説明

機械部品およびその製造方法ならびにこれを用いた回転装置

【課題】めっき層が表面に形成された基材の一部をめっき層と共にかしめた部分を有する機械部品において、耐磨耗性のためにめっき処理された軸受にスラスト受け板をかしめ固定する際に、めっき被膜に亀裂が入ることを防止する。
【解決手段】めっき層26が表面に形成された基材12の一部をめっき層26と共にかしめた部分19を有する本発明による機械部品は、めっき層26と基材12との密着性を向上させるための密着性向上層27が基材12の表面とめっき層26との間に形成され、この密着性向上層27がパラジウムを含み、その厚みが2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にある。この機械部品が潤滑剤を介して回転軸14を支持する軸受スリーブ12であり、かしめた部分19には回転軸14の一端部を受けるスラスト受け板18の外周縁部がかしめられるものであってよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材をその表面に形成されためっき層と共にかしめて他の部品を一体的に接合するようにした機械部品およびその製造方法に関する。特に、レーザープリンタやバーコードリーダなどの光学機器に用いられる多面鏡を取り付けた回転装置に応用して好適である。
【背景技術】
【0002】
レーザープリンタやバーコードリーダなどの画像形成機器に用いられる多面鏡を組み込んだ回転装置が特許文献1に開示されている。これによると、上端部に多面鏡が固定される回転軸は、軸受スリーブに形成された軸受穴に挿通され、その下端が軸受穴を塞ぐように軸受スリーブに接合されたスラスト受け板に当接した状態となっている。軸受穴には潤滑剤が充填され、軸受スリーブおよびスラスト受け板に対する回転軸の摩擦抵抗を軽減している。また、回転軸との接触摩擦による軸受スリーブの摩耗に伴って発生する種々の不具合を回避するため、軸受スリーブの表面に表面処理を施すことも有効である旨、記載されている。より具体的には、無電解ニッケル−リンめっき層や、ニッケル−リン−ポリフッ化エチレン樹脂めっき層、あるいはニッケル−リン−ホウ素めっき層などを形成し、表面硬度および耐磨耗性の向上に伴って軸受寿命を高めるようにしている。この表面処理を行う場合、機械加工後に軸受スリーブを脱脂して電解処理を行い、次いで酸により表面を活性化させた後、触媒法か、または接触法によりめっき反応を開始させることが一般的である。
【0003】
なお、触媒法とは基材の表面に無電解ニッケルめっき層を形成する場合、パラジウムや亜鉛などの触媒活性を有する金属を基材の表面に付着させたり、または基材の表面を構成する物質とこれらの金属とを置換させ、めっき反応を開始させる方法である。通常、センシタイジング・アクチベーティング処理やキャタリスト・アクセレータ処理などによって行われる。また、触媒法とは銅合金などの基材の表面に炭素鋼などを接触させ、めっき層となるニッケルが炭素鋼に付着する際に基材である銅合金の表面にもニッケルを部分的に付着させ、ここから基材の表面全体にニッケルを付着させるきっかけを作るようにした方法である。
【0004】
【特許文献1】特開2000−321522号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1において、軸受スリーブの表面に形成されるニッケルめっき層の(ビッカース)硬度は、Hv600程度にまで達する。このため、軸受スリーブの基端部にスラスト受け板をかしめにより一体的に接合する際に、軸受スリーブの表面とめっき層との密着性が悪いと、軸受スリーブの軸受穴の基端側の開口端部をかしめた時にめっき層の一部に亀裂が入ってしまうおそれがある。甚だしい場合には、めっき層が剥離してしまう可能性もあった。このように、軸受スリーブの表面からめっき層が剥離すると、その剥離片が回転装置を組み込んだ光学機器の光学面に付着したり、光学面を損傷したり、あるいは電気部品などに接触し、電気回路を短絡させてしまうなどの著しい不具合が発生する。
【0006】
本発明の目的は、軸受スリーブにスラスト受け板をかしめて一体的に固定する際のめっき層の割れを防止し得る耐久性に優れた良好な機械部品およびその製造方法を提供することにある。また、このような機械部品を用いた回転装置を提供することも本発明の目的に含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の形態は、めっき層が表面に形成された基材の一部を前記めっき層と共にかしめた部分を有する機械部品であって、めっき層と基材との密着性を向上させるための密着性向上層が前記基材の表面とめっき層との間に形成され、この密着性向上層がパラジウムを含み、その厚みが2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にあることを特徴とするものである。
【0008】
本発明においては、密着性向上層を介して基材の表面とめっき層との良好な結合状態が維持され、安定しためっき層が形成されることとなる。密着性向上層の厚みが2ナノメートル未満の場合、密着性向上層の表面でのめっき反応の開始が速やかに起こらず、良好なめっき層が密着性向上層の表面に積層状態で形成されない。これに対し、密着性向上層の厚みが50ナノメートルを越えると、密着性向上層を構成する材料の原子間結合力が弱く、かしめた部分における密着性向上層から亀裂が発生し、めっき層の剥離を招来する可能性が高くなる。
【0009】
本発明の第1の形態による機械部品において、めっき層がニッケルを含むものであってよい。
【0010】
機械部品が潤滑剤を介して回転軸を支持する軸受スリーブであり、かしめた部分には回転軸の一端部を受けるスラスト受け板の外周縁部がかしめられているものであってよい。
【0011】
本発明の第2の形態は、めっき層が形成された基材の一部を前記めっき層と共にかしめることにより、かしめ部品が接合される機械部品の製造方法であって、基材の表面に密着性向上層を形成するステップと、この密着性向上層の上にめっき層を形成するステップと、基材の一部を前記密着性向上層およびめっき層と共にかしめ、基材に対してかしめ部品を一体的に固定するステップとを具え、基材の表面に形成される密着性向上層がパラジウムを含み、その厚みが2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にあることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の第3の形態は、本発明の第1の形態による機械部品において、機械部品が潤滑剤を介して回転軸を支持する軸受スリーブであり、かしめた部分には回転軸の一端部を受けるスラスト受け板の外周縁部がかしめられたものであり、前記回転軸に組み付けられるモータの回転子と、前記軸受スリーブに組み付けられるモータの固定子と、前記回転軸の他端部に取り付けられる多面鏡とを具えたことを特徴とする回転装置にある。
【発明の効果】
【0013】
本発明の機械部品およびその製造方法によると、基材の表面とめっき層との間に密着性向上層が形成され、パラジウムを含むその厚みが2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にあるので、かしめた部分におけるめっき層の亀裂の発生を防止することができる。
【0014】
めっき層がニッケルを含む場合、機械部品の表面硬度を高めることができ、これを軸受面として好ましい特性にすることができる。
【0015】
機械部品が潤滑剤を介して回転軸を支持する軸受スリーブであり、かしめた部分に回転軸の一端部を受けるスラスト受け板の外周縁部をかしめた場合、このかしめた部分におけるめっき層の亀裂や剥離を防止することができる。しかも、軸受部分の耐久性を向上させることも可能となる。
【0016】
本発明の回転装置によると、スラスト受け板を軸受スリーブにかしめる際にめっき層の剥離を防止して多面鏡の光学面の損傷や、電気回路の短絡などを未然に防ぐことができ、その耐久性および信頼性の向上を企図することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明による回転装置を多面鏡に対して適用した一実施形態について、図1〜図4を参照しながら詳細に説明する。しかしながら、本発明はこのような実施形態のみに限らず、本発明の精神に帰属する他の任意の技術に応用することが可能であることに注意されたい。
【0018】
本実施形態における回転装置の断面構造を図1に示し、その軸受スリーブの部分を抽出して図2に示し、その矢視III部を抽出拡大して図3に示す。本実施例における回転装置10は、板状をなすベース11と、軸受スリーブ12と、この軸受スリーブ12に組み付けられるステータ13と、回転軸14と、この回転軸14に取り付けられるロータ15と、多面鏡16とで主要部が構成される。
【0019】
軸受穴17が形成された円筒状をなす軸受スリーブ12は、ベース11を貫通した状態でベース11に一体的に嵌着されており、Al−Mg合金またはAl−Zn−Mg合金などの加工性の良好なアルミニウム合金や、真鍮などの銅合金にて形成される。本実施形態における軸受スリーブ12は真鍮を基材としている。軸受穴17の内周面には、動圧発生溝17aが形成されており、回転軸14の駆動回転に伴い、回転軸14の外周面との間に介在する潤滑剤が発生する動圧により、回転軸14は軸受穴17に対して非接触状態に保持される。
【0020】
軸受スリーブ12の一端部(本実施形態では下端部)には、軸受穴17の下側の開口端を塞ぐスラスト受け板18が装着されている。円板状をなすスラスト受け板18は、その外周縁部を囲むように軸受スリーブ12に形成されるかしめ部19により、軸受スリーブ12に対して一体的に接合されている。
【0021】
本発明における固定子としてのステータ13は、軸受スリーブ12を囲むようにこの軸受スリーブ12に組み付けられる。このステータ13は、軸受スリーブ12と一体に軸受スリーブ12に嵌着されるステータコイル20を含み、ステータコイル20は図示しないモータ駆動回路を介して電源に接続する。
【0022】
焼入れ鋼や焼入れ硬化型ステンレス鋼などで形成される回転軸14は、軸受スリーブ12に形成された軸受穴17内に下部が収容され、その下端が潤滑剤を介してスラスト受け板18に支持された状態となっている。
【0023】
ロータ15は、回転軸14に圧入状態で固定されたロータボス21と、ステータコイル20を囲むようにロータボス21に取り付けられるロータフレーム22と、このロータフレーム22の内周面に一体的に接合された永久磁石23とを含む。ロータ15は、本発明における回転子として機能する。
【0024】
ロータボス21に嵌合される多面鏡16は、回転軸14の上端からねじ込まれるボルト24により、座金25を介して回転軸14の他端部(本実施形態では上端部)に一体的に固定されている。
【0025】
前記軸受スリーブ12の表面には、無電解ニッケル−リンめっき層26が形成されており、このめっき層26と軸受スリーブ12の基材である真鍮の表面との間には、パラジウムを含む密着性向上層27が形成されている。本実施形態におけるめっき層26の厚みは、3μmに設定されているが、1〜8μmの範囲にあることが好ましい、特に1.5μm以上かつ5.0μm以下であることが望ましい。しかしながら、めっき層26の厚みは、このような数値に限定されるものではなく、要求に応じて適宜変更可能であることは言うまでもない。また、めっき層26の膜厚のばらつきは、設定値(目標値)の30%以下が好ましく、特に10%以下であることが望ましい。なお、図3に示した二点鎖線で示す状態から実線で示す状態にかしめられるかしめ部19の柔軟性を考慮した場合、ニッケルに対するリンの割合は、2〜12重量%程度が好ましいと言える。密着性向上層27の厚みは、2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にあり、本実施形態では約22ナノメートルの厚みを有する。
【0026】
軸受スリーブ12の表面に密着性向上層27およびめっき層26を形成する場合、機械加工を終えた真鍮製の軸受スリーブ基材を脱脂し、酸による活性処理後、密着性向上層27およびめっき層26を順に形成する。めっき層26の形成に先立って密着性向上層27を形成する場合、めっき層26の表面を均一に活性化してめっき反応が速やかに開始する触媒法の方が接触法よりも好ましいと言える。軸受スリーブ12の基材が本実施形態の如き銅合金製の場合、触媒法のアクチベーティング処理のみを行えばよく、代表的な薬品として、例えば奥野製薬工業株式会社製のアクチベーターを使用することができる。その処理濃度は1〜10体積%,処理温度は10〜50℃,処理時間は2〜60秒程度であり、基材の単純な浸漬のみならず、揺動処理を併用することも有効である。この密着性向上層27の形成後、接触法や触媒法などによりめっき反応を開始させる手段を用いて無電解ニッケル−リンめっき層26を形成すればよい。
【0027】
かしめ部19におけるめっき層26の状態を確認するため、以下のような実験を行った。すなわち、上述した実施形態の如き真鍮製軸受スリーブ基材に対し、厚みの異なる密着性向上層27をそれぞれ形成した試料を100個ずつ実験例1〜5,比較例1〜5として用意し、さらにこれらの試料にめっき層26を形成した。このようにして得られた軸受スリーブ12にスラスト受け板18をそれぞれ装着してかしめ部19を形成し、このかしめ部19のめっき層26の状態を確認した。
【0028】
密着性向上層27を形成するためのアクチベーター溶液の濃度は、3体積%であり、その温度を30℃に設定し、浸漬時間を10〜100秒に変化させた。同時に、密着性向上層27の厚みを測定するため、軸受スリーブ12基材と同じ材質で厚みが5ミリメートルの平板材を用意した。この平板材に対して上と同じ処理を施し、密着性向上層27の厚みをイオンミリング法で薄片化した後に透過型電子顕微鏡(日立製作所製H−9000NAR)で測定した。実験例2における結果を図4に示す。
【0029】
また、無電解ニッケル−リンめっき層26を形成するためのめっき処理条件は、pH4.6〜4.8のめっき液の温度を88〜90℃に保持して15分間浸漬したものであり、3μmの厚みのめっき層26を形成した。
【0030】
かしめ加工は、リベットマシン(吉川鐵工株式会社製US−1)を用い、推進力35kgfで各100個の試料に対して行い、目視にてめっき層26の割れの有無を確認した。
【0031】
次に、実験例1〜5で作成した軸受スリーブ12を先の実施形態の回転装置10に組み込んでキヤノン株式会社製LBP−2410に搭載した。そして、回転数35000rpmで30秒オン状態に保持した後、10秒間オフを行う間欠駆動を反復して1000時間連続的に行い、その連続耐久試験を行った。使用した潤滑剤は、ネオペンチルグリコールカプリル酸カプリン酸混合エステル(ハトコール社製)である。結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
この表1から明らかなように、実験例1〜5における軸受スリーブ12に形成された密着性向上層27の厚みの範囲では、かしめ部19のめっき層26の割れが起こらなかった。しかしながら、比較例1,2では密着性向上層27が存在しないか、または薄いためにめっき層26の形成ができなかった。また、比較例3〜5の軸受スリーブ12に形成された密着性向上層27の厚みではめっき層26に割れが生ずるものがあった。また、軸受スリーブ12を用いた連続耐久試験結果においては実験例1〜5に問題は見られなかった。
【0034】
従って、めっき層26と基材との間に2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にある厚みの密着性向上層27を形成することにより、かしめ部19の形成に伴うめっき層26の割れを未然に防止できることを確認できた。
【0035】
なお、本発明はその特許請求の範囲に記載された事項のみから解釈されるべきものであり、上述した実施形態においても、本発明の概念に包含されるあらゆる変更や修正が記載した事項以外に可能である。つまり、上述した実施形態におけるすべての事項は、本発明を限定するためのものではなく、本発明とは直接的に関係のないあらゆる構成を含め、その用途や目的などに応じて任意に変更し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明を多面鏡の回転装置に適用した一実施形態の内部構造を模式的に表す断面図である。
【図2】図1に示した実施形態おける軸受スリーブの部分の断面図である。
【図3】図2中の矢視III部の抽出拡大断面図である。
【図4】図2に示した軸受スリーブの表面の部分の透過型電子顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0037】
10 回転装置
11 ベース
12 軸受スリーブ
13 ステータ
14 回転軸
15 ロータ
16 多面鏡
17 軸受穴
17a 動圧発生溝
18 スラスト受け板
19 かしめ部
20 ステータコイル
21 ロータボス
22 ロータフレーム
23 永久磁石
24 ボルト
25 座金
26 めっき層
27 密着性向上層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき層が表面に形成された基材の一部を前記めっき層と共にかしめた部分を有する機械部品であって、めっき層と基材との密着性を向上させるための密着性向上層が前記基材の表面とめっき層との間に形成され、この密着性向上層がパラジウムを含み、その厚みが2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にあることを特徴とする機械部品。
【請求項2】
前記めっき層がニッケルを含むことを特徴とする請求項1に記載の機械部品。
【請求項3】
機械部品が潤滑剤を介して回転軸を支持する軸受スリーブであり、前記かしめた部分には前記回転軸の一端部を受けるスラスト受け板の外周縁部がかしめられていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の機械部品。
【請求項4】
めっき層が形成された基材の一部を前記めっき層と共にかしめることにより、かしめ部品が接合される機械部品の製造方法であって、
基材の表面に密着性向上層を形成するステップと、
この密着性向上層の上にめっき層を形成するステップと、
基材の一部を前記密着性向上層およびめっき層と共にかしめ、基材に対してかしめ部品を一体的に固定するステップと
を具え、基材の表面に形成される密着性向上層がパラジウムを含み、その厚みが2ナノメートルから50ナノメートルの範囲にあることを特徴とする機械部品の製造方法。
【請求項5】
請求項3に記載の回転軸に組み付けられるモータの回転子と、
請求項3に記載の軸受スリーブに組み付けられるモータの固定子と、
前記回転軸の他端部に取り付けられる多面鏡と
を具えたことを特徴とする回転装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−70811(P2010−70811A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−239790(P2008−239790)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】