既設構造物の補強工法
【課題】既設構造物の主要材料であるセメント系の補強材を用いて容易に施工可能であって、曲げ強度や剪断強度を有効に向上することが可能な補強工法を提供する。
【解決手段】既設構造物1の表面に、セメント系修復材2を介して、又は直接、セメント系補強材3aと、炭素繊維、アラミド繊維、ガラス繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度繊維を織った補強繊維シート3bを貼り付けることにより一体化した補強層3を、任意の層数で被着し、最も外側の補強層3に、必要に応じて保護用モルタル層4を塗布し、更にその表面に塗装膜5を形成する。
【解決手段】既設構造物1の表面に、セメント系修復材2を介して、又は直接、セメント系補強材3aと、炭素繊維、アラミド繊維、ガラス繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度繊維を織った補強繊維シート3bを貼り付けることにより一体化した補強層3を、任意の層数で被着し、最も外側の補強層3に、必要に応じて保護用モルタル層4を塗布し、更にその表面に塗装膜5を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、山岳トンネルやシールドトンネル、橋梁の床版、橋脚、杭基礎、地下構造物、上下水道施設、エネルギー施設、桟橋や護岸、ダム、堤防などの既設構造物を補強するための工法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート構造物は、建設後の疲労劣化や気象作用、劣化因子の侵入などによる経年劣化、外圧や変圧による変状などにより、耐力が大幅に減少する場合がある。また、健全性が維持されていても、近年の耐震設計基準を満たさないような古い構造物も存在する。これらの既設の構造物の供用を維持し、取り壊すことなく、現在必要とされる耐力まで回復させるためには、補強工事が必要となる。
【0003】
既設のコンクリート構造物を補強するための従来工法としては、次のようなものが知られている。
(1)既設構造物を囲むように型枠を組み、コンクリート(補強用の繊維を混合したコンクリートやモルタルを含む)を打設する増厚工法
(2)既設構造物がとくに山岳トンネルである場合、トンネルの覆工コンクリートから地山へ向けて多数のロックボルトやアンカーを打ち込む工法
(3)炭素繊維やアラミド繊維、ガラス繊維などで織られた高強度繊維シートを、既設構造物の表面にエポキシやウレタンなどの合成樹脂系接着剤で貼り付ける方法
(4)繊維材や鉄などの材料からなる格子状の補強材をモルタルや樹脂で挟み込んで貼り付ける方法
(5)特許文献1のように、鉄板や鉄筋コンクリートからなる二次製品を構造物に貼り付ける方法
【特許文献1】特開2004−285760号公報
【0004】
ところが、上記従来の補強工法においては、それぞれ次のような問題が指摘される。
【0005】
まず、(1)の増厚による工法では、構造物の断面が実質的に増大することによる補強効果は期待できるが、大きな引張力に対する耐性は期待できない。引張力に対する耐性を向上させるには、型枠組みのほかに鉄筋組みの作業が必要であり、施工コストが高いものとなる。
【0006】
(2)の工法では、ロックボルトやアンカーの打ち込みによって、地山からの覆工コンクリートへの負荷は低減することができるが、覆工コンクリート自体の劣化に対しては補強効果が期待できない。
【0007】
(3)の工法では、合成樹脂系接着剤を用いるので、トンネルの覆工面などのような湿潤面での施工が困難であり、しかも、トンネルなどの閉鎖空間では、火災時に有毒なガスが発生するため、繊維シートの貼着後に耐火被覆が必要とされるが、樹脂系接着剤の塗布面には耐火被覆のためのモルタルやコンクリートの被着が困難になることがある。また、日射に曝される環境では、樹脂系接着剤が紫外線により劣化するため、高耐久塗料の塗布により紫外線から保護する必要があり、既設構造物の材料と熱膨張係数が異なるために、水の凍結・融解の繰返しや日常の乾湿の繰返し、昼夜の気温差などによる熱膨張差によって、構造物表面との被着力が低下するおそれがある。更に、樹脂系接着剤は有機溶剤を含むので、トンネルなどの閉鎖環境では、作業者の健康に悪影響を与えるおそれもある。
【0008】
また、柱や床版、高欄部などの角部では、貼着した繊維シートが折れ曲がって、強度が低下するおそれがあるため、予め、角を丸くするなどの面取りや断面修復が必要であり、施工が煩雑であった。
【0009】
(4)の工法では、繊維材や鉄などの材料からなる格子状補強材で面的な補強を期待するには、格子状補強材の幅や厚さを大きくすることによってその剛性を高める必要があるため、格子状補強材を用いることのできる既設構造物の形状が制約されるなどの問題がある。
【0010】
(5)の工法では、鉄板や鉄筋コンクリートからなる二次製品は工場で製作されるため、製品そのものは安定的に製造可能であるが、大規模な補強を期待する場合には製品同士の継ぎ目を小さくするために製品そのものの大きさを大きくする必要があり、したがって、その運搬や設置のために、重量物を扱う設備が必要となる。また、工場で製造される製品を用いるため、形状の汎用性に限界があり、劣化してコンクリート表面に凹凸を生じている部分などへの適用が困難である。更に、これらはアンカーボルトなどで固定する方法も併用されているが、この場合、補強用の二次製品及び既設構造物への穿孔によって一体化が損なわれ、穿孔によって損傷を与えることになる問題がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、以上のような問題に鑑みてなされたものであって、その技術的課題は、既設構造物の主要材料であるセメント系の補強材を用いて容易に施工可能であって、曲げ強度や剪断強度を有効に向上することが可能な補強工法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記技術的課題を有効に解決するための手段として、本発明に係る既設構造物の補強方法は、既設構造物の表面に、セメント系補強材とこの補強材に一体化される補強繊維シートからなる補強層を、任意の層数で被着することを特徴とする。すなわち、この方法によれば、補強層が、既設構造物の主要材料であるセメント系の補強材に引張強度の大きい補強繊維シートを一体化した複合構造となるので、圧縮力のほか、曲げ強度や剪断強度に優れた補強構造が実現できる。被着する補強層は、要求強度に応じて任意の層数積層される。また、補強繊維シートを一体化するセメント系補強材は、透水性によって適度に水分を発散させる機能を有し、樹脂系接着剤では施工が困難な湿潤面での施工も容易である。
【0013】
本発明の補強方法において好ましくは、既設構造物の表面とセメント系補強材との間に、セメント系修復材を介在させる。セメント系修復材としては、コンクリート面の不陸修正や欠損面の補修に優れると共にセメント系補強材との接着性の良好なモルタルが用いられ、例えばコンクリートとの付着性に優れ、かつ引張強度、曲げ強度、耐透水性に優れたポリマーセメントモルタルを用いることが好適である。
【0014】
本発明の補強方法において好ましくは、最も外側の補強層の補強繊維シートに保護用モルタル層を塗布する。この保護用モルタル層によって、補強繊維シートが耐火被覆される。
【0015】
本発明の補強方法において好ましくは、各補強層の補強繊維シートが、繊維の方向が互いに異なるように被着される。このようにすることで、補強層にあらゆる方向への強度を付与することができる。
【0016】
本発明の補強方法において好ましくは、補強繊維シートが、炭素繊維、ガラス繊維、又はアラミド繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度の合成樹脂繊維を織ったものが用いられる。
【0017】
本発明の補強方法において好ましくは、補強繊維シートが、モルタルを容易に含浸可能な繊維束を含む糸で織り込んだものである。このような補強繊維シートを用いれば、セメント系補強材の硬化によってこのセメント系補強材と補強繊維シートが確実に一体化され、補強層の強度の信頼性が一層高いものとなる。
【0018】
本発明の補強方法において好ましくは、補強繊維シートに、予めポリマー又は合成樹脂を含有するモルタルを塗布又は含浸させるものである。この場合は、ポリマー又は合成樹脂を含有するモルタルが、セメント系補強材及び補強繊維シートの双方に対して付着性が良いので、セメント系補強材と補強繊維シートが確実に一体化され、補強層の強度の信頼性が一層高いものとなる。
【0019】
本発明の補強方法において好ましくは、最も外側の補強層の補強繊維シートに保護用モルタル層を塗布した場合、この保護用モルタル層の表面を塗装することによって、耐候性や紫外線に対する耐性を付与する。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る既設構造物の補強方法によれば、大規模な補強材の運搬などを必要とせず、既設構造物の表面に、セメント系補強材とこの補強材に積層される補強繊維シートからなる補強層を、任意の層数で被着するといった簡易な方法によって、比較的薄肉の補強層でも曲げ強度や剪断強度を有効に向上することができる。
【0021】
補強繊維シートの貼着にセメント系補強材を用いるので、トンネルなど、湿潤面での施工が容易であり、トンネルなどの閉鎖環境であっても、作業者の健康に与える悪影響が少なく、トンネルなどの構造物における地山からの湧水を遮断することなく、適当に浸透及び発散させることが可能で、しかも耐久性、耐火性、耐候性に優れ、紫外線に対する劣化対策も不要であり、海洋近くの構造物において、塩化物イオンの侵入を防ぐことの可能な補強構造とすることができる。
【0022】
また、既設構造物に使用されるコンクリート等の材料と補強層におけるセメント系補強材の熱膨張係数が近似しているため、熱膨張差による、構造物表面と補強層の被着力の低下が有効に抑えられ、応力集中や不連続面の形成を防ぐことができる。
【0023】
また、既設構造物に柱などによる角部があっても、この既設構造物にセメント系補強材を塗布し、あるいはセメント系修復材の塗布後にセメント系補強材を塗布することによって、前記角部が丸くなるため、補強繊維シートを傷めないようにするための角部の面取りや断面修復を別途に行う必要がなく、工程を簡略化することかできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明に係る既設構造物の補強方法の好ましい実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、既設構造物の一部を示す断面図、図2は、既設構造物の表面にセメント系修復材を塗布した状態を示す断面図、図3は、セメント系修復材の表面にセメント系補強材を塗布した状態を示す断面図、図4は、セメント系補強材に補強繊維シートを貼り付けて一体化することにより一層目の補強層を形成した状態を示す断面図、図5は、一層目の補強層に二層目の補強層を積層して形成した状態を示す断面図、図6は、施工が完了した状態を示す断面図である。
【0025】
まず図1において、参照符号1は、例えば鉄筋コンクリート等からなる既設構造物である。その表面1aはコンクリート面である場合のほか、煉瓦やタイルなどの外装材(不図示)からなる場合もある。施工に際しては、この既設構造物1の表面1aを掃除・洗浄して汚れを除去し、不要な物質が固着している場合は研磨などにより除去する。また、既設構造物の表層部が劣化してひび割れが生じていたり弱部となっている部分は、はつりや、研磨などによって除去する。
【0026】
次に、図2に示されるように、既設構造物1の表面1aの煉瓦、タイルなどによる凹凸を埋めたり、あるいははつりにより欠損した部分の修復を目的として、セメント系修復材2を塗布する。このセメント系修復材2は、修復対象面や要求される強度性能に応じて、市販の断面修復材、好ましくはポリマーセメント系のモルタルを使用する。ポリマーセメント系モルタルは、高い付着力、引張強度及び曲げ強度を有するものであって、十分な靭性及び柔軟性を発揮し得る。
【0027】
なお、既設構造物1の表面1aに凹凸や欠損部分がない場合は、セメント系修復材2の塗布工程を省くことも可能である。
【0028】
次に、セメント系修復材2が、ある程度硬化したら、図3に示されるように、このセメント系修復材2の表面にセメント系補強材3aを薄塗りし、このセメント系補強材3aが硬化しないうちに、図4に示されるように、補強繊維シート(連続繊維シート)3bを貼り付けることによって、補強層3(一層目の補強層31)を形成する。
【0029】
この工程では、既設構造物1に柱などによる角部があっても、この角部には、上述のセメント系修復材2及び(又は)セメント系補強材3aが、曲面状をなすように塗布されるので、補強繊維シート3bを傷めないための前記角部の面取り作業を省略することができる。
【0030】
塗布したセメント系補強材3aに補強繊維シート3bを貼付した後は、既知の真空コンクリート工法(Vacuum Concrete Process)によって、シート3bへのセメント系補強材3aの含浸を高めれば、補強繊維シート3bとセメント系補強材3aの一体化を良好にすることができる。
【0031】
また、補強繊維シート3bに、予めセメント系補強材3aを薄く塗布又は含浸させておき、これを、既設構造物1に塗布した未硬化のセメント系修復層2に貼り付けることによって、補強層3を形成するようにしても良い。図7及び図8は、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを含浸させる方法の例を示すものである。このうち、図7に示される方法は、容器101に、未硬化のセメント系補強材3aと補強繊維シート3bを入れて、容器101内を真空ポンプ102で真空引きすることによって、補強繊維シート3bの繊維間の空気を追い出して、代わりにセメント系補強材3aを介入させるものである。また、図8に示される方法は、槽103に入れた未硬化のセメント系補強材3aに、槽103の内部又は外部に設置したローラ104によって補強繊維シート3bが送りこまれるようにし、このローラ104でシート3bを加圧することによって、セメント系補強材3aの含浸を促進させるものである。
【0032】
なお、図8に示される方法は、図7に示される方法に比較して短時間でセメント系補強材3aをシート3bに含浸させることができ、また、補強繊維シート3bの貼付後に真空引きする真空コンクリート工法の場合のように、補強繊維シート3bの上下のセメント系補強材3aの層厚が減少することがない。
【0033】
セメント系補強材3aには、既設構造物1又はセメント系修復材2と補強繊維シート3bの双方に対する付着性が良好なモルタル、すなわちセメント系修復材2としてのポリマーセメント系モルタルよりも低粘度でポリマー成分やエポキシ、アクリル、ウレタン等の樹脂成分を含有するセメントモルタルが用いられる。具体的には、例えばセメント系修復材2をポリマーセメント比10%以下とするのに対し、セメント系補強材3aは、例えばポリマー成分や樹脂成分を20%以上含むものとする。但し、作業性や透水性はポリマー成分等を含まないセメントモルタルと同様の特性を有する材料であることが望ましい。
【0034】
一方、補強繊維シート3bは、アラミドや炭素繊維、ガラス繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度繊維からなるロープ3b’で織られたものである。図9は、補強繊維シート3bを織っているロープ3b’の構造を示す説明図で、すなわち、この図9に示されるように、ロープ3b’は、芯綱31と、その周囲に螺旋状に巻かれた複数のストランド32からなり、芯綱31及びストランド32はそれぞれ前記高強度繊維からなる素線30を多数撚り合わせたものである。また、この補強繊維シート3bは、格子のように大きく隙間のあいた状態ではなく、ロープ3b’が高密度で織られた網状をなすものとする。
【0035】
図10は、図4の断面を拡大して示す断面図である。すなわち、上述した工程によって被着した補強層3は、セメント系修復材2(又は既設構造物1)に接合されたセメント系補強材3aに、補強繊維シート3bが埋設状態に一体化された構造となる。先に説明したように、セメント系補強材3aには補強繊維シート3bに対する付着性が良好なモルタルが採用されているので、このセメント系補強材3aが補強繊維シート3bにおけるロープ3b’の芯綱31やストランド32に良好に付着し、一体化される。なお、図10における参照符号1bは、はつり等による既設構造物1の表面1aの欠損部分あるいは凹凸を示している。
【0036】
また、図9に示されるロープ3b’の芯綱31にモルタルが容易に含浸可能な繊維を撚り合わせることによっても、セメント系補強材3aが繊維に含浸して一体化するので、補強層3に靱性が付与され、更に、例えば補強繊維シート3bが、図9に示されるようなロープ3b’を、図11に示されるように波状に蛇行させて織り込んだシート3bは、補強層3の変形性能を柔軟に調整することが可能であり、補強繊維シート3bが引張力F1を受けたときに、セメント系補強材3aを略円形に囲むロープ3b’が、このセメント系補強材3aに対する拘束力F2を与えるように作用することによる補強層3の強度増進効果も期待することができる。
【0037】
なお、トンネルなどの曲面の天井部に広い範囲にわたってセメント系補強材3aを塗布して補強繊維シート3bを貼り付ける場合には、セメント系補強材3aが硬化しないうちに補強繊維シート3bが剥離したりずり落ちるおそれがある。このような場合は、ステープル(タッカ針)、コンクリート釘、又はネジ等の結合手段(不図示)によって補強繊維シート3bをセメント系補強材3aに仮止めすれば良い。この場合の結合手段としては、既設構造物1に損傷を与えない程度で、セメント系補強材3a(及びその内側のセメント系修復材2)あるいは既設構造物1に引っ掛かる程度の長さのものが好ましい。
【0038】
補強層3は、必要に応じて複数積層した状態で被着する。この場合は、一層目の補強層31を被着した後、その表面に、図5に示されるように、セメント系補強材3aを薄塗りし、このセメント系補強材3aが硬化しないうちに、補強繊維シート3bを貼り付けることによって、二層目の補強層32を形成する。また、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを薄く塗布又は含浸させておき、これを一層目の補強層31に貼り付けることによって、二層目の補強層31を形成するようにしても良い。三層目以上の補強層を被着する場合も同様である。
【0039】
また、補強層3を積層して被着する場合、各層の補強層3における補強繊維シート3bを構成する高強度繊維(ロープ3b’)の方向が互いに異なるようにすることができる。例えば、補強層3を二層とする場合は、各補強層3における補強繊維シート3bのロープ3b’が互いに約45度の角度をなすようにし、補強層3を三層被着する場合は、各補強層3における補強繊維シート3bのロープ3b’が互いに約60度の角度をなすようにする。また、各補強層3における補強繊維シート3bのロープ3b’が、互いに異なる繊維材料からなるものとすることもできる。
【0040】
このようにして形成された補強層3は、セメント系補強材3a(及びセメント系修復材2)が、既設構造物1に使用されているコンクリート等の材料と熱膨張係数が近似しているため、膨張・収縮の繰り返しによる補強層3の被着力の低下がなく、アンカーなどの打設も不要であるため、応力集中や不連続面の形成を防ぐことができる。また、セメント系補強材3aは、樹脂系接着剤にはない適度な透水性を有するため、トンネルなどの構造物における地山からの湧水による膨れ等が起こらない。しかも、樹脂系接着剤では施工が困難な湿潤面(例えばトンネルの覆工コンクリートなど)での施工も容易である。
【0041】
所要層数の補強層3を被着したら、図6に示されるように、最外層の補強繊維シート3bを保護するためのセメント系補強材3aを塗布し、更にその外層に、耐久性及び耐火性を高めるために、セメント系修復材2と同様のポリマーセメント系モルタルを所要の層厚で塗布して保護用モルタル層4を形成する。
【0042】
また、更に好ましくは、美観や装飾性を高めるためと、耐候性や紫外線に対する耐性を付与することを目的として、保護用モルタル層4の表面に、無機系の塗料を塗布することにより、所望の色彩の塗装膜5を形成する。ここで使用する塗料は、主成分はアクリル系、ウレタン系、フッ素系等、用途により異なる特性を有するものを選択することができる。
【0043】
以上のような工程によって、既設構造物1に対して所要の補強を行うことができ、しかもモルタルの塗布及び補強繊維シート3bの貼り付けといった簡易な方法で所要数の補強層3を積層状態に形成することができるため、重機などを用いた大掛かりな施工とならず、作業員の安全や健康も確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】既設構造物1の一部を示す断面図である。
【図2】既設構造物1の表面1aにセメント系修復材2を塗布した状態を示す断面図である。
【図3】セメント系修復材2の表面にセメント系補強材3aを塗布した状態を示す断面図である。
【図4】セメント系補強材3aに補強繊維シート3bを貼り付けて一体化することにより一層目の補強層31を形成した状態を示す断面図である。
【図5】一層目の補強層31に二層目の補強層32を積層して形成した状態を示す断面図である。
【図6】施工が完了した状態を示す断面図である。
【図7】補強層を形成する工程において、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを含浸させる方法の一例を示す説明図である。
【図8】補強層を形成する工程において、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを含浸させる方法の他の例を示す説明図である。
【図9】補強繊維シートを構成する糸3b’の構造を示す説明図である。
【図10】図4の一部を拡大して示す断面図である。
【図11】補強層3を図10の断面と垂直な平面で切断した断面図である。
【符号の説明】
【0045】
1 既設構造物
2 セメント系修復材
3,31,32 補強層
3a セメント系補強材
3b 補強繊維シート
3b’ ロープ
31 芯綱
32 ストランド
4 保護用モルタル層
5 塗装膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、山岳トンネルやシールドトンネル、橋梁の床版、橋脚、杭基礎、地下構造物、上下水道施設、エネルギー施設、桟橋や護岸、ダム、堤防などの既設構造物を補強するための工法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート構造物は、建設後の疲労劣化や気象作用、劣化因子の侵入などによる経年劣化、外圧や変圧による変状などにより、耐力が大幅に減少する場合がある。また、健全性が維持されていても、近年の耐震設計基準を満たさないような古い構造物も存在する。これらの既設の構造物の供用を維持し、取り壊すことなく、現在必要とされる耐力まで回復させるためには、補強工事が必要となる。
【0003】
既設のコンクリート構造物を補強するための従来工法としては、次のようなものが知られている。
(1)既設構造物を囲むように型枠を組み、コンクリート(補強用の繊維を混合したコンクリートやモルタルを含む)を打設する増厚工法
(2)既設構造物がとくに山岳トンネルである場合、トンネルの覆工コンクリートから地山へ向けて多数のロックボルトやアンカーを打ち込む工法
(3)炭素繊維やアラミド繊維、ガラス繊維などで織られた高強度繊維シートを、既設構造物の表面にエポキシやウレタンなどの合成樹脂系接着剤で貼り付ける方法
(4)繊維材や鉄などの材料からなる格子状の補強材をモルタルや樹脂で挟み込んで貼り付ける方法
(5)特許文献1のように、鉄板や鉄筋コンクリートからなる二次製品を構造物に貼り付ける方法
【特許文献1】特開2004−285760号公報
【0004】
ところが、上記従来の補強工法においては、それぞれ次のような問題が指摘される。
【0005】
まず、(1)の増厚による工法では、構造物の断面が実質的に増大することによる補強効果は期待できるが、大きな引張力に対する耐性は期待できない。引張力に対する耐性を向上させるには、型枠組みのほかに鉄筋組みの作業が必要であり、施工コストが高いものとなる。
【0006】
(2)の工法では、ロックボルトやアンカーの打ち込みによって、地山からの覆工コンクリートへの負荷は低減することができるが、覆工コンクリート自体の劣化に対しては補強効果が期待できない。
【0007】
(3)の工法では、合成樹脂系接着剤を用いるので、トンネルの覆工面などのような湿潤面での施工が困難であり、しかも、トンネルなどの閉鎖空間では、火災時に有毒なガスが発生するため、繊維シートの貼着後に耐火被覆が必要とされるが、樹脂系接着剤の塗布面には耐火被覆のためのモルタルやコンクリートの被着が困難になることがある。また、日射に曝される環境では、樹脂系接着剤が紫外線により劣化するため、高耐久塗料の塗布により紫外線から保護する必要があり、既設構造物の材料と熱膨張係数が異なるために、水の凍結・融解の繰返しや日常の乾湿の繰返し、昼夜の気温差などによる熱膨張差によって、構造物表面との被着力が低下するおそれがある。更に、樹脂系接着剤は有機溶剤を含むので、トンネルなどの閉鎖環境では、作業者の健康に悪影響を与えるおそれもある。
【0008】
また、柱や床版、高欄部などの角部では、貼着した繊維シートが折れ曲がって、強度が低下するおそれがあるため、予め、角を丸くするなどの面取りや断面修復が必要であり、施工が煩雑であった。
【0009】
(4)の工法では、繊維材や鉄などの材料からなる格子状補強材で面的な補強を期待するには、格子状補強材の幅や厚さを大きくすることによってその剛性を高める必要があるため、格子状補強材を用いることのできる既設構造物の形状が制約されるなどの問題がある。
【0010】
(5)の工法では、鉄板や鉄筋コンクリートからなる二次製品は工場で製作されるため、製品そのものは安定的に製造可能であるが、大規模な補強を期待する場合には製品同士の継ぎ目を小さくするために製品そのものの大きさを大きくする必要があり、したがって、その運搬や設置のために、重量物を扱う設備が必要となる。また、工場で製造される製品を用いるため、形状の汎用性に限界があり、劣化してコンクリート表面に凹凸を生じている部分などへの適用が困難である。更に、これらはアンカーボルトなどで固定する方法も併用されているが、この場合、補強用の二次製品及び既設構造物への穿孔によって一体化が損なわれ、穿孔によって損傷を与えることになる問題がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、以上のような問題に鑑みてなされたものであって、その技術的課題は、既設構造物の主要材料であるセメント系の補強材を用いて容易に施工可能であって、曲げ強度や剪断強度を有効に向上することが可能な補強工法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記技術的課題を有効に解決するための手段として、本発明に係る既設構造物の補強方法は、既設構造物の表面に、セメント系補強材とこの補強材に一体化される補強繊維シートからなる補強層を、任意の層数で被着することを特徴とする。すなわち、この方法によれば、補強層が、既設構造物の主要材料であるセメント系の補強材に引張強度の大きい補強繊維シートを一体化した複合構造となるので、圧縮力のほか、曲げ強度や剪断強度に優れた補強構造が実現できる。被着する補強層は、要求強度に応じて任意の層数積層される。また、補強繊維シートを一体化するセメント系補強材は、透水性によって適度に水分を発散させる機能を有し、樹脂系接着剤では施工が困難な湿潤面での施工も容易である。
【0013】
本発明の補強方法において好ましくは、既設構造物の表面とセメント系補強材との間に、セメント系修復材を介在させる。セメント系修復材としては、コンクリート面の不陸修正や欠損面の補修に優れると共にセメント系補強材との接着性の良好なモルタルが用いられ、例えばコンクリートとの付着性に優れ、かつ引張強度、曲げ強度、耐透水性に優れたポリマーセメントモルタルを用いることが好適である。
【0014】
本発明の補強方法において好ましくは、最も外側の補強層の補強繊維シートに保護用モルタル層を塗布する。この保護用モルタル層によって、補強繊維シートが耐火被覆される。
【0015】
本発明の補強方法において好ましくは、各補強層の補強繊維シートが、繊維の方向が互いに異なるように被着される。このようにすることで、補強層にあらゆる方向への強度を付与することができる。
【0016】
本発明の補強方法において好ましくは、補強繊維シートが、炭素繊維、ガラス繊維、又はアラミド繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度の合成樹脂繊維を織ったものが用いられる。
【0017】
本発明の補強方法において好ましくは、補強繊維シートが、モルタルを容易に含浸可能な繊維束を含む糸で織り込んだものである。このような補強繊維シートを用いれば、セメント系補強材の硬化によってこのセメント系補強材と補強繊維シートが確実に一体化され、補強層の強度の信頼性が一層高いものとなる。
【0018】
本発明の補強方法において好ましくは、補強繊維シートに、予めポリマー又は合成樹脂を含有するモルタルを塗布又は含浸させるものである。この場合は、ポリマー又は合成樹脂を含有するモルタルが、セメント系補強材及び補強繊維シートの双方に対して付着性が良いので、セメント系補強材と補強繊維シートが確実に一体化され、補強層の強度の信頼性が一層高いものとなる。
【0019】
本発明の補強方法において好ましくは、最も外側の補強層の補強繊維シートに保護用モルタル層を塗布した場合、この保護用モルタル層の表面を塗装することによって、耐候性や紫外線に対する耐性を付与する。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る既設構造物の補強方法によれば、大規模な補強材の運搬などを必要とせず、既設構造物の表面に、セメント系補強材とこの補強材に積層される補強繊維シートからなる補強層を、任意の層数で被着するといった簡易な方法によって、比較的薄肉の補強層でも曲げ強度や剪断強度を有効に向上することができる。
【0021】
補強繊維シートの貼着にセメント系補強材を用いるので、トンネルなど、湿潤面での施工が容易であり、トンネルなどの閉鎖環境であっても、作業者の健康に与える悪影響が少なく、トンネルなどの構造物における地山からの湧水を遮断することなく、適当に浸透及び発散させることが可能で、しかも耐久性、耐火性、耐候性に優れ、紫外線に対する劣化対策も不要であり、海洋近くの構造物において、塩化物イオンの侵入を防ぐことの可能な補強構造とすることができる。
【0022】
また、既設構造物に使用されるコンクリート等の材料と補強層におけるセメント系補強材の熱膨張係数が近似しているため、熱膨張差による、構造物表面と補強層の被着力の低下が有効に抑えられ、応力集中や不連続面の形成を防ぐことができる。
【0023】
また、既設構造物に柱などによる角部があっても、この既設構造物にセメント系補強材を塗布し、あるいはセメント系修復材の塗布後にセメント系補強材を塗布することによって、前記角部が丸くなるため、補強繊維シートを傷めないようにするための角部の面取りや断面修復を別途に行う必要がなく、工程を簡略化することかできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明に係る既設構造物の補強方法の好ましい実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、既設構造物の一部を示す断面図、図2は、既設構造物の表面にセメント系修復材を塗布した状態を示す断面図、図3は、セメント系修復材の表面にセメント系補強材を塗布した状態を示す断面図、図4は、セメント系補強材に補強繊維シートを貼り付けて一体化することにより一層目の補強層を形成した状態を示す断面図、図5は、一層目の補強層に二層目の補強層を積層して形成した状態を示す断面図、図6は、施工が完了した状態を示す断面図である。
【0025】
まず図1において、参照符号1は、例えば鉄筋コンクリート等からなる既設構造物である。その表面1aはコンクリート面である場合のほか、煉瓦やタイルなどの外装材(不図示)からなる場合もある。施工に際しては、この既設構造物1の表面1aを掃除・洗浄して汚れを除去し、不要な物質が固着している場合は研磨などにより除去する。また、既設構造物の表層部が劣化してひび割れが生じていたり弱部となっている部分は、はつりや、研磨などによって除去する。
【0026】
次に、図2に示されるように、既設構造物1の表面1aの煉瓦、タイルなどによる凹凸を埋めたり、あるいははつりにより欠損した部分の修復を目的として、セメント系修復材2を塗布する。このセメント系修復材2は、修復対象面や要求される強度性能に応じて、市販の断面修復材、好ましくはポリマーセメント系のモルタルを使用する。ポリマーセメント系モルタルは、高い付着力、引張強度及び曲げ強度を有するものであって、十分な靭性及び柔軟性を発揮し得る。
【0027】
なお、既設構造物1の表面1aに凹凸や欠損部分がない場合は、セメント系修復材2の塗布工程を省くことも可能である。
【0028】
次に、セメント系修復材2が、ある程度硬化したら、図3に示されるように、このセメント系修復材2の表面にセメント系補強材3aを薄塗りし、このセメント系補強材3aが硬化しないうちに、図4に示されるように、補強繊維シート(連続繊維シート)3bを貼り付けることによって、補強層3(一層目の補強層31)を形成する。
【0029】
この工程では、既設構造物1に柱などによる角部があっても、この角部には、上述のセメント系修復材2及び(又は)セメント系補強材3aが、曲面状をなすように塗布されるので、補強繊維シート3bを傷めないための前記角部の面取り作業を省略することができる。
【0030】
塗布したセメント系補強材3aに補強繊維シート3bを貼付した後は、既知の真空コンクリート工法(Vacuum Concrete Process)によって、シート3bへのセメント系補強材3aの含浸を高めれば、補強繊維シート3bとセメント系補強材3aの一体化を良好にすることができる。
【0031】
また、補強繊維シート3bに、予めセメント系補強材3aを薄く塗布又は含浸させておき、これを、既設構造物1に塗布した未硬化のセメント系修復層2に貼り付けることによって、補強層3を形成するようにしても良い。図7及び図8は、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを含浸させる方法の例を示すものである。このうち、図7に示される方法は、容器101に、未硬化のセメント系補強材3aと補強繊維シート3bを入れて、容器101内を真空ポンプ102で真空引きすることによって、補強繊維シート3bの繊維間の空気を追い出して、代わりにセメント系補強材3aを介入させるものである。また、図8に示される方法は、槽103に入れた未硬化のセメント系補強材3aに、槽103の内部又は外部に設置したローラ104によって補強繊維シート3bが送りこまれるようにし、このローラ104でシート3bを加圧することによって、セメント系補強材3aの含浸を促進させるものである。
【0032】
なお、図8に示される方法は、図7に示される方法に比較して短時間でセメント系補強材3aをシート3bに含浸させることができ、また、補強繊維シート3bの貼付後に真空引きする真空コンクリート工法の場合のように、補強繊維シート3bの上下のセメント系補強材3aの層厚が減少することがない。
【0033】
セメント系補強材3aには、既設構造物1又はセメント系修復材2と補強繊維シート3bの双方に対する付着性が良好なモルタル、すなわちセメント系修復材2としてのポリマーセメント系モルタルよりも低粘度でポリマー成分やエポキシ、アクリル、ウレタン等の樹脂成分を含有するセメントモルタルが用いられる。具体的には、例えばセメント系修復材2をポリマーセメント比10%以下とするのに対し、セメント系補強材3aは、例えばポリマー成分や樹脂成分を20%以上含むものとする。但し、作業性や透水性はポリマー成分等を含まないセメントモルタルと同様の特性を有する材料であることが望ましい。
【0034】
一方、補強繊維シート3bは、アラミドや炭素繊維、ガラス繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度繊維からなるロープ3b’で織られたものである。図9は、補強繊維シート3bを織っているロープ3b’の構造を示す説明図で、すなわち、この図9に示されるように、ロープ3b’は、芯綱31と、その周囲に螺旋状に巻かれた複数のストランド32からなり、芯綱31及びストランド32はそれぞれ前記高強度繊維からなる素線30を多数撚り合わせたものである。また、この補強繊維シート3bは、格子のように大きく隙間のあいた状態ではなく、ロープ3b’が高密度で織られた網状をなすものとする。
【0035】
図10は、図4の断面を拡大して示す断面図である。すなわち、上述した工程によって被着した補強層3は、セメント系修復材2(又は既設構造物1)に接合されたセメント系補強材3aに、補強繊維シート3bが埋設状態に一体化された構造となる。先に説明したように、セメント系補強材3aには補強繊維シート3bに対する付着性が良好なモルタルが採用されているので、このセメント系補強材3aが補強繊維シート3bにおけるロープ3b’の芯綱31やストランド32に良好に付着し、一体化される。なお、図10における参照符号1bは、はつり等による既設構造物1の表面1aの欠損部分あるいは凹凸を示している。
【0036】
また、図9に示されるロープ3b’の芯綱31にモルタルが容易に含浸可能な繊維を撚り合わせることによっても、セメント系補強材3aが繊維に含浸して一体化するので、補強層3に靱性が付与され、更に、例えば補強繊維シート3bが、図9に示されるようなロープ3b’を、図11に示されるように波状に蛇行させて織り込んだシート3bは、補強層3の変形性能を柔軟に調整することが可能であり、補強繊維シート3bが引張力F1を受けたときに、セメント系補強材3aを略円形に囲むロープ3b’が、このセメント系補強材3aに対する拘束力F2を与えるように作用することによる補強層3の強度増進効果も期待することができる。
【0037】
なお、トンネルなどの曲面の天井部に広い範囲にわたってセメント系補強材3aを塗布して補強繊維シート3bを貼り付ける場合には、セメント系補強材3aが硬化しないうちに補強繊維シート3bが剥離したりずり落ちるおそれがある。このような場合は、ステープル(タッカ針)、コンクリート釘、又はネジ等の結合手段(不図示)によって補強繊維シート3bをセメント系補強材3aに仮止めすれば良い。この場合の結合手段としては、既設構造物1に損傷を与えない程度で、セメント系補強材3a(及びその内側のセメント系修復材2)あるいは既設構造物1に引っ掛かる程度の長さのものが好ましい。
【0038】
補強層3は、必要に応じて複数積層した状態で被着する。この場合は、一層目の補強層31を被着した後、その表面に、図5に示されるように、セメント系補強材3aを薄塗りし、このセメント系補強材3aが硬化しないうちに、補強繊維シート3bを貼り付けることによって、二層目の補強層32を形成する。また、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを薄く塗布又は含浸させておき、これを一層目の補強層31に貼り付けることによって、二層目の補強層31を形成するようにしても良い。三層目以上の補強層を被着する場合も同様である。
【0039】
また、補強層3を積層して被着する場合、各層の補強層3における補強繊維シート3bを構成する高強度繊維(ロープ3b’)の方向が互いに異なるようにすることができる。例えば、補強層3を二層とする場合は、各補強層3における補強繊維シート3bのロープ3b’が互いに約45度の角度をなすようにし、補強層3を三層被着する場合は、各補強層3における補強繊維シート3bのロープ3b’が互いに約60度の角度をなすようにする。また、各補強層3における補強繊維シート3bのロープ3b’が、互いに異なる繊維材料からなるものとすることもできる。
【0040】
このようにして形成された補強層3は、セメント系補強材3a(及びセメント系修復材2)が、既設構造物1に使用されているコンクリート等の材料と熱膨張係数が近似しているため、膨張・収縮の繰り返しによる補強層3の被着力の低下がなく、アンカーなどの打設も不要であるため、応力集中や不連続面の形成を防ぐことができる。また、セメント系補強材3aは、樹脂系接着剤にはない適度な透水性を有するため、トンネルなどの構造物における地山からの湧水による膨れ等が起こらない。しかも、樹脂系接着剤では施工が困難な湿潤面(例えばトンネルの覆工コンクリートなど)での施工も容易である。
【0041】
所要層数の補強層3を被着したら、図6に示されるように、最外層の補強繊維シート3bを保護するためのセメント系補強材3aを塗布し、更にその外層に、耐久性及び耐火性を高めるために、セメント系修復材2と同様のポリマーセメント系モルタルを所要の層厚で塗布して保護用モルタル層4を形成する。
【0042】
また、更に好ましくは、美観や装飾性を高めるためと、耐候性や紫外線に対する耐性を付与することを目的として、保護用モルタル層4の表面に、無機系の塗料を塗布することにより、所望の色彩の塗装膜5を形成する。ここで使用する塗料は、主成分はアクリル系、ウレタン系、フッ素系等、用途により異なる特性を有するものを選択することができる。
【0043】
以上のような工程によって、既設構造物1に対して所要の補強を行うことができ、しかもモルタルの塗布及び補強繊維シート3bの貼り付けといった簡易な方法で所要数の補強層3を積層状態に形成することができるため、重機などを用いた大掛かりな施工とならず、作業員の安全や健康も確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】既設構造物1の一部を示す断面図である。
【図2】既設構造物1の表面1aにセメント系修復材2を塗布した状態を示す断面図である。
【図3】セメント系修復材2の表面にセメント系補強材3aを塗布した状態を示す断面図である。
【図4】セメント系補強材3aに補強繊維シート3bを貼り付けて一体化することにより一層目の補強層31を形成した状態を示す断面図である。
【図5】一層目の補強層31に二層目の補強層32を積層して形成した状態を示す断面図である。
【図6】施工が完了した状態を示す断面図である。
【図7】補強層を形成する工程において、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを含浸させる方法の一例を示す説明図である。
【図8】補強層を形成する工程において、補強繊維シート3bに予めセメント系補強材3aを含浸させる方法の他の例を示す説明図である。
【図9】補強繊維シートを構成する糸3b’の構造を示す説明図である。
【図10】図4の一部を拡大して示す断面図である。
【図11】補強層3を図10の断面と垂直な平面で切断した断面図である。
【符号の説明】
【0045】
1 既設構造物
2 セメント系修復材
3,31,32 補強層
3a セメント系補強材
3b 補強繊維シート
3b’ ロープ
31 芯綱
32 ストランド
4 保護用モルタル層
5 塗装膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設構造物の表面に、セメント系補強材とこの補強材に一体化される補強繊維シートからなる補強層を、任意の層数で被着することを特徴とする既設構造物の補強方法。
【請求項2】
既設構造物の表面とセメント系補強材との間に、セメント系修復材を介在させることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項3】
最も外側の補強層に保護用モルタル層を塗布することを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項4】
各補強層の補強繊維シートが、繊維の方向が互いに異なるように被着されることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項5】
補強繊維シートが、炭素繊維、ガラス繊維、又はアラミド繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度の合成樹脂繊維を織ったものであることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項6】
補強繊維シートが、モルタルを容易に含浸可能な繊維束で織ったものであることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項7】
補強繊維シートに、予めポリマー又は合成樹脂を含有するモルタルを塗布又は含浸させることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項8】
保護用モルタル層の表面を塗装することを特徴とする請求項3に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項1】
既設構造物の表面に、セメント系補強材とこの補強材に一体化される補強繊維シートからなる補強層を、任意の層数で被着することを特徴とする既設構造物の補強方法。
【請求項2】
既設構造物の表面とセメント系補強材との間に、セメント系修復材を介在させることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項3】
最も外側の補強層に保護用モルタル層を塗布することを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項4】
各補強層の補強繊維シートが、繊維の方向が互いに異なるように被着されることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項5】
補強繊維シートが、炭素繊維、ガラス繊維、又はアラミド繊維、高強度ビニロン繊維等の高強度の合成樹脂繊維を織ったものであることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項6】
補強繊維シートが、モルタルを容易に含浸可能な繊維束で織ったものであることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項7】
補強繊維シートに、予めポリマー又は合成樹脂を含有するモルタルを塗布又は含浸させることを特徴とする請求項1に記載の既設構造物の補強方法。
【請求項8】
保護用モルタル層の表面を塗装することを特徴とする請求項3に記載の既設構造物の補強方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−239421(P2007−239421A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−67454(P2006−67454)
【出願日】平成18年3月13日(2006.3.13)
【出願人】(302060926)株式会社フジタ (285)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月13日(2006.3.13)
【出願人】(302060926)株式会社フジタ (285)
【Fターム(参考)】
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