説明

次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の個別定量法

【課題】亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液について、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを簡単にかつ正確に個別に定量できるようにする。
【解決手段】次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液の紫外線吸収スペクトルを測定して次亜塩素酸塩による極大吸収波長の吸光度A、次亜臭素酸塩による極大吸収波長の吸光度Bおよび等吸収点の吸光度Cを求め、吸光度Cに対する吸光度Aの吸光度比X(吸光度A/吸光度C)および吸光度Cに対する吸光度Bの吸光度比Y(吸光度B/吸光度C)を算出する工程と、吸光度比Xから予め作成した検量線に基づいて水溶液における次亜塩素酸塩の濃度を求めるとともに、吸光度比Yから予め作成した検量線に基づいて水溶液における次亜臭素酸塩の濃度を求める工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の個別定量法、特に、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液について、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを個別に定量するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工場やビル等の循環冷却水および浴場や水泳プールなどの循環用水の処理設備においては、水の循環により微生物および藻類等の水棲生物による障害、例えば、増殖した微生物の大気への拡散、微生物や水棲生物により生成するスライムによる配管の閉塞や処理設備の機能不全の防止が求められる。このため、循環水の処理設備においては、通常、循環水に次亜塩素酸塩を添加することで微生物や水棲生物の増殖を抑え、障害の発生を抑制している。しかし、次亜塩素酸塩は、処理水中の有機物と反応することで有害な有機塩素化合物を生成することから、それにより処理された循環水をそのまま排水すると環境汚染を招く可能性がある。また、処理水がアルカリ性の場合、次亜塩素酸塩は解離が進行して殺菌効果が減退する。さらに、処理水がアンモニアを含む場合、次亜塩素酸塩はアンモニアとの反応によりクロラミンを生成し、活性が低下する。
【0003】
そこで、このような問題の解決法として、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩との併用が提案されている。例えば、特許文献1には、次亜塩素酸塩と臭化物とを処理水への添加直前に混合することで処理水中で次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩との混合物を生成させ、この混合物によって処理水を殺菌処理することが記載されている。
【0004】
この場合、特許文献1に記載のように、次亜塩素酸塩と臭化物との比率を制御しないと目的の混合物が生成せず、また、混合物は次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩との相乗効果により処理水の処理効果が高まることから、処理水における次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩のそれぞれの濃度を個別に測定して管理する必要がある。
【0005】
次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を同時に含む水溶液については、紫外線吸収スペクトルを測定した場合において、次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の吸収ピークがそれぞれ観測されることが知られている(例えば、非特許文献1)。このため、紫外線吸収スペクトルの測定により、処理水における次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の存在を定性的に判定することができる。しかし、次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の双方が高濃度の場合、両者の極大吸収波長が接近していることから両者の吸収ピークが重なるため、各極大吸収波長の吸光度から次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩のそれぞれの濃度を正確に個別に求めるためにはフーリエ変換法等の複雑な処理が必要になる。また、処理水は、水道水のように塩素を含むものや、蒸留水のような精製水等、処理水によって水質が異なることがあるため、紫外線吸収スペクトルに基づく定量は、水質の異なる処理水毎に検量線を作成する必要があり、非常に煩雑である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60−129182号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】渡辺紀子、次亜塩素酸ナトリウム漂白における臭化ナトリウム添加の影響、日本家政学会誌、第50巻、第6号、1999年、587−593頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液について、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを簡単にかつ正確に個別に定量できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液について、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを個別に定量するための方法に関するものであり、この定量方法は、水溶液の紫外線吸収スペクトルを測定して次亜塩素酸塩による極大吸収波長の吸光度A、次亜臭素酸塩による極大吸収波長の吸光度Bおよび等吸収点の吸光度Cを求め、吸光度Cに対する吸光度Aの吸光度比X(吸光度A/吸光度C)と、吸光度Cに対する吸光度Bの吸光度比Y(吸光度B/吸光度C)とを算出する工程と、吸光度比Xから予め作成した検量線に基づいて水溶液における次亜塩素酸塩の濃度を求めるとともに、吸光度比Yから予め作成した検量線に基づいて水溶液における次亜臭素酸塩の濃度を求める工程とを含む。
【0010】
ここで、水溶液は、例えば、次亜塩素酸塩水溶液に臭化物を溶解することで調製されたものである。
【0011】
この定量方法は、紫外線吸収スペクトルの測定において、光路長が少なくとも1cmのセルを使用するのが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る定量方法は、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液の紫外線吸収スペクトルにおいて、次亜塩素酸塩による極大吸収波長の吸光度A、次亜臭素酸塩による極大吸収波長の吸光度Bおよび等吸収点の吸光度Cを利用しているため、水溶液の次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを容易にかつ正確に個別に定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実験例1で測定した紫外線吸収スペクトルを示す図。
【図2】実験例2で測定した紫外線吸収スペクトルを示す図。
【図3】検量線の作成1で作成した検量線を示す図。
【図4】検量線の作成2で作成した検量線を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の定量方法を適用可能な水溶液(以下、「検査水」という場合がある。)は、次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含むものまたはその可能性があるものであり、例えば、工場やビル等の循環冷却水および浴場や水泳プールなどの循環用水などである。検査水に含まれる次亜塩素酸塩は、通常、次亜塩素酸のナトリウム塩のようなアルカリ金属塩やカルシウム塩のようなアルカリ土類金属塩である。また、水溶液に含まれる次亜臭素酸塩は、通常、次亜臭素酸のナトリウム塩のようなアルカリ金属塩やカルシウム塩のようなアルカリ土類金属塩である。次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩は、それぞれ2種類以上のものであってもよい。
【0015】
次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を含む検査水は、通常、検査水へ次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を添加して溶解したものである。また、検査水は、次亜塩素酸塩を含むもの(すなわち、次亜塩素酸塩水溶液)に臭化物、例えば、臭化ナトリウム、臭化カリウム若しくは臭化リチウム等のアルカリ金属臭化物または臭化カルシウム若しくは臭化マグネシウム等のアルカリ土類金属臭化物を添加して溶解し、この臭化物と次亜塩素酸塩の一部との反応で生成した次亜臭素酸塩を含むものであってもよい。
【0016】
本発明の定量方法においては、検査水の次亜塩素酸塩濃度および次亜臭素酸塩濃度を定量するための検量線を予め作成する。この検量線の作成では、先ず、蒸留水や水道水に次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を溶解することで調製した、次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の濃度が異なる複数の種類の標準液を用意する。次に、各濃度の標準液について、紫外線吸収スペクトルを測定し、次亜塩素酸塩による極大吸収波長の吸光度A、次亜臭素酸塩による極大吸収波長の吸光度Bおよび等吸収点の吸光度Cを求める。そして、吸光度Cに対する吸光度Aの吸光度比X(吸光度A/吸光度C)と、吸光度Cに対する吸光度Bの吸光度比Y(吸光度B/吸光度C)とを算出し、標準液の次亜塩素酸塩濃度と吸光度比Xとの関係による次亜塩素酸塩の定量用の検量線を作成し、また、標準液の次亜臭素酸塩濃度と吸光度比Yとの関係による次亜臭素酸塩の定量用の検量線を作成する。
【0017】
因みに、次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を同時に含む水溶液において、次亜塩素酸塩による極大吸収波長は290nm付近、次亜臭素酸塩による極大吸収波長は330nm付近、等吸収点は315nm付近にそれぞれ現れる。
【0018】
検量線は、後記の実験例においてより詳しく説明するように、蒸留水や水道水等の水質が異なる検査水毎に作成する必要がなく、通常は蒸留水のような精製水または水道水を用いて作成したものを各種の水質の検査水について次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を個別に定量するための汎用的なものとして用いることができる。
【0019】
本発明の定量方法により検査水の次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩を個別に定量するときは、検査水の紫外線吸収スペクトルを測定し、次亜塩素酸塩による極大吸収波長の吸光度A、次亜臭素酸塩による極大吸収波長の吸光度Bおよび等吸収点の吸光度Cを求める。そして、吸光度Cに対する吸光度Aの吸光度比X(吸光度A/吸光度C)と、吸光度Cに対する吸光度Bの吸光度比Y(吸光度B/吸光度C)とを算出し、算出した吸光度比Xおよび吸光度比Yをそれぞれ予め作成した次亜塩素酸塩用の検量線および次亜臭素酸塩用の検量線に適用することで次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の濃度を個別に判定する。
【0020】
なお、検量線作成用の標準液および検査水の紫外線吸収スペクトルを測定するときに、光路長が1cmよりも短いセルを用いると、次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の定量可能範囲が高濃度に偏り、1mg/L程度の低濃度の範囲での定量が困難になる。このため、紫外線吸収スペクトルの測定時には、低濃度での定量を可能にするため、光路長が少なくとも1cm、好ましくは5〜10cm程度の長いセルを用いるのが好ましい。
【0021】
実験例1
蒸留水に次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬工業株式会社製)を溶解し、濃度が60mgCl/Lの次亜塩素酸ナトリウム水溶液を調製した。また、蒸留水に臭化ナトリウム(汎アジア貿易株式会社製)を溶解し、濃度が12,880mg/L(臭化物イオン(Br-)換算濃度として10,000mg/L)の臭化ナトリウム水溶液を調製した。
【0022】
次亜塩素酸ナトリウム水溶液3mLに対して臭化ナトリウム水溶液を5μLずつ添加し、臭化ナトリウム水溶液の添加量の合計が25μLになるまで分光光度計(株式会社日立製作所の商品名「U−2010」)で250〜400nmの波長の紫外線吸収スペクトルを測定した。紫外線吸収スペクトルの測定では、光路長が1cmのセルを用いた。結果を表1および図1に示す。表1に記載の濃度は計算値である。
【0023】
【表1】

【0024】
実験例2
蒸留水に替えて水道水(愛媛県松山市の水道水)を用い、実験例1と同様に操作して紫外線吸収スペクトルを測定した。結果を表2および図2に示す。表2に記載の濃度は計算値である。
【0025】
【表2】

【0026】
検量線の作成1
表1および表2に示した次亜塩素酸ナトリウムの極大吸収波長(290nm)の吸光度と次亜塩素酸ナトリウム濃度(mgCl/L)との対応関係をプロットし、次亜塩素酸ナトリウム水溶液における次亜塩素酸ナトリウムの定量用の検量線を作成した。また、表1および表2に示した次亜臭素酸ナトリウムの極大吸光波長(330nm)の吸光度と次亜臭素酸ナトリウム濃度(mgBr/L)との対応関係をプロットし、次亜塩素酸ナトリウム水溶液における次亜臭素酸ナトリウムの定量用の検量線を作成した。これらの検量線を図3に示す。
【0027】
図3から明らかなように、次亜塩素酸ナトリウムの極大吸収波長の吸光度および次亜臭素酸ナトリウムの極大吸収波長の吸光度をそれぞれ用いて作成した検量線は、蒸留水を用いた次亜塩素酸ナトリウム水溶液に関するものと水道水を用いた次亜塩素酸ナトリウム水溶液に関するものとが別々に成立する。これによると、次亜塩素酸ナトリウムの極大吸収波長の吸光度のみに基づいて次亜塩素酸ナトリウムを定量し、また、次亜臭素酸ナトリウムの極大吸収波長の吸光度のみに基づいて次亜臭素酸ナトリウムを定量する場合は、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の水質毎に検量線を作成する必要がある。
【0028】
検量線の作成2
表1および表2に示した吸光度比Xと次亜塩素酸ナトリウム濃度(mgCl/L)との対応関係をプロットし、次亜塩素酸ナトリウム水溶液における次亜塩素酸ナトリウムの定量用の検量線を作成した。また、表1および表2に示した吸光度比Yと次亜臭素酸ナトリウム濃度(mgBr/L)との対応関係をプロットし、次亜塩素酸ナトリウム水溶液における次亜臭素酸ナトリウムの定量用の検量線を作成した。これらの検量線を図4に示す。
【0029】
図4よると、吸光度比Xおよび吸光度比Yをそれぞれ用いて作成した検量線は、蒸留水を用いた次亜塩素酸ナトリウム水溶液に関するものと水道水を用いた次亜塩素酸ナトリウム水溶液に関するものとで共通したものが成立する。したがって、吸光度比Xに基づいて次亜塩素酸ナトリウムを定量し、また、吸光度比Yに基づいて次亜臭素酸ナトリウムを定量する場合は、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の水質に依存しない検量線を作成することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次亜塩素酸塩と次亜臭素酸塩とを同時に含む水溶液について、前記次亜塩素酸塩と前記次亜臭素酸塩とを個別に定量するための方法であって、
前記水溶液の紫外線吸収スペクトルを測定して前記次亜塩素酸塩による極大吸収波長の吸光度A、前記次亜臭素酸塩による極大吸収波長の吸光度Bおよび等吸収点の吸光度Cを求め、吸光度Cに対する吸光度Aの吸光度比X(吸光度A/吸光度C)と、吸光度Cに対する吸光度Bの吸光度比Y(吸光度B/吸光度C)とを算出する工程と、
吸光度比Xから予め作成した検量線に基づいて前記水溶液における前記次亜塩素酸塩の濃度を求めるとともに、吸光度比Yから予め作成した検量線に基づいて前記水溶液における前記次亜臭素酸塩の濃度を求める工程と、
を含む次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の個別定量法。
【請求項2】
前記水溶液は、次亜塩素酸塩水溶液に臭化物を溶解することで調製されたものである、請求項1に記載の次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の個別定量法。
【請求項3】
前記紫外線吸収スペクトルの測定において、光路長が少なくとも1cmのセルを使用する、請求項1または2に記載の次亜塩素酸塩および次亜臭素酸塩の個別定量法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−88203(P2012−88203A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235842(P2010−235842)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(000175272)三浦工業株式会社 (1,055)
【Fターム(参考)】