説明

樹脂組成物およびブレンド繊維

【課題】
本発明は微細炭素繊維を製造するのに好適で生産性の高い樹脂組成物およびブレンド繊維を提供することを目的とする。
【解決方法】
炭素繊維前駆体5〜40重量%と、ポリエステル95〜60重量%からなり、ポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が300Pa・sec以下であることを特徴とする樹脂組成物によって解決される。
なし

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微細炭素繊維を製造する際に有用な樹脂組成物およびブレンド繊維ならびにブレンド繊維の製造方法と、そのブレンド繊維を利用した炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の強度に代表される特性値は繊維中の欠陥の数に大きく左右されるため、繊度を細くして欠陥の個数を減らすことは炭素繊維の性能を大きく向上させる。近年話題となっているカーボンナノチューブは、ほぼ完全な黒鉛シートから形成された理想の炭素繊維と呼べる材料であり、その物性値は通常の炭素繊維を大きく上回る物である。しかし、カーボンナノチューブは炭素原子を1個ずつ積み上げるボトムアップ的手法で製造されるため、生産性が非常に低く価格が高くなってしまう。このため、優れた性能を有するにも関わらず、広く利用されるに至っていない。そこで、生産性の高い通常の炭素繊維の製造方法を改良して、できるだけ細い炭素繊維すなわちカーボンナノファイバーを作成し、カーボンナノチューブに近い性能を得る試みが多く行われている。
【0003】
近年、炭素繊維前駆体と、焼成時に熱分解して焼失する物質を混合してブレンド繊維を作成し、それを焼成して微細な炭素繊維を得る方法が開発されている。例えば、特許文献1および特許文献2には炭素前駆体としてフェノール樹脂をもちい、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)とブレンド紡糸を行うことで微細な炭素繊維を得る方法が記載されている。また、特許文献3には溶融賦形可能なアクリロニトリル系ポリマーを炭素前駆体とし、酸変性PEやメタクリル酸メチル(PMMA)を海部として紡糸口金装置を用いて溶融紡糸する炭素前駆体繊維の製造方法が記載されている。
【0004】
このようなブレンド繊維を利用する方法において、微細な炭素繊維を得るためには炭素前駆体と他成分とを微細に混合するだけでは細化が不十分であり、混合した樹脂を大きな延伸倍率で引き延ばす必要がある。溶融紡糸において繊維を引き延ばす方法としては、紡糸時のドラフトを増加させる方法と、一旦巻き取った繊維を延伸する方法とが知られている。ここで、紡糸時にドラフトを増加させる方法においては、吐出直後の樹脂の粘度が低い状態で延伸が行われるため、延伸応力が低く内部の炭素化樹脂を引き延ばす作用が弱いためドラフトの増加に比例した延伸効果が得られない。一方で、一旦巻き取った繊維を引き延ばす方法ではガラス転移以上融点以下という低い温度で延伸を行うため、延伸応力が高く内部の炭素化樹脂を引き延ばす効果は高いが、延伸倍率自体は低くなる。より微細な炭素繊維を得るためには、両者をバランス良く組み合わせて繊維を製造することが必須である。
【0005】
しかし、特許文献1に記載されているPEは溶融時の粘度が非常に高く、溶融紡糸時のドラフトを高く設定すると糸切れが多発するため、ドラフトを高く設定することが不可能であった。さらに、PEはガラス転移温度が室温より低く結晶化速度が速いため、溶融紡糸で得られる繊維は高度に結晶化したものとなり、一旦巻き取った繊維を延伸することも難しかった。また、特許文献2に記載されているPPはPEと比較して紡糸性が良好であり溶融紡糸時のドラフトは高く設定できるが、PEと同じようにガラス転移温度が室温以下であり、PEと同様に一旦巻き取った繊維を延伸することは難しかった。一方で、特許文献3に記載されているPMMAのような非晶性のポリオレフィンは繊維の可撓性が不足しており、製糸性が悪い上に延伸を行うことは不可能であった。このように、これまでの技術では製糸性と延伸性を両立することは困難であり、微細な炭素繊維を効率的に得ることが難しかった。
【特許文献1】特開2001−73226号公報
【特許文献2】特開2003−20517号公報
【特許文献3】特開2004−43994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は微細炭素繊維を製造するのに好適で生産性の高い樹脂組成物およびブレンド繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的は、炭素繊維前駆体5〜50重量%と、ポリエステル95〜50重量%からなり、ポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が300Pa・sec以下であることを特徴とする樹脂組成物によって解決される。
【発明の効果】
【0008】
炭素繊維前駆体を、紡糸・延伸性に優れたポリエステルと混合することにより、繊維中の炭素前駆体を効率的に引き延ばすことが可能となり、微細な炭素繊維を製造することが可能となる。同時に、高速での溶融紡糸と延伸が可能となることから大幅に生産効率が向上し、製造コストを抑えることが可能になる。さらに、ポリエステル系の樹脂は高い熱安定性を示すため、炭素繊維前駆体に熱安定性を付与する処理を行う際の温度を高温にすることが可能となり、生産性の向上が図れる上、焼成初期の繊維形態の保持性が高く微細炭素繊維同士の融着を防ぐことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の樹脂組成物は、炭素繊維前駆体とポリエステルが混合されていることが重要である。ポリエステルは紡糸・延伸性に優れた樹脂であり、その内部に炭素前駆体を分散させることで、微細炭素繊維の原料となるブレンド繊維を効率的に生産することが可能となる。
【0010】
上記のようなポリエステル中に炭素前駆体が分散した形態とするためには、両者の分率が重要であり、樹脂組成物全体の重量を100重量%として、炭素前駆体の重量が5〜50重量%で、ポリエステルが95〜50%であることが重要である。ポリエステルの分率が少ない方が焼成時の炭素繊維の収率が向上するため好ましいが、炭素前駆体の分率を多くすると紡糸性に悪影響を及ぼすため、炭素前駆体の重量は10〜30%がより好ましく、15〜20%であるとさらに好ましい。
【0011】
本発明で言う炭素前駆体とは繊維化した後に焼成と呼ばれる高温での熱処理を行うことで炭素のみからなる炭素繊維を生成する物質のことを示す。ここで、本発明の樹脂組成物においては生産性の高い溶融紡糸法により繊維化を行うため、炭素前駆体も熱により可塑化し、成型可能となることが必要である。このような物質としては、ポリイミド、アクリロニトリル系樹脂、フェノール樹脂、セルロース誘導体、ピッチ及びそれらが主成分となる共重合体などから選ばれる1種または2種以上の混合物が用い得る。これらの中でも、アクリロニトリル系樹脂は曳糸性に優れるため好ましい。アクリロニトリル系樹脂に溶融賦形性を付与する方法としては特に制限はなく、水を付加する方法やアクリロニトリル以外の成分を共重合する方法等任意の方法を採用することができる。
【0012】
本発明で言うポリエステルとは、主にエステル結合により構成される樹脂のことを言い、好ましい例としてポリエチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸等が挙げられる。特に炭素繊維製造時にポリエステルを除去する必要があることから、熱により完全に分解される脂肪族ポリエステルが好ましく、最も好ましいのはポリ乳酸である。これらのポリエステルは、本発明の趣旨を損なわない範囲で他の成分を共重合していても良く、酸化防止剤、末端基封止剤等の添加剤を少量含有しても良い。
これらのポリエステルは製糸性に優れ、高ドラフトでの紡糸が可能であることから、溶融紡糸時の巻き取り速度を高く設定することが可能である。例えば、ポリエチレンテレフタレートでは7,000m/min以上の速度で工業的な生産が行われている。このような高ドラフトでの紡糸が可能であるため、繊維内部の炭素前駆体を引き伸ばし微細化を進めることが可能である上、高い生産性を確保することが可能となる。また、ポリエステルは室温より高いガラス転移点を持つことから、溶融紡糸時に急冷することで比較的高いドラフトで引き取ったときでも結晶化度が低く延伸性に優れた繊維を得ることが可能であり、更なる延伸を行うことが可能である。この延伸により繊維内部の炭素前駆体をさらに引き伸ばすことが可能となり、より微細な炭素繊維を得ることができる。さらに、延伸した繊維に熱処理を行うことで結晶化を促進し、繊維の耐熱性を向上することができる。このため、炭素前駆体を炭素化する工程での変形が減少し、得られる炭素繊維の品質が向上する上、処理温度が高く設定できるため生産性も向上させることが可能である。このため、ポリエステルの融点は150℃以上であることが好ましい。
【0013】
また、本発明の樹脂組成物は、樹脂組成物中のポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1にて測定したときの溶融粘度が300Pa・sec以下であることが重要である。本発明の樹脂組成物のような非相溶のポリマーアロイにおいては成型加工時に不安定な流動状態を発生しやすく、特に溶融紡糸のような自由表面の多い成型を行う際には生産性が悪化しやすくなるが、成型温度における溶融粘度を低く抑えることにより流動状態を安定化し、生産性を改善することが可能である。そのため、本発明の樹脂組成物の融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1にて測定したときの溶融粘度は250Pa・sec以下であると好ましく、200Pa・sec以下であるとさらに好ましい。
【0014】
さらに、樹脂組成物の成型安定性については混合比率の高いポリエステルの粘度がより重要であり、樹脂組成物を構成するポリエステル成分単体で、該ポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1にて測定したときの溶融粘度が200Pa・sec以下であることが好ましく、100Pa・sec以下であるとより好ましい。
【0015】
ここで、本発明における融点とは示差走査熱量計(パーキンエルマー社製DSC)で行う示差熱量測定において、測定する樹脂を室温から16℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度を指す。ここで、結晶性を示さず示差走査熱量計による測定において明確な吸熱ピークを示さない樹脂については軟化点を融点の代わりに用いる。また、溶融粘度はキャピラリーレオメーター(東洋精機製作所(株)キャピログラフ1B型)により測定される値である。
【0016】
本発明の樹脂組成物は、上記炭素前駆体とポリエステルの他に、発明の趣旨を損なわない範囲で他の成分を混合することも可能であり、両性分の相溶性を改善するために相溶化剤等を添加しても良い。
【0017】
上記樹脂組成物を繊維状にすることで微細炭素繊維の製造に好適なブレンド繊維となる。このブレンド繊維は、炭素前駆体を島成分、ポリエステルを海成分とする海島型ブレンド繊維であることが重要である。このような構造をとっているため、焼成前または焼成中にポリエステル成分を取り除くことにより、元のブレンド繊維中の炭素前駆体からなる微細な繊維を取り出すことが可能となり、さらに焼成を進めることで微細炭素繊維を製造することが可能となる。
【0018】
焼成後に微細な炭素繊維を得るためにはブレンド繊維中で炭素前駆体を微細化しておく必要があり、ブレンド繊維の繊維軸に垂直な横断面内において炭素前駆体により形成される島成分の平均直径が500nm以下であることが好ましい。横断面内の島成分の直径は繊維軸に垂直方向に切り出した薄片サンプルを必要により染色して透過型電子顕微鏡(TEM)により観察することによって測定することが可能であり、繊維断面の1/10以上の面積が入ったTEM写真において画像処理を行い、個々の島成分の直径を算出し、得られた島成分の半径の平均値を取ることで平均直径を得ることができる。より微細な炭素繊維を得るためには島成分の直径は小さいことが好ましく、200nm以下であればさらに好ましい。ただし、焼成時の取り扱い性や生産性を考慮すると、島成分の直径は1nm以上であることが好ましい。
【0019】
このようなブレンド繊維は、炭素前駆体5〜50重量%と、ポリエステル95〜50重量%を混合して溶融紡糸することで作成することができる。炭素前駆体とポリエステルの混合と溶融紡糸は別々に行っても連続的に行ってもよいが、炭素前駆体がポリエステル中に均一に分散するよう、十分に混練を行うことが重要である。混合は静的な混練装置を用いても動的な混練装置を用いても良いが、十分な混練を行うためには静止混練機であれば10万分割以上の分割能力を持つものが好ましく、動的混練機であれば2軸混練押出機が好ましい。
【0020】
紡糸方法としては溶融紡糸法を用いることが重要である。溶融紡糸法は溶液紡糸法と比較して巻き取り速度を高く設定することが可能であり生産性に優れる上、溶媒の回収等も必要ないため設備負担が少なく、コストを低く押さえることが可能である。また、溶融紡糸で用いる樹脂の溶融体は溶液紡糸で用いる樹脂溶液よりも高粘度であるため、混合で作成した海島構造が安定している。さらに、溶融紡糸では紡糸線の冷却により、溶液紡糸では溶剤の分散により構造の固定が行われるが、溶融紡糸における紡糸線の冷却の方がはるかに早く進行するため、海島構造が乱れる前に固定化することが可能であり、均質な海島構造を有するブレンド繊維が作成可能である。
【0021】
溶融紡糸の装置としてはエクストルーダー型、プレッシャーメルタ型など公知の紡糸装置を用いることが可能であるが、混練能力の高い紡糸装置であれば混合と溶融紡糸を連続して行うことができ生産性に優れるため好ましい。紡糸条件は製糸性が良好となるように任意に設定が可能であるが、複数の樹脂の混合物の溶融紡糸であるため、口金の選定や冷却条件の設定には注意が必要である。具体的には、混合物の紡糸の際には吐出直後に紡糸線が太くなるバラス効果が発生しやすく、製糸性を減少する要因となるため、必要に応じて吐出口径の大きな口金を選択する必要がある。この時、吐出圧力が極端に低くなると、吐出の安定性が低くなるため、吐出孔途中に絞り部を設けた口金とすることが好ましい。また、混合物の紡糸の際には吐出後の繊維が周期的に太細するさみだれ現象が発生し易いため、吐出から冷却開始までの時間を短くすることも重要である。
【0022】
溶融紡糸時の巻き取り速度は糸切れが多発しない範囲で高く設定することが生産性向上につながるが、本発明の樹脂組成物は紡糸性の良好なポリエステルをベースとしているため、ドラフトを高くしても安定しており、5,000m/min以上の高速で巻き取ることも可能である。このような高いドラフトで巻き取ることにより、元々の海島構造を引き延ばし、海成分である炭素前駆体を細く長い繊維状に変形させることができる。ただし、溶融紡糸による変形は吐出直後の温度の非常に高く、粘度の低いところで集中して行われるため、繊維内部の炭素前駆体を引き伸ばす効果は飽和する傾向がある。その一方で、ドラフトを大きく取りすぎると紡糸線上で配向結晶化が起こるようになり、巻き取り繊維の延伸性が低下してしまう。このため、好ましい巻き取り速度は500m/min〜8,000m/minであり、1,000m/min〜5,000m/minであるとより好ましく、2,000m/min〜4,000m/minであるとさらに好ましい。
【0023】
さらに、得られたブレンド繊維は延伸を行うことが好ましい。得られたブレンド繊維を延伸することで、繊維内部の炭素前駆体をさらに引き伸ばし、微細化することが可能である。この延伸時の変形は溶融紡糸時の変形よりも低い温度で行われるため、内部の炭素前駆体に働く応力が大きく、界面張力による緩和挙動も小さいため、効率的に炭素前駆体を微細化することが可能である。このため、延伸温度はできるだけ低くすることが好ましいが、ガラス転移温度以下で延伸を行うとむらが発生しやすいため、ポリエステルと炭素前駆体の高い方のガラス転移温度より10〜20℃高い温度とすることが好ましい。ここで、延伸倍率は高いほど微細化が進行するため好ましいが、後に述べる伸度との関係で適正値を選択する必要がある。
【0024】
得られたブレンド繊維を延伸することで、ブレンド繊維中の炭素前駆体を微細化すると同時に、ブレンド繊維の強度を改善することも可能である。ブレンド繊維の強度が高ければ外力による変形を低減できるため、糸束の取り扱い性と工程通過性が向上する。このため、ブレンド繊維の強度は1cN/dTex以上であることが好ましく、2cN/dTex以上であればさらに好ましい。ただし、延伸後の繊維の伸度が小さくなりすぎると糸切れの原因となり生産性が低下するため、延伸糸の伸度は20%以上であることが好ましい。
ブレンド繊維には延伸に加えて熱処理を行うことが好ましい。熱処理を行うことでポリエステルの結晶化を促進し、ブレンド繊維の耐熱性を向上することができる。このように耐熱性を向上することで、後の炭素化の工程における繊維の変形を抑制し、得られる炭素繊維の品質を向上することができる。同時に、後の工程における処理温度を高温にすることが可能となり、生産性を向上することも可能である。熱処理はガラス転移温度と融点の間の温度で行うことが好ましく、ポリエステルの(ガラス転移温度+20℃)から(融点―30℃)の間で行うことが好ましい。
【0025】
このようにして得られたブレンド繊維を用いて、ブレンド繊維中の炭素前駆体に熱安定性を付与する工程と、ブレンド繊維中のポリエステルを除去する工程と、焼成して炭素繊維を製造する工程を行うことにより、微細な炭素繊維を製造することができる。
【0026】
ブレンド繊維中の炭素前駆体を架橋させて熱安定性を付与する工程は、溶融紡糸時には熱可塑性を有していた炭素前駆体を、焼成時に形態が変化しないように熱安定性を付与する工程であり、炭素前駆体に応じた処理を行うことが必要である。例えば、炭素前駆体がピッチの場合には微量の酸素の存在下で加熱を行うことでベンゼンシート同士の結合を促進し熱安定性を付与することが可能であり、フェノール樹脂の場合には架橋触媒の存在下にアルデヒド類で架橋反応させることで熱安定性を付与することが可能である。また、アクリロニトリル系の樹脂の場合には融点付近で熱処理を行うことで、アクリロニトリル基による環化反応が進行し熱安定性が付与される。
【0027】
ブレンド繊維中のポリエステルの除去は、アルカリなどによる加水分解や、熱による熱分解によって行うことができる。アルカリによる加水分解を行う場合、ポリエステルの除去処理は炭素前駆体に熱安定性を付与する前に行っても炭素前駆体に熱安定性を付与した後に行ってもよいが、ポリエステルを除去してしまうとブレンド繊維は微細な炭素前駆体繊維の集合体となり、取り扱い性が低下する上、炭素前駆体繊維が微細であるほどお互いに融着しやすくなるため、ポリエステルの除去は炭素前駆体に熱安定性を付与した後に行うことが好ましい。熱による熱分解によってポリエステルを除去する場合、一般にポリエステルの熱分解温度は炭素前駆体の軟化点より高温であるため、予め炭素前駆体に熱安定性を付与する処理を行っておくことが必要である。また、熱による熱分解によってポリエステルを除去する場合、次の焼成工程での熱処理時に焼成と同時に熱分解が進行するため、ポリエステルの除去処理と焼成を同時に行うことが可能となり生産性が向上するため好ましい。ただし、分子鎖中にベンゼン環を有する芳香族ポリエステルは不活性雰囲気下においては完全に熱分解しないため、ポリエステルの除去と焼成とを同時に行うことは不可能である。この場合、通常の焼成を行うより低い温度において少量の酸素を含む雰囲気下でポリエステルを熱分解させた後に本焼成を行うことでポリエステルの分解と焼成を連続的に行うことが好ましい。
【0028】
焼成して炭素繊維を得る工程では、炭素化樹脂内部の炭素以外の元素を除去し、純粋な炭素からなる繊維を作成する。焼成は公知の方法に従って良く、窒素やアルゴン等の不活性ガス下において600〜1200℃の熱処理を行うのが好ましい。
【0029】
このようにして得られる炭素繊維は、元のブレンド繊維中の炭素化樹脂の形状を反映して極めて細いことが特徴であり、大きな表面積を活用して高性能な電極や吸着材に使用できるほか、優れた力学特性から樹脂の添加剤や複合材料の補強材としても有用なものである。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、各実施例中における各種測定値は下記手法により測定された値である。
A.ブレンド繊維中の島成分の平均直径
ブレンド繊維をエポキシ樹脂に含浸した上で、RuOによる染色を行った後にミクロトームを用いて繊維軸に垂直な面の超薄切片を作製し、透過型電子顕微鏡((株)日立製作所、H−7100FA)により繊維中央部を4万倍の倍率で観察を行い、得られた画像を画像処理ソフト(三谷商事(株)製、Winroof)で円形図形分離を行い、島成分の面積と円換算径を測定した後、下記式を用いて求めた。
【0031】
【数1】

【0032】
B.融点
示差走査熱量計(パーキンエルマー社製DSC)を用いて室温から16℃/分の昇温条件で測定し、観測される吸熱ピーク温度を融点とした。
C.溶融粘度
キャピラリーレオメーター(東洋精機製作所(株)製キャピログラフ1B型)を用いて、孔径1mmφ、L/D=10のダイスを用い、剪断速度1216sec−1で測定した。
D.強伸度
引張試験機(オリエンテック(株)製UTM−III )試長20cm/分、引張速度20cm/分で試験を行い、強度及び伸度を求めた。
【0033】
実施例1
熱可塑性ポリアクリロニトリル樹脂(三井化学(株)製、バレックス#3000)20重量%とポリ乳酸(Cargill Dow Polymer LLC製、6250D、融点170℃、220℃における溶融粘度83Pa・sec)80重量%を2軸混練押出機(テクノベル(株)、KZW15TWIN−30MG−FSS)を用いて設定温度190℃でスクリュー回転数250rpm、処理速度4kg/hで混練を行い、樹脂組成物を作成した。混練ガットの安定性、曳糸性ともに良好であり、1時間の試作時間内においてガット切れは発生しなかった。なお、得られた樹脂組成物の220℃における溶融粘度は164Pa・secであった。
【0034】
実施例2
混合比率を熱可塑性ポリアクリロニトリル樹脂40重量%とポリ乳酸60重量%に変えた以外は実施例1と同様に樹脂組成物を作成した。混練ガットの安定性、曳糸性共に良好であり、1時間の試作時間内においてガット切れは発生しなかった。なお、得られた樹脂組成物の220℃における溶融粘度は246Pa・secであった。
【0035】
実施例3
ポリ乳酸をCargill Dow Polymer LLC製6200D(融点170℃、溶融粘度155Pa・sec)に変えた以外は実施例1と同様に樹脂組成物を作成した。混練ガットの安定性はやや低く、1時間の試作時間内において1回ガット切れが発生した。なお、得られた樹脂組成物の220℃における溶融粘度は222Pa・secであった。
【0036】
比較例1
混合比率を熱可塑性ポリアクリロニトリル樹脂60重量%とポリ乳酸40重量%に変えた以外は実施例1と同様に樹脂組成物を作成した。混練ガットの安定性は極めて低く、1時間の試作時間内に12回のガット切れが発生した。なお、得られた樹脂組成物の220℃における溶融粘度は327Pa・secであった。
【0037】
比較例2
実施例1で用いた熱可塑性ポリアクリロニトリル樹脂20重量%と、メタクリル樹脂(住友化学(株)、スミペックスLG35)80重量%を実施例1と同様に混錬し、樹脂組成物を作成した。混練ガットの安定性はやや低く、1時間の試作時間内に3回のガット切れが発生した。
【0038】
比較例3
ノボラック型フェノール樹脂(住友ベークライト(株)、PR−50731)20重量%と、低密度ポリエチレン(三井住友ポリオレフィン(株)、ミラソンFL60)80重量%を実施例1と同様の2軸混練押出機を用いて設定温度120℃でスクリュー回転数300rpm、処理速度4kg/hで混練を行い、樹脂組成物を作成した。混練ガットの安定性は安定しており、1時間の試作時間内においてガット切れは発生しなかった。
【0039】
実施例4
実施例1で作製した樹脂組成物をプレッシャーメルタ型の溶融紡糸装置に投入し、メルタ温度205℃、スピンブロック温度195℃に設定して、孔径0.23mmの口金を用いて口金面深度5cmに設定して1200m/minの巻き取り速度で溶融紡糸を行い60dTex、6フィラメントのブレンド繊維を作製した。さらに、巻き取った繊維を第1加熱ローラー(1HR)を90℃、第2加熱ローラー(2HR)を100℃に設定した延伸機を用いて、延伸速度600m/minで2.6倍の延伸を行った。延伸中に糸切れや毛羽の発生は無く、安定して延伸糸を作製することができた。得られた繊維の横断面観察を行ったところ、熱可塑性アクリロニトリル樹脂が島成分として均一に分散している海島型混合繊維であった。この繊維の断面TEM観察の結果を図1に示す。断面写真の画像処理により島成分の直径を計測したところ、式1により計算される平均直径は140nmであった。また、このブレンド繊維の強度は2.9cN/dTex、伸度は54%であった。
【0040】
実施例5
樹脂組成物を実施例2で作製したものに変更した以外は実施例4と同様の設定で溶融紡糸を行った。得られた繊維を実施例4と同様の条件で1.8倍に延伸した。この時、糸切れは発生しなかったが、延伸糸には多少の毛羽が見られた。この繊維の横断面観察を行ったところ、熱可塑性アクリロニトリル樹脂が島成分としてほぼ均一に分散している海島型混合繊維であった。この繊維の断面TEM観察の結果を図2に示す。断面写真の画像処理により島成分の直径を計測したところ、式1により計算される平均直径は174nmであった。また、このブレンド繊維の強度は1.8cN/dTex、伸度は21%だった。
【0041】
実施例6
樹脂組成物を実施例3で作製したものに変更した以外は実施例4と同様の設定で溶融紡糸を行った。その結果、糸切れが散見されたため紡糸速度を900m/minに落としたところ糸切れ無く繊維を得ることができた。この繊維を実施例4と同様の条件で2.4倍に延伸した。この繊維の横断面観察を行ったところ、熱可塑性アクリロニトリル樹脂が島成分としてほぼ均一に分散している海島型混合繊維であった。この繊維の断面TEM観察の結果を図3に示す。断面写真の画像処理により島成分の直径を計測したところ、式1により計算される平均直径は132nmであった。また、このブレンド繊維の強度は3.5cN/dTex、伸度は49%であった。
【0042】
実施例7
巻き取り速度を3,000m/minに変更した以外は実施例4と同様に溶融紡糸を行いブレンド繊維を作製した。続いて、得られた延伸糸を実施例4と同様の条件で1.5倍に延伸を行い延伸糸を作製した。得られた繊維の断面観察を行ったところ、熱可塑性アクリロニトリル樹脂が島成分として均一に分散した海島型混合繊維であった。この繊維の断面写真を画像処理して島成分の直径を計測したところ、式1により計算される平均直径は129nmであった。また、このブレンド繊維の強度は2.4cN/dTex、伸度は38%であった。
【0043】
比較例4
比較例1で作製した樹脂組成物を実施例4と同様の紡糸機に投入し、メルタ温度215℃、スピンブロック温度215℃の設定で、0.3mmφの口金を用いて溶融紡糸を行い60dTex、6フィラメントのブレンド繊維を作製した。紡糸は巻取速度900m/minでは糸切れが激しく紡糸が不可能であり、巻取速度600m/minまで巻取速度を下げてようやく紡糸が可能となった。得られた繊維の横断面観察を行ったところ、熱可塑性アクリロニトリル樹脂が海成分の海島型ブレンド繊維であった。
【0044】
比較例5
比較例2で作製した樹脂組成物を実施例4と同様の紡糸機に投入し、メルタ温度220℃、スピンブロック温度230℃の設定で、0.6mmφの口金を用いて溶融紡糸を行い60dTex、6フィラメントのブレンド繊維を作製した。紡糸は巻取速度900m/minでは糸切れが激しく紡糸が不可能であり、巻取速度500m/minまで巻取速度を下げてようやく紡糸が可能となった。また、得られた繊維は非常に脆く、延伸は不可能であった。この繊維の横断面観察を行ったところ、熱可塑性アクリロニトリル樹脂が島成分の海島型ブレンド繊維であったが、島成分の直径ばらつきが非常に大きい物であった。この繊維の断面TEM観察の結果を図4に示す。繊維断面写真の画像処理により島成分の直径を計測したところ、式1により計算される平均直径は270nmであった。また、非常に脆いため強伸度の測定は不可能であった。
【0045】
比較例6
比較例3で作製した樹脂組成物を実施例4と同様の紡糸機に投入し、メルタ温度190℃、スピンブロック温度190℃の設定で、0.6mmφの口金を用いて溶融紡糸を行い60dTex、6フィラメントのブレンド繊維を作製した。紡糸は巻取速度600m/minでも糸切れが激しく紡糸が不可能であり、巻取速度100m/minまで巻取速度を下げてようやく紡糸が可能となった。得られた繊維の延伸を試みたが、延伸速度600m/minでは糸切れが多発したため安定した延伸は不可能であった。この繊維の横断面観察を行ったところ、フェノール樹脂が島成分の海島型ブレンド繊維であり、島成分の平均直径は1.5μmであった。
【0046】
実施例8
実施例4で得られたブレンド繊維を窒素雰囲気下、240℃、45分の熱処理を行い不融化処理し、その後窒素雰囲気下、600℃、1時間の熱処理を行い焼成することで炭素繊維を作製した。作製した炭素繊維を電子顕微鏡で観察したところ、直径80〜150nmの炭素繊維が観測された。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】実施例4の繊維の断面TEM写真(4万倍)
【図2】実施例5の繊維の断面TEM写真(4万倍)
【図3】実施例6の繊維の断面TEM写真(4万倍)
【図4】比較例5の繊維の断面TEM写真(4万倍)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維前駆体5〜50重量%と、ポリエステル95〜50重量%からなり、ポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が300Pa・sec以下であることを特徴とする樹脂組成物。
【請求項2】
炭素繊維前駆体が溶融賦形性を有するアクリロニトリル系樹脂であることを特徴とする請求項1記載の樹脂組成物。
【請求項3】
ポリエステルが脂肪族ポリエステルであることを特徴とする請求項1記載の樹脂組成物。
【請求項4】
ポリエステルが、融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が200Pa・sec以下のポリエステルであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の樹脂組成物。
【請求項5】
炭素繊維前駆体5〜50重量%と、ポリエステル95〜50重量%の混合物であり、かつポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が300Pa・sec以下である樹脂組成物よりなるブレンド繊維であって、炭素繊維前駆体が島部を形成し、ポリエステルが海部を形成している海島型ブレンド繊維であることを特徴とするブレンド繊維。
【請求項6】
繊維横断面における島成分の平均直径が500nm以下である事を特徴とする請求項5記載のブレンド繊維。
【請求項7】
炭素繊維前駆体が溶融賦形性を有するアクリロニトリル系樹脂であることを特徴とする請求項5または6のいずれかに記載のブレンド繊維。
【請求項8】
ポリエステルが脂肪族ポリエステルであることを特徴とする請求項5または6のいずれかに記載のブレンド繊維。
【請求項9】
ポリエステルが、融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が200Pa・sec以下のポリエステルであることを特徴とする請求項5〜8のいずれか1項記載のブレンド繊維。
【請求項10】
炭素繊維前駆体5〜50重量%と、ポリエステル95〜50重量%を混合して得られる、ポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が200Pa・sec以下の樹脂組成物を溶融紡糸することを特徴とするブレンド繊維の製造方法。
【請求項11】
炭素繊維前駆体5〜50重量%と、ポリエステル95〜50重量%を混合して得られる、ポリエステルの融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が200Pa・sec以下の樹脂組成物を溶融紡糸した後、延伸を行うことを特徴とするブレンド繊維の製造方法。
【請求項12】
炭素繊維前駆体が溶融賦形性を有するアクリロニトリル系樹脂であることを特徴とする請求項10または11のいずれかに記載のブレンド繊維の製造方法。
【請求項13】
ポリエステルが脂肪族ポリエステルであることを特徴とする請求項10または11のいずれかに記載のブレンド繊維の製造方法。
【請求項14】
ポリエステルが、融点より50℃高い温度で剪断速度1216sec−1において測定した溶融粘度が200Pa・sec以下のポリエステルであることを特徴とする請求項10〜13のいずれか1項記載のブレンド繊維の製造方法。
【請求項15】
請求項5〜9のいずれか1項記載のブレンド繊維を用い、該繊維中の炭素繊維前駆体を架橋させて熱安定性を付与する工程と、該繊維中のポリエステルを除去する工程と、該繊維を焼成して炭素繊維を製造する工程を含むことを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項16】
繊維中のポリエステルを除去する工程と、繊維を焼成して炭素繊維を製造する工程を同時に行うことを特徴とする請求項15記載の炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−63265(P2006−63265A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−250139(P2004−250139)
【出願日】平成16年8月30日(2004.8.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ナノカーボン応用製品創製プロジェクト」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】