説明

有限要素法を用いたテンター加熱工程におけるフィルムの応力、歪みおよび異方性予測法

【課題】溶剤の揮発を伴い、高温での焼成を必要とするフィルム製膜プロセスにおいて、製膜過程での応力状態、歪み、配向状態を予測するための有限要素解析法を提供する。
【解決手段】応力状態、歪み、配向状態を予測するため、物質の消失現象を収縮に置き換え、弾性解析と粘弾性解析とを連成させることにより、精度よい有限要素解析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テンター加熱工程で加熱および焼成を行いフィルムを製造するプロセスにおいて熱などの負荷により変形することによって発生する応力や歪みを有限要素法によって効率的に予測するための解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックフィルムの製法は一般に、その幅方向の両端部を連続的にピンやクリップといった把持手段にて固定し、複数の温度に設定された加熱炉を通過させ、延伸および熱固定を行うことによって得る。このいわゆるテンター法は、加熱工程中のフィルム収縮に抗いながら、所望の物性を発現させるために加熱・延伸・熱固定及び冷却を行い得る装置として工業的に幅広く用いられる。
【0003】
とりわけ、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムに代表される熱可塑性プラスチックフィルムに対しては、高度に二軸配向性を付与した製品を大量生産できる方法の一つである。
【0004】
ところが、従来の方法では製品フィルムの横方向の物性を均一にすることはきわめて困難であった。その原因はいわゆるボーイング現象、すなわちテンターで把持される幅方向の両端部に対し、把持による拘束力の弱い中央部が遅れる、あるいは先んじる現象によるものである。このボーイング現象は、分子配向による強い異方性と密接に関係し、光軸のずれ、平面性の悪化、機械特性の異方性、カールやシワといった様々な問題を引き起こし、その用途に適さない。
【0005】
このボーイング現象に代表される幅方向の物性ムラや物性の異方性に対し、例えば特許文献1、特許文献2、非特許文献1および非特許文献2等に代表されるように、有限要素法を用いた理論解析に基づきテンター工程での延伸応力の伝播を推定し、ボーイング現象の少ないフィルムを製造する方法が提案されている。
【0006】
一方、耐熱性・耐寒性・電気絶縁性・化学的安定性等に優れ、フレキシビリティーを有するポリイミドフィルムも同様に、一テンター法を使用して生産される。ポリイミドフィルム一般には不溶不融なため、前駆体であるポリアミド酸の有機溶媒溶液を原料溶液とし流延塗布(キャスティング)し、続く乾燥工程にて部分的に乾燥及び/又は硬化された自己支持性を有するいわゆるゲルフィルムを経由して、テンター加熱法で加熱・焼成され、ポリイミドフィルムへ転化する。
【0007】
このポリイミドフィルムの製造方法においても同様に、特に幅方向端部において分子が斜め方向へ強く配向し、物性に異方性が生じる問題があった(非特許文献3)。
【0008】
ポリイミドフィルムの場合、前述の通り不溶不融であり非熱可塑性であるため、ガラス転移温度を利用する上記(特許文献1)や(特許文献2)記載の方法が適用できない。
【0009】
また(特許文献3)には二軸延伸の比率を制御することにより複屈折の小さいポリイミドフィルムの製造方法が記載されるが、この方法では、延伸機を備えた製膜機に限られる上、延伸途中によりフィルムが破断するなどのトラブルが生じる恐れがあり、ポリイミド種が限られてしまう。
【0010】
一方で、積極的な延伸操作を行わないにもかかわらず強烈な収縮力が働くことを特徴とするポリイミドフィルムの製造方法において、有限要素法を用いた理論解析に基づいて応力状態、歪みを予測することは従来困難であった。なぜなら、上述の収縮力はフィルム中に残存する溶媒の揮発と、化学反応(イミド化反応)によるものであり、特にか物質の消失を有限要素解析にて表現することは困難であるためである。
【0011】
従い、上記配向による異方性の問題に対し、パイロットスケール又は実生産機を用いた試行錯誤に頼らざるを得ず、コストおよび労力を要するものであった。
【特許文献1】特開平4−59332号公報(特許第2841755号公報)
【特許文献2】特開平3−193328号公報(特許第2600406号公報)
【特許文献3】特開平3−193329号公報(特許第2920973号公報)
【非特許文献1】Journal of Polymer Science 52(10),.1393(1994)
【非特許文献2】Journal of Applied Polymer Science 48(8),.1399(1993)
【非特許文献3】Polymer Engineering Science, 18(16), 1216(1978)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、配向メカニズムにアプローチすべく、特にポリイミドフィルムの製造工程における応力状態や歪み等を有限要素法により解析を行う手段を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、対象とするポリイミドフィルム樹脂を用いて予め実験室レベルのスケールで、溶媒揮発や化学反応によって収縮しようとする量や、テンター工程内で刻々と変化するフィルム剛性を詳細に調査し、これら数値データに基づき有限要素解析を行い、通常では知りえることのできないテンター加熱炉内の応力の状態、フィルムの歪み等を評価するに至った。
【0014】
かかる発明の要旨とするところは、以下1)〜5)に要約される。
1)ポリイミドフィルムを製造する工程におけるテンター加熱工程内のフィルムを複数の要素に分割したモデルを作成し、該モデルに対して有限要素法を用いて該フィルムを加熱することにより発生する応力、歪み、分子配向を予測する有限要素解析方法において、
(1)解析対象となるフィルムの、複数のテンター加熱炉内で刻々と変化する弾性率を実際の加熱温度条件下で求めるステップと、
(2)収縮しようとする量を求めるステップと、
(3)前記複数の要素に分割したモデルに対し、弾性率と収縮量とを積算演算させて、弾性解析を行うステップ
を有することを特徴とする有限要素解析法。
2)ポリイミドフィルムを製造する工程におけるテンター加熱工程内のフィルムを複数の要素に分割したモデルを作成し、該モデルに対して有限要素法を用いて該フィルムを加熱することにより発生する応力、歪み、分子配向を予測する有限要素解析方法において、
(1)解析対象となるフィルムの、複数のテンター加熱炉内で刻々と変化する弾性率を実際のテンター炉での加熱温度下で求めるステップと、
(2)収縮しようとする量を求めるステップと、
(3)前記複数の要素に分割したモデルに対し、弾性率と収縮量とを積算演算させて、線形弾性解析を行うステップと、
(4)該フィルムの動的粘弾性測定により認められる貯蔵弾性率の変曲温度以上の温度領域では、動的粘弾性データから粘弾性モデル定数を算出して粘弾性解析を行うステップと、
(5)前記モデルの全要素について前記弾性解析結果と前記粘弾性解析結果とを足し合わせることを特徴とする、有限要素解析方法。
3)上記1)または2)において、解析対象がポリイミドフィルムの製膜工程であることを特徴とする、有限要素解析方法。
4)上記1)または2)において、前記テンター加熱工程に搬入される前のフィルムが、固形分に対し少なくとも20重量%の残留溶媒を含み、テンター加熱炉内で揮発することを特徴とする、有限要素解析方法。
5)上記1)または2)において、前記テンター加熱工程での滞留時間の少なくとも1/2の領域で、前記フィルムに化学反応が起こっていることを特徴とする、有限要素解析方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、テンター加熱方式により製膜されるプラスチックフィルム、とりわけ実際の工程にて残留溶媒の揮発および化学反応を伴うことを特徴とするポリイミドフィルムの、テンター加熱炉内の応力の状態や歪みを評価することができ、製膜後の原反の分子配向異方性を評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の有限要素解析方法による、フィルムのテンター加熱炉内及び製品原反の応力の状態とフィルムの歪みを評価する形態について以下に示し、図を参照して具体的に説明する。
【0017】
図1は本発明に係る、フィルム製膜工程で生じる応力、歪みを解析予測するフローチャートである。
【0018】
この有限要素法による解析法によれば第一のステップとして、まず解析対象とする製膜ラインとフィルムサイズから、モデル化する範囲を設定する。続いて該モデルの次元を決定し、解析上の座標軸を製膜ラインのMD(Machine Direcrion)およびTD(Transverse Direction)と対応付ける。
【0019】
ここでフィルム厚みは、製膜ラインに較べ圧倒的に小さく無視できるため、厚み斑問題を対象としない限り、二次元モデルを採用するのが好ましい。
【0020】
上記ステップで設定した範囲を要素分割するが(三角形又は四辺形)、二軸延伸などの大変形問題を取り扱わない限り、四辺形モデルを適用することが好ましい。
【0021】
次に、解析の1インクリメントあたりの時間を決定する。これはモデル化された範囲の実際のライン長、及びライン速度および所望の解析精度により適宜決定しうるものである。
【0022】
テンター方式によるフィルム製膜工程では、幅両端の節点はテンター把持手段により拘束されている。特にテンター幅を一定に保ちつつ製膜される場合、すべてのインクリメントにおいてMD方向、TD方向とも拘束を与えることになる。ただしテンターに把持される前および把持解除後は、前記拘束条件を解除しておかなければならない。
【0023】
解析初期は、要素はテンター加熱炉の第一ゾーンへ搬入される。ここで、ポリイミドフィルムのような、製膜過程で溶剤揮発を伴うプロセスでは、第一ゾーンにて大きな収縮応力が働く。したがって、溶剤揮発という物質の消失現象をフィルムが収縮しようとする量に置き換える。実際はテンターで把持されるためTD方向には収縮せず、応力はMD方向へ伝播することが予想される。
【0024】
これら挙動を再現させるために、予め第一ゾーンで刻々と変化するフィルム弾性率および、収縮しようとする量を求めておくことが好ましい。これら物性値の推移はきわめて線形性に欠けるが、解析の簡略化および収束を図るため、例えば2直線近似することが好ましい。第一ゾーン滞留中の各インクリメントにおいて、弾性率および収縮しようとする量を与えて弾性解析を用いることにより、応力状態およびフィルムの歪みを計算予測することができる。
【0025】
一般にプラスチックフィルムは高温領域において急激に剛性が低下し応力緩和が認められる。とりわけポリイミドフィルムは製膜過程で高温(500℃程度)の処理が必要である。本発明においては予め、対象とするフィルムのWLFパラメータ一般化されたMaxwellモデルの近似解を求めておく。
【0026】
弾性解析および粘弾性解析の連成により、一連の製膜工程における応力および歪みの解析が完了する。
【0027】
最後に解析結果を出力するが、直応力σx、σy、せん断応力τxyだけでなく、最大及び最小主応力σ、σIIおよびその方向θ、θIIも出力しておくことが好ましい。
【0028】
もし解析対象のフィルムが剛直であり応力の方向に配向しやすい物質であるならば、解析で得られる最大主応力の向きによって、実際のフィルムの分子配向角を予想することができる。
【0029】
また最大主応力σと最小主応力σIIにより、応力の異方性Aを次式(1)により算出し、実際のフィルムの分子配向の大きさを予測することもできる。
応力異方性 A=|σ−σII|/|σ+σII| 式(1)
また、各節点の変位dxも出力し、幅中央部と端部の変位差を算出することによって、フィルムの弓なり状態すなわちボーイング状態を評価することができる。
このように、溶剤揮発という物質の消失現象および高温での焼成が必要なフィルムプロセスにおいても、上述したステップにより有限要素解析を行うことができる。
【0030】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0031】
以下に実施例に基づいて本発明の内容を、ポリイミドフィルムの製膜工程を例にとり説明する。本発明はこれによって限定されるものではない。
【0032】
図2は解析要素の分割を示す図である。四辺形平面応力要素としTD方向に10分割、MD方向に511分割している(5110要素5632節点)。またテンター把持手段による拘束を、テンター炉内の要素の端部節点に与えている。
【0033】
図3は、弾性構成則に従う加熱炉前半の弾性率推移を示す。加熱により一旦急激に弾性率が低下した後、次第に増加していくことを示す。
【0034】
図4は、弾性構成則に従う第一ゾーンでの収縮量推移を示す。第一ゾーンの滞留時間の約1/5の範囲で収縮が完了していることを示す。
【0035】
図5は、前記図3および図4にて二直線近似して得たインクリメントごとの弾性率推移と収縮量の推移を考慮し、さらに前後のゾーンでのフィルム弾性率を考慮にいれて弾性解析を行った結果である。図中の矢印は、最大主応力σIの向きΘIを示す。またメッシュの曲線は各節点を結んだものであり、ボーイング曲線である。第一ゾーンでは、途中でのボーイング曲線の反転が認められる。これはゾーン手前のいわゆるゲルフィルムを引き込み、かつ第二ゾーンでより軟化したフィルムをも引き込んでいることを示している。
【0036】
図6は粘弾性構成則も考慮に入れ、テンター加熱炉全体の解析に基づく、加熱完了後の応力の向きを示すプロットである。実際のフィルムの配向角も併せてプロットしたものである。
【0037】
さらに図7は解析で得た最大主応力および最小主応力を用いて式(1)から導出した応力異方性Aを示すプロットである。実際のフィルムについて、マイクロ波分子配向計MOA−6015A(王子計測(株))で測定した分子配向MOR−cを図8に示す。
【0038】
図6に7示す結果および図7と図8の比較から解析結果は実際の配向状態をよく再現しているといえる。
【0039】
上述のとおり、本発明による有限要素解析手段にて、テンター加熱工程によって得られるフィルム、とりわけポリイミドフィルムの応力、歪み(ボーイング歪み)、および配向状態を予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明にかかる有限要素解析法の解析ステップを示す図である。
【図2】本発明にかかる要素分割および拘束条件を示す図である。
【図3】第一ゾーン内での弾性率の推移を示す図である。
【図4】第一ゾーン内でフィルムが収縮しようとする量を示す図である。
【図5】本発明の有限要素解析による、第一ゾーン内でのフィルムの歪みおよび主応力の向きを予想する図である。
【図6】本発明の有限要素解析法により得た応力の向きと実際のフィルムの配向角を比較する図である。
【図7】有限要素解析法で予測される応力異方性Aを示す図である。
【図8】解析対象のポリイミドフィルムの分子配向MOR−cを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリイミドフィルムを製造する工程におけるテンター加熱工程内のフィルムを複数の要素に分割したモデルを作成し、該モデルに対して有限要素法を用いて該フィルムを加熱することにより発生する応力、歪み、分子配向を予測する有限要素解析方法において、
(1)解析対象となるフィルムの、複数のテンター加熱炉内で刻々と変化する弾性率を実際の加熱温度条件下で求めるステップと、
(2)収縮しようとする量を求めるステップと、
(3)前記複数の要素に分割したモデルに対し、弾性率と収縮量とを積算演算させて、弾性解析を行うステップと、
を有することを特徴とする有限要素解析法。
【請求項2】
ポリイミドフィルムを製造する工程におけるテンター加熱工程内のフィルムを複数の要素に分割したモデルを作成し、該モデルに対して有限要素法を用いて該フィルムを加熱することにより発生する応力、歪み、分子配向を予測する有限要素解析方法において、
(1)解析対象となるフィルムの、複数のテンター加熱炉内で刻々と変化する弾性率を実際のテンター炉での加熱温度下で求めるステップと、
(2)収縮しようとする量を求めるステップと、
(3)前記複数の要素に分割したモデルに対し、弾性率と収縮量とを積算演算させて、線形弾性解析を行うステップと、
(4)該フィルムの動的粘弾性測定により認められる貯蔵弾性率の変曲温度以上の温度領域では、動的粘弾性データから粘弾性モデル定数を算出して粘弾性解析を行うステップと、
(5)前記モデルの全要素について前記弾性解析結果と前記粘弾性解析結果とを足し合わせることを特徴とする、有限要素解析方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、解析対象が芳香族ポリイミドフィルムの製膜工程であることを特徴とする、請求項1または2記載の有限要素解析方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2において、前記テンター加熱工程に搬入される前のフィルムが、固形分に対し少なくとも20重量%の残留溶媒を含み、テンター加熱炉内で揮発することを特徴とする、有限要素解析方法。
【請求項5】
請求項1または請求項2において、前記テンター加熱工程での滞留時間の少なくとも1/2の領域で、前記フィルムに化学反応が起こっていることを特徴とする、有限要素解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−15780(P2008−15780A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−186107(P2006−186107)
【出願日】平成18年7月5日(2006.7.5)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【Fターム(参考)】