説明

新規高分子イオン伝導体およびその合成方法、および新規高分子イオン伝導体を用いた高分子電解質、高分子電解質膜、膜電極接合体および燃料電池

【課題】化学的安定性、イオン伝導性に優れ、耐熱性および耐久性に優れた新規なイオン伝導性高分子化合物およびこの新規なイオン伝導性高分子化合物を容易に効率よく合成できる一般性を持つ合成法の提供。
【解決手段】下記一般式(1)で表わされる−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物から構成されてなることを特徴とする新規高分子イオン伝導体により課題を解決できる。(Ar−C≡C−R−C≡C)n 一般式(1)
[前記式(1)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234 または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規高分子プロトン伝導体およびその合成方法、および新規高分子プロトン伝導体を用いた高分子電解質、高分子電解質膜および膜電極接合体および燃料電池に関するものである。
【0002】
燃料電池は、水素を含有する燃料ガスと酸素を含む酸化剤ガスとを、触媒を含む電極で水の電気分解の逆反応を起こさせ、熱と同時に電気を生み出す発電システムである。この発電システムは、従来の発電方式と比較して高効率で低環境負荷、低騒音などの特徴を有し、将来のクリーンなエネルギー源として注目されている。用いるイオン伝導体の種類によってタイプがいくつかあり、イオン伝導性高分子膜を用いたものは、固体高分子形燃料電池と呼ばれる。
【0003】
燃料電池の中でも固体高分子形燃料電池は、室温付近で使用可能なことから、車搭載電源や家庭据置用電源などへの使用が有望視されており、近年、様々な研究開発が行われている。
固体高分子形燃料電池は、膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly;以下、MEAと称することがある)と呼ばれる高分子電解質の両面に一対の電極触媒層を配置させた接合体を、前記電極の一方に水素を含有する燃料ガスを供給し、前記電極の他方に酸素を含む酸化剤ガスを供給するためのガス流路を形成した一対のセパレータ板で挟持した電池である。
ここで、燃料ガスを供給する電極を燃料極、酸化剤を供給する電極を空気極、と呼んでいる。これらの電極は、白金系の貴金属などの触媒物質を担持したカーボン粒子と高分子電解質を積層してなる電極触媒層とガス通気性と電子伝導性を兼ね備えたガス拡散層からなる。しかしながら、固体高分子形燃料電池を用いて長時間発電した際、その高分子電解質膜のラジカルによる劣化が問題となっている。また、高分子イオン伝導体を高分子電解質に用いるに当っては、高分子イオン伝導体の合成法が複雑であったり合成が困難である問題が有る場合がある。
【0004】
燃料電池は、燃料極側と空気極側では、以下のような電気化学反応が生じ、直流電流を発生している。
燃料極側:2H2 →4H+ +4e-
空気極側:O2 +4H+ +4e- →2H2 O
燃料極側では水素分子(H2 )の酸化反応が起こり、空気極側では酸素分子(O2 )の還元反応が起こることで、燃料極側で生成されたH+ イオンは高分子電解質膜中を空気極側に向かって移動し、e- (電子)は外部の負荷を通って空気極側に移動する。
一方、空気極側では酸化剤ガスに含まれる酸素と、燃料極側から移動してきたH+ イオンおよびe- とが反応して水が生成される。このようにして、固体高分子形燃料電池は、水素と酸素から直流電流を発生し、水を生成する。
【0005】
しかし、前記空気極側の還元反応(酸素分子(O2 )の4電子還元)は難しく、空気極側において副反応として下記の電気化学反応(酸素分子(O2 )の2電子還元)が生じて多くのH2 O2 を発生する。そして不純物としてFe2+などが存在すると、その触媒作用でH2O2 が分解され、OH・(OHラジカル)が発生する。
【0006】
空気極側:O2 +2H+ +2e- →H2 O2
H2 O2 + Fe2+→OH・+OH- +Fe3+
生成したOH・(OHラジカル)は酸化力が大きく、高分子電解質膜を酸化し、劣化させると言われている。
【0007】
そのため、固体高分子形燃料電池に用いる高分子電解質膜には、高い化学安定性、特に高いラジカル耐性が要求される。また、高分子電解質膜の原料となるプロトン伝導性高分子の合成には一般性の高い合成法の採用が望まれる。
高いラジカル耐性を有するプロトン伝導性高分子電解質膜材料としては、商品名Nafion(登録商標、デュポン社製)などのスルホン酸基含有フッ素樹脂が知られているが近年これらの樹脂に対する問題点も指摘されている。
まず、合成経路が複雑であるため、原料・製造プロセスのコストが高い点である。また、スルホン酸基含有フッ素樹脂は、ガラス転移温度が低く、耐熱性が低いため、動作温度が80℃程度になってしまうという問題点も抱えている。さらに、フッ素というハロゲン系の樹脂であるため、環境負荷が大きいという欠点がある。
【0008】
前記のような課題を克服するため、フッ素を含まないスルホン酸基を有する炭化水素系材料を原料とする、高温安定性の高い、プロトン伝導性高分子電解質膜が開発されてきているが、化学的安定性がスルホン酸基含有フッ素樹脂には及ばず、そのため、スルホン酸基のようなプロトン伝導性の官能基を備え、かつ耐熱性に優れた炭化水素系材料の開発が要求されている。また、プロトン伝導性高分子の合成法として、一般性の高い合成法を採用することが望まれている。
プロトン伝導性高分子の中には、ベンゼン環に−SO3 H置換基が結合したものが多く報告されている。そして、水素と酸素を用いる燃料電池においては水が発生するが、水存在下では−SO3 H置換基が一部脱離することが問題となっている。この−SO3 H置換基の脱離は、ベンゼン環に他の電子吸引性置換基が結合すると遅くなることが知られている(非特許文献1参照)。
【0009】
一方、−C≡C−基は電子吸引性基であり、また−C≡C−基を主鎖中に有する高分子有機化合物の合成には一般性の高いパラジウム化合物と銅化合物存在下に合成するなどの合成法を適応することができる(非特許文献2−4参照)。
また、−C≡C−基が結合したベンゼン環等の芳香族環は電子欠乏性を有するようになり酸化に対する耐性を高めると考えられる。また、ピリジン環を初めとする含窒素複素環は電子欠乏性の高い芳香環であり、種々の求電子置換反応に対して不活性で、そのため化学的安定性が非常に高いことが知られている。
例えば、ピリジンは様々な化学反応における溶媒として用いられるほどである。東京工業大学の辻らはベンゼン環に二つの水酸基を持つカテコールを、ピリジン存在下、銅触媒により酸化して開環反応を行っている。これはすなわち、ピリジンが反応過程で発生するラジカルとも反応せず、ベンゼン環に比べ格段に高いラジカル耐性を有することを意味している(非特許文献5参照)。
【0010】
つまり、主鎖が含窒素複素環からなる高分子有機化合物、とりわけピリジン環のみからなる高分子有機化合物すなわちポリピリジンは、他の芳香族系炭化水素と比べて非常に高い化学的安定性を示し、また耐熱性も高い。そのため、様々な用途での利用が期待される物質である。
本出願人は、先に側鎖に−SO3 X置換基を有するピリジン環からなる高分子電解質を提案した(特許文献1、2参照)。
【0011】
一方、本発明に係る芳香族化合物としては、芳香族性を有する化合物で、酸素原子、窒素原子、硫黄原子を含む芳香族複素環化合物などが知られている(例えば、非特許文献6参照)。
一方、クロロ硫酸ClSO3 Hは芳香環にスルホン基を導入する反応剤となることが知られている(非特許文献7参照)。
しかし、−C≡C−基と、芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物とクロロ硫酸との反応により、芳香環にスルホン基を導入する反応は報告されていない。
また、−SO2 Cl基を持つ芳香族化合物はN,N−ジメチルホルムアミドとの反応を通してスルホン酸塩等のスルホン化物に変換され、さらに−SO3 H基を持つ芳香族化合物に変換されることが知られている(非特許文献8−10参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】大饗茂「有機イオウの化学(下)」(化学同人)416ページ
【非特許文献2】C. Weder編 Adv. Polym. Sci. Vol. 177,“Poly(arylene ethynylene), Springer (2005).
【非特許文献3】K. Sanechika, T. Yamamoto, A. Yamamoto, Bull. Chem. Soc. Jpn., 57, 752 (1984).
【非特許文献4】D. L. Trumbo, C. S. Marvel, Polym. Sci., Part A: Polym. Chem., 24, 2311 (1986).
【非特許文献5】J.Tsuji,J.Am.Chem.Soc.,96,7349(1974)
【非特許文献6】化学大辞典、東京化学同人(1989)
【非特許文献7】マーチ有機化学・上(丸善)
【非特許文献8】H. E. Ulery, J. Org. Chem., 30, 2464 (1965).
【非特許文献9】H. K. Hall, Jr., J. Am. Chem. Soc., 78, 2717 (1956).
【非特許文献10】F. Higashi, N. Akiyama, I. Takahashi, T. Koyama, J. Polym. Sci.: Polym. Chem. Ed.., 22, 1653 (1984).
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2009−235261
【特許文献2】特開2009−235262
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、従来のポリピリジンなどは、他の芳香族系炭化水素と比べて非常に高い化学的安定性を示し、また耐熱性も高いが、合成方法が一般性を持ちかつ優れた耐熱性を有するという観点からは、未だ改良の余地があった。
本発明の第1の目的は、化学的安定性に優れるとともに、スルホン酸基のようなイオン伝導性の官能基を備えるのでイオン伝導性に優れ、耐熱性および耐久性に優れた新規なイオン伝導性高分子化合物およびこの新規なイオン伝導性高分子化合物を容易に効率よく合成できるような一般性を持つ合成法を提供することである。
本発明の第2の目的は、このような化学的安定性、プロトン伝導性、耐熱性および耐久性に優れた新規なイオン伝導性高分子化合物から構成される高分子電解質、高分子電解質膜、膜電極接合体、燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、−C≡C−基の電子吸引性と、この−C≡C−基を主鎖中に有する高分子有機化合物の合成法が一般性の高い合成法であることに着目し、主鎖に−C≡C−基を有するとともに、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環を有する高分子有機化合物が、化学的安定性、プロトン伝導性、耐熱性および耐久性に優れていることを見出し、また、この高分子有機化合物を用いて電解質や電解質膜や膜電極接合体および燃料電池などを製造できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0016】
前記課題を解決するための本発明の請求項1記載の発明は、下記一般式(1)で表わされる−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物から構成されてなることを特徴とする新規高分子イオン伝導体である。
【0017】
(Ar−C≡C−R−C≡C)n 一般式(1)
【0018】
[前記式(1)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234 または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]
【0019】
【化1】

【0020】
【化2】

【0021】
本発明の請求項2記載の発明は、請求項1記載の新規高分子イオン伝導体において、側鎖に−SO3 X基を有する2価の前記芳香環が、ベンゼン環、ピリジン環、またはチオフェン環から選択される少なくとも1つであることを特徴とする。
【0022】
本発明の請求項3記載の発明は、下記の反応式(1)により、側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を有する芳香族化合物のジハロゲン化化合物Y1 −Ar−Y2 と、ジエチニル有機化合物 HC≡C-R-C≡CHとを反応させて、請求項1または請求項2記載の新規高分子イオン伝導体を合成することを特徴とする新規高分子イオン伝導体の合成法である。
【0023】
n Y1 −Ar −Y2 + n HC≡C-R-C≡CH→ ( Ar-C ≡C-R-C≡C )n 反応式(1)
【0024】
[前記反応式(1)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、Y1 、Y2 はハロゲン、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]
【0025】
【化3】

【0026】
【化4】

【0027】
本発明の請求項4記載の発明は、下記の反応式(2)により、側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を有する芳香族化合物のジエチニル化合物 HC≡C-Ar-C≡CHと、ジハロゲン化有機化合物Y1-R-Y2 とを反応させて、請求項1または請求項2に記載の新規高分子イオン伝導体を合成することを特徴とする新規高分子イオン伝導体の合成法である。
【0028】
n Y1-R-Y2 + n HC≡C-Ar-C≡CH → (R-C≡C-Ar-C≡C )n 反応式(2)
【0029】
[前記反応式(2)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、Y1 、Y2 はハロゲン、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]
【0030】
【化5】

【0031】
【化6】

【0032】
本発明の請求項5記載の発明は、−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有していない芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO3 X基を導入してスルホン化するか、あるいは前記高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO2 Cl基を導入した後、前記−SO2 Cl基を−SO3 H基に転換してスルホン化することを特徴とする請求項1または請求項2記載の新規高分子イオン伝導体の合成法である。
【0033】
本発明の請求項6記載の発明は、−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有するとともに、さらにOH基を有する高分子化合物を、前記OH基と架橋反応可能な架橋剤によって架橋させて得られることを特徴とする新規高分子イオン伝導体である。
【0034】
本発明の請求項7記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体から構成されることを特徴とする高分子電解質膜である。
【0035】
本発明の請求項8記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体から構成されることを特徴とする高分子電解質である。
【0036】
本発明の請求項9記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体、および請求項7記載の高分子電解質膜、および請求項8記載の高分子電解質の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする膜電極接合体である。
【0037】
本発明の請求項10記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体、および請求項7記載の高分子電解質膜、および請求項8記載の高分子電解質および請求項9記載の膜電極接合体の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする燃料電池である。
【発明の効果】
【0038】
本発明の請求項1記載の新規高分子イオン伝導体は、前記一般式(1)で表わされる−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物から構成されてなることを特徴とするものであり、
電子吸引性−C≡C−基を有しており、この基に結合したベンゼン環等の芳香環に結合している−SO3 H基の結合安定性はーC≡C−基の電子吸引性のために高くなり、また電子吸引性−C≡C−基の効果により−SO3 H基の結合安定性が高くなり、化学的安定性に優れるとともに、スルホン酸基のようなイオン伝導性の官能基を備えるのでイオン伝導性に優れ、耐熱性および耐久性に優れるという顕著な効果を奏する。
【0039】
また、前記−SO3 X基のXがHである場合には、該イオン伝導体はプロトン伝導性を有するため、燃料電池用の高分子電解質膜、高分子電解質膜、膜電極接合体としての用途を有するという顕著な効果を奏する。
【0040】
また、前記−SO3 X基のXがLiである場合には、該イオン伝導体はリチウムイオン伝導性を有しリチウムイオン電池用の高分子電解質膜として有用である。
【0041】
また、これらの種々の−SO3 X基において異なるXを持つ化合物との間でイオン交換を行うことにより、例えば、−SO3 H基はLiOHとの反応により−SO3 Li基に変換することができ、しかもこのようなイオン交換による変換反応は一般的にそれほど困難なく行うことができるという顕著な効果を奏する。
【0042】
本発明の請求項2記載の発明は、請求項1記載の新規高分子イオン伝導体において、側鎖に−SO3 X基を有する2価の前記芳香環が、ベンゼン環、ピリジン環、またはチオフェン環から選択される少なくとも1つであることを特徴とするものであり、ベンゼン環の場合には原料の入手の容易さがあり、ピリジン環の場合には芳香環の酸化に対する安定性が高く、またチオフェンの場合には求電子置換反応を受け易くクロロ硫酸との反応を通して−SO3X基が導入しやすいというさらなる顕著な効果を奏する。
中でも、ピリジン環を初めとする含窒素複素環は電子欠乏性の高い芳香性環であり、種々の求電子置換反応に対して不活性で、そのため化学的安定性が非常に高いので、好ましく使用できる。
【0043】
本発明の請求項3記載の発明は、前記の反応式(1)により、側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を有する芳香族化合物のジハロゲン化化合物と、ジエチニル有機化合物とを反応させて、請求項1または請求項2記載の新規高分子イオン伝導体を合成することを特徴とする新規高分子イオン伝導体の一般性の高い合成法であり、
本発明の新規なイオン伝導性高分子化合物を容易に効率よく合成できるという顕著な効果を奏する。
【0044】
本発明の請求項4記載の発明は、前記の反応式(2)により、側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を有する芳香族化合物のジエチニル化合物と、ジハロゲン化有機化合物とを反応させて、請求項1または請求項2に記載の新規高分子イオン伝導体を合成することを特徴とする新規高分子イオン伝導体の一般性の高い合成法であり、
本発明の新規なイオン伝導性高分子化合物を容易に効率よく合成できるという顕著な効果を奏する。
【0045】
本発明の請求項5記載の発明は、−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有していない芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO3 X基を導入してスルホン化するか、あるいは前記高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO2 Cl基を導入した後、前記−SO2 Cl基を−SO3 H基に転換してスルホン化することを特徴とする請求項1または請求項2記載の新規高分子イオン伝導体の合成法であり、
−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有していない芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物を、クロロ硫酸との反応を通して、前記芳香環に−SO3 X基を結合させてスルホン化するか、あるいは前記高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO2 Cl基を導入した後、前記−SO2 Cl基を−SO3 H基に転換してスルホン化することにより本発明の新規なイオン伝導性高分子化合物を容易に効率よく合成できるという顕著な効果を奏する。
【0046】
本発明の請求項6記載の発明は、−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有するとともに、さらにOH基を有する高分子化合物を、前記OH基と架橋反応可能な架橋剤によって架橋させて得られることを特徴とする新規高分子イオン伝導体であり、
架橋させることによって強度を増加させた本発明の新規なイオン伝導性高分子化合物を容易に効率よく合成できるという顕著な効果を奏する。
【0047】
本発明の請求項7記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体から構成されることを特徴とする高分子電解質膜であり、低加湿条件下でも、プロトン伝導性が高く、化学的耐久性が高く、耐熱性に優れているという顕著な効果を奏する。
【0048】
本発明の請求項8記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体から構成されることを特徴とする高分子電解質であり、低加湿条件下でも、プロトン伝導性が高く、化学的耐久性が高く、耐熱性に優れているという顕著な効果を奏する。
【0049】
本発明の請求項9記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体、および請求項7記載の高分子電解質膜、および請求項8記載の高分子電解質の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする膜電極接合体であり、低加湿条件下でも、プロトン伝導性が高く、化学的耐久性が高く、耐熱性に優れているという顕著な効果を奏する。
【0050】
本発明の請求項10記載の発明は、請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体、および請求項7記載の高分子電解質膜、および請求項8記載の高分子電解質および請求項9記載の膜電極接合体の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする燃料電池であり、低加湿条件下でも、プロトン伝導性が高く、化学的耐久性が高く、耐熱性に優れているので、高効率で発電でき信頼性が高いという顕著な効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の電解質膜の両面に電極触媒層を形成した本発明の膜電極結合体を装着した燃料電池の単セルの構成を示す分解断面図である。
【図2】高分子化合物P1のIRスペクトルを示すグラフである。
【図3】高分子化合物P2のIRスペクトルを示すグラフである。
【図4】高分子化合物P3のIRスペクトルを示すグラフである。
【図5】高分子化合物P3とコハク酸ジクロリドの反応生成物である高分子化合物P4のIRスペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0052】
以下に、本発明の新規高分子イオン伝導体または新規高分子イオン伝導体の合成法および本発明の新規高分子イオン伝導体を用いた本発明の膜電極接合体について説明する。
なお、本発明は、以下に記載する各実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて設計の変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
【0053】
本発明の新規高分子イオン伝導体は、前記のように一般式(1)で表わされる−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物から構成されてなることを特徴とするものであり、電子吸引性−C≡C−基を有しており、この基に結合したベンゼン環等の芳香環に結合している−SO3 H基の結合安定性は−C≡C−基の電子吸引性のために高くなり、また電子吸引性−C≡C−基の効果により−SO3 H基の結合安定性が高くなり、化学的安定性に優れるとともに、スルホン酸基のようなイオン伝導性の官能基を備えるのでイオン伝導性に優れ、耐熱性および耐久性に優れている。
一般式(1)中のnは整数であり、本発明の新規高分子イオン伝導体が機械的強度を有するためには約5〜10,000が好ましく、5〜1000がさらに好ましいが、これに制限されるものではない。
nが5未満では強度を有する高分子が得られない恐れがあり、10,000を超えると合成および取り扱いが困難となる恐れがある。
【0054】
前記側鎖に−SO3 X基を有する2価の前記芳香環は、例えばベンゼン環、ピリジン環、またはチオフェン環から選択される少なくとも1つである。前記芳香環がベンゼン環、ピリジン環、またはチオフェン環から選択されるものであると、ベンゼン環の場合には原料の入手の容易さがあり、ピリジン環の場合には芳香環の酸化に対する安定性が高く、またチオフェンの場合には求電子置換反応を受け易くクロロ硫酸との反応を通して−SO3 X基が導入しやすいので好ましい。
【0055】
前記反応式(1)および前記反応式(2)による高分子合成反応は一般的にはパラジウム化合物と銅化合物存在下に行われる一般性の高い合成法である。
Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環であり、−SO3 X基はAr中の芳香環に直接結合していても良いし-O(CH2)4SO3 Xのように連結基(この場合はO(CH2 )4基)を通して芳香環に結合していても良い。
前記反応式(1)および前記反応式(2)中のハロゲンY1とY2については、高分子合成反応の進み易さおよび原料の入手のし易さから、塩素、臭素またはヨウ素が望ましい。
【0056】
芳香族化合物を構成する芳香環としてはベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環等の芳香族炭化水素の芳香環およびピリジン環、チオフェン環等の複素芳香環が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0057】
また、これらの芳香環には−SO3 X基、連結基を通した−SO3 X基の他にさらにアルキル基、アルコキシ基等の置換基が結合していても良い。また、ナフタレン−1,4−ジイル基やアントセン−9,10−ジイル基等の様に、側鎖に縮環構造を持っていても良い。
【0058】
芳香族炭化水素のベンゼン環等に−SO3 H基が直接結合している場合には、−C≡C−基の電子吸引効果により−SO3 H基の芳香環からの脱離が抑制される。
【0059】
Rは有機化合物の2価の基であり、元になる有機化合物はベンゼンやピリジンの様な芳香族化合物でも良いし、ヘキサンのような脂肪族化合物でも良い。例えば、Rとしてはパラフェニレン基、ピリジン−2,5−ジイル基、ヘキサン−1,6−ジイル基等が挙げられる。 また、Rは側鎖に−SO3 X基を持っていても良いし持たなくてもよい。さらに、Rは−SO3 X基、連結基を通した−SO3 X基以外の側鎖を持っていても良いし持たなくてもよい。
【0060】
−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有していない芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物を、クロロ硫酸ClSO3 Hと反応させる過程により前記芳香環をスルホン化する反応においては、反応条件により芳香環に−SO3 H基または−SO2 Cl基が導入される。ベンゼンを例にとれば、反応式(3)および反応式(4)のようになる。
【0061】
C6 H6 + ClSO3H→ C6 H5SO3 H 反応式(3)
C6 H6 + ClSO3H→ C6 H5SO2 Cl 反応式(4)
【0062】
クロロ硫酸の濃度が低い時には、一般的に反応式(3)に示されるように−SO3 H基が導入され、クロロ硫酸の濃度が高い時には、一般的に反応式(4)に示されるように−SO2 Cl基が導入される。
また、−SO2 Cl基が導入された場合にも、この−SO2 Cl基は長時間の水との反応により−SO3 H基に変換される。
また、−SO2 Cl基を持つ芳香族化合物はN,N−ジメチルホルムアミドとの反応を通してスルホン酸塩等のスルホン化物に変換され、さらに−SO3 H基を持つ芳香族化合物に変換される。
【0063】
Aryl-SO2Cl + (CH3 )2NCHO→ Aryl-SO3- [(CH3)2-CH=N(CH3)2]+ 反応式(5)
[前記反応式(5)中のArylはフェニル基等の芳香族化合物の1価の基である。]
反応式(5)によって生成した化合物は塩酸等の酸との反応におけるイオン交換でスルホン化物Aryl-SO3Hに変換される。
一般に、−SO3 X(1)基と−SO3 X(2)基の間ではX(1)とX(2)の間のイオン交換により、容易に基の変換を行うことができる。
【0064】
−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有するとともに、さらにOH基を有する高分子化合物を、前記OH基と架橋反応可能な架橋剤によって架橋させることによって強度などを改善することができる。
OH基とカルボン酸、酸塩化物、イソシアナート等の反応性を応用して、該OH基を有するイオン伝導体とジカルボン酸、ジカルボン酸の酸塩化物、ジイソシアナート等のOHに対する反応性を有する基を2個以上持つ化合物(架橋剤)と反応させて該イオン伝導体に架橋反応を行うことができ、架橋反応を行うことにより、高分子化合物である該イオン伝導体の強度を増加できる。
架橋反応の手法としては、該イオン伝導体の膜を架橋剤の溶液に浸して行う手法が有るが、これに限定されるものではない。
【0065】
(高分子電解質膜の製造)
本発明の新規高分子イオン伝導体(電解質)を用いて高分子電解質膜を製造するためには、具体的には、例えば、熱溶解することによって膜を形成するか、あるいは適当な溶媒に溶解させ、適当な基板や支持体に塗布した後、乾燥させ、高分子電解質膜を形成する、いわゆる溶液プロセスによる方法などが挙げられるが、その形成法は特に限定されるものではない。
【0066】
前記のような溶液プロセスにより、本発明の新規高分子イオン伝導体を成膜する場合に使用する溶媒は、試料を溶解することができるなら特に限定されるものではないが、工業的に入手が容易で、かつ製膜および乾燥の際に除去しやすいものがより好ましく、クロロホルム、塩化メチレン、エーテル、ジオキサン、ヘキサン、シクロへキサン、テトラヒドロフラン、アセトン、メタノール、エタノール、ギ酸、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)などが例示でき、また、2種類以上の溶媒の混合物であってもよい。
【0067】
膜電極接合体(MEA)を製造する方法の一例としては、まず、本発明の新規高分子イオン伝導体を用いて前述した製造法により、本発明の高分子電解質膜を形成する。図1に示すように、その後、本発明の高分子電解質膜1の両側に電極触媒層2、3を作製し、本発明の膜電極接合体11を作製する。
発電の際には、図1に示すように電極触媒層2、3上にガス拡散層4、5を配置して空気極(カソード)6および燃料極(アノード)7を作製し、セパレータ10や図示しない補助的な装置(ガス供給装置、冷却装置など)を装着して組み立て、単一あるいは積層することにより燃料電池を作製することができる。
8はガス流路、9は冷却水流路を示す。
【実施例】
【0068】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0069】
(スルホン酸基を導入したピリジンモノマーの合成)
5.0gの3,5−ジブロモ−2−ヒドロキシピリジンと1.2gの水酸化ナトリウムを溶液に溶かし、撹拌した。その後、溶媒に溶かした4.0gのブタンスルトンを加えて、反応させた。
得られた粗生成物を回収し、精製、乾燥することで、下記反応式(6)で示される化合物1を白色粉末として4.1g(収率33%)で得た。
得られた化合物1の元素分析値は、炭素:24.12%(計算値 24.20%)。水素:2.11%(2.03%)。窒素:3.31%(3.53%)であった。
【0070】
【化7】

【0071】
(実施例1)
(高分子化合物P1の合成)
200mgの化合物1、60mgのパラジエチニルベンゼン、56mgのテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウムPd(PPh3 )4 、9 mgのCuIをトリエチルアミンを含むN,N−ジメチルホルムアミド中で60℃で1.5時間反応させ(下記の反応式(7)参照)、回収、乾燥させて高分子化合物を得た。
得られた高分子化合物を集め、希塩酸で処理し回収、乾燥することにより高分子化合物P1を45%の収率で得た。高分子化合物P1のIRスペクトルを図2に示す。
このIRスペクトルでは、1186cm-1に−SO3-基に特徴的な吸収が観測されている。
この高分子化合物P1の粉末を水に30分浸し、ろ紙で水を除いた後のサンプルについて、加圧下での、複素インピーダンス解析機を用いた測定により、室温において優れたイオン伝導性示すことが分かった。
【0072】
【化8】

【0073】
(実施例2)
(高分子化合物P2の合成)
パラジエチニルベンゼンの代わりにメタジエチニルベンゼンを用いる他は、実施例1と同様にして高分子化合物を合成した(下記の反応式(8)参照)。得られた高分子化合物を集め、希塩酸で処理し回収、乾燥することにより高分子化合物P2を33%の収率で得た。高分子化合物P2のIRスペクトルを図3に示す。このIRスペクトルでは、1181cm-1に−SO3-基に特徴的な吸収が観測されている。
この高分子化合物P2の粉末を水に30分浸し、ろ紙で水を除いた後のサンプルについて、加圧下での、複素インピーダンス解析機を用いた測定により、室温において優れたイオン伝導性示すことが分かった。
【0074】
【化9】

【0075】
(実施例3)
(高分子化合物P3の合成)
パラジエチニルベンゼンの代わりに1,4−ジエチニル−2.5−ジヒドロキシベンゼンを用いる他は、実施例1と同様にして高分子化合物P3を合成した(下記の反応式(9)参照)。得られた高分子化合物を集め、乾燥することにより高分子化合物P3を78%の収率で得た。高分子化合物P3のIRスペクトルを図4に示す。このIRスペクトルでは、1176cm-1に−SO3-基に特徴的な吸収が観測されている。
【0076】
【化10】

【0077】
(実施例4)
(高分子化合物P3の架橋反応による高分子化合物P4の合成)
40mgのP3を二塩化スクシニルClCOCH2 CH2 COCl(40mg)の乾燥ジ
メチルスルホキシド溶液(2mL)と混合し真空下130℃で3時間反応させ(下記の反応式(10)参照、式(10)中のmは整数であり、縦方向の括弧はこの単位を通して元の高分子化合物が架橋していることを示す)、回収、乾燥させて黒色の生成物である高分子化合物P4を得た。空気中に放置した後に得られたP4のIRスペクトルを図5に示す。このIRスペクトルには1207cm-1にエステル基に特徴的な吸収が観測されており、架橋反応が進行したことを示している。
なお、架橋反応によりHClが発生するので−SO3 Na基の一部またはすべてが−SO3 H基に変換されていると考えられる。空気中に放置した後に得られた高分子化合物フィルムサンプルにおいては、未反応の二塩化スクシニルは空気中の水分と反応してコハク酸に変換されていると考えられる。この空気中に放置した後に得られた高分子化合物フィルムサンプルは重水素化ジメチルスルホキシドに可溶であり、この溶媒中でのプロトンNMRスペクトルはδ2.40にコハク酸のメチレン基のピークを示し、またδ2.26に架橋高分子化合物P4の架橋基中のメチレン基によると考えられるピークを示した。
δ2.40とδ2.26の両者のピークの面積比(3:1)から架橋反応に用いられた二
塩化スクシニルの量を計算した結果、架橋反応前の高分子化合物中の−OH基の約3分の2が架橋反応に用いられていることが分かった。
この架橋反応の原料のP3はメタノールおよびジメチルスルホキド、水に良く溶けた。一方、得られたP4はジメチルスルホキシド、水には溶解性を示したがメタノールには難溶性となった。また、P3とP4について、各々の水溶液からのキャスト後の加熱乾燥により製膜を試みたところ、P3の場合には粒子状の粒が形成し膜は得られなかった。
これに対して、P4については割れのないキャスト膜を得ることができた。これらのこと
は、本実施例で示した架橋反応の効果を示している。
【0078】
【化11】

【0079】
(実施例5)
(高分子化合物P5の合成)
ポリ(パラフェニレンエチニレン)39 mgを1,1,2,2−テトラクロロエタン(5g)に溶解させたクロロ硫酸(12.5g)と室温で反応させ反応液を水で処理した後に固体を回収、乾燥させて高分子化合物P5を得た(下記の反応式(11)参照)。
この高分子化合物P5の元素分析値は、P5が炭素、塩素、硫黄を8:0.46:0.43のモル比で含有しており、ベンゼン環に対して反応式(4)に示すような−SO2 Cl基の導入反応が起こっていることを示している。
式(11)の生成物P5における−SO2 Cl基の導入率は元素比から約45%と考えられる。この−SO2 Cl基は前述のように−SO3 Hに変換できると考えられる。高分子化合物P5のIRスペクトルは1210cm-1に−SO2 Cl基に基づくと考えられる吸収を示した。
【0080】
【化12】

【0081】
(実施例6)
下式(ア)で示す原料高分子化合物(ポリ(パラフェニレンエチニレン))108mgを1,1,2,2−テトラクロロエタン(80 mL)に溶解させたクロロ硫酸(5.02g)と室温で反応させ反応液を水で処理した後に固体を回収、乾燥させて高分子化合物P6を得た。
クロロ硫酸の濃度は、0.54Mと実施例5の場合(約10M)よりも低い。
この高分子化合物P6の元素分析値は、P6が炭素、塩素、硫黄を16:0.60:0.85のモル比で含有しており(ここで、炭素の16は原料高分子化合物中の化学式(ア)で示した繰返し単位に含まれる炭素の数16に対応するものである)、ベンゼン環に対して反応式(3)に示すような−SO3 H基の導入反応と(4)に示すような−SO2 Cl基の導入反応が起こっていることを示している。このことは、前述のようにクロロ硫酸の濃度が実施例5の場合よりも低いことによるものと考えられる。
この反応の原料高分子化合物中をベンゼン環2個を含む上記の繰返し単位からなる化学式(ア)で示すと、繰返し単位1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率は元素比から各々25%、60%と考えられる。
−SO2 Cl基は前述のように−SO3 Hに変換できると考えられる。また、上記の−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率はベンゼン環1個当りに換算すると、各々約13%、30%である。高分子化合物P6のIRスペクトルは1213および1194cm-1に−SO3 H基あるいは−SO2 Cl基に基づくと考えられる吸収を示した。P6を50℃で真空乾燥した後に空気中に放置すると、3時間半後には11%の重量の増加がおこった。このことは、P6が空気中の水分を吸収する吸湿性を持つことを示している。
【0082】
【化13】

【0083】
(実施例7)
下式(イ)で示す原料高分子化合物50mgと1,1,2,2−テトラクロロエタン(80mL)に溶解させたクロロ硫酸(5.02g)とを実施例6と同様の条件化室温で反応させ反応液を水で処理した後に固体を回収、乾燥させて高分子化合物P7を得た。
この高分子化合物P7の元素分析値は、P7が炭素、塩素、硫黄を24:1.03:1.49のモル比で含有しており(ここで、炭素の24は原料高分子化合物中の式(イ)で示した繰返し単位に含まれる炭素の数24に対応するものである)、ベンゼン環及びアントラセン環に対して反応式(3)に示すような−SO3 H基の導入反応と(4)に示すような−SO2 Cl基の導入反応が起こっていることを示している。
この反応の原料高分子化合物中をベンゼン環1個とアントラセン環1個を含む上記の繰返し単位からなる式(イ)で示すと、繰返し単位1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率は元素比から各々約46%、103%と考えられる。−SO2 Cl基は前述のように−SO3 Hに変換できると考えられる。
この実施例においてベンゼン環1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率が実施例6における場合と同じであると仮定すると、アントラセン環1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率は各々約33(=46−13)%、73(=103−30)%と計算され、アントラセン環には置換可能なCH基がベンゼン環よりも多く存在することを反映しており、また本発明において高分子中のアントラセン環のような縮合環構造を持つ単位においても−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入が可能であることを示していると考えられる。
得られた高分子化合物P7のIRスペクトルは1230および1177cm-1に−SO3
H基または−SO2 Cl基に基づくと考えられる吸収を示した。P7を50℃で真空乾燥した後に空気中に放置すると、3時間半後には12%の重量の増加がおこった。このことは、P7が空気中の水分を吸収する吸湿性を持つことを示している。
【0084】
【化14】

【0085】
(実施例8)
下式(ウ)で示す原料高分子化合物16.6mgと1,1,2,2−テトラクロロエタン(80 mL)に溶解させたクロロ硫酸(5.02g)とを実施例6と同様の条件化室温で反応させ反応液を水で処理した後に固体を回収、乾燥させて高分子化合物P8を得た。
この高分子化合物P8の元素分析値は、P8が炭素、塩素、硫黄を14:0.68:2.01のモル比で含有しており(ここで、炭素の14は原料高分子化合物中の式(ウ)で示した繰返し単位に含まれる炭素の数14に対応するものである)、ベンゼン環及びチオフェン環に対して反応式(3)に示すような−SO3 H基の導入反応と(4)に示すような−SO2 Cl基の導入反応が起こっていることを示している。
この反応の原料高分子化合物中をベンゼン環1個とチオフェン環1個を含む上記の繰返し単位からなる式(ウ)で示すと、繰返し単位1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率は元素比から各々約33%、68%と考えられる。
−SO2 Cl基は前述のように−SO3 Hに変換できると考えられる。この実施例においてベンゼン環1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率が実施例6における場合と同じであると仮定すると、チオフェン環1個当りの−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入率は各々約20(=46−13)%、38(=68−30)%と計算され、チオフェン環は置換可能なCH基(2個)がベンゼン環(4個)よりも少なく存在するにも係らず、チオフェン環においてベンゼン環の場合と同程度以上に−SO3 H基および−SO2 Cl基の導入が可能であることを示していると考えられる。
チオフェン環がベンゼン環よりも電子供与性が高いことが知られているので、このことはクロロ硫酸との反応における求電子置換反応がチオフェン環上で起こりいことを示していると考えられる。
得られた高分子化合物P8のIRスペクトルは1228および1181cm-1に−SO3
H基または−SO2 Cl基に基づくと考えられる吸収を示した。P8を50℃で真空乾燥した後に空気中に放置すると、3時間半後には9%の重量の増加がおこった。このことは、P8が空気中の水分を吸収する吸湿性を持つことを示している。
【0086】
【化15】

【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の新規高分子イオン伝導体は、前記一般式(1)で表わされる−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物から構成されてなることを特徴とするものであり、電子吸引性−C≡C−基を有しており、この基に結合したベンゼン環等の芳香環に結合している−SO3 H基の結合安定性は−C≡C−基の電子吸引性のために高くなり、化学的安定性に優れるとともに、スルホン酸基のようなイオン伝導性の官能基を備えるのでイオン伝導性に優れ、耐熱性および耐久性に優れており、前記−SO3 X基のXがHである場合には、該イオン伝導体はプロトン伝導性を有するため、燃料電池用の高分子電解質膜、高分子電解質膜、膜電極接合体としての用途を有し、前記−SO3 X基のXがLiである場合には、該イオン伝導体はリチウムイオン伝導性を有しリチウムイオン電池用の高分子電解質膜として有用であるなどという顕著な効果を奏するので、産業上の利用価値は甚だ大きい。
【符号の説明】
【0088】
1 高分子電解質膜
2 電極触媒層
3 電極触媒層
4 ガス拡散層
5 ガス拡散層
6 空気極(カソード)
7 燃料極(アノード)
8 ガス流路
9 冷却水流路
10 セパレータ
11 膜電極接合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表わされる−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物から構成されてなることを特徴とする新規高分子イオン伝導体。
(Ar−C≡C−R−C≡C)n 一般式(1)
[前記式(1)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234 または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]
【化1】

【化2】

【請求項2】
側鎖に−SO3 X基を有する2価の前記芳香環が、ベンゼン環、ピリジン環、またはチオフェン環から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1記載の新規高分子イオン伝導体。
【請求項3】
下記の反応式(1)により、側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を有する芳香族化合物のジハロゲン化化合物Y1 −Ar−Y2 と、ジエチニル有機化合物 HC≡C-R-C≡CHとを反応させて、請求項1または請求項2記載の新規高分子イオン伝導体を合成することを特徴とする新規高分子イオン伝導体の合成法。
n Y1 −Ar −Y2 + n HC≡C-R-C≡CH→ ( Ar-C ≡C-R-C≡C )n 反応式(1)
[前記反応式(1)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、Y1 、Y2 はハロゲン、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]
【化3】

【化4】

【請求項4】
下記の反応式(2)により、側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を有する芳香族化合物のジエチニル化合物 HC≡C-Ar-C≡CHと、ジハロゲン化有機化合物Y1-R-Y2 とを反応させて、請求項1または請求項2に記載の新規高分子イオン伝導体を合成することを特徴とする新規高分子イオン伝導体の合成法。
n Y1-R-Y2 + n HC≡C-Ar-C≡CH → (R-C≡C-Ar-C≡C )n 反応式(2)
[前記反応式(2)において、Arは側鎖に−SO3 X基を有する2価の芳香環を表わし、Rは2価の有機基を表わし、Y1 、Y2 はハロゲン、nは整数である。前記−SO3 X基中のXは、水素または1族元素、2族元素、下式(1−1)で表わされるNR1234または下式(1−2)で表わされるPR1234を表し、前記式(1−1)中のR1、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わし、前記式(1−2)中のR1 、R2 、R3 、R4 はHまたは有機基を表わす。]
【化5】

【化6】

【請求項5】
−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有していない芳香環とを主鎖中に有する高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO3 X基を導入してスルホン化するか、あるいは前記高分子化合物を、クロロ硫酸と反応させて前記芳香環に−SO2 Cl基を導入した後、前記−SO2 Cl基を−SO3 H基に転換してスルホン化することを特徴とする請求項1または請求項2記載の新規高分子イオン伝導体の合成法。
【請求項6】
−C≡C−基と、側鎖に−SO3 X基を有する芳香環とを主鎖中に有するとともに、さらにOH基を有する高分子化合物を、前記OH基と架橋反応可能な架橋剤によって架橋させて得られることを特徴とする新規高分子イオン伝導体。
【請求項7】
請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体から構成されることを特徴とする高分子電解質膜である。
【請求項8】
請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体から構成されることを特徴とする高分子電解質。
【請求項9】
請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体、および請求項7記載の高分子電解質膜、および請求項8記載の高分子電解質の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする膜電極接合体。
【請求項10】
請求項1または請求項2あるいは請求項6記載の新規高分子イオン伝導体、および請求項7記載の高分子電解質膜、および請求項8記載の高分子電解質および請求項9記載の膜電極接合体の内の少なくとも1つを用いたことを特徴とする燃料電池である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−162580(P2011−162580A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−23254(P2010−23254)
【出願日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】