説明

構造体の接合構造及びそれに使用されるせん断力伝達用定着部材

【課題】既存のコンクリート造構造体に接する新設のコンクリート造構造体を構築する場合に、両構造体間でのせん断力の伝達効率を高める。
【解決手段】互いに接する旧構造体1と新構造体2間に跨って定着部材3を配置し、新構造体2が旧構造体1に対して相対変位しようとするときのせん断力を定着部材3を通じて旧構造体1に伝達させる接合構造において、
旧構造体1にその表面側から溝部1aを形成し、
定着部材3を旧構造体1と新構造体2との境界面に重なる平板状の本体部31と、本体部31の背面に形成され、溝部1aに嵌入する環状の凸部32から形成し、本体部31の少なくとも厚さ方向の一部を新構造体2中に位置させ、凸部32の少なくとも厚さ方向の一部を旧構造体1中に位置させた状態で、旧構造体1と新構造体2中に埋設する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は例えば既存コンクリート造の構造体とこれに接して構築される新設コンクリート造の構造体を、両構造体間に相対変位(ズレ変形)が生じようとするときに両構造体間でせん断力が伝達されるように接合した構造体の接合構造、及びその接合構造に使用されるせん断力伝達用定着部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
既存コンクリート造構造体の表面に接して新設のコンクリート造構造体を構築する場合、両構造体間で地震時のせん断力の伝達が行われるように新設構造体(新構造体)を既設構造体(旧構造体)に接合する必要がある。例えば新構造体がスラブで、その端面において旧構造体に接合される場合には、新構造体は地震時の水平力に対して旧構造体を補強する目的で旧構造体に一体化されることから、両構造体間で水平方向のせん断力が伝達されるように旧構造体に接合される必要がある。
【0003】
このような場合、通常は旧構造体の表面に、アンカーボルト等のアンカーによって旧構造体に定着されるせん断力伝達部材を新構造体中に突出させた状態で固定することが行われる(特許文献1、2参照)。
【0004】
只、特許文献1、2は新構造体の打ち継ぎが旧構造体の構築時に予定され、旧構造体の構築時にせん断力伝達部材を事前に埋設しておくことができる場合の例であるため、旧構造体の完成時にせん断力伝達部材を旧構造体の表面寄りの部分に埋設しておくことが可能である。一方、旧構造体の表面に新構造体の打ち継ぎが予定されていない場合には、旧構造体の表面寄りにせん断力伝達部材を埋設する必然性がないため、新構造体の構築時には改めてせん断力伝達部材を埋設することが必要になる。
【0005】
従って前記のように完成している旧構造体の表面に新たにせん断力伝達部材を定着させる必要がある場合には特許文献1、2の方法を適用することはできない。結局、既存の構造体に対して新設の構造体を接して接合する場合には、既存の構造体中にアンカーボルトを新たに埋設することによって新構造体を旧構造体に接合する方法に依らざるを得ない(特許文献3参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平7−180352号公報(請求項1、段落0017〜0024、図3〜図5)
【特許文献2】特開平7−180353号公報(段落0010〜0017、図1〜図3)
【特許文献3】特開平7−91060号公報(請求項1、段落0008〜0012、図1〜図4)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、新旧コンクリートの打継ぎ面におけるせん断力の伝達効率はせん断伝達部材のせん断力作用方向への投影面積によって決まるから、作用せん断力の伝達をアンカーボルトに依存する場合には、埋設本数を多くする必要がある。結果としてせん断力伝達部材がスラブの端面に納まりきれなくなるか、コンクリートの充填性が阻害されることが想定される。
【0008】
この発明は上記背景より、主として既存のコンクリート造構造体に接して新設のコンクリート造構造体を構築する場合に、両構造体間でのせん断力の伝達効率のよい接合構造、及びそれに使用されるせん断力伝達用定着部材を提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明の構造体の接合構造は、互いに接する旧構造体と新構造体間に跨って定着部材を配置し、新構造体が旧構造体に対して相対変位しようとするときのせん断力を定着部材を通じて旧構造体に伝達させる構造体の接合構造であり、
旧構造体にその表面側から溝部が形成され、
定着部材が旧構造体と新構造体との境界面に重なる平板状の本体部と、この本体部の背面に形成され、溝部に嵌入する環状の凸部とを有し、本体部の少なくとも厚さ方向の一部が新構造体中に位置し、凸部の少なくとも厚さ方向の一部が旧構造体中に位置した状態で、旧構造体と新構造体中に埋設されていることを構成要件とする。
【0010】
「境界面に重なる」の「重なる」は定着部材が境界面に直接、重なる場合と、隙間をおいて重なる場合を含む。後者の場合、隙間には接着剤等の充填材が充填され、定着部材の旧構造体に対する滑りが防止される。
【0011】
新構造体の旧構造体に対する相対変位は旧構造体の新構造体に対する相対変位でもあり、主に両構造体の境界面に平行なせん断力によって生じようとする相対変位(ズレ変形)を指す。両構造体が対向する方向に分離(離間)する向きの相対変位は、定着部材にアンカーが接続された場合のアンカーに軸方向力を作用させ得るが、旧構造体と新構造体間の境界面では互いに分離しようとする向きの相対変位よりズレ変形を阻止することが課題になるため、本発明では分離しようとする向きの相対変位を想定していない。
【0012】
構造体は主として鉄筋コンクリート造構造物の一部であるが、無筋コンクリートやモルタル等の場合もある。旧構造体は例えば既存のコンクリート造構造物、新構造体は既存のコンクリート造構造物の表面に接触して構築されるコンクリート造構造物を指す。構造体は建築構造物と土木構造物の双方を含み、建物の柱、梁、スラブ、基礎等の他、橋梁の橋桁、橋脚、フーチング等が該当する。
【0013】
旧構造体と新構造体の接合部位は問われず、例えば新旧のスラブ同士、梁(桁)同士、柱同士、基礎同士、あるいは新構造体の構築位置等に応じ、これらの任意の組み合わせ等になる。新構造体が旧構造体に対する耐震補強の役目を持つ場合には、旧構造体のいずれかの部位の表面に新構造体のスラブや梁等が接した状態で構築される。
【0014】
旧構造体に対する新構造体の構築の時期も問われず、旧構造体と新構造体の打ち継ぎのように旧構造体の構築直後に新構造体を構築する場合の他、旧構造体の構築が完了し、使用期間中に旧構造体に対する補強の必要性が発生したとき等になる。
【0015】
旧構造体と新構造体の境界面には、前記のように地震時に双方の接触面が平行な状態のまま、相対変位(ズレ変形)が生じようとするため、この相対変位時に定着部材は旧構造体と新構造体からせん断力を受けようとする。定着部材の全厚の内、少なくとも厚さ方向の一部である新構造体中に埋設される区間(部分)が新構造体からせん断力を受け、凸部の少なくとも厚さ方向の一部である旧構造体中に埋設される区間(部分)が新構造体からのせん断力を旧構造体に伝達し、その反力を負担する。
【0016】
請求項1の接合構造に使用される定着部材は請求項2に記載のように平板状の本体部と、この本体部の周囲、もしくは周囲寄りの位置から背面側へ突出し、旧構造体の表面に形成された前記溝部に嵌入する環状の凸部とを有する。本体部の少なくとも厚さ方向の一部が新構造体中に位置し、凸部の少なくとも厚さ方向の一部が旧構造体中に位置した状態で使用されることで、本体部の新構造体寄りの一部が新構造体からのせん断力を負担し、凸部の旧構造体寄りの一部がせん断力を旧構造体に伝達する。
【0017】
本体部における凸部の形成位置と形状は問われず、旧構造体の溝部に嵌入する環状の凸部は本体部の外周に形成される他、本体部の外周より内側に寄った位置に形成される。前者の場合、凸部の外周面は本体部の外周面に連続し、後者の場合には凸部の外周面は本体部外周面より内周側に位置する。凸部はその形状に対応して環状、もしくは面状等に形成されている溝部に全周に亘って嵌入する。溝部へは、その深さ方向に凸部の全体が嵌入する場合と一部区間が嵌入する場合がある。
【0018】
凸部全体が溝部に嵌入する場合には、本体部の外周面が新構造体に接触する。凸部の一部区間が溝部に嵌入する場合には、本体部の外周面と凸部の一部が新構造体に接触する。いずれの場合も、後述のように本体部の外周面が新構造体からのせん断力を負担し、凸部の外周面と内周面から旧構造体にせん断力を伝達する。
【0019】
凸部はまた、同心円状に、本体部の放射方向(半径方向)に複数形成されることもある。定着部材の本体部は基本的には方向性のない円板状に形成されるが、多角形状、または楕円形状等に形成されることもある。
【0020】
定着部材の凸部が旧構造体の溝部に嵌入することで、前記の通り、新構造体からのせん断力が凸部から旧構造体に伝達されるが、新構造体からのせん断力を受ける本体部は凸部から旧構造体に伝達する際に、凸部が旧構造体からの反力によって変形しないように凸部の剛性を確保する機能を有する。
【0021】
例えば定着部材が環状の凸部のみからなり、凸部をつなぐ本体部がないとすれば、定着部材は鋼管と同等の形状をするため(特許第3384992号)、凸部が新構造体、もしくは旧構造体からせん断力の反力を受けたときに凸部が径方向に変形することが想定される。すなわち、本体部のない鋼管が旧構造体と新構造体に跨り、双方の溝に埋設された場合、鋼管は新構造体から軸に直交する方向のせん断力を負担したときと、旧構造体から反力を受けたときに、径方向の力によって曲げ変形し易いため、旧構造体へのせん断力の伝達能力は低い。
【0022】
これに対し、定着部材が円板状等、板状の本体部が環状の凸部の内周に位置することで、凸部は放射方向(半径方向)に拘束される。本体部がせん断力を面内力によって凸部に伝達する状態にあるため、凸部の径方向の曲げ剛性が大きく、凸部はその方向の変形を起こしにくい形態になる。従って凸部が旧構造体にせん断力を伝達するときに、旧構造体からの反力に対する抵抗力が高いため、凸部が受けるせん断力を定着部材全体に伝達することが可能になっている。
【0023】
定着部材本体部の外周に凸部が形成された場合、本体部の少なくとも一部が新構造体中に位置し、凸部の少なくとも一部が旧構造体の溝部に嵌入することで、新構造体には本体部の外周面が接触し、旧構造体には凸部の外周面が接触する状態になる。このため、新構造体からのせん断力は本体部の外周面から本体部に伝達され、凸部から旧構造体に伝達される。定着部材の凸部は環状等に形成されている溝部に嵌入しているため、旧構造体には凸部の外周面と内周面からせん断力が伝達される。
【0024】
図2−(a)、(b)に示すように定着部材に新構造体から右向きのせん断力が作用したとき、そのせん断力はその作用の向きに対向する定着部材本体部の外周面が受ける。新構造体からのせん断力は本体部外周面の内、せん断力作用方向への投影面積分が受ける。図2−(a)、(b)中、せん断力を受ける面を太線で示している。
【0025】
本体部の外周面が受けたせん断力はその外周面に対向する側を向く凸部の外周面と内周面から旧構造体に伝達される。凸部も図2−(b)に示すようにせん断力の作用方向を向く投影面積分でせん断力を旧構造体に伝達する。本体部の外周面が受けた新構造体からのせん断力は本体部外周面に対向する側に位置する凸部の外周面と、この本体部外周面と同一側に位置する凸部の内周面から旧構造体に伝達される。旧構造体に作用するせん断力は逆の経路で新構造体に伝達される。以下ではせん断力が新構造体から旧構造体に伝達される場合を説明する。
【0026】
このように新構造体からのせん断力は本体部の外周面から作用し、凸部の外周面と内周面から旧構造体に伝達されるが、本体部のせん断力に対する抵抗能力と凸部のせん断力伝達能力はせん断力の作用方向への投影面積で決まり、この能力は凸部がせん断力によって変形しない剛性を有することで発揮される。
【0027】
例えば本体部に凸部が形成されていない場合には、旧構造体へは旧構造体中に埋設されている本体部の区間の内、本体部の外周面からしかせん断力が伝達されないが、凸部を有することで、凸部の内周面からもせん断力の伝達が可能になる。従って定着部材は凸部を有することで、凸部がない場合との対比では、凸部の内周面が受ける支圧面積分、せん断応力が小さくなり、凸部から旧構造体へのせん断力伝達の確実性が増す。
【0028】
図2の場合、凸部は本体部が受けたせん断力を旧構造体へ伝達する部分であるため、せん断力を伝達するための支圧面積を稼ぐ上では、本体部の周囲(外周)に形成されることが有利である。但し、前記のように必ずしもその必要はなく、本体部の周囲より内周側へ寄った位置に形成されることもある。
【0029】
本体部が受けたせん断力が凸部から旧構造体に伝達されるとき、定着部材は本体部を有することで、本体部の面内力によって凸部にせん断力を伝達するため、本体部はせん断力によって曲げモーメントを受けることはない。従って本体部は新構造体からのせん断力によって曲げ変形を生じにくい形態になっているため、せん断力を損失させることなく旧構造体に伝達することを可能にしている。
【0030】
定着部材の凸部が嵌入する旧構造体の溝部は旧構造体を表面側から斫ることによって形成される。このとき、凸部と溝部との間に空隙が存在する場合には凸部を安定させる目的で、溝部内に接着剤、もしくは(無収縮)モルタル等の充填材が充填される。充填材は定着部材本体部の背面と旧構造体との間に充填されることもある。充填材は定着部材が受けるせん断力を摩擦力によって旧構造体に伝達するため、定着部材によるせん断力の伝達を補う働きをする。
【0031】
例えば旧構造体にアンカーボルトを定着させる場合には、旧構造体に対してコアドリル等を用いて定着に十分な深さの削孔を形成することが必要であり、その際には旧構造体に与える振動と騒音が問題になる可能性がある。これに対し、本発明のように旧構造体に溝部を形成する方法では、旧構造体の表面側からショットブラスト等による目荒らしをする程度の深さの溝を形成すれば足りるため、旧構造体に与える影響が低減される。
【0032】
前記のように定着部材は本体部と凸部を有することで、本体部が受けたせん断力が損失することなく旧構造体に伝達することができるため、単一(単独)で高いせん断力伝達能力を保有する。
【0033】
特に凸部が外周面と内周面においてせん断力に抵抗できることで、一定着部材当たりのせん断抵抗力をアンカーボルトによる場合より稼ぐことができる。この結果、旧構造体と新構造体の境界面への定着部材の配置数を削減することが可能であり、アンカーボルトに依存する場合のように境界面にせん断抵抗要素を過密状態で配置する事態が回避され、新構造体を構成するコンクリート等、流動性を有する硬化材料の充填が阻害されることがない。
【0034】
定着部材には請求項6に記載のように本体部の厚さ方向にアンカーが接続されることもある。この場合のアンカーは主に軸方向の引き抜き力に対する抵抗要素としてではなく、軸に直交する方向のせん断力に対する抵抗要素として機能する。従ってアンカーのせん断力作用方向への投影面積分の抵抗力が凸部のせん断抵抗力に加算される。アンカーにはこれに期待すべきせん断抵抗力に応じた径(太さ)と長さが与えられる。アンカーは定着部材に形成された挿通孔に螺合することにより、もしくは挿通孔に単純に挿通し、挿通孔内に接着剤やモルタル等が充填されることにより定着部材の本体部に接続される。
【0035】
アンカーは本体部の表面(新構造体)側から接続される場合と、背面(旧構造体)側から接続される場合があり、本体部を厚さ方向に貫通することもある。「接続」には螺合による場合と、挿通と接着剤等の充填による場合がある。
【0036】
アンカーが本体部の背面側から接続される場合には、アンカーが旧構造体中に埋設されることになるが、その埋設深さは旧構造体への定着長が過大にならない程度に設定される。アンカーが本体部の背面側から接続される場合、アンカーは定着部材がアンカーに対して回転させられることにより、もしくは軸方向に落とし込まれることにより、後述の突出部に接続される。
【0037】
アンカーが本体部の表面側に接続される場合にはアンカーは新構造体からのせん断力を負担し、背面側に接続される場合には、新構造体からのせん断力を旧構造体に伝達する役目を持つ。本体部を貫通する場合には新構造体からのせん断力を負担する役目と旧構造体に伝達する役目を持つ。アンカーは本体部の表面側に接続され、新構造体中に埋設される場合には、新構造体と定着部材とを一体化させる働きをする。
【0038】
定着部材の本体部は厚さ方向の一部が新構造体中に埋設されることで、新構造体からのせん断力を負担できる程度の厚さを有すれば、凸部から旧構造体にせん断力を伝達することができる。従って本体部を軸方向に切断したときの断面形状は問われず、例えば平板状の本体部に付加的な部位が連続して形成されることもある。
【0039】
具体的には請求項3に記載のように、定着部材の本体部にその表面側と背面側の少なくともいずれかへ突出する筒状の突出部が形成されることもある。
【0040】
突出部は本体部からその表面側(新構造体側)と背面側(旧構造体側)の少なくともいずれかへ突出した形で形成されることで、新構造体からのせん断力を本体部と共に負担する、または新構造体からのせん断力を凸部と共に旧構造体に伝達する働きをする。突出部は本体部の表面側に形成された場合に新構造体からのせん断力を負担し、背面側に形成された場合に旧構造体にせん断力を伝達する。突出部は本体部の表面側と背面側に連続的に形成されることもある。
【0041】
本体部への突出部の形成は本体部の断面形状を変化させるため、突出部は本体部の断面性能(断面2次モーメント)を向上させる働きをする。すなわち、突出部にアンカーを接続し、アンカーが受けるせん断力によって本体部に作用する曲げモーメントが無視できないような場合に、突出部が本体部の曲げ剛性を高め、曲げモーメントに対する抵抗力を高め、安定性を確保する役目も有する。
【0042】
突出部は中実断面の場合もあるが、中空断面で形成されることもある。請求項5に記載のように本体部の厚さ方向に挿通孔が形成された場合には、挿通孔は突出部に形成されることになるため、突出部は中空断面で形成され、アンカーは突出部の挿通孔に接続される。突出部に挿通孔が形成される場合、突出部は挿通孔の形成位置に対応し、本体部の中央部等に形成されるが、必ずしも本体部の中央部に1箇所である必要はなく、複数個形成されることもある。
【0043】
本体部に挿通孔が形成された場合に、挿通孔にアンカーを接続しない状態で定着部材が使用された場合には、挿通孔内に新構造体のコンクリートやモルタル等の硬化材料が充填されることで、挿通孔の内周面でコンクリートからの支圧力を受けることができる。この場合、挿通孔内に新構造体の硬化材料が充填されることで、この硬化材料分のせん断力が加算されるため、定着部材のせん断力伝達能力が向上する。
【0044】
このため、挿通孔にアンカーが接続されなくても、挿通孔を有する定着部材は一定のせん断力に対する抵抗力を確保することが可能である。挿通孔内に硬化材料が充填されることで、新構造体からのせん断力は挿通孔内からも定着部材に伝達され、そのせん断力は挿通孔内周面のせん断力作用方向への投影面積分になるため、アンカーが接続される場合と同等程度のせん断力を新構造体から受けることが可能になる。
【0045】
一方、本体部に挿通孔が形成された場合に、挿通孔にアンカーが接続された場合には、前記の通り、アンカーが新構造体からのせん断力を受けることで、アンカーが接続されない場合との対比ではアンカー分のせん断力が加算されるため、定着部材のせん断力伝達効果が向上する利点がある。
【0046】
定着部材はその軸方向(厚さ方向)に直交する方向に作用する新構造体からのせん断力を旧構造体に伝達するせん断力伝達部材として機能し、軸方向の引き抜き力に対して抵抗する必要はないため、旧構造体及び新構造体との間での付着が期待されることはない。
【0047】
例えば突出部における付着を期待するために突出部に雄ねじを形成するとすれば、新構造体との付着力によって定着部材に曲げモーメントを作用させる可能性がある。結果として、定着部材が純粋にせん断力に抵抗する状態を得ることが難しくなるため、定着部材の機能上、突出部には雄ねじを形成しない方が合理的である。従って本体部に突出部が形成される場合に、突出部の外周に雄ねじが形成される必要はない。
【0048】
定着部材は本体部と凸部を有する形態から、主に鋳造、もしくは鍛造、あるいは切削によって製作される。例えば定着部材を切削によって製作する場合に、突出部に雄ねじを形成するとすれば、雄ねじを形成するための切削によって失われる鋼材の量が多く、鋼材が無駄になる。鋳造や鍛造によって製作する場合には、脱型時に雄ねじ(ねじ山)の存在によって型を外すことができない等、突出部に雄ねじを形成することは製作上の不都合も多い。
【0049】
前記のように定着部材は本体部と凸部を有しさえすれば、新構造体と旧構造体との間でのせん断力の伝達を図ることが可能であり、前記した突出部のように本体部には付加的な部位が連続して形成される自由さがある。本体部には突出部の他、例えば請求項4に記載のように本体部の周囲から表面側へ突出する枠部が形成され、定着部材はH形の断面形状に形成されることもある。
【0050】
枠部は凸部と同様、本体部の外周面に連続して形成される場合と、外周面の内側に形成される場合があり、同心円状に複数形成されることもある。凸部が本体部外周面の内側に形成され、枠部も本体部外周面の内側に形成される場合、定着部材の断面は草冠形状になる(図4−(b))。
【0051】
枠部が本体部の外周面に連続する場合もその内周側に位置する場合も、新構造体からのせん断力の作用面積が拡大することで、定着部材が新構造体から受けられる(負担できる)せん断力が増大するため、枠部がない場合より旧構造体と新構造体の境界面に配置すべき定着部材の数を削減することが可能になる。新構造体からのせん断力はその作用の向きに対向する枠部の面が受けるため、図4に示すようにせん断力が右側へ作用する場合には、図中、枠部における左側に位置する部分の外周面と、右側に位置する部分の内周面がせん断力を受ける。
【0052】
また本体部周囲の背面に凸部が、表面に枠部が形成されることで、定着部材はH形断面形状等をするが、本体部が存在していることで、前記のように本体部が凸部と枠部の剛性を高める働きをするため、環状の凸部と枠部の曲げ変形が生じにくくなっている。従ってH形断面形状等の定着部材は枠部での新構造体からのせん断力の負担効果と、凸部からの旧構造体へのせん断力の伝達効果が確保される。
【0053】
定着部材は請求項6に記載のように挿通孔に接続されるアンカーとセットで使用されることもある。この場合、アンカーも新構造体からのせん断力をその作用方向への投影面積分の支圧力として受けるため、定着部材が負担し、旧構造体に伝達できるせん断力が増大する。アンカーは前記のように定着部材の本体部を貫通し、旧構造体中に埋設されることもあり、その場合にはアンカーは旧構造体にせん断力を伝達する働きをする。
【発明の効果】
【0054】
旧構造体の表面側から形成された溝部に定着部材本体部の外周の凸部を嵌入させるため、新構造体からのせん断力を本体部の外周面から定着部材に伝達し、凸部から旧構造体に伝達することができる。特に定着部材は本体部を有することで、本体部の面内力によって凸部にせん断力を伝達することができるため、せん断力を損失させることなく旧構造体に伝達することを可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0055】
以下、図面を用いて本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0056】
図1−(a)は互いに接する旧構造体1と新構造体2間に跨って定着部材3を配置し、新構造体2が旧構造体1に対して相対変位しようとするときのせん断力を定着部材3を通じて旧構造体1に伝達させる構造体の接合構造の例を示す。
【0057】
旧構造体1にはその表面側から溝部1aが形成される。定着部材3は旧構造体1と新構造体2との境界面に重なる平板状の本体部31と、本体部31の背面に形成され、溝部1aに嵌入する環状の凸部32とを有し、本体部31の少なくとも厚さ方向の一部が新構造体2中に位置し、凸部32の少なくとも厚さ方向の一部が旧構造体1中に位置した状態で、旧構造体1と新構造体2中に埋設される。溝部1aは凸部32の形状に対応して環状に、もしくは凸部32を包囲する環状を含む円板状等、板状に形成される。
【0058】
図1−(a)は定着部材3の最も基本的な形状例を示している。ここに示す定着部材3は平板状の本体部31と、この本体部31の周囲、もしくは周囲寄りの位置から背面側へ突出し、旧構造体1の表面に形成された溝部1aに嵌入する凸部32を有し、全体として板状に形成される。本体部31の平面形状は問われず、円形、楕円形、多角形状等に形成される。定着部材3は主に鋼材等の金属材料から形成されるが、定着部材3の材料は問われず、繊維強化プラスチック等からも成形される。
【0059】
定着部材3は旧構造体1の表面、すなわち新構造体2との境界面に重なって、または僅かなクリアランスを確保した状態でこの境界面に配置される。図1−(a)は本体部31が単なる板状の(挿通孔31aがない)場合の例を示しているが、図1−(b)は本体部31の中央部に1箇所、挿通孔31aを形成した場合の例を示している。挿通孔31aは新構造体2の構成材料(硬化材料)を充填させるために利用される他、アンカー4が接続されるために利用される。図1−(b)では挿通孔31aの内周に雌ねじを切っていないが、アンカー4を螺合させるために図3−(a)に示すように雌ねじを切る場合もある。
【0060】
図1−(b)、(c)は挿通孔31aの内径をアンカー4の径より大きくしてアンカー4と挿通孔31aとの間にクリアランスを確保し、このクリアランスに、定着部材3の背面と旧構造体1との間に充填される接着剤やモルタル等の充填材6を充填させることによりアンカー4を定着部材3に接続した場合を示している。図1−(c)は特にアンカー4の軸部に旧構造体1中に定着されるに十分な長さを与え、定着部材3と旧構造体1、及び新構造体2との一体性を高めた場合の例を示す。(c)の場合、旧構造体1にアンカー4の軸部が挿入される削孔を形成し、挿通孔31aを挿通させて削孔にアンカー4を挿入し、削孔に充填材6を充填することによってアンカー4が旧構造体1に定着させられる。図1−(b)、(c)の例においても、挿通孔31aに雌ねじを切り、アンカー4を挿通孔31aに螺合させることもある。
【0061】
図2−(a)は新構造体2から矢印で示すせん断力が定着部材3に作用し、定着部材3が旧構造体1からせん断力の反力を受けているときの様子を示している。図2−(b)は(a)に示す定着部材3の背面を示している。定着部材3は本体部31の新構造体2寄りの一部区間が新構造体2からのせん断力を負担し、凸部32の外周面の内、旧構造体1寄りの一部区間が旧構造体1からのせん断力を負担する状態に置かれる。
【0062】
挿通孔31aを形成する場合、挿通孔31aは本体部31を厚さ方向に貫通して、または表面側と背面側のいずれかから中途までの区間に形成される。挿通孔31aが形成されても、挿通孔31aにはアンカー4が接続されず、新構造体2の構成材料が入り込むこともある。
【0063】
図面では凸部32を本体部31の外周面に連続する位置に形成し、本体部31の外周面と凸部32の外周面を同一にしているが、凸部32は本体部31の外周の内周寄りに形成されることもある。また本体部31の放射方向(径方向)に多重に凸部32を形成することもある。
【0064】
定着部材3の凸部32が旧構造体1の溝部1aに嵌入した状態では、凸部32が安定するよう、図3に示すように溝部1aには上記充填材6が充填され、凸部32(定着部材3)の旧構造体1に対する移動が拘束される。溝部1a内への充填材6の充填により、または充填材6が充填された溝部1a内への凸部32の挿入により、図3に示すように充填材6を定着部材3の本体部31背面と旧構造体1表面との間に回り込ませ、定着部材3の全体の、せん断力に対する安定性、すなわち定着部材3の旧構造体1との一体性を高めることもできる。
【0065】
旧構造体1の溝部1aに定着部材3の凸部32が嵌入し、充填材6によって拘束されることで、新構造体2からのせん断力は定着部材3の本体部31と凸部32を通じて旧構造体1に伝達される。充填材6を定着部材3の本体部31と旧構造体1との間にも回り込ませた場合には、本体部31背面と旧構造体1表面との間での滑りが阻止されるため、本体部31と旧構造体1表面との間においてもせん断力の伝達が行われる。
【0066】
本体部31に挿通孔31aを形成した場合、挿通孔31aには新構造体2からのせん断力の負担能力を上げるために、基本的に図3に示すように定着部材3と共に新構造体1からのせん断力を負担するアンカー4が接続される。但し、挿通孔31a内にコンクリート等が流入することで、挿通孔31aの内周面をせん断力を受けるために利用することができるため、挿通孔31aにアンカー4を接続することなく、挿通孔31a内に新構造体2を構成するコンクリート等を充填させることもある。
【0067】
アンカー4は図3−(a)に示すように挿通孔31aの内周面に形成された雌ねじに直接螺合する他、(b)に示すように単純に挿通し、挿通孔31aの両側にナット5が螺合することにより、あるいは挿通孔31a内に接着剤やモルタル等の充填材6が充填されることにより本体部31に接続される。
【0068】
アンカー4はせん断力の作用方向への投影面積分の側面が新構造体2からのせん断力を負担し、定着部材3に伝達する。図面ではアンカー4として頭部を有するボルトを使用しているが、アンカー4の形態は棒状には限らず、ブロック状の場合もある。アンカー4は新構造体2からのせん断力によって曲げ変形しない程度の曲げ剛性を有していればよい。
【0069】
図3はまた、本体部31の挿通孔31aが形成される位置に、本体部31aの表面側と背面側の少なくともいずれかへ突出する筒状の突出部33を形成し、この突出部33に挿通孔31aを形成した場合を示している。図3−(a)、(b)は本体部31の表面側に突出部33を形成した場合、図4−(a)は本体部33の表面側と背面側に形成した場合である。
【0070】
図3−(a)に示すように突出部33にアンカー4を螺合によって接続する場合にはその内周面に雌ねじが形成されるが、図3−(b)のように突出部33の軸方向両側においてナット5により接続する場合には必ずしも雌ねじを形成する必要はない。
【0071】
図3−(b)の場合にはアンカー4の先端とそれに螺合するナット5が本体部31の背面に突出するため、旧構造体1にはその部分が入り込むための座掘り部1bが形成される。この場合、座掘り部1bが形成されることで、座掘り部1bに入り込むアンカー4、もしくはナット5を経て本体部31からのせん断力が旧構造体1に伝達できる利点がある。座掘り部1b内には(a)と同様に充填材6が充填され、ナット5と座掘り部1b内周面との間の空隙が塞がれ、定着部材3からのせん断力は座掘り部1bの内周面から旧構造体1に伝達される。
【0072】
定着部材3に新構造体2から作用するせん断力と旧構造体1から受ける反力は偶力を構成し、定着部材3にモーメントを作用させる。そこで、定着部材3の配置状態、例えば凸部32の旧構造体1への嵌入深さ等によって定着部材3に作用するモーメントが過大になるような場合には、図3−(a)に鎖線で示すようにアンカー4がモーメントに抵抗できるだけの抵抗力を新構造体2、または旧構造体1と新構造体2から受けるための長さがアンカー4に与えられる。
【0073】
本体部31に突出部33を形成した場合には、突出部33は本体部31に挿通孔31aを形成したことに伴う剛性の低下分が補う役目を有する。突出部33はまた、本体部31の表面側に形成された場合には、新構造体2からのせん断力を分担し、背面側に形成された場合には、新構造体2からのせん断力を旧構造体1に伝達する働きもする。
【0074】
図4−(a)は上記のように本体部31の表面側と背面側に連続して突出部33を形成した場合である。この場合は突出部33が本体部31の両面に形成されることで、本体部31の剛性を高める効果が向上することの他、図3−(b)の例と同様に本体部31が受けたせん断力の旧構造体1への伝達効果も高まる。突出部33の挿通孔31aにアンカー4が接続されない場合には、突出部33が背面に形成されない場合との対比では新構造体2から受けるせん断力の負担能力も向上する。図4の例においてもアンカー4が接続される場合、アンカー4は挿通孔31aに螺合、もしくは挿通孔31aへの挿通と充填材6によって接続される。
【0075】
図4−(a)はまた、本体部31の周囲に表面側へ突出する枠部34を形成した場合を示している。この場合、本体部31が枠部34を有することで、本体部31と新構造体2との接触面積が拡大するため、定着部材3が新構造体2から受けられるせん断力が増大し、定着部材3の設置個数を削減できる利点がある。枠部34も凸部32と同様、本体部31の外周より内側へ寄った位置に形成される場合と、本体部31の径方向に多重に形成される場合がある。図4−(b)は凸部32と枠部34を本体部31の外周より内周側に形成した場合を示している。
【0076】
図5−(a)は図4−(a)と同様に本体部31の表面側と背面側に連続する突出部33を形成した場合において、特に背面側へ突出する突出部33の底面の深さを凸部32の底面の深さより大きくし、突出部33を旧構造体1中に嵌入させた場合の例を示す。この場合、旧構造体1には本体部31背面側の突出部33が嵌入するための座掘り部1bを形成することになるが、座掘り部1bの内周面を通じて定着部材3からのせん断力が旧構造体1に伝達されるため、定着部材3からのせん断力の伝達効果が向上する利点がある。
【0077】
図5ではまた、本体部31自身の肉厚を大きめにし、相対的に本体部31背面からの凸部32の高さ(深さ)を小さくすることで、本体部31自体に、新構造体2からのせん断力を負担する機能と、旧構造体1へのせん断力を伝達する機能を併せ持たせた場合の定着部材3の製作例を示している。
【0078】
図5では凸部32の幅を小さくしていることで、凸部1aと共に、本体部31の厚さ方向の半分程度が旧構造体1中に入り込むため、凸部32が嵌入する溝部1aを本体部31が嵌入する円板状の溝として形成している。この場合、凸部32が嵌入するための溝部1aは本体部31の全体が嵌入する面積と、本体部31の半分程度の厚さが嵌入する深さを持つことになる。図5の例では凸部32の深さより大きい深さの座掘り部1bが形成されるため、座掘り部1bに嵌入する突出部33と座掘り部1b内周面を通じて伝達されるせん断力が増大する利点がある。
【0079】
定着部材3の本体部31の肉厚を大きめにし、本体部31が旧構造体1と新構造体2に等しく跨るように定着部材3が両構造体1、2間に配置された場合には、本体部31が新構造体2からのせん断力を面内方向の力として負担し、そのまま旧構造体1に伝達する。本体部31は面内方向の剛性が大きい板状であることで、面内方向に受ける新構造体2からのせん断力を有効に旧構造体1に伝達する能力を有している。
【0080】
図5ではまた、本体部31の上下に形成されている突出部33の全長を貫通する挿通孔31aを形成し、この挿通孔31aの全長に、周面に雄ねじが形成されたアンカー4を螺入させている。アンカー4の、新構造体2側の先端には表面積を稼ぐためのナット5を螺合させている。アンカー4の、新構造体2側の突出部33との接続部には突出部33から露出するアンカー4の剛性を確保するためにナット5を締結している。図5の例においてもアンカー4は挿通孔31aへの挿通と充填材6によって接続されることもある。
【0081】
図6は旧構造体1に新構造体2を接触した状態で構築することで、旧構造体1を耐震補強した場合の施工例を示す。具体的には旧構造体1である鉄筋コンクリート造の既存構造物の屋外側の梁7に新構造体2であるスラブ8を突き合わせて接合することで、既存の梁からのせん断力がスラブ8を通じてその端部に接続される耐震補強架構9に流れるようにしている。耐震補強架構9はスラブ8の端部に接続される柱91と、柱91、91間に架設される梁92、及び柱・梁の接合部間に架設されるブレース93から構成されている。
【0082】
定着部材3は旧構造体1である梁7の側面と新構造体2であるスラブ8の端面との間の境界面に配置され、定着部材3の新構造体2側からアンカー4が突出し、新構造体2中に埋設されている。
【0083】
図6の詳細を図7−(a)に、その旧構造体1の表面部分(鎖線円部分)を拡大した様子を(b)に示す。図6、図7の例では図7−(b)に示すようにアンカー4が接続された定着部材3を梁7の軸方向に適度な間隔をおいて配置しているが、定着部材3は梁7の成方向(スラブ8の厚さ方向)に複数段、配置されることもある。図7では特に、アンカー4の軸部を旧構造体1に形成した削孔中に挿入した様子を示している。この場合、アンカー4の周面と、定着部材3の挿通孔31aの内周面との間にはクリアランスが確保されている。
【0084】
図8−(a)は旧構造体1と新構造体2の境界面が水平面となるように重ね、その境界面に本発明の図3−(a)に実線で示す定着部材3を介在させ、旧構造体1を固定した状態で、新構造体2に水平に交番荷重(せん断力)を加えたときの、新構造体2に作用した荷重(せん断力)Q(kN)と旧構造体1に対する相対変位δ(mm)との関係を示す。定着部材3と旧構造体1との間には充填材6としての接着剤が充填されている。(b)は比較のため、旧構造体1に穿設した削孔に接着剤を充填してアンカーを挿入した接着系アンカーのみをせん断力抵抗部材として旧構造体と新構造体間に介在させた場合の荷重Qと相対変位δの関係を示す。旧構造体1と新構造体2を構成するコンクリートの圧縮強度Fcは16N/mmである。
【0085】
相対変位が0〜2mmの範囲で定着部材3の性能を評価すれば、定着部材3が不在の場合には((b))、境界面で伝達できるせん断力Qは60kN前後程度に留まっているのに対し、定着部材3を介在させた場合には((a))、180kNを超える高いせん断力Qを定着部材3が負担していることが分かる。
【0086】
定着部材3が不在の場合にはせん断力の大きさが境界面における摩擦力のみに依存するのに対し、定着部材3が介在する場合には定着部材3がせん断力を負担し、伝達する能力を発揮することで、摩擦力のみに依存する場合の3倍近い値のせん断力が得られることになる。
【0087】
また定着部材3が不在の場合、相対変位が2mmを超え、10mm程度までの範囲では、せん断力が60kN程度を維持しているのに対し、定着部材3が介在する場合には相対変位が8mmを超える程度までにせん断力が徐々に低下する傾向を示すことが分かる。但し、相対変位が8mmの時点でもせん断力は100kN程度を維持し、不在の場合より高い値を示している。
【0088】
定着部材3が介在する場合に、相対変位が2mm程度の時点でせん断力が最大値を取った後、相対変位の増大に伴い、せん断力が次第に低下する傾向を示すことは以下の理由によるものと考えられる。
【0089】
せん断力が作用し始めた時点では定着部材3と旧構造体1との間に充填されている接着剤等の充填材6が付着により定着部材3と旧構造体1との一体性を確保し、定着部材3のせん断力に対する剛性が高い状態にある。このため、充填材6の付着が確保されている限り、定着部材3自身のせん断剛性が発揮されると考えられる。旧構造体1との付着が切れ、一体性が低下するに伴い、定着部材3が旧構造体1に対して相対移動を生じながら、せん断抵抗力を発揮すると考えられる。
【0090】
図8−(a)、(b)に示すせん断力−変形曲線の包絡線を描けば、図9−(a)、(b)に示すようになる。定着部材3が不在の場合、相対変位の増加に伴い、せん断力は最大値を迎えるまでの範囲とその後に緩い傾斜の曲線を描き、最大値は100kN程度に留まる(図9−(b))。
【0091】
これに対し、定着部材3が介在する場合には、相対変位の発生と共にせん断力が増大し、最大値を迎えた後も、極端に低下することなく次第に低下する傾向を示し、せん断力は100kNを超えた数値を維持している(図9−(a))。この(a)、(b)の対比から、せん断力が100kNを超えた数値を維持する範囲が、定着部材3が介在することの効果となっていることが分かる。図9−(a)には(b)に示す曲線を破線で示しているが、実線と破線の差(せん断力)が定着部材3介在の効果となる。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】(a)は本発明の定着部材の基本形状と、新構造体から旧構造体へのせん断力の伝達の様子を示した縦断面図、(b)、(c)は(a)定着部材本体部に挿通孔を形成し、挿通孔にアンカーを挿通させた様子を示した縦断面図である。
【図2】(a)は挿通孔を有する定着部材の基本形状と、新構造体から旧構造体へのせん断力の伝達の様子を示した縦断面図、(b)は(a)の背面図である。
【図3】(a)は図2に示す定着部材に突出部を形成し、突出部にアンカーを接続した様子を示した縦断面図、(b)は本体部の両側に突出するアンカーにナットを螺合した様子を示した縦断面図である。
【図4】(a)は定着部材本体部の周囲に凸部と枠部を形成した様子を示した縦断面図、(b)は周囲の内側に凸部と枠部を形成した様子を示した斜視図である。
【図5】(a)は本体部背面の突出部の深さを大きくし、旧構造体に座掘り部を形成した様子を示した縦断面図、(b)は(a)の背面図である。
【図6】旧構造体(既存構造物)と新構造体(新設構造物)との境界面に定着部材を介在させた場合の使用例を示した縦断面図である。
【図7】(a)は図6の一部を拡大して示した斜視図、(b)は(a)における新構造体の構築前の様子を示した斜視図である。
【図8】(a)は本発明の定着部材を旧構造体と新構造体との境界面に介在させて新構造体にせん断力を加えたときのせん断力−変形関係を示したグラフ、(b)は定着部材が介在しない場合のせん断力−変形関係を示したグラフである。
【図9】(a)は図8−(a)の包絡線、(b)は図8−(b)の包絡線である。
【符号の説明】
【0093】
1……旧構造体、1a……溝部、1b……座掘り部、2……新構造体、
3……定着部材、31……本体部、31a……挿通孔、32……凸部、33……突出部、34……枠部、
4……アンカー、5……ナット、6……充填材、
7……既存の梁、8……新設のスラブ、
9……耐震補強架構、91……柱、92……梁、93……ブレース。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに接する旧構造体と新構造体間に跨って定着部材を配置し、前記新構造体が前記旧構造体に対して相対変位しようとするときのせん断力を前記定着部材を通じて前記旧構造体に伝達させる構造体の接合構造であり、
前記旧構造体にその表面側から溝部が形成され、
前記定着部材は前記旧構造体と前記新構造体との境界面に重なる平板状の本体部と、この本体部の背面に形成され、前記溝部に嵌入する環状の凸部とを有し、前記本体部の少なくとも厚さ方向の一部が前記新構造体中に位置し、前記凸部の少なくとも厚さ方向の一部が前記旧構造体中に位置した状態で、前記旧構造体と前記新構造体中に埋設されていることを特徴とする構造体の接合構造。
【請求項2】
請求項1に記載の構造体の接合構造に使用される定着部材であり、
平板状の本体部と、この本体部の周囲、もしくは周囲寄りの位置から背面側へ突出し、前記旧構造体の表面に形成された前記溝部に嵌入する環状の凸部とを有し、
前記本体部の少なくとも厚さ方向の一部が前記新構造体中に位置し、前記凸部の少なくとも厚さ方向の一部が前記旧構造体中に位置した状態で使用され、
前記本体部の前記新構造体寄りの一部が前記新構造体からのせん断力を負担し、前記凸部の前記旧構造体寄りの一部が前記せん断力を前記旧構造体に伝達することを特徴とするせん断力伝達用定着部材。
【請求項3】
前記本体部に、その表面側と背面側の少なくともいずれかへ突出する筒状の突出部が形成されていることを特徴とする請求項2に記載のせん断力伝達用定着部材。
【請求項4】
前記本体部の周囲から表面側へ突出する枠部が形成されていることを特徴とする請求項2、もしくは請求項3に記載のせん断力伝達用定着部材。
【請求項5】
前記本体部の厚さ方向に挿通孔が形成されていることを特徴とする請求項2乃至請求項4のいずれかに記載のせん断力伝達用定着部材。
【請求項6】
前記本体部の前記挿通孔にアンカーが接続されていることを特徴とする請求項5に記載のせん断力伝達用定着部材。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−59717(P2010−59717A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−227762(P2008−227762)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【特許番号】特許第4230533号(P4230533)
【特許公報発行日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(503361444)
【出願人】(390022389)サンコーテクノ株式会社 (52)
【出願人】(000149594)株式会社大本組 (40)
【Fターム(参考)】