説明

極低温用厚鋼板およびその製造方法

【課題】歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板を低コストで提供。
【解決手段】質量%で、C:0.01〜0.12%、Si:0.01〜0.3%、Mn:0.4〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Ni:5.0超〜10.0%未満、Al:0.002〜0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、板厚(1/4)t位置での残留γ量が3.0体積%以上であり、かつ2000倍の倍率でEBSP法により観察した15°以上の大角粒界で囲まれる組織単位の円相当粒径の平均値が板厚(1/4)t位置で5.5μm以下であり、さらに10000倍の倍率でEBSP法により観察した1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAMが0.85°以上であることを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、靭性に優れた極低温用厚鋼板、特に歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板およびその製造方法に関する。なお、この場合の極低温用厚鋼板とは、板厚3〜50mmの比較的薄肉のものが対象であり、そして、極低温用とは−60℃以下の極低温での用途、とりわけ−165℃の極低温での用途を意味する。
【背景技術】
【0002】
極低温用厚鋼板は、LPG(Liquefied petroleum gas)やLNG(Liquefied natural gas)などの液化ガスを極低温域で貯蔵するための貯蔵タンク等を主な用途とする。−60℃以下の極低温とは、これらの液化ガスを液体の温度域で貯蔵できる温度を意味し、そして、−165℃の極低温とはLNGを液体の温度域で貯蔵できる温度を意味する。
【0003】
したがって、板厚3〜50mmの比較的薄肉のものが対象となる極低温用厚鋼板には、安全性確保の面から、極低温での優れた破壊靱性が求められる。特に、貯蔵用タンク製作時に材料が受ける冷間塑性加工を行った後でも脆性破壊発生を抑止できる特性が求められる。言い換えれば、母材および溶接継手ともに、−60℃以下、とりわけ−165℃という極低温で、歪時効後の優れた脆性破壊発生抑止特性が求められる。
【0004】
−165℃という極低温環境で優れた脆性破壊発生抑止特性を有する鋼材としては、9%のNiを添加したいわゆる9%Ni鋼が知られており、日本工業規格(JIS)にも規定されている。
【0005】
そして、この9%Ni鋼をベースとして、母材特性のコントロールについては、P、Sをはじめとする不純物の低減、Cの低減、[焼入(Q)−2相域焼入(L)−焼戻(T)]の3工程からなる3段熱処理法など、様々な改善が試みられてきた。また、鋼材コストの抑制のために、Ni含有量を低減した低温用鋼も提案されている。
【0006】
特許文献1には4.0〜7.5%のNiを含有し、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)が370℃以下となる低温用鋼が開示されている。また、特許文献2には、5.5〜10%のNiを含有する鋼及びその連続鋳造法が示されている。特許文献3には低温靭性の優れた低降伏比ニッケル鋼板の製造方法が示されている。また、特許文献4には1.5〜9.5%のNiと0.02〜0.08%のMoを含有する鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6-136483号公報
【特許文献2】特開平7-90504号公報
【特許文献3】特開昭60-59023号公報
【特許文献4】特開2002-129280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
LPGやLNGなどを貯蔵する貯蔵タンクは円筒型形状であるから、貯蔵タンクを製作する際に素材としての厚鋼板を冷間で塑性加工し、厚鋼板端部を互いに溶接することにより形状を確保するのが通常である。このような冷間での塑性加工を施された後の厚鋼板は、塑性歪を受けることで性能が極端に低下する場合もあるにもかかわらず、一般に鋼板は歪を受ける前の特性のみを評価するだけであり、歪時効後の脆性破壊発生抑止特性が適正に評価されているとは言い難い。しかしながら、上記特許文献1〜4には歪時効後の脆性破壊発生抑止特性についての言及はなされていない。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑み、歪時効後の脆性破壊発生抑止特性について金属組織の観点からの検討を試み、さらに塑性歪を受けても耐破壊性能を高位に維持するキーテクノロジーを明らかにすることによって、極低温用厚鋼板の合金設計に当たって、目標とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に対応する金属組織上のパラメータを明確化し、もって、冷間での塑性加工が施された後であっても、歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板を低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、極低温用厚鋼板の合金設計として、特に極低温靭性に有効なNi量を5〜10%と規定した上で、種々の合金成分と金属組織について広範な試作試験を実施し、極低温用厚鋼板としての歪時効後の脆性破壊発生抑止特性を検討した。その結果、次の(a)〜(d)に示す知見を得た。
【0011】
(a) 極低温タンク用材料として第一に必要な特性は脆性破壊発生抑止特性である。さらにタンクの製作工程を考慮すると、歪を受けた後でもこの特性を向上させるためには、極低温靭性に有効なNi量を5〜10%含有する合金成分範囲のもとで、残留γ(オーステナイト)の確保と有効結晶粒径の微細化、そして粒内の組織制御が必要である。オーステナイト組織は原理的に脆性破壊が発生しない組織であるため、この組織が分散していることにより材料の脆性破壊発生抑止特性は飛躍的に高くなる。ここで、残留γは、X線回折法により評価することができる。
【0012】
(b) 次に、有効結晶粒径は、本発明において対象にしている高Ni系の成分の場合には定義が難しい。一般には、マルテンサイト組織のように高い焼入れ性を有する鋼においては、組織の単位として旧γ粒径などを用いる場合が多い。
【0013】
しかしながら、旧γ粒の内部にはパケットやブロックと呼ばれる細分化された領域が存在し、必ずしも旧γ粒が組織の大きさを代表するパラメータとは言えない。そこで、本発明者らはEBSP(Electron Backscatter Diffraction Pattern:電子線後方散乱パターン)法を用いることによって、結晶粒径の定義をすることを鋭意検討した。
【0014】
有効結晶粒径の測定をしようとしても、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡で認められる粒界を基準として定量化した場合には、隣接する結晶粒の方位差が小さい場合などに破面単位との対応が悪く組織サイズを代表する数値となり得ない。したがって、本発明では、「有効結晶粒径」として、EBSPにより評価した場合の方位差15°以上の組織境界で囲まれる部分の結晶粒径を採用した。すなわち、EBSP法を用いて、倍率2000倍で5視野以上の観察を行い、15°以上の方位差を有する組織境界を粒界とみなし、ひとつの結晶内部の面積を求め、その面積を円相当粒径に換算したものを「有効結晶粒径」として評価した。
【0015】
また、粒内の組織に適度な欠陥が導入されていると、極めて整った組織に比べて、脆性疲労き裂は発生しにくくなる。このことは、EBSP法を用いて定量化可能であり、発明者らによる検討の結果、1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAM(Grain Average Misorientation)として定義することができることを知見した。ここで、結晶粒とは、15°以上の大角粒界で囲まれた領域のことを指し、1の結晶粒の内部を解析するためには、観察倍率を10000倍に設定すればよいことも併せて知見した。
【0016】
(c) その結果、歪時効後の脆性破壊発生抑止特性を確保するために必要な組織的要件は、前述の定義による有効結晶粒径が厚鋼板の表面から1/4の板厚部分、すなわち板厚(1/4)t位置で、平均5.5μm以下であることと、厚鋼板の表面から1/4の板厚部分、すなわち板厚(1/4)t位置での残留γが3.0体積%以上存在することと、1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAM(Grain Average Misorientation)を0.85゜以上とすることであることを見出した。
【0017】
(d) 次に、このような歪時効後の脆性破壊発生抑止特性を確保するために必要な組織的要件を備えてなる鋼の製造方法としては、格別に限定されるものではないが、加熱条件をコントロールすることが望ましい。すなわち、鋼塊を低温で加熱することが望ましく、また加熱時間も短い方が望ましい。これは、温度が低温である場合には、鋼塊の金属組織の粗大化を招くことなく長時間の加熱を許容することができるからである。
【0018】
発明者らはこの加熱温度Tr(℃)と加熱時間t(hr)の望ましい範囲を規定するために、種々実験を行った結果、次の(1)式および(2)式を導くことができた。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、そしてAcはフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【0019】
これらの(1)式および(2)式に従えば、加熱温度を低く、または加熱炉の占有時間を短くするような制御が可能であるので、製造コストの低下を見込むことができる。なお、加熱温度の低下、あるいは加熱時間の短時間化は、温室効果ガス排出抑制の観点からも重要である。この(1)式および(2)式を満足することに加えて、加熱炉での鋼塊の加熱温度は1000℃以下で行うことがより好ましい。
【0020】
本発明は、上記の知見を基礎としてなされたものであり、下記の(1)〜(7)に示したものをその要旨とする。
【0021】
(1) 質量%で、C:0.01〜0.12%、Si:0.01〜0.3%、Mn:0.4〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Ni:5.0超〜10.0%未満、Al:0.002〜0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、板厚(1/4)t位置での残留γ量が3.0体積%以上であり、かつ2000倍の倍率でEBSP法により観察した15°以上の大角粒界で囲まれる組織単位の円相当粒径の平均値が板厚(1/4)t位置で5.5μm以下であり、さらに10000倍の倍率でEBSP法により観察した1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAMが0.85°以上であることを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【0022】
(2) Feの一部に代えて、質量%で、Cu:2.0%以下、Cr:1.5%以下、Mo:0.5%以下、V:0.1%以下およびB:0.005%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)の歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【0023】
(3) Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.1%以下およびTi:0.1%以下のうちの1種又は2種を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)の歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【0024】
(4) Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.004%以下、Mg:0.002%以下およびREM:0.002%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかの歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【0025】
(5) 上記(1)〜(4)のいずれかに示される化学組成を有する鋼塊を、下記の(1)式及び(2)式を満足するように加熱したのち、熱間圧延し、そして冷却することを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板の製造方法。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・(2)式
Trmax≦Tr+50 ・・・・・・・・・・(3)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、Trmaxは鋼塊がTrで安定するまでに到達する最高温度を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【0026】
(6) 上記(1)〜(4)のいずれかに示される化学組成を有する鋼塊を、下記の(1)式及び(2)式を満足するように加熱したのち、熱間圧延し、[Ac点+80℃]以下の温度で焼戻し、そして、冷却することを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板の製造方法。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)式
Trmax≦Tr+50 ・・・・・・・・・・(3)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、Trmaxは鋼塊がTrで安定するまでに到達する最高温度を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【0027】
(7) 上記(1)〜(4)のいずれかに示される化学組成を有する鋼塊を、下記の(1)式及び(2)式を満足するように加熱したのち、熱間圧延し、その後、Ac点〜900℃の温度に再加熱したのち、焼入れし、さらに[Ac点+80℃]以下の温度で焼戻すことを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板の製造方法。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)式
Trmax≦Tr+50 ・・・・・・・・・・(3)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、Trmaxは鋼塊がTrで安定するまでに到達する最高温度を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【発明の効果】
【0028】
冷間での塑性加工が施された後であっても、歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板を低コストで提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】1個の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAMの算出方法を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、本発明にかかる極低温用厚鋼板とその製造方法に関して、その要件毎に詳細に説明する。なお、含有量に関する「%」は、特に断らない限り、「質量%」を意味する。
【0031】
A.化学組成に関して
C:0.01〜0.12%
Cは、母材の強度確保のために必要な元素である。その含有量が0.01%未満では必要な強度が確保できないだけでなく、FL(Fusion Line)でのラス形成が不十分になってFL近傍のHAZ(Heat Affected Zone)の靭性も低下するので、Cを0.01%以上含有させる必要がある。一方、その含有量が0.12%を超えると、HAZ、なかでもFL近傍のHAZの靭性劣化が著しくなる。したがって、Cの含有量は0.01〜0.12%とする。なお、Cの含有量の好ましい範囲は0.03〜0.09%である。
【0032】
Si:0.01〜0.3%
Siは、脱酸剤として必要な元素である。この効果を得るにはSiを0.01%以上含有させる必要がある。一方、本発明鋼の場合、Siは焼入れままマルテンサイトの焼戻し過程と大いに関連があり、Siの含有量が0.3%を超えると、溶接冷却過程において過飽和に固溶しているマルテンサイト中からのセメンタイトへの分解析出反応を抑制して自己焼戻し(Self-tempering)を遅延させることによって、あるいは島状マルテンサイトを増加させることによって、溶接部の靭性を低下させる。よって、Si含有量は0.01〜0.3%とする。なお、溶接部の靭性向上の観点からは、Si含有量はできるだけ少ない方がよく、好ましい範囲は0.02〜0.15%、より好ましい範囲は0.03〜0.10%である。
【0033】
Mn:0.4〜2.0%
Mnは、脱酸剤として、また、母材の強度と靭性確保およびHAZの焼入性確保のために必要な元素である。Mnの含有量が0.4%未満ではこれらの効果が得られないだけでなく、HAZにフェライトサイドプレートが生成してラス形成が不十分になり、溶接部の靭性が低下するので、Mnの含有量は0.4%以上とする。一方、Mnの含有量が2.0%を超えると、中心偏析による板厚方向での母材特性の不均一をもたらす。よって、Mnの含有量は0.4〜2.0%とする。なお、好ましい範囲は0.5〜1.5%、より好ましい範囲は0.6〜1.1%である。
【0034】
P:0.05%以下
Pは、不純物として鋼中に存在し、粒界に偏析して靭性を低下させる原因となる。Pの含有量が0.05%を超えると、溶接時に高温割れを招くため、Pの含有量を0.05%以下とする。なお、Pの含有量はできるだけ小さくするのがよく、Pの好ましい含有量は0.03%以下である。
【0035】
S:0.008%以下
Sは、不純物として鋼中に存在し、多すぎると中心偏析を助長したり、脆性破壊の原因となる延伸形状のMnSが多量に生成したりする原因となる。Sの含有量が0.008%以下を超えると、母材およびHAZの機械的性質が劣化する。Sの含有量はできるだけ小さくするのがよいため、下限は特に規定しない。なお、Sの好ましい含有量は0.003%以下である。
【0036】
Ni:5.0%を超え10.0%未満
Niは極低温用鋼として靭性を確保するために必要な最も基本的な元素である。極低温用鋼として靭性を確保するためには5.0%を超えるNiの含有量が必要である。Niの含有量が多ければ多いほど高い極低温靭性が得られるが、その分コストアップの要因となるので、Niの含有量の上限は10.0%未満とする。したがって、Niの含有量のターゲットは5.0%を超え10.0%未満とする。なお、極低温靭性およびコスト抑制の観点から、Ni含有量の好ましい範囲は5.5%を超え9.0%未満であり、より好ましい範囲は6.0%を超え8.0%未満である。
【0037】
Al:0.002〜0.05%
Alは、一般的には脱酸剤として含有させる元素であるが、本発明鋼の場合には、Siと同様に、マルテンサイトの自己焼戻し(Self-tempering)を遅延させる働きを有するため、Alの含有量はできるだけ少ない方が望ましい。しかしながら、Alの含有量が0.002%未満では十分な脱酸効果が得られない。一方、Alの含有量が0.05%を超えて過剰になると、前述したSiと同様に、溶接冷却過程において過飽和にCを固溶したマルテンサイトからのセメンタイトへの分解析出反応を抑制し、溶接部の靭性を低下させる。したがって、Alの含有量は0.002〜0.05%とする。なお、Alの含有量の好ましい範囲は0.005〜0.040%である。
【0038】
N:0.005%以下
Nは、不純物として鋼中に存在し、固溶Nの増加や析出物の生成を通してHAZ靭性の悪化の原因となるので、HAZ靭性の確保のためにはNの含有量は低い方がよい。Nの含有量が0.005%を超えるとHAZ靭性の悪化が顕著になるため、Nの含有量を0.005%以下とする。なお、Nの好ましい含有量は0.004%以下である。
【0039】
本発明に係る極低温用厚鋼板は、上記の成分のほか、残部がFeと不純物からなるものである。ここで、不純物とは、極低温用厚鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0040】
本発明に係る極低温用厚鋼板は、上記の成分の外に、Cu、Cr、Mo、V、B、Nb、Ti、Ca、MgおよびREMうちの1種または2種以上をさらに含有してもよい。
【0041】
Cu:2.0%以下
Cuは、必要に応じて含有させることができる。Cuを含有させると、母材の強度を向上させることができる。しかしながら、この含有量が2.0%を超えると、Ac点以下の温度に加熱されたHAZの靭性を劣化させるので、Cuの含有量を2.0%以下とする。なお、Cuによる母材の強度向上効果を安定的に発現させるためには、Cuを0.1%以上含有させることが好ましい。より好ましいCuの含有量の範囲は、0.2〜1.3%である。
【0042】
Cr:1.5%以下
Crは、必要に応じて含有させることができる。Crを含有させると、耐炭酸ガス腐食性と焼入性を向上させることができる。しかしながら、この含有量が1.5%を超えると、HAZの硬化の抑制が難しくなるだけでなく、耐炭酸ガス腐食性向上効果が飽和するので、Crの含有量を1.5%以下とする。なお、Crによる耐炭酸ガス腐食性と焼入性の向上効果を安定的に発現させるためには、Crを0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましいCrの含有量の範囲は、0.1〜1.0%である。
【0043】
Mo:0.5%以下
Moは、必要に応じて含有させることができる。Moを含有させると、母材の強度と靱性を向上させる効果がある。しかしながら、この含有量が0.5%を超えると、HAZの硬度が高まり、靱性と耐SSC性を損なうので、Moの含有量を0.5%以下とする。なお、Moによる母材の強度と靱性を向上させる効果を安定的に発現させるためには、Moを0.02%以上含有させることが好ましい。より好ましいMoの含有量の範囲は、0.05〜0.3%である。
【0044】
V:0.1%以下
Vは、必要に応じて含有させることができる。Vを含有させると、主に焼戻し時の炭窒化物析出により母材の強度を向上させる効果がある。しかしながら、この含有量が0.1%を超えると、母材強度の性能向上効果が飽和し、靱性劣化を招くので、Vの含有量を0.1%以下とする。なお、Vによる母材の強度を向上させる効果を安定的に発現させるためには、Vを0.015%以上含有させることが好ましい。より好ましいVの含有量の範囲は、0.02〜0.08%である。
【0045】
B:0.005%以下
Bは、必要に応じて含有させることができる。Bを含有させると母材の強度を向上させる効果がある。しかしながら、この含有量が0.005%を超えると、粗大な硼化合物の析出を招いて靭性を劣化させるので、Bの含有量を0.005%以下とする。なお、Bによる母材の強度を向上させる効果を安定的に発現させるためには、Bを0.0003%以上含有させることが好ましい。より好ましいBの含有量の範囲は、0.001〜0.004%である。
【0046】
Nb:0.1%以下
Nbは、必要に応じて含有させることができる。Nbを含有させると、組織を微細化して極低温靭性を向上させる効果がある。しかしながら、この含有量が0.1%を超えると、粗大な炭化物や窒化物を形成し、靭性を低下させるので、Nbの含有量を0.1%以下とする。なお、Nbによる極低温靭性を向上させる効果を安定的に発現させるためには、Nbを0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましいNbの含有量の範囲は、0.02〜0.08%である。
【0047】
Ti:0.1%以下
Tiは、必要に応じて含有させることができる。Tiを含有させると、主に脱酸元素として利用するが、Al,Ti,Mnからなる酸化物相を形成させ組織を微細化する効果がある。しかしながら、この含有量が0.1%を超えると、形成される酸化物がTi酸化物、あるいはTi−Al酸化物となって分散密度が低下し、特に小入熱溶接部熱影響部における組織を微細化する能力が失われるので、Tiの含有量を0.1%以下とする。なお、Tiによる組織を微細化する効果を安定的に発現させるためには、Tiを0.02%以上含有させることが好ましい。より好ましいTiの含有量の範囲は、0.03〜0.07%である。
【0048】
Ca:0.004%以下
Caは、必要に応じて含有させることができる。Caを含有させると、鋼中のSと反応して溶鋼中で酸硫化物(オキシサルファイド)を形成する。この酸硫化物はMnSなどと異なって、圧延加工で圧延方向に伸びることがないため、圧延後も球状であり、延伸した介在物の先端などを割れの起点とする溶接割れや水素誘起割れを抑制する効果がある。しかしながら、この含有量が0.004%を超えると、靱性の劣化を招くことがあるので、Caの含有量を0.004%以下とする。なお、Caによる溶接割れや水素誘起割れを抑制する効果を安定的に発現させるためには、Caを0.0003%以上含有させることが好ましい。より好ましいCaの含有量の範囲は、0.0005〜0.003%である。
【0049】
Mg:0.002%以下
Mgは、必要に応じて含有させることができる。Mgを含有させると、微細なMg含有酸化物を生成するので、γ粒径の微細化に効果がある。しかしながら、この含有量が0.002%を超えると、酸化物が多くなりすぎて延性低下をもたらすことがあるので、Mgの含有量を0.002%以下とする。なお、Mgによるγ粒径の微細化効果を安定的に発現させるためには、Mgを0.0002%以上含有させることが好ましい。より好ましいMgの含有量の範囲は、0.0003〜0.0010%である。
【0050】
REM:0.002%以下
REM(希土類元素)は、必要に応じて含有させることができる。REMを含有させると、溶接熱影響部の組織を微細化し、またSを固定する効果がある。ところで、REMを過剰に含有させると、介在物を形成するので清浄度を低下させるが、REMの添加によって形成される介在物は、比較的靱性劣化への影響が小さいため、REMの含有量が0.002%以下であれば含有させても母材の靱性の低下は許容できるので、REMの含有量を0.002%以下とする。なお、REMによる溶接熱影響部の組織の微細化効果とSの固定効果を安定的に発現させるためには、REMを0.0002%以上含有させることが好ましい。より好ましいREMの含有量の範囲は、0.0003〜0.001%である。
【0051】
ここで、REMとは、ランタノイドの15元素にYおよびScを合わせた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種または2種以上を含有させることができる。なお、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。
【0052】
B.金属組織に関して
B−1.板厚(1/4)t位置の残留γ量が3.0体積%以上であること
厚鋼板中の残留γは厚鋼板の脆性破壊発生抑止特性の向上に寄与する。この効果を得るには鋼中の残留γ量が3.0体積%以上存在することが必要である。残留γ量の上限は特に規定するものではないが、残留γが多く存在しすぎると降伏応力が低下するおそれがあるので、残留γ量は15.0体積%以下とするのが好ましい。より好ましくは10.0体積%以下である。ここで、板厚(1/4)t位置で残留γ量を評価するのは、板厚全域の平均的な位置での評価をするためである。
【0053】
なお、本発明に係る厚鋼板はNi含有量が高いため、焼きが入りやすいので、残留γのほかにはマルテンサイト組織を主体とするものとなる。残留γとマルテンサイト組織のほかに、ベイナイト組織などの金属組織が25体積%以下存在しても、厚鋼板の脆性き裂伝ぱ停止特性に影響を及ぼすことはない。
【0054】
B−2.2000倍の倍率でEBSP法により観察した15°以上の大角粒界で囲まれる組織単位の円相当粒径の平均値が板厚(1/4)t位置で5.5μm以下であること
円相当粒径の平均値は脆性破壊発生抑止特性を左右する。2000倍の倍率でEBSP法により観察した15°以上の大角粒界で囲まれる組織単位の円相当粒径の平均値が、板厚(1/4)t位置で5.5μm以下の場合、脆性破壊発生抑止特性が向上する。なお、この粒径は小さいほど脆性破壊発生抑止特性はよくなるため、粒径の下限は規定しない。ここで、板厚(1/4)t位置でこの粒径を評価するのは、板厚全域の平均的な位置での評価をするためである。
【0055】
B−3.10000倍の倍率でEBSP法により観察した1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAMが0.85°以上であること
結晶粒内の組織に欠陥がないほど、脆性破壊が起こりやすくなる。言い換えれば、結晶粒内の組織に欠陥を生じさせれば脆性破壊が起こりにくくなる。
【0056】
本発明では、結晶粒内の組織における欠陥の指標としてGAMを使用した。GAMは1の結晶粒内におけるミスオリエンテーションの平均値である。
【0057】
図1に、GAMを説明するために結晶粒を模式的に示したものを示す。ここで、実線で示された領域の外周は15°以上の大角粒界であり、当該外周に囲まれる領域を1の結晶粒とする。この結晶粒内にはさらに方位差15°未満の亜結晶粒界が存在する(図1ではm=18の亜結晶粒界が存在)。この亜結晶粒界が結晶粒の内部にある各実線に相当する。そして各亜結晶粒界に対し、隣接する亜結晶粒の方位差(α)を計測する。これを平均したものがGAMである。GAMを測定する際は、10000倍の倍率でEBSP法により観察して測定する。解像度は20000〜50000ピクセル程度とするのが妥当である。
【0058】
結晶粒内に乱れがあると、脆性破壊発生抑止特性は向上する。この効果を得るには、GAMを0.85°以上とすることが必要である。GAMの上限は規定しないが、通常GAMは大きくても5°である。
【0059】
C.製造方法に関して
本発明に係る厚鋼板は、以下に示すような製造方法で製造することができる。ただし、以下の製造方法に限定されるものではない。
【0060】
本発明に係る厚鋼板は、前述の化学組成を有する鋼塊に対し、加熱、熱間圧延、冷却の工程を順次行うことで製造できる。必要に応じて、焼戻し、再加熱、焼入れの工程を行ってもよい。
【0061】
なお、鋼塊の製造については、格別にその鋳造条件を規定するものではない。造塊−分塊スラブや連続鋳造スラブを鋼塊として用いてもよいし、連続鋳造スラブを用いてもよい。製造効率、歩留りおよび省エネルギーの観点からは、連続鋳造スラブを用いることが好ましい。
【0062】
加熱工程は、鋼塊の加熱温度Tr(℃)と加熱時間t(hr)が、次の式(1)および式(2)を満足するように鋼塊を加熱するのが好ましい。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・(2)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【0063】
具体的には、鋼塊の加熱温度Tr(℃)は加熱炉における均熱帯の温度を用いればよく、そして、加熱時間t(hr)は鋼塊が均熱帯に在炉している時間を用いればよい。なお、Ac点は次の(4)式に基づいて計算した値を用いればよい。
Ac点=897.3−271.1×C+43.7×Si−17×Mn+117.8×P+15.95×S−40.8×Cu−22.3×Ni−6.5×Cr+6.5×Mo+65.8×V+145.2×Nb+56.9×Al+88.5×Ti−17968.4×B+121.8×N・・・(4)式
ここで、式中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
【0064】
加熱工程は厚鋼板の組織を大きく左右する。前述のように加熱温度が高温ほど組織の粗大化が進むので、高い加熱温度は好ましくない。通常、加熱工程では、加熱炉に装入後徐々に鋼塊温度が上昇し、均熱帯の温度を超えた後、鋼塊温度が均熱帯の温度に定常化する、いわゆるオーバーシュートが起こりうる。オーバーシュートの発生で鋼塊温度が均熱帯の温度より50℃超となると、鋼塊の組織の粗大化が進み意図する組織が得られなくなる場合がある。このため、オーバーシュートする温度を50℃以下に制御する必要がある。すなわち、加熱工程では、鋼塊がTr(℃)で安定する前の鋼塊の最高到達温度を[Tr+50](℃)以下に抑制する必要がある。
【0065】
加熱温度は、組織をオーストナイト変態させるためAc点以上とする必要がある。なお、加熱温度を850℃以上にすることが好ましい。850℃以上の鋼塊は変形抵抗が小さく、次工程である熱間圧延工程で使用するロールへの負荷はそれほど大きくならないからである。一方、加熱温度は1000℃以下にすることが好ましい。1000℃以下での加熱であれば、十分な加熱時間を確保することができ、より均熱化した鋼塊を得ることができるからである。
【0066】
このように、加熱工程は鋼の組織を最も左右する工程であるため、厳密な制御が必要である。一方、加熱温度を1000℃以下に抑えることは、技術的な面だけでなく、温室効果ガスの排出抑制など環境面においても望ましい。
【0067】
熱間圧延工程では、加熱した鋼塊の圧延を行う。具体的には、粗圧延と仕上圧延に分けて圧延すればよい。
【0068】
加熱した鋼塊に対する粗圧延においては、粗圧延終了時の鋼塊厚さが成品厚さ(厚鋼板厚さ)の3〜8倍になるまで圧下するのが好ましい。粗圧延終了後の鋼塊厚さを成品厚さの3倍以上となるように圧下すると、つづく仕上圧延において十分な圧下をすることができるので、成品厚鋼板の靱性を向上させることができる。一方、粗圧延終了後の鋼塊厚さを成品厚さの8倍以下となるように圧下すると、つづく仕上圧延での仕上圧延温度(仕上圧延が終了する温度)を650℃以上に制御しやすくなる。
【0069】
仕上圧延では、このようにして粗圧延が行われた鋼塊に対し、冷却することなく引き続き、圧下を行って所定の板厚の成品とする。この仕上圧延では、仕上圧延温度が650℃以上となるようにして圧延を行うのが好ましい。仕上圧延温度が650℃以上であれば、変形抵抗が小さく圧延し易いからである。なお、圧延中の温度は被圧延材である鋼塊または厚鋼板の表面温度を測定すればよい。
【0070】
そして、冷却工程では仕上圧延をした厚鋼板を冷却することになる。厚鋼板は圧延工程を通してある程度自然冷却されているので、厚鋼板の組織が粗大化することはない。冷却は製造ラインからはずし(オフライン化し)、そのまま放冷すれば十分である。また、製造ライン上で加速冷却しても良い。続いて焼入れおよび/または焼戻しを行う場合には、必ずしも厚鋼板を室温まで冷却する必要はない。
【0071】
焼入れは、Ac点〜900℃の温度に加熱して行うのが好ましい。また、焼入れ前の再加熱では組織の粗大化を防止するため、加熱温度はAc点〜900℃とするのが好ましい。Ac点以上とすることによって残留γの増加を見込むことができ、また、900℃以下とすることによって、組織の粗大化を防止できるので、脆性き裂伝ぱ停止特性の向上を見込むことができる。なお、焼入処理の方法はスプレー法など手段は問わない。このとき冷却速度は5℃/s以上、冷却停止温度は200℃以下とすることが好ましい。
【0072】
焼戻しは、[Ac点+80℃]以下の温度で行うのが好ましい。焼戻しは焼入れによって生じたマルテンサイト中の歪みを除去することを主として行うが、格別焼入れ処理をしていない厚鋼板に行っても十分な歪み除去効果がある。焼戻しは[Ac点+80℃]以下の温度で行うのが好ましいが、これは焼入れままのマルテンサイト組織を高靭性化することと残留γ量を増加させることができるためである。なお、効果的に歪み除去効果を得るためには、500℃以上とすることが好ましい。
【実施例1】
【0073】
表1に示す化学組成を有する42種類の鋼種からなる厚さ300mmの鋼塊を準備し、表2に示す条件にて、加熱、圧延、加速冷却などをおこなって仕上げ、その後鋼種によっては焼入れおよび焼戻しを実施した。板厚は6〜50mmの厚鋼板である。得られた各厚鋼板からは、JISZ2201に規定される10号引張試験片あるいは5号引張試験片あるいは(1/4)t部より4号試験片を採取した。方向は圧延直角方向である。また、JISZ2202に規定されるVノッチ試験片を圧延方向より採取した。板厚が10mm以下のものについては、サブサイズ試験を用いた。
【0074】
【表1】

【0075】
【表2】

【0076】
常温での引張試験と−196℃におけるシャルピー衝撃試験を行い、引張強さTS(MPa)、降伏強さYS(MPa)および吸収エネルギーvE-196(J/mm2)(3本の平均値)を調べた。吸収エネルギーについてはサブサイズ試験片とフルサイズ試験片の比較を容易にするため、単位面積あたりの吸収エネルギーに換算した。さらに、歪時効後の特性を評価するため、広幅引張試験片にて3%予歪を加えた後250℃×1hrの時効処理を行い、Vノッチシャルピー試験を実施した。試験片は厚鋼板の表面から1/4の板厚部分、すなわち、板厚(1/4)位置から採取した。板厚10mm以下の材料については、Vノッチと同様のサブサイズ試験片に加工した。吸収エネルギーはVノッチ試験片と同様に単位面積あたりの数値に換算したものである。
【0077】
次に、脆性破壊発生抑止特性を調べるため、BS7448 part1に準拠したCTOD試験片をL方向より採取した。板厚は全厚試験片であり、B×2B試験片を用い、試験方法などもBS規格に準拠した。このCTOD試験についても歪時効処理前後で特性を評価した。
【0078】
強度および脆性き裂発生抑止特性の良否の判断基準は以下の通りである。
YS:590MPa以上、TS:690MPa以上、単位面積あたりのVノッチシャルピー吸収エネルギーvE-196(J/mm2):1.25J/mm2以上、限界CTOD値δ(mm):0.1mm以上のものを「特性良好」であると評価した。
【0079】
さらに、「有効結晶粒径」は、走査型電子顕微鏡(SEM)内に載置した供試片に電子線を照射し、スクリーン上に投影されたEBSPをコンピュータで画像解析して、方位差15°以上の組織境界で囲まれる部分を結晶粒界として測定した。すなわち、EBSP(Electron Backscatter Diffraction Pattern:電子線後方散乱パターン)法を用いて、倍率2000倍で5視野以上の観察を行い、15°以上の方位差を有する組織境界を粒界とみなし、ひとつの結晶内部の面積を求め、その面積を円相当粒径に換算したものを有効結晶粒径として、板厚(1/4)t位置で評価した。なお、方向は圧延直角方向である。
【0080】
残留γ量(体積%)は、鋼板の板厚(1/4)t位置で残留γ測定用試験片を採取しX線回折法により測定した。より詳細には、製造した全ての試験片は主としてマルテンサイト組織で構成されていたため、面心立方構造を有する残留γと体心立方構造を有するマルテンサイトの格子構造の違いを利用して、X線ピークの積分強度比から残留γ量を測定した。
【0081】
1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAMについては、方位差15°以上の組織境界で囲まれる領域内部の組織を×10000倍の倍率でEBSD法により観察した。解像度は30000ピクセルとして測定した。
【0082】
以上の調査結果を、表1〜3にまとめて示した。表3に示す特性評価結果からわかるように、化学組成が本発明で規定する範囲内である鋼種、すなわち鋼No.1〜35の鋼からなる厚鋼板(鋼材)は、適切な製造方法を用いることにより、有効結晶粒径を5.5μm以下、残留γ量を3体積%以下、GAMを0.85°以上に調整することが可能であり、強度、脆性き裂発生特性(Vノッチシャルピー吸収エネルギー、限界CTOD値)が目標範囲を満足している。
【0083】
【表3】

【0084】
なお、Test No.1−bの厚鋼板は化学組成が本発明で規定する範囲内にあるが、大角粒界で囲まれる組織の円相当粒径が大きく、GAMも小さくなったことから、脆性き裂発生特性(Vノッチシャルピー吸収エネルギー、限界CTOD値)が目標範囲を満足しない。また、Test No.1−dおよびTest No.1−fの厚鋼板も化学組成が本発明で規定する範囲内にあるが、大角粒界で囲まれる組織の円相当粒径が大きくなったことから、強度および脆性き裂発生特性(Vノッチシャルピー吸収エネルギー、限界CTOD値)が目標範囲を満足しない。
【0085】
これに対して、化学組成が本発明で規定する範囲外である鋼種、すなわち鋼No.36〜42の鋼からなる厚鋼板(鋼材)については、強度および脆性き裂発生特性(Vノッチシャルピー吸収エネルギー、限界CTOD値)のうちのいずれかが目標に達しない。
【0086】
すなわち、Test No.36の厚鋼板はC含有量が高いため、強度特性は問題ないものの、破壊特性が劣る。Test No.37の厚鋼板およびTest No.38の厚鋼板は、それぞれSi含有量、Mn含有量が高く、円相当粒径が大きく、残留γ量が小さく、さらにGAMも小さいため、強度特性は問題ないものの、破壊特性が劣る。また、Test No.39の厚鋼板はNi含有量が高すぎるため、降伏応力が目標に到達しない。Test No.40の厚鋼板はB含有量が高く、残留γ量が小さく、さらにGAMも小さいため強度特性は問題ないものの、破壊特性が劣る。Test No.41の厚鋼板はAl含有量が高く、残留γ量が小さいため強度特性は問題ないものの、破壊特性が劣る。Test No.42の厚鋼板はN含有量が高いため、強度特性は問題ないものの、破壊特性が劣る。
【産業上の利用可能性】
【0087】
冷間での塑性加工が施された後であっても、歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板を低コストで提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.12%、Si:0.01〜0.3%、Mn:0.4〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Ni:5.0超〜10.0%未満、Al:0.002〜0.05%、N:0.005%以下を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、板厚(1/4)t位置での残留γ量が3.0体積%以上であり、かつ2000倍の倍率でEBSP法により観察した15°以上の大角粒界で囲まれる組織単位の円相当粒径の平均値が板厚(1/4)t位置で5.5μm以下であり、さらに10000倍の倍率でEBSP法により観察した1の結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値GAMが0.85°以上であることを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、Cu:2.0%以下、Cr:1.5%以下、Mo:0.5%以下、V:0.1%以下およびB:0.005%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【請求項3】
Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.1%以下およびTi:0.1%以下のうちの1種又は2種を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【請求項4】
Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.004%以下、Mg:0.002%以下およびREM:0.002%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1から3までのいずれかに記載の歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれかに記載された化学組成を有する鋼塊を、下記の(1)式及び(2)式を満足するように加熱したのち、熱間圧延し、そして冷却することを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板の製造方法。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・(2)式
Trmax≦Tr+50 ・・・・・・・・・・(3)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、Trmaxは鋼塊がTrで安定するまでに到達する最高温度を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【請求項6】
請求項1から4までのいずれかに記載された化学組成を有する鋼塊を、下記の(1)式及び(2)式を満足するように加熱したのち、熱間圧延し、[Ac点+80℃]以下の温度で焼戻し、そして、冷却することを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板の製造方法。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)式
Trmax≦Tr+50 ・・・・・・・・・・(3)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、Trmaxは鋼塊がTrで安定するまでに到達する最高温度を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。
【請求項7】
請求項1から4までのいずれかに記載された化学組成を有する鋼塊を、下記の(1)式及び(2)式を満足するように加熱したのち、熱間圧延し、その後、Ac点〜900℃の温度に再加熱したのち、焼入れし、さらに[Ac点+80℃]以下の温度で焼戻すことを特徴とする歪時効後の脆性破壊発生抑止特性に優れた極低温用厚鋼板の製造方法。
t×exp(Tr/270000000)≦580 ・・・・・・・・・・(1)式
Ac点≦Tr ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)式
Trmax≦Tr+50 ・・・・・・・・・・(3)式
ここで、Trは鋼塊の加熱温度(℃)を、tは鋼塊がTrで安定した後の加熱時間(hr)を、Trmaxは鋼塊がTrで安定するまでに到達する最高温度を、そしてAc点はフェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度を、それぞれ表す。

【図1】
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【公開番号】特開2011−219849(P2011−219849A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−93449(P2010−93449)
【出願日】平成22年4月14日(2010.4.14)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】