説明

植毛シートおよびその製造方法

【課題】フロックとして再生セルロース繊維を使用し、後染め可能な静電植毛シートを提供する。
【解決手段】ナフトール染料の下漬剤を含有した再生セルロース短繊維を、静電処理により基材に植毛して、静電植毛シートを得、このシートを、ナフトール染料の顕色剤、水、および粘剤等を含む染色用のコーティング液を用いて捺染処理すると、植毛された繊維の末端まで良好に染色することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生セルロース短繊維を植毛した、後染めが容易であり、かつ鮮明な模様を後染めにより表現可能な植毛シート、特に静電植毛シート、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
静電植毛シートは、0.2〜5mm程度の長さにカットした短繊維(植毛用の短繊維は特に「フロック」と呼ばれる)を、電界空間中にて、プラスに帯電させ、これをマイナスに帯電させた基材(紙または布)に、繊維の方向を揃えて植え付けことにより作製されるシートである。静電植毛シートは、立体的な風合いが得られる製品である。また、短繊維の材料を適宜選択することにより、繊維の特性に起因する触感および風合いが得られる。特に、ビスコースレーヨンは、植毛シートの立体感を向上させるとともに、ソフトな触感を与えることから、フロックとして好ましく用いられる。静電植毛シートに関する技術文献として、例えば、下記に示す特許文献1〜3を挙げることができる。
【0003】
静電植毛シートの製造においては、直立した繊維を基材に固定させるために、接着剤が用いられる。そのため、シートで使用される接着剤の種類および特性によっては、静電植毛後に、植毛シートを、浸染、または捺染染色法で着色した場合、染料固着過程において採用される、浴中で高温となる工程、高温浴中でpHの変動が生じる工程、および強い力を加えて大量の水で水洗する工程に植毛シートを付すと、植毛された繊維の脱落が著しく、着色された植毛シートとしての品質を低下させる問題を招いている。そのため、静電植毛シートを、これらの工程を伴う浸染、および捺染処理を行って、後染めすることは困難である。そこで、着色された植毛シートを得る方法として、あらかじめ上記の短繊維(フロック)を着色(先染め)し、その後その着色された短繊維を植毛して、着色植毛シートを作製する方法が一般的に採られている。他の着色方法、特に模様付けの手法としては、上記のようにして着色した植毛シート上に、さらに顔料捺染で模様付けする方法が一般的である。
【特許文献1】特許第2790587号公報
【特許文献2】特公昭53−35619号公報
【特許文献3】特開平5−177996号公報
【特許文献4】特開2003−3322号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
静電植毛シートの着色および模様付けに関しては、以下の課題がある。
(課題1)
静電植毛シートに染色する場合において、例えば浸染法を採用すると、pHの変化により、接着剤の特性が変化して接着力の低下が生じることがある。そのため、静電植毛シートは、pHを大きく変える処理を伴う浸染では染色できない。接着力の低下により繊維が脱落するためである。また、浸染中に大量の高温水を用いて植毛シートを洗浄すると、上記のpHの変化同様、高温水により接着剤の特性が変化して、接着力の低下により繊維が脱落する問題がある。繊維の脱落は、染色または模様付けした植毛シートの品質を低下させ、また、模様を不明瞭にするという不都合を招く。
【0005】
(課題2)
前述のように、静電植毛シートへの着色又は模様付けは、顔料捺染で行うことが可能である。顔料捺染は、水を使用しない、ならびに種々の模様および柄を容易に表すことができるという長所を有する。しかし、顔料固着剤の影響で繊維が固められて硬くなる結果、繊維の風合いが低下し、植毛品としての価値が低下する、または無くなることがある。また、顔料捺染は顔料を繊維に固着剤で固着させる方法であり、捺染後の植毛シートの摩擦堅牢度は、それほど高くない。インクジェットプリンタを用いた印刷方法を利用して、着色または模様付けをすることも実施されつつあるが、やはり摩擦堅牢度の問題があり、また、ノズルの目詰まりが生じる等の問題もあり、それほど普及していない。
【0006】
(課題3)
さらに、特許文献2に記載されているように、転写シートとして、静電植毛シートを使用する場合、基材に紙を使用するので、熱転写前の植毛シート(即ち、紙と一体化している植毛シート)に対して、洗浄を伴う浸染を行うことは不可能である。そのため、そのような植毛シートにおいて、模様を得るには、模様その他類似物をあらかじめ部材として入れておく必要があった。
【0007】
(課題4)
紙を基材とする静電植毛シートは、前述の顔料捺染により、着色または模様付けすることも可能である。しかし、顔料捺染で植毛シートを着色すると、短繊維の根元(即ち、紙に近い側)まで色が移行しない。そのため、この植毛シートを転写シートとして使用すると、転写物においては植毛シートのフロックの末端(根元)が露出することとなるので、白くぼやけた模様しか得られない。鮮明な模様を得るには、特許文献3に記載のように、繊維の根元が被転写物と接するように、剥離基材に短繊維を静電植毛し、マスキング粘着テープで剥ぎ取り、それをスクリーン板に貼り付ける、という煩雑な作業が必要である。
【0008】
(課題5)
再生セルロース繊維の染色においては、静電植毛シートの摩擦堅牢度を向上させるために、スレン染料を使用するか、ナフトール染料で染色(即ち、繊維を先染め)しなければならない。しかし、スレン染料は高価である。なお、ナフトール染料による染色に適した再生セルロース繊維として、例えば、特許文献4には、繊維中にナフトール染料の下漬剤を含有させた改質再生セルロース繊維が開示され、この繊維を用いた糸及び編織物をナフトール染料の顕色剤処理により発色させた繊維製品も開示されている。
【0009】
(課題6)
セルロース系短繊維を使用する場合の摩擦堅牢度の問題を回避するには、繊維を先染めし、それを植毛する方法をとらざるを得ない。しかし、この方法を採用する場合、注文等に応じて直ちに植毛シートを生産するには、先染めしたフロックを相当量、在庫として所有する必要がある。そのため、シーズンが変わり、流行の色が変わると先染めしたフロックが長期在庫化するという問題がある。また、先染したフロックを植毛する場合、単色の植毛シートしか得られない。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、静電植毛した後のフロックを、良好に染色することが可能な(即ち、後染めの可能な)植毛シートであって、染色後の耐摩擦堅牢度が高い、植毛シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明者らが検討した結果、ナフトール染料の下漬剤を含有した再生セルロース繊維を、植毛に適した長さにカットし、これを静電処理により基材に植毛して静電植毛シートを作製すると、得られた植毛シートを良好に染色することが可能であることを見いだした。
【0012】
即ち、本発明は、ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、基材に植毛してなるナフトール染色用植毛シートを提供する。植毛シートは、通常、静電植毛シートである。もっとも、ここでいう植毛シートには、静電処理以外の方法で植毛した植毛シートも含まれるものとする。
【0013】
この植毛シートは、ナフトール染料の顕色剤処理により、容易に且つ良好に、後染めでき、浸染および捺染のいずれによっても染色可能である。捺染による染色によれば、複数の色から成る模様付けができる。また、顕色剤は、吸水性の良好なレーヨン繊維において、水とともに繊維の長さ方向に沿って浸透しやすいので、繊維全体に下漬剤が分布させられたレーヨン短繊維は、根元(基材に近い側)まで良好に発色する。よって、この植毛シートは、紙を基材とする転写シートである場合でも、良好に染色され、その結果、転写物においても良好に発色した表面が得られる。さらに、植毛シートにおいては、シートの平面方向で繊維をドットとして見ることができ、植毛シート表面は繊維の不連続な点で構成されることとなる。そのため、顕色剤の進行方向が繊維の長さ方向であることとあいまって、この植毛シートには、色のにじみが生じにくく、鮮明な模様を付与することが可能となる。
【0014】
本発明はまた、前記本発明のナフトール染色用植毛シートを、ナフトール染料の顕色剤処理で発色させることにより、後染めした、ナフトール染色植毛シートを提供する。
【0015】
本発明はまた、前記本発明の植毛シートの製造方法として、ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、静電処理により基布に植毛することを含む、製造方法を提供する。この方法によれば、静電植毛の工程に影響を及ぼすことなく、後染め可能な静電植毛シートを得ることができる。ナフトール染料の下漬剤を含有した再生セルロース繊維は、後述するように、下漬剤の溶解液をビスコースに混合し、下漬剤を混合したビスコースを紡糸することによって製造でき、例えば、特許文献4に記載されている。
【0016】
本発明はまた、前記本発明のナフトール染色植毛シートの製造方法として、
ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、基材に植毛すること、および
植毛シートを、ナフトール染料の顕色剤を含む発色剤で再生セルロース繊維を発色させることにより後染め処理すること
を含む製造方法を提供する。この製造方法において、植毛は、好ましくは静電処理により実施される。
【0017】
この方法によれば、植毛シートを構成する短繊維を後染めにより、根元まで良好に染色することができる。また、ナフトール染色は、顕色剤を少量の水に分散させて、捺染により実施することができるので、水が植毛シート中の接着剤に及ぼす影響を小さくすることができる。よって、本発明の製造方法は、基材が紙のものにも好ましく適用される。
【発明の効果】
【0018】
本発明の植毛シートは、後染め処理が可能であるから、クイックレスポンス(QR)での商品提供が可能である。よって、本発明によれば、先染めのフロックの在庫を所有する必要がなくなる。本発明の植毛シートはまた、植毛シートに固有の繊維配置(基材の平面方向に不連続であり、基材に対して垂直に繊維が延びている)とあいまって、顕色剤が平面方向で広がりにくく、模様を付したときに、鮮明な模様を与える。
【0019】
また、本発明の植毛シートをナフトール染色したシートにおいては、顕色剤が繊維の長さ方向に浸透して、下漬剤と結合することにより、良好な発色が繊維の先端から末端(根元)まで得られる。よって、本発明のナフトール染色植毛シートを、例えば、転写シートとして使用する場合には、表面が良好に着色され、または表面に鮮明な模様の付された転写物を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明のナフトール染色用植毛シート((以下、特に断りの無い限り、単に「植毛シート」と呼ぶことがある)及びナフトール染色植毛シート(以下、ナフトール染色植毛シートを、「ナフトール染色植毛シート」または「染色植毛シート」と呼ぶことがある)の具体的な構成を、その製造方法とともに説明する。以下においては、植毛シートが静電植毛シートである場合について、説明する。
【0021】
<再生セルロース繊維>
本発明の植毛シートを構成するフロックは、ナフトール染料の下漬剤を含有する再生セルロース繊維である。再生セルロース繊維は、例えば、ビスコースレーヨン、ポリノジックレーヨン、銅アンモニアレーヨン、および溶剤紡糸セルロース繊維である。本発明においては、植毛シートにしたときの風合い及び柔らかさ、植毛シートの付加価値を向上させるための植毛シートの後加工の容易性の点から、ビスコースレーヨンが好ましく用いられる。
【0022】
再生セルロースに内添される、ナフトール染料の下漬剤は、植毛シートで実現すべき色相、および再生セルロース繊維との親和性を考慮して、決定する。
【0023】
本発明で用いるナフトール染料の下漬剤としては、再生セルロース繊維との親和性が中程度のものから高程度の親和性グループから選択されたものが好適である。これらの下漬剤は再生セルロース繊維の製造工程で繊維からの流出が少なく、顕色剤で発色させる時に繊維中でのカップリング反応が阻害されないので濃色に染色でき、好ましい。再生セルロース繊維との親和性が中程度のグループのものとしては、コールキィー アンド ピッカーズギル社(Chorlcy & Pickersgil Ltd)から印刷、販売されているカラー インデックス(COLOUR INDEX, SECOND EDITION 1956)3巻、アゾイック セクション(AZOIC SECTION)に記載されているカラー インデックス アゾイック カップリング コンポーネント(Colour Index Azoic Coupling Component、以下、C.I.A.C.C.と略記する。)11、C.I.A.C.C.12、C.I.A.C.C.17、およびC.I.A.C.C.19等が挙げられる。再生セルロース繊維との親和性が高程度のグループのものとしては、例えば、C.I.A.C.C.4、C.I.A.C.C.10、C.I.A.C.C.23、およびC.I.A.C.C.28等が挙げられる。
【0024】
再生セルロース繊維との親和性が低程度のグループ、例えば、C.I.A.C.C.2、C.I.A.C.C.14、C.I.A.C.C.18等の下漬剤を用いることも可能である。但し、これらの下漬剤を使用すると、再生セルロース繊維を製造する原液に下漬剤を添加混合後に紡糸する製造工程で、下漬剤が紡浴に流出し、再生セルロース繊維中に残存しなくなることがあり、顕色剤で発色させた時に濃色を得にくいことがある。
【0025】
また、再生セルロース繊維との親和性がより高程度の最高親和性グループの下漬剤として、例えば、C.I.A.C.C.3、C.I.A.C.C.13、またはC.I.A.C.C.32等を使用できる。これらの下漬剤を使用すると、再生セルロース繊維を製造する原液に下漬剤を添加混合後に紡糸する製造工程で、下漬剤の再生セルロースからの流出は少なくなるものの、繊維内部でセルロース分子との強い相互作用によって固定されるため、顕色剤で発色させる時カップリング反応が阻害され、濃色を得られないことがある。
【0026】
本発明では、再生セルロース繊維との親和性が中程度から高程度のグループから選ばれるナフトール染料の下漬剤を、再生セルロース繊維に対して0.5〜10質量%含有させることが好ましい。含有量が0.5質量%未満では、顕色剤の使用濃度を増して発色させても、淡色のみしか得られないことがあり、含有量が10質量%を越えると繊維強度が低下すると共に色相濃度が飽和に達することがある。再生セルロース繊維に含有される下漬剤の量は、目的とする色相の濃度に応じて上記の範囲内で選ぶことが好ましい。より好ましい下漬剤の含有量は、1〜5質量%である。
【0027】
再生セルロース繊維を製造する原液中に、ナフトール染料の下漬剤を均一に混合するために、下漬剤を予めロート油等の界面活性剤(陰イオン系、非イオン系を含む)あるいはエタノール等の溶解補助剤を用いて泥状化した後で、多量の熱アルカリ(水酸化ナトリウム等)水溶液に溶解させておくことが好ましい。そのような溶解液は、ビスコース法あるいは銅アンモニア法から得られる再生セルロース繊維を製造する原液がアルカリ性であることを考慮すると、下漬剤を溶解させるのに好適である。本発明において、溶剤紡糸法による再生セルロース繊維を用いる場合、その原液については、N−メチルモルフォリン−N−オキシド等の使用する溶剤に溶解あるいは微分散するナフトール染料の下漬剤を用いればよい。
【0028】
下漬剤を含有させた紡糸原液は、通常の方法に従って紡糸した後、ウェットなスライバーとする。それから、スライバーを繊維長0.2mm〜2mm程度にカットし、静電剤で処理した後、乾燥して、静電植毛用のフロックとする。
【0029】
<基材>
基材は、静電植毛の可能な基材であれば特に限定されず、織物、編物、不織布、紙、金属、および木材等、接着剤との親和性が良好であるものであればよい。前述のように、植毛シートを、転写シートとして使用する場合には、転写時に高熱(約180℃×20秒)にさらすため、基材は、紙またはPETフィルムであることが好ましい。植毛シートを、衣服用途に使用する場合には、織物または編物を、自動車用途に使用する場合には、樹脂板または樹脂成型品を、包装資材用途に使用する場合には、不織布を、家電用途に使用する場合には、鉄板等を、転写用途に使用する場合には、紙またはPETフィルムを、それぞれ基材として使用することが好ましい。
【0030】
<静電植毛>
静電植毛は、常套の方法に従って実施される。具体的には、基材に接着剤を塗布し、基材の周囲を、2万〜5万Vの電圧を印加して、荷電された空間にする。フロックを空気中に分散させ、荷電した空間に浮遊させて帯電させる。基材の裏に反対極性の電極を配置すると、フロックは基材にぶつかって、接着剤に捉えられ、もって基材に捉えられることとなる。接着剤に捉えられたフロックは、繊維の長さ方向が基材に対して略垂直となるように配置される、即ち、起毛した状態となる。それから、基材および基材が捉えた起毛した状態のフロックは、乾燥機に送られて、乾燥させられて、静電植毛シートとなる。
【0031】
本発明のナフトール染色用植毛シートそれ自体は白色(黄みがかった白色を含む)のものとして得られるので、その後、染色することにより、多用な製品展開が可能となる。また、本発明の植毛シートは、注文に応じて直ちに所望の色に染色できるよう、在庫として所有しても、先染の植毛シートのように、無駄になるリスクはない。
【0032】
<染色>
本発明の静電植毛シートは、ナフトール染料の顕色剤を用いて染色する。ナフトール染料の顕色剤として、例えば、昭和化工(株)製のScarlet R、Scarlet GG、Red B、Red 3GL、Bordeaux GP、Blue BBおよびBlack B等が、ソルト類のものとして挙げられる。また、ベース類をソルトに変換して顕色剤とすることも可能である。染色方法は、特に限定されず、浸漬および捺染(インクジェット方式を含む)のいずれかの方法を用いて、染色することができる。本発明では、捺染を採用することが好ましい。捺染によれば、水の使用量を少なくすることができ、また、pH調整が不要であることによる。さらに、捺染によれば、洗浄等において、大量な水の消費を避けることができ、また、染料に汚染された水の排出量も少ないので、環境に優しい染色が可能となる。
【0033】
捺染は、顕色剤を、水、粘剤および必要に応じて硼砂と混合してコーティング液を調製し、植毛シートの表面にスクリーン方式またはスプレー方式でコーティングした後、乾燥処理を行う方法で実施される。顕色剤と混合される粘剤は、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、加工デンプン、アルギン酸ナトリウム、グアガム、および合成糊料等である。また、硼砂は、ソルト類に安定剤として含まれる塩化亜鉛等の酸性塩を中和してカップリング反応を促進させる役割をするので、好ましく使用される。顕色剤は、全体の粘度が、好ましくは500〜10000mPa・sとなるように、粘剤および水の量を調整して、調製する。コーティング液の調製において、粘度を調整することで、隣の繊維へのコーティング液の移行が少なくなり、捺染により模様付けする場合には、模様をより鮮明にできる。また、上記のようなコーティング液を使用する場合には、pH調整が必要でなく、安定した品質の染色を簡易に且つ良好な再現性で、実施することができる。
【0034】
コーティング液は、植毛シートの表面に付与されるが、液中の水が吸水性の高い再生セルロース繊維の長さ方向に沿って浸透することにより、顕色剤も同時に再生セルロース繊維の全長に行き渡ることとなる。よって、顕色後の植毛シートは、繊維の根元までしっかりと着色された状態となる。
【0035】
染色は、単色または複数の色から成る模様付けを伴ってよい。模様付けは、通常のスクリーン捺染の方法に従って実施できる。植毛シートは、基材に対して垂直である短繊維長が並んだ形態であるため、隣接する繊維への染料の滲み出しが生じにくく、明瞭な模様を得ることができる。
【0036】
あるいは、植毛シートの染色は、浸染により実施してよい。浸染は、顕色剤と、弱アルカリ性を示すpH調整剤(例えば、酢酸ナトリウム等)と、浸透剤である界面活性剤とを混合した溶液を調製し、これを染浴として、浴比1:10〜30、温度20〜50℃で、10〜30分間染色し、次いで、常法によるソーピングあるいは精練・漂白処理をすることにより実施される。用いるソルト類としては、例えば、カラー インデックス アゾイック カップリング コンポーネント(Color Index Azoic Diazo Component、以下、C.I.A.D.C.と略記する。)3、C.I.A.D.C.20等が挙げられ、求める色相、濃度に応じて適宜選定される。
【0037】
いずれの方法で染色されても、ナフトール染料による染色は、下漬剤と顕色剤の反応により繊維内で着色剤が合成されることを利用して実施されるものであるから、その堅牢度は高い。特に、JIS L 0849(摩擦に対する染色堅牢度試験方法)で測定される湿摩擦堅牢度は、3〜4級と高くなる。
【0038】
ナフトール染料の顕色剤による染色は、他の染色方法と組み合わせて実施してよい。例えば、染色pHが中性付近である直接染料による染色と、ナフトール染料による染色を組み合わせると、濃淡の無層柄の植毛シートを得ることができる。
【0039】
得られる染色植毛シートは、衣料、転写シート、アルバム等表装布、壁紙、および袋物等として使用することができる。
【0040】
以上においては、静電処理により繊維を植毛する静電植毛シートについて説明したが、本発明の植毛シートは、他の方法により植毛したシートであってよい。本発明の植毛シートは、例えば、コンプレッサー等を用いる吹き付け法、機械的振動を利用する振動法、または散布圧着法で、加工された植毛シートであってよい。
【実施例】
【0041】
[実施例1]
[ナフトール可染ビスコースレーヨンの製造]
1.繊維A
ナフトール染料の下漬剤(商品名 Grounder ITR 紀和化学工業(株)製)50gにエタノール40g、ロート油25g、および純水50gを加えて泥状化した。この泥状化物を、48%水酸化ナトリウム水溶液50gに純水285gを加えて60℃に加熱した熱水酸化ナトリウムに加えて、攪拌溶解した。次いで下漬剤の濃度が5.0質量%になるように、さらにおよそ500gの純水を加えて、濃度5.0%の下漬剤の溶解原液1000gを調製した。
【0042】
調製したナフトール染料の下漬剤溶解原液を、通常の方法で調製したビスコース(セルロース8.5質量%、水酸化ナトリウム5.7質量%、二硫化炭素2.8質量%を含む)に、セルロース分に対してナフトール染料の下漬剤が2.0質量%になるようにビスコースに添加・混合した。得られたビスコースを、直ちに孔径0.07mmφ、孔数4,000ホールの多孔ノズルを用いて、紡速50m/minで、温度50℃の紡糸浴中に紡糸した。紡糸浴は、硫酸100g/L 、硫酸亜鉛15g/L、および硫酸ナトリウム350g/Lを溶解したものである。紡糸後、温度80℃の熱水中で50%に2段延伸し、スライバーのまま、80℃の熱水および硫酸(5g/L)を用いて処理し、それから水洗を行って、1.7dtexのウェットなトウ(繊維A)を得た。
【0043】
2.繊維B
紡糸時に使用するノズルをノズル孔径が0.09mmφであるものに変更して、繊度を3.3dtexにしたこと以外は、繊維Aの製造で採用した手順と同様の手順で、ウェットなトウ(繊維B)を得た。
【0044】
3.繊維C
紡糸時に使用するノズルをノズル孔径が0.06mmφであるものに変更して、繊度を0.9dtexとしたこと以外は、繊維Aの製造で採用した手順と同様の手順で、ウェットなトウ(繊維C)を得た。
【0045】
4.繊維D
セルロースに対する下漬剤の含有量を5.0質量%にしたこと以外は、繊維Aの製造で採用した手順と同様の手順で、ウェットなトウ(繊維D)を得た。
【0046】
5.繊維E
下漬剤を添加しなかったこと以外は、繊維Aの製造で採用した手順と同様の手順で、繊度1.7dtexのウェットなトウ(繊維E)を得た。
【0047】
[静電植毛用レーヨン繊維の前処理]
得られた各繊維のトウは、ギロチンカッターにて0.5〜2mmの長さにカットし、静電剤として、珪酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、酢酸アルミニウムを下記の割合で溶かした溶液中に、得られた短繊維を浸漬し、撹拌した。その後、水分率が約50%となるように、脱水、乾燥させて、フロックとした。
1)珪酸ナトリウム (愛知珪曹工業) 1.5g/kg
2)硫酸マグネシウム(馬居化成工業株式会社) 1.5g/kg
3)酢酸アルミニウム(寺田薬泉工業株式会社) 1.0g/kg
【0048】
試験1
[未発色の静電植毛シートの製造(基材:綿天竺布)]
基材として、綿30s天竺布を準備した。上記フロックを電界(電圧5万V)に投入し、基材の接着剤(ポリアクリル酸エステル)を塗布した面に付着させた。フロックが付着した被処理物を、130℃の乾燥機内にて、5分放置することにより、フロックを接着させ、未発色の静電植毛シートを得た。
【0049】
[繊維A−Dを植毛した静電植毛シートの捺染]
粘剤(ハイプリントA:林化学工業(株)製)80g、顕色剤(ナフトール顕色剤Scarlet R:昭和化工(株)製)5g、硼砂2g、および水1リットルとを混合して、コーティング液を得た。
前記発色剤を、作製した未発色の静電植毛シート1の植毛面に、所定の模様となるように、均一に、塗布量を約100g/mとして、1000メッシュのシルクスクリーンを用いてコーティングする捺染処理を行った。次いで、コーティング後の静電植毛シートを、80℃にて、15分間、送風定温乾燥機で乾燥し、色相に優れたナフトール染色静電植毛シートを得た。
【0050】
[繊維Eを植毛した静電植毛シートの捺染
1.捺染
繊維Eは、下漬剤を含有しておらず、ナフトール染料では染色出来ないので、この繊維を植毛したシートは、反応染料による捺染に付した。具体的には、反応染料(Sumifix Supra Red 3BF:住友化学工業(株))2g/リットル、ソーダ灰20g/リットル、無水硫酸ナトリウム50g/リットル、カルボキシメチルセルロース(サンローズ A01MC:日本製紙ケミカル製)30g/リットルの割合で、粘度100mPa・sとなるように、これらを水と混合して、染色液を調製した。
【0051】
未発色の静電植毛シートの染色に先立ち染色しない部分を、抜染のりでコートした。前記染色液を、所定の模様となるように、均一に、塗布量を約100g/mとして捺染し、乾燥後、スチームを付与して固着させた。それから、抜染のり及び余剰の染料を取り除くための洗浄を行った。
【0052】
2.インクジェット式顔料捺染による染色
繊維Eを使用して作製した静電植毛シートに、インクジェット式顔料捺染装置により顔料塗布を実施して、目的の模様を表面に付与した。インクジェット式顔料捺染装置は、しばらく使用すると、インクジェットのノズル詰まりによりインクの出が悪くなった。
【0053】
得られた染色静電植毛シートの各物性は以下の方法で測定した。
[性能評価]
(1)摩擦堅牢度
JIS L 0849(摩擦に対する染色堅牢度試験方法)に準じて、測定した。
(2)染色状態・起毛状態
得られたものを、目視により評価した。
(3)風合い
手で触り、その触感を相対的に評価した。
【0054】
【表1】

【0055】
繊維A〜Dを使用した染色静電植毛シートは、粘剤の影響で植毛部分が僅かに固くなっていたが、刷毛でこすることにより、粘剤が取れてレーヨン特有のソフトな風合いが得られた。また、繊維A〜Dの染色静電植毛シートは、ナフトール可染レーヨンを使用した植毛シート(本発明の実施例に相当)ついては摩擦堅牢度が非常に良くなっていることが確認された。繊維Eを使用した植毛シートは、反応染料による染色の間に、湿潤状態で相当な熱を加えたために、洗浄処理にて、植毛の脱落が多く認められた。
【0056】
試験2
[未発色の静電植毛シートの製造(基材:紙)]
基材として、A4版の印画紙を準備した。上記フロックを電界(4万V)に投入し、基材の接着剤(ポリアクリル酸エステル)塗布面に付着させた。フロックが付着した被処理物を、110℃の乾燥機内にて、5分放置することによりフロックを接着させ、未発色の静電植毛シートを得た。
【0057】
[ナフトール染色静電植毛シート(捺染)の染色]
試験1で採用した方法と同じ方法で、捺染を実施し、ナフトール染色静電植毛シートを得た。
【0058】
[繊維Eを植毛した静電植毛シートの捺染:比較例]
1.捺染
試験1と同様に、繊維Eを植毛したシートを、試験1で採用した方法と同じ方法で、反応染料による捺染に付し、染色静電植毛シートを得ようとしたところ、基材である紙が洗浄時、高温水により破壊されたために、反応染料で着色捺染植毛転写シートを作製することは困難であった。
【0059】
2.インクジェット式顔料捺染による染色
試験1と同様に、繊維Eを植毛したシートを、試験1で採用した方法と同じ方法で、インクジェット式顔料捺染装置で染色した。基材が紙であるシートの捺染中、インクジェットのノズル詰まりは、試験1よりも早い時期に生じた。
【0060】
[転写布の製造]
別に被転写布(綿100%のTシャツ)を用意し、好みの形状の植毛部分が得られるように、被転写布の上にホットメルト樹脂(剤名:UT−58、メーカー:ユニ化成(株)製)を配置した。所望の配色の部分が所望の形で得られるように、被転写布をナフトール染色静電植毛シートに重ね、熱転写機(機種名:FA−4500)で180℃×30秒間、加熱、加圧して、植毛部分を被転写布へ転写して、転写布を得た。得られた転写布の物性を下記表2に示す。
【0061】
【表2】

【0062】
得られた転写布はいずれも、紙にフロックを接着させるための接着剤(アクリル酸エステル)の影響で植毛部が若干固くなっているが、刷毛でこすると除去できた。繊維A〜Dを使用して作製した植毛シートは、植毛シートの段階にて繊維の末端(根元)まで染色されており、これを転写した後の転写物の表面もきれいに発色していることが確認された。繊維Eを使用してインクジェット方式で捺染したものは、転写布の表面が白く、模様がぼやけて見えるものであった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の静電植毛シートは、ナフトール染料で後染めにより、繊維の末端まで良好に染色されるから、衣料用途、転写シート、アルバム等表装布、壁紙、および箱袋物等として、特に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、基材に植毛してなるナフトール染色用植毛シート。
【請求項2】
ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、基材に植毛してなるナフトール染色用植毛シートを、ナフトール染料の顕色剤処理で発色させることにより、後染めした、ナフトール染色植毛シート。
【請求項3】
JIS L 0849に準じて測定される、湿潤状態の摩擦堅牢度が3級以上である、請求項2に記載のナフトール染色植毛シート。
【請求項4】
ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、静電処理により基布に植毛することを含む、ナフトール染色用植毛シートの製造方法。
【請求項5】
ナフトール染料の下漬剤を含有した未発色の再生セルロース短繊維を、基材に植毛すること、および
植毛シートを、ナフトール染料の顕色剤を含む発色剤で再生セルロース繊維を発色させることにより後染め処理すること
を含む、ナフトール染色植毛シートの製造方法。
【請求項6】
前記後染め処理が捺染処理である、請求項5に記載のナフトール染色植毛シートの製造方法。
【請求項7】
前記発色剤の粘度が、500〜10000mPa・sである、請求項5または6に記載のナフトール染色植毛シートの製造方法。

【公開番号】特開2008−255524(P2008−255524A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−99360(P2007−99360)
【出願日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(599108079)株式会社金原パイル工業 (1)
【出願人】(000005359)富士紡ホールディングス株式会社 (180)
【出願人】(000002923)大和紡績株式会社 (173)
【出願人】(591264267)ダイワボウレーヨン株式会社 (13)
【Fターム(参考)】