説明

染色体異常解析のための有核細胞の標本作製方法

【課題】 染色体異常を解析するための標本を作製するための方法を提供する。
【解決手段】 染色体異常を解析するための細胞標本の作製方法であって、(1)所望の有核細胞を準備する工程と、(2)前記有核細胞を低張処理する工程と、(3)前記低張処理を施した細胞を半固定する工程と、(4)前記半固定された細胞を更に(3)の半固定で使用した固定液よりも高濃度の固定液によって半固定する工程と、(5)(4)で得られた細胞を固定する工程と、(6)(5)で得られた細胞の懸濁液を支持体上に個々の細胞を分散状態で配置させる工程とを具備する作製方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、染色体異常を解析するための標本を作製するための方法に関し、特に、有核細胞におけるDNA損傷に起因する小核を計数するのに適した有核細胞の標本を作製する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】染色体異常を惹起するような遺伝的要因または環境変異原等の何らかの理由により、あらゆる細胞の種々の染色体異常が発生することは周知の事実である。従来から、染色体異常解析の多くは、主に核型(karyotype)の分析に依存している。しかしながら、核型の解析用の標本作製は慎重な調製が必要な煩雑なものである。
【0003】一方で、近年、染色体異常の解析を小核の発現を指標に使用とする提案がなされている。小核とは、分裂中期細胞の染色体において、切断等の構造異常や不分離等による数の異常が生じた場合に、その後の間期(interphase)における細胞核が分離し、微少な核が形成されるが、このような微小な核を小核(micronucleus)と呼ぶ。これに対して、小核を生じた親の核は主核(main nucleus)と呼ばれている。
【0004】これまで、小核解析のために特化した標本作製法の出願には、オムロンライフサイエンス研究所(特開平5−346380)があるが、これは赤血球(無核細胞)を対象としたものである。また、染色体標本作製法に関する出願がニコン社によって特開平8−184539としてなされている。
【0005】しかしながら、従来の標本作製法では、標本作製の全ての工程において、凝集した細胞塊を解離するために必ずピペッティング操作を行なう必要性がある。細胞凝集の主原因は、生細胞を高濃度の固定液で固定することにより生じる細胞の凝集および接着であると考えられている。従って、従来では、該凝集を抑制するために、固定液を10%加え、アップ・シリーズにより半固定の操作を行なう方法が用いられてきた。しかしながら、この方法を使用したとしても、ピペッティング操作は必須であり、更には、再現性よく、細胞の凝集を回避することは困難である。従って、簡便且つ高い再現性を有する方法の開発が望まれている。また、従来から小核の観察には多大な時間と労力が必要であるために、効率的に小核を行なえる方法が望まれる。
【0006】一方、染色体異常を検出するための小核観察には、染色の問題も存在する。小核を観察するための標本において、最も頻繁に使用される染色は、アクリジン・オレンジ色素による蛍光染色である。この染色法は、DNAおよびRNAに対する特異性が高く、今日の変異原研究においてはその使用が非常に好まれる手段である(A.Matsuokaら、Mutat.Res.272,223-236,1993)。しかしながら、アクリジン・オレンジ染色法は、微妙な染色むらが生じることが問題である。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、染色体異常を解析するための標本を作製するための方法を提供することであり、特に、有核細胞におけるDNA損傷に起因する小核の計数に適した有核細胞の標本を作製する方法を提供することである。
【0008】具体的には、本発明の目的は、有核細胞の細胞凝集を効率よく回避し、細胞を固定液中で確実に分散するための簡便な細胞固定方法を提供することである。また、本発明の他の目的は、細胞浮遊液をスライドグラス上で、より狭範囲に、高密度に、且つ高分散度を保ち伸展する方法を提供することである。更に、本発明の別の目的は、染色ムラが少ないアクリジン・オレンジ染色法を提供することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】上記状況に鑑み、発明者らは鋭意研究の結果、以下のような手段を開発した。即ち、染色体異常を解析するための細胞標本の作製方法であって、(1)所望の有核細胞を準備する工程と、(2)前記有核細胞を低張処理する工程と、(3)前記低張処理を施した細胞を半固定する工程と、(4)前記半固定された細胞を、更に、(3)の半固定で使用した固定液よりも高濃度の固定液によって半固定する工程と、(5)(4)で得られた細胞を固定する工程と、(6)(5)で得られた細胞の懸濁液を支持体上に個々の細胞を分散状態で配置させる工程とを具備する作製方法である。
【0010】
【発明の実施の形態】本発明は、染色体異常を解析するための細胞標本の作製方法であって、(1)所望の有核細胞を準備する工程と、(2)前記有核細胞を低張処理する工程と、(3)前記低張処理を施した細胞を半固定する工程と、(4)前記半固定された細胞を、更に、(3)の半固定で使用した固定液よりも高濃度の固定液によって半固定する工程と、(5)(4)で得られた細胞を固定する工程と、(6)(5)で得られた細胞の懸濁液を支持体上に個々の細胞を分散状態で配置させる工程とを具備する作製方法である。
【0011】ここで使用される「染色体異常」の語は、被験対象細胞において小核の形成が誘導されるような染色体の異常をいう。以下、本発明の方法を詳細に説明する。
【0012】1.有核細胞の準備本発明の細胞標本の作製方法において、先ず最初に行なう工程は、有核細胞を準備する工程である。この工程は、所望する有核細胞を対象の生物から得ること、所望に応じて培養すること、また、培養した細胞を回収すること等の更に詳細な工程からなる。このような有核細胞の準備に必要な工程は、対象となる細胞に依存して従来の方法から選択される。
【0013】本発明の方法で用いられる細胞は、有核細胞であればよく、また、血球または何れかの組織から得た浮遊細胞でもよく、また、癌化または非癌化細胞の何れであってもよい。また、培養細胞であっても、非培養細胞であってもよい。特に、リンパ球が好ましい例であるが、これに限られるものではない。また、通常の小核試験に用いられる細胞、既に何らかの原因により染色体異常が誘導されていると疑われる被験生物由来の細胞、および特定の環境変異原の刺激により生じる染色体異常の有無を調べるための培養細胞等も好ましい。
【0014】血球等の血液由来の細胞を使用する場合、採血した後に血球成分を分離してから培養しても、得られた血液をそのまま培養し、培養後に所望の成分を分離してもよい。続いて、低張処理に供する。
【0015】例えば、分離リンパ球を使用する場合、全血を採取し、得られた全血を培養した後にリンパ球を分離することが好ましい。この方法により、従来の標本作製法で、全血からリンパ球を分離した後で培養を行なうことにより生じていた問題点、即ち、末梢血の量が極微少量である場合に、リンパ球を事前に分離する操作が困難であるという問題点が解決できる。また、培養時に被験物質の処理を行なう場合には、前述した通り全血を培養する際に被験物質を処理し、全血を培養して被験物質を処理した後で、標本作製時にリンパ球のみを回収することが好ましい。従来法では、分離した後にリンパ球を培養し、培養分離リンパ球に対して処理を行なうが、この際に問題となっている細胞のロスを本方法により低減することが可能である。
【0016】2.低張処理上述した所望する有核細胞を準備した後で、該有核細胞について低張処理を行なう。低張処理は、何れかの従来の低張処理方法により行なうことが可能である。各操作に有利であるため、遠心管を用いて実施することが好ましい。低張処理により、用いる細胞を膨張することが可能であり、これにより小核の観察がより容易になる。例えば、低張処理は、低張液として0.075M塩化カリウム溶液を使用し、約5分から約10分間行なえばよい。
【0017】3.半固定処理本発明の標本作製方法は、上述した低張処理の後で半固定を2度行なう。この半固定処理工程が、本方法の最大の特徴である。ここで、「半固定」または「半固定処理」により、細胞は、完全には固定されてはいないが、未処理細胞よりは固定される状態となる。本発明の2度の半固定により、以後の操作により生じる細胞凝縮を防止することが可能であり、従って、低張処理により得た細胞の大きさを維持することが可能である。
【0018】以下、半固定処理の詳細を説明する。前記低張処理を行なった後、有核細胞は、遠心管内の低張液に懸濁された状態、または低張液を添加した遠心管の底部に沈んだ状態となる。本発明の半固定は、前記の状態の有核細胞を軽く懸濁することにより浮遊液とした後に、2回の半固定処理、即ち、この低張液に固定液を極微量で添加して静置することにより行なう第1の半固定と、第1の半固定よりも多量の固定液を添加して静置することにより行なう第2の半固定により実施する。
【0019】本発明の方法で使用される固定液は、従来の何れの固定液でもよいが、好ましくは酢酸およびアルコールの混液であり、最も好ましくは、酢酸とメタノールからなる固定液である。
【0020】本方法において、好ましい半固定処理は、第1の半固定が、細胞を前記低張液に懸濁した後に、遠心管内の前記低張処理で使用した低張処理液の体積の約10分の1以下の体積を添加し、数分間静置することにより実施する。また、第2の固定は、更に、第1の半固定を実施した後の該低張処理液に、該低張処理液の体積の約5分の4以上の体積の固定液を添加し、数分間静置することにより実施する。
【0021】本発明の方法では、低張処理から固定に移行する間の工程として、半固定処理を行なう。例えば、低張液に対して約1/10量の固定液を添加する第1の半固定と、第1の固定液と低張処理液との混液の体積、または該混液中の低張処理液の体積と略同量の固定液を添加する第2の半固定との2段階に分けて実施することにより、細胞が段階的に固定され、細胞内の水分から固定液への置換がスムーズに進行する。従って、標本作製法の工程において、ピペッティング操作は不要となり、遠心管等の容器の外側表面を指により弾く操作、即ち、タッピング操作により懸濁することが可能となる。また、ピペッティング操作が不要であるにも関わらず、より簡便に細胞凝集が回避でき、且つ細胞の単離率を向上することが可能となる。また、固定に関連する細胞の凝縮も抑制することが可能である。
【0022】4.固定処理上述した通りに半固定処理を行なった後で固定処理を行なう。固定は、半固定に使用した固定液と同様なものを用いることが好ましいが、半固定に使用した固定液に対して、生物学的または化学的に相性がよいものを用いて行なう。即ち、半固定液に使用した固定液と混合した場合に、細胞の形態等に影響を及ぼさず、且つ化学反応を生じない固定液を使用する。例えば、酢酸とメタノール(混合比1:3)からなる固定液を用いて半固定、固定を行ない、更に最終固定には、1%酢酸メタノール固定液を使用することが好ましい。
【0023】固定は、細胞が含まれる溶媒を固定液と交換することによって、細胞を高濃度の固定液に曝すことにより行なう。溶媒を固定液と交換するためには、遠心または濾過等の手段を用いることにより行なうことが可能である。例えば、遠心分離により行なう場合は、細胞懸濁液を遠心し、上清を除去した後に固定液を添加することにより行なうことが可能である。
【0024】5.支持体への細胞の伸展続いて、上記の方法により得られた固定した細胞を得られた細胞の懸濁液を支持体上に、個々の細胞を分散した状態で配置する。ここで使用する「支持体」の語は、顕微鏡用に用いられる標本を固定するための平板状の支持体であればよく、例えば、市販のスライドグラス等である。具体的には、この工程は、該懸濁液を支持体に滴下し、乾燥することにより行なうことが可能である。この工程は従来の如何なる手段を用いて行なってもよい。しかしながら、好ましい手段は、以下に説明する通りである。
【0025】先ず、スライドグラスに細胞を伸展するために、少なくとも1×10個/mL程度の細胞密度の細胞浮遊液を調整する。この浮遊液を、極微量(2〜5μL)でスライドグラスに滴下する。この滴下を同位置に対して複数回、好ましくは2〜3回、繰り返して行い、乾燥する。このようにしてスライドグラスに滴下し、乾燥することによって、より狭い範囲に、細胞が良好に分散された状態で伸展でき、且つ略一定の細胞数を有したスライド標本を作製することが可能である。従って、小核観察時間を短縮し試験効率を向上することができる。
【0026】6.染色上述の通り作製した標本は、染色体異常の観察、特に、小核を観察するのに適した何れの染色も行なうことが可能である。例えば、本発明の方法において、アクリジン・オレンジは好ましい染色の1つである。染色法として、アクリジン・オレンジを用いる場合、特に、上記の通り作製した細胞標本を20〜30μg/mLのアクリジン・オレンジで浸漬染色することが好ましい。該濃度のアクリジン・オレンジを使用することにより、細胞中の略全てのDNAおよびRNAが、アクリジン・オレンジ色素と十分に結合し、且つ過剰なアクリジン・オレンジ色素は洗浄によって十分に洗い落とすことが可能である。また、得られた標本を蛍光顕微鏡により観察すると、細胞全体が均一に染色されたことが視覚的に明白である。従って、小核をより客観的に且つ正確に判定することが可能である。
【0027】またこのとき、DNAおよびRNAに対するアクリジン・オレンジ色素の結合率が細胞間で均一であることが望ましい。本発明における2段階の半固定法は、従来の標本作製法に比較し、細胞間の固定状態のばらつきが低い。従って、本発明の標本作製方法により作製された標本は、アクリジン・オレンジ染色に対して非常に好ましい標本であり、本標本を使用することにより、従来のアクリジン・オレンジ染色では問題とされている色むらを改善することが可能である。
【0028】以上の工程を具備する細胞標本作製法により得られる標本は、肉眼による小核観察を容易にするのみならず、特に、小核計数を自動的に実施しようとする際に、再現性よく、且つ効率的な計測が行なえる。
【0029】[実施例]
1.リンパ球標本の作製本発明の標本作製方法の好ましい例を以下に説明する。以下は、図1に示す通り、ヒト末梢血から得た全血を培養した後に、リンパ球を分離し、本発明の方法により細胞標本を作製する例を示す。
【0030】以下、図1に従って説明する。先ず、ヒト末梢血をヘパリンナトリウム入り試験管に採血した(1)。得られた全血を、15%FBS含有RPMI1640にPHA、抗生物質入り培養液で培養した(2)。ここで、変異原性物質による処理を所望する場合には、前記培養を2日行なった後に処理した(3)。所望する時間の処理を行なった後、リンパ球分離液を用いて、(3)の培養系からリンパ球を回収した(4)。
【0031】回収したリンパ球を生理食塩液または適切な緩衝液で洗浄し、遠心してその上清を除去した(5)。得られたペレットを若干残留した前記上清中でタッピングする(即ち、細胞が含まれる容器の外側の側面を指で弾く)ことにより懸濁し、そこに0.075M塩化カリウム溶液を加えて室温で7分間の低張処理を行なった(6)。
【0032】続いて、(6)の工程で得られた細胞を含む低張液に、該低張液の体積の約10%に相当する量の酢酸メタノール(混合比1:3)固定液を加えて5分間静置した(7)。更に、(7)で得られた細胞浮遊液に、該細胞浮遊液と略同量の酢酸メタノール(混合比1:3)固定液を添加し、5分間静置した後で、遠心して上清を除く(8)。得られたペレットに酢酸メタノール(混合比1:3)固定液を添加することと、遠心することと、および上清を除去することからなる操作を3回以上繰り返した(9)。
【0033】その後、得られた細胞を1%の酢酸メタノール固定液で最終固定を行なった(10)。その後、得られたリンパ球を、1%酢酸メタノール固定液中で約1から2×10個/mLの細胞浮遊液に調製した(11)。これを0.5μLから10μL用のマイクロピペットを用いて2〜5μLずつ浮遊液をスライドグラスの同心円上に2〜3滴繰り返して滴下した(12)。2〜3滴滴下するときは、1滴目が乾燥した後に、同一箇所に重ねて滴下するようにしてから空気乾燥する方が、先に滴下した細胞群との間で互いに均一な分布状態を乱さずに貼着されるという点で好ましい。なお、貼着の方法は必ずしも空気乾燥で行なう必要はなく、細胞を吸着し得る材質が支持体表面に有する場合には乾燥工程を省略することも可能である。このようにして均一且つ適当濃度に配置した細胞群が貼着されたスライドグラスを図2および図3(a)に示す。図2に示す通り、滴下乾燥されたスポットは、4μLずつの滴下の場合に、直径約7mmの円形となる。測定に使用する領域は、前記約7mmの円に内接する一辺が5mmの正方形領域である。このようなスポットを一般的に使用されるスライドグラスに図3(a)のように形成した。これにより、1枚のスライドグラス上に、例えば10のスポットを配置することが可能である。しかし、スポットの数およびそれらの配置はこれに限るものではない。また、スポットの大きさは7mmに限るものではないが、スポットの数との関係から7mmが好ましい。ここで、続いて、各細胞が貼着された細胞標本に対して、蛍光観察用のアクリジン・オレンジ染色を行なう(13)。アクリジン・オレンジ染色液は、最も適した濃度を選択するために、13、20、30および40μg/mLを使用した。標本のスライドグラスをアクリジン・オレンジ染色液に浸し、1分間染色した(13)。その後、リン酸緩衝液pH6.8にて30秒ずつ4回、または水道水の流水により洗浄した。
【0034】次に、得られたスライド標本をリン酸緩衝液pH6.8で封入し、カバーグラスの周りを完全にシールした。この状態で冷蔵庫に保存すれば、1週間程度はアクリジン・オレンジ染色の劣化を防ぐことが可能である。
【0035】2.評価(1)細胞解離および伸展度の評価上述の通り作製した細胞標本(図3(a))スポット1と、従来の方法により作製した細胞標本(図3(b))スポット2について比較をした。
【0036】ここで、使用した従来方法は以下の通りである。末梢血の全血を培養し、分離したリンパ球を遠心回収し、その後、0.075M塩化カリウム溶液を添加し約7分間低張処理を行なった。次に、酢酸メタノール(混液比1:3)の固定液を低張液の約10%(約0.5mL)を添加することにより半固定処理を行なった。その後、遠心してその上清を除去し、そこに酢酸メタノール(混合比1:3)の固定液を約5mL添加し、再度遠心して上清を除去し、約5mLの酢酸メタノール(混合比1:3)固定液を添加する操作を3回繰り返した。その後、得られた細胞に1%酢酸メタノール固定液を添加し、最終固定を行ない、遠心して上清を除去した。その後、得られたリンパ球に1%酢酸メタノール適量を添加し、ピペッティングにより懸濁した。得られた細胞浮遊液をスライドグラス上にパスツールピペットを用いて伸展し、乾燥した。このスライドグラスの細胞伸展部に直接に40μg/mLの濃度のアクリジン・オレンジ染色液を滴下して直ちに封入し、対照標本(図3(b))とした。
【0037】前記の両標本を、レーザー走査サイトメトリー(Laser Scanning Cytometry)を用いて評価した。その結果、本発明の方法で作製した標本では、5×5mmスポット中に約5000〜10000個の細胞が伸展されていた(表1)。更に、蛍光顕微鏡下(400倍)での観察した結果、細胞の解離率は約80%以上であった(図4(a))。これに対して、従来の方法により作製した標本は、5×5mmスポット中に約1000〜3000個の細胞が伸展されたのみであった(表1)。また、従来の標本は、顕微鏡下での観察では、細胞凝集が多く見られ、その解離率は約55%であった(図4(b))。
【0038】
【表1】


【0039】肉眼による観察または自動観察を問わず、小核計測を効率よく実施しようとする場合、スライド上のできるだけ狭い範囲に個々の細胞が独立して単離した状態で、且つ良好に分散した高密度の細胞を伸展することが必要である。本発明の方法、即ち、最終細胞濃度が少なくとも1×10個/mL程度の細胞浮遊液をマイクロピペットで複数回スライド上の同位置に滴下し、5×5mmスポットに伸展させる工程を具備する標本作製方法は、この要求を十分に満たす標本を作製するために非常に適した方法ある。また、図3(a)に示す通り、本発明の方法では、1プレートにおいて、複数箇所に細胞のスポットを形成することが可能である。従って、複数の検体を1プレートで行なうことが可能であり、測定の効率化が図れる(図3(a))。
【0040】(2)アクリジン・オレンジ染色に関する検討適切なアクリジン・オレンジ染色を得るために、アクリジン・オレンジ染色液の濃度と、その処理時間等を検討した。その結果を表2に示す(表2)。
【0041】
【表2】


【0042】表2から明らかであるように、アクリジン・オレンジ染色液の20および30μg/mL(リン酸緩衝液pH6.8で希釈)の濃度を1分間処理することがより好ましい染色が得られることが分かった。洗浄は、リン酸緩衝液pH6.8を使用し30秒ずつ4回洗浄し、続いてリン酸緩衝液pH6.8で封入して標本を得ることによって好ましい結果が得られた。
【0043】以上の結果から、本発明の方法により作製した標本を、上述の通りに染色することにより、均一な染色状態を得ることが可能になり、それにより小核が効率よく正確に解析できることが明らかになった。
【0044】3.本発明による標本と従来法による標本との比較本発明により作製した標本と従来法により作製した標本とを比較し、その結果を表3に示した。
【0045】
【表3】


【0046】表3中の「無処理」の群とは、培養時に薬剤の処理を行なわず作製した標本をいう。また、「検体処理」の群とは、培養時に薬剤としてサイトカラシンB(CB:2核細胞誘発物質)を3μg/mLの濃度で28時間処理した標本をいう。
【0047】「全血」群は、ヒト末梢血を培養した後、リンパ球を分離せずにそのまま上述の各方法により作製した標本をいう。また、「リンパ球」の群は、ヒト末梢血を培養した後に、リンパ球を分離し、上述の各方法により作製した標本をいう。「本方法」とは、本発明の細胞標本作製方法をいい、「従来法」とは、上述した従来の方法をいう。
【0048】夫々に作製した従来の標本と本発明標本を、「単離度」、「裸核化」、「核染色輝度」および「細胞質輝度」の項目に関して比較し評価した。ここで「単離度」は、個々に単離した細胞の出現度合をいい、「裸核化」は、細胞質の破損による核のみの出現をいい、「核染色輝度」は、核の蛍光色素による明るさをいい、および「細胞質輝度」は細胞質の蛍光色素による明るさをいう。結果は図4および表3に示す(図4、表3)。
【0049】その結果、何れの項目についても、本発明の方法により作製した標本の方が優れていることが明白となった(表3、図7)。
【0050】なお、本発明は上述した例に限定されることなく、種々の変更が可能である。例えば、スライドグラス上に配置されるスポットの個数、サイズ、配置パターン等は、支持体の形状、寸法等に応じて適宜増減してもよい。また、上述した全ての工程の一部または全部を適宜の公知技術を採用して自動化してもよい。
【0051】また、同一の支持体上に配置する各スポットの位置、細胞名、患者名、作製年月日、作製条件等を、適宜の識別手段(例えば、バーコード、暗証番号、ロット名)でもって支持体の特定箇所に印字、貼着、手書き等するようにし、取り違い等を防止することが好ましい。また、細胞の種類や使用目的に応じて、染色方法を変更したり、適宜の検出用の試薬(例えば、FISH試薬、PCR試薬、酵素標識試薬等)と反応させるようにして反応部分のみを発色ないし発光させるようにしてもよい。
【0052】
【発明の効果】本発明の方法により、有核細胞の細胞凝縮と凝集を効率よく回避し、細胞を固定液中で確実に分散できる簡便な細胞固定方法を提供することが可能となった。更に、本方法では、細胞浮遊液を、スライドグラス上でより狭範囲に、高密度に、且つ高分散度を保ちながら伸展することが可能である。また、本発明の方法で作製した標本は、アクリジン・オレンジ染色で問題とされていた染色ムラが減少された。従って、本発明の方法により作製した標本は、小核を観察するために極めて有利な標本である。
【図面の簡単な説明】
【図1】従来の標本作製法を示すスキーム図。
【図2】本発明の標本における細胞浮遊液の滴下スポットを示す図。
【図3】本発明の方法により作製した(a)スライドグラス標本像と従来の方法により作製した(b)スライドグラス標本像とを示す図。
【図4】従来法により作製したスライド標本像を示す図。
【符号の説明】
1.細胞浮遊液の滴下複数個のスポット像
2.細胞浮遊液の滴下1個のスポット像

【特許請求の範囲】
【請求項1】 染色体異常を解析するための細胞標本の作製方法であって、(1)所望の有核細胞を準備する工程と、(2)前記有核細胞を低張処理する工程と、(3)前記低張処理を施した細胞を半固定する工程と、(4)前記半固定された細胞を、更に、(3)の半固定で使用した固定液よりも高濃度の固定液によって半固定する工程と、(5)(4)で得られた細胞を固定する工程と、(6)(5)で得られた細胞の懸濁液を支持体上に個々の細胞を分散状態で配置させる工程とを具備する作製方法。
【請求項2】 請求項1に記載の細胞標本の作製方法であって、請求項1の(3)の工程の半固定を行なうために使用する固定液が、(2)の工程で使用した低張処理用溶液の体積の10分の1以下の体積で添加され、且つ(4)の工程の半固定を行なうため使用する固定液が、(2)の工程で使用した低張処理用溶液の体積と略同じ量になるように添加されることを特徴とする作製方法。
【請求項3】 請求項1または2に記載の細胞標本の作製方法であって、前記(6)の工程に使用する細胞懸濁液の濃度が少なくとも1×10個/mLであり、且つ前記滴下の操作を約1〜10μLずつ複数回、スライドグラス上の同位置に滴下することにより実施されることを特徴とする作製方法。
【請求項4】 請求項1から3の何れか1項に記載の細胞標本の作製方法であって、請求項1に記載の全工程を行なった後に、更に、20〜30μg/mLの濃度のアクリジン・オレンジにより染色する工程を行なう作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2001−149099(P2001−149099A)
【公開日】平成13年6月5日(2001.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−336284
【出願日】平成11年11月26日(1999.11.26)
【出願人】(000000376)オリンパス光学工業株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】