説明

有機高分子複合材料の連続放射線グラフト重合法

【課題】 複数種の材料で形成される有機高分子複合材料に対して連続グラフト重合方法を適用して強度等の物理特性に優れたグラフト材を得る方法を提供する。
【解決手段】 本発明の一態様は、複数種の材料で形成される有機高分子複合基材を連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、照射済みの基材を不活性雰囲気中でグラフト重合する工程とを含み、照射工程とグラフト重合工程の間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を行うことを特徴とする長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性分離材料の製法として、最近とみに注目されている放射線グラフト重合方法に関するものである。本発明は、とくに、複合材料によって形成された織布又は不織布などの繊維材料、フィルム、繊維強化フィルム、多孔膜などの長尺有機高分子材料を連続的に放射線グラフト重合する方法における改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
放射線グラフト重合方法は、高分子材料に放射線を照射してラジカルを生成させ、ここにグラフト重合を行うことにより高分子材料に所望の機能性官能基を導入する方法であり、既存の高分子成形体に新たな機能を導入できる手段として最近ますます注目されている。
【0003】
長尺の基材、例えばロール状に巻かれた不織布長尺シートに放射線グラフト重合処理を行う方法としては、例えば、シート材料のロールに対してまず放射線を照射し、この照射済みのロール基材を搬送機構付きのグラフト重合装置に装着して、ロールから基材を引き出しながらグラフト重合反応を行うという、所謂バッチ式放射線グラフト重合法がある(例えば、特許文献1参照)。この方法では、放射線照射工程とグラフト重合工程とが分離されているので、特別な管理が必要なガンマ線照射工程を放射線管理施設内で行い、照射済みの基材を、照射工程を行った場所とは異なる場所のグラフト反応施設に輸送して、そこでグラフト反応を行う、という工程を採用することができる。このガンマ線照射設備は、放射線の遮蔽を考慮した特殊な設備を要することなどの理由により自社で保有することが難しいので、国内では数社しかガンマ線照射設備を有していない。したがって、放射線グラフト重合を行う場合には、基材への放射線の照射については外部に委託して照射する場合が多かった(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
このバッチ式の照射とグラフト重合との組み合わせは、生産性を向上させるには不利であり、コスト高の主たる原因であった。これを解消する目的で、放射線として電子線を用いた電子線照射設備とグラフト重合設備を連続化した連続グラフト重合法が提案された。例えば、非特許文献2の130頁には、所謂液相グラフト重合法を連続で行う装置が説明されている。ここで説明されている装置は、ロール状の長尺基材を繰り出して、照射容器内で電子線を照射し、次にグラフト重合槽内の反応液中に浸漬させてグラフト反応を行うというものである。また、特許文献2の図6では、所謂気相含浸グラフト重合法を連続で行う装置が開示されている。ここで説明されている装置は、基材に電子線を照射した後、照射済みの基材を所定量のモノマー液と接触させ、これを窒素などの不活性雰囲気中でグラフト重合反応させるというものである。いずれの方法においても、電子線の照射工程からグラフト重合工程までの時間が短いため、照射によって生成したラジカルが消失することが少なく、低い照射線量で放射線グラフト重合を行うことができるという利点を有する。従来のバッチ式照射とグラフト重合との組み合わせによる方法では、照射済みの基材をグラフト反応にかけるまでの間に、時間経過によるラジカルの消失、収容容器からの酸素の混入或いは照射済みの基材をグラフト反応装置に装填する際の空気(酸素)への曝露によるラジカル数の減少やラジカル質の変質などによって、グラフト反応に利用できるラジカルの数が減少して、グラフト反応効率が低下するという問題があった。このため、上述の連続放射線グラフト重合法では、電子線の照射からグラフト反応までを一体型の気密容器内で行うと共に、例えば、容器内を窒素等の不活性ガスでパージすることにより、照射からグラフト反応までを不活性雰囲気中で進行させてラジカルの消失を防ぐという手法が採られている。この手法によれば、不活性雰囲気中で照射された基材が、不活性雰囲気中のままで数分間という短時間のうちにグラフトモノマーと接触してグラフト重合反応が行われるので、照射によって生成したラジカルが極めて有効に利用でき、高いグラフト率が達成される。この結果、従来のバッチ式照射とグラフト重合との組み合わせによる方法では200kGy前後の照射線量が必要とされていたのに対して、上述の連続放射線グラフト重合法では、50kGyの照射線量でも十分に放射線グラフト重合を行うことができるようになった。更に、従来はグラフト反応性が悪く放射線グラフト重合には使用できないと考えられていた高分子材料、例えばポリエチレンテレフタレート(PET)に代表されるポリエステルなども容易に放射線グラフト重合できることが分かっている。
【特許文献1】特公昭58−22046号公報
【特許文献2】国際特許公開 WO 00/09797
【非特許文献1】須郷高伸、「新しい分離機能材料の開発」、空気清浄、第34巻、第2号、85頁、平成8年7月31日発行
【非特許文献2】須郷高伸他著、「猫とグラフト重合」、丸善発行、平成8年3月20日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らの更なる研究により、上記のように連続放射線グラフト重合の電子線照射からグラフト重合までを全て不活性雰囲気下で行うという方法には次のような問題点があることが判明した。
【0006】
ポリエチレン(PE)を鞘、ポリエチレンテレフタレート(PET)を芯とした芯鞘複合繊維を利用した不織布が各種用途に用いられているが、これを放射線グラフト重合の基材として使用することが提案されており(特許文献1)、現在ではこの用途でよく用いられている。かかる芯鞘複合繊維を放射線グラフト重合用の基材として用いると、ポリエチレンテレフタレートがポリエチレンよりも放射線グラフト重合しにくく且つ照射によって高分子の崩壊を起こしにくいという性質のために、鞘部分のポリエチレンのみが優先的にグラフト重合される。このため、芯部分のポリエチレンテレフタレートが放射線グラフト重合によって強度低下するのを抑制することができるので、得られるグラフト材料においては、ポリエチレンテレフタレートの芯部分が材料の物理的強度及び伸度の維持の役割を担うため、強度及び伸度に優れたグラフト材料を得ることができる。一方、鞘部のポリエチレンには、グラフト重合によって所定の機能性官能基が導入される。
【0007】
しかしながら、この芯鞘複合繊維材料に対して、上記に説明した不活性雰囲気下での連続放射線グラフト重合を行うと、繊維材料の引っ張り強度や伸度が低下し、場合によってはフィルタ等への成形加工段階で亀裂が入る現象が発生するという問題があることが分かった。本発明は、かかる問題を解決し、複数種の材料で形成される有機高分子複合材料に対して連続放射線グラフト重合方法を適用して強度等の物理特性に優れたグラフト材を得る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上述の問題点について鋭意検討を行った結果、芯鞘複合繊維材料に対して不活性雰囲気下での連続放射線グラフト重合を行った場合に繊維材料の引っ張り強度や伸度が低下するという現象は、上記連続放射線グラフト重合法においては、照射とグラフト重合との間の時間が短く、更に両工程を不活性雰囲気下で連続して行うために、照射によって生成したラジカルの消失が著しく抑制されるので、芯材のポリエチレンテレフタレートまでもがグラフト重合を起こしてしまい、本来物理的強度及び伸度の維持の役割を担っていたポリエチレンテレフタレート芯材の物理的特性が低下したためであることが判明した。
【0009】
そこで、本発明者らは、ポリエチレンテレフタレート芯/ポリエチレン鞘複合繊維材料などの有機高分子複合材料を基材として用いて連続放射線グラフト重合を行う際には、放射線照射工程とグラフト重合工程との間に、照射済みの基材にラジカル消去剤を接触させるか及び又は照射済みの基材を加温するラジカル調整工程を設けることによって、芯材の強度を維持したままでグラフト重合を行うことができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明の一態様は、複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、照射済みの基材を不活性雰囲気中でグラフト重合する工程とを含み、照射工程とグラフト重合工程の間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を行うことを特徴とする長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法に関する。
【0011】
有機高分子材料は、その種類によって、放射線照射によるラジカルの生成密度及び保存性(安定性)が異なる。高分子材料に発生させたラジカルの消失は、酸素との接触、ラジカル同士の再結合、高分子材料周辺の気体雰囲気や液体雰囲気へのラジカルの移動によって起こる。本発明では、このラジカルの消失現象を利用して、複数の材料で形成される有機高分子複合基材に連続放射線グラフト重合を行う際に、放射線照射工程とグラフト重合工程との間で照射済みの基材に対して発生したラジカルの一部を消失させるラジカル調整処理を行うことによって、複合材料を形成する各材料間にラジカル濃度差を生じさせる。そして、このラジカル濃度差をうまく利用することで、複合材料中の特定の有機高分子材料に対して選択的に多くグラフト重合させることができるし、また逆に特定の有機高分子材料に対してはほとんどグラフト重合させないようにすることもできる。これによって、複合材料のグラフト重合させない部分での素材の物理的特性を維持しつつ、グラフト重合する部分で所望の機能性官能基を導入することが可能となる。本発明において、ラジカル調整は、照射済みの高分子材料を、ラジカル消去剤と接触させることによって行うことができる。
【0012】
また、照射済みの高分子材料を加温することによってもラジカル調整を行うことができる。更に、照射済みの高分子材料を、加温しながらラジカル消去剤と接触させてもよい。加温により高分子材料の分子運動性が高まり、ラジカル同士の再結合やラジカルと酸素との反応が速くなってラジカル消失速度が大きくなる。また、結晶内のラジカルには酸素は到達することはできないが、加温することにより結晶内のラジカルが結晶−非晶界面へ移動する速度が速くなり、非晶部において酸素と反応するか又はラジカル同士で再結合してラジカルが消失する。したがって、加温又は加温と空気接触との併用によって、複合材料のラジカル調整を行うことができる。特に、ラジカル調整工程での酸素濃度を低くすることができれば、後段のグラフト重合反応時において低酸素濃度を維持することが容易になる。上記のように、加温と空気接触とを併用すると、ラジカル調整工程における酸素濃度が低くてもラジカルとの反応速度が大きくなるので好ましい。
【0013】
ラジカル調整工程として加温を行う場合、温度は、通常35〜80℃、好ましくは40〜70℃、更に好ましくは45〜60℃とすることが好ましい。加温温度がこの範囲を下回るとラジカル消失効果が小さくなるので好ましくなく、また、この範囲を超えると、残すべきラジカルも消失してしまい所望のグラフト率を確保することができないので好ましくない。加温の方法としては、空気自体を加熱してもよいし、或いはモノマー含浸部のロールを加熱してもよい。
【0014】
本発明方法において用いることのできるラジカル消去剤としては、空気中の酸素が最も容易に且つ好適に利用することができる。その他には、ヨウ素、キノン類、多環芳香族炭化水素などのラジカル抑制剤(インヒビター)を用いることができる。空気をラジカル消去剤として用いる場合には、照射済みの基材を空気に接触させることで、ラジカル調整工程を行うことができる。また、酸素ガスを用いて、これを基材に接触させることもできる。更に、不活性ガス雰囲気に空気を吹き込んだ雰囲気に照射済みの基材を接触させることによってもラジカル調整を行うことができる。本発明に係るグラフト重合法は連続法で行われるので、ラジカル調整工程において基材を空気そのものと接触させると、後段のグラフト重合反応工程で酸素濃度が下がりきらないため高いグラフト率が得られないことがある。したがって、前段の放射線照射工程での不活性ガス雰囲気に対して、空気を吹き込むことで雰囲気中に酸素を導入してグラフト調整工程を行い、その後、雰囲気を不活性ガスでパージすることによって再び不活性ガス雰囲気に戻してグラフト重合反応工程を行うことが好ましい。
【0015】
ラジカル調整工程の時間、ラジカル調整工程における雰囲気中の酸素濃度、不活性ガス雰囲気に対して吹き込む空気の相対量、加温の温度等は、基材の材質、繊維の構造(例えば、芯鞘構造の複合繊維か、単繊維の混合体か、など)、目標とするグラフト率、目的とする用途における許容しうる物理的強度の低下の度合いなどを考慮して適宜決定することができる。また、ラジカル調整時間については、更に温度に応じて適宜決定することができ、通常は数十秒から数十分、例えば10〜20秒から10〜20分と考えられる。
【0016】
本発明方法で処理することのできる有機高分子複合基材としては、芯成分としてポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、鞘成分としてポリエチレンなどのポリオレフィンを用いた芯鞘複合繊維材料を用いることができる。芯鞘複合材料としては、単芯/単鞘のもののみならず、多芯海島構造の材料も使用することができる。更に、本発明は、芯鞘複合繊維材料の形態以外の、複数種の材料で形成される任意の形態、例えば複数の異なる単繊維から構成される複合繊維の有機高分子複合材料に適用することができる。基材の形態としては、複合繊維自体、或いは複合繊維から形成される織布又は不織布シートが好ましく、その他の形態としては有機高分子複合材料によって形成される多孔膜、中空糸膜などを挙げることができる。また、異なる材質の複数種のフィルムを積層させた積層フィルム、フィルムと織布/不織布とを積層させた繊維強化フィルム、単一成分の繊維に異なる繊維を物理的に混合した繊維集合体などの形態も採用することができる。これらの複合基材は、1種以上の材料によって基材の引っ張り強度や伸度などの物理的特性が維持され、他の1種以上の材料によってグラフトによる機能性官能基の導入が行われるように構成されていることが好ましい。基材の引っ張り強度や伸度などの物理的特性を維持するための材料としては、上述のポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、ポリスチレンなどの芳香族ポリマーなどのようなラジカル生成密度が小さく、保存性が小さい高分子材料を挙げることができ、一方、グラフトによって機能性官能基を導入するための材料としては、上述のポリエチレンなどのポリオレフィンなどのようなラジカル生成密度が大きく、保存性が高い高分子材料を挙げることができる。本発明において用いることのできるこのような複数の繊維材料の組合せとしては、例えば、ポリエチレン(PE)/ポリエチレンテレフタレート(PET)、PE/ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリプロピレン(PP)/PET、PP/PBT、PE/ポリスチレン(PSt)、PP/PStなどの組合せを挙げることができる。
【0017】
例えば、ポリエチレン(PE)鞘/ポリエチレンテレフタレート(PET)芯の芯鞘複合繊維からなる不織布を基材として用いた場合、PETのラジカル生成密度及び保存性が小さいため、放射線照射後に酸素のようなラジカル消失剤と接触させるとラジカルの消失が速やかに起こり、後段のグラフト反応でのグラフト率を小さく抑えることができる。これにより、PET本来の引っ張り強度と伸度を維持することができる。一方、PEは、放射線照射後に酸素のようなラジカル消失剤と接触させると、非晶質の部分のラジカルは瞬時に消失するが、結晶部に生成したラジカルは徐々に結晶内を移動して結晶−非結晶の界面に移動し、ここでラジカル消失剤と接触して消失する。このため、PE鞘部では、照射後、グラフト重合前に数十分間空気に曝露しても高いグラフト率が得られる。
【0018】
このようにして、基材全体のグラフト率(重量増加率)が150%という大きなグラフト率を目標とする場合には、鞘のPE部分においては300%以上という非常に高いグラフト率を得ると同時に、芯材のPETについてはほとんどグラフト重合させないように、グラフト反応を行うことができる。このため、グラフト処理材料の物理的強度が維持される。
【0019】
本発明方法において用いられる放射線グラフト重合法は、有機高分子基材に放射線を照射してラジカルを生成させ、それにグラフトモノマーを反応させることによって、所望のグラフト重合体側鎖を基材に導入することのできる方法である。放射線グラフト重合法において用いることのできる放射線としては、α線、β線、γ線、電子線、紫外線などを挙げることができる。γ線は、線量率が10kGy/h程度であるため、放射線グラフト重合に利用するには数時間の照射を行う必要があり、後段のグラフト重合部との連続化には適していないと共に、特別な管理が必要で放射線管理区域内で使用することが義務づけられているので適用が制限される。これに対して、電子線は、10kGy/sec程度の線量率のため、放射線グラフト重合には5〜30秒程度の照射でよく、更に放射線遮蔽が容易であるので、容易に利用することができる。よって、本発明において用いるのには電子線が適している。放射線グラフト重合法には、モノマーと基材との接触方法により、モノマー溶液に基材を浸漬させたまま重合を行う液相グラフト重合法、モノマーの蒸気に基材を接触させて重合を行う気相グラフト重合法、基材をモノマー溶液に浸漬した後、モノマー溶液から取り出して気相中で反応を行わせる含浸気相グラフト重合法などが挙げられるが、いずれの方法も本発明において用いることができる。
【0020】
上述したように、織布/不織布などの繊維材料は本発明方法において有機高分子複合基材として用いるのに適した形態であるが、これはモノマー溶液を保持し易いので、含浸気相グラフト重合法において用いるのに適している。
【0021】
本発明において、放射線グラフト重合法として液相グラフト重合を用いる場合には、有機高分子複合基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、不活性雰囲気中で照射済みの基材をグラフトモノマー液中に配置してグラフト重合反応を行わせるグラフト重合工程との間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を設ければよい。ここで、ラジカル消去剤への接触は、例えば、照射済みの基材を、不活性ガス雰囲気に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気に曝露することによって行うことができる。
【0022】
また、本発明において、放射線グラフト重合法として含浸気相グラフト重合を用いる場合には、有機高分子基材に不活性雰囲気中で放射線を照射し、不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気中で及び/又は加温しながら照射済みの基材に所定量のグラフトモノマー液を含浸させ、グラフトモノマー液を含浸させた基材を不活性雰囲気中でグラフト重合反応させることによって、本発明方法を実施することができる。特に含浸気相グラフト重合を用いる場合には、モノマー含浸槽において、前段の放射線照射を行った不活性ガス雰囲気に空気を吹き込み、この雰囲気中でモノマー含浸槽内に基材を浸漬させるだけでよい。更に、この際にモノマー含浸槽での雰囲気中の酸素濃度が低いと、基材の高分子からモノマー液中にラジカルが移動し、これがモノマー同士の重合を促進するため、長尺材料のグラフト重合開始時点と終了時点でモノマー液の粘度が変化して、モノマー液の付与量が制御しづらくなる。一方、モノマー含浸槽での雰囲気中に十分な酸素が存在すると、モノマー浸漬槽内でのモノマーの重合(ホモポリマーの生成)を抑えることができるので、好ましい。
【0023】
本発明方法においては、放射線グラフト重合法として、放射線照射工程とグラフト重合工程を分離する所謂前照射グラフト重合法を採用する。本発明方法においては、放射線照射工程において、放射線(電子線)と空気との反応による窒素酸化物(NO等)の発生を抑制すること、及び発生するラジカル種をアルキルラジカル種に維持するために、雰囲気中の酸素濃度を1000ppm以下に維持することが好ましい。放射線照射工程においてこの濃度以上の酸素が存在すると、得られるグラフト重合物の化学的安定性の点で問題が生じる場合がある。また、グラフト重合工程においても、雰囲気中の酸素濃度は重要なファクターであり、酸素濃度が高い雰囲気中では、グラフト鎖の成長鎖末端に移動したラジカルが酸素と反応して消失しやすくなり、十分なグラフト率が得られなくなる。よって、グラフト重合工程においても、酸素濃度を1000ppm以下、より好ましくは100ppm以下にすることが好ましい。
【0024】
酸素濃度を調整するには、放射線照射工程、ラジカル調整工程(空気曝露工程)、グラフト重合工程を、それぞれ装置上で分離し、放射線照射工程及びグラフト重合工程では、窒素や希ガス等の不活性ガスによるパージを行うか、或いは低気圧雰囲気にすれば、上述の酸素濃度1000ppm以下を達成することができる。本発明においては、このような雰囲気を「不活性雰囲気」と言う。
【0025】
本発明によって基材にグラフト重合することのできるグラフトモノマーとしては、放射線グラフト重合法において通常用いられている任意のモノマーを用いることができる。例えば、イオン交換基や親水基などの官能基を有する重合性モノマーをグラフトモノマーとして用いて本発明の放射線グラフト重合を行うことにより、有機高分子複合基材の主鎖上に、これらの官能基を有するグラフト重合体側鎖を有する有機高分子材料を形成することができる。この目的で用いることのできるグラフトモノマーとしては、例えば、カチオン交換基を有する重合性単量体として、アクリル酸、メタクリル酸、スチレンスルホン酸ナトリウム、ビニルスルホン酸ナトリウムなど;アニオン交換基を有する重合性単量体として、ビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロリド、ジエチルアミノエチルメタクリレート、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(DMAPAA)など;親水基を有する重合性単量体として、アクリルアミド、ヒドロキシエチルメタクリレート、N−ビニルアセトアミドなど;を挙げることができる。
【0026】
また、それ自体は上記の官能基を有しないが、上記の官能基に変換させることのできる基を有する重合性単量体をグラフトモノマーとして用いて本発明に係るグラフト重合を行い、次に所定の薬剤を作用させることによって、上記の官能基を有するグラフト重合体側鎖を有する有機高分子材料を形成することができる。この目的で用いることのできる重合性単量体としては、メタクリル酸グリシジル、スチレン、アクリロニトリル、アクロレイン、クロロメチルスチレンなどを挙げることができる。例えば、メタクリル酸グリシジルをグラフト重合によって有機高分子複合基材上に重合体側鎖として導入した後、ジメチルアミンやイミノジエタノールを反応させてアミノ化することによって、アニオン交換基をグラフト重合体側鎖上に有する有機高分子材料を形成することができる。同様にメタクリル酸グリシジルをグラフト重合によって有機高分子複合基材上に重合体側鎖として導入した後、亜硫酸ナトリウム水溶液でスルホン化することによってカチオン交換基に転換させることができる。また、グラフト重合を行った後の有機高分子複合基材にイミノジ酢酸などのキレート化剤を作用させるとイミノジ酢酸基などのキレート基を導入することができる。
【0027】
本発明によってイオン交換基などの各種官能基を有するグラフト重合体側鎖が導入された不織布や多孔膜などの形態の有機高分子材料は、ガス中のイオン除去フィルター、液体中のイオン除去フィルター、液体中の金属除去フィルターなどとして好適に用いることができる。また、アクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、ヒドロキシエチルメタクリレート、ビニルピロリドンなどのような親水性基を有するグラフト重合体側鎖を導入した材料は水分吸着材料として用いることができるし、各種イオン交換基を透過膜(フィルム)基材に導入すると、電池材料や逆浸透膜材料として有用な材料を得ることができる。更に、本発明方法によって製造された有機高分子材料の官能基に更に機能性の金属や金属酸化物などを担持すれば、更に別の機能を有する機能性材料を形成することができる。例えば、イオン交換基やキレート基などを導入した有機高分子材料の当該官能基にマンガン酸化物などを担持させれば、硫黄系ガス除去材として有効な有機高分子材料を形成することができる。
【0028】
以下、図面を参照して、本発明にかかる連続放射線グラフト重合法を実施するための装置の具体例について説明する。図面は、本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はかかる図面及び以下の記載に限定されるものではない。
【0029】
図1は、従来の連続液相グラフト重合装置の概念を示す図である。図1に示す装置では、電子線照射装置4と液相グラフト重合槽5とが一体となっており、窒素7を電子線照射装置4及び液相グラフト重合槽5内に吹き込むことによって、窒素雰囲気(不活性雰囲気)とされている。ロール状に巻かれた長尺の基材1は、電子線照射装置4に搬送され、電子線照射器3によって所定の線量が照射される。照射装置4では、NO等の発生を抑えるべく、窒素雰囲気を維持するために窒素ガス7が所定流量で導入される。所定の線量(通常は20〜200kGy)が照射された基材は、順次グラフト重合槽5に搬送され、グラフトモノマー液6中に浸漬される。グラフト重合槽5に窒素ガス7を吹き込むのに加えて、モノマー液6中にも、散気管11を通して窒素ガス7をバブリングして、モノマー液中の酸素除去と液濃度の均一化を図ることが好ましい。また、グラフト重合槽5内においては、複数の搬送ロール12を例えば図1に示すように配して、ジグザグ状に基材を搬送することによって、グラフト反応槽内での基材の保持時間を調整することが好ましい。グラフト反応槽内で所定時間保持されてグラフト反応された長尺材料は、引き取りロール2に巻き取られて、グラフト重合済材料として次の工程に移送される。なお、図示していないが、グラフト重合済材料に付着したモノマー液を洗浄除去するための洗浄槽を設置してもよい。
【0030】
図2は、本発明にかかる連続液相グラフト重合装置の概念を示す図である。なお、以下の図に関しては、前の図と同じ構成要素には同じ番号を付して、適宜説明を省略する。図2の装置と図1の装置との相違点は、電子線照射装置4とグラフト反応槽5との間に、曝露部8を設けている点である。曝露部8では、空気導入口13から空気を吹き込んで不活性ガス雰囲気中に空気を導入し、空気中の酸素をラジカル消去剤として照射済み基材と接触させることでラジカル調整(ラジカルの一部消失)を行う。これによって、基材中に生成したラジカルの調整を行うことができる。なお、必要な場合には、曝露部8内に複数の搬送ロール15を配して、ジグザグ状に基材を搬送することによって、曝露部8内での基材の保持時間、即ちラジカル調整工程時間を調整することができる。空気導入口13から曝露部8に吹き込まれた空気は、空気排出口14から排出される。これによって、グラフト反応槽5への酸素の流入を抑制する。なお、曝露部8では、空気導入口13を設けずに、基材の加温手段を設けて、照射済み基材を加温することによってラジカル調整を行うようにすることもできる。この場合、加温手段としては、曝露部8の雰囲気を加温する手段や、搬送ロール15を加温する手段によって基材を加温することができる。更に、空気導入口13からの空気の吹き込みと合わせて照射済み基材の加温を行うように曝露部8を構成することもできる。
【0031】
照射済みの基材を空気導入雰囲気に接触させる時間及び/又は加温する時間は、基材の材質、目標とするグラフト率、長尺基材の搬送速度などの条件によって適宜決定することができる。
【0032】
また、図3は、従来の連続含浸気相グラフト重合装置の概念を示す図である。図3に示す装置では、電子線照射装置4とモノマー含浸槽8とグラフト重合槽5とが一体となっており、窒素7を電子線照射装置4及びグラフト重合槽5内に吹き込むことによって、窒素雰囲気とされている。ロール状に巻かれた長尺の基材1は、電子線照射装置4に搬送され、電子線照射器3によって所定の線量が照射される。照射装置4では、NO等の発生を抑えるべく、窒素雰囲気を維持するために窒素ガス7が所定流量で導入される。所定の線量(通常は20〜200kGy)が照射された基材は、順次グラフトモノマー含浸槽8に搬送され、ここで基材がグラフトモノマー液6中に浸漬される。これによって、基材にモノマー液が含浸される。基材に含浸させるモノマー液量は、基材の材質、目標とするグラフト率、搬送速度などによって適宜決定することができる。所定のモノマー液を含浸した基材は、順次グラフト重合槽5に搬送され、所定のグラフト反応が完了するまで、槽5内を搬送される。グラフト重合槽5には、窒素ガス7を吹き込む。グラフト重合槽5内においては、複数の搬送ロール12を例えば図3に示すように配して、ジグザグ状に基材を搬送することによって、グラフト反応槽内での基材の保持時間を調整することが好ましい。グラフト反応槽5内で所定時間搬送されてグラフト反応された長尺材料は、引き取りロール2に巻き取られて、グラフト重合済材料として次の工程に移送される。なお、図示していないが、グラフト重合済材料に付着したモノマー液を洗浄除去するための洗浄槽を設置してもよい。
【0033】
図4は、本発明にかかる連続含浸気相グラフト重合装置の概念を示す図である。図4の装置と図3の装置との相違点は、グラフトモノマー含浸槽6が配置されているモノマー含浸部10に空気導入口13を設けた点である。モノマー含浸部10では、空気導入口13から空気を吹き込んで不活性ガス雰囲気中に空気を導入する。これによって、照射によって基材中に生成したラジカルを、モノマー液の含浸工程で調整することができる。なお、図2の形態と同様に、必要な場合には、モノマー含浸部10内に複数の搬送ロール15を配して、ジグザグ状に基材を搬送することによって、モノマー含浸部10内での基材の保持時間を調整して、ラジカルの消失度合いを調整することができる。図2に示す形態と同様に、空気導入口13から曝露部8に吹き込まれた空気は、空気排出口14から排出される。なお、モノマー含浸部10では、空気導入口13を設けずに、基材の加温手段を設けて、照射済み基材を加温することによってラジカル調整を行うようにすることもできる。この場合、加温手段としては、モノマー含浸部10の雰囲気を加温する手段や、搬送ロール15を加温する手段によって基材を加温することができる。更に、空気導入口13からの空気の吹き込みと合わせて照射済み基材の加温を行うようにモノマー含浸部10を構成することもできる。
【0034】
本発明にかかる装置において、放射線照射工程及びグラフト重合工程において、それぞれ雰囲気を酸素濃度1000ppm以下の不活性雰囲気にするには、各工程毎に隔壁で区切った部屋に、長尺基材を順次搬送させる方法が好適である。放射線照射工程及びグラフト工程においては、窒素ガス等の不活性ガスをパージすることによって、不活性雰囲気に維持することができる。
【0035】
本発明の各種態様は、以下の通りである。
1.複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、照射済みの基材を不活性雰囲気中でグラフト重合する工程とを含み、照射工程とグラフト重合工程の間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を行うことを特徴とする長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法。
【0036】
2. 複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を、液相グラフト重合法によって連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、不活性雰囲気中で照射済みの基材をグラフトモノマー液中に配置してグラフト重合反応を行わせるグラフト重合工程とを含み、照射工程とグラフト重合工程の間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を行うことを特徴とする液相グラフト重合法による長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法。
【0037】
3.ラジカル消去剤として空気中の酸素を用い、照射済みの基材を不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気中に曝露することによってラジカル調整工程を行う上記第1項又は第2項に記載の方法。
【0038】
4.ラジカル調整工程において、照射済みの基材を加温する上記第3項に記載の方法。
5.複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を、含浸気相グラフト重合法によって連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気中で及び/又は加温しながら照射済みの基材に所定量のグラフトモノマー液を含浸させる工程と、グラフトモノマー液を含浸させた基材を不活性雰囲気中でグラフト重合反応させる工程を含むことを特徴とする含浸気相グラフト重合法による長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法。
【0039】
6.放射線が電子線である上記第1項〜第5項のいずれかに記載の方法。
7.有機高分子複合基材が、芯鞘複合繊維、或いは芯鞘複合繊維から形成される織布又は不織布シートである上記第1項〜第6項のいずれかに記載の方法。
【0040】
8.芯鞘複合繊維の芯成分がポリエステル材料で形成され、鞘成分がポリオレフィン材料で形成されている上記第7項に記載の方法。
9.有機高分子複合基材が、異なる材質の複数の単繊維から形成される織布又は不織布シートである上記第1項〜第6項のいずれかに記載の方法。
【0041】
10.単繊維の少なくとも一つがポリエステル繊維で、少なくとも一つがポリオレフィン繊維である上記第9項に記載の方法。
11.複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に放射線グラフト重合する装置であって;該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する放射線照射装置と;照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整手段と;ラジカル調整手段を通過した照射済みの基材を不活性雰囲気中でグラフト重合するグラフト重合槽と;長尺の有機高分子複合基材を、上記の各装置中に、上記の順番で連続的に通過させる搬送手段と;を具備することを特徴とする装置。
【0042】
12.複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に液相グラフト重合法によって放射線グラフト重合する装置であって;該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する放射線照射装置と;照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整手段と;不活性雰囲気中で、ラジカル調整手段を通過した照射済みの基材をグラフトモノマー液中に配置してグラフト重合反応を行わせる液相グラフト重合槽と;長尺の有機高分子複合基材を、上記の各装置中に、上記の順番で連続的に通過させる搬送手段と;を具備することを特徴とする装置。
【0043】
13.ラジカル消去剤として空気中の酸素を用い、ラジカル調整手段が、照射済みの基材を空気に曝露するように構成されている上記第11項又は第12項に記載の装置。
14.ラジカル調整手段が、照射済みの基材を加温する手段を更に含む上記第13項に記載の装置。
【0044】
15.複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に含浸気相グラフト重合法によって放射線グラフト重合する装置であって;該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する放射線照射装置と;不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気中で照射済みの基材に所定量のグラフトモノマー液を含浸させるモノマー含浸槽と;グラフトモノマー液を含浸させた基材を不活性雰囲気中でグラフト重合反応させるグラフト重合槽と;長尺の有機高分子複合基材を、上記の各装置中に、上記の順番で連続的に通過させる搬送手段と;を具備することを特徴とする装置。
【0045】
16.モノマー含浸槽が加温手段を更に含む上記第15項に記載の装置。
実施例
以下の実施例により、本発明を更に具体的に説明する。
【0046】
実施例1:本発明方法によるカチオン交換不織布の製造
ポリエチレンテレフタレート(PET)芯/ポリエチレン(PE)鞘の直径15μmの繊維から形成される目付55g/m、厚さ0.2mmの長尺熱融着不織布基材(長さ200m×幅30cm)を、図4に示す連続含浸気相グラフト重合法によってグラフト重合した。
【0047】
照射装置4での電子線の照射線量が50kGyとなるように、電子線電流及び基材の搬送速度を調整した。照射装置4及びグラフト反応槽5に窒素ガス7を吹き込んで酸素濃度を500ppmに維持した。モノマー液含浸槽6では、メタクリル酸グリシジル(GMA)100%液を、不織布重量の160〜170%となるように基材に含浸させた。この際、モノマー液含浸部10に設けた空気導入口13より空気を吹き込むことにより、モノマー含浸部10内に空気を導入した。モノマー含浸部10では、搬送ロール15を図4に示すように配して不織布基材をジグザグに搬送することによって、空気導入雰囲気への接触時間を約5分間に調整した。次に、基材をグラフト重合槽5に搬送し、ほぼ完全にグラフト重合させた。グラフト重合槽内での基材の保持時間は90分であった。グラフト済みの材料を引き取りロール2に巻き取った。
【0048】
得られたGMAグラフト不織布を、スルホン化液(亜硫酸ナトリウム10%、イソプロピルアルコール15%及び水75%の溶液)に、80℃で8時間浸漬してスルホン化を行った。得られたスルホン化不織布から、5cm角の試料片を10枚切り取り、中性塩分解容量を測定したところ、平均で2.99meq/gの強酸性カチオン交換不織布が得られたことが分かった。
【0049】
この不織布を乾燥し、引張試験機によって引っ張り強度及び伸度を測定した。また、折り曲げ試験を行った。
グラフト不織布の引っ張り強度は2.4kgf/cm、伸度は65%であり、従来のバッチ式γ線照射方式で製造したもの(引っ張り強度2.7kgf/cm、伸度61%)と比較してほぼ同等の物性が得られた。折り曲げ試験では、10cm角の試料片を折りたたみ、ポリ塩化ビニル製の板材を載置した後、5kgの加重を加えたが、亀裂の発生は認められなかった。また、不織布のS(硫黄)分布をX線マイクロアナライザー(XMA)により調べた結果より、グラフト重合が主として鞘のPE部に起こっていることが分かった。
【0050】
比較例
実施例で用いた装置で、グラフトモノマー含浸部10の空気導入口13を閉止し、即ち図3に示す装置を用いて、実施例と同様の実験を行った。平均で2.96meq/gの強酸性カチオン交換不織布が得られた。得られたグラフト済み不織布の物理的特性は、引っ張り強度0.4kgf/cm、伸度5%であり、物理的強度が大きく低下したことが認められた。折り曲げ試験では、10cm角の試料片を折りたたみ、ポリ塩化ビニル製の板材を載置した後、5kgの加重を加えたところ、亀裂の発生が認められた。したがって、得られた不織布をプリーツ折りしてフィルタに加工するのは不可能であることが分かった。不織布のS(硫黄)分布を調べた結果、グラフト重合が、鞘のPE部のみでなく、芯のPET部にも起こっていることが分かった。
【0051】
実施例2
実施例1と同様の工程でカチオン交換不織布の製造を行った。但し、モノマー含浸部10において、空気導入口13から温風を吹き込むことによってモノマー含浸部10内の温度を50℃に加温した。モノマー含浸部10における基材と加温空気との接触時間は約1.5分とした。中性塩分解容量が平均で2.96meq/gの強酸性カチオン交換不織布が得られた。グラフト不織布の引っ張り強度は2.5kgf/cm、伸度は69%であった。
【0052】
モノマー含浸部10において加温を行うことによって、常温空気との接触の場合(実施例1)よりも更に短時間で効果的にラジカルの調整を行うことができ、十分な物理的強度のカチオン交換不織布が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、連続放射線グラフト重合法によって、PET/PE芯鞘複合繊維などの長尺材料に対して、芯部によって与えられる物理的強度を維持したままでグラフト重合によって十分量の官能基を導入することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】従来の連続液相放射線グラフト重合装置の概念を示す図である。
【図2】本発明にかかる連続液相放射線グラフト重合装置の概念を示す図である。
【図3】従来の連続含浸気相放射線グラフト重合装置の概念を示す図である。
【図4】本発明にかかる連続含浸気相放射線グラフト重合装置の概念を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、照射済みの基材を不活性雰囲気中でグラフト重合する工程とを含み、照射工程とグラフト重合工程の間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を行うことを特徴とする長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法。
【請求項2】
複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を、液相グラフト重合法によって連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、不活性雰囲気中で照射済みの基材をグラフトモノマー液中に配置してグラフト重合反応を行わせるグラフト重合工程とを含み、照射工程とグラフト重合工程の間に、照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整工程を行うことを特徴とする液相グラフト重合法による長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法。
【請求項3】
ラジカル消去剤として空気中の酸素を用い、照射済みの基材を不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気に曝露することによってラジカル調整工程を行う請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ラジカル調整工程において、照射済みの基材を加温する請求項3に記載の方法。
【請求項5】
複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を、含浸気相グラフト重合法によって連続的に放射線グラフト重合する方法であって、該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する工程と、不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気中で及び/又は加温しながら照射済みの基材に所定量のグラフトモノマー液を含浸させる工程と、グラフトモノマー液を含浸させた基材を不活性雰囲気中でグラフト重合反応させる工程を含むことを特徴とする含浸気相グラフト重合法による長尺有機高分子複合基材の連続放射線グラフト重合方法。
【請求項6】
放射線が電子線である請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
有機高分子複合基材が、芯鞘複合繊維、或いは芯鞘複合繊維から形成される織布又は不織布シートである請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
芯鞘複合繊維の芯成分がポリエステル材料で形成され、鞘成分がポリオレフィン材料で形成されている請求項7に記載の方法。
【請求項9】
有機高分子複合基材が、異なる材質の複数の単繊維から形成される織布又は不織布シートである請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
単繊維の少なくとも一つがポリエステル繊維で、少なくとも一つがポリオレフィン繊維である請求項9に記載の方法。
【請求項11】
複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に放射線グラフト重合する装置であって;該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する放射線照射装置と;照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整手段と;ラジカル調整手段を通過した照射済みの基材を不活性雰囲気中でグラフト重合するグラフト重合槽と;長尺の有機高分子複合基材を、上記の各装置中に、上記の順番で連続的に通過させる搬送手段と;を具備することを特徴とする装置。
【請求項12】
複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に液相グラフト重合法によって放射線グラフト重合する装置であって;該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する放射線照射装置と;照射済みの基材をラジカル消去剤に接触させるか及び/又は加温するラジカル調整手段と;不活性雰囲気中で、ラジカル調整手段を通過した照射済みの基材をグラフトモノマー液中に配置してグラフト重合反応を行わせる液相グラフト重合槽と;長尺の有機高分子複合基材を、上記の各装置中に、上記の順番で連続的に通過させる搬送手段と;を具備することを特徴とする装置。
【請求項13】
ラジカル消去剤として空気中の酸素を用い、ラジカル調整手段が、照射済みの基材を空気に曝露するように構成されている請求項11又は12に記載の装置。
【請求項14】
ラジカル調整手段が、照射済みの基材を加温する手段を更に含む請求項13に記載の装置。
【請求項15】
複数種の材料で形成される長尺の有機高分子複合基材を連続的に含浸気相グラフト重合法によって放射線グラフト重合する装置であって;該基材に不活性雰囲気中で放射線を照射する放射線照射装置と;不活性ガス雰囲気中に空気を導入した雰囲気又は空気雰囲気中で照射済みの基材に所定量のグラフトモノマー液を含浸させるモノマー含浸槽と;グラフトモノマー液を含浸させた基材を不活性雰囲気中でグラフト重合反応させるグラフト重合槽と;長尺の有機高分子複合基材を、上記の各装置中に、上記の順番で連続的に通過させる搬送手段と;を具備することを特徴とする装置。
【請求項16】
モノマー含浸槽が加温手段を更に含む請求項15に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−241618(P2006−241618A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−56835(P2005−56835)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】