説明

標的核酸分子の検出方法

【課題】試料中に存在する核酸分子を、高精度かつ高感度に検出する方法の提供。
【解決手段】(a)標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有しており、第1マーカー及び第2マーカーが結合された分子ビーコンプローブを、核酸含有試料に添加した試料溶液を調製し、(b)前記試料溶液中の核酸分子を変性させ、(c)前記試料溶液中の核酸分子を会合させ、(d)前記試料溶液中の会合していない分子ビーコンプローブにステムーループ構造を形成させ、(e)ステムーループ構造が形成されている分子ビーコンプローブにおいて、ステム領域を形成している3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に少なくとも1の共有結合を形成させ、(f)前記試料溶液中の第1マーカー又は第2マーカーの光学的特性に基づき、前記標的核酸分子を検出する、標的核酸分子の検出方法

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer:FRET)及び光クロスリンク反応を利用して、核酸含有試料中の標的核酸分子を高精度かつ高感度に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中に存在する核酸分子の高感度定量方法としては、ポリメラーゼによる酵素反応により標的核酸分子を増幅することにより、又は得られた増幅産物を分解することにより蛍光シグナルを得る方法、いわゆる定量的PCR(Polymerase chain reaction)法を利用した方法が知られている。定量的PCR法を利用した方法は幾つかあるが、中でも、標的核酸分子に対してFRETを利用したプローブを用いる、いわゆるTaqman法が広く行われている。例えば、マイクロRNA(例えば、非特許文献1参照。)やRNA干渉に用いられるsiRNA等のように22mer程度の短いRNA分子を定量する方法としても、FRETプローブを用いた定量的PCRが開発されている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0003】
FRETプローブを用いた核酸検出方法の1つとして、例えば、蛍光共鳴エネルギーのドナーである蛍光物質が結合したドナープローブと、アクセプターである消光物質が結合したアクセプタープローブとを、標的核酸分子の隣接する2領域にそれぞれ会合(ハイブリダイズ)させ、生じるFRETを検出することにより、標的核酸分子を検出する方法が開示されている(例えば、特許文献1〜3参照。)。また、蛍光物質と消光物質の両物質を結合させたプローブを、標的核酸分子と会合させた後、2本鎖DNA特異的なヌクレアーゼにより分解し、この結果生じた蛍光を検出する方法も開示されている(例えば、特許文献4参照。)。5’末端側と3’末端側が互いに相補的な塩基配列を有しており、かつ両末端が蛍光物質と消光物質を用いてそれぞれラベルされている1本鎖核酸(分子ビーコンプローブ)を用いる、いわゆる分子ビーコン法も開示されている(例えば、特許文献5参照。)。この方法では、当該1本鎖核酸は、単独で存在している場合には、両末端が会合して分子内ループ(ステムーループ構造)を形成しているため消光状態であるが、標的核酸分子とハイブリダイズすることにより、ステムーループ構造が解消されて蛍光を発する。その他、分子ビーコン法とリアルタイムPCRとを組み合わせた方法も知られている(例えば、特許文献6参照。)。
【0004】
その他、互いに塩基配列が相違する核酸分子を識別して検出する方法として、参照となる2本鎖DNAβと検出対象となる2本鎖DNAβxとを用意し、参照となる2本鎖DNAの第1のマーカーとして蛍光物質を付与し、第2のマーカーとして第1のマーカーの第2のマーカーの間でエネルギー移動が生じ、新たなピーク波長の蛍光を得るようにすることにより、検出DNAβxと参照DNAβとの塩基の相違を検出する方法が開示されている(例えば、特許文献7参照。)。
【0005】
一方で、核酸分子をより効率的に解析するためのツールも数多く開発されている。例えば、オリゴヌクレオチドを構成する塩基に反応性官能基を導入し、当該反応性官能基を介して、他のオリゴヌクレオチドやその他の分子との間に共有結合を形成する(クロスリンク)方法が開発されている。例えば、反応性官能基を導入した塩基誘導体を用いて核酸分子同士を共有結合的クロスリンクする技術として、2−Amino−6−Vinylpurineを用いる方法(例えば、非特許文献3参照。)や、光反応性の塩基誘導体である3−Cyanovinylcarbazole Nucleosideを用いる方法(例えば、非特許文献4、非特許文献5、又は特許文献8参照。)等が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4008996号公報
【特許文献2】国際公開第98/13524号
【特許文献3】特許第3188303号公報
【特許文献4】国際公開第03/035864号
【特許文献5】特表2002−519073号公報
【特許文献6】米国特許第7,662,550号明細書
【特許文献7】特開2002−171974号公報
【特許文献8】国際公開第09/066447号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】アルバーツ(Alberts)、他1名、モレキュラー・バイオロジー・オブ・ザ・セル第5版(Molecular Biology of the Cell, 5th edition)、Garland Science社、2008年、第493〜495ページ。
【非特許文献2】チェン(Chen)、他12名、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Research)、2005年、第33巻第20号、e179ページ。
【非特許文献3】佐々木茂貴、薬学雑誌(YAKUGAKU ZASSHI)、2002年、第122巻第12号、第1081〜1093ページ。
【非特許文献4】フジモト(Fujimoto)、他2名、ヌクレイック・アシッズ・シンポジウム・シリーズ(Nucleic Acids Symposium Series)、2008年、第52巻、第423〜424ページ。
【非特許文献5】ヨシムラ(Yoshimura)、他1名、オーガニック・レターズ(ORGANIC LETTERS)、2008年、第10巻第15号、第3227〜3230ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の定量的PCR法においては、ポリメラーゼによる増幅特性は、増幅対象である核酸の塩基配列の種類ごとに異なるため、標的核酸分子の濃度を定量的に測定するためには、標的核酸分子ごとに検量線を作成する必要があり、検出に要する工程が増え、煩雑であるという問題がある。FRETプローブを用いた方法においては、FRETにより生じる蛍光を検出することにより、標的核酸分子を検出することができるが、蛍光分子の組み合わせによっては完全に消光されない等により、検出される蛍光には一定の蛍光強度のバックグラウンドがあり、このため、特に標的核酸分子が低濃度の場合に定量性に劣るという問題がある。
【0009】
さらに、ハイブリダイゼーションを用いた検出では、特異的ハイブリダイゼーションにより形成された会合体と非特異的ハイブリダイゼーションにより形成された会合体の区別が困難な場合があるという問題もある。分子ビーコンプローブを用いた場合には、特異的ハイブリダイゼーションと非特異的ハイブリダイゼーションとを比較的精度良く区別することができる。しかしながら、例えば分子ビーコンプローブによる特異的ハイブリダイゼーションを25℃程度の常温で測定しようとした場合には、特異的ハイブリダイゼーション後から蛍光強度測定時までの間や測定中に、分子ビーコンプローブが非特異的ハイブリダイゼーションにより会合体を形成してしまうという問題がある。
【0010】
本発明は、分子ビーコンプローブを用いて標的核酸分子を検出する方法において、分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体の検出するための蛍光強度測定を、温度コントロールを行わない状態で行った場合であっても、標的核酸分子を高精度かつ高感度に検出し得る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、分子ビーコンプローブを用いて標的核酸分子を検出する方法において、特異的な会合に適した条件で分子ビーコンプローブと標的核酸分子とを会合させた後、会合体を形成していない分子ビーコンプローブのステムーループ構造を共有結合により安定化させておくことにより、その後のFRETによるエネルギー移動の蛍光強度解析を、温度コントロールを行わずに行ったとしても、試料中の標的核酸分子を高精度かつ高感度に検出し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、
(1) (a)標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有しており、かつ第1マーカー及び第2マーカーが結合された分子ビーコンプローブを、核酸含有試料に添加した試料溶液を調製する工程と、
(b)前記工程(a)において調製された試料溶液中の核酸分子を変性させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、前記試料溶液中の核酸分子を会合させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、前記試料溶液中の前記分子ビーコンプローブのうち、会合していないものに対して、3’末端側の領域及び5’末端側の領域をハイブリダイズさせてステムーループ構造を形成させる工程と、
(e)前記工程(d)の後、ステムーループ構造が形成されている分子ビーコンプローブにおいて、ステム領域を形成している3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に少なくとも1の共有結合を形成させる工程と、
(f)前記工程(e)の後、前記試料溶液中の第1マーカー又は第2マーカーの光学的特性に基づき、前記標的核酸分子を検出する工程と
を有し、
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしてステムーループ構造を形成している場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを特徴とする、標的核酸分子の検出方法、
(2) 前記工程(c)の後、工程(d)の前に、
(g)前記工程(c)の後、前記試料溶液の温度及び塩濃度が前記工程(c)における会合体形成時と同じ条件下で、形成された会合体中の2本の核酸鎖間に共有結合を形成する工程と、
(h)前記工程(g)の後、会合体を形成する2本の核酸鎖のうちの一方が前記分子ビーコンプローブである会合体のうち、2本の核酸鎖間に共有結合が形成されていない会合体を解離させる工程と、
を有することを特徴とする前記(1)に記載の標的核酸分子の検出方法、
(3) 前記工程(h)において、前記試料溶液中の核酸分子を変性させた後、当該試料溶液を急冷することにより、2本の核酸鎖間に共有結合が形成されていない会合体を解離させることを特徴とする前記(2)に記載の標的核酸分子の検出方法、
(4) 共有結合の形成反応が、光化学的反応であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(5) 前記分子ビーコンプローブのうち、ステム領域を形成する3’末端側の領域及び5’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記共有結合が、前記光反応性塩基誘導体を介して形成されることを特徴とする前記(4)記載の標的核酸分子の検出方法、
(6) 前記分子ビーコンプローブのうち、前記標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記共有結合が、前記光反応性塩基誘導体を介して形成されることを特徴とする前記(4)又は(5)記載の標的核酸分子の検出方法、
(7) 前記光反応性塩基誘導体が、3−Cyanovinylcarbazole Nucleosideであり、
前記共有結合が、前記試料溶液に340〜380nmの光を照射することにより形成されることを特徴とする前記(4)〜(6)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(8) 前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が蛍光色素であり、
前記標的核酸分子の検出を、
下記(p)〜(r):
(p)前記試料溶液の蛍光強度を測定する工程、
(q)蛍光相関分光法、蛍光強度分布解析法、又は蛍光偏光強度分布解析法により、前記試料溶液中に存在している前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出する工程、
(r)共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動させながら、当該光検出領域からの蛍光を検出することにより、前記試料溶液中に存在している前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算 出する工程、
のいずれかの工程により行うことを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(9) 前記工程(r)において、前記光学系の光検出領域の位置が、前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とする前記(8)に記載の標的核酸分子の検出方法、
(10) 前記工程(d)における共有結合形成時の前記試料溶液の温度が、Tm値±3℃の範囲内の温度であることを特徴とする前記(1)〜(9)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(11) 前記第1マーカーと前記第2マーカーのうち、いずれか一方が蛍光物質であり、他方が前記蛍光物質から発される蛍光を消光する消光物質であることを特徴とする前記(1)〜(10)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(12) 前記第1マーカー及び前記第2マーカーが蛍光色素であることを特徴とする前記(1)〜(11)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(13) 前記標的核酸分子がRNAであることを特徴とする前記(1)〜(12)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法、
(14) 核酸含有試料中の標的核酸分子を検出するために用いられる分子ビーコンプローブであって、
標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有し、かつ、第1マーカー及び第2マーカーが結合されており、
前記互いに相補的な5’末端側の領域及び3’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしてステムーループ構造を形成している場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを特徴とする分子ビーコンプローブ、
(15) 前記標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されていることを特徴とする前記(14)に記載の分子ビーコンプローブ、
(16) 前記(1)〜(13)のいずれか一つに記載の標的核酸分子の検出方法に用いられるキットであって、
標的核酸分子を検出するために用いられる分子ビーコンプローブを含み、
前記分子ビーコンプローブが、標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有し、かつ、第1マーカー及び第2マーカーが結合されており、
前記互いに相補的な5’末端側の領域及び3’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしてステムーループ構造を形成している場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを特徴とする、標的核酸分子検出用キット、
(17) 前記分子ビーコンプローブ中の標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されていることを特徴とする前記(16)に記載の標的核酸分子検出用キット、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の標的核酸分子の検出方法は、FRETを利用した分子ビーコン法において、標的核酸分子と会合体を形成していない分子ビーコンプローブのステムーループ構造を安定化させておくことにより、蛍光強度解析を、分子ビーコンプローブが標的核酸分子以外の分子とも会合可能な条件で行った場合であっても、蛍光強度測定時に標的核酸分子と会合しなかった分子ビーコンプローブが非特異的なハイブリダイゼーションにより会合体を形成することを効果的に抑制することができる。
このため、本発明の標的核酸分子の検出方法を用いることにより、標的核酸分子の検出精度を犠牲にすることなく、FRETの蛍光強度解析を、温度コントロールを行わない状態で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の標的核酸分子の検出方法のうち、会合体を構成する標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの間に共有結合形成(クロスリンク)を生じさせた上で、試料溶液中の会合体を変性させた後に急冷させ、さらにステムーループ構造を形成した分子ビーコンプローブのステム領域に共有結合を形成させた場合の一態様を模式的に示した図である。
【図2】図2(A)は、走査分子計数法のための光分析装置の内部構造の模式図である。図2(B)は、コンフォーカル・ボリューム(共焦点顕微鏡の観察領域)の模式図である。図2(C)は、ミラー7の向きを変更して試料溶液内において光検出領域の位置を移動する機構の模式図である。
【図3】図3(A)、(B)は、それぞれ、走査分子計数法のための光分析技術による光検出の原理を説明する模式図及び計測される光強度の時間変化の模式図である。
【図4】図4(A)、(B)は、それぞれ、観測対象粒子がブラウン運動をしながら光検出領域を横切る場合のモデル図と、その場合のフォトンカウント(光強度)の時間変化の例を示す図である。
【図5】図5(A)、(B)は、それぞれ、試料溶液内の光検出領域の位置を観測対象粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動することにより観測対象粒子が光検出領域を横切る場合のモデル図と、その場合のフォトンカウント(光強度)の時間変化の例を示す図である。
【図6】図6は、走査分子計数法により計測されたフォトンカウント(光強度)の時間変化から粒子のカウンティングをするための処理手順をフローチャートの形式で表した図である。
【図7】図7は、走査分子計数法により計測されたフォトンカウント(光強度)の時間変化から粒子のカウンティングをするための処理手順における検出信号の信号処理過程の例を説明する図である。
【図8】図8は、走査分子計数法により計測されたフォトンカウントデータの実測例(棒グラフ)と、データをスムージングして得られる曲線(点線)と、ピーク存在領域にてフィッティングされたガウス関数(実線)を示している。図中、「ノイズ」と付された信号は、ノイズ又は異物による信号であるとして無視される。
【図9】実施例1において、FIDA解析の結果を示した図である。
【図10】実施例2において、FIDA解析の結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の標的核酸分子の検出方法は、標的核酸分子と会合体を形成している状態と、分子内構造体(いわゆるステムーループ構造)を形成している状態とで光学的特性が変化する分子ビーコンプローブを用いて核酸含有試料中の標的核酸分子を検出する方法であって、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとを会合させた後、FRETの蛍光強度解析の前に、会合体を形成していない遊離の分子ビーコンプローブのステムーループ構造中のステム領域を共有結合させることを特徴とする。遊離の分子ビーコンプローブのステム領域を共有結合させることにより、標的核酸分子と会合体を形成しなかった分子ビーコンプローブがステムーループ構造の状態で安定して維持される結果、蛍光強度解析までの間や解析時において、分子ビーコンプローブと非標的核酸分子との会合体形成が効果的に抑制される。
【0016】
FRETを利用した分子ビーコン法では、まず、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体の形成を、両者が特異的に会合することができ、かつ、分子ビーコンプローブとは非相補的な塩基配列を有する核酸と分子ビーコンプローブとによる非特異的な会合が十分に抑制されている条件(以下、「特異的会合条件」という。)で行った後、FRETを利用して形成された会合体を検出する。一般的に、形成された会合体の検出は、室温等の比較的穏やかであって、分子ビーコンプローブとは非相補的な塩基配列を有する核酸と分子ビーコンプローブとによる非特異的会合体も、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体と同様に形成可能な条件(以下、「非特異的会合条件」という。)で行われる。非特異的な会合を抑制するという点からは、FRETの測定も特的会合条件下で行うことが好ましいが、実際には、特異的会合条件下でFRETを測定することは困難であり、また、高価な検出装置を要するためである。この非特異的会合条件では、分子ビーコンプローブは、分子ビーコンプローブとは非相補的な塩基配列を有する核酸(非標的核酸分子)との会合体も形成され得る。つまり、FRET測定を非特異的会合条件で行うことにより、標的以外の核酸分子を誤って検出してしまう場合があった。
【0017】
これに対して、本発明の標的核酸分子の検出方法では、特異的会合条件で標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体を形成させた後、会合体を形成していない分子ビーコンプローブのステム−ループ構造中のステム領域を共有結合により安定化した状態、言い換えると、非標的核酸分子と会合することができない状態で、FRET測定を行う。これにより、標的核酸分子の検出精度を犠牲にすることなく、FRETの蛍光強度解析を、温度コントロールを行わない状態で、例えばいわゆる常温で行うことができる。
【0018】
なお、特異的会合条件は、標的核酸分子及び分子ビーコンプローブの塩基配列の種類や長さ等に依存する。具体的には、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの特異的会合条件は、分子ビーコンプローブの融解曲線から求めることができる。
【0019】
会合体の形成は一般的に温度条件や塩濃度条件に依存するため、分子ビーコンプローブと標的核酸分子のみを含有する溶液の温度を、高温から低温へと変化させ、当該溶液の吸光度や蛍光強度を測定することにより、融解曲線を求めることができる。得られた融解曲線から、ステムーループ構造を形成していた分子ビーコンプローブが、変性して標的核酸分子と会合体を形成し始めた温度から、ほぼ全てが会合体となった温度までの範囲の温度条件を、特異的会合条件とすることができる。温度に代えて、溶液中の塩濃度を低濃度から高濃度への変化させることによっても、同様にして融解曲線を決定し、特異的会合条件を求めることができる。
【0020】
このように、特異的会合条件は、標的核酸分子や分子ビーコンプローブの種類ごとに異なり、実験的に決定されるものであるが、一般にはTm値(融解温度)で代用することができる。例えば、汎用されているプライマー/プローブ設計ソフトウェア等を用いることにより、分子ビーコンプローブの塩基配列情報から、標的核酸分子と相補的な塩基配列を有する領域のTm値(2本鎖DNAの50%が1本鎖DNAに解離する温度)を算出することができる。温度がTm値近傍の値である条件、例えばTm値±3℃程度である条件を、特異的会合条件とすることができる。算出されたTm値近傍において実験的に融解曲線を求めることにより、より詳細に特異的会合条件を決定することもできる。
【0021】
本発明において用いられる分子ビーコンプローブは、標的核酸分子と相補的な塩基配列を有しており、かつ3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列を有している核酸分子である。本発明において用いられる分子ビーコンプローブは、3’末端側の領域と5’末端側とが、これらの相補的な塩基配列において塩基対を形成することによって、ステム−ループ構造を形成する。
【0022】
分子ビーコンプローブの分子内塩基対を形成する互いに相補的な領域(ステム領域)は、標的核酸分子と相補的な塩基配列からなる領域を挟むようにして存在していればよく、3’末端側の領域及び5’末端側の領域は、それぞれ、3’末端又は5’末端を含んでいる領域であってもよく、含まない領域であってもよい。また、塩基対を形成する領域の塩基数や塩基配列は、形成された塩基対の安定性が、標的核酸分子との会合体の安定性よりも低く、且つ測定条件下で塩基対を形成し得る程度であればよい。
【0023】
本発明において用いられる分子ビーコンプローブは、第1マーカー及び第2マーカーが結合されている。第2マーカーは、第1マーカーと近接することにより光学的特性が変化する物質とする。具体的は、本発明における第1マーカー及び第2マーカーとしては、第1マーカーと第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしている場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを要する。
【0024】
ここで、「物質の光学的特性が変化する」とは、当該物質から発される蛍光の波長や強度が変化することを意味する。また、本発明において、「マーカーの光学的特性を検出する」とは、当該マーカーから発される特定の波長の蛍光シグナルを検出することを意味する。当該蛍光シグナルとしては、蛍光強度や蛍光偏光等がある。本発明においては、蛍光強度であることが好ましい。
【0025】
本発明において、第1マーカー及び第2マーカーは、十分に近接した場合にFRETが生じる物質同士の組み合わせであればよく、FRETにおいて一般的に用いられている物質の中から、適宜選択して用いることができる。例えば、第1マーカー及び第2マーカーの両方が蛍光物質であってもよく、いずれか一方が蛍光物質であり、他方が当該蛍光物質から受け取ったエネルギーを熱エネルギーとして放出する物質(いわゆる、ダーククエンチャー)であってもよい。また、第1マーカーと第2マーカーの一方のみが蛍光物質である場合、第1マーカーと第2マーカーのいずれが蛍光物質であってもよい。すなわち、第1マーカーが蛍光物質であり、第2マーカーが当該蛍光物質から発される蛍光を消光する消光物質であってもよく、第2マーカーが蛍光物質であり、第1マーカーが当該蛍光物質から発される蛍光を消光する消光物質であってもよい。
【0026】
第1マーカー及び第2マーカーは、分子ビーコンプローブが3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしている場合(ステムーループ構造が形成されている場合)と変性し1本鎖となった場合とで、両マーカーの距離が変化するように、分子ビーコンプローブ中に結合させる。分子ビーコンプローブの3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしている場合、すなわちステムーループ構造を形成している場合には、両マーカーの間でFRETが生じるほど近接している。一方で、分子ビーコンプローブがステムーループ構造を形成していない場合、例えば、変性し1本鎖となった状態や、標的核酸分子等の他の1本鎖核酸と会合体を形成している状態では、両マーカーの間でFRETが生じない程度に両マーカーの距離が離れる。本発明においては、分子ビーコンプローブの3’末端側の領域に第1マーカーが、5’末端側の領域に第2マーカーがそれぞれ結合していることが好ましく、3’末端に第1マーカーが、5’末端に第2マーカーがそれぞれ結合していることがより好ましい。
【0027】
標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体は、分子ビーコンプローブに結合させた第1マーカーと第2マーカーとの間に生じるFRETを利用して検出する。分子ビーコンプローブと標的核酸分子とが会合体を形成している場合には、第1マーカーと第2マーカーとの間でFRETによるエネルギー移動が生じない。このため、第1マーカー若しくは第2マーカーから発される蛍光を検出することにより、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体を検出することができる。一方で、分子ビーコンプローブは、標的核酸分子をはじめとする他の1本鎖核酸と会合体を形成していないときにはステムーループ構造を形成しており、第1マーカーと第2マーカーとの間でFRETによるエネルギー移動が生じる。このため、ステムーループ構造を形成している分子ビーコンプローブは、エネルギー移動の結果発される蛍光を検出することにより検出することができる。
【0028】
分子ビーコンプローブは、標的核酸分子の塩基配列情報や塩基対を形成する領域の塩基配列情報に基づいて、塩基配列を設計し、合成した核酸プローブに、マーカーを結合させることにより作製されるが、分子ビーコンプローブの設計や合成、分子ビーコンプローブとマーカーとの結合反応は、常法により行うことができる。
【0029】
本発明の標的核酸分子の検出方法は、具体的には、下記工程(a)〜(f)を有する。
(a)標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有しており、かつ第1マーカー及び第2マーカーが結合された分子ビーコンプローブを、核酸含有試料に添加した試料溶液を調製する工程と、
(b)前記工程(a)において調製された試料溶液中の核酸分子を変性させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、前記試料溶液中の核酸分子を会合させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、前記試料溶液中の前記分子ビーコンプローブのうち、会合していないものに対して、3’末端側の領域及び5’末端側の領域をハイブリダイズさせてステムーループ構造を形成させる工程と、
(e)前記工程(d)の後、ステムーループ構造中のステム領域において、当該分子ビーコンプローブの3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に少なくとも1の共有結合を形成させる工程と、
(f)前記工程(e)の後、前記試料溶液中の第1マーカー又は第2マーカーの光学的特性に基づき、前記標的核酸分子を検出する工程。
【0030】
本発明において標的核酸分子とは、検出の標的である特定の塩基配列を有する核酸分子を意味する。当該標的核酸分子としては、分子ビーコンプローブの設計が可能な程度に塩基配列が明らかになっているものであれば、特に限定されるものではない。例えば、動物や植物の染色体や、細菌やウィルスの遺伝子に存在する塩基配列を有する核酸分子であってもよく、人工的に設計された塩基配列を有する核酸分子であってもよい。なお、本発明において、標的核酸分子としては、2本鎖核酸であってもよく、1本鎖核酸であってもよい。また、DNAとRNAのいずれであってもよい。該標的核酸分子として、例えば、マイクロRNA、siRNA、mRNA、hnRNA、ゲノムDNA、PCR増幅等による合成DNA、RNAから逆転写酵素を用いて合成されたcDNA等がある。本発明の標的核酸分子の検出方法としては、マイクロRNAやsiRNA等のRNAや、これらのcDNAであることが好ましい。なお、本発明において、標的核酸分子の長さは特に限定されるものではないが、10塩基以上であることが好ましく、10〜500塩基程度であることがより好ましく、10〜50塩基程度であることがさらに好ましい。中でも、10〜30塩基程度の長さのマイクロRNAやsiRNAであることが特に好ましい。
【0031】
また、本発明において核酸含有試料とは、核酸分子を含有する試料であれば、特に限定されるものではない。該核酸含有試料として、例えば、動物等から採取した生体試料、培養細胞等から調製された試料、核酸合成反応後の反応溶液等が挙げられる。生体試料等そのものであってもよく、生体試料等から抽出・精製した核酸溶液でもよい。
【0032】
まず、工程(a)として、核酸含有試料及び分子ビーコンプローブを適当な溶媒に添加して、試料溶液を調製する。該溶媒は、第1マーカー又は第2マーカーから発される蛍光の検出、及び、両マーカー間で生じるFRETを阻害しない溶媒であれば、特に限定されるものではなく、当該技術分野において一般的に用いられているバッファーの中から、適宜選択して用いることができる。該バッファーとして、例えば、PBS(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.4)等のリン酸バッファーやトリスバッファー等がある。
【0033】
一般的に、工程(a)における試料溶液の調製を、分子ビーコンプローブ中の互いに塩基対を形成する領域のTm値以下の温度で行った場合には、分子ビーコンプローブはステムーループ構造の状態で存在している。このため、第1マーカーを蛍光物質、第2マーカーを消光物質とした場合には、第1マーカーと第2マーカーとの間に生じるFRETにより、第1マーカーから発される蛍光は消光されており、検出されないか、もしくは減弱している。
【0034】
次に、工程(b)として、調製された試料溶液中の核酸分子を変性させる。本発明において、「核酸分子を変性させる」とは、塩基対を解離させることを意味する。例えば、分子ビーコンプローブの3’末端側の領域及び5’末端側の領域にある互いに相補的な塩基配列によって形成された塩基対を解離させ、1本鎖構造にすることや、2本鎖核酸を1本鎖核酸とすることを意味する。本発明においては、蛍光物質への影響が比較的小さいことから、高温処理による変性(熱変性)又は低塩濃度処理による変性を行うことが好ましい。中でも、操作が簡便であるため、熱変性を行うことが好ましい。具体的には、熱変性は、当該試料溶液を、高温処理をすることにより、当該試料溶液中の核酸分子を変性することができる。一般的には、DNAで90℃、RNAでは70℃で数秒間から2分間程度、保温することによって変性させることができるが、標的核酸分子の塩基の長さ等により変性する温度は千差万別であり、変性することが可能であれば、この温度に限定するものではない。一方、低塩濃度処理による変性は、例えば、精製水等により希釈することによって、当該試料溶液の塩濃度が十分に低くなるように調整することによって行うことができる。
【0035】
次いで、工程(c)として、前記試料溶液中の核酸分子を会合させる。標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体の形成は、特異的会合条件で行う。具体的には、熱変性を行った場合には、高温処理後、当該試料溶液の温度を、特異的会合条件に適う温度にまで低下させることにより、当該試料溶液中の核酸分子を適宜会合させることができる。好ましくは、試料溶液の温度を、分子ビーコンプローブ中の標的核酸分子と相補的な塩基配列を有する領域のTm値±3℃の温度程度まで低下させる。一方、低塩濃度処理による変性を行った場合にも、同様に、低塩濃度処理後、塩溶液を添加する等により、当該試料溶液の塩濃度を、特異的会合条件に適う濃度にまで上昇させることにより、当該試料溶液中の核酸分子を適宜会合させることができる。
【0036】
その後、工程(d)として、試料溶液中の分子ビーコンプローブのうち、会合していないものに対して、3’末端側の領域及び5’末端側の領域をハイブリダイズさせてステムーループ構造を形成させる。具体的には、ステムーループ構造が形成可能な温度にまで試料溶液の温度を低下させたり、ステムーループ構造が形成可能な塩濃度にまで、塩溶液を添加して試料溶液の塩濃度を高める。
【0037】
ステムーループ構造が形成可能な温度や塩濃度は、例えば、分子ビーコンプローブの融解曲線から求めることができる。融解曲線は、分子ビーコンプローブのみを含有する溶液の温度を、高温から低温へと変化させ、当該溶液の吸光度や蛍光強度を測定することにより作成できる。得られた融解曲線から、ステムーループ構造を形成していた分子ビーコンプローブが、変性し始める温度よりも低い温度が、ステムーループ構造が形成可能な温度範囲となる。温度に代えて、溶液中の塩濃度を低濃度から高濃度への変化させることによっても、同様にして融解曲線を決定し、ステムーループ構造が形成可能な温度範囲となる。その他、ステム領域の塩基配列情報から当該領域のTm値(融解温度)よりも低い温度範囲をステムーループ構造が形成可能な温度範囲とすることもできる。
【0038】
本発明においては、処理が簡便であることから、工程(d)におけるステムーループ構造の形成は、温度条件をステムーループ構造が形成可能な温度以下とすることにより行うことが好ましい。中でも、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの特異的会合条件で会合体を形成させた後、試料溶液を、当該分子ビーコンプローブがステムーループ構造を形成可能な温度にまで急冷(急速冷却)することが好ましい。急冷することにより、遊離の分子ビーコンプローブに、速やかにステムーループ構造を形成させることができ、分子ビーコンプローブと非標的核酸分子との会合体の形成をより十分に抑制することができる。
【0039】
工程(d)の後、工程(e)として、ステムーループ構造が形成されている分子ビーコンプローブにおいて、ステム領域を形成している3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に少なくとも1の共有結合を形成させる。3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に共有結合を形成させることにより、ステム構造(3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に形成されている塩基対)が解消されたとしても、3’末端側の領域と5’末端側の領域は、ステム構造と同様にFRETが起こる程度にまで隣接した状態で安定して維持される。
【0040】
工程(e)における共有結合の形成方法は、塩基対を形成している2本の1本鎖核酸同士を連結する共有結合を形成可能であれば、特に限定されるものではなく、核酸分子同士をクロスリンクする際に用いられる公知の手法の中から適宜選択して行うことができる。なお、工程(e)における共有結合の形成は、工程(d)において形成されたステム−ループ構造を維持した状態で行うことが好ましい。例えば、工程(d)におけるステム−ループ構造の形成を、試料溶液をステム−ループ構造形成可能な温度にまで低下させることにより行った場合には、工程(e)における共有結合の形成は、試料溶液の温度を変更せずに行うことが好ましい。
【0041】
本発明においては、光化学的反応により、共有結合を形成することが好ましい。光化学的反応とは、特定の波長の光を照射し、その光エネルギーを利用して行われる反応を意味する。光化学的反応により共有結合を形成する方法は、試料溶液に特定の波長の光を照射することによって会合体の核酸鎖間に共有結合を形成させることができるため、試料溶液の組成等の条件を変動させる必要がない。このため、試料溶液中の会合体に対して、共有結合形成以外に与える影響を抑えることができ、かつ操作も簡便である。
【0042】
例えば、ステム領域を形成する3’末端側の領域及び5’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されている分子ビーコンプローブを用いることにより、光化学反応によって、当該分子ビーコンププローブの3’末端側の領域とび5’末端側の領域との間に、当該光反応性塩基誘導体を介した共有結合を形成することができる。
【0043】
ここで、光反応性塩基誘導体とは、特定の波長の光が照射されることにより、有機合成反応における反応性が活性化される部位(光反応性部位)を有し、天然のヌクレオチドと同様に核酸鎖を形成することが可能な塩基誘導体を意味する。
【0044】
例えば、3’末端側の領域であって、5’末端側の領域と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されている分子ビーコンプローブに、ステムーループ構造を形成させた後、当該分子ビーコンプローブが含まれている試料溶液に、当該光反応性塩基誘導体中の光反応性部位を活性化し得る波長の光を照射すると、当該光反応性部位が活性化され、この光反応性部位に近接する当該分子ビーコンプローブの5’末端側の領域中の原子との間に共有結合が形成される。
【0045】
分子ビーコンプローブ中の光反応性塩基誘導体に置換される塩基は、ステム領域(互いに相補的な塩基配列を有する3’末端側の領域及び5’末端側の領域)中の塩基であれば特に限定されるものではない。
【0046】
このような光反応性塩基誘導体としては、例えば、3−Cyanovinylcarbazole Nucleoside(CNVK)(例えば非特許文献4又は5参照。)等が挙げられる。なお、光反応性塩基誘導体に置換されている分子ビーコンプローブは、例えば、分子ビーコンプローブを公知のオリゴヌクレオチド合成機を用いて合成する際に、光反応性塩基誘導体を原料として用いることにより製造することができる。また、未置換分子ビーコンプローブを製造した後、公知の有機合成反応により、当該プローブを構成する塩基に適当な光反応性官能基を導入することによっても得ることができる。
【0047】
光反応性塩基誘導体としてCNVKを用いた場合には、具体的には、次のようにして、分子ビーコンプローブのステムーループ構造のステム領域を共有結合により安定化することができる。まず、分子ビーコンプローブ中のステム領域を形成する塩基のうち、当該塩基の5’側に隣接する塩基がプリン塩基である塩基を、少なくとも1つCNVKに置換したCNVK置換分子ビーコンプローブを調製する。次いで、このCNVK置換分子ビーコンプローブにステムーループ構造を形成させた後、形成された会合体を含む試料溶液に340〜380nmの光、好ましくは360〜370nmの光、より好ましくは366nmを含む紫外光を照射すると、CNVKの5’側 に隣接するプリン塩基と塩基対を形成しているステム領域中のピリミジン塩基を構成する原子とCNVKを構成する原子とが共有結合により結合する。
【0048】
その他、光反応性塩基誘導体として、チミン(T)又はアデニン(A)にリンカーを介してソラーレン(psoralen)(例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 88, pp. 5602-5606, July 1991)を付加したものを用いてもよい。例えば、分子ビーコンプローブ中のステム領域にTA配列があった場合に、当該TA配列中のT又はAにリンカーを介してソラーレンを結合させたソラーレン結合分子ビーコンプローブを調製する。次いで、このソラーレン結合分子ビーコンプローブにステムーループ構造を会合させた後、254nm等の近紫外光を照射すると、このソラーレンを介してステム領域を構成している3’末端側の領域と5’末端側の領域の間が架橋され、ステム領域が安定化する。
【0049】
本発明においては、前記工程(c)の後、工程(d)の前に、下記工程(g)及び(h)を有していることが好ましい。
(g)前記工程(c)の後、前記試料溶液の温度及び塩濃度が前記工程(c)における会合体形成時と同じ条件下で、形成された会合体中の2本の核酸鎖間に共有結合を形成する工程と、
(h)前記工程(g)の後、会合体を形成する2本の核酸鎖のうちの一方が前記分子ビーコンプローブである会合体のうち、2本の核酸鎖間に共有結合が形成されていない会合体を解離させる工程。
【0050】
工程(c)において分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体を形成させた後、同じ条件下で、すなわち、特異的結合条件下で、形成された会合体中の2本の核酸鎖(分子ビーコンプローブ及び標的核酸分子)間で共有結合を形成することによって標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体を安定化ずる。さらに、標的核酸分子以外の核酸分子と分子ビーコンプローブとの非特異的会合体を解離させて、当該非特異的会合体を形成していた分子ビーコンプローブにステムーループ構造を形成させた後に、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体を検出する。特異的会合条件において特異的に形成された標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体が、FRET検出時まで安定して保持されるため、標的核酸分子検出の特異性や定量性を顕著に改善することができる。
【0051】
なお、「工程(c)における会合体形成時と同じ条件」とは、試料溶液の温度及び塩濃度が互いに同一条件であることが好ましいが、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体の形成しやすさと、非標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体の形成しやすさとが、工程(c)における会合体形成時と、工程(g)における共有結合形成時とで実質的に同じであればよく、必ずしも物理的に完全に同一でなくてもよい場合がある。例えば、工程(c)における会合体形成時の試料溶液の温度がTm値±3℃であった場合に、工程(g)における共有結合形成時の試料溶液の温度もTm値±3℃の範囲内の温度であればよい場合がある。標的核酸分子の塩基配列の種類によっては、Tm値±3℃の温度であれば、特異的会合条件であり、当該温度範囲内で多少の変動があったとしても、会合体形成の特異性に対する影響はほとんどないと考えられるためである。
【0052】
工程(g)における共有結合の形成方法は、工程(e)における共有結合の形成と同様、1本鎖化された標的核酸分子と分子ビーコンプローブとが会合して形成された会合体の2本鎖間にのみ共有結合を形成可能であれば、特に限定されるものではなく、核酸分子同士をクロスリンクする際に用いられる公知の手法の中から適宜選択して行うことができる。
【0053】
本発明においては、光化学的反応により、共有結合を形成することが好ましい。
例えば、標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基を、光反応性塩基誘導体に置換されている分子ビーコンプローブを用いることにより、光化学反応によって、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体に、当該光反応性塩基誘導体を介した共有結合を形成することができる。光反応性塩基誘導体に置換されている分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体を形成させた後、当該会合体が含まれている試料溶液に、当該光反応性塩基誘導体中の光反応性部位を活性化し得る波長の光を照射すると、当該光反応性部位が活性化され、この光反応性部位に近接する標的核酸分子中の原子との間に共有結合が形成される。
【0054】
分子ビーコンプローブ中の光反応性塩基誘導体に置換される塩基は、標的核酸分子と相補的な塩基配列中の塩基であれば特に限定されるものではない。本発明の標的核酸分子の検出方法を標的核酸分子に1〜数塩基、特に1塩基のみが相違する近似した核酸分子が存在し、当該核酸分子と区別して標的核酸分子を検出する場合には、分子ビーコンプローブ中の光反応性塩基誘導体に置換される塩基は、当該相違する塩基(1塩基変異解析の場合には変異部分)と塩基対を形成する塩基から20塩基対以内であることが好ましく、10塩基以内であることがより好ましく、5塩基以内であることがさらに好ましい。
【0055】
光反応性塩基誘導体としてCNVKを用いた場合には、具体的には、次のようにして、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの会合体を共有結合により安定化することができる。まず、分子ビーコンプローブ中の標的核酸分子と塩基対を形成する塩基のうち、当該塩基の5’側に隣接する塩基がプリン塩基である塩基を、少なくとも1つCNVKに置換したCNVK置換分子ビーコンプローブを調製する。次いで、このCNVK置換分子ビーコンプローブと標的核酸分子とを会合させた後、形成された会合体を含む試料溶液に340〜380nmの光、好ましくは360〜370nmの光、より好ましくは366nmを含む紫外光を照射すると、CNVKの5’側 に隣接するプリン塩基と塩基対を形成している標的核酸分子中のピリミジン塩基を構成する原子とCNVKを構成する原子とが共有結合により結合する。
【0056】
その他、例えば、分子ビーコンプローブ中の標的核酸分子と会合する領域に、TA配列があった場合に、当該TA配列中のT又はAにリンカーを介してソラーレンを結合させたソラーレン結合分子ビーコンプローブを調製する。次いで、このソラーレン結合分子ビーコンプローブと標的核酸分子とを会合させた後、254nm等の近紫外光を照射すると、このソラーレンを介して標的核酸分子とソラーレン結合分子ビーコンプローブとが架橋され、両者による会合体が安定化する。
【0057】
さらに工程(h)として、会合体を形成する2本の核酸鎖のうちの一方が前記分子ビーコンプローブである会合体のうち、2本の核酸鎖間に共有結合が形成されていない会合体を解離させる。共有結合が形成されていない会合体を解離させる方法は、特に限定されるものではなく、工程(b)における変性と同様に行うことができる。
【0058】
試料溶液中の核酸分子を変性させた後(工程(h))、工程(e)として、当該試料溶液を急冷することが好ましい。急冷は、変性状態から可能な限り速やかに0℃近傍にすることが望ましいが、変性状態の分子ビーコンプローブがその他の核酸分子と会合せず、ステムーループ構造が優先的に形成されるような冷却速度であればよい。
【0059】
特異的会合条件で形成された会合体を形成させた後(工程(c))、標的核酸分子と分子ビーコンプローブとからなる特異的な会合体のみが共有結合により安定化される(工程(g))。次いで、非特異的な会合体を形成していた分子ビーコンプローブは解離された後(工程(h))、ステム−ループ構造が形成され(工程(d))、当該構造が共有結合により安定化される(工程(e))。これにより、理論的には試料溶液中では、標的核酸分子と会合体を形成した分子ビーコンプローブは、会合体の状態で安定化されており、標的核酸分子と会合体を形成していない分子ビーコンプローブは全てステムーループ構造を形成した状態で安定化されている。このため、当該試料溶液の蛍光強度を解析することにより、標的核酸分子の検出精度がより向上する。
【0060】
このように、本発明の標的核酸分子の検出方法が、さらに工程(g)及び(h)を有する場合には、ハイブリダイゼーション反応により形成された会合体を、特異的会合条件下における会合時の状態で安定化し、さらに非特異的に形成された会合体を解離させておくため、高い特異性でハイブリダイゼーション反応を検出することが可能である。このため、当該態様の検出方法は、標的核酸分子と当該分子と1又は数塩基のみのミスマッチ部位を有する核酸分子が混在している核酸含有試料から、標的核酸分子を特異的に検出する際の感度や特異度をより向上させることができる。
【0061】
図1は、会合体を構成する標的核酸分子と分子ビーコンプローブとの間に共有結合形成(クロスリンク)を生じさせた上で、試料溶液中の会合体を変性させた後に急冷させ、さらにステムーループ構造を形成した分子ビーコンプローブのステム領域に共有結合を形成することの効果を模式的に示した図である。
【0062】
図1の上図は、標的核酸分子2、非標的核酸分子3、及び分子ビーコンプローブ1を含む試料溶液を変性処理後、340〜380nmの光を照射して、会合体を構成する標的核酸分子と第1核酸分子プローブとの間に共有結合形成(クロスリンク)を生じさせたことを示す。分子ビーコンプローブ1は、標的核酸分子と相補的な塩基配列中の1の塩基が光反応性塩基誘導体6に置換されており、かつ第1マーカー4(蛍光物質)及び第2マーカー5(消光物質)が結合されている。また、非標的核酸分子3は、分子ビーコンプローブとは非相補的な塩基配列を有する核酸分子であり、図中「×」は、分子ビーコンプローブと非相補的な塩基を示している。変性後の試料溶液中の分子ビーコンプローブ1は、分子ビーコンプローブ1と標的核酸分子2との会合に最適化した温度(特異的会合条件)にて会合を行った場合に、標的核酸分子2とのみならず、標的核酸分子2と一塩基のみが相違する非標的核酸分子3とも会合体を形成する。
【0063】
図1の中図及び下図は、クロスリンク後に試料溶液中の会合体を変性させた後、急冷した場合の分子ビーコンプローブ1等の状態を示す。変性させることにより、共有結合が形成されていない非標的核酸分子3と分子ビーコンプローブ1との会合体は解離する。一方で、標的核酸分子2と分子ビーコンプローブ1との会合体は、変性させた後も共有結合により結合が維持される。その後の急冷処理により、標的核酸分子2と分子ビーコンプローブ1との会合体が変性前と同様に形成される。一方、非標的核酸分子3から解離された分子ビーコンプローブ1は、ステムーループ構造を形成する。この状態の試料溶液に340〜380nmの光を照射して、ステム領域を構成する3’末端側の領域及び5’末端側の領域の間に、光反応性塩基誘導体7による共有結合形成(クロスリンク)を生じさせる。その後、常温で、第1マーカー4の分光特性に最適な波長の光を照射してFRET測定を行うと、エネルギー移動により、ステムーループ構造を形成した分子ビーコンプローブ1からは蛍光は検出されないか、もしくは減弱しているが、標的核酸分子2と分子ビーコンプローブ1との会合体からは、第1マーカー4から発される蛍光が検出される。
【0064】
次いで工程(f)として、試料溶液中の第1マーカー又は第2マーカーの光学的特性に基づき、前記標的核酸分子を検出する。試料溶液中、分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体のみが、第1マーカー又は第2マーカーに由来する蛍光を発しているためである。したがって、第1マーカーの分光特性に最適な波長の光を照射し、第1マーカーから発される蛍光の蛍光強度やその揺らぎ(時間変化)を測定することにより、当該第1マーカーと分子ビーコンプローブを介して結合している標的核酸分子を検出することができる。
【0065】
なお、工程(f)において、試料溶液中の第1マーカー又は第2マーカーの光学的特性の時間変化の検出方法は、溶液中の分子の蛍光シグナルの強度又はその時間変化(揺らぎ)を検出し解析し得る方法であれば、特に限定されるものではない。例えば、試料溶液中の全蛍光分子から発される蛍光強度を測定してもよく、一分子ごとに蛍光強度を測定してもよい。
【0066】
試料溶液の蛍光強度は、蛍光プレートリーダー等の蛍光分光光度計等を用いて常法により測定することができる。試料溶液の蛍光強度は、当該試料溶液中に含まれている分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体の量に依存する。このため、例えば、予め検出対象である蛍光物質の含有量と蛍光強度との関係を示す検量線を作成しておくことにより、試料溶液中の分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体の量、すなわち、核酸含有試料中の標的核酸分子の量を定量することができる。
【0067】
試料溶液中の一分子ごとに蛍光強度を測定する方法としては、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy,FCS)、蛍光強度分布解析法(Fluorecscence Intensity Distribution Analysis, FIDA)、又は蛍光偏光強度分布解析法(FIDA polarization,FIDA−PO)により、前記試料溶液中に存在している前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出する方法が挙げられる。本発明の標的核酸分子の検出方法においては、FRETにより生じる光学的特性の変化を検出していることから、これらの一分子蛍光分析法のうち、FIDA又はFCSを行うことがより好ましく、FIDAを行うことがさらに好ましい。
【0068】
なお、このような分子の蛍光シグナルの時間変化の検出及び解析は、例えば、MF20(オリンパス社製)等の公知の一分子蛍光分析システム等を用いて、常法により行うことができる。また、本発明においては、第1マーカー又は第2マーカー由来の蛍光を発する分子は、分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体のみであるため、蛍光分子をこれらの一分子蛍光分析法によって検出することにより、直接的に標的核酸分子数を計測することができる。
【0069】
例えば、FIDAにより、共焦点光学系における焦点領域に存在している分子の蛍光強度の揺らぎを検出した後、統計解析を行うことによって、標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出することにより、標的核酸分子を検出し定量することができる。
また、FIDA−POにより、共焦点光学系における焦点領域に存在している分子の蛍光強度の偏光を検出した後、統計解析を行うことによって、標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出することにより、標的核酸分子を検出し定量することができる。
さらに、FCSにより、共焦点光学系における焦点領域に存在している分子の蛍光強度の揺らぎを検出した後、統計解析を行うことによって、標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出することにより、標的核酸分子を検出し定量することができる。
【0070】
本発明の標的核酸分子の検出方法においては、その他、走査分子計数法により、試料溶液中の蛍光分子を検出することもできる。具体的には、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動させながら、当該光検出領域からの蛍光を検出することにより、前記試料溶液中に存在している前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出する。
【0071】
まず、走査分子計数法について説明する。走査分子計数法は、微小領域により試料溶液内を走査しながら、試料溶液中に分散してランダムに運動する光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)が微小領域内を横切るときに、微小領域中の発光粒子から発せられる光を検出し、これにより、試料溶液中の発光粒子の一つ一つを個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする技術である。FIDA等のような光分析技術と同様に、測定に必要な試料が微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、しかも、FIDA等の光分析技術の場合に比して、より低い濃度又は数密度の発光粒子について、その濃度又は数密度等の特性を定量的に検出することが可能となる。
【0072】
発光粒子は、観測対象となる粒子と発光プローブとが結合又は会合した粒子を意味する。「発光プローブ」とは、観測対象となる粒子に結合又は会合する性質を有し、且つ、光を発する物質(通常、分子又はそれらの凝集体)であり、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。本発明の標的核酸分子の検出方法を走査分子計数法により行う場合、発光プローブは分子ビーコンプローブであり、発光粒子には、分子ビーコンプローブと標的核酸分子との会合体が含まれる。
【0073】
本発明及び本願明細書において、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡において光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する。なお、かかる領域は、共焦点顕微鏡においては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。
【0074】
試料溶液内において光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、移動する光検出領域が、ランダムに運動している粒子に結合又は会合した発光プローブを包含したときには、発光プローブからの光が検出され、これにより、一つの粒子の存在が検出されることとなる(実験の態様によっては、発光プローブは、一旦検出したい粒子と結合した後、光の検出時には、粒子から解離している場合もあり得る。)。そして、逐次的に検出された光において発光プローブからの光信号を個別に検出して、これにより、(発光プローブと結合した)粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。具体的には、例えば、上記の構成において、個別に検出された粒子を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された粒子の数を計数するようになっていてよい(粒子のカウンティング)。かかる構成によれば、粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。特に、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。勿論、絶対的な数密度値又は濃度値を直接的に決定するのではなく、複数の試料溶液又は濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比を算出するようになっていてもよい。また、走査分子計数法においては、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されていることにより、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液において機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測が可能である(試料溶液中に振動や流れが作用すると、粒子の物性的性質が変化する可能性がある。)。そして、試料溶液を流通させるといった構成が必要ではないので、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析が可能である。
【0075】
上記の粒子を個別に検出する過程において、逐次的に検出される光信号から、1つの粒子に結合した発光プローブ(1つの発光プローブが1つの粒子に結合している場合、複数の発光プローブが1つの粒子に結合している場合、及び、実験態様によって1つの粒子に結合した後粒子から解離した発光プローブである場合を含む。以下同様)が光検出領域に入ったか否かの判定は、時系列に検出される光信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態において、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する光信号が検出されたときに、1つの粒子に結合した発光プローブが光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。
【0076】
また、上記の光検出領域の位置を移動する過程において、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、粒子に結合した発光プローブの特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更されてよい。当業者において理解される如く、粒子に結合した発光プローブから検出される光の態様は、その特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、1つの粒子に結合した発光プローブから得られる光量は低減することとなるので、1つの粒子に結合した発光プローブからの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更されることが好ましい。
【0077】
更に、上記の光検出領域の位置を移動する過程において、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる粒子に結合した発光プローブ(即ち、本発明においては分子ビーコンプローブ及びその会合体)の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明の方法では、光検出領域が1つの粒子に結合した発光プローブの存在位置を通過したときにその発光プローブから発せられる光を検出して、発光プローブを個別に検出する。しかしながら、粒子に結合した発光プローブが溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光プローブから複数回、(検出したい粒子の存在を表す)光信号が検出されてしまい、検出された光信号と1つの検出したい粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記の如く、光検出領域の移動速度を粒子に結合した発光プローブの拡散移動速度よりも高く設定し(具体的には、光学系の光検出領域の位置が、標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるように設定し)、これにより、1つの粒子に結合した発光プローブを、1つの(粒子の存在を表す)光信号に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、粒子に結合した発光プローブによって変わるので、上記の如く、粒子に結合した発光プローブの特性(特に、拡散定数)に応じて、光検出領域の移動速度は適宜変更されることが好ましい。
【0078】
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザ走査型光学顕微鏡において採用されているガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0079】
走査分子計数法は、その光検出機構自体については、FIDA等の光分析技術の場合と同様に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光検出領域からの光を検出するよう構成されているので、試料溶液の量は、同様に微量であってよい。しかしながら、走査分子計数法においては、蛍光強度のゆらぎを算出するといった統計的処理が実行されないので、走査分子計数法の光分析技術は、粒子の数密度又は濃度がFIDA等の光分析技術に必要であったレベルよりも大幅に低い試料溶液に適用可能である。
【0080】
また、走査分子計数法では、溶液中に分散又は溶解した粒子の各々を個別に検出するようになっているので、その情報を用いて、定量的に、粒子のカウンティングや試料溶液中の粒子の濃度又は数密度の算定又は濃度又は数密度に関する情報の取得が可能となる。すなわち、走査分子計数法によれば、光検出領域を通過する粒子と検出された光信号とを1対1に対応させて粒子を一つずつ検出するので、溶液中に分散してランダムに運動する粒子のカウンティングが可能となり、従前に比して、精度よく試料溶液中の粒子の濃度又は数密度を決定することが可能となる。例えば、本発明の標的核酸分子の検出方法におけるFRET測定を、走査分子計数法により行い、分子ビーコンプローブが発する光によって試料溶液中の粒子を個別に検出しその数を計数して粒子濃度を決定する場合には、試料溶液の標的核酸分子の濃度が、蛍光分光光度計やプレートリーダーにより計測された蛍光強度に基づいて決定可能な濃度よりも更に低い濃度であっても標的核酸分子を検出可能である。
【0081】
更に、光学系の光路を変更して試料溶液中を光検出領域にて走査する態様によれば、試料溶液に対して機械的振動や流体力学的な作用を与えずに、試料溶液内を一様に或いは試料溶液が機械的に安定した状態で観測することになるので、例えば、試料に流れを発生させる場合(流れを与える場合には常に一様な流速を与えることは困難であると共に、装置構成が複雑となり、また、必要な試料量が大幅に増大すると共に、流れによる流体力学的作用によって溶液中の粒子、発光プローブ若しくは結合体又はその他の物質が変質又は変性してしまう可能性がある。)に比して、定量的な検出結果の信頼性が向上し、また、試料溶液中の検出対象となる粒子(本発明においては、標的核酸分子)に対して力学的な作用による影響又はアーティファクトの無い状態で計測が行えることとなる。
【0082】
<走査分子計数法のための光分析装置の構成>
走査分子計数法は、基本的な構成において、図2(A)に模式的に例示されている如き、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる光分析装置により実現可能である。同図を参照して、光分析装置101は、光学系102〜117と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ118とから構成される。光分析装置101の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこにおいて、光源102から放射されシングルモードファイバー103内を伝播したレーザ光(Ex)が、ファイバーの出射端において固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター104によって平行光となり、ダイクロイックミラー105、反射ミラー106、107にて反射され、対物レンズ108へ入射される。対物レンズ108の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル110が配列されたマイクロプレート109が配置されており、対物レンズ108から出射したレーザ光は、試料容器又はウェル110内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である粒子と、かかる粒子と結合する発光プローブ、典型的には、蛍光色素等の発光標識が付加された分子が分散又は溶解されており、発光プローブと結合又は会合した粒子(実験の態様によっては、粒子と一旦結合した後粒子から解離した発光プローブ)が励起領域に進入すると、その間、発光プローブが励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ108、ダイクロイックミラー105を通過し、ミラー111にて反射してコンデンサーレンズ112にて集光され、ピンホール113を通過し、バリアフィルター114を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー115に導入されて、光検出器116に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ118へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。なお、当業者において知られている如く、上記の構成において、ピンホール113は、対物レンズ108の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、図2(B)に模式的に示されている如きレーザ光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、励起領域以外からの光は遮断される。図2(B)に例示されたレーザ光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置における光検出領域であり(典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス型分布又はローレンツ型分布となる。実効体積は、光強度が1/eとなる面を境界とする略楕円球体の体積である。)、コンフォーカル・ボリュームと称される。また、走査分子計数法では、1つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブからの光、例えば、一個又は数個の蛍光色素分子からの微弱光が検出されるので、光検出器116としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられる。また、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するべきウェル110を変更するべく、マイクロプレート109の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置117aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置117aの作動は、コンピュータ118により制御されてよい。かかる構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測が達成可能となる。
【0083】
更に、上記の光分析装置の光学系においては、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内において焦点領域(即ち、光検出領域)の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、図2(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー107の向きを変更するミラー偏向器117が採用されてよい。かかるミラー偏向器117は、通常のレーザ走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器117は、コンピュータ118の制御の下、光検出器116による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ118におけるプログラムにおいて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。なお、図示していないが、対物レンズ108を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。上記の如く、試料溶液を移動するのではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成によれば、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生することがなくなり、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することが可能となり、安定的な計測が達成される。
【0084】
粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール113は、除去されてよい。また、粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系102〜5が省略されてよい。粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブがりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置101においては、図示の如く、複数の励起光源102が設けられていてよく、粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブを励起する光の波長によって適宜、励起光の波長が選択できるようになっていてよい。同様に、光検出器116も複数個備えられていてよく、試料中に波長の異なる複数種の粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが含まれている場合に、それらからの光を波長によって別々に検出できるようになっていてよい。
【0085】
<走査分子計数法の光分析技術の原理>
FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、観測対象粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が、蛍光強度の計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし観測対象粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、観測対象粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、有意な光強度(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、観測対象粒子の濃度が計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算において、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。これに対して、走査分子計数法では、観測対象粒子の濃度がFIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、観測対象粒子の数密度又は濃度等の特性の検出が可能である。
【0086】
走査分子計数法の光分析技術において、実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器117)を駆動して光路を変更し、図3にて模式的に描かれているように、試料溶液内において光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、図3(A)の如く、光検出領域CVが移動する間(図中、時間t0〜t2)において1つの粒子(図中、発光プローブとして蛍光色素が結合している。)の存在する領域を通過する際(t1)には、図3(B)に描かれている如く有意な光強度(Em)が検出されることとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する図3(B)に例示されている如き有意な光強度を一つずつ検出することによって、発光プローブの結合した粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。かかる走査分子計数法の光分析技術の原理においては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き、統計的な演算処理は行われず、粒子が一つずつ検出されるので、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、観測されるべき粒子の濃度が低い試料溶液でも、粒子の濃度若しくは数密度に関する情報が取得可能であることは理解されるべきである。
【0087】
また、走査分子計数法のように、試料溶液中の粒子を個別に検出し計数する方法によれば、蛍光分光光度計やプレートリーダーにより計測される蛍光強度から蛍光標識された粒子の濃度を測定する場合よりも、より低い濃度まで測定することが可能である。蛍光分光光度計やプレートリーダーによって或る蛍光標識された粒子の濃度を測定する場合、通常、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例すると仮定される。しかしながら、その場合、蛍光標識された粒子の濃度が十分に低くなると、蛍光標識された粒子から発せられた光による信号の量に対するノイズ信号の量が大きくなり(S/N比の悪化)、蛍光標識された粒子の濃度と光信号量との間の比例関係が崩れ、決定される濃度値の精度が悪化することとなる。他方、本発明の方法では、検出された光信号から個々の粒子に対応する信号を検出する過程で、検出結果からノイズ信号が排除され、個々の粒子に対応する信号のみを計数して濃度を算出するので、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定により濃度を検出する場合よりも低い濃度まで検出できることとなる。
【0088】
更にまた、観測対象粒子の1つに複数の発光プローブが結合する場合には、走査分子計数法のように試料溶液中の粒子を個別に検出し計数する方法によれば、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定の下に濃度を決定する従前の方法よりも、粒子濃度の高い側での粒子濃度の測定精度も向上する。観測対象粒子の一つに複数の発光プローブが結合する場合で或る量の発光プローブが試料溶液に添加されているとき、観測対象粒子の濃度が高くなると、相対的に粒子に結合する発光プローブの数が低減する。その場合、一つの観測対象粒子当たりの蛍光強度が低減するために、蛍光標識された粒子の濃度と光量との間の比例関係が崩れ、決定される濃度値の精度が悪化することとなる。他方、走査分子計数法では、検出された光信号から個々の粒子に対応する信号を検出する過程で、一つの粒子当たりの蛍光強度の低減の影響は少なく、粒子数から濃度を算出するので、蛍光強度が蛍光標識された粒子の濃度に比例するとの仮定により濃度を検出する場合よりも高い濃度まで検出できることとなる。
【0089】
<走査分子計数法による試料溶液の光強度の測定>
走査分子計数法の光分析における光強度の測定は、測定中にミラー偏向器117を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、FCS又はFIDAにおける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい。操作処理において、典型的には、マイクロプレート109のウェル110に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ118に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ118は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内において光検出領域の位置を移動するべく光路を変更する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域における励起光の照射及び光強度の計測が開始される。かかる計測中、コンピュータ118のプログラムに従った処理動作の制御下、ミラー偏向器117は、ミラー107(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル110内において光検出領域の位置の移動を実行し、これと同時に光検出器116は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ118へ送信し、コンピュータ118では、任意の態様にて、送信された光信号から時系列の光強度データを生成して保存する。なお、典型的には、光検出器116は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、例えば、10μ秒毎に光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行されるフォトンカウンティングであり、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0090】
光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された観測対象粒子の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行される。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0091】
ところで、光検出領域の位置の移動速度に関して、計測された時系列の光強度データからの観測対象粒子の個別の検出、或いは、観測対象粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、かかる移動速度は、観測対象粒子(より厳密には、粒子と発光プローブとの結合体又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。走査分子計数法の光分析技術の観測対象粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、図4(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度が図4(B)の如くランダムに変化し(既に触れた如く、光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の観測対象粒子に対応する有意な光強度の変化を特定することが困難となる。そこで、好適には、図5(A)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データにおいて、図5(B)に例示の如く、個々の粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略一様となり(粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様となる。)、個々の観測対象粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0092】
具体的には、拡散係数Dを有する観測対象粒子(より厳密には、粒子と発光プローブとの結合体又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)=6D・Δt …(1)
から、
Δt=(2Wo)/6D …(2)
となるので、観測対象粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(3)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、観測対象粒子の拡散係数が、D=2.0×10−10/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その略10倍の15mm/sと設定されてよい。なお、観測対象粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0093】
<走査分子計数法による光強度の分析>
上記の処理により試料溶液の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ118において、記憶装置に記憶されたプログラムに従った処理により、下記の如き光強度の分析が実行されてよい。
【0094】
(i)一つの観測対象粒子の検出
時系列の光強度データにおいて、一つの観測対象粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、図5(A)に示されている如く略直線状である場合、その粒子に対応する光強度の変化は、図7(A)に模式的に描かれている如く、(光学系により決定される)光検出領域の光強度分布を反映したプロファイル(通常、略釣鐘状)を有する。そこで、観測対象粒子の検出の一つの手法において、光強度に対して閾値Ioが設定され、その閾値を超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの観測対象粒子の検出が
為されるようになっていてよい。光強度に対する閾値Io及び時間幅Δτに対する所定の範囲は、光検出領域に対して所定の速度にて相対的に移動する観測対象粒子と発光プローブとの結合体(又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)から発せられる光の強度として想定されるプロファイルに基づいて定められるところ、具体的な値は、実験的に任意に設定されてよく、また、観測対象粒子と発光プローブとの結合体(又は粒子との結合後分解され遊離した発光プローブ)の特性によって選択的に決定されてよい。
【0095】
また、観測対象粒子の検出の別の手法として、光検出領域の光強度分布が、
ガウス分布:
I=A・exp(−2t /a ) …(4)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(4)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの観測対象粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの観測対象粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にあるときには、ノイズ又は異物として分析において無視されてよい。)
【0096】
(ii)観測対象粒子のカウンティング
観測対象粒子のカウンティングは、上記の観測対象粒子の検出の手法により検出された粒子の数を、任意の手法により、計数することにより為されてよい。しかしながら、粒子の数が大きい場合には、例えば、図6及び図7(B)に例示された処理により為されてよ
い。
【0097】
図6及び図7(B)を参照して、時系列の光強度(フォトンカウント)データから粒子のカウンティングを行う手法の一つの例においては、上記に説明された光強度の測定、即ち、光検出領域による試料溶液内の走査及びフォトンカウンティングを行って時系列光信号データ(フォトンカウントデータ)が取得された後(ステップ100)、かかる時系列光信号データ(図7(B)、最上段「検出結果(未処理)」)に対して、スムージング(平滑化)処理が為される(ステップ110、図7(B)中上段「スムージング」)。粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブの発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間においてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法により為されてよい。なお、スムージング処理を実行する際のパラメータ、例えば、移動平均法において一度に平均するデータ点数や移動平均の回数など、は、光信号データ取得時の光検出領域の位置の移動速度(走査速度)、BIN TIMEに応じて適宜設定されてよい。
【0098】
次いで、スムージング処理後の時系列光信号データにおいて、有意な信号が存在する時間領域(ピーク存在領域)を検出するために、スムージング処理後の時系列光信号データの時間についての一次微分値が演算される(ステップ120)。時系列光信号データの時間微分値は、図7(B)中下段「時間微分」に例示されている如く、信号値の変化時点における値の変化が大きくなるので、かかる時間微分値を参照することによって、有意な信号(ピーク信号)の始点と終点を有利に決定することができる。
【0099】
しかる後、時系列光信号データ上において、逐次的に、有意な信号(ピーク信号)を検出し、検出されたピーク信号が観測対象粒子に対応する信号であるか否かが判定される。具体的には、まず、時系列光信号データの時系列の時間微分値データ上にて、逐次的に時間微分値を参照して、一つのピーク信号の始点と終点とが探索され決定され、ピーク存在領域が特定される(ステップ130)。一つのピーク存在領域が特定されると、そのピーク存在領域におけるスムージングされた時系列光信号データに対して、釣鐘型関数のフィッティングが行われ(図7(B)下段「釣鐘型関数フィッティング」)、釣鐘型関数のピーク強度Imax、ピーク幅(半値全幅)w、フィッティングにおける(最小二乗法の)相関係数等のパラメータが算出される(ステップ140)。なお、フィッティングされる釣鐘型関数は、典型的には、ガウス関数であるが、ローレンツ型関数であってもよい。そして、算出された釣鐘型関数のパラメータが、一つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブが光検出領域を通過したときに検出される光信号が描く釣鐘型のプロファイルのパラメータについて想定される範囲内にあるか否か、即ち、ピーク強度、ピーク幅、相関係数が、それぞれ、所定範囲内にあるか否か等が判定される(ステップ150)。かくして、図8左に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが一つの粒子及び発光プローブの結合体又は発光プローブに対応する光信号おいて想定される範囲内にあると判定された信号は、一つの観測対象粒子に対応する信号であると判定され、これにより、一つの観測対象粒子が検出されたこととなり、一つの粒子としてカウントされる(粒子数がカウントアップされる。ステップ160)。一方、図8右に示されている如く、算出された釣鐘型関数のパラメータが想定される範囲内になかったピーク信号は、ノイズとして無視される。
【0100】
上記のステップ130〜160の処理におけるピーク信号の探索及び判定は、時系列光信号データの全域に渡って繰り返し実行され、一つの観測対象粒子が検出される毎に、粒子としてカウントされる。そして、時系列光信号データの全域のピーク信号の探索が完了すると(ステップ170)、それまで得られた粒子のカウント値が時系列光信号データにおいて検出された観測対象粒子の数とされる。
【0101】
(iii)観測対象粒子の数密度又は濃度の決定
観測対象粒子のカウンティングが為されると、時系列光信号データの取得の間に光検出領域の通過した領域の総体積を用いて、観測対象粒子の数密度又は濃度が決定される。しかしながら、光検出領域の実効体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に依存して変動するため、設計値から算定することは、一般に困難であり、従って、光検出領域の通過した領域の総体積を算定することも簡単ではない。そこで、典型的には、粒子の濃度が既知の溶液(参照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、粒子の検出及びカウンティングを行い、検出された粒子の数と参照溶液の粒子の濃度とから、光検出領域の通過した領域の総体積、即ち、観測対象粒子の検出数と濃度との関係が決定されるようになっていてよい。参照溶液の粒子としては、好ましくは、観測対象粒子が形成する粒子及び発光プローブ結合体(又は観測対象粒子に結合後遊離した発光プローブ)と同様の波長特性を有する発光標識(蛍光色素等)であってよい。具体的には、例えば、粒子の濃度Cの参照溶液について、その粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(5)
により与えられる。また、参照溶液として、複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の粒子の数密度cは、
c=n/Vt …(6)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置においては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な粒子についての濃度Cと粒子の数Nとの関係(式(5))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
【0102】
<標的核酸分子検出用キット>
本発明の標的核酸分子の検出方法に用いられる、分子ビーコンプローブをはじめとする各種試薬や機器等をキット化することも好ましい。当該キットにより、本発明の標的核酸分子の検出方法をより簡便に行うことができる。当該キットには、前記の分子ビーコンプローブの他に、試料溶液を調製するために用いられる各種バッファーや、恒温装置付インキュベーター等を含ませることができる。その他、蛍光強度解析の際の測定用コントロールとして用いられるオリゴヌクレオチド、例えば、標的核酸分子と同じ塩基配列を有する非標識のオリゴヌクレオチド(又は核酸)や、標的核酸分子とは異なる塩基配列を有する非標識のオリゴヌクレオチド(又は核酸)等を含んでいてもよい。
【実施例】
【0103】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0104】
[実施例1]
ヒトのマイクロRNAであるmiR−21(hsa−miR−21, 5’− UAGCUUAUCAGACUGAUGUUGA −3’,The miRBase Sequence Database−Release 12.0, http://microrna.sanger.ac.uk/sequences/index.shtml)と相同な配列をもつ1本鎖DNAを標的核酸分子として、本発明の標的核酸分子の検出方法により、未標識の標的核酸分子を検出した。miR−21と相同な配列を有し、5’末端の6塩基と3’末端の6塩基が互いに相補的な塩基配列であり、5’末端に第1マーカーとしてTAMRAが、3’末端に第2マーカーとしてBHQ-2が結合しており、さらに、5’末端の6塩基のうちの1つの塩基をクロスリンクする塩基誘導体としてCNVKに置換された1本鎖DNAを分子ビーコンプローブとして用いた。分子ビーコンプローブ1のCNVKに置換する前の塩基配列を配列番号1に示す。なお、分子ビーコンプローブは、株式会社ファスマックにより合成された。
【0105】
試料溶液として、当該分子ビーコンプローブを最終濃度で5nMとなるように、標的核酸分子(miR−21と相同な配列をもつ合成1本鎖DNA、配列番号2)又は標的核酸分子と1塩基のみが相違する非標的核酸分子(配列番号2で表される塩基配列中の3’末端から17塩基目の塩基(T)のみが標的核酸分子とミスマッチ(A)である塩基配列(配列番号3)からなる1本鎖DNA)を最終濃度で100nMとなるようにそれぞれ添加した溶液(150mM NaCl,10mM TrisHCl, 0.1% Tween20)を調製した。なお、当該標的核酸分子及び非標的核酸分子は、北海道システムサイエンス株式会社で合成したものを使用した。
各試料溶液を、90℃で2分間変性させた後、50℃まで1℃/15秒間で温度を下げることによりハイブリダイゼーション(会合)を行った。その後、当該試料溶液を2分割し、そのうちの一方を当該試料溶液の温度をただちに氷中に置くことにより急冷し、365nmの光照射を行った。残る一方は、1℃/15秒間で5℃まで冷却した後に40℃で5分間保持した後、蛍光測定まで室温にて保持した。また、90℃で変性後、光照射を行わず、5℃まで1℃/15秒間で冷却した後に40℃で5分間保持した後、測定まで室温にて保持したものを対照として用いた。
【0106】
その後、各試料溶液にTAMRAの励起波長を照射してTAMRAの蛍光波長を検出し、蛍光強度分布解析(FIDA解析)を行った。得られた解析結果を図9(A)に示す。横軸は添加した1本鎖DNAの属性(PM:標的核酸分子、MM:非標的核酸分子、Water:核酸分子を含まない)、縦軸は共焦点領域におけるTAMRAの蛍光強度を表している。また、図9(B)は、各値からWaterの蛍光シグナルを差し引いたのち、各条件でのPMの蛍光強度を1と規格化したときの標的核酸分子及び非標的核酸分子に対する蛍光強度の相対値を示している。
光照射によるクロスリンクを行わなかった場合には、PMの蛍光強度相対値が1に対して、MMの蛍光強度相対値は0.98とほぼ等しかった。これに対して、氷中での光照射を行った場合には、蛍光強度相対値は、PMが1の場合に、MMは0.58まで減少しており、分子ビーコンプローブの特異性が増していることがわかった。これは、標的核酸分子とクロスリンクを介して会合していない分子ビーコンプローブは、急冷工程により、速やかに自己構造であるステムーループ構造を形成し、氷中で光照射を行ったことにより、ステムーループ構造が安定化し、40℃及び室温での保持中における分子ビーコンプローブの非標的核酸分子への会合が阻害されたためと推察される。
【0107】
[実施例2]
ヒトのマイクロRNAであるmiR−21と相同な配列をもつ1本鎖DNAを標的核酸分子として、本発明の標的核酸分子の検出方法により、未標識の標的核酸分子を、1塩基のみが相違する核酸分子と区別して検出した。
分子ビーコンプローブとしては、実施例1で使用した分子ビーコンプローブを用いた。また、標的核酸分子及び非標的核酸分子も、実施例1で使用したものを用いた。
【0108】
試料溶液として、当該分子ビーコンプローブを最終濃度で5nMとなるように、標的核酸分子又は非標的核酸分子を最終濃度で100nMとなるようにそれぞれ添加した溶液(150mM NaCl,10mM TrisHCl, 0.1% Tween20)を調製した。
各試料溶液を、90℃で2分間変性させた後、50℃まで1℃/15秒間で温度を下げることによりハイブリダイゼーション(会合)を行った。その後、当該試料溶液を2分割し、そのうちの一方は、当該試料溶液を90℃で2分間変性させた後、ただちに氷中に置くことにより急冷し、365nmの光照射を行った。残る一方は、1℃/15秒間で5℃まで冷却した後に40℃で5分間保持した後、蛍光測定まで室温にて保持した。また、90℃で変性後、光照射を行わず、5℃まで1℃/15秒間で冷却した後に40℃で5分間保持した後、測定まで室温にて保持したものを対照として用いた。
【0109】
その後、各試料溶液にTAMRAの励起波長を照射してTAMRAの蛍光波長を検出し、蛍光強度分布解析(FIDA解析)を行った。得られた解析結果を図10(A)に示す。横軸は添加した1本鎖DNAの属性(PM:標的核酸分子、MM:非標的核酸分子、Water:核酸分子を含まない)、縦軸は共焦点領域におけるTAMRAの蛍光強度を表している。また、図10(B)は、各値からWaterの蛍光シグナルを差し引いたのち、各条件でのPMの蛍光強度を1と規格化したときの標的核酸分子及び非標的核酸分子に対する蛍光強度の相対値を示している。
光照射によるクロスリンクを行わなかった場合には、PMの蛍光強度相対値が1に対して、MMの蛍光強度相対値は0.99とほぼ等しかった。これに対して、氷中での光照射を行った場合には、蛍光強度相対値は、PMが1の場合に、MMは0.26まで減少しており、分子ビーコンプローブの特異性が増していることがわかった。これは、標的核酸分子とクロスリンクを介して会合していない分子ビーコンプローブは、変性、急冷工程により、速やかに自己構造であるステムーループ構造を形成し、さらに氷中で光照射を行ったことにより、ステムーループ構造が安定化し、40℃及び室温での保持中における分子ビーコンプローブの非標的核酸分子への会合が阻害されたためと推察される。また、50℃におけるハイブリダイゼーションの後にクロスリンクにより会合体を安定化させた後、変性し、さらに急冷・クロスリンク形成を行うことにより、会合体を安定化させていない場合(実施例1)よりも、分子ビーコンプローブの特異性が改善されていた。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明の標的核酸の検出方法により、分子ビーコンプローブを用いたハイブリダイゼーションを利用して、試料中に存在する標的核酸分子を、高感度かつ精度良く検出することができるため、試料中の核酸を検出又は定量解析するような生化学、分子生物学、臨床検査等の分野で利用が可能である。
【符号の説明】
【0111】
1…分子ビーコンプローブ、2…標的核酸分子、3…非特異的核酸分子、4…第1マーカー(蛍光物質)、5…第2マーカー(消光物質)、6…光反応性塩基誘導体、7…光反応性塩基誘導体、101…光分析装置(共焦点顕微鏡)、102…光源、103…シングルモードオプティカルファイバー、104…コリメータレンズ、105…ダイクロイックミラー、106、107、111…反射ミラー、108…対物レンズ、109…マイクロプレート、110…ウェル(試料溶液容器)、112…コンデンサーレンズ、113…ピンホール、114…バリアフィルター、115…マルチモードオプティカルファイバー、116…光検出器、117…ミラー偏向器、117a…ステージ位置変更装置、118…コンピュータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有しており、かつ第1マーカー及び第2マーカーが結合された分子ビーコンプローブを、核酸含有試料に添加した試料溶液を調製する工程と、
(b)前記工程(a)において調製された試料溶液中の核酸分子を変性させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、前記試料溶液中の核酸分子を会合させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、前記試料溶液中の前記分子ビーコンプローブのうち、会合していないものに対して、3’末端側の領域及び5’末端側の領域をハイブリダイズさせてステムーループ構造を形成させる工程と、
(e)前記工程(d)の後、ステムーループ構造が形成されている分子ビーコンプローブにおいて、ステム領域を形成している3’末端側の領域と5’末端側の領域との間に少なくとも1の共有結合を形成させる工程と、
(f)前記工程(e)の後、前記試料溶液中の第1マーカー又は第2マーカーの光学的特性に基づき、前記標的核酸分子を検出する工程と
を有し、
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしてステムーループ構造を形成している場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを特徴とする、標的核酸分子の検出方法。
【請求項2】
前記工程(c)の後、工程(d)の前に、
(g)前記工程(c)の後、前記試料溶液の温度及び塩濃度が前記工程(c)における会合体形成時と同じ条件下で、形成された会合体中の2本の核酸鎖間に共有結合を形成する工程と、
(h)前記工程(g)の後、会合体を形成する2本の核酸鎖のうちの一方が前記分子ビーコンプローブである会合体のうち、2本の核酸鎖間に共有結合が形成されていない会合体を解離させる工程と、
を有することを特徴とする請求項1に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項3】
前記工程(h)において、前記試料溶液中の核酸分子を変性させた後、当該試料溶液を急冷することにより、2本の核酸鎖間に共有結合が形成されていない会合体を解離させることを特徴とする請求項2に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項4】
共有結合の形成反応が、光化学的反応であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項5】
前記分子ビーコンプローブのうち、ステム領域を形成する3’末端側の領域及び5’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記共有結合が、前記光反応性塩基誘導体を介して形成されることを特徴とする請求項4記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項6】
前記分子ビーコンプローブのうち、前記標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記共有結合が、前記光反応性塩基誘導体を介して形成されることを特徴とする請求項4又は5記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項7】
前記光反応性塩基誘導体が、3−Cyanovinylcarbazole Nucleosideであり、
前記共有結合が、前記試料溶液に340〜380nmの光を照射することにより形成されることを特徴とする請求項4〜6のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項8】
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が蛍光色素であり、
前記標的核酸分子の検出を、
下記(p)〜(r):
(p)前記試料溶液の蛍光強度を測定する工程、
(q)蛍光相関分光法、蛍光強度分布解析法、又は蛍光偏光強度分布解析法により、前記試料溶液中に存在している前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算出する工程、
(r)共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて、前記試料溶液内において前記光学系の光検出領域の位置を移動させながら、当該光検出領域からの蛍光を検出することにより、前記試料溶液中に存在している前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの分子数を算 出する工程、
のいずれかの工程により行うことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項9】
前記工程(r)において、前記光学系の光検出領域の位置が、前記標的核酸分子と会合している分子ビーコンプローブの拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とする請求項8に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項10】
前記工程(d)における共有結合形成時の前記試料溶液の温度が、Tm値±3℃の範囲内の温度であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項11】
前記第1マーカーと前記第2マーカーのうち、いずれか一方が蛍光物質であり、他方が前記蛍光物質から発される蛍光を消光する消光物質であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項12】
前記第1マーカー及び前記第2マーカーが蛍光色素であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項13】
前記標的核酸分子がRNAであることを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法。
【請求項14】
核酸含有試料中の標的核酸分子を検出するために用いられる分子ビーコンプローブであって、
標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有し、かつ、第1マーカー及び第2マーカーが結合されており、
前記互いに相補的な5’末端側の領域及び3’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしてステムーループ構造を形成している場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを特徴とする分子ビーコンプローブ。
【請求項15】
前記標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されていることを特徴とする請求項14に記載の分子ビーコンプローブ。
【請求項16】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の標的核酸分子の検出方法に用いられるキットであって、
標的核酸分子を検出するために用いられる分子ビーコンプローブを含み、
前記分子ビーコンプローブが、標的核酸分子と相補的な塩基配列と、3’末端側の領域及び5’末端側の領域に互いに相補的な塩基配列とを有し、かつ、第1マーカー及び第2マーカーが結合されており、
前記互いに相補的な5’末端側の領域及び3’末端側の領域中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されており、
前記第1マーカーと前記第2マーカーの少なくともいずれか一方が、前記分子ビーコンプローブが、3’末端側の領域と5’末端側の領域とがハイブリダイズしてステムーループ構造を形成している場合としていない場合とにおいて、光学的特性が変化する物質であることを特徴とする、標的核酸分子検出用キット。
【請求項17】
前記分子ビーコンプローブ中の標的核酸分子と相補的な塩基配列中の少なくとも1の塩基が光反応性塩基誘導体に置換されていることを特徴とする請求項16に記載の標的核酸分子検出用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−106523(P2013−106523A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−251528(P2011−251528)
【出願日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】