRNA」とは、正常なNRF2をコードするヌクレオチド又はリボヌクレオチド配列の一部に変異のあるDNA又はRNAのことであり、例えば、配列番号1の配列の一部に変異のあるDNAである。本明細書において「変異型NRF2タンパク質」とは、正常なNRF2を構成するアミノ酸配列(配列番号2)の一部に変異のあるタンパク質のことである。特には、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA、又は変異型NRF2タンパク質は、当該変異によりNRF2タンパク質の発現レベルが亢進されるような変異を備える変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又はタンパク質である。より具体的な態様において、変異型NRF2タンパク質は、NRF2タンパク質の24番目のトリプトファンがシステイン又はリシンに変換され、26番目のグルタミンがグルタミン酸に変換され、28番目のイソロイシンがグリシンに変換され、30番目のロイシンがフェニルアラニンに変換され、31番目のグリシンがアラニンに変換され、75番目のグルタミンがヒスチジンに変換され、77番目のアスパラギン酸がバリン又はグリシンに変換され、79番目のグルタミン酸がリシンに変換され、80番目のトレオニンがリシン又はプロリンに変換され、並びに/あるいは、82番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に変換されたタンパク質を含む。また、変異型NRF2遺伝子は、NRF2タンパク質の24番目のトリプトファンがシステイン又はリシンに変換され、26番目のグルタミンがグルタミン酸に変換され、28番目のイソロイシンがグリシンに変換され、30番目のロイシンがフェニルアラニンに変換され、31番目のグリシンがアラニンに変換され、75番目のグルタミンがヒスチジンに変換され、77番目のアスパラギン酸がバリン又はグリシンに変換され、79番目のグルタミン酸がリシンに変換され、80番目のトレオニンがリシン又はプロリンに変換され、並びに/あるいは、82番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に変換されたタンパク質をコードする遺伝子を含む。変異型NRFをコードするDNA又はRNAのレベルとは、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAレベルを測定可能な手法により測定されたレベルのことであり、例えば、サザンブロット法、ノーザンブロット法、ASO法等のハイブリダイゼーションを利用した方法、又は、PCR−SSCP法、ARMS法及びダイレクトゲルアッセイ法等のPCRを利用した方法により測定されたレベル、あるいは、各測定方法に適したソフトウェアにより計算された値として与えられるレベルを含む。
【0021】
本明細書において、患者のmTOR関連癌治療薬への反応性を判定するために、測定された変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルと患者のmTOR関連癌治療薬への反応性との関係において用いられる「関連付けをする」という用語は、被験者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の存在又はレベルを、mTOR関連癌治療薬への反応性が不良であった患者又はmTOR抗癌剤への反応性が不良であろうことが知られている患者、あるいは、mTOR関連癌治療薬への反応性が不良ではなかった患者又はmTOR関連癌治療薬への反応性が不良ではないと信じられている患者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルと比較することを意味する。比較対象となる患者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルは、例えば、本発明の開示により、又は、既にmTOR関連癌治療薬への反応性が判明している患者由来の試料における変異型NRF2遺伝子又は変異型NRF2タンパク質のレベルを測定することにより、あるいは、他のmTOR関連癌治療薬への反応性指標による評価と組み合わせて評価することにより知ることができる。変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルを利用して、患者がmTOR関連癌治療薬に反応する可能性を判定することができる。変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルとmTOR関連癌治療薬への反応性との関連付けは、統計的分析により行うことができる。統計学的有意性は、2以上の集団を比較し、信頼区間及び/又はp値を決定することにより決定される(Dowdy and Wearden,Statistics for Research,John Wiely&Sons, NewYord,1983)。本発明の信頼区間は、例えば、90%、95%、98%、99%、99.5%、99.9%又は99.99%であってもよい。また、本発明のp値は、例えば、0.1、0.05、0.025、0.02、0.01、0.005、0.001、0.0005、0.0002又は0.0001であってもよい。
【0022】
好ましくは、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質は、その存在/不存在により患者のmTOR関連癌治療薬への反応性と関連付けることができる。また、別の例として、患者由来の試料における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルは、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質についてmTOR関連癌治療薬への反応性の指標として設定した閾値レベルと比較することにより、該患者のmTOR関連癌治療薬への反応性と関連付けてもよい。このような閾値レベルは、例えば、感度が、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。また、閾値レベルは、特異度が、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。
【0023】
mTOR関連癌治療薬への反応性の判定は、それによりmTOR関連癌治療薬投与による患者の状態の経過又は転帰を予測する方法を意味し、当該投与による患者の状態の経過又は転帰を100%の正確さで予測可能であることを意味するものではない。mTOR関連癌治療薬への反応性の判定は、当該抗癌剤の投与により、ある経過又は転帰が起こる可能性が増大しているか否かを意味するものであり、当該経過又は転帰が起こらない場合を基準として起こりやすいことを意味するものではない。即ち、mTOR関連癌治療薬への反応性の判定結果は、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルが上昇又は減少している患者において、そのような特徴を示さない患者に比較して、mTOR関連癌治療薬投与より特定の経過又は転帰がより生じやすいということを意味する。
【0024】
本明細書において、「癌反応クラス」とは、類似した性質を備える癌のグループのことであり、特には、特定の遺伝子発現において類似した発現パターンを示すか、又は、類似した臨床上の症状を示す癌のグループのことである。ある癌反応クラスに属するメンバーは、mTOR関連癌治療薬に対して同等の又は類似した反応性を示す。当該反応クラスに属するメンバーの遺伝子発現又は臨床上の症状は、当該反応クラスに属さないメンバーの遺伝子発現又は臨床上の症状と異なっており、それらが区別可能であることが好ましい。このような遺伝子発現としては、好ましくは変異型NRF2遺伝子の発現である。癌反応クラスは、「mTORへの反応性が高い」及び「mTORへの反応性が低い」の少なくとも2のクラスを含むことができ、また、それ以上の数のクラスを含んでいてもよい。
【0025】
本明細書において、「癌反応クラスのうち一つのクラスに分類する」とは、癌患者由来の試料における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルに応じて当該癌患者をグループ分けすることを意味する。レベルは通常、発現量などのDNA,RNA又はタンパク質の量を意味するが、変異の数または程度などの変異のレベルを意味してもよい。当該グループ分けは、絶対的又は相対的な指標により振り分けることができる。例えば、対象患者の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルから、当該患者を予め決められた変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルのグループに振り分けることにより行ってもよい。あるいは、対象患者を含む不特定の患者群における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルを測定した上で、相対的なレベルの差から、患者を2以上のグループに分けてもよい。また、クラス分けは、健常人における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルとの差の程度を指標として行ってもよい。好ましくは、比較した場合に変異型NRFをコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルが高いほどmTORへの反応性が高いクラスに分類される。
【0026】
一の態様において、本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するための方法又はキットは、核酸分子を用いた公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、サザンハイブリダイゼーション、ノーザンハイブリダイゼーション、ドットハイブリダイゼーション、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)、DNAマイクロアレイ、ASO法等を挙げることができる。本予測キットによる分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。
【0027】
具体的には、本発明のmTOR関連癌治療薬への癌患者の反応性予測方法は、例えば、以下の工程により行うことができる:
(a)患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの核酸に該試料を接触させる工程、ここで、該核酸は、以下の(i)及び(ii)から選択される:
(i)正常なNRF2をコードするDNA又はRNAに特異的に結合し、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAに結合しない核酸、及び、正常なNRF2をコードするDNA又はRNA及び変異型NRF2をコードするDNA又はRNAに結合する核酸、
(ii)正常なNRF2をコードするDNA又はRNAに結合せず、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAに特異的に結合する核酸;
(c)該DNA又は該RNAの該核酸への結合を検出して変異型NRF2をコードするDNA又はRNAのレベルを測定する工程;並びに、
(d)変異型NRF2をコードするDNA又はRNAのレベルから癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する工程、ここで、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAの存在若しくは増加が該患者のmTORへの反応性が高いことを示す。
【0028】
一の態様において、本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するためのキットは、特定の遺伝子(例えば、正常なNRF2をコードするDNA又はRNA、変異型NRF2をコードするDNA又はRNA、あるいはその両方)と特異的に結合する核酸を含む核酸分子を使用する公知の方法に基づくことができる。具体的には本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するためのキットは、(i)〜(iv)から選択される少なくとも一つの物質を含む。
(i)NRF2をコードするDNA又はRNAと結合し、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAと結合しない物質、
(ii)NRF2遺伝子とは結合せず、変異型NRF2遺伝子と結合する物質
(iii)NRF2タンパク質と結合し、変異型NRF2タンパク質と結合しない物質、及び、
(iv)NRF2タンパク質と結合せず、変異型NRF2タンパク質と結合する物質。
当該キットに使用する核酸は、化学合成により、又は、所望の核酸を含む遺伝子を生体材料から調整し、所望の核酸を増幅するよう設計したプライマーを用いて増幅することにより、得ることができる。
【0029】
一の態様において、本発明の方法又はキットは、PCRを用いた公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、例えば、ARMS(Amplification Refractory Mutation System)法、RT−PCR(Reverse transcriptase−PCR)法、Nested PCR法を挙げることができる。また、増幅された核酸は、ドット・ブロット・ハイブリダイゼーション法、表面プラズモン共鳴法(SPR法)、PCR−RFLP法、In situ RT−PCR法、PCR−SSO(sequence specific Oligonucleotide)法、PCR−SSP法、AMPFLP(Amplifiable fragment length polymorphism)法、MVR−PCR法、PCR−SSCP(single strand conformation polymorphism)法により]検出してもよい。本予測キットによる分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。
【0030】
具体的には、本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するための方法は、例えば、以下の工程により行うことができる:
(a)患者由来の試料を調整する工程;
(b)正常なNRF2をコードするDNA又はRNA、及び変異型NRF2をコードするDNA又はRNAから選択される少なくとも1の核酸を増幅させる工程:
(c)核酸の増幅量を検出し、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAのレベルを測定する工程;並びに、
(d)変異型NRF2をコードするDNA又はRNAのレベルから癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する工程、ここで、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAの存在若しくは増加は、該患者のmTORへの反応性が高いことを示す。
【0031】
PCRを使用する公知の方法に基づく本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するためのキットは、特定の遺伝子(例えば、NRF2をコードするDNA又はRNA、変異型NRF2をコードするDNA又はRNA、あるいはその両方)の一部と特異的に結合するプライマーを含む。本キットに使用するプライマーは、本明細書の開示及び公知の情報を基に、当業者周知の方法により適宜設計し、化学合成により得ることができる。
【0032】
更に、別の態様において、本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する方法は、例えば、インベーダー(登録商標)法として知られる方法(例えば、Kwiatkowski,R.W.et al.:“Clinical,genetic,and pharmacogenetic applications of the Invader assay.”Mol.Diagn.4:353−364,1999参照)を用いて行うことができる。
例えば、本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する方法は、本明細書の記載によれば、以下の工程により行うことができる:
(a)患者由来の試料を調整する工程;
(b)以下の(i)及び(ii)に記載の核酸に該試料を接触させて、アレルプローブと相補的なDNAに三重鎖を形成させる工程:
(i)正常なNRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、並びに/又は、変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、
(ii)正常なNRF2をコードするDNA及び/又は変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ;
(c)(b)により得られた核酸試料に、三重鎖特異的DNA分解酵素を接触させて三重鎖を形成した核酸からフラップを遊離させる工程;
(d)遊離されたフラップを、それぞれ当該フラップと相補的な配列及び消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブと接触させる工程;
(e)(d)により得られた核酸試料に、三重鎖特異的DNA分解酵素を接触させて蛍光標識を遊離させ、蛍光を発色させる工程;並びに、
(f)発色した蛍光を検出することにより、変異型NRF2をコードするDNAのレベルを測定する工程、ここで、変異型NRF2をコードするDNAの存在若しくは増加が該患者のmTORへの反応性が高いことを示す。
【0033】
一の態様において、本明細書のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するためのキットは、上記インベーダー(登録商標)法に適したキットとすることができる。たとえば、本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するためのキットは、正常なNRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、及び/又は、変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、正常なNRF2をコードするDNA又は/及び変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブを備えることができる。上記フラップは、各アレル特異的プローブ間で異なっていることが好ましい。上記蛍光標識は、当業者周知のプローブを適宜選択することができ、各蛍光標識ユニバーサルプローブ間で異なっていることが好ましい。例えば、蛍光標識として、FAM及びVICを使用することができる。
【0034】
上述の本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するためのキットに含まれるプローブは、本明細書の開示及び公知の情報を基に、当業者周知の方法により適宜設計し、化学合成により、又は、所望の核酸を含む遺伝子を生体材料から調整し、所望の核酸を増幅するよう設計したプライマーを用いて増幅することにより、得ることができる。また、本明細書に記載の予測キットに含まれる三重鎖特異的DNA分解酵素は、市販のもの(例えば、Cleavase、株式会社サードウェーブジャパン)を使用することができる。
【0035】
別の態様において、mTOR関連癌治療薬への反応性を予測するための方法又はキットは、抗体分子を用いた公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、例えば、ELISA(Catty, Raykundalia, 1989)、ラジオイムノアッセイ(Catty, Murphy, 1989)、免疫組織化学的方法(Heiderら、1993)、または、ウエスタンブロット等を挙げることができる。
【0036】
また、別の態様において、 本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測するための方法は、以下の工程を含むことができる:
(a)該患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの抗体に該試料を接触させる工程、ここで、該抗体は、以下の(i)及び(ii)から選択される:
(i)NRF2タンパク質に特異的に結合し、変異型NRF2タンパク質に結合しない抗体、及び、NRF2タンパク質及び変異型NRF2タンパク質に結合する抗体、
(ii)NRF2タンパク質に結合せず、変異型NRF2タンパク質に特異的に結合する抗体;
(c)該タンパク質の該抗体への結合を検出して変異型NRF2タンパク質の発現レベルを測定する工程;
(d)変異型NRF2タンパク質の発現レベルから癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する工程、ここで、変異型NRF2タンパク質の発現若しくは発現上昇が患者のmTORへの反応性が高いことを示す。
【0037】
本発明のキットは、特定のタンパク質(例えば、NRF2タンパク質、変異型NRF2タンパク質、又は、その両方)と特異的に結合する抗体又はその断片を含む。目的のタンパク質と結合する限りその構造、当該抗体又はその断片の大きさ、イムノグロブリンクラス、由来等は問わない。また、本発明のキットが包含する抗体又はその断片は、モノクローナルであってもよいし、ポリクローナルであってもよい。抗体の断片とは、抗体の一部分(部分断片)又は抗体の一部分を含むペプチドであって、抗体の抗原への結合作用を保持するもののことである。このような抗体の断片としては、例えば、F(ab’)、Fab’、Fab、一本鎖Fv(scFv)、ジスルフィド結合Fv(dsFv)若しくはこれらの重合体、二量体化V領域(Diabody)、又は、CDRを含むペプチドを挙げることができる。ここで、CDRとは、Kabatら(“Sequences of Proteins of Immunological Interest”, Kabat, E.ら, U.S. Department of Health and Human services, 1983)又はChothiaら(Chothia & Lesk, J. Mol. Biol., 196, 901−917, 1987)の定義によるものである。また、本発明のキットは、包含する抗体又はその断片のアミノ酸配列をコードする単離された核酸、当該核酸を包含するベクター、当該ベクターを保有する細胞を含んでいてもよい。
【0038】
抗体は、当業者によく知られた方法により得ることができる。例えば、目的のタンパク質の全部若しくはその一部を有するポリペプチド、又は、それらをコードするポリヌクレオチドを組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクター等を調製しこれを抗原とする。この抗原を用いて動物を免疫後、免疫した動物から得られた免疫細胞と、ミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取する。最後に採取した抗体を、抗原として用いたNRF2タンパク質又は変異型NRF2タンパク質あるいはその一部に一致するポリペプチドを利用した抗原特異精製を行うことによりNRF2タンパク質又は変異型NRF2タンパク質に対するモノクローナル抗体を得ることができる。また、ポリクローナル抗体を作成する場合、上記と同様の抗原を動物に免疫し、免疫した動物から血液を採取し、この血液から血清を分離し、この血清に対して上記抗原を利用した抗原特異精製を行うことにより得ることができる。得られた抗体を酵素処理又は得られた抗体の配列情報を利用することにより、抗体の断片を得ることができる。
【0039】
抗体又はその断片への標識の結合は当分野において一般的な方法により行うことができる。例えば、タンパク質又はペプチドを蛍光標識する場合、タンパク質又はペプチドをリン酸緩衝液で洗浄した後、DMSO、緩衝液等で調整した色素を加え、混合した後室温で10分間静置することにより結合させることができる。また、市販の標識キットとして、ビオチン標識キット(Biotin Labeling Kit−NH2、Biotin Labeling Kit−SH:株式会社同仁化学研究所)、アルカリフォスファターゼ標識用キット(Alkaline Phosphatase Labeling Kit−NH2、Alkaline Phosphatase Labeling Kit−SH:株式会社同仁化学研究所)、ペルオキシダーゼ標識キット(Peroxidase Labering Kit−NH2、Peroxidase Labering Kit−NH2:株式会社同仁化学研究所)、フィコビリプロテイン標識キット(Allophycocyanin Labeling Kit−NH2、Allophycocyanin Labeling Kit−SH、B−Phycoerythrin Labeling Kit−NH2、B−Phycoerythrin Labeling Kit−SH、R−Phycoerythrin Labeling Kit−NH2、R−Phycoerythrin Labeling Kit−SH:株式会社同仁化学研究所)、蛍光標識キット(Fluorescein Labeling Kit−NH2、HiLyte Fluor(登録商標) 555 Labeling Kit−NH2、HiLyte Fluor(登録商標) 647 Labeling Kit−NH2:株式会社同仁化学研究所)、DyLight547、DyLight647(テクノケミカル株式会社)、Zenon(登録商標)Alexa Fluor(登録商標)抗体標識キット、Qdot(登録商標)抗体標識キット(インビトロゲン社)、EZ−Label Protein Labeling Kit(フナコシ株式会社)等を用いて標識することもできる。また、標識した抗体又はその断片の検出は、適宜標識に適した機器を使用することにより行うことができる。
【0040】
本明細書に記載の予測方法及び予測キットに使用する検体としては、例えば、生検として被験者から採取した組織試料または液体を使用することができる。使用される生検は、本発明の免疫学的測定の対象となるものであれば特に限定はなく、例えば、組織、血液、血漿、血清、リンパ液、尿、漿液、髄液、関節液、眼房水、涙液、唾液またはそれらの分画物若しくは処理物を挙げることができ、好ましくは組織(特には癌組織)である。本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する方法において、対象となる癌の種類は特に限定されないが、好ましくは固形癌であり、例えば、肺癌、頭頚部癌、食道癌、子宮頚癌、胆道癌、乳癌、悪性黒色腫を挙げることができる。本予測キットによる分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。
【0041】
B.癌の予後予測
別の態様において、本発明は癌患者の予後予測のための方法又はキット、あるいは癌患者の予後を予測する情報を得る方法に関する。本発明において、予後の予測は、癌の結末として、再発、転移又は特に患者が死亡するリスクを決定することであってもよい。
本明細書において、「予後」とは、癌患者が外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後に辿る経過又は結末(例えば、転移の有無、生死等)を意味する。本明細書において、予後とは、例えば、外科的治療による腫瘍増殖の抑制、軽減後1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、15又は20年あるいはそれ以上の時点における生死であってもよい。予後は、バイオマーカーである変異型NRF2タンパク質又は変異型NRF2タンパク質をコードする遺伝子を調べることにより予測される。予後の予測は、バイオマーカーの存在/不存在又は上昇/減少により患者の予後が良好又は不良であるか否か又は予後が良好であるか又は不良である確率を判定することにより行うことができる。本明細書において、「予後の判定」及び「予後の評価」の文言は、予後の予測と同意義語として用いられる。
【0042】
本明細書において「予後良好」とは、患者の外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後の容態が長期間(例えば、3、5、6、7、8、9、10、15又は20年間あるいはそれ以上)致命的とならないことを意味する。あるいは、予後良好とは、そのような長期間の生存、非転移、非回帰、又は、非再発を意味していてもよい。例えば、予後良好とは、好ましくは、転移又は再発を伴うことなく、少なくとも3年間、特には少なくとも5年間生存することを意味してもよい。また、予後良好の状態として、最も好ましい状態は長期の無疾患の生存である。本発明において、予後良好とは、転移等何らかの疾患が確認されていてもその悪性度が低く、生存可能な状態を含むこともできる。
【0043】
本明細書において「予後不良」とは、患者の外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後の容態が短期間(例えば、1、2、3、4、5年間あるいはそれ以下)で致命的となることを意味する。あるいは、予後不良は、そのような短期間に死亡、転移、回帰、又は、再発することを意味していてもよい。例えば、予後不良とは、少なくとも3年、特には少なくとも5年の間に再発、転移又は死亡することを意味してもよい。
【0044】
本明細書において、患者の予後を判定するために、測定された変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルと患者の予後と関係において用いられる「関連付けをする」という用語は、被験者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の存在又はレベルを、予後が不良であった患者又は予後が不良であろうことが知られている患者、あるいは、予後が不良ではなかった患者又は予後が不良ではないと信じられている患者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルと比較することを意味する。または、関連付けは、被験者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の存在又はレベルを、癌を発症していない健常人における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルと比較することであってもよい。比較対象となる患者における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルは、例えば、本発明の開示により、又は、既に予後が判明している患者由来の試料における変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルを測定することにより、あるいは、他の予後指標による評価と組み合わせて評価することにより知ることができる。本発明の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルを利用して、患者が死亡、再発又は転移する可能性を予測することができる。予後因子と予後との関連付けは、統計的分析により行うことができる。統計学的有意性は、2以上の集団を比較し、信頼区間及び/又はp値を決定することにより決定される(Dowdy and Wearden, Statistics for Research, John Wiely & Sons, NewYord, 1983)。本発明の信頼区間は、例えば、90%、95%、98%、99%、99.5%、99.9%又は99.99%であってもよい。また、本発明のp値は、例えば、0.1、0.05、0.025、0.02、0.01、0.005、0.001、0.0005、0.0002又は0.0001であってもよい。
【0045】
例えば、本発明の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質は、その存在/不存在により患者の予後と関連付けることができる。また、別の例として、本発明の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質について予後指標としての閾値レベルを設定し、患者由来の試料におけるバイオマーカーのレベルは、閾値レベルと比較することにより関連付けてもよい。このような閾値レベルは、例えば、感度が、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。また、閾値レベルは、特異度が、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。
【0046】
予後の判定は、それにより患者の状態の経過又は転帰を予測する方法を意味し、状態の経過又は転帰を100%の正確さで予測可能であることを意味するものではない。予後の判定は、ある経過又は転帰が起こる可能性が増大しているか否かを意味するものであり、当該経過又は転帰が起こらない場合を基準として起こりやすいことを意味するものではない。即ち、予後の判定結果は、本発明の変異型NRF2遺伝子又は変異型NRF2タンパク質のレベルが上昇又は減少している患者において、そのような特徴を示さない患者に比較して、ある特定の経過又は転帰がより生じやすいということを意味する。
【0047】
一の態様において、本発明の予後予測キットは、核酸分子を用いた公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、例えば、サザンハイブリダイゼーション、ノーザンハイブリダイゼーション、ドットハイブリダイゼーション、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)、DNAマイクロアレイ等を挙げることができる。本明細書に記載の予測方法及び予測キットに使用する検体としては、例えば、生検として被験者から採取した組織試料または液体を使用することができる。使用される生検は、本発明の免疫学的測定の対象となるものであれば特に限定はなく、例えば、組織、血液、血漿、血清、リンパ液、尿、漿液、髄液、関節液、眼房水、涙液、唾液またはそれらの分画物若しくは処理物を挙げることができ、好ましくは組織(特には癌組織)である。本発明のmTOR関連癌治療薬への反応性を予測する方法において、対象となる癌の種類は特に限定されないが、好ましくは固形癌であり、例えば、肺癌、頭頚部癌、食道癌、子宮頚癌、胆道癌、乳癌、悪性黒色腫を挙げることができる。本予測キットによる分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。
【0048】
本発明の予後予測方法は、例えば、以下の工程により行うことができる:
(a)該患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの核酸に該試料を接触させる工程、ここで、該核酸は、以下の(i)及び(ii)から選択される:
(i)正常なNRF2をコードするDNA若しくはRNAに特異的に結合し、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAに結合しない核酸、及び、正常なNRF2遺伝子及び変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAに結合する核酸、
(ii)正常なNRF2をコードするDNA若しくはRNAに結合せず、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAに特異的に結合する核酸;
(c)核酸の該DNA若しくはRNAへの結合を検出して変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAのレベルを測定する工程;
(d)変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAの発現レベルから癌患者の予後を予測する工程、ここで、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAの発現若しくは発現上昇が癌患者の予後不良を示す。
【0049】
本発明の癌患者の予後予測のためのキットは、特定のDNA又はRNA(例えば、正常なNRF2をコードするDNA若しくはRNA、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA、又はその両方)と特異的に結合する核酸を含む。特に、本発明の癌患者の予後予測のためのキットは、以下の(i)〜(iv)から選択される少なくとも1つの物質を含む
(i)NRF2をコードするDNA又はRNAと結合し、変異型NRF2をコードするDNA又はRNAと結合しない物質、
(ii)NRF2遺伝子とは結合せず、変異型NRF2遺伝子と結合する物質
(iii)NRF2タンパク質と結合し、変異型NRF2タンパク質と結合しない物質、及び、
(iv)NRF2タンパク質と結合せず、変異型NRF2タンパク質と結合する物質。
使用する核酸は、化学合成により、又は、所望の核酸を含む遺伝子を生体材料から調整し、所望の核酸を増幅するよう設計したプライマーを用いて増幅することにより、得ることができる。
【0050】
一の態様において、本発明の癌患者の予後予測方法は、例えば、インベーダー(登録商標)法として知られる方法(例えば、Kwiatkowski,R.W.et al.:“Clinical,genetic,and pharmacogenetic applications of the Invader assay.”Mol.Diagn.4:353−364,1999参照)を用いて行うことができる。
例えば、本発明の癌患者の予後予測方法は、以下の工程により行うことができる:
(a)患者由来の試料を調整する工程;
(b)以下の(i)及び(ii)に記載の核酸に該試料を接触させて、アレルプローブと相補的なDNAに三重鎖を形成させる工程:
(i)正常なNRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、並びに/又は、変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、
(ii)正常なNRF2をコードするDNA及び/又は変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ;
(c)(b)により得られた核酸試料に、三重鎖特異的DNA分解酵素を接触させて三重鎖を形成した核酸からフラップを遊離させる工程;
(d)遊離されたフラップを、それぞれ当該フラップと相補的な配列及び消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブと接触させる工程;
(e)(d)により得られた核酸試料に、三重鎖特異的DNA分解酵素を接触させて蛍光標識を遊離させ、蛍光を発色させる工程;並びに、
(f)発色した蛍光を検出することにより、変異型NRF2をコードするDNAのレベルを測定する工程、ここで、変異型NRF2をコードするDNAの存在若しくは増加が該患者の予後が悪いことを示す。
【0051】
一の態様において、本明細書の癌患者の予後を予測するためのキットは、上記インベーダー(登録商標)法に適したキットとすることができる。たとえば、本発明の癌患者の予後を予測するためのキットは、正常なNRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、及び/又は、変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、正常なNRF2をコードするDNA又は/及び変異型NRF2をコードするDNAの一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブを備えることができる。上記フラップは、各アレル特異的プローブ間で異なっていることが好ましい。上記蛍光標識は、当業者周知のプローブを適宜選択することができ、各蛍光標識ユニバーサルプローブ間で異なっていることが好ましい。例えば、蛍光標識として、FAM及びVICを使用することができる。
【0052】
上述の本発明の癌患者の予後を予測するためのキットに含まれるプローブは、本明細書の開示及び公知の情報を基に、当業者周知の方法により適宜設計し、化学合成により、又は、所望の核酸を含む遺伝子を生体材料から調整し、所望の核酸を増幅するよう設計したプライマーを用いて増幅することにより、得ることができる。また、本明細書に記載の予測キットに含まれる三重鎖特異的DNA分解酵素は、市販のもの(例えば、Cleavase、株式会社サードウェーブジャパン)を使用することができる。
【0053】
一の態様において、本発明の癌患者の予後を予測するための方法又はキットは、抗体分子を用いた公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、例えば、ELISA(Catty, Raykundalia, 1989)、ラジオイムノアッセイ(Catty, Murphy, 1989)、免疫組織化学的方法(Heiderら、1993)、または、ウエスタンブロット等を挙げることができる。
【0054】
一の態様において、本発明の癌患者の予後予測方法は、例えば、以下の工程
(a)該患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの抗体に該試料を接触させる工程、ここで、該抗体は、以下の(i)及び(ii)から選択される:
(i)NRF2タンパク質に特異的に結合し、変異型NRF2タンパク質に結合しない抗体、及び、NRF2タンパク質及び変異型NRF2タンパク質に結合する抗体、
(ii)NRF2タンパク質に結合せず、変異型NRF2タンパク質に特異的に結合する抗体;
(c)該タンパク質の該抗体への結合を検出して変異型NRF2タンパク質の発現レベルを測定する工程;
(d)変異型NRF2タンパク質の発現レベルから癌患者の予後を予測する工程、ここで、変異型NRF2タンパク質の発現若しくは発現上昇が癌患者の予後不良を示す、により行うことができる。
【0055】
一の態様において、本発明の癌患者の予後予測のためのキットは、特定のタンパク質(例えば、NRF2タンパク質、変異型NRF2タンパク質、又は、その両方)と結合する抗体又はその断片を備える。当該抗体は、目的のタンパク質と結合する限りその構造、大きさ、イムノグロブリンクラス、由来等を問わない。また、本発明のキットが包含する抗体又はその断片は、モノクローナルであってもよいし、ポリクローナルであってもよい。抗体の断片とは、抗体の一部分(部分断片)又は抗体の一部分を含むペプチドであって、抗体の抗原への結合作用を保持するもののことである。このような抗体の断片としては、例えば、F(ab’)、Fab’、Fab、一本鎖Fv(scFv)、ジスルフィド結合Fv(dsFv)若しくはこれらの重合体、二量体化V領域(Diabody)、又は、CDRを含むペプチドを挙げることができる。ここで、CDRとは、Kabatら(“Sequences of Proteins of Immunological Interest”, Kabat, E.ら, U.S. Department of Health and Human services, 1983)又はChothiaら(Chothia & Lesk, J. Mol. Biol., 196, 901−917, 1987)の定義によるものである。また、本発明のキットは、本発明のキットが包含する抗体又はその断片のアミノ酸配列をコードする単離された核酸、当該核酸を包含するベクター、当該ベクターを保有する細胞も包含する。
【0056】
本発明の癌患者の予後予測のためのキットに使用される抗体は、上述の方法により得ることができる。また、抗体又はその断片への標識の結合も上述の方法により行うことができる。また、標識には上述の市販の標識キットを使用してもよい。また、標識した抗体又はその断片の検出は、適宜標識に適した機器を使用することにより行うことができる。
【0057】
本明細書に記載の癌患者の予後測キットに使用する検体としては、例えば、生検として被験者から採取した組織試料または液体を使用することができる。使用される生検は、本発明の免疫学的測定の対象となるものであれば特に限定はなく、例えば、組織、血液、血漿、血清、リンパ液、尿、漿液、髄液、関節液、眼房水、涙液、唾液またはそれらの分画物若しくは処理物を挙げることができ、好ましくは組織(特には癌組織)である。本予測キットによる分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。本発明の予後予測方法において、対象となる癌の種類は特に限定されないが、好ましくは固形癌であり、例えば、肺癌、頭頚部癌、食道癌、子宮頚癌、胆道癌、乳癌、悪性黒色腫を挙げることができる。
【0058】
C.癌治療薬のスクリーニング
一の態様において、本発明は癌治療薬のスクリーニング方法に関する。変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質は、患者の予後の指標となることから、癌治療薬のスクリーニングにおいて変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を患者の予後の改善の指標として用いることができる。例えば、癌細胞に被験薬を添加し、又は、癌モデル動物に被験薬を投与し、一定時間後の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルを測定することにより、当該治療薬が癌の予後を改善するものであるか否かを判定することができる。より具体的には、添加又は投与により、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルが減少しているか若しくは確認できない被験薬を、癌の予後を改善する治療薬として選別することができる。
【0059】
D.癌治療薬
また、別に態様において、本発明はNRF2阻害剤を有効成分として含有する癌治療薬に関する。本明細書において、「NRF2阻害剤」とは、NRF2タンパク質の機能又は発現を阻害し、あるいは、NRF2遺伝子発現を阻害する物質であれば特に限定されず、例えば、アンチセンス、dsRNA、リボザイム、アプタマー、NRF2結合タンパク質断片、NRF2抗体又は抗体の断片、又は、結合性蛋白質を挙げることができる。
【0060】
「アンチセンス」とは、NRF2をコードするmRNAに相補的な配列を有する核酸のことであり、DNAであってもRNAであってもよい。また、アンチセンスは標的とするNRF2のmRNAと100%相補的である必要はなく、ストリンジェントな条件下(Sambrook et al.1989)で特異的にハイブリダイズすることができれば、相補的でない塩基を含んでいてもよい。アンチセンスは、細胞に導入されると、標的ポリヌクレオチドに結合し、転写、RNAのプロセッシング、翻訳又は安定性を阻害する。また、アンチセンスは、アンチセンスポリヌクレオチドの他に、ポリヌクレオチドミメティックス、変異された骨格(modified back bone)を備えるもの、並びに、3’及び5’末端部分を含む。このようなアンチセンスは、NRF2の配列情報を基に、当業者周知に方法を利用して適宜設計及び製造(例えば、化学合成)することができる。
【0061】
「dsRNA」とは、RNA干渉(RNAi)により、遺伝子発現を抑制する二本鎖RNA構造を含むRNAのことであり、siRNA(short interfering RNA)及びshRNA(short hairpin RNA)を含む。dsRNAは、標的遺伝子発現を抑制する限り、標的遺伝子配列と100%の相同性を備える必要はない。また、dsRNAは、安定化その他の目的で、その一部がDNAに置換されていてもよい。siRNAとして、好ましくは、21〜23塩基を備える二本鎖RNAである。siRNAは、当業者周知の方法、例えば、化学合成又は自然発生RNAのアナログとして得ることができる。shRNAは、ヘアピンターン構造をとるRNA短鎖である。shRNAは当業者周知の方法、例えば、化学合成又はshRNAをコードする遺伝子を細胞に導入し、発現させることにより得ることができる。
【0062】
「リボザイム」は、触媒活性を備えるRNAのことであり、RNAを切断、貼り付け、挿入、移動等することができる。リボザイムの構造としては、ハンマーヘッド型、ヘアピン型等が含まれる。
【0063】
「アプタマー」とはタンパク質等の物質と結合する核酸である。アプタマーはRNAであってもDNAであってもよい。核酸の形態は二本鎖であっても一本鎖であってもよい。アプタマーの長さは標的分子に特異的に結合することができれば特に限定されないが、例えば、10〜200ヌクレオチド、好ましくは、10〜100ヌクレオチド、より好ましくは15〜80ヌクレオチド、さらに好ましくは15〜50ヌクレオチドのものである。アプタマーは、当業者において周知の方法を用いて選択することができ、例えば、SELEX法(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)(Tuerk, C. and Gold, L., 1990, Science, 249: 505−510)を用いることができる。
【0064】
「NRF2結合タンパク質断片」とは、NRF2と結合するタンパク質の断片であって、当該断片と結合することにより、NRF2が本来の機能を奏することができない断片のことである。NRF2が結合するタンパク質としては、例えば、ferritin,light polypeptide(FTL)、jun オンコジーン(JUN)、カテプシン L1(CTSL1)、インターロイキン エンハンサー バインディング ファクター3(ILF3)、KEAP1、pleckstrin homology domain interacting protein(PHIP)、ヌクレアー ファクター エリスロイド デライブド2(NFE2)、v−maf マスクロアポニューロティック ファイブロサルコーマ オンコジーン ホモログ G(V−maf musculoaponeurotic fibrosarcoma oncogene homolog G)(MAFG)、及び、v−maf マスクロニューロティック ファイブロサルコーマ オンコジーンファミリー プロテイン K(v−maf musculoaponeurotic fibrosarcoma oncogene family,protein K)(MAFK)が挙げられる。例えば、これらのタンパク質の部分ペプチドを作成し、NRF2と結合するペプチドを選択することにより、NRF2と結合するタンパク質断片を得ることができる。また、これらのペプチドは、安定性の向上や阻害活性を促進させるため、適宜、修飾されていてもよく、また、一部にアミノ酸の変異が導入されていてもよい。
【0065】
本発明の予測用キット又は治療薬に使用する抗NRF2抗体またはその断片が認識するアミノ酸の数は、抗体がNRF2に結合することができる数であれば、特に限定はない。抗体を治療薬として使用する場合には、NRF2の機能を阻害することが可能な数のアミノ酸を認識することが好ましい。抗体またはその断片が認識するアミノ酸の数は、好ましくは、少なくとも1個であり、より好ましくは、少なくとも3個である。また、本発明の抗体のイムノグロブリンクラスは特に限定されるものではなく、IgG、IgM、IgA、IgE、IgD、IgYのいずれのイムノグロブリンクラスであってもよく、好ましくはIgGである。また、本発明の抗体はいずれのアイソタイプの抗体をも包含するものである。
【0066】
本明細書において、「抗体の断片」とは、抗体の一部分(部分断片)または抗体の一部分を含むペプチドであって、抗体の抗原への作用を保持するもののことである。このような抗体の断片としては、例えば、F(ab’)、Fab’、Fab、一本鎖Fv(以下、「scFv」という)、ジスルフィド結合Fv(以下、「dsFv」という)若しくはこれらの重合体、二量体化V領域(以下、「Diabody」という)、またはCDRを含むペプチドを挙げることができる。
F(ab’)は、IgGをタンパク質分解酵素ペプシンで処理して得られる断片のうち、分子量約10万の抗原結合活性を有する抗体断片である。Fab’は、該F(ab’)のヒンジ領域のジスルフィド結合を切断した分子量約5万の抗原結合活性を有する抗体断片である。sdFvは、1本のVHと1本のVLがペプチドリンカーで連結された抗原結合活性を有するポリペプチドである。dsFvは、VH及びVL中のシステイン残基に置換されたアミノ酸残基がジスルフィド結合を介して結合している抗原結合活性を有する断片である。Diabodyは、scFvが二量体化した断片である。本発明のDiabodyは、モノスペシフィックでもよいし、バイスペシフィック(多重特異性抗体)でもよい。二量体化しているscFvは、同一であっても良いし、異なっていても良い。CDRを含むペプチドは、重鎖可変領域のCDR1、CDR2及びCDR3並びに軽鎖可変領域のCDR1、CDR2、及び、CDR3から選択される少なくとも1つのCDRのアミノ酸配列を含むペプチドのことである。
【0067】
本発明の抗体は、例えば、NRF2又はNRF2の一部を有するペプチドを、必要に応じて免疫賦活剤(例えば、鉱油若しくはアルミニウム沈殿物と加熱死菌若しくはリポ多糖体、フロインドの完全アジュバント、または、フロインドの不完全アジュバント等)とともに、非ヒト哺乳動物または鳥類に免疫することにより作製することができる。
【0068】
免疫原として使用するNRF2は、マウス、ウサギ、ヒト等の哺乳動物のNRF2であれば、特に限定は無いが、好ましくは、ヒトNRF2である。従って、本発明の抗体の作製に使用する免疫原は、NRF2をコードするcDNAを含む発現ベクターを大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞等に導入し、発現させることにより得ることができる。免疫原として、NRF2の一部を有するペプチドを使用する場合には、これらのペプチドをコードするcDNAを含む発現ベクターを大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞等に導入し、発現させることにより免疫原を得ることができる。免疫原として、NRF2の一部を有するペプチドを使用する場合には、NRF2の一部を有するペプチドをそのまま使用することもできるし、1種類または2種類以上のNRF2の一部を有するペプチドをリンカーを介して結合させて使用することもできる。
【0069】
NRF2またはNRF2の一部を有するペプチドは、Fmoc法またはBoc法等を用いて化学合成により作製できることができる。例えば、NRF2またはNRF2の一部を有するペプチドのC末端のアミノ酸をポリスチレン担体に固定化し、9−フルオレニルメチルオキシカルボニル基(Fmoc基)またはtert−ブトキシカルボニル基(Boc基)で保護されたアミノ酸を、ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)等の縮合剤を用いて反応させることにより結合させ、洗浄、脱保護の工程を繰り返すことにより、所望のアミノ酸配列を有するペプチドを得ることができる。
【0070】
また、NRF2またはNRF2の一部を有するペプチドは、自動ペプチド合成機を用いて合成することもできる。このようなペプチド合成機としては、例えば、PSSM−8(島津製作所);モデル433Aペプチドシンセサイザ(アプライドバイオシステムズ社);ACT396Apex(アドバンストケムテック社)等が挙げられる。
【0071】
免疫動物としては、マウス、ラット、ハムスター、ラビット、ニワトリ、アヒル等ハイブリドーマを作製することが可能な動物であれば特に限定はないが、好ましくは、マウスまたはラットであり、より好ましくは、マウスであり、最も好ましくは、NRF2ノックアウトマウスである。動物への免疫原の投与は、例えば、皮下注射、腹腔内注射、静脈内注射、皮内注射、筋肉内注射または足蹠注射により行うことができるが、好ましくは、皮下注射または腹腔内注射である。使用する免疫原の量は、抗体を産生できる量であれば特に限定は無いが、好ましくは、0.1〜1000μgであり、より好ましくは、1〜500μgであり、より更に好ましくは、10〜100μgである。免疫は、1回または適当な間隔をあけて数回行うことができる。好ましくは、1〜5週間に1回の免疫を合計2〜5回行い、より好ましくは、3週間に1回の免疫を合計3回行う。最後の免疫から1〜2週間後に、免疫した動物の眼窩または尾静脈から採血を行い、その血清を用いて抗体価の測定を行う。抗体価の測定は、当業者周知の方法で行うことができる。例えば、放射性同位元素免疫定量法(RIA法)、固相酵素免疫定量法(ELISA法)、蛍光抗体法、受身血球凝集反応法を挙げることができ、好ましくは、ELISA法である。本発明の抗体は、十分な抗体価を示す動物の血清から精製することにより得ることができる。
【0072】
本発明のモノクローナル抗体は、上記方法により免疫した免疫感作動物から得た抗体産生細胞と、骨髄腫系細胞(ミエローマ細胞)を融合することにより得られるハイブリドーマを培養することにより得ることができる。当該融合方法としては、例えば、ミルステインらの方法(Galfre, G. & Milstein,C.,Methods Enzymol.73:3−46,1981)を挙げることができる。使用する抗体産生細胞は、上記方法により免疫し血清が十分な抗体価を示したマウスまたはラットの脾臓、膵臓、リンパ節、末梢血より採取することができ、好ましくは、脾臓より採取する。使用する骨髄腫系細胞は、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ラビットまたはヒト等の哺乳動物に由来する細胞であって、in vitro で増殖可能な細胞であれば特に限定はない。このような細胞としては、例えば、P3−X63Ag8(X63)(Nature, 256, 495, 1975)、P3/NS1/1−Ag4−1(NS1)(Eur. J. Immunol., 6, 292, 1976)、P3X63Ag8U1(P3U1)(Curr. Top. Microbiol. Immunol., 81, 1, 1978)、P3X63Ag8.653(653)(J. Immunol., 123, 1548, 1979)、Sp2/0−Ag14(Sp2/O)(Nature, 276, 269, 1978)、Sp2/O/FO−2(FO−2)(J. Immunol. Methods, 35, 1, 1980)等を挙げることができ、好ましくは、P3U1である。
【0073】
上述の方法に従って得られた抗体産生細胞及び骨髄腫細胞は、培地、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)等で洗浄後、ポリエチレングリコール(以下、「PEG」という)等の細胞凝集性媒体を加え、細胞を融合させる(Elsevier Publishing, 1988)。融合させる際の抗体産生細胞及び骨髄腫細胞の比率は、例えば、2:1〜1:2である。細胞融合を行った後、HAT(ヒポキサンチン−アミノプテリン−チミジン)培地等の培地で培養することにより、ハイブリドーマを選択的に増殖させる。培養後、培養上清を採取し、ELISA等により、抗原タンパク質に結合し、非抗原タンパク質に結合しないサンプルを選択する。当該サンプルを限界希釈法により単一細胞化を行い、安定して高い抗体価を示す細胞を選択する。
【0074】
モノクローナル抗体は、上述の方法により得られたハイブリドーマをin vitroで培養し、培養液を精製することによって得ることができる。また、本発明のモノクローナル抗体は、予めプリスタンを腹腔内に投与した同系動物または免疫不全動物にハイブリドーマを移植した後、腹水化させ、採取した腹水を精製することによっても得ることができる。モノクローナル抗体の精製は、遠心分離後、プロテインAカラム、プロテインGカラム等を用いてIgG画分を回収することにより得ることができる。抗体のクラスが、IgY及びIgMの場合には、メルカプトピリジンをリガンドとしたカラムで精製することができる。また、抗体のクラスによらず、NRF2固相化カラム、イオン交換クロマトグラフィー、疎水相互作用クロマトグラフィー等を用いて精製することもできる。
【0075】
抗体を治療薬として使用する場合、当該抗体は、ヒト型キメラ抗体、ヒト化抗体又はヒト抗体とすることが好ましい。
ヒト型キメラ抗体は、NRF2と結合し、NRF2の機能を阻害する非ヒト動物由来モノクローナル抗体のVH及びVLをコードするDNAを調製し、これをヒト由来免疫グロブリンの定常領域cDNAと結合して発現ベクターに組み込み、適当な宿主細胞に当該ベクターを導入して発現させることにより得ることができる(Morrison, S.L.ら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 6851−6855, 1984)。
【0076】
ヒト化抗体は、NRF2と結合し、NRF2の細胞遊走活性を阻害する非ヒト動物由来モノクローナル抗体のVH及びVLのCDRをコードするアミノ酸配列をヒト抗体のVH及びVLのFRに移植したV領域をコードするDNAを構築し、構築したDNAをヒト由来免疫グロブリンの定常領域cDNAと結合して発現ベクターに組み込み、適当な宿主細胞に当該ベクターを導入して発現させることにより得ることができる(L. Rieohmannら, Nature, 332, 323, 1988; Kettleborough, C. A.ら, Protein Eng., 4, 773−783, 1991; Clark M., Immunol. Today., 21, 397−402, 2000参照)。
【0077】
ヒト抗体は、例えば、ヒト抗体ファージライブラリーまたはヒト抗体産生トランスジェニックマウスを利用することにより得ることができる(富塚ら, Nature Genet., 15, 146−156(1997))。ヒト抗体ファージライブラリーは、ヒトB細胞由来の様々な配列をもつ抗体遺伝子プールからVH遺伝子及びVL遺伝子をファージ遺伝子に導入することにより、ヒト抗体のFabまたはscFv等を融合タンパク質として表面に提示させたファージのライブラリーである。このようなヒト抗体ファージライブラリーとしては、正常なヒトの持つ抗体のVH遺伝子及びVL遺伝子を末梢血リンパ球などからRT−PCRにより増幅し、ライブラリー化することにより得られたナイーブ・非免疫ライブラリー(ケンブリッジアンチボディテクノロジー社;メディカルリサーチカウンセル;ダイアックス社等)、ヒトB細胞内の機能的な特定の抗体遺伝子を選び、V遺伝子断片のCDR3領域などの抗原結合領域の部分を適当な長さのランダムなアミノ酸配列をコードするオリゴヌクレオチドによって置換し、ライブラリー化した合成ライブラリー(バイオインベント社;クルーセル社;モルホシス社)、及び、癌、自己免疫疾患または感染症患者、あるいは、対象抗原をワクチンとして接種した人のリンパ球から作製したライブラリーである、免疫ライブラリーを挙げることができる。
【0078】
抗体の断片(F(ab’)、Fab’、Fab、scFv、dsFv若しくはこれらの重合体、Diabody、または、CDRを含むペプチド)は、以下の方法により作製することができる。F(ab’)断片は、本発明のNRF2に結合するIgG抗体をタンパク質分解酵素ペプシンで処理し、H鎖の234番目のアミノ酸残基で切断することにより、分子量約10万の抗原結合活性を有する抗体断片として得ることができる。また、本発明のF(ab’)断片は、後述のFab’をチオエーテル結合またはジスルフィド結合させることにより得ることができる。本発明のFab’断片は、上述の方法により得られた本発明のNRF2に結合するF(ab’)を還元剤であるジチオスレイトール処理して得ることができる。また、本発明のFab’断片は、本発明のNRF2に結合する抗体のFab’をコードするDNAを発現ベクターに挿入し、当該ベクターを宿主細胞に導入し、発現させることにより得ることができる。Fab断片は、本発明のNRF2に結合する抗体をタンパク質分解酵素パパインで処理し、H鎖の224番目のアミノ酸残基で切断することにより、H鎖のN末端側の約半分の領域とL鎖の全領域がジスルフィド結合により結合された分子量約5万の抗原結合活性を有する抗体断片として得ることができる。また、本発明のFab断片は、本発明のNRF2に結合する抗体のFabをコードするDNAを発現ベクターに挿入し、当該ベクターを宿主細胞に導入し、発現させることにより得ることができる。scFvは、本発明のNRF2に結合する抗体のVH及びVLをコードするcDNAを取得し、これらの遺伝子の間にリンカー配列をコードするDNAを挿入し、scFvをコードするDNAを構築し、当該DNAを発現ベクターに挿入し、当該ベクターを宿主細胞に導入し、発現させることにより得ることができる。リンカーの長さは、VHとVLが会合することができる長さであれば特に限定は無いが、好ましくは10〜20残基であり、より好ましくは15残基である。また、リンカーの配列は、VHとVLの二つのドメインのポリペプチド鎖の折りたたみを阻害しないものであれば特に限定は無いが、好ましくは、グリシン及び/またはセリンからなるリンカーであり、より好ましくは、GGGGS(G:グリシン、S:セリン)またはその繰り返し配列である。dsFvは、VH及びVL中のそれぞれ1アミノ酸残基を部位特異的突然変異によりシステイン残基に置換し、VH及びVLを当該システイン残基間のジスルフィド結合で結合させることにより得ることができる。置換するアミノ酸は、立体構造に基づき抗原結合に影響の無いアミノ酸残基であれば特に限定はない。Diabodyは、上述のscFvをコードするDNAにおいて、リンカーのアミノ酸配列が8残基以下(好ましくは5残基)となるように構築し、当該DNAを発現ベクターに挿入し、当該ベクターを宿主細胞に導入し、発現させることにより得ることができる。バイスペシフィックなDiabodyは、異なる2種類のscFvのVH及びVLのDNAを組み合わせてscFvを作製することにより得ることができる。CDRを含むペプチドは、本発明のNRF2に結合する抗体のVHまたはVLのCDRのアミノ酸配列をコードするDNAを構築し、当該DNAを発現ベクターに挿入し、当該ベクターを宿主細胞に導入し、発現させることにより得ることができる。
【0079】
本発明の薬剤を医薬として使用する場合、単独で投与しても良いし、他の薬剤と共に投与してもよい。本発明の薬剤と共に使用することができる他の薬剤としては、本発明の治療薬又は予防薬の効果を失わせることの無い薬剤であれば特に限定は無く、好ましくは、癌の治療薬若しくは予防薬であり、例えば、イホスファミド、シクロホスファミド、ダカルバジン、テモゾロミド、ニムスチン、ブスルファン、プロカルバジン、メルファラン、ラニムスチン等のアルキル化剤;エノシタビン、カペシタビン、カルモフール、クラドリビン、ゲムシタビン、シタラビン、シタラビンオクホスファート、テガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、ドキシフルリジン、ヒドロキシカルバミド、フルオロウラシル、フルダラビン、ペメトレキセド、ペントスタチン、メルカプトプリン、メトトレキサート等の代謝拮抗剤;イリノテカン、エトポシド、ソブゾキサン、ドセタキセル、ノギテカン、パクリタキセル、ビノレルビン、ビンデシン、ビンブラスチン等の植物アルカロイド;アクチノマイシンD、アクラルビシン、アムルビシン、イダルビシン、エピルビシン、ジノスタチンスチマラマー、ダウノルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン、ブレオマイシン、ペプロマイシン、マイトマイシンC、ミトキサントロン等の抗癌性抗生物質;オキサリプラチン、カルボプラチン、シスプラチン、ネダプラチン等のプラチナ製剤;アナストロゾール、エキセメスタン、エストラムスチン、エチニルエストラジオール、クロルマジノン、ゴセレリン、タモキシフェン、デキサメタゾン、トレミフィン、ビカルタミド、フルタミド、プレドニゾロン、ホスフェストロール、ミトタン、メチルテストステロン、メドロキシプロゲステロン、メピチオスタン、リュープロレリン、レトロゾール等のホルモン剤;インターフェロンα、インターフェロンβ、インターフェロンγ、インターロイキン、ウベニメクス、乾燥BCG、レンチナン等の生物学的応答調節剤;及び、イマチニブ、ゲフィチニブ、ゲムツズマブオゾガマイシン、タミバロテン、トラスツズマブ、トレチノイン、ボルテゾミブ、リツキシマブ等の分子標的薬等を挙げることができる。
【0080】
本発明の薬剤の製剤は、患者に投与することができる製剤であれば特に限定は無く、好ましくは、注射剤である。本発明の薬剤の剤形は、例えば、液剤又は凍結乾燥製剤を挙げることができる。本発明の薬剤を注射剤として使用する場合、必要に応じて、プロピレングリコール、エチレンジアミン等の溶解補助剤、リン酸塩等の緩衝材、塩化ナトリウム、グリセリン等の等張化剤、亜硫酸塩等の安定剤、フェノール等の保存剤、リドカイン等の無痛化剤等の添加物(「医薬品添加物事典」薬事日報社、「Handbook of Pharmaceutical Excipients Fifth Edition」APhA Publications社参照)を加えることができる。また、本発明の治療薬又は予防薬を注射剤として使用する場合、保存容器としては、アンプル、バイアル、プレフィルドシリンジ、ペン型注射器用カートリッジ、及び、点滴用バッグ等を挙げることができる。
【0081】
本発明の薬剤の投与方法は、所望の治療効果又は予防効果が得られる方法であれば特に限定はなく、好ましくは、血中に投与する。具体的には、例えば、静脈内、冠動脈内等の血管内に投与することができる。本発明の薬剤の投与方法としては、注射又は静脈点滴注射による静脈内投与、筋肉注射による筋肉内投与を挙げることができる。また、本発明の薬剤は、一時的に投与してもよいし、持続的又は断続的に投与してもよい。例えば、本発明の薬剤の投与は、1分間〜2週間の持続投与することもできる。本発明の薬剤の投与方法として、好ましくは、5分間〜1時間の持続投与であり、より好ましくは、5分間〜15分間の持続投与である。
【0082】
本発明の薬剤の投与量は、所望の治療効果又は予防効果が得られる投与量であれば特に限定は無く、症状、性別、年齢等により適宜決定することができる。本発明の治療薬又は予防薬の投与量は、例えば、癌の治療効果又は予防効果を指標として決定することができる。本発明の治療薬又は予防薬の投与量として、好ましくは、1ng/kg〜10mg/kgであり、より好ましくは、10ng/kg〜1mg/kgであり、更に好ましくは、50ng/kg〜500μg/kgであり、より更に好ましくは、50ng/kg〜100μg/kgであり、より更に好ましくは、50ng/kg〜50μg/kgであり、最も好ましくは、50ng/kg〜5μg/kgである。
【0083】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0084】
実施例1.食道癌におけるNRF2遺伝子変異
食道がんの臨床検体(手術によって切除された標本)及び食道がん細胞株(KYSE−50、KYSE−70、KYSE−180)からDNAを抽出し、PCRによってNRF2遺伝子を増幅した後、シークエンス解析によって配列を決定した。用いたプライマーの配列を表1に示す。各エクソンをPCRにて増幅後、同じプライマーを用いてシークエンス反応を行ない、全自動キャピラリーシークエンサー(ABI 3130)にてシークエンスを解読した。PCRの条件は、94度30秒、(94度30秒、55度30秒、72度90秒)を30サイクル、72度5分間で行った。
【0085】
【表1】

【0086】
食道がんの臨床検体及び食道がん細胞株(KYSE−50、KYSE−70、KYSE−180)におけるNRF2遺伝子変異の場所及びそれによって起こるアミノ酸置換を図2に示す。本件等の結果、進行した癌(18/82、22%)において、変異が検出され、初期癌においては変異が検出されなかった(0/36)。
【0087】
実施例2.正常食道上皮並びに食道がんにおけるNRF2の発現
正常食道(A及びB)並びに食道がん(C)におけるNRF2の発現をNRF2に対する抗体を用いた免疫組織化学染色法により検出した。ホルマリン固定パラフィン包埋した食道がん検体から、3μmの厚さの標本を作製し、ポリクローナル抗NRF2抗体(C−20、Santa Cruz Biotechnology、100倍希釈)と反応させた後、免疫組織学的手法を用いて発現を可視化した(茶色の染色)。
結果を図3に示す。図中、矢印は発現している細胞を示す。図3Bは、図3Aの一部の拡大図を表す。正常食道上皮では、最下層の基底細胞に限局したNRF2の発現が認められ、食道がん細胞ではNRF2の発現上昇が認められた。
【0088】
実施例3.NRF2遺伝子異常と癌患者の生命予後との相関
NRF2遺伝子変異を検索した食道がん症例について、手術後の生存日数と遺伝子変異の有無との関係について統計的解析(Kaplan−Meier解析)を行なった。
【0089】
結果を図4に示す。統計値0.005で、両者の間に有意な相関関係を認めた。すなわち、NRF2遺伝子に異常のある癌を有する患者は、遺伝子異常をもたない癌を有する患者に比べて生命予後が悪かった。当該結果は、NRF2遺伝子に異常がある患者には手術後の治療を積極的に行なう必要があることを示していると考えられる。
【0090】
実施例4.NRF2に対するdsRNAによる癌細胞の増殖抑制効果
NRF2遺伝子変異を示す食道癌細胞株(KYSE−50及びKYSE−180)に対して、dsRNAによるNRF2遺伝子発現抑制を行なった。食道がん細胞株を96wellプレートに5000細胞/wellでまき、コントロールdsRNA(ON−TARGET plus Non−targeting Pool、Dharmacon、D−001810−10)又はNRF2に対するdsRNA(NRF2 dsRNA)(5’−UAAAGUGGCUGCUCAGAAUUU−3’(配列番号20)及び5’−pAUUCUGAGCAGCCACUUUAUU−3’(配列番号21))をリポフェクタミン(Lipofectamine RNAiMax、Invitrogen)を用いて導入した後、37度にて培養を行ない、72時間後に生存細胞数をNADHの活性MTSアッセイ(CellTiter 96Aqueous One Solution Cell Proliferation Assay, Promega)により測定した。
【0091】
結果を図5に示す。図中、コントロールdsRNAの細胞数に対するNRF2 dsRNAの細胞数の比を示す。NRF2遺伝子変異を持つ食道がん細胞株(KYSE−50及びKYSE−180)に対して、dsRNAによるNRF2遺伝子発現抑制を行なうと、コントロールと比較して26%(KYSE50)又は38%(KYSE180)の増殖抑制効果を認めた。
【0092】
実施例5.生物統計解析によるNRF2活性化と関連する分子経路の同定
NRF2の変異による遺伝子発現の変化を調べるため、変異NRF2遺伝子を導入した細胞とコントロール細胞との間で発現する遺伝子について発現量を比較し、NRF2の変異により変化する遺伝子セットを解析した。具体的には、2種類の変異NRF2遺伝子(NRF2−TKとNRF2−LF)を293細胞に導入し、恒常的に変異NRF2を発現するクローンを樹立した。樹立細胞とコントロール細胞(ベクターのみを導入した細胞)からRNAを抽出した。0.5mgのtotal RNAをCy3−CTPで標識後、Agilent gene expression microarrayを用いて、約3万個の遺伝子について発現量を測定した。
【0093】
NRF2変異株2枚とコントロール細胞2枚のマイクロアレイにおける遺伝子発現をIBMT法(Sartor M.A, Tomlinson C.R., Wesselkamper S.C., Sivaganesan S., Leikauf G.D., Medvedovic. Intensity−based hierarchical Bayes method improves testing for differentially expressed genes in microarray experiments.BMC Bioinformatics. 7:538−54, 2006)を用いて比較した。同解析により各遺伝子の発現差の有意性を表すp値が得られた。得られたp値をBenjamini&Hochberg法(Benjamini, Y., and Hochberg, Y. (1995). Controlling the false discovery rate: a practical and powerful approach to multiple testing. Journal of the Royal Statistical Society Series B, 57, 289−300)を用いて補正し、補正後のp値とした。p値が0.05未満の遺伝子を統計的に有意な遺伝子とし、該当する遺伝子を2290個得た。2290遺伝子が特定のパスウェイに集中しているかどうかを調べるため、BROAD instituteより公開されている遺伝子セットデータベース(MsigDB,C2)(Subramanian A, Tamayo P, Mootha VK, Mukherjee S, Ebert BL, Gillette MA, Paulovich A, Pomeroy SL, Golub TR, Lander ES, Mesirov JP (2005). “Gene set enrichment analysis: a knowledge−based approach for interpreting genome−wide expression profiles”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 102 (43): 15545−50)に対して、超幾何分布による統計検定を行い(Boyle, E.I., Weng, S., Gollub, J., Jin, H., Botstein, D., Cherry, J.M., Sherlock, G. (2004) GO::TermFinder−open source software for accessing Gene Ontology information and finding significantly enriched Gene Ontology terms associated with a list of genes, Bioinformatics 20, 3710−3715)、得られたp値を上述のBenjamini&Hochberg法で補正した。p値が0.05を下回る遺伝子セットを統計的有意な遺伝子セットとした。
【0094】
本実験の結果、統計的有意な遺伝子セットの中からPENG_RAPAMYCIN_DNを見出した。生物統計学的手法を用いて、NRF2遺伝子の活性化によって有意に活性化される分子経路として同定されたもののうち、PENG_RAPAMYCIN_DNについてのp値を表1に示す。PENG_RAPAMYCIN_DNは、mTOR経路の阻害剤であるラパマイシン(rapamycin)処理によって発現が減少する分子経路であり、すなわちmTOR経路の活性化の指標となる経路である(Peng et al., Mol. Cell Biol. 2002 Aug; 22 (15): 5575−5584)。
【0095】
【表2】

【0096】
実施例6.NRF2遺伝子異常のある癌細胞の、mTOR阻害剤(ラパマイシン)への反応性
NRF2遺伝子に異常のない食道癌細胞株(KYSE−30、KYSE−140、KYSE−170、KYSE−270)と異常のある食道癌細胞株(KYSE−50、KYSE−70、KYSE−180)について、ラパマイシン処理による増殖抑制について検討した。7つの食道癌細胞株を、96wellプレートに5000細胞/wellで播種し、0、1、5、10nMのラパマイシンを添加して、37℃で培養を行ない、72時間後に生存細胞数をNADHの活性(MTSアッセイ, CellTiter 96Aqueous One Solution Cell Proliferation Assay, Promega)により測定した。
加えて、NRF2遺伝子に異常のない肺癌細胞株(SQ−5、QG−56)と異常のある肺癌細胞株(LK−2、EBC−1)、並びにNRF2遺伝子に異常のない頭頚部癌細胞株(HO−1−N−1、HSC2)と異常のある頭頚部癌細胞株(HO−1−u−1)について、ラパマイシン投与による増殖抑制効果を上述の食道癌細胞株と同様の方法により測定した。
【0097】
結果を図6、7及び8に示す。グラフは、0nM(薬剤なし)を100%としたときの、それぞれの濃度における、各細胞株の細胞数の割合の変化を示す。図6に示す通り、NRF2遺伝子に異常のあるがん細胞株では有意にラパマイシン処理によって細胞増殖が抑制(コントロールの約70%に減少)されていた。同様に、図7及び図8に示す通り、NRF2遺伝子に異常のある肺癌細胞株及び頭頚部癌細胞株の増殖は、ラパマイシン処理によって、それぞれ、コントロールの62−70%及び70%に抑制されていた。
【0098】
本出願が優先権を主張する日本国特許庁に2008年7月25日に出願された特願2008−192186の内容の全てが参照により本願に組み込まれる。同様に、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明の奏効性予測方法は、癌患者のmTOR関連癌治療薬への応答性又はmTOR関連癌治療薬が当該癌患者に対して効果を奏するか否かを投与前に予測する方法として利用可能である。また、本発明の予後予測方法は、癌患者の予後を予測することにより、当該患者への治療レジメン戦略の策定に重要な情報を与えることができる。更に、本発明のNRF2遺伝子又はNRF2タンパク質を阻害する方法又はNRF2遺伝子又はNRF2タンパク質阻害剤を備える治療薬は、癌の治療方法又は治療薬として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応を予測するための情報を得る方法であって:
(a)該患者由来の試料中の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を検出すること;及び、
(b)測定された変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルと該患者のmTOR関連癌治療薬への反応との関連付けをすることを含む方法。
【請求項2】
患者由来の腫瘍サンプルから、患者の癌のmTOR関連癌治療薬への反応を予測するための情報を得る方法であって:
(a)該患者由来の試料中の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を検出すること;
(b)変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルから、癌反応クラスのうち一つのクラスに分類すること、ここで、当該分類結果は変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質の発現レベルに依存している;及び
(c)当該癌反応クラスの一つに属する癌に特異的な既知の性質から当該患者の当該癌の癌治療薬への反応を予測することを含む方法。
【請求項3】
変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2のタンパク質の発現レベルが高い場合、該患者のmTOR関連癌治療薬への反応性が高いことを示す、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
以下の(i)〜(iv)に記載の物質のうち少なくとも1つを備える、癌患者のmTOR関連癌治療薬への反応性予測キット;
(i)NRF2遺伝子と結合し、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAと結合しない物質、
(ii)NRF2遺伝子と結合せず、変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNAと結合する物質、
(iii)NRF2タンパク質と結合し、変異型NRF2タンパク質と結合しない物質、
(iv)NRF2タンパク質と結合せず、変異型NRF2タンパク質と結合する物質。
【請求項5】
癌患者の予後を予測するための情報を得る方法であって:
(a)該患者由来の試料中の変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質を検出すること;及び、
(b)測定された変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルと該患者の予後との関連付けをすることを含む方法。
【請求項6】
変異型NRF2をコードするDNA若しくはRNA又は変異型NRF2タンパク質のレベルが高い場合、該患者の予後が不良であることを示す、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
NRF2阻害剤を有効成分として含有する癌治療薬。
【請求項8】
アンチセンス、dsRNA、リボザイム、アプタマー、NRF2結合タンパク質断片、又は、抗体若しくはその断片である、請求項6に記載の癌治療薬。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2011−528894(P2011−528894A)
【公表日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−502574(P2011−502574)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【国際出願番号】PCT/JP2009/003335
【国際公開番号】WO2010/010672
【国際公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(399081213)インフォコム株式会社 (19)
【出願人】(510097747)独立行政法人国立がん研究センター (35)
【Fターム(参考)】