説明

晶析過程制御方法および装置

【課題】試料を晶析させる際の晶析条件の細かい制御ができ、結晶構造とサイズを制御でき、試料を目的の多形やサイズに成長・析出させることができるようにする。
【解決手段】テラヘルツ波W1は、試料溶液1に照射され、試料溶液1を透過したテラヘルツ波W2は、放物面鏡13により平行光となり、検出部4に至る。検出器4は、テラヘルツ波W2を検出し、その検出値は計算制御部5に送られる。計算制御部5は、検出値をフーリエ変換により0.1〜10THzの周波数の関数に変換し、これに基づいて、試料溶液1の単位厚さおよび対象成分の単位濃度に対応するように正規化した吸収特性スペクトルやその変化を得る。計算制御部5は、例えば、得た吸収特性スペクトルや変化に基づいて、結晶構造が過飽和や準安定状態であることが分かったら、過飽和や準安定状態に適した晶析条件を設定し、これにより試料を目的の多形やサイズに成長・析出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶の分離や精製を行う晶析法に用いる晶析過程制御方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶の分離や精製を行う手法としては、溶液からの沈殿精製を行う晶析法が挙げられる。これは、溶解度の温度依存性、溶媒蒸発、化学平衡、化学反応、物質添加などを利用して、過飽和溶液から核を発生させ、結晶成長により再結晶を行う操作である。得られる結晶の性質(融点、溶解度、純度、外形)は、結晶形が異なる結晶多形や結晶の大きさによって異なるため、晶析操作においては、目的とする結晶形とそのサイズをコントロールすることが非常に重要である(例えば非特許文献1、2)。
【0003】
また、目的とする結晶形とそのサイズをコントロールするための晶析過程制御方法としては、FBRM(収束ビーム反射測定法)を用いた手法が挙げられる。これは粒子径と粒子数をリアルタイムに測定し、粒度分布の時間変化を観察・測定することにより、晶析・重合・乳化・分散・凝集などの進行、変化、安定性などの研究や工程制御を行うものである(例えば非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】土岐 規仁、小川 薫、佐々木 茂子、横田 政晶、清水 健司「結晶化によるラセミ体の光学分割」、日本結晶成長学会誌 35(1) p31−36 2008
【非特許文献2】滝山 博志、山崎 康夫、西田 貴裕「特集 様々な領域における晶析技術」、化学工学 71(3) p130−134 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の方法は結晶構造を直接分析することが困難であるため、過飽和や準安定状態という晶析過程の各段階における結晶構造の変化を細かく把握しながら結晶を目的の多形やサイズに成長・析出させることが難しかった。特に、結晶構造を構成するユニット数が数十〜数百と非常に少ない超微結晶の場合は、多形やサイズの僅かな違いによって物性がより敏感に変化するという問題が生じるため、晶析条件の精密制御が必要となる。また、結晶を得た後にX線散乱や熱分析などを行って結晶構造や純度を確認することは可能だが、そのような数種類の分析を行うためには、同一構造の試料を大量に得る必要があった。さらに、同一構造の試料を大量に作成するためのスケールアップに伴って、生成される結晶構造の均一性が低下しやすいという問題があった。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、試料を晶析させる際の晶析条件の細かい制御ができ、結晶構造とサイズを制御でき、試料を目的の多形やサイズに成長・析出させることができる晶析過程制御方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の本発明に係る晶析過程制御方法は、晶析過程の試料に電磁波を照射するステップと、前記試料を透過または反射した電磁波を検出するステップと、前記電磁波により前記試料の吸収特性スペクトルを得るステップと、前記吸収特性スペクトルに基づいて前記結晶の結晶構造を得るステップと、前記結晶構造に基づいて前記結晶の晶析条件を制御するステップとを有することを特徴とする。
【0008】
第1の本発明によれば、晶析過程の試料に電磁波を照射し、前記試料を透過または反射した電磁波を検出し、前記電磁波により前記試料の吸収特性スペクトルを得て、前記吸収特性スペクトルに基づいて前記結晶の結晶構造を得て、前記結晶構造に基づいて前記結晶の晶析条件を制御することにより、試料を目的の多形やサイズに成長・析出させることができる。
【0009】
例えば、吸収特性スペクトルに基づいて、結晶構造が過飽和や準安定状態であることが分かったら、過飽和や準安定状態が生じたい場合の晶析条件になるように晶析条件を制御し、これにより試料を目的の多形やサイズに成長・析出させることができる。
【0010】
吸収特性スペクトルに基づいて結晶の結晶構造を得るための分子軌道計算または分子動力学計算による理論計算は、例えば、晶析過程中に実行することができる。
【0011】
または、晶析に先立って、分子軌道計算または分子動力学計算による理論計算を行い、予め吸収特性スペクトルまたはその変化の様子と結晶構造またはその変化の様子とを対応づけて(帰属を行って)記憶しておき、晶析のときに、吸収特性スペクトルや変化の様子が所見されたら、対応づけて記憶されている結晶構造やその変化の様子などを得るようにしてもよい。
【0012】
例えば、前記結晶構造を得るステップは、前記吸収特性スペクトルに基づいて前記試料の分子間の配列構造または前記試料のイオン間の配列構造を得るものである。
【0013】
第2の本発明に係る晶析過程制御装置は、試料を載置する載置部と、晶析過程の前記試料に電磁波を照射する照射部と、前記試料を透過または反射した電磁波を検出する検出部と、予め前記試料の吸収特性スペクトルと該吸収特性スペクトルが得られたときの前記試料の結晶構造とを互いに対応づけて記憶し、前記検出部で検出された電磁波により前記試料の吸収特性スペクトルを得て、前記得られた吸収特性スペクトルに対応づけて記憶されている結晶構造を得て、当該結晶構造に基づいて前記結晶の晶析条件を制御する計算制御部とを備えることを特徴とする。
【0014】
例えば、晶析過程制御装置は、前記試料の温度を調整する温度調整部と、前記試料の雰囲気の圧力を調整する圧力調整部とを備え、前記計算制御部は、前記結晶構造に基づいて前記温度調整部と前記圧力調整部の少なくとも一方を制御する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、晶析過程の試料に電磁波を照射し、前記試料を透過または反射した電磁波を検出し、前記電磁波により前記試料の吸収特性スペクトルを得て、前記吸収特性スペクトルに基づいて前記結晶の結晶構造を得て、前記結晶構造に基づいて前記結晶の晶析条件を制御することにより、試料を目的の多形やサイズに成長・析出させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の晶析過程制御装置の一実施形態を示す構成図である。
【図2】本発明の実施例1を説明するための、晶析過程の各段階における結晶構造の変化を追跡した吸収特性スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0018】
本発明の晶析過程制御方法および装置の一例を、図1を参照しつつ説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施形態にかかる晶析過程制御装置10(以下、単に装置10という)を示す構成図である。
【0020】
装置10は、試料溶液1を収容するチャンバ11を載置する載置部2と、試料溶液1に電磁波を照射する照射部3と、試料溶液1を透過した電磁波を検出する検出部4と、検出部4で検出された電磁波に基づいて試料溶液1の吸収特性スペクトルに基づいて構造の帰属を行う計算制御部5と、前記試料溶液雰囲気の圧力を制御するための圧力調整部6と前記試料溶液の温度を制御するための温度調整部7とを備えている。なお、検出部4は、思料溶液1で反射した電磁波を検出するものであってもよい。
【0021】
載置部2は、ほぼ水平配置されたステージであり、載置部2は、チャンバ11を載置可能な大きさを有する。
【0022】
照射部3は、光源8とパルス発生器9とを有する。光源8は、0.1〜10THzの電磁波(以下、適宜、テラヘルツ波と言い換える)を励起させられればよく、光源8は、例えばフェムト秒モードロックチタンサファイアレーザやフェムト秒ファイバーレーザー等である。
【0023】
パルス発生器9は、光源8からの励起光を受け、テラヘルツ波を発生できればよく、パルス発生器9は、例えば非線形光学結晶、光伝導アンテナ、半導体、量子井戸、高温伝導薄膜等である。
【0024】
検出部4は、試料溶液1を透過したテラヘルツ波を検出できればよく、検出部4は、例えば光伝導アンテナ等である。
【0025】
圧力調整部6は、乾燥窒素または乾燥空気を送り込むガス圧制御弁14と真空ポンプ15と真空ゲージ16とを有し、チャンバ11の内部の圧力を、真空ポンプ15に通じる経路15aを通じて減圧できるようになっている。ガス導入管14aを通じて乾燥窒素または乾燥空気を送り込むことにより、チャンバ11の内部の雰囲気は所望のガスに置換される。
【0026】
圧力調整部6は、チャンバ11の内部の圧力を、0.1Pa〜大気圧に調整する性能を有することが好ましい。またその圧力制御の精度は±0.1〜1Paの安定性を有することが好ましい。
【0027】
温度調整部7は、液体窒素などの冷媒タンク17とヒーター18と温度センサ19とを有し、液体窒素などの冷媒を経路17aからチャンバ11内に送り込むことおよびチャンバ11内に導入されたヒーター18aに導通することによりチャンバ11内を冷却または加熱し、試料溶液1の晶析過程条件を制御できるように構成される。
【0028】
温度調整部7は、チャンバ11の温度を−200〜100℃とすることができる加熱冷却性能を有することが好ましい。またその温調精度は±0.1〜1.0℃の安定性を有することが好ましい。
【0029】
チャンバ11は、照射部3に面する上部、および検出部4に面する下部が、テラヘルツ波が透過可能な光学窓11aとされている。
【0030】
また、装置10には、放物面鏡12、14が設けられている。
【0031】
次に、試料溶液1に対して装置10が行う晶析過程制御方法の一例を説明する。
【0032】
試料溶液1は、例えば、飽和NaCl溶液または飽和KCl溶液である。試料溶液1は、電磁波照射方向(図1における上下方向)の厚みが0.1〜15mm(望ましくは0.5〜2mm)であることが好ましい。
【0033】
試料溶液1は、薄すぎれば対象成分量が少なくなるため検出精度が低下し、厚すぎればテラヘルツ波が透過しにくくなる。これに対し、厚みを上記範囲とすることで、検出精度を高めるとともにテラヘルツ波を確実に透過させることができる。また多重反射、干渉も起こりにくくなる。よって、精度の高い分析が可能となる。
【0034】
試料溶液1は、電磁波照射方向に交差する面内(上記面内方向)の最大寸法が3〜15mmであることが好ましい。この最大寸法が大きすぎれば、温度や圧力のむらにより、晶析条件の精密制御が困難となる。これに対し、最大寸法を上記範囲とすることで、晶析条件制御の精度を高めることができる。
【0035】
計算制御部5は、温度センサ19により検出したチャンバ11内の温度に応じて温度調整部7を駆動し、チャンバ11内を所定の温度に加熱または冷却する。
【0036】
試料溶液1を凍結する場合は、その冷却速度は−0.1〜−5℃/秒(望ましくは−1〜−1.5℃/秒)とするのが好ましい。また、冷却によって内部の水蒸気が結露することを防ぐため、冷却開始前に、圧力調整部6を用いて圧力を10Pa程度に減圧することが好ましい。温度が−20℃程度に到達した後に、真空雰囲気もしくは乾燥窒素または乾燥空気で置換する。冷却速度をこの範囲とすることで、試料溶液1中の物質が外に析出することなく、試料溶液1中に晶析過程の構造が反映され、試料溶液1内の晶析させたい成分が、試料溶液1中の溶媒分子(水など)との間で分子間相互作用を示すようになる。
【0037】
試料溶液1を凍結する場合は、到達冷却温度は、まず−100〜−20℃(望ましくは−80〜−70℃)において10〜360分(望ましくは60−180分)放置し、この状態で構造変化の測定を行う。冷却温度をこの範囲とすることで、マクロな領域での分子移動や構造変化は起こりにくいが、結晶構造を構成するユニット数が1〜数十と非常に少ない超微結晶を形成するために必要なミクロな分子の動きだけが可能となる。そののち、−200〜−150℃(望ましくは−200〜−180℃)に再冷却するのが好適である。冷却温度をこの範囲とすることで、形成した超微結晶の構造においても、分子移動や構造変化を停止させ、所望の結晶多形やサイズを取り出すことが可能となる。
【0038】
この過程において、適時、光源8から励起光をパルス発生器9に照射する。パルス発生器9はテラヘルツ波W1を発生し、放物面鏡12により集束されて被検体1に照射される。
【0039】
テラヘルツ波W1は、試料溶液1に照射されると、水素結合、ファンデルワールス結合、π電子相互作用、静電相互作用等の弱い相互作用のエネルギーと共鳴する。
【0040】
試料溶液1を透過したテラヘルツ波W2は、放物面鏡13により平行光となり、検出部4に至る。
【0041】
検出器4は、テラヘルツ波W2を検出し、その検出値は計算制御部5に送られる。
【0042】
計算制御部5は、検出値をフーリエ変換により0.1〜10THzの周波数の関数に変換する。
【0043】
計算制御部5は、これに基づいて、試料溶液1の単位厚さおよび対象成分の単位濃度に対応するように正規化した吸収特性スペクトルやその変化を得る。
【0044】
計算制御部5は、例えば、得た吸収特性スペクトルや変化に基づいて、結晶構造が過飽和や準安定状態であることが分かったら、過飽和や準安定状態に適した晶析条件を設定し、これにより試料を目的の多形やサイズに成長・析出させる。
【0045】
計算制御部5は、例えば、吸収特性スペクトルに基づいて結晶構造を得るため、分子軌道計算または分子動力学計算による計算を晶析過程中に実行する。結晶構造とは、例えば、試料の分子間の配列構造または試料のイオン間の配列構造である。
【0046】
または、晶析に先立って、分子軌道計算または分子動力学計算による理論計算を行い、晶析過程の各段階における溶液中の結晶構造やその変化の様子と、吸収特性スペクトルまたはその変化の様子とを対応づけて(帰属を行って)記憶しておき、晶析のときに、吸収特性スペクトルや変化が得られたら、計算制御部5が、対応づけて記憶されている結晶構造の変化などを得て、これに基づいて、晶析条件を調整してもよい。
【0047】
つまり、上記相互作用のエネルギーの共鳴周波数や吸収強度は、試料溶液1中の晶析過程の構造に応じたものとなるため、この吸収特性スペクトルを結晶多形やサイズの指標とすることができるのである。
【0048】
本実施の形態に係る装置10によれば、すなわち、その晶析過程制御方法によれば、晶析過程の試料溶液1に電磁波を照射し、試料溶液1を透過したテラヘルツ波W2を検出し、テラヘルツ波W2により試料溶液1の吸収特性スペクトルを得て、吸収特性スペクトルに基づいて試料溶液1の結晶構造を得て、結晶構造に基づいて試料溶液1の晶析条件を制御するので、従来の、粒子径と粒子数をリアルタイムに測定し、粒度分布の時間変化を観察・測定することにより晶析・重合・乳化・分散・凝集などの進行、変化、安定性などの研究や工程制御を行う方法に比べ、晶析条件の細かい制御が容易となり、結晶を目的の多形やサイズに成長・析出させることが容易となる。また、多形やサイズの僅かな違いによって物性がより敏感に変化しやすい、結晶構造を構成するユニット数が数十〜数百と非常に少ない超微結晶においても、目的の多形やサイズに成長・析出させることが可能となる。
【0049】
また、結晶構造を構成するユニット数(格子数)が1〜数十と非常に少ない超微結晶においても、目的の多形やサイズに成長・析出させることができる。
【0050】
また、結晶構造を得た後にX線散乱や熱分析などを行って結晶構造や純度を確認する手順(従来の手順)が不要なので、同一構造の試料を大量に得る必要がなくなり、スケールアップに伴って、生成される結晶構造の均一性の低下を防ぐことが容易となる。
【実施例1】
【0051】
以下、本発明の実施例について、図1および図2を用いて具体的に説明する。なお、この実施例は一例であり、本発明を限定するものではない。
【0052】
図1に示す装置10を用いて分析試験を行った。装置10は、パルス発生器9(先端赤外社製、光伝導アンテナ)、検出部4(先端赤外社製、光伝導アンテナ)を備えた分光装置(先端赤外社製、THz−TDS2004)を用いて作製した。光源8にはTi−sapphire laserであるVitesse(100フェムト秒型、コヒレント社製)を用いた。
【0053】
試料溶液1としては、1 mol/L NaCl溶液を深さ1.5mmとなるように導入した。
【0054】
試料溶液1に、照射部3を用いてテラヘルツ波W1を照射し、テラヘルツ波W2を検出部4で検出した。試料溶液1は、薄すぎれば対象成分量が少なくなるため検出精度が低下し、厚すぎればテラヘルツ波が透過しにくくなるが、本実施例ではこのような検出精度の低下は起こらなかったため、試料溶液1の厚さは妥当であると判断された。
【0055】
電磁波照射方向に交差する面内(上記面内方向)の寸法は10mmとした。この最大寸法が大きすぎれば、温度や圧力のむらにより、晶析条件の精密制御が困難となるが、本実施例ではそのようなむらによる試料の不均一性は起こらなかったため、試料溶液1の面内の寸法は妥当であると判断された。
【0056】
試料溶液1を、冷却速度−1.5℃/秒において、−70℃に急速冷却して凍結し、試料中の分子やイオン間の配列構造を測定するため、吸収特性スペクトルの測定を行った。このとき、約1.6THz付近にブロードな吸収帯が観測された(図2(a))。この吸収帯は、氷中のナトリウムイオン、塩化物イオンが、塩化ナトリウム型(立方体)の単ユニットを構成するモデルを用いた分子軌道計算により、ナトリウムイオンが立方体の結晶構造よりも乱れた構造をとった時に水分子と相互作用に由来するピークであると帰属された。
【0057】
温度を−70℃に保持したまま、一定時間ごとに吸収特性スペクトルの測定を行った。数時間経過後、約2.4THz付近の吸収帯が現れはじめ、徐々に鋭いピークとなって観測された(図2(b))。この吸収帯は、氷中のナトリウムイオン、塩化物イオンが、塩化ナトリウム型(立方体)の単ユニットを構成するモデルを用いた分子軌道計算により、単ユニットを構成するナトリウムイオンや塩化物イオンが、氷中で立方体の結晶構造よりも僅かに乱れた構造をとった時に、それらが水分子と相互作用に由来するピークであると帰属された。約1.6THz付近のピークと比較して、観測されはじめるタイミングが異なるのは、−70℃に保持した状態において、結晶構造の秩序形成過程が徐々に進行し、新たな構造として観測されるようになったためと考えられる。
【0058】
この後、−196℃まで冷却速度−1.5℃/秒で急速冷却して、吸収特性スペクトルの測定を行った。温度を−70℃に保持した状態と同様に、約1.6THz付近と約2.4THz付近の吸収帯が観測されたが、これは、バックグラウンドの吸収強度が低くなり、単ユニットを構成するナトリウムイオン、塩化物イオンとの相互作用が少ない水分子が、より安定で秩序の高い氷構造へと変化したためである。
【0059】
この後、加熱速度1℃/分で緩やかに加熱し、−110℃〜20℃までの範囲において、10℃ステップで吸収特性スペクトルの測定を行った。温度が−20℃までは、−196℃で得られた吸収特性スペクトルとほぼ同じスペクトルが得られ、結晶構造が保持されていることが示されたが、温度が−10℃に到達したとき、約1.6THz付近と約2.5THz付近の吸収帯のみが観測され、バックグラウンドによる吸収強度が消滅した(図2(c))。これは、単ユニットを構成するナトリウムイオン、塩化物イオンとの相互作用が少ない水分子が、加熱により蒸発し、−196℃の氷中と同じ構造を有するNaCl結晶のみが残ったためと考えられる。
【0060】
この手法を用いて、粒径が約10〜100nm程度の微粒子としてNaCl結晶が得られ、これは結晶構造を構成するユニット数が数十〜数百と非常に少ない超微結晶であることが分かった。この微粒子は、機械的に粉砕した通常のNaCl結晶と比較して、水への溶解性に優れていることが分かった。
【0061】
ここで、−70℃に保持する過程を行わずに、−196℃まで急速冷却した場合は、約1.6THz付近にブロードな吸収帯が観測されるが、約2.5THz付近の吸収帯は観測されなかった。これは、−70℃に一定時間保持した状態において起こる、結晶構造の秩序形成過程が徐々に進行して新たな構造へと変化する過程を経なかったため、目的とする多形が得られなかったためである。この場合は、加熱により周囲の水分子を蒸発させて得られた結晶は、粒径が1−100um程度と大きく、かつ水への溶解性は通常のNaCl結晶と同程度の結晶しか得られなかった。
【0062】
したがって、本実施例によれば、試料溶液1を透過したテラヘルツ波を検出することにより得られる吸収特性スペクトルに基づいて晶析過程の各段階における溶液中の結晶構造を得て、フィードバックすることができることが明らかになった。本実施例では、温度を−70℃に保持した状態で、約2.4THz付近の吸収帯の発現を観測することにより、目的の結晶構造への変化を確認することが可能となった。すなわち、約2.4THz付近の吸収帯の発現がされない場合は、温調を高温域へ加熱させ、再度低温域へ冷却させる制御を再度繰り返して、結晶構造の秩序形成過程が進行するようにさせる。また、それらの過程における圧力を適宜増減させる制御、冷却速度の制御を行ってもよい。このように、晶析条件の細かい制御が容易となり、結晶を目的の多形やサイズに成長・析出させることが容易となる。また、多形やサイズの僅かな違いによって、水への溶解性などの物性がより敏感に変化しやすい、結晶構造を構成するユニット数が数十〜数百と非常に少ない超微結晶においても、目的の多形やサイズに成長・析出させることが可能となることが明らかになった。
【符号の説明】
【0063】
1…試料溶液
2…載置部
3…照射部
4…検出部
5…計算制御部
6…圧力調整部
7…温度調整部
8…光源
9…パルス発生器
10…晶析過程制御装置
11…チャンバ
11a…光学窓
12、13…放物面鏡
14…ガス圧制御弁
14a…ガス導入管
15…真空ポンプ
15a…経路
16…真空ゲージ
17…冷媒タンク
17a…経路
18、18a…ヒーター
19…温度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
晶析過程の試料に電磁波を照射するステップと、
前記試料を透過または反射した電磁波を検出するステップと、
前記電磁波により前記試料の吸収特性スペクトルを得るステップと、
前記吸収特性スペクトルに基づいて前記試料の結晶構造を得るステップと、
前記結晶構造に基づいて前記試料の晶析条件を制御するステップと
を有することを特徴とする晶析過程制御方法。
【請求項2】
前記結晶構造を得るステップは、前記吸収特性スペクトルに基づいて前記試料の分子間の配列構造または前記試料のイオン間の配列構造を得るものである
ことを特徴とする請求項1記載の晶析過程制御方法。
【請求項3】
予め前記試料の吸収特性スペクトルまたは吸収特性スペクトルの変化の様子と該吸収特性スペクトルまたは該吸収特性スペクトルの変化の様子が所見されたときの前記試料の結晶構造または結晶構造の変化の様子とが互いに対応づけて記憶されており、
前記結晶構造を得るステップは、前記得られた吸収特性スペクトルまたは変化の様子に対応づけて記憶されている結晶構造または変化の様子を得るものである
ことを特徴とする請求項1または2記載の晶析過程制御方法。
【請求項4】
試料を載置する載置部と、
晶析過程の前記試料に電磁波を照射する照射部と、
前記試料を透過または反射した電磁波を検出する検出部と、
予め前記試料の吸収特性スペクトルと該吸収特性スペクトルが得られたときの前記試料の結晶構造とを互いに対応づけて記憶し、前記検出部で検出された電磁波により前記試料の吸収特性スペクトルを得て、前記得られた吸収特性スペクトルに対応づけて記憶されている結晶構造を得て、当該結晶構造に基づいて前記結晶の晶析条件を制御する計算制御部と
を備えることを特徴とする晶析過程制御装置。
【請求項5】
前記試料の温度を調整する温度調整部と、
前記試料の雰囲気の圧力を調整する圧力調整部とを備え、
前記計算制御部は、
前記結晶構造に基づいて前記温度調整部と前記圧力調整部の少なくとも一方を制御する
ことを特徴とする請求項4記載の晶析過程制御装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−5953(P2012−5953A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143847(P2010−143847)
【出願日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】