説明

水性砥粒分散媒組成物

【課題】 引火の問題がなく、砥粒の分散安定性および使用中の経時粘度安定性に優れた水性砥粒分散媒組成物および加工用水性スラリーを提供する。
【解決手段】 グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水とを含有することを特徴とする水性砥粒分散媒組成物とする。
【化1】


(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは炭素数1〜18のアルキル基またはアルケニル基を表し、Rは水素原子、または炭素数1〜18のアルキル基もしくはアルケニル基を表し、mは1〜20の数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削加工、研削加工、研磨加工、切断加工等に用いられる水性砥粒分散媒組成物およびそれを用いた加工用水性スラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン、石英、水晶、化合物半導体、セラミックス、ガラス、金属酸化物、超硬合金、焼結合金等のいわゆる脆性材料の切削加工、研削加工、研磨加工、切断加工の際には、しばしば砥粒を分散媒中に分散させたスラリーが用いられる。加工の際には、このスラリーが切削液として加工装置の刃の部分に供給されながら作業が行われる。
【0003】
従来、スラリーの分散媒としては、鉱油や合成油等を主成分とした水溶性の分散媒が多く用いられてきた。しかし、これらの水溶性の分散媒はほとんどが引火性の危険物であり、加工時の引火の問題や消防法による貯蔵量の制限の問題があったため、最近では水溶性の砥粒分散媒が多く用いられるようになってきている。
【0004】
一般に市販されている水溶性の砥粒分散媒組成物の多くは、グリコール類を基油とし、主に砥粒の混合・分散のための添加剤を添加することで設計されており、例えば特許文献1〜3には、水−グリコール系分散媒に、特定の添加剤を添加した砥粒分散媒組成物が開示されている。また、特許文献4には、水を含まないグリコール系分散媒に、有機酸および有機スメクタイトを添加した砥粒分散媒組成物が開示されている。
【特許文献1】特開平10−81872号公報
【特許文献2】特開平10−259396号公報
【特許文献3】特開平10−324889号公報
【特許文献4】特開2002−80883号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1〜3のような水−グリコール系分散媒を用いた砥粒分散媒組成物の中には、加工の初期においては、非水溶性のものに匹敵する良好な性能を有するものも得られている。しかしながら、これら水性砥粒分散媒組成物を用いたスラリーの多くは、使用経時で加工物の切屑の混入のためにスラリー粘度が上昇し、それによって加工品質が低下するという粘度安定性の問題を有していた。さらに、引火を避けるためには系中の水分量を多くする必要がある反面、被加工材が半導体基板等に使用されるシリコンの場合には、水分量を増やすと分散媒中に含まれる水とシリコンが反応して水素の発生や更なる増粘を生じる問題があったため、使用できる組成に大きな制限があった。
【0006】
また、特許文献4に開示された非水系の砥粒分散媒組成物においては、添加されている有機酸や有機スメクタイトによって、やはり砥粒分散媒組成物の増粘が起こる問題があり、また、水性砥粒分散媒組成物をリサイクルしようとする場合に、再生物の組成が一定せずリサイクルが困難であるという問題もあった。さらに、水が含有されていないため引火性の問題も有していた。
【0007】
そこで本発明は、引火の問題がなく、砥粒の分散安定性および使用中の経時粘度安定性に優れた水性砥粒分散媒組成物および加工用水性スラリーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第一の態様は、グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水とを含有することを特徴とする水性砥粒分散媒組成物を提供して前記課題を解決するものである。
【0009】
【化1】


(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは炭素数1〜18のアルキル基またはアルケニル基を表し、Rは水素原子、または炭素数1〜18のアルキル基もしくはアルケニル基を表し、mは1〜20の数を表す。)
【0010】
本発明の第二の態様は、グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水と、脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩とからなることを特徴とする水性砥粒分散媒組成物を提供して前記課題を解決するものである。
【0011】
【化2】


(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは炭素数1〜18のアルキル基またはアルケニル基を表し、Rは水素原子、または炭素数1〜18のアルキル基もしくはアルケニル基を表し、mは1〜20の数を表す。)
【0012】
第二の態様において、脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩の含有量は、前記水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%とした場合に、0.01〜10質量%であることが好ましい。
【0013】
また、第一および第二の態様において、前記グリコール類と前記グリコールエーテル類の含有量の合計が、前記水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%とした場合に、50〜98質量%であることが好ましく、前記水の含有量は、前記水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%とした場合に、2〜50質量%であることが好ましい。
【0014】
さらに、第一および第二の態様において、前記グリコール類と前記グリコールエーテル類の含有比率が、質量基準で前記グリコール類:前記グリコールエーテル類=50:50〜99:1であることも好ましい。
【0015】
これらの発明によれば、引火の問題がなく、砥粒の分散安定性および使用中の経時粘度安定性に優れた水性砥粒分散媒組成物を提供することができる。
【0016】
本発明の第三の態様は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の水性砥粒分散媒組成物と、砥粒とを含むことを特徴とする加工用水性スラリーを提供して前記課題を解決するものである。
【0017】
この発明によれば、引火の問題がなく、砥粒の分散安定性および使用中の経時粘度安定性に優れた加工用水性スラリーを提供することができる。
【0018】
本発明の第四の態様は、請求項7に記載の加工用水性スラリーを用いて、切削加工、研削加工、研磨加工または切断加工を行うことを特徴とする加工方法を提供して前記課題を解決するものである。
【0019】
本発明の第五の態様は、請求項7に記載の加工用水性スラリーを用いて、ワイヤソー加工またはバンドソー加工を行うことを特徴とする加工方法を提供して前記課題を解決するものである。
【0020】
第四および第五の態様において、被加工材は、シリコン、石英、水晶、化合物半導体、セラミックス、ガラス、金属酸化物、超硬合金および焼結合金のうち少なくとも一種であることが好ましい。
【0021】
第四および第五の態様の発明によれば、安全性、加工性に優れた加工方法を提供することができる。
【発明の効果】
【0022】
グリコール類と添加剤で設計されている従来の水性砥粒分散媒組成物は、砥粒の混合・分散には添加剤が大きく寄与しているが、使用経時で加工物の切屑の混入によりスラリー粘度が上昇してしまい、加工精度が低下しやすい。本発明の水性砥粒分散媒組成物は砥粒を安定に分散できるだけでなく、グリコールエーテル類を含有させることによって、このスラリーの粘度上昇を抑制することができるため、使用初期の優れた加工精度を保つことができる。また、添加されている水は、引火の危険性をなくす効果だけでなく、切削時に生じる熱の冷却効果、増粘抑制効果も有しており、グリコールエーテル類と水とを併用することによって優れた水性砥粒分散媒組成物とすることができる。
【0023】
本発明のこのような作用および利得は、次に説明する発明を実施するための最良の形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の水性砥粒分散媒組成物は、グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水とを含有する。このうち、用いられるグリコール類としては特に制限はなく、例えばエチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ブチレングリコール、ヘキシレングリコール、グリセリン、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、その他のポリアルキレングリコールが挙げられる。この中でも、特に好ましいのはプロピレングリコール、ジエチレングリコールである。これらは単独で用いても、二種以上を併用してもよい。
【0025】
グリコールエーテル類としては、下記一般式(1)で表されるグリコールエーテル類が用いられる。
【0026】
【化3】

【0027】
一般式(1)において、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは炭素数1〜18のアルキル基またはアルケニル基を表し、Rは水素原子、または炭素数1〜18のアルキル基もしくはアルケニル基を表し、mは1〜20の数を表す。一般式(1)で表される化合物として具体的には、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジプロピルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールジエチルエーテル、ジプロピレングリコールジプロピルエーテル、ジプロピレングリコールジブチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノプロピルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールジエチルエーテル、トリエチレングリコールジプロピルエーテル、トリエチレングリコールジブチルエーテル、トリプロピレングリコールモノメチルエーテル、トリプロピレングリコールモノエチルエーテル、トリプロピレングリコールモノプロピルエーテル、トリプロピレングリコールモノブチルエーテル、トリプロピレングリコールジメチルエーテル、トリプロピレングリコールジエチルエーテル、トリプロピレングリコールジプロピルエーテル、トリプロピレングリコールジブチルエーテル等が挙げられる。この中でも、特に好ましいのはジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテルである。これらは単独で用いても、二種以上を併用してもよい。
【0028】
本発明の水性砥粒分散媒組成物におけるグリコール類およびグリコールエーテル類の含有量は、水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%として、グリコール類とグリコールエーテル類の含有量の合計が、50〜98質量%であることが好ましく、85〜98質量%であることがさらに好ましい。グリコール類とグリコールエーテル類の含有比率は、質量基準でグリコール類:グリコールエーテル類が、=50:50〜99:1であることが好ましい。
【0029】
水は、工業用水、水道水、脱イオン水、蒸留水いずれも使用できるが、中でも不純物のない蒸留水が好ましく、脱イオン水がさらに好ましい。本発明の水性砥粒分散媒組成物における水の含有量は、引火性防止と粘度抑制の観点から、水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%として、2〜50質量%が好ましく、2〜15質量%とすることがさらに好ましい。
【0030】
本発明の水性砥粒分散媒組成物は、グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水と、脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩とからなるものであることが好ましい。脂肪族多価カルボン酸としては具体的には、クエン酸、シュウ酸等が挙げられ、アルカリ塩を構成するアルカリとしては、ナトリウム、カリウム、アミン類等が挙げられる。脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩として、特に好ましいのはクエン酸カリウムである。これらは単独で用いても、二種以上を併用してもよい。本発明の水性砥粒分散媒組成物における脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩の含有量は、水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%として、0.01〜10質量%であることが好ましい。これらを水性砥粒分散媒組成物に含有させる場合には、脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩そのものを添加してもよいが、その原料となる、脂肪族多価カルボン酸と、アルカリ金属の水酸化物やアミンとを同時に添加してもよい。その場合、必ずしも当量である必要はなく、脂肪族多価カルボン酸を、アルカリ金属の水酸化物やアミンに対して過剰に用いてもよい。
【0031】
本発明の水性砥粒分散媒組成物は、SiCなどからなる砥粒を混合、均一分散させることによって加工用水性スラリーとされる。本発明の加工用水性スラリーは、切削加工、研削加工、研磨加工、または切断加工に好適に用いられ、シリコン、石英、水晶、化合物半導体、セラミックス、ガラス、金属酸化物、超硬合金、焼結合金等の加工の際に刃に供給される切削液として用いられる。本発明の水性砥粒分散媒組成物およびそれを用いてなる加工用水性スラリーの効果が特に顕著に発揮される切断装置としては、ワイヤソー、バンドソー、およびこれらを多重化したマルチワイヤソー、マルチバンドソーなどが挙げられる。
【実施例】
【0032】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。
本発明の水性砥粒分散媒組成物(実施例1〜4)および本発明以外の水性砥粒分散媒組成物(比較例1〜4)を、表1の組成となるように作成した。さらに、それぞれの水性砥粒分散媒組成物1Lに対し、GC砥粒(#1500)1kgを添加して、攪拌機で1000rpm、1時間攪拌することによって加工用水性スラリーを得た。なお、表1中に記載の各成分に対応する数値は、質量部である。
【0033】
【表1】

【0034】
上記作成した各加工用水性スラリーに対し、シリコン粉(粒子径1〜2μm)を10質量%加え、撹拌混合した後、スラリー粘度(η0)を測定した。次に、これらのスラリーにステンレス鋼球(直径2mm)を入れ、1000rpmで10時間撹拌してシリコン粉を粉砕した後、金網(50メッシュ)でステンレス鋼球をろ別した後のスラリー粘度(η1)を測定した。また、作成直後の加工用水性スラリーを容器(200mlビーカー)に入れて24時間静置した後の、砥粒の沈降によるハードケーキ化の有無についても観察した。結果を表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2から明らかなように、比較例の加工用水性スラリーがシリコン粉粉砕前後で粘度が大きく変化したのに対し、本発明の加工用水性スラリーはシリコン粉粉砕前後で粘度の変化がほとんどみられず、使用経時の粘度安定性に優れていた。また、本発明の加工用水性スラリーはハードケーキ化も起こらず、分散安定性にも優れていた。
【0037】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う水性砥粒分散媒組成物および加工用水性スラリーもまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水とを含有することを特徴とする水性砥粒分散媒組成物。
【化1】


(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは炭素数1〜18のアルキル基またはアルケニル基を表し、Rは水素原子、または炭素数1〜18のアルキル基もしくはアルケニル基を表し、mは1〜20の数を表す。)
【請求項2】
グリコール類と、一般式(1)で表されるグリコールエーテル類と、水と、脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩とからなることを特徴とする水性砥粒分散媒組成物。
【化2】


(式中、Rは水素原子またはメチル基を表し、Rは炭素数1〜18のアルキル基またはアルケニル基を表し、Rは水素原子、または炭素数1〜18のアルキル基もしくはアルケニル基を表し、mは1〜20の数を表す。)
【請求項3】
前記脂肪族多価カルボン酸のアルカリ塩の含有量が、前記水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%とした場合に、0.01〜10質量%である請求項2に記載の水性砥粒分散媒組成物。
【請求項4】
前記グリコール類と前記グリコールエーテル類の含有量の合計が、前記水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%とした場合に、50〜98質量%である請求項1〜3のいずれか1項に記載の水性砥粒分散媒組成物。
【請求項5】
前記水の含有量が、前記水性砥粒分散媒組成物全量を100質量%とした場合に、2〜50質量%である請求項1〜4のいずれか1項に記載の水性砥粒分散媒組成物。
【請求項6】
前記グリコール類と前記グリコールエーテル類の含有比率が、質量基準で前記グリコール類:前記グリコールエーテル類=50:50〜99:1である請求項1〜5のいずれか1項に記載の水性砥粒分散媒組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の水性砥粒分散媒組成物と、砥粒とを含むことを特徴とする加工用水性スラリー。
【請求項8】
請求項7に記載の加工用水性スラリーを用いて、切削加工、研削加工、研磨加工または切断加工を行うことを特徴とする加工方法。
【請求項9】
請求項7に記載の加工用水性スラリーを用いて、ワイヤソー加工またはバンドソー加工を行うことを特徴とする加工方法。
【請求項10】
被加工材が、シリコン、石英、水晶、化合物半導体、セラミックス、ガラス、金属酸化物、超硬合金および焼結合金のうち少なくとも一種である、請求項8または9に記載の加工方法。

【公開番号】特開2007−31502(P2007−31502A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−213868(P2005−213868)
【出願日】平成17年7月25日(2005.7.25)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】