説明

機器の異常診断装置

【課題】比較的簡潔な構成で変圧器のような静止機器に対しても正確な診断をすることができる異常診断装置を提供する。
【解決手段】複数回にわたって採取された音の周波数領域のデータから2kHzまたは3kHz以下で商用周波数の偶数倍、奇数倍または整数倍の周波数について周波数ごとに平均および分散を算出して機器音閾値26を決定し、記憶する。この機器音閾値26を用いて上・下限の判定を行い(ステップ1008)、診断周期内での異常データ数の割合により異音診断を行う(ステップ1014)。2kHzまたは3kHz以上の周波数を対象にして同様に決定された背景雑音(BGN)の閾値24を用いてBGN過大を判定し(ステップ1004)、BGN過大の際には上下限の判定(ステップ1008)およびデータの蓄積(ステップ1010)を行なわない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機器の異常を機器が発する音により診断する異常診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
機器の異音状態の確認方法は、熟練者の五感によって判断するか、または計測器により騒音信号をFFT(高速フーリエ変換)解析し、その周波数の信号レベルを予め算出した正常データと比較することにより異音を診断している。また、下記特許文献1ではパワースペクトル密度などにより判断し、さらにニューラルネットワーク等の処理を行っている。このような装置には一般的には専用のFFT解析装置やパーソナルコンピュータ(以下PC)などが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−323371号公報
【特許文献2】特開昭63−281025号公報
【特許文献3】実開半5−73578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前者では人が介在するため測定者によって判断にバラつきが出てしまうことや常時監視ができないという課題があった。
【0005】
後者のようなシステムでは変圧器のような静止機器に対しては信頼性に欠け、また演算が複雑であるために使用するデータが膨大になり、高価・かつ大型なシステムとなってしまうという課題があった。
【0006】
したがって本発明の目的は、比較的簡潔な構成で、変圧器のような静止機器に対しても、正確な診断をすることができる異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前述の目的は、採取された音の時間領域のデータを周波数領域のデータに変換する手段と、複数回にわたって採取された音の周波数領域のデータから、データの平均値および分散を周波数ごとに算出して、周波数ごとの上限閾値および下限閾値を決定する閾値決定手段と、動作中の機器の周辺において採取された音の周波数領域のデータを前記上限閾値および下限閾値を用いて判定することにより機器の状態を診断する診断手段とを具備する機器の異常診断装置により達成される。
【0008】
前記診断手段は、前記閾値決定手段が決定した、所定周波数以下であり、かつ、商用電源の周波数の偶数倍、奇数倍または整数倍の周波数についての上限閾値および下限閾値を用いて判定することが好適である。
【発明の効果】
【0009】
後述するように、変圧器のような鉄心と巻線を有する静止機器の騒音は商用電源の周波数に関連した独特の周波数特性を持っているので、上記のような簡単な構成で機器の状態を正確に診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施形態に係る異常診断装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【図2】騒音の周波数特性を示すグラフである。
【図3】図1のCPU18において実行される異常診断の処理の一例を示すフローチャートである。
【図4】実際に得られた上限閾値および下限閾値の例を示すグラフである。
【図5】240Hzにおける上限閾値、下限閾値および測定値を示すグラフである。
【図6】BGN過大判定のための閾値と変圧器の騒音のデータを示すグラフである。
【図7】BGN過大判定のための閾値とBGN過大の例としての草刈機エンジン音のデータを示すグラフである。
【図8】省メモリ型の平均値算出のブロック線図である。
【図9】省メモリ型の分数算出のブロック線図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は本発明の一実施形態に係る異常診断装置10のハードウェア構成を示すブロック図である。マイクロホン12は、異常診断の対象となる機器、例えば変圧器(図示せず)の近傍に設置され、変圧器近傍の騒音を採取する。マイクロホンが採取した音の信号は異常診断装置10内の増幅器14で増幅され、アナログ/ディジタル変換器16でディジタル信号に変換されCPU18に取り込まれる。メモリ20はCPU18の動作のためのプログラムおよびデータを格納する。CPU18は、取り込まれた時間領域のデータを高速フーリエ変換(FFT)演算により周波数領域のデータに変換して、以下に説明する処理により異音診断を行い、その結果を出力装置22へ出力する。
【0012】
変圧器の騒音は、交流電圧印加により鉄心が伸縮する磁歪によって発せられる励磁騒音と負荷電流により巻線が伸縮することによって発せられる負荷騒音であり、これら騒音の周波数成分は何れも電源とする交流の周波数に依存している。
【0013】
これらの騒音成分は、変圧器の各部位のボルト締め付けトルク値が正常な状態では安定しており、図2の(a)欄に示すように、交流周波数(商用周波数)の偶数倍、または整数倍の成分として2kHzあるいは3kHz近辺の周波数まで、周囲環境の音圧レベルよりも大きく突出して現れる。図2の(b)欄は変圧器を停止して環境騒音のみとした場合の結果を示す。
【0014】
一方、いずれかのボルトにおいて、締め付けトルク値が規定値よりも小さくなると、複数の偶数倍(または整数倍)周波数成分のレベルが大きく変動し、正常時の各周波数成分のレベルが分布する範囲から大きく外れたレベルとなる。
【0015】
したがって、2kHzまたは3kHz以下で商用周波数の偶数倍または整数倍の各周波数について、周波数ごとに音圧レベルの平均値および標準偏差(分散の平方根)を算出し、上限閾値を例えば〔平均値+標準偏差〕とし、下限閾値を〔平均値−標準偏差〕とする。そして、上限閾値を超えるかまたは下限閾値未満のデータの割合が大きくなればボルト締め付けトルクが規定値外の状態であると診断することができる。
【0016】
またこのとき、背景雑音(BGN)のレベルが過大である場合には、BGNを診断対象機器の異音と誤判定するおそれがある。そこで、BGNのレベルを判定し、BGNが過大である間の音圧レベル判定結果を診断の対象から除外するか、または、音圧レベル判定そのものを行なわないことが望ましい。BGN過大の判定は、例えば、変圧器の騒音に相当するピークが顕著に現われない2kHzまたは3kHz以上の周波数を対象として、各周波数について平均および標準偏差を算出して上限閾値および下限閾値を決定し、この範囲を超えるデータの割合により判定することができる。
【0017】
この様な診断手法は、変圧器に限らず、一般の鉄心と巻線を有する静止機器に対しても適用することができる。
【0018】
図3は上記のような考え方に基いてCPU18において実行される異音の診断の処理の流れの一例を示す。図3中のBGN閾値24は、診断対象の機器が正常でありBGNも通常のレベルであるときにマイクロホン12で複数回(例えば20回以上)採取された音のデータのフーリエ変換結果について、2kHz以上または3kHz以上の、例えば10Hzきざみの各周波数における音圧レベルのデータの平均値および標準偏差を算出し、〔平均値+標準偏差〕を上限閾値、〔平均値−標準偏差〕を下限閾値としてメモリ20に保存したものである。平均値および標準偏差の算出については後述する。
【0019】
図3中の機器音閾値26は、診断対象の機器が正常でありBGNも通常のレベルであるときにマイクロホン12で複数回(例えば20回以上)採取された音のデータのフーリエ変換結果について、2kHz以下または3kHz以下の、商用周波数の偶数倍または整数倍の各周波数における音圧レベルのデータの平均値および標準偏差を算出し、〔平均値+標準偏差〕を上限閾値、〔平均値−標準偏差〕を下限閾値としてメモリ20に保存したものである。
【0020】
図3のフローチャートにおいて、まずマイクロホン12(図1)で採取されアナログ/ディジタル変換器16でディジタル信号に変換された時間領域のデータが取得され(ステップ1000)、FFT演算により周波数領域のデータに変換される(ステップ1002)。BGN閾値24を用いてBGN判定が行なわれ(ステップ1004)、判定ステップ1006においてBGN過大であると判定されるときは次のステップ1008,1010はバイパスされる。BGN過大の判定は、上限閾値を超えるか下限閾値未満の異常データの全体に対する割合が一定の閾値を超えるときBGN過大と判定される。BGN過大でないと判定されるときは、機器音閾値26を用いて上下限判定が行なわれ(ステップ1008)、上限閾値以下で下限閾値以上の正常データの個数、および上限閾値を超えるかまたは下限閾値未満である異常データの個数が蓄積される(ステップ1010)。
【0021】
判定ステップ1012において診断周期でないと判定されるときはステップ1000の処理へ戻る。診断周期であるときは、前回の診断周期以後に蓄積されたデータについて、異常データの割合が一定の閾値を超えているか否かを判定することにより、診断が行なわれ(ステップ1014)、ステップ1000の処理へ戻る。ステップ1014における診断の結果は上位装置へ送信される。
【0022】
また、異音と診断されるとき、または上位装置からの要求により、FFT前の時間領域のデータを音声ファイルの形で上位装置へ送信することで、変圧器騒音の遠隔診断、分析が可能となり、診断の信頼性が向上する。
【0023】
なお、各閾値は、(i)設置当初のある一定期間で求めてもよいし、(ii)設置から診断直前までの全データによって求めても良い。後者(ii)の場合は膨大なデータとなり、そのデータ量に対応したメモリ容量も膨大となるが、これは後述する自己回帰型演算(省メモリ型演算)によってメモリ使用量を大きくすることなく求めることが可能である。
【0024】
なお、診断に用いる閾値は前述(i)(ii)の何れかを使用する。あるいは(i)による診断結果、(ii)による診断結果をそれぞれ求めても良い。この2つの閾値による結果を組合せて判断することにより、変圧器の異常の程度を推測することも可能となる。
【0025】
実際に得られた上限閾値および下限閾値の例を図4のグラフに実線で示す。データは10Hzの分解能で得られているが、このうち、例えば商用周波数60Hzの偶数倍の周波数である120Hz,240Hz,360Hz・・・における上限閾値および下限閾値が判定に用いられる。BGN過大の判定には、図4には示されていないが変圧器の騒音に相当するピークが顕著に現われない2kHzまたは3kHz以上の周波数において得られた上限閾値および下限閾値が判定に用いられる。
【0026】
図5のグラフに、240Hzの上限閾値と下限閾値を2本の水平な線で示し、20回の測定値の240Hzにおける音圧レベルを黒丸で示す。この例では75%(15個)が正常範囲であり、15%(3個)が上限閾値を超え、10%(2個)が下限閾値未満である。判定した120Hz以上1980Hz以下で120Hzきざみの17個の周波数全体では70.9%が正常範囲内であり、15.0%が上限閾値を超え、14.1%が下限閾値未満であった。一方、異常状態では、53.8%が正常範囲内であり、30.6%が上限閾値を超え、15.6%が下限閾値未満であった。したがって、70.9%と53.8%の間の適切な値に正常範囲のデータの割合の閾値を設定すれば、機器の状態を診断することができる。
【0027】
図6にはBGN過大の判定のための上限閾値と下限閾値を図4と同様に実線で示し、変圧器の騒音のデータを黒丸で示す。全データの73%が正常範囲内であり、20%が上限閾値を超え、7%が下限閾値未満であった。一方、図7には、BGN過大の判定のための上限閾値と下限閾値を実線で示すとともに、BGN過大の例として草刈機エンジン音のデータを黒丸で示す。全データの1%が正常範囲内であり、99%が上限閾値を超えていた。したがって、73.9%と1%の間に適切に閾値を設定すればBGN過大を判定することができる。なお、この例では、0〜10kHz内のすべてのデータを対象としているが、商用周波数の偶数倍または整数倍のピークが顕著に現われない2kHzまたは3kHz以上の周波数を対象とすることが望ましい。
【0028】
【数1】

【0029】
通常、式(1)、式(2)の演算を行なう場合にはPCなどの大容量のメモリ(ハードディスク)へ統計処理に使用するデータを全て格納し演算を行なっている。
【0030】
ここで、式(1)、式(2)をCPU組込み機器で演算するためには、統計処理に使用するデータが全てメモリに存在している必要がある。統計処理を行なう際には指標となるデータが多いほうが好ましいが、CPU組込み機器にはメモリ容量の制約があるために指標となるデータ量が制限されてしまう。データ量の制限を解決するためには、大容量のメモリが必要となり、コストが高くなってしまう。また指標データ量に依存して演算量が増加してしまい演算時間が長くなってしまう。このため、CPUを用いた常時監視による低コストかつ高速な診断装置の実現は困難となる。これに対して、(1)(2)式に代えて以下の(4)(5)式により平均値と分散を算出することにより、必要なメモリ量が節減され、CPU組み込み機器による実現が可能となる。
【0031】
【数2】

【0032】
(4)(5)式による演算をブロック線図で表わすと、図8および図9に示すようになる。
【0033】
式(1)(2)により平均と分散を求めた結果と式(4)(5)の省メモリ型の平均と分散の算出法を用いた平均と分散の結果を以下の表1、表2に示す。この時、使用メモリは1データ=2byteとして計算している。
【0034】
【表1】

【0035】
表1、表2より、従来の平均と分散を求めた結果と省メモリ型の平均と分散の算出法を用いた平均と分散の結果は等しいことからこの省メモリ型でも演算可能であることが確認できる。またデータ数について従来型はデータ数Nが増えると共に増加するが、省メモリ型では常に4つのデータで演算可能であるため、メモリ容量に制限のあるCPU組込み機器でも実現が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
採取された音の時間領域のデータを周波数領域のデータに変換する手段と、
複数回にわたって採取された音の周波数領域のデータから、データの平均値および分散を周波数ごとに算出して、周波数ごとの上限閾値および下限閾値を決定する閾値決定手段と、
動作中の機器の周辺において採取された音の周波数領域のデータを前記上限閾値および下限閾値を用いて判定することにより機器の状態を診断する診断手段とを具備する機器の異常診断装置。
【請求項2】
前記診断手段は、前記閾値決定手段が決定した、所定周波数以下であり、かつ、商用電源の周波数の偶数倍、奇数倍または整数倍の周波数についての上限閾値および下限閾値を用いて判定する請求項1記載の装置。
【請求項3】
前記閾値決定手段が決定した、前記所定周波数以上の周波数についての上限閾値および下限閾値を用いて動作中の機器の周辺において採取された音の周波数領域のデータを判定することにより、背景雑音の過大を判定する背景雑音判定手段をさらに具備し、
前記診断手段は、前記背景雑音判定手段が背景雑音過大と判定しない間に採取された音の周波数領域のデータのみを判定の対象として判定する請求項2記載の装置。
【請求項4】
前記診断手段は、上限閾値以上または下限閾値以下のデータの個数の全体の個数に対する割合を閾値と比較することにより診断する請求項1〜3のいずれか1項記載の装置。
【請求項5】
前記閾値決定手段は下式(1)によりデータの平均値を算出し、下式(2)によりデータの分散を算出する請求項1〜4のいずれか1項記載の装置。
【数1】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−271073(P2010−271073A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−121155(P2009−121155)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(000003942)日新電機株式会社 (328)
【Fターム(参考)】