説明

正の位相差フィルム

【課題】アクリル樹脂を主成分とする正の位相差フィルムであって、大きな位相差を実現できるとともに、ヘーズの上昇が抑制された位相差フィルムを提供する。
【解決手段】アクリル樹脂(A)を主成分とする正の位相差フィルムであって、正の固有複屈折を有する、アクリル樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)を、含有率にして1〜30重量%含み、JIS K7136に準拠して測定したヘーズが5%以下であり、波長589nmの光に対する厚さ方向の位相差Rth(フィルム厚100μmあたり)が50nm以上である位相差フィルムとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正の複屈折性を示す位相差フィルムである正の位相差フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性樹脂からなる原フィルムを延伸して得た延伸フィルムは、延伸により生じた高分子鎖の配向に基づく様々な光学特性を示す。このような延伸フィルムの一種に、高分子鎖の配向により生じる複屈折を利用した位相差フィルムがある。位相差フィルムは液晶表示装置(LCD)などの画像表示装置に広く使用されるが、近年、画像表示装置の薄型化が進むにつれてその薄膜化が強く求められており、その要求に応えるためには、薄いながらも大きな位相差を示す位相差フィルムが望まれる。
【0003】
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)に代表されるアクリル樹脂は、高い光線透過率を有する一方で光弾性率が低いなど、その光学特性に優れるとともに、機械的強度、成形加工性および表面硬度のバランスに優れており、位相差フィルムに用いる熱可塑性樹脂として好適である。しかしアクリル樹脂は、ポリカーボネート樹脂、シクロオレフィン樹脂など、位相差フィルムとして一般的な他の熱可塑性樹脂に比べて、延伸による位相差が現れにくく、大きな位相差を示す位相差フィルムとすることが難しい。
【0004】
特開2008-9378号公報(特許文献1)には、ラクトン環構造を主鎖に有するアクリル樹脂を主成分とする位相差フィルムが開示されている。環構造の種類にもよるが、主鎖に環構造を有するアクリル樹脂とすることによって、位相差フィルムが示す位相差が向上する。また、環構造によってアクリル樹脂のガラス転移温度が向上するため、耐熱性に優れる位相差フィルムとなる。特許文献1に従えば、アクリル樹脂における環構造の含有率を増加させることによって、より大きな位相差を示す位相差フィルムが得られる。しかし、環構造が主鎖に入ることでアクリル樹脂が「硬く」かつ「脆く」なり、原フィルムの十分な延伸が難しくなるため、アクリル樹脂への環構造の導入による位相差の向上には限界がある。また、硬くかつ脆くなった位相差フィルムは、折り曲げ時に破損したり、取扱時に裂けたりしやすく、いたずらに環構造の含有率を増加させることはできない。このように、アクリル樹脂自体の構造を制御する方法では位相差の向上に限界があり、他の方法に基づく大きな位相差の実現が望まれる。
【0005】
なお、主鎖に存在するラクトン環構造は、当該環構造を有する樹脂に対して正の固有複屈折を与える作用を有する。例えば、メタクリル酸メチル(MMA)のホモポリマーであるPMMAは弱い負の固有複屈折を示すが、その主鎖に、ある程度以上の含有率でラクトン環構造を有することにより、本来持っていた負の固有複屈折が打ち消されて、正の固有複屈折を示すアクリル樹脂となる。正の固有複屈折を示すアクリル樹脂からは、通常、正の複屈折性を示す位相差フィルム(正の位相差フィルム)が得られる。
【0006】
特許文献1には、位相差フィルムが示す位相差のさらなる向上を目的として、アクリル樹脂が示す複屈折性の符号と同じ符号を示す低分子物質を位相差フィルムに加えてもよいことが記載されており、低分子物質として、スチルベン、ビフェニル、ジフェニルアセチレン、液晶物質が例示されている([0115]、[0116])。このように、位相差増加剤の添加によって、大きな位相差の実現が期待される。
【0007】
特開2006-241197号公報(特許文献2)には、位相差増加剤として、2以上の芳香環を含有する低分子化合物が記載されており、低分子化合物として、ビフェニル、ジヒドロキシビフェニル、ジフェニルスルフィド、ビスフェノール、スチルベン、ジフェニルアセチレン、アゾベンゼンなどが例示されている([0050])。
【0008】
しかし、これらの低分子化合物はアクリル樹脂との相溶性に課題があり、特に、溶融成形によって原フィルムを形成する場合など、高温での成形時に発泡、ブリードアウトなどの問題が生じやすい。発泡、ブリードアウトが生じると、キャスティングロールなど、成形装置の部品に低分子化合物が付着し、成形途中での当該部品の清掃が余儀なくされることで、フィルムの生産性が低下する。また、その程度によっては、得られたフィルムに外観上あるいは光学的な欠点が多数発生し、位相差フィルムとして使用できなくなる。
【0009】
また、特許文献1には、位相差フィルムがアクリル樹脂以外の重合体を含んでもよいことが記載されており、このような重合体として、「正の複屈折性(正の位相差)を増加させる点で、塩化ビニル、ポリカーボネート、その他の主鎖に芳香族環を含有する重合体など、正の複屈折性(正の位相差)を示す重合体が好ましい」旨の記載がある([0112])。
【0010】
仮に、低分子化合物ではなく樹脂の添加によって位相差フィルムが示す位相差を向上できれば、低分子化合物を加えたときのような発泡、ブリードアウトの発生を抑えることができる。しかし、異なる樹脂同士は一般に相溶性が低く、実際、アクリル樹脂と、特許文献1に具体的に例示があるポリカーボネートとの組み合わせでは、相分離などによるヘーズの増大のために、位相差フィルムとして使用可能な透明フィルムが得られない。また、塩化ビニルの場合、アクリル樹脂との溶融混練および溶融成形時に熱分解により黒色となるため、光学フィルムとして使用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2008−9378号公報
【特許文献2】特開2006−241197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、アクリル樹脂を主成分とする正の位相差フィルムであって、大きな位相差を実現できるとともに、ヘーズの上昇が抑制された位相差フィルムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の正の位相差フィルムは、アクリル樹脂(A)を主成分とする正の位相差フィルムであって、正の固有複屈折を有する、アクリル樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)を、含有率にして1〜30重量%含み、JIS K7136に準拠して測定したヘーズが5%以下であり、波長589nmの光に対する厚さ方向の位相差Rth(フィルム厚100μmあたり)が50nm以上である。
【0014】
固有複屈折の正負は、樹脂の分子鎖が一軸配向した層(例えば、シートあるいはフィルム)において、当該層の主面に垂直に入射した光のうち、当該層における分子鎖が配向する方向(配向軸)に平行な振動成分に対する層の屈折率nprから、配向軸に垂直な振動成分に対する層の屈折率nvtを引いた値「npr−nvt」の正負で判断できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の正の位相差フィルムは、厚さ方向の位相差Rth(フィルム厚100μmあたり)が50nm以上の大きな位相差を示すとともに、JIS K7136に準拠して測定したヘーズが5%以下であり、ヘーズの上昇が抑制されている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[アクリル樹脂(A)]
本発明の正の位相差フィルムは、アクリル樹脂(A)を主成分とする。本明細書における主成分とは、位相差フィルムにおける含有率が最大の成分であり、その含有率は通常50重量%以上、好ましくは60重量%以上、より好ましくは70重量%以上、さらに好ましくは85重量%以上である。
【0017】
正の位相差フィルムとは、正の複屈折性を示す位相差フィルムのことである。正の複屈折性は、三次元屈折率nx´、ny´およびnz´によってnx´>nz´と規定される。ここで、nx´は、位相差フィルム面内における主延伸方向の屈折率、ny´は、位相差フィルム面内における主延伸方向に直交する方向の屈折率、nz´は、位相差フィルムにおける厚さ方向(フィルム表面に対する法線方向)の屈折率である。主延伸方向は、一軸延伸により得た位相差フィルムの場合、その延伸方向であり、二軸延伸により得た位相差フィルムの場合、より配向度が高くなるように延伸された方向である。化学構造的には、主延伸方向は、フィルムに含まれる高分子主鎖の配向方向に対応する。正の固有複屈折を有する樹脂からなるフィルムは、その膜厚方向に屈折率が大きくなるような特殊な延伸方法をとらない限り、通常、nx´>nz´、即ち正の複屈折性を示す位相差フィルムとなる。具体的には、nx´>ny´≧nz´またはnx´≒ny´>nz´である。
【0018】
アクリル樹脂は、(メタ)アクリル酸エステル単位および/または(メタ)アクリル酸単位を構成単位として有する樹脂である。アクリル樹脂が有する全構成単位に占める(メタ)アクリル酸エステル単位および(メタ)アクリル酸単位の割合の合計は、通常50重量%以上であり、好ましくは60重量%以上、より好ましくは70重量%以上である。なお、ラクトン環構造など、(メタ)アクリル酸エステル単位の誘導体である環構造を主鎖に有する場合、全構成単位に占める(メタ)アクリル酸エステル単位および(メタ)アクリル酸単位の割合と、環構造の含有率との合計が50重量%以上であればよい。
【0019】
(メタ)アクリル酸エステル単位は、例えば(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−プロピル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸t−ブチル、(メタ)アクリル酸n−ヘキシル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸クロロメチル、(メタ)アクリル酸2−クロロエチル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸3−ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸2,3,4,5,6−ペンタヒドロキシヘキシル、(メタ)アクリル酸2,3,4,5−テトラヒドロキシペンチル、2−(ヒドロキシメチル)アクリル酸メチル、2−(ヒドロキシエチル)アクリル酸メチルなどの各(メタ)アクリル酸エステルの重合により形成される構成単位である。樹脂(A)は、(メタ)アクリル酸エステル単位として、これらの構成単位を2種以上有してもよい。樹脂(A)は、(メタ)アクリル酸メチル単位を有することが好ましく、この場合、位相差フィルムの光学特性および表面強度が向上する。
【0020】
樹脂(A)は、主鎖に環構造(D)を有していてもよい。この場合、樹脂(A)のガラス転移温度(Tg)が上昇し、当該樹脂(A)を主成分として含む位相差フィルムの耐熱性が向上する。
【0021】
環構造(D)は、例えばラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、無水マレイン酸構造およびN−置換マレイミド構造から選ばれる少なくとも1種である。
【0022】
樹脂(A)が主鎖に有していてもよいラクトン環構造は特に限定されず、例えば4〜8員環であってもよいが、環構造としての安定性に優れることから5員環または6員環であることが好ましく、6員環であることがより好ましい。6員環であるラクトン環構造は、例えば特開2004-168882号公報に開示されている構造であるが、前駆体(前駆体を環化縮合反応させることで、ラクトン環構造を主鎖に有する樹脂が得られる)の重合収率が高いこと、前駆体の環化縮合反応によって高いラクトン環含有率を有する樹脂が得られること、メタクリル酸メチル単位を構成単位として有する重合体を前駆体にできること、などの理由から、以下の式(1)に示す構造が好ましい。
【0023】
【化1】

【0024】
式(1)において、R1、R2およびR3は、互いに独立して、水素原子または炭素数1〜20の範囲の有機残基である。有機残基は酸素原子を含んでもよい。
【0025】
有機残基は、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基などの炭素数が1〜20の範囲のアルキル基;エテニル基、プロペニル基などの炭素数が1〜20の範囲の不飽和脂肪族炭化水素基;フェニル基、ナフチル基などの炭素数が1〜20の範囲の芳香族炭化水素基;上記アルキル基、上記不飽和脂肪族炭化水素基および上記芳香族炭化水素基において、水素原子の一つ以上が、水酸基、カルボキシル基、エーテル基およびエステル基から選ばれる少なくとも1種の基により置換された基;である。
【0026】
ラクトン環構造は、分子鎖内に水酸基およびエステル基を有する前駆体を脱アルコール環化縮合させて形成できる。式(1)に示すラクトン環は、例えば、メタクリル酸メチル(MMA)と2−(ヒドロキシメチル)アクリル酸メチル(MHMA)との共重合体を形成した後、当該共重合体における隣り合ったMMA単位とMHMA単位とを脱アルコール環化縮合させることで形成できる。このとき、R1はH、R2およびR3はCH3である。
【0027】
樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率は特に限定されないが、通常10〜70重量%であり、15〜60重量%が好ましく、20〜55重量%がより好ましく、25〜50重量%がさらに好ましい。
【0028】
樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率は、ダイナミックTG法により、以下のようにして求めることができる。最初に、ラクトン環構造を有する樹脂(A)に対してダイナミックTG測定を実施し、150℃から300℃の間の重量減少率を測定して、得られた値を実測重量減少率(X)とする。150℃は、樹脂(A)に残存する水酸基およびエステル基が環化縮合反応を開始する温度であり、300℃は、樹脂(A)の熱分解が始まる温度である。これとは別に、前駆体である重合体に含まれる全ての水酸基が脱アルコール反応を起こしてラクトン環が形成されたと仮定して、その反応による重量減少率(即ち、前駆体の脱アルコール環化縮合反応率が100%であったと仮定した重量減少率)を算出し、理論重量減少率(Y)とする。理論重量減少率(Y)は、前駆体における、脱アルコール反応に関与する水酸基を有する構成単位の含有率から求めることができる。なお、前駆体の組成は、樹脂(A)の組成から導くことが可能である。次に、式[1−(実測重量減少率(X)/理論重量減少率(Y))]×100(%)により、樹脂(A)の脱アルコール反応率を求める。樹脂(A)では、求めた脱アルコール反応率の分だけラクトン環構造が形成されていると考えられる。そこで、前駆体における、脱アルコール反応に関与する水酸基を有する構成単位の含有率に、求めた脱アルコール反応率を乗じ、ラクトン環構造の重量に換算することで、樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率を求めることができる。
【0029】
一例として、後述の製造例2で作製した樹脂(A)の脱アルコール反応率を求める。脱アルコール反応により生成するメタノールの分子量が32であり、前駆体(MHMAとMMAとの共重合体)における、脱アルコール反応に関与する水酸基を有する構成単位であるMHMA単位の含有率は20重量%であり、MHMA単位の単量体換算の分子量が116であることから、上記樹脂(A)の理論重量減少率(Y)は、(32/116)×30.2=5.52重量%となる。一方、上記樹脂(A)の実測重量減少率(X)は、0.18重量%であったので、脱アルコール反応率は96.7%(=(1−0.18/5.52)×100(%))となる。
【0030】
次に、上記樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率を求める。前駆体におけるMHMA単位の含有率が20重量%、MHMA単位の単量体換算の分子量が116、脱アルコール反応率が96.7%、ラクトン環構造の式量が170であることから、上記樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率は、28.3重量%(=20×0.967×170/116)となる。
【0031】
樹脂(A)は、以下の式(2)に示す環構造を主鎖に有してもよい。
【0032】
【化2】

【0033】
式(2)におけるR4およびR5は、互いに独立して、水素原子またはメチル基であり、X1は酸素原子または窒素原子である。X1が酸素原子のときR6は存在せず、X1が窒素原子のとき、R6は、水素原子、炭素数1〜6の直鎖アルキル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基またはフェニル基である。
【0034】
1が窒素原子のとき、式(2)に示す環構造は、グルタルイミド構造である。グルタルイミド構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えば(メタ)アクリル酸エステル重合体をメチルアミンなどのイミド化剤によりイミド化して形成できる。
【0035】
1が酸素原子のとき、式(2)に示す環構造は、無水グルタル酸構造である。無水グルタル酸構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えば(メタ)アクリル酸エステルと(メタ)アクリル酸との共重合体を、分子内で脱アルコール環化縮合させて形成できる。
【0036】
樹脂(A)は、以下の式(3)に示す環構造を主鎖に有してもよい。
【0037】
【化3】

【0038】
式(3)におけるR7およびR8は、互いに独立して、水素原子またはメチル基であり、X2は、酸素原子または窒素原子である。X2が酸素原子のときR9は存在せず、X2が窒素原子のとき、R9は、水素原子、炭素数1〜6の直鎖アルキル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基またはフェニル基である。
【0039】
2が窒素原子のとき、式(3)に示す環構造は、N−置換マレイミド構造である。N−置換マレイミド構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えばN−置換マレイミドと(メタ)アクリル酸エステルとを共重合して形成できる。
【0040】
2が酸素原子のとき、式(3)に示す環構造は、無水マレイン酸構造である。無水マレイン酸構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えば無水マレイン酸と(メタ)アクリル酸エステルとを共重合して形成できる。
【0041】
樹脂(A)における式(2)、(3)に示す環構造の含有率は特に限定されないが、通常5〜90重量であり、10〜70重量%が好ましく、10〜60重量%がより好ましく、10〜50重量%がさらに好ましい。
【0042】
上記例示した環構造のうち、ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造および無水マレイン酸構造は、樹脂(A)の主鎖に存在する場合、当該樹脂(A)に正の固有複屈折を与える作用を有する。特に、ラクトン環構造、無水グルタル酸構造およびグルタルイミド構造は、この作用が大きい。このため、ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を樹脂(A)が主鎖に有することにより、当該樹脂(A)を主成分として含む位相差フィルムの耐熱性が向上するだけでなく、その位相差(正の位相差)がさらに向上する。
【0043】
なかでも、環構造としての安定性が高く、光学特性に優れる位相差フィルムが得られることから、ラクトン環構造およびグルタルイミド構造から選ばれる少なくとも1種がより好ましく、ラクトン環構造がさらに好ましい。
【0044】
樹脂(A)が主鎖に環構造(D)を有する場合、そのガラス転移温度(Tg)は、通常110℃以上である。環構造(D)の種類およびその含有率によっては、樹脂(A)のTgは、115℃以上、120℃以上、さらには130℃以上となる。このような高いTgを有する樹脂(A)の含有により得られる高耐熱性の位相差フィルムは、光源などの発熱部近傍への配置が容易となるなど、画像表示装置に好適に使用できる。
【0045】
ところで、アクリル樹脂を主成分とする位相差フィルムは、通常、当該アクリル樹脂を主成分として含む樹脂組成物を溶融成形して原フィルムとし、得られた原フィルムを延伸して製造される。アクリル樹脂が主鎖に環構造を含む場合、そのTgの向上に応じて、樹脂組成物の成形温度を高くする必要がある。樹脂組成物が位相差増加剤として低分子化合物を含む場合、成形温度の上昇による当該化合物のブリードアウトが生じやすい。これに対して本発明の位相差フィルムでは、熱可塑性樹脂(B)の添加により位相差の向上が図られているため、製造時のブリードアウトに由来する外観上あるいは光学的な欠点が少ない。即ち、熱可塑性樹脂(B)を添加することによる本発明の効果は、樹脂(A)が主鎖に環構造(D)を有する場合に特に顕著となる。
【0046】
樹脂(A)は、(メタ)アクリル酸エステル単位および(メタ)アクリル酸単位以外の構成単位を有していてもよく、このような構成単位は、例えばスチレン、ビニルトルエン、α−メチルスチレン、アクリロニトリル、メチルビニルケトン、エチレン、プロピレン、酢酸ビニル、メタリルアルコール、アリルアルコール、2−ヒドロキシメチル−1−ブテン、α−ヒドロキシメチルスチレン、α−ヒドロキシエチルスチレン、などの各単量体の重合により形成される構成単位である。樹脂(A)は、これらの構成単位を2種以上有してもよい。
【0047】
樹脂(A)の重量平均分子量は、例えば1000〜300000の範囲であり、5000〜250000の範囲が好ましく、10000〜200000の範囲がより好ましく、50000〜200000の範囲がさらに好ましい。
【0048】
環構造(D)を主鎖に有する場合を含め、樹脂(A)は公知の方法により製造できる。
【0049】
ラクトン環構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えば特開2006-96960号公報、特開2006-171464号公報、特開2007-63541号公報に記載の方法により製造できる。N−置換マレイミド構造を主鎖に有する樹脂(A)、無水グルタル酸構造を主鎖に有する樹脂(A)およびグルタルイミド構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えば特開2007-31537号公報、国際公開第2007/26659号、国際公開第2005/108438号に記載の方法により製造できる。無水マレイン酸構造を主鎖に有する樹脂(A)は、例えば特開昭57-153008号公報に記載の方法により製造できる。
【0050】
[熱可塑性樹脂(B)]
本発明の正の位相差フィルムは、アクリル樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)を含む。熱可塑性樹脂(B)は、当該樹脂を含む正の位相差フィルムの位相差が増大する光学特性を示すことが必要であり、このために少なくとも正の固有複屈折を有する。樹脂(B)の固有複屈折の絶対値は、樹脂(A)の固有複屈折の絶対値以上であることが好ましい。
【0051】
また、本発明の正の位相差フィルムにおけるJIS K7136(プラスチック−透明材料のヘーズの求め方)に準拠して測定したヘーズは5%以下であり、熱可塑性樹脂(B)は、上記ヘーズが5%以下となる相溶性を樹脂(A)に対して有する。
【0052】
正の固有複屈折を有するとともに、このような相溶性を有する限り、また、アクリル樹脂以外の熱可塑性樹脂である限り、樹脂(B)は特に限定されない。樹脂(B)は、例えば、当該樹脂(B)に正の固有複屈折を与える作用を有する環構造(C)と、樹脂(A)に対する樹脂(B)の相溶性を向上させる構造として、水酸基および/またはオキシアルキレン構造とを有する。樹脂(B)は、その構成単位内に、環構造(C)と、水酸基および/またはオキシアルキレン構造とを有することが好ましい。
【0053】
環構造(C)は、樹脂(B)に正の固有複屈折を与える作用を有する限り特に限定されず、例えば、フェニレン構造などの芳香性を有する環構造であってもよいし、シクロオレフィン基あるいは上述したラクトン環構造、グルタルイミド構造などの非芳香性の環構造であってもよい。
【0054】
正の固有複屈折を与える作用がより強いことから、環構造(C)は芳香性を有することが好ましい。芳香性を有する環構造(C)は、例えば、フェニレン構造、オキシフェニレン構造、ナフチレン構造である。
【0055】
樹脂(B)が有していてもよいオキシアルキレン構造は、式(−R10O−)に示される構造であり、R10は炭素数1〜8のアルキレン基である。アルキレン基は、直鎖であっても分岐を有していてもよい。オキシアルキレン構造は、典型的には、オキシメチレン構造、オキシエチレン構造、オキシプロピレン構造、オキシブチレン構造である。
【0056】
樹脂(B)は、樹脂(A)に対する相溶性を向上させる構造として、水酸基を有することが好ましい。水酸基を有する樹脂(B)は、樹脂(A)に対する相溶性が特に高い。
【0057】
樹脂(B)内での水酸基の位置は特に限定されないが、脂肪族炭化水素鎖に結合していることが好ましく、主鎖に存在する脂肪族炭化水素鎖に結合していることがより好ましい。
【0058】
樹脂(B)では、芳香性を有する環構造(C)が樹脂(B)の主鎖に存在し、樹脂(A)に対する相溶性を向上させる構造が水酸基であることが好ましい。このような樹脂(B)によって、位相差フィルムが示す位相差がより向上するとともに、その樹脂(A)に対する相溶性の高さから、位相差フィルムのヘーズがより小さくなる。このとき、環構造(C)がフェニレン構造であることがより好ましい。
【0059】
樹脂(B)は、例えばフェノキシ樹脂である。フェノキシ樹脂は、ビスフェノールおよびエピクロルヒドリンから形成されるポリヒドロキシエーテルの一種である。フェノキシ樹脂は、その構成単位内に水酸基とオキシプロピレン構造とを有し、樹脂(A)に対する相溶性が非常に高い。このため、樹脂(B)がフェノキシ樹脂である場合、位相差フィルムのヘーズがより小さくなる。また、フェノキシ樹脂は分子鎖の末端に反応性のエポキシ環を有さないため、原フィルムを得るための溶融成形時におけるゲルの発生が抑制される。即ち、樹脂(B)としてフェノキシ樹脂を用いることによって、成形時に発生したゲルによる外観上あるいは光学的な欠点が少なく、これによるヘーズの上昇も抑制された位相差フィルムが得られる。
【0060】
フェノキシ樹脂は、例えば、以下の式(4)に示す構成単位を有する。式(4)に示す構成単位を有するフェノキシ樹脂は、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンとの脱塩酸反応により製造できる。
【0061】
【化4】

【0062】
樹脂(B)の重量平均分子量は、5000より大きいことが好ましく、10000以上がより好ましく、20000以上がさらに好ましい。
【0063】
樹脂(B)は、公知の方法により製造できる。フェノキシ樹脂の製造方法は、溶液重合法が一般的である。
【0064】
[位相差フィルム]
本発明の正の位相差フィルムは、アクリル樹脂(A)と熱可塑性樹脂(B)とを含み、当該位相差フィルムにおける樹脂(B)の含有率は1〜30重量%である。位相差フィルムにおける樹脂(B)の含有率が30重量%を超えると、樹脂(A)がアクリル樹脂であることに起因する位相差フィルムとして好適な諸特性(例えば、低い光弾性係数、高い全光線透過率、高い耐候性、高い表面硬度など)が得られにくくなる。本発明の正の位相差フィルムにおける樹脂(B)の含有率は、3〜25重量%が好ましく、5〜20重量%がより好ましい。
【0065】
本発明の正の位相差フィルムは、樹脂(A)と樹脂(B)とを含む樹脂組成物を成形して原フィルムとし、得られた原フィルムを延伸して製造できる。
【0066】
原フィルムは、樹脂(A)と樹脂(B)とを含む樹脂組成物に対して、溶融押出あるいはキャストなどの公知のフィルム成形手法を適用することで製造できる。生産性の観点からは、溶融押出成形による原フィルムの製造が好ましい。原フィルムの延伸は、一軸延伸(典型的には自由端一軸延伸、固定端一軸延伸)または二軸延伸(典型的には逐次二軸延伸、同時二軸延伸)などの公知の延伸法に基づいて実施すればよい。
【0067】
本発明の正の位相差フィルムは、JIS K7136に準拠して測定したヘーズが5%以下であり、波長589nmの光に対する厚さ方向の位相差Rth(フィルム厚100μmあたり)が50nm以上の正の位相差フィルムが得られる限り、樹脂(A)、(B)以外の熱可塑性樹脂を含んでいてもよい。このような熱可塑性樹脂は、例えば、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS樹脂)である。ただし、AS樹脂は負の固有複屈折を有するため、上記位相差Rthが50nm以上の正の位相差フィルムを得るためには、その含有率が過度に大きくならないようにする必要がある。
【0068】
本発明の正の位相差フィルムは、JIS K7136に準拠して測定したヘーズが5%以下であり、波長589nmの光に対する厚さ方向の位相差Rth(フィルム厚100μmあたり)が50nm以上の正の位相差フィルムが得られる限り、樹脂(A)、(B)以外の材料、例えば添加剤を含んでいてもよい。添加剤は、例えば、酸化防止剤;耐光安定剤、耐候安定剤、熱安定剤などの安定剤;ガラス繊維、炭素繊維などの補強材;近赤外線吸収剤;トリス(ジブロモプロピル)ホスフェート、トリアリルホスフェート、酸化アンチモンなどの難燃剤;アニオン系、カチオン系、ノニオン系の界面活性剤に代表される帯電防止剤;無機顔料、有機顔料、染料などの着色剤;有機フィラー、無機フィラー;樹脂改質剤;可塑剤;滑剤;難燃剤などである。本発明の正の位相差フィルムにおける添加剤の含有率は、例えば0〜5重量%であり、0〜2重量%が好ましく、0〜0.5重量%がより好ましい。
【0069】
本発明の正の位相差フィルムにおけるヘーズは、好ましくは3%以下、より好ましくは1%以下である。
【0070】
本発明の正の位相差フィルムは、樹脂(B)に基づき、大きな正の位相差を示す。具体的には、本発明の正の位相差フィルムにおける、波長589nmの光に対する厚さ方向の位相差Rth(フィルムの厚さ100μmあたり)は50nm以上である。樹脂(B)の種類およびその含有率によっては、上記Rthは、60nm以上、さらには70nm以上となる。
【0071】
本発明の正の位相差フィルムにおける、波長589nmの光に対する面内位相差Re(フィルムの厚さ100μmあたり)は例えば50nm以上であり、樹脂(B)の種類およびその含有率によっては、75nm以上、100nm以上、さらには125nm以上となる。
【0072】
樹脂(A)が主鎖に環構造(D)を有する場合、本発明の正の位相差フィルムは、通常110℃以上の高いガラス転移温度(Tg)を有する。樹脂(A)における環構造(D)の種類およびその含有率ならびに位相差フィルムにおける樹脂(A)の含有率によっては、位相差フィルムのTgは115℃以上、120℃以上、さらには130℃以上となる。
【0073】
本発明の正の位相差フィルムにおける全光線透過率は、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは92%以上である。
【0074】
本発明の正の位相差フィルムは、用途に応じて、他の光学部材と組み合わせて用いてもよい。
【0075】
本発明の正の位相差フィルムの用途は特に限定されず、従来の位相差フィルムと同様の用途(例えば、LCD、OLEDなどの画像表示装置)に使用が可能である。
【0076】
具体的には、本発明の位相差フィルムは、LCDの光学補償部材として好適である。例えば、STN型LCD、TFT−TN型LCD、OCB型LCD、VA型LCD、IPS型LCDなどの各種LCDの位相差フィルム、光学補償フィルム、偏光板との積層フィルム、偏光板光学補償フィルムに好適に使用できる。本発明の位相差フィルムの好ましい光学特性は、使用する液晶の表示モードによって異なる。
【0077】
また、本発明の位相差フィルムは、LCDの偏光板に用いる偏光子保護フィルムとして好適である。
【0078】
本発明の位相差フィルムは、例えば、VA型LCDなどにおいて、厚さ方向の位相差Rthが大きい正の位相差フィルムが必要な場合に、特に有効である。
【実施例】
【0079】
以下、実施例により、本発明をより詳細に説明する。本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【0080】
最初に、本実施例において作製した樹脂(A)、樹脂(A)および樹脂(B)を含むペレット、原フィルム(未延伸フィルム)ならびに位相差フィルムの評価方法を示す。
【0081】
[重合時の重合反応率および中間体の組成分析]
重合により樹脂(A)を作製する際の重合反応率、および環化縮合反応前の中間体における2−(ヒドロキシメチル)アクリル酸メチル(MHMA)単位の含有率は、重合溶液に含まれる未反応の単量体の量をガスクロマトグラフィー(島津製作所製、GC17A)により測定することで評価した。
【0082】
[樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率]
樹脂(A)におけるラクトン環構造の含有率は、上述した計算方法により求めた。当該方法に用いるパラメータである実測重量減少率(X)は、ダイナミックTG測定により、以下のようにして求めた。
【0083】
作製した樹脂(A)のペレットまたはペレットとする前の重合溶液を、テトラヒドロフラン(THF)に溶解させた後(あるいはTHFで希釈した後)、過剰のヘキサンまたはメタノールを用いて樹脂(A)を沈殿させた。次に、沈殿物を真空乾燥(圧力1.33hPa、80℃、3時間以上)して揮発成分を除去し、得られた白色固体状の樹脂に対して以下の測定条件でダイナミックTG測定を行い、その実測重量減少率(X)を求めた。
測定装置:リガク製、Thermo Plus 2 TG-8120 Dynamic TG
試料重量:5〜10mg
昇温速度:10℃/分
雰囲気:窒素フロー(200ml/分)下
測定方法:階段状等温制御法(60〜500℃の間で、重量減少速度値を0.005%
/秒以下として制御)
【0084】
[樹脂(A)、(B)の重量平均分子量]
樹脂(A)、(B)の重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用い、以下の測定条件に従って求めた。
測定システム:東ソー製GPCシステムHLC-8220
展開溶媒:クロロホルム(和光純薬工業製、特級)
溶媒流量:0.6mL/分
標準試料:TSK標準ポリスチレン(東ソー製、PS−オリゴマーキット)
測定側カラム構成:ガードカラム(東ソー製、TSK guardcolumn SuperHZ-L)、分離カラム(東ソー製、TSK Gel Super HZM-M)、2本直列接続
リファレンス側カラム構成:リファレンスカラム(東ソー製、TSK gel SuperH-RC)
【0085】
[原フィルムのガラス転移温度]
原フィルムのガラス転移温度(Tg)は、JIS K7121の規定に準拠して求めた。具体的には、示差走査熱量計(リガク製、DSC-8230)を用い、窒素ガス雰囲気下、約10mgのサンプルを常温から200℃まで昇温(昇温速度20℃/分)して得られたDSC曲線から、始点法により評価した。リファレンスには、α−アルミナを用いた。
【0086】
[位相差フィルムの位相差]
波長589nmの光に対する位相差フィルムの面内位相差Reおよび厚さ方向の位相差Rthは、位相差測定装置(王子計測機器製、KOBRA-WR)を用いて求めた。具体的には、測定項目として入射角依存性(単独N計算)を選択し、傾斜中心軸を遅相軸に、入射角を40°として、アッベ屈折率計で測定したフィルムの平均屈折率、膜厚dを入力して測定した。位相差フィルムの膜厚dは、デジマチックマイクロメータ(ミツトヨ製)を用いて測定した。
【0087】
位相差フィルムにおける面内位相差Reおよび厚さ方向の位相差Rthは、それぞれ、式Re=(nx−ny)×dおよび式Rth=[(nx+ny)/2−nz]×dにより示される。ここで、nxは位相差フィルムの面内における遅相軸方向(フィルム面内において最大の屈折率を示す方向)の屈折率、nyは位相差フィルムの面内における進相軸方向(フィルム面内におけるnxと垂直な方向)の屈折率、nzは位相差フィルムの厚さ方向の屈折率、dは位相差フィルムの厚さ(nm)である。
【0088】
[位相差フィルムのヘーズ]
位相差フィルムのヘーズは、濁度計(日本電色工業製、NDH-5000)を用いて、JIS K7136に準拠して測定した。
【0089】
[位相差フィルムの全光線透過率]
位相差フィルムの全光線透過率は、上記濁度計を用いて、JIS K7361−1に準拠して測定した。
【0090】
(製造例1)
市販のポリメタクリル酸メチル(PMMA)ペレット(住友化学製、スミペックスEX)90重量部と、樹脂(B)として市販のフェノキシ樹脂(InChem製、PKHB、重量平均分子量:26000)10重量部とをドライブレンドし、20mmφのスクリューを有する二軸押出機を用いてバレル温度240℃で溶融混練して、アクリル樹脂とフェノキシ樹脂との樹脂組成物からなる透明なペレット(P−1)を得た。
【0091】
(製造例2)
攪拌装置、温度センサー、冷却管および窒素導入管を備えた、内容積30Lの反応容器に、40重量部のメタクリル酸メチル(MMA)、10重量部の2-(ヒドロキシメチル)アクリル酸メチル(MHMA)、重合溶媒として50重量部のトルエン、ならびに酸化防止剤として0.025重量部のアデカスタブ2112(ADEKA製)および0.025重量部のn−ドデシルメルカプタンを仕込み、これに窒素を通じつつ、105℃まで昇温させた。昇温に伴う還流が始まったところで、重合開始剤として0.05重量部のt−アミルパーオキシイソノナノエート(アルケマ吉富製、ルペロックス570)を添加するとともに、0.10重量部のt−アミルパーオキシイソノナノエートを3時間かけて滴下しながら、約105〜110℃の還流下で溶液重合を進行させ、さらに4時間の熟成を行った。
【0092】
次に、得られた重合溶液に、環化縮合反応の触媒(環化触媒)として0.05重量部のリン酸2-エチルヘキシル(堺化学工業製、Phoslex A-8)を加え、約90〜110℃の還流下において2時間、ラクトン環構造を形成するための環化縮合反応を進行させた。これに続き、オートクレーブにより重合溶液を240℃で30分間加熱して、環化縮合反応をさらに進行させた。
【0093】
次に、このようにして得た重合溶液を、バレル温度240℃、回転速度100rpm、減圧度13.3〜400hPa(10〜300mmHg)、リアベント数1個およびフォアベント数4個(上流側から第1、第2、第3、第4ベントと称する)のベントタイプスクリュー二軸押出機(Φ=29.75mm、L/D=30)に、樹脂量換算で2.0kg/時の処理速度で導入し、脱揮を行った。脱揮時には、第1ベントの後から、別途準備しておいた酸化防止剤・失活剤混合溶液を0.02kg/時の注入速度で注入し、第3ベントの後から、イオン交換水を0.01kg/時の注入速度で注入した。
【0094】
酸化防止剤・失活剤混合溶液には、2.3重量部のチバスペシャリティケミカルズ製Irganox1010、2.3重量部のADEKA製アデカスタブAO−412Sおよび10重量部のオクチル酸亜鉛(日本化学工業製、ニッカオクチクス亜鉛3.6%)をトルエン86重量部に溶解させた溶液を用いた。
【0095】
この一連の操作により、主鎖にラクトン環構造を有するアクリル樹脂(A)からなるペレット(P−2)が得られた。得られたペレットは透明であり、その重量平均分子量は148000であった。
【0096】
(製造例3)
製造例2で作製したペレット(P−2)95重量部と、樹脂(B)として市販のフェノキシ樹脂(InChem製、PKHB、重量平均分子量26000)5重量部とをドライブレンドし、20mmφのスクリューを有する二軸押出機を用いてバレル温度240℃で溶融混練して、アクリル樹脂とフェノキシ樹脂との樹脂組成物からなるペレット(P−3)を得た。
【0097】
(製造例4)
製造例2で作製したペレット(P−2)98重量部と、特開2006-241197号公報(特許文献2)に記載されている「2以上の芳香環を含有する低分子化合物」としてアデカスタブLA−32(ADEKA製、芳香性を有する縮合環としてベンゾトリアゾール環を含む、分子量225)2重量部とをドライブレンドし、20mmφのスクリューを有する二軸押出機を用いてバレル温度250℃で溶融混練して、透明なペレット(P−4)を得た。
【0098】
(実施例1)
製造例1で作製したペレット(P−1)を、単軸押出機(シリンダー径20mm)を用いて以下の条件で溶融押出成形し、厚さ100μmの未延伸フィルム(原フィルム)を作製した。得られた未延伸フィルムのTgは103℃であった。なお、得られた未延伸フィルムはロール状であり、当該フィルムにおけるロールの幅方向をTD方向、ロールの伸長方向(フィルム面内においてTD方向と直交する方向)をMD方向とする。
シリンダー温度:240℃
ダイ:コートハンガータイプ、幅150mm、温度250℃
キャスティング:つや付き2本ロール、第1ロールおよび第2ロールともに100℃に保持
【0099】
未延伸フィルムは、Tダイから押し出された樹脂組成物がキャスティングロール上で固化して形成されるが、未延伸フィルムを作製した後でキャスティングロール表面の状態を目視にて確認したが、付着物は確認されなかった。
【0100】
次に、得られた未延伸フィルムを80mm(MD方向)×50mm(TD方向)の長方形に切り出した後、切り出したフィルムをオートグラフ(島津製作所製、AG−X)を用いて延伸した。具体的には、フィルムを試験装置にセットする際のチャック間距離を40mmとし、チャックにセットしたフィルムを、当該フィルムのTg+5℃である108℃で5分間予熱した後、100%/分の延伸速度でMD方向に、延伸倍率が2.0倍となるように自由端一軸延伸した。
【0101】
延伸完了後、チャックを止めてから60秒経過した後に、試験装置から速やかにフィルムを取りだして冷却し、厚さ71μmの位相差フィルムを得た。得られた位相差フィルムが示す位相差およびヘーズを、以下の表1に示す。
【0102】
(比較例1)
ペレット(P−1)の代わりに、製造例1で用いたPMMAペレット(住友化学製、スミペックスEX)を用いた以外は実施例1と同様にして、厚さ100μmの未延伸フィルムを得た。得られた未延伸フィルムのTgは104℃であった。
【0103】
次に、得られた未延伸フィルムを、延伸温度を当該フィルムのTg+5℃である109℃とした以外は、実施例1と同様に自由端一軸延伸して、厚さ71μmの位相差フィルムを得た。得られた位相差フィルムが示す位相差およびヘーズを、以下の表1に示す。
【0104】
(実施例2)
ペレット(P−1)の代わりに製造例3で作製したペレット(P−3)を用い、単軸押出機のシリンダー温度を260℃、ダイの温度を270℃、キャスティングロールとして用いた第1および第2ロールの温度を105℃とした以外は、実施例1と同様にして、厚さ100μmの未延伸フィルムを得た。得られた未延伸フィルムのTgは128℃であった。
【0105】
未延伸フィルムを作製した後、キャスティングロール表面の状態を目視にて確認したが、付着物は確認されなかった。
【0106】
次に、得られた未延伸フィルムを、延伸温度を当該フィルムのTg+5℃である133℃とした以外は、実施例1と同様に自由端一軸延伸して、厚さ72μmの位相差フィルムを得た。得られた位相差フィルムが示す位相差およびヘーズを、以下の表1に示す。
【0107】
(比較例2)
ペレット(P−3)の代わりに製造例2で作製したペレット(P−2)を用いた以外は実施例2と同様にして、厚さ100μmの未延伸フィルムを得た。得られた未延伸フィルムのTgは130℃であった。
【0108】
次に、得られた未延伸フィルムを、延伸温度を当該フィルムのTg+5℃である135℃とした以外は、実施例1と同様に自由端一軸延伸して、厚さ72μmの位相差フィルムを得た。得られた位相差フィルムが示す位相差およびヘーズを、以下の表1に示す。
【0109】
【表1】

【0110】
表1に示すように、樹脂(B)としてフェノキシ樹脂を含むことにより、作製した位相差フィルムの位相差がReおよびRthともに向上した正の位相差フィルムが得られた。なお、ともに樹脂(B)を含まない比較例2のReが比較例1よりも大きく、比較例1では負であったRthが比較例2において正となったのは、比較例2のアクリル樹脂が主鎖にラクトン環構造を有するためである。
【0111】
(比較例3)
製造例2で作製したペレット(P−2)95重量部と、市販のポリカーボネート樹脂(帝人化成製、パンライトL−1225Y、重量平均分子量48000)5重量部とをドライブレンドし、20mmφのスクリューを有する二軸押出機を用いてバレル温度260℃で溶融混練して、アクリル樹脂とポリカーボネート樹脂との樹脂組成物からなるペレット(P−4)を得た。得られたペレット(P−4)は白濁しており、透明感が失われていた。
【0112】
次に、ペレット(P−3)の代わりに作製したペレット(P−4)を用いた以外は実施例2と同様にして、厚さ100μmの未延伸フィルムを作製したが、透明感がない白濁したフィルムが得られ、明らかに光学フィルムとしての使用は不可能であった。
【0113】
(比較例4)
製造例2で作製したペレット(P−2)90重量部と、市販の塩化ビニル樹脂(Wako製)10重量部とをドライブレンドし、20mmφのスクリューを有する二軸押出機を用いてバレル温度240℃で溶融混練して、アクリル樹脂と塩化ビニル樹脂との樹脂組成物からなるペレットを得ようとしたが、溶融混練中に塩化ビニル樹脂が分解し、光学フィルムの原料として明らかに使用できない、不透明な黒いペレットとなった。
【0114】
(比較例5)
ペレット(P−3)の代わりに製造例4で作製したペレット(P−4)を用いた以外は、実施例2と同様にして、厚さ100μmの未延伸フィルムを得たが、当該フィルムを巻き取る前に、その表面の状態を目視にて確認したところ、低分子化合物のブリードアウトが原因と考えられる縞模様が無数に発生していた。また、キャスティングロールの表面の状態を目視にて確認したところ、ブリードアウトした低分子化合物と考えられる多数の付着物がロールの表面に確認された。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明の位相差フィルムは、従来の位相差フィルムと同様に、液晶表示装置(LCD)、有機ELディスプレイ(OLED)をはじめとする画像表示装置に広く使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル樹脂(A)を主成分とする正の位相差フィルムであって、
正の固有複屈折を有する、アクリル樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)を、含有率にして1〜30重量%含み、
JIS K7136に準拠して測定したヘーズが5%以下であり、
波長589nmの光に対する厚さ方向の位相差Rth(フィルム厚100μmあたり)が50nm以上である正の位相差フィルム。
【請求項2】
前記熱可塑性樹脂(B)が、
当該樹脂(B)に正の固有複屈折を与える作用を有する環構造(C)と、
前記アクリル樹脂(A)に対する当該樹脂(B)の相溶性を向上させる構造として、水酸基および/またはオキシアルキレン構造と、を有する請求項1に記載の正の位相差フィルム。
【請求項3】
前記環構造(C)が芳香性を有する請求項2に記載の正の位相差フィルム。
【請求項4】
前記環構造(C)が前記熱可塑性樹脂(B)の主鎖に存在し、
前記相溶性を向上させる構造が水酸基である請求項3に記載の正の位相差フィルム。
【請求項5】
前記環構造(C)がフェニレン構造である請求項4に記載の正の位相差フィルム。
【請求項6】
前記熱可塑性樹脂(B)が、フェノキシ樹脂である請求項1に記載の正の位相差フィルム。
【請求項7】
前記アクリル樹脂(A)が、主鎖に環構造(D)を有する請求項1に記載の正の位相差フィルム。
【請求項8】
ガラス転移温度が110℃以上である請求項1に記載の正の位相差フィルム。

【公開番号】特開2010−164902(P2010−164902A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−9029(P2009−9029)
【出願日】平成21年1月19日(2009.1.19)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】