説明

新規NSAID潰瘍リスク判定方法

【課題】
本発明の目的は、簡便かつ迅速な、NSAID潰瘍の発症可能性を予測する方法を提供することにある。
【解決手段】
本発明は、同位体で標識された非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)を服用した被験者より単離されたサンプル中の、同位体標識代謝物と同位体標識されていない代謝物の濃度比を求める工程を含む、NSAID潰瘍の発症可能性を予測する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者において、薬物の副作用のリスクを予測する方法に関する。詳しくは、同位体で標識された非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)を服用した被験者より単離されたサンプル中の、同位体標識代謝物と同位体標識されていない代謝物の濃度比を求める工程を含む、NSAID潰瘍の発症可能性を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非ステロイド性抗炎症薬(NSAID;Non−steroidal Anti−inflammatory Drug)は、シクロオキシゲナーゼの活性を阻害してプロスタグランジンの産生を抑制することにより、抗炎症、鎮痛、解熱作用を現し、広く使用されている薬物である。しかし、上記の作用とともに、NSAIDを服用すると、プロスタグランジンの産生が抑制されて胃粘膜をはじめとした消化管粘膜の防御機構が傷害されるため、胃等の消化管粘膜が傷害をうける。このような症状は、NSAIDの有する副作用の一つであり、NSAID潰瘍やNSAIDの消化管病変(以下、NSAID潰瘍で統一)とよばれる。
【0003】
NSAID潰瘍を予防するため、抗潰瘍薬であるプロスタグランジン製剤、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬が用いられるが、NSAIDを内服した患者の全例に粘膜傷害が生じるわけではない。NSAIDを内服しても粘膜傷害が生じない、もしくは殆ど軽微である患者から重篤な粘膜傷害を生じる患者まで様々である。また、予防目的で内服する上記薬物にも副作用の出現する可能性があり、例えば、現在、NSAIDの長期服用による胃・十二指腸潰瘍に対して適応を有する抗潰瘍薬はプロスタグランジン製剤のミソプロストールのみであるが、かなり高率に消化器症状を起こすため、コンプライアンスの低下を招きやすい(医療情報サービスMinds)。また、プロトンポンプ阻害薬やヒスタミンH2受容体拮抗薬は高価な薬物であり、さらに長期投与に伴う副作用の報告も散見され、全く問題がないわけではない。従って、NSAID投与に際してのリスクに応じた予防薬の投与ができれば、安全性、医療経済的にも優れると考えられる。しかし、NSAIDの投与に際しての有効なリスクの予測マーカーが存在していない。
【0004】
確かに、これまでに、NSAID潰瘍のリスクファクターとしては、高齢、複数のNSAIDの使用、抗凝固薬の併用、潰瘍の既往等が挙げられているが、そのような判断基準では十分に個別のリスクを判断することが困難であるのが現状である。
【0005】
一方、最近の研究では、CYP2C9の遺伝子多型がNSAIDの代謝に影響することが報告され(Kirchheiner J et al、2002)、さらにCYP2C9の遺伝子多型がNSAID潰瘍リスクと関連することが報告された(Pilotto A et al,2007)。CYP2C9は、チトクロームP450(CYP)のサブファミリーの1つで、抗てんかん薬のフェニトインや抗凝固薬のワルファリン、糖尿病治療薬のグリピジド等の代謝に関与する酵素である。これらの報告によると、NSAIDの代謝が遅く、血中に長くNSAIDが遷延するタイプにおいて、潰瘍リスクが高い。しかし、NSAIDの代謝には複数の代謝酵素が関わっており、単一の代謝酵素の多型検査のみでは十分予測できない。特に、本邦におけるCYP2C9の変異遺伝子の頻度は非常に低く、この遺伝子の多型検査をもって本邦における個々のNSAID潰瘍リスクを推し量ることは難しい。また、薬物の血中濃度を測定する薬物動態の検査は、当該薬物内服後の頻回に採血し、さらにそれを処理してから測定するものであり、簡便性、迅速性に欠け、日常臨床での応用は困難である。
【0006】
以上の通り、NSAIDの服用により高率で発生するNSAID潰瘍について、有効かつ効率的な予防法および治療法は確立されておらず、また、NSAID潰瘍の発症リスクを予測する、簡便かつ迅速な検査方法も確立されていない。一律に予防薬を投与するという非効率的な方法が行われつつある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2008−538275
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】医療情報サービスMinds(http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0009/1/0009_G0000138_0024.html)
【非特許文献2】Kirchheiner J, Meineke I, Freytag G, Meisel C, Roots I, Brockmoller J. Enantiospecific effects of cytochrome P450 2C9 amino acid variants on ibuprofen pharmacokinetics and on the inhibition of cyclooxygenases 1 and 2. Clin Pharmacol Ther 2002;72(1):62-75
【非特許文献3】Pilotto A, Seripa D, Franceschi M, Scarcelli C, Colaizzo D, Grandone E, et al. Genetic susceptibility to nonsteroidal anti-inflammatory drug-related gastroduodenal bleeding: role of cytochrome P450 2C9 polymorphisms. Gastroenterology 2007;133(2):465-471
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、簡便かつ迅速な、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、発明者らはNSAID潰瘍の発症可能性の評価をNSAIDの代謝速度という観点から検討した。具体的には、発明者らは13Cで標識したナプロキセンを被験者に投与して呼気中13CO濃度を測定し、13CO濃度が低い場合に胃粘膜傷害がひどく、13CO濃度が高い場合に胃粘膜傷害が軽度であることを見出し、かかる現象に基づき本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、被験者において、NSAID潰瘍の発症可能性を予測する方法であって、
(a)同位体で標識されたNSAIDまたはそれらと同様な薬物動態を呈する物質を投与される前および投与された後の被験者から単離されたサンプル中に含まれる、同位体標識代謝物の濃度および標識されていない代謝物の濃度を測定する工程、
(b)同位体で標識されたNSAIDまたはそれらと同様な薬物動態を呈する物質の投与前後における、同位体標識代謝物の濃度の、標識されていない代謝物の濃度に対する割合を算定する工程、および
(c)工程(b)により算定された、同位体標識代謝物の濃度の、同位体標識されていない代謝物の濃度に対する割合の、投与前後の変化に基づいて、NSAID潰瘍の発症可能性を判定する工程
を含む、該方法に関する。
【0012】
前記方法は、さらに、同位体で標識されたNSAIDおよびそれらと同様な薬物動態を呈する物質を調製する工程を含んでもよい。
【0013】
本発明において、前記同位体は、13C、14C、18O、D、15N、37Cl、33S、34S、および36Sからなる群から選択することができる。
【0014】
本発明において、前記同位体で標識されたNSAIDまたはそれらと同様な薬物動態を呈する物質は、CYP2C9、CYP3A4、CYP2B、CYP2E1、CYP2C8、UGT1A6、およびUGT1A1からなる群から選択される代謝酵素により代謝される化合物とすることができる。
【0015】
また、本発明において、前記同位体で標識されたNSAIDは、アスピリン、サリチル酸、メフェナム酸、インドメタシン、ジクロフェナク、エトドラク、スリンダク、イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン、ロキソプロフェン、ピロキシカム、アンピロキシカム、メロキシカム、ロルノキシカム、セレコキシブ、フルニキシンおよびそれらの塩からなる群から選択することができる。
【0016】
前記同位体で標識されたNSAIDは、次の構造
【化1】

を有するナプロキセンとすることができ、本発明においてかかる化合物を使用すると、同位体標識代謝物として13C標識COが生じる。
【0017】
前記被験者から単離されたサンプルは、呼気、血液、尿、または唾液から選択することができる。サンプルを呼気とする場合、呼気試験により同位体標識代謝物の濃度および標識されていない代謝物の濃度を測定してもよい。
【0018】
また、本発明は、同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質を含有し、被験者に投与した後に同位体標識代謝物を生成する能力を有する、被験者におけるNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するための医薬組成物を提供する。
【0019】
本発明において、前記同位体は13C、14C、18O、D、15N、37Cl、33S、34S、および36Sからなる群から選択することができる。
【0020】
本発明において、前記同位体で標識されたNSAIDが、CYP2C9、CYP3A4、CYP2B、CYP2E1、CYP2C8、UGT1A6、およびUGT1A1からなる群から選択される代謝酵素により代謝される化合物とすることができる。
【0021】
また、本発明において、同位体で標識されたNSAIDは、アスピリン、サリチル酸、メフェナム酸、インドメタシン、ジクロフェナク、エトドラク、スリンダク、イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン、ロキソプロフェン、ピロキシカム、アンピロキシカム、メロキシカム、ロルノキシカム、セレコキシブ、フルニキシンおよびそれらの塩からなる群から選択することができる。
【0022】
前記同位体で標識されたNSAIDが、次の構造
【化2】

を有するナプロキセンとすることができる。
【0023】
さらに、本発明は、前記医薬組成物を含む、被験者においてNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するためのキットも提供する。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、個々の被験者について、簡便かつ迅速にNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測することが可能となった。本発明によって、医師は、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害を回避し、かつ薬効を上げるために、個々の患者に対して薬物、特にNSAIDの選択とその投与量を決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】13C−ナプロキセン内服後の呼気中13COの推移を、ナプロキセン内服後の胃粘膜傷害の程度別に示す。
【図2】13C−ナプロキセン内服後のAUC0−2hを、ナプロキセン内服後の胃粘膜傷害の程度別に示す。
【図3】胃粘膜傷害の程度を、13C−ナプロキセン呼気試験の値別に示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、被験者において、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測する方法に関する。詳しくは、同位体で標識されたNSAIDを服用した被験者より単離されたサンプル中の、同位体標識代謝物と同位体標識されていない代謝物の濃度比を求める工程を含む、NSAID潰瘍の発症可能性を予測する方法に関する。
【0027】
1.定義
「NSAID」は「Non−steroidal Anti−inflammatory Drug」の略であり、非ステロイド性抗炎症薬を指す。NSAIDは、シクロオキシゲナーゼの活性を阻害してプロスタグランジンの産生を抑制することにより、抗炎症、鎮痛、解熱作用を現し、鎮痛薬、解熱薬、抗凝固薬、またはアポトーシス誘導薬等として、広く適用される薬物である。
【0028】
NSAIDは、シクロオキシゲナーゼの活性を阻害してプロスタグランジンの産生を抑制するため、潰瘍、嘔吐、食欲不振、および血便などの胃腸傷害、腎傷害、ならびに止血不全等の副作用を有する。「NSAID潰瘍」とは、そのような副作用の一つであり、NSAIDの服用により生じる消化性潰瘍を指す。NSAID潰瘍は服用初期に多く発生し、特に最初の1週間に高率で発生する。
【0029】
本発明において、「消化管傷害」とは、胃粘膜病変(糜爛、出血、浮腫)、胃潰瘍、および胃部の近接部位である十二指腸を含む上部消化管や、小腸、大腸における粘膜傷害の総称である。
【0030】
「同位体」とは、同じ原子番号において質量が異なる核種をいい、化学的には同じ性質を有する。陽子数および電子数は同じであるが、中性子数が異なる。同位体には、不安定で、放射壊変を起こす放射性同位体と、安定に存在する安定同位体がある。
【0031】
本発明において、「被験者」とは、好ましくはヒトのような哺乳類である。ウシ、ヒツジ、ブタ、ウマ等の家畜や、サル、ラット、ネズミ等の実験動物でもよい。
【0032】
チトクロームP450(CYP)は、本来ステロイド、プロスタグランジン、脂肪酸などの内在性化合物の代謝を触媒する酵素であるが、薬物の第1相代謝に関与する最も重要な酵素でもある。分子多様性があり、多くのサブファミリー酵素が存在する。薬物に対する反応性の個人差は、CYPファミリー群の遺伝子多型が原因の一つであると考えられている。「CYP2C9」、「CYP3A4」、「CYP2B」、「CYP2E1」、および「CYP2C8」とは、それぞれこのようなCYPのサブファミリー酵素の一つである。CYP2C9は、抗てんかん薬のフェニトインや抗凝固薬のワルファリン、糖尿病治療薬のグリピジド等の代謝に関与しており、その遺伝的欠損者について、血中濃度時間曲線下面積の上昇、半減期の延長などが報告されている。CYP3A4は、免疫抑制剤のシクロスポリン等の代謝、CYP2Bは、催眠薬のペントバルビタール等の代謝、CYP2E1は喘息治療薬のテオフィリン等の代謝、CYP2C8は抗悪性腫瘍薬のパクリタキセル等の代謝にも関与することが知られている。
【0033】
UDP−グルクロン酸転移酵素(UGT)は、脂肪族、芳香族アルコールやカルボン酸などへのグルクロン酸付加を触媒してグルクロン酸抱合体を生成する酵素であり、薬物の第2相代謝に関与する。薬物はグルクロン酸抱合によって極性が高まるばかりでなく、胆汁や腎での有機アニオン輸送系も関係して排泄が促進される。UGTには遺伝子多型が存在し、それにより酵素活性が異なることが知られている。「UGT1A1」および「UGT1A6」は、UGTの一つであり、UGT1A1は抗悪性腫瘍薬のイリノテカン等の代謝に、UGT1A6は抗炎症薬のアスピリン等の代謝にも関与することが知られている。
【0034】
2.NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測する方法
本発明は、被験者において、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測する方法に関する。
【0035】
(1)調製工程
本発明では、NSAIDは、その代謝物、例えば二酸化炭素や水が同位体を含むように、同位体で標識される。
【0036】
NSAIDを標識するため、炭素原子または酸素原子の同位体が用いられる。同位体は、13C、14C、18O、D、15N、37Cl、33S、34S、または36S等を使用することができる。本発明においては、安定同位体が好ましく使用される。ここで、13Cは商業的に販売されていて比較的安価に入手でき、安定同位体であるのに対し、14Cは放射性同位体であるため、好ましくは13Cが用いられる。他に一般的に使用される放射性同位体は、18Oである。
【0037】
本発明においては、任意のNSAID、例えば、サリチル酸誘導体、ピラゾロン誘導体、パラアミノフェノール誘導体、インドール誘導体、フェンタメーツ、トルメチン、プロピオン酸誘導体、オキシカム誘導体、フェニル酢酸誘導体、サイトカイン阻害薬、シクロオキシゲナーゼ阻害薬および選択的シクロオキシゲナーゼ−1阻害薬ならびにシクロオキシゲナーゼ−2阻害薬等を使用することができる。ここで、サリチル酸誘導体はアセチルサリチル酸、ジフルニサル、サルサラト、サリチル酸ナトリウム、サリチルアミド、チオサリチル酸ナトリウム、サリチル酸コリン、サリチル酸マグネシウム、メサラミン、スルファサラジンおよびサリチル酸メチルよりなるグループから選択することができ、ピラゾロン誘導体はフェニルブタゾン、オキシフェンブタゾン、アンチピリン、アミノピリン、ジピロンおよびアパゾンよりなるグループから選択することができ、パラアミノフェノール誘導体はフェナセチンおよびアセタミノフェンよりなるグループから選択することができ、インドール誘導体はインドメタシンおよびスリンダクよりなるグループから選択することができ、フェナメートはメフェナム酸、メクロフェナム酸、フルフェナム酸、トルフェナム酸およびエトフェナム酸ならびにそれらの薬理許容塩類よりなるグループから選択することができ、プロピオン酸誘導体はイブプロフェン、ナプロキセン、フルルビプロフェン、フェノプロフェン、ケトプロフェン、フェンブフェン、ミロプロフェン、コルプロフェン、ピルプロフェン、オキサプロジン、インドプロフェンおよびチアプロフェン酸ならびにそれらの薬理許容塩類よりなるグループから選択することができ、オキシカム誘導体はピロキシカム、イソキシカム、アンピロキシカム、テノキシカムおよび関連化合物テニダップよりなるグループから選択することができ、フェニル酢酸誘導体はトルメチンあるいはジクロフェナクおよびそれらの薬理許容塩類から選択することができ、シクロオキシゲナーゼ阻害薬はエトドラクおよびナブメトンよりなるグループから選択することができ、選択的シクロオキシゲナーゼ−2阻害薬はCGP28238(6−(2,4−ジフルオロフェノキシ)−5−メチル−スルホニルアミノ−1−インダノン)、SC−58125(1−〔(4−メチルスルホニル)フェニル〕−3−トリフルオロメチル−5−(4−フルオロフェニル)ピラゾール)、NS−398(N−〔2−(シクロへキシルオキシ)−4−ニトロ−フェニル〕メタンスルホンアミド)、DuP697(5−ブロモ−2−(フルオロフェニル)−3−(4−メチルスルホニルフェニル)チオフェン)、L−745,337(5−メタンスルホンアミダ−6−(2,4−ジフルオロチオフェニル)−1−インダノン)、1,2−置換ジアリルシクロペンテン類似体例えば1−〔2−(4−フルオロフェニル)シクロペンテン−1−イル〕−4−(メチルスルホニル)ベンゼン、およびキナゾリノン例えばプロカゾンよりなるグループから選択することができる。
【0038】
本発明は、薬物の代謝に着目してなされた発明であるので、NSAIDと同様の薬物動態を呈する物質であれば、本発明において使用することができる。同じ薬物動態を示す薬物としては、例えば、ワルファリンとベンズブロマロンが挙げられる。
【0039】
(2)投与工程
本発明においては、まず、同位体で標識されたNSAIDが被験者に投与される。NSAIDは、静脈内、皮内、皮下、経口、経粘膜、および直腸投与など、当業者に周知の経路で投与することができる。
【0040】
(3)単離工程
本発明においては、同位体標識NSAIDを投与される前および投与された後において、被験者よりサンプルを採取する。かかるサンプルは、被験者より通常採取されるサンプルであり、例えば、呼気、血液、尿、唾液、またはその他体液を用いることができる。特に、簡便で、頻回の測定も容易であることから、呼気が好ましく使用される。
【0041】
(4)測定工程
本発明において、投与前後の各サンプルについて、同位体標識代謝物および標識されていない代謝物の濃度を測定し、同位体比を求める。
【0042】
本発明の一の態様において、代謝物の同位体比を求めるために、分光学的な測定を行う。液体シンチレーションカウンティング、質量分析法、赤外分析法、発光分光分析法、核磁気共鳴法等の当業者に周知の方法を使用して測定することができるが、これらの分析法は、使用した同位体が安定同位体であるか放射性同位体であるかによって選択される。
【0043】
別の態様においては、単離工程および測定工程において、呼気試験が好ましく用いられる。薬物の代謝により発生した二酸化炭素は、血液中から肺へ移行し、呼気中に炭酸ガスとして排泄されるため、同位体標識代謝物が13COであるとき、薬物の代謝速度が速ければ呼気中の13COが多く検出され、遅ければ13COはあまり検出されない。よって、呼気試験では、被験者の呼気を採取し、呼気中に含まれる同位体標識されている二酸化炭素の濃度および同位体標識されていない二酸化炭素の濃度を測定する。このように、呼気試験は、非侵襲的で被験者への負担がなく、簡便であるため、薬物動態検査に必要な頻回の検査を容易に行うことができる。呼気試験は、公知の方法によって行うことができる(特表2008−538275)。
【0044】
(5)判定工程
発明者らは、13Cで標識されたナプロキセン投与後の同位体標識代謝物の濃度が低いほど、胃粘膜傷害が重症化しているという相関関係を見出した。
【0045】
この知見に基づき、本発明は、上記工程により得られた、被験者における代謝物の同位対比の経時変化、または該経時変化から得られる薬物動態パラメーターを求め、胃粘膜傷害非発症者(例えば、粘膜傷害を来さない人)における対応の代謝物の同位対比の経時変化または薬物動態パラメーターと比較して、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を判定する。すなわち、同位体標識代謝物の経時の排出量または排出速度の挙動、時間曲線下面積(AUC:Area Under the Curve)、代謝速度、特定の時点でのベースラインに対するデルタ(DOB:Delta−Over−Baseline)を、対応する胃粘膜傷害非発症者のパラメーターと比較して有意に低値の場合に、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性が高いと判定する。例えば、胃粘膜傷害非発症者のパラメーターの平均値を基準値とし、かかる基準値よりも有意に低値の場合に、NSAID潰瘍の発症可能性が高いと判定する。
【0046】
一の実施態様において、NSAID投与後の時間に対して測定された同位体標識代謝物と同位体標識されていない代謝物の濃度比をプロットし、得られた曲線のAUCを用いて判定を行う。
【0047】
また、別の実施態様において、下記の式に従って特定の時点でのDOBを求めて定量化し、判定を行う。
(式1)

【0048】
3.NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するための医薬組成物
本発明の医薬組成物は、上記2.(1)に示した同位体標識されたNSAIDを主成分として含む。該医薬組成物は、本発明の作用および効果を損なわない限り、薬学的に許容可能な担体、または剤型によって当該技術分野において一般的に使用される添加剤をさらに含んでもよい。添加剤として、例えば、着色剤、保存剤、風味剤、香り改善剤、呈味改善剤、甘味剤、または安定剤、その他薬学的に許容される添加剤を含有することができる。
【0049】
一の実施態様において、同位体標識されたナプロキセンを主成分とする医薬組成物は、NSAID潰瘍の発症可能性を予測するために、同位体標識されたナプロキセンが50〜1000mg/日、好ましくは150〜800mg/日、より好ましくは300〜600mg/日となるように、被験者に投与される。
【0050】
4.NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するためのキット
本発明のキットは、上記2.欄で説明したNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するための方法を実施するためのものであればよく、これに含まれる具体的な構成、材料、機器などは特に限定されるものではない。
【0051】
本発明のキットは、上記3.欄で説明したNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するための医薬組成物を含む。本発明の一の態様では、呼気試験を行うための呼気収集バックまたは呼気採取チューブ、および説明書を含んでもよい。
【0052】
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明するが、これらの実施例は本発明を制限するものではない。
【実施例】
【0053】
13C−ナプロキセンを用いた、NSAID潰瘍の発症可能性を予測する方法
ナプロキセンはNSAIDの一つであり、CYP2C9で代謝され、その際二酸化炭素を発生するので、13Cで標識されたナプロキセン(13C−ナプロキセン)を投与すると、下記のように代謝され、代謝物として13COが発生する。
【0054】
【化3】

【0055】
従って、内服後に呼気中に排出される13COを測定すると、それは、ナプロキセンの動態を反映すると考えられる。すなわち、呼気中で検出される13CO濃度が高ければ、代謝が進んでいることを示しており、ナプロキセンの血中からの消失が早いと考えられる。一方、呼気中の13CO濃度が低ければ、代謝が進んでいないことを示しており、従って、ナプロキセンは血中に長く遷延すると考えられる。ナプロキセンが長く血中に存在すれば、それだけ効果も期待できるが、副作用のリスクも高くなることとなる。
【0056】
そこで、発明者らは、ナプロキセン内服によるNSAID潰瘍の発症とナプロキセンの代謝速度との関係について、呼気試験により検討を行った。
【0057】
1.実験方法
健常ボランティア15名を被験者として、ナプロキセン600mg/日を3日間経口投与し、投与前後において、胃カメラまたはカプセル内視鏡を用いて内視鏡検査を行い、胃粘膜傷害の程度を評価した。内視鏡所見の評価法として、LANZAスコアを用いた。LANZAスコアでは、健常な状態から潰瘍が形成されている状態までを0から4の5段階のグレードに分類して、胃粘膜傷害の程度を評価する。
【0058】
また、同じ被験者に対し、13C−ナプロキセン300mgを経口投与した後に頻回呼気を採取し、各時点における呼気中の13Cで標識された二酸化炭素濃度の、標識されていない二酸化炭素の濃度に対する割合(13CO/CO (Δ13CO(‰)))を求めた。呼気試験の結果はDOBおよびAUCを用いて評価した。なお、胃粘膜傷害の程度別にAUCを求めた実験においては、内服後0、0.5、1、1.5、2時間後に採取した呼気についてのデータを解析した。
【0059】
上記の方法に従って得られた、呼気試験の結果と内視鏡所見との間に相関関係が存在するかどうか、検討を行った。
【0060】
2.結果
ナプロキセン内服後の胃粘膜傷害の程度別に、13C−ナプロキセン内服後の呼気中13COの推移を示したところ、胃粘膜傷害が軽症な被験者群が最も13CO/COが高値で、胃粘膜傷害が重症な被験者群が最も13CO/COが低値であった(図1)。特に13C−ナプロキセン内服後2時間程度までにおいて、かかる違いが明らかであった。
【0061】
ナプロキセン内服後の胃粘膜傷害の程度別に、13C−ナプロキセン内服後のAUC0−2hを示したところ、胃粘膜傷害が軽症な被験者群が最もAUC0−2hが高値で、胃粘膜傷害が重症な被験者群が最もAUC0−2hが低値であり、胃粘膜傷害が軽症な被験者群の値は重症な被験者群の値よりも有意に高かった(図2)。
【0062】
13C−ナプロキセン呼気試験の値を、5例ずつ順に低値、中間値、高値とし、各値群ごとに胃粘膜傷害の程度を示したところ、低値群の粘膜傷害は、高値群に比して有意に高かった(図3)。
【0063】
以上より、13C−ナプロキセン内服後の呼気中の13COが低い場合に胃粘膜傷害がひどく、13COが高ければ、胃粘膜傷害が軽度であることが明らかとなった。よって、13C−ナプロキセン呼気試験は、ナプロキセンの副作用、特に胃粘膜傷害のリスクの予測マーカーになることが示された。
【0064】
ナプロキセン以外のNSAIDとして、ジクロフェナックナトリウム、インドメタシンを検討したところ、13C−ナプロキセン呼気試験の結果は、これらNSAIDによる胃粘膜傷害の結果と良く相関し、本検査方法は、NSAID全般の胃粘膜傷害の予測マーカーとなりうると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明により、個々の被験者について、遺伝子診断等を行わずとも、簡便かつ迅速にNSAID潰瘍の発症可能性を予測することができる。本発明によって、医師は、NSAID潰瘍を回避し、かつ薬効を上げるために、個々の患者に対して薬物、特にNSAIDの選択とその投与量を決定したり、予防薬の投与をすることが可能となるので、本発明は臨床的な有用性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者において、NSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測する方法であって、
(a)同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質を投与される前および投与された後の被験者から単離されたサンプル中に含まれる、同位体標識代謝物の濃度および標識されていない代謝物の濃度を測定する工程、
(b)同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質の投与前後における、同位体標識代謝物の濃度の、標識されていない代謝物の濃度に対する割合を算定する工程、および
(c)工程(b)により算定された、同位体標識代謝物の濃度の、同位体標識されていない代謝物の濃度に対する割合の、投与前後の変化に基づいて、NSAID潰瘍の発症可能性を判定する工程
を含む、該方法。
【請求項2】
さらに、同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質を調製する工程を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
同位体が、13C、14C、18O、D、15N、37Cl、33S、34S、および36Sからなる群から選択される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質が、CYP2C9、CYP3A4、CYP2B、CYP2E1、CYP2C8、UGT1A6、およびUGT1A1からなる群から選択される代謝酵素により代謝される化合物である、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
同位体で標識されたNSAIDが、アスピリン、サリチル酸、メフェナム酸、インドメタシン、ジクロフェナク、エトドラク、スリンダク、イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン、ロキソプロフェン、ピロキシカム、アンピロキシカム、メロキシカム、ロルノキシカム、セレコキシブ、フルニキシンおよびそれらの塩からなる群から選択される化合物である、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
同位体で標識されたNSAIDが、次の構造
【化1】

を有するナプロキセンであって、同位体標識代謝物が13C標識COである、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
被験者から単離されたサンプルが、呼気、血液、尿、または唾液である、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
被験者から単離された呼気中に含まれる、同位体標識代謝物の濃度および標識されていない代謝物の濃度を測定するために呼気試験を行うことを特徴とする、請求項1から7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質を含有し、被験者に投与した後に同位体標識代謝物を生成する能力を有する、被験者におけるNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するための医薬組成物。
【請求項10】
同位体が13C、14C、18O、D、15N、37Cl、33S、34S、および36Sからなる群から選択される、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
同位体で標識されたNSAIDまたはそれと同様の薬物動態を呈する物質が、CYP2C9、CYP3A4、CYP2B、CYP2E1、CYP2C8、UGT1A6、およびUGT1A1からなる群から選択される代謝酵素により代謝される化合物である、請求項9または10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
同位体で標識されたNSAIDが、アスピリン、サリチル酸、メフェナム酸、インドメタシン、ジクロフェナク、エトドラク、スリンダク、イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン、ロキソプロフェン、ピロキシカム、アンピロキシカム、メロキシカム、ロルノキシカム、セレコキシブ、フルニキシンおよびそれらの塩からなる群から選択される化合物である、請求項9または10に記載の医薬組成物。
【請求項13】
同位体で標識されたNSAIDが、次の構造
【化2】

を有するナプロキセンである、請求項9または10に記載の医薬組成物。
【請求項14】
請求項9から13のいずれか1項に記載の医薬組成物を含む、被験者においてNSAID潰瘍または消化管粘膜傷害の発症可能性を予測するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−106846(P2011−106846A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−259574(P2009−259574)
【出願日】平成21年11月13日(2009.11.13)
【出願人】(504300181)国立大学法人浜松医科大学 (96)
【Fターム(参考)】