説明

水素ガス含有氷、その製造方法及び生鮮食品の保存方法

【課題】 密閉が完全ではない容器内においても長時間にわたって還元性雰囲気を保ち、鮮魚の腐敗防止、メト化(変色)の進行を抑制することができる水素ガス含有氷、その製造方法および生鮮食品の保存方法を提供すること。
【解決手段】 生鮮食品と水素ガス含有氷とを容器内で同梱する生鮮食品の保存方法であって、水素ガス含有氷は原料水に水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを溶解させ、製氷して得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生鮮食品の保存に好適な水素ガス含有氷、その製造方法及びこれを用いた生鮮食品の保存方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、生鮮食品、特に鮮魚の風味保持には様々な方法が提案されている。最も一般的な方法は温度を低温に保つことである。これにより腐敗菌の増殖を防ぎ、鮮魚の鮮度を保持することができる。生鮮食品、特に鮮魚の運搬にはトロ箱と呼ばれる発泡スチロール樹脂製の容器が広く用いられている。トロ箱は安価であり、保温性、耐水性に優れ、鮮魚と氷とを一緒にトロ箱に詰めることによって箱内を低温に保つことが可能となり、鮮魚を冷蔵庫内に貯蔵できない場合や運搬中の鮮魚の腐敗を防止することができる。
【0003】
しかし、トロ箱は、保温性や耐水性に優れているものであるが、気密性という点では必ずしも充分ではない。トロ箱は粒状の発泡スチロール樹脂の成型品であり、箱本体と蓋との接合部に多数の空隙があり、外気との遮断を充分に行なうことができない。外気(大気)との充分な遮断が行なわれないトロ箱では、細菌による腐敗とは別の理由により鮮魚の風味が損なわれることがある。それは、大気中に含まれている酸素が鮮魚内のミオグロビン、ヘモグロビンなどの有色素タンパク質を酸化して「メト化」を引き起こすからである。メト化は風味を悪化させるだけでなく、視覚的な「変色」も伴うため、鮮魚の流通業者にとってはより深刻な問題である。
【0004】
特開2001−258468号公報には、生肉鮮魚類を容器内で保存する方法であって、前記生肉鮮魚類の表面付着水分の標準酸化還元電位が、標準水素電極を基準電極として、−10〜−1000mVである生肉鮮魚類の保存方法が開示されている。この生肉鮮魚類の保存方法は、密閉容器内において、水素ガスの還元性を利用してメト化の進行を抑えることを目的としたものであるため、外気との遮断が完全ではなく、大気からの酸素の混入を招くトロ箱では、このような保存技術を充分に生かしきることができない。また、外気を完全に遮断する密閉性の高い容器は製造コストを上昇させるため現実的ではないという問題がある。一方、特開平10−267476号公報には、2段階製氷により得られるブロック状のオゾン含有氷を用い低温保存とオゾンの殺菌力の相乗効果で生鮮食料品の鮮度を長期間に亘り保持する方法が開示されている。しかし、オゾンは強力な酸化剤であり、オゾンガス含有氷は鮮魚のメト化(変色)を強力に促進してしまう恐れがある。鮮魚の商品価値は、前述の如く、腐敗菌の繁殖防止による鮮度維持とともに、視覚的な変色が少ないことが重要とされ、オゾンガス含有氷を用いる方法は鮮魚の変色を促進してしまうという点で実用的ではない。
【特許文献1】特開2001−258468号公報(請求項1)
【特許文献2】特開平10−267476号公報(請求項2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の目的は、密閉が完全ではない容器内においても長時間にわたって還元性雰囲気を保ち、鮮魚の腐敗防止、メト化(変色)の進行を抑制することができる水素ガス含有氷、その製造方法および生鮮食品の保存方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる実情において、本発明者は鋭意検討を行った結果、水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを含有させた水素ガス含有氷を用いれば、密閉が完全ではない容器内においても長時間にわたって還元性雰囲気を保ち、鮮魚の腐敗防止、メト化(変色)の進行を抑制できることなどを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを含有してなる水素ガス含有氷を提供するものである。
【0008】
また、本発明は、原料水に水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを溶解させ、製氷する水素ガス含有氷の製造方法を提供するものである。
【0009】
また、本発明は、生鮮食品を容器内で保存する方法であって、容器内で生鮮食品と水素ガス含有氷とを同梱する生鮮食品の保存方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の水素ガス含有氷は、容器内で生鮮食品と共に同梱する方法を採れば、密閉が完全ではない容器内において長時間にわたって還元性雰囲気を保ち、鮮魚の腐敗防止、メト化(変色)の進行を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の水素ガス含有氷は、水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを含有してなるものであり、例えば、原料水に大気圧以上の圧力で水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを溶解させ、製氷する方法により得られるものである。また、原料水は予め脱酸素処理することが、水素ガスの還元性阻害を防止でき、且つ溶存酸素に起因する鮮魚のメト化がより抑制される点で好ましい。
【0012】
原料水としては、特に制限されないが、例えば海水、水道水、純水などが挙げられ、このうち、水道水が使い勝手がよい点で好ましい。
【0013】
原料水を脱酸素処理する方法としては、特に制限されず、脱酸素処理を含む公知の脱気方法が使用でき、例えば中空糸構造の透過膜を多数並列に配置した中空糸モジュールを用いる膜脱気方法、中空の塔の内部を高真空にして塔上部から原料水を落下させる真空脱気塔を用いる脱気方法、原料水を煮沸させ、溶存酸素を大気に追い出す方法及び原料水に酸素以外の例えば窒素ガスを吹き込んで、溶存酸素を除去する方法などが挙げられる。脱酸素処理水中の溶存酸素濃度は、25℃、1気圧で3.0mg/リットル以下、好ましくは1.0mg/リットル以下、特に好ましくは0.3mg/リットル以下となる濃度である。酸素ガスは鮮魚のメト化を促進する物質であり、また、水素ガスの還元性を阻害する物質でもある。従って、脱酸素処理により、鮮魚のメト化を防止でき、また、水素ガスの還元性の阻害を抑制できる。
【0014】
原料水又は脱酸素処理水に水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガス(以下、単に「水素ガス等」とも言う。)を溶解させる方法としては、特に制限されず、例えばタンク内の被処理水に水素ガス等を直接爆気する方法、被処理水の通水管にエゼクターを設けて水素ガス等を吸引溶解させる方法、ラインミキサーを用いて水素ガス等と被処理水を混合接触させて溶解する方法、中空糸構造の透過膜を多数並列に配置した中空糸モジュールを用いる方法などが挙げられる。水素ガスとしては、水電解水素ガスやボンベに充填された水素ガス等が使用される。不活性ガスとしては、窒素ガス、炭酸ガス、アルゴンガス、ヘリウムガスなどが挙げられ、このうち、工業的に入手が容易な窒素ガスや炭酸ガスが好ましい。窒素ガスはボンベに充填された窒素ガスや大気中の窒素を分離生成したものであってもよい。また、水素ガスと不活性ガスの混合ガスの場合、被処理水に個別に溶解させてもよい。また、原料水と水素ガス等を接触溶解させる場合、溶存酸素の除去と、不活性ガスと水素ガスの溶解を同時に行うようにしてもよい。
【0015】
水素ガス等が溶解された水において、溶存水素濃度としては、0.02mg/リットル以上、好ましくは0.05mg/リットル以上である。また、当該水中の水素ガスと不活性ガスの合計溶存ガスに対して溶存水素ガスの体積比率が15体積%以下が好ましく、特に好ましくは10体積%以下である。溶存水素濃度がこの範囲にあれば、この還元性水を製氷して得られた水素ガス含有氷が溶解する過程で容器内を還元性雰囲気にすることができる。
【0016】
水素ガス溶解水を製氷する方法としては、特に制限されず、圧縮器、凝縮器及び蒸発器を冷媒が循環する公知の製氷機を用いて製造することができる。また、製氷速度は、5分以内、好ましくは3分以内に凍結させる急速冷却冷凍とすることが、氷中に含有する水素ガスを増やすことができる点で好ましい。また、氷の形態としては、塊状またはブロック状のものが、同様に、氷中に含有する水素ガスを増やすことができる点で好ましい。塊状またはブロック状の水素ガス含有氷を製造する方法としては、例えば、小破片状又は箔片状の水素ガス含有氷片を製造する第1工程、第1工程で得られた水素ガス含有氷片と混合水または水素溶解水との混合物を冷却冷凍して塊状またはブロック状の水素ガス含有氷を得る第2工程を有する製氷方法が挙げられる。この場合、少なくとも第1工程は急速冷却冷凍で行う。このような2段階製氷により得られた塊状またはブロック状の水素ガス含有氷は、容易に溶解しないため、氷内の水素ガスは徐々に発生してくる。このため、水素ガスによる鮮度保持効果を長期に亘って維持することができる。また、製氷中に水素ガスまたは水素ガスと不活性ガスの混合ガスを与圧する方法も有効である。これにより、原料水に高濃度の水素ガスを残存させることができ、氷中に含有する水素ガス量を増やすことができる。
【0017】
本発明の水素ガス含有氷において、含有する水素濃度は、概ね25℃、1気圧下、0.02〜0.25mg/リットルである。水素ガス含有氷の溶存水素濃度は、水素ガス含有氷を密閉容器に入れ、所定時間経過後の溶解水を溶存水素計で測定する公知の方法で確認することができる。
【0018】
本発明の生鮮食品の保存方法は、生鮮食品を容器内で保存する方法であって、容器内で生鮮食品と水素ガス含有氷とを同梱するものである。生鮮食品としては、特に制限されず、例えば豚、牛、鳥、馬等の肉類、野菜類、マグロなどの魚類が挙げられる。これら生肉鮮魚類は鮮度保持が要求されるもので、例えば収穫後からスーパーなどに陳列される流通経路で取り扱われるものである。また、生肉鮮魚の大きさも制限されず、マグロ肉で例示すると、1本物を4分割にした状態の肉塊、3〜4kgに切り分けたブロック肉及び主婦などを購入対象とした店頭陳列肉並びに数百グラムのまでに切り分けられた切り身等が挙げられる。上記生鮮食品のうち、特に鮮魚が、腐敗防止、メト化(変色)の進行を顕著に抑制でき、本発明の効果が顕著に表れる。
【0019】
本発明において、容器としては、特に制限されず、プラスチック類、ビニール類および金属類を素材とする容器が使用できる。また、容器は密閉容器又は密閉されていない容器のいずれであってもよい。完全に密閉されていない容器、例えば鮮魚の運搬に使用されるトロ箱であっても、トロ箱に詰められた鮮魚の腐敗防止、メト化(変色)の進行を顕著に抑制できる。
【0020】
本発明においては、容器内で生鮮食品と水素ガス含有氷とを同梱する。容器内における生鮮食品と水素ガス含有氷の同梱状態としては、特に制限されず、従来の氷の使用方法と同様の方法で使用される。従って、トロ箱に鮮魚を入れて運搬する場合、水素ガス含有氷の他、海水などが混入していてもよい。生鮮食品を容器内で保存する状態において、生鮮食品の表面付着水分の標準酸化還元電位は、標準水素電極を基準電極として、−10〜−1000mV、好ましくは、−100〜−600mVである。標準酸化還元電位は公知の方法で測定することができる。生鮮食品の表面付着水分は、外部からの付着水分と内部から表面に出てくる、例えば肉魚汁が混ざったものである。生鮮食品の表面付着水分の標準酸化還元電位が上記範囲内であれば、生鮮食品は還元雰囲気下に晒されることとなり、例えば生肉鮮魚類内のミオグロビンやヘモブロビンと呼ばれる有色素蛋白質が酸化されることを防止でき、長期間に亘り鮮度を維持できる。
【0021】
本発明の生鮮食品の保存方法においては、氷内に含有している水素ガス又は水素ガスと不活性ガスの混合ガスは、氷の溶解と共に徐々に容器内に放出され、溶解水または容器内の気相に拡散され、容器内を還元性雰囲気にすることができる。また、氷からの水素ガス又は水素ガスと不活性ガスの混合ガスの放出は、氷が溶解する過程で継続的に行なわれ、少なくとも氷が完全に溶解するまで容器内を還元性雰囲気に保持することができる。これにより、低温保存による細菌繁殖を防止しつつ、鮮魚のメト化(変色)も同時に防止することができるようになる。
実施例
次に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、これは単に例示であって、本発明を制限するものではない。
【実施例1】
【0022】
(水素ガス含有氷の製造)
水道水1000mlに25℃の温度下で、窒素ガス96%、水素ガス4%の体積比の混合ガスを10リットル/分の量で5分間曝気的に吹き込んで溶存酸素を追い出し、溶存酸素濃度を0.5mg/リットル以下とするとともに、水素ガス溶解水を得た。なお、得られた還元性水中の溶存水素濃度は0.07mg/リットルであった。次いで、得られた還元性水は直ちに16kg/hの製氷能力を有する市販のバッチ式製氷機に入れ、3分間、急速冷却冷凍を行い、塊状の水素ガス含有氷を得た。この水素ガス含有氷に含有する水素濃度は0.06mg/リットルであった。
【0023】
(鮮魚の変色実験A)
マグロ赤身肉を用いた変色実験を行なった。すなわち、内容量5リットルの発泡スチロール樹脂製のトロ箱に、上記方法で得られた塊状の水素ガス含有氷1kgとマグロ赤身肉200gを入れ、蓋をして、外気温20℃下、10時間保存した。なお、トロ箱は蓋をしても完全密閉とはならないものである。10時間保存後、蓋を開け、マグロ赤身肉を目視観察した。なお、10時間後のトロ箱内には未だ氷片の存在が認められた。マグロ赤身肉の目視観察結果を表1に示す。
【0024】
比較例1
(水素ガス無配合の氷の製造)
水道水を16kg/hの製氷能力を有する市販のバッチ式製氷機に入れ、10分間、通常の冷却冷凍を行い、塊状の氷を得た。
【0025】
(鮮魚の変色実験)
水素ガス含有氷の代わりに、上記方法で得られた水素ガス無含有の氷を用いた以外は、実施例1と同様の方法で行い、同様にマグロ赤身肉を目視観察した。また、トロ箱内の氷の溶解水の酸化還元電位を、酸化還元電位計を用いて測定した。その結果を表2に示す。
【0026】
比較例2
(鮮魚の変色実験B)
マグロ赤身肉を用いた変色実験を行なった。すなわち、内容量5リットルの発泡スチロール樹脂製のトロ箱に、比較例1で得られた塊状の水素ガス無含有の氷1kgとマグロ赤身肉200gを入れ、一方の側面にガス流入口、他方の側面にガス流出口を付設した蓋をした。次いで、窒素ガス96%、水素ガス4%の体積比の混合ガスを10リットル/分の量で1分間、ガス流入口からトロ箱内に流入し、ガス流出口から流出させ、トロ箱内の空気を混合ガスで置換した。1分間の置換後、ガス流入口とガス流出口は密栓をした。なお、トロ箱は実施例1と同様に、蓋をしても完全密閉とはならないものである。更にこの状態から、外気温20℃下、10時間保存した。10時間保存後、蓋を開け、マグロを目視観察した。その結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【実施例2】
【0028】
窒素ガス96%、水素ガス4%の体積比の混合ガスに代えて、窒素ガス90%、水素ガス10%の体積比の混合ガスを用いた以外は、実施例1と同様の方法で実施し、10時間保存後のトロ箱内の氷の溶解水の酸化還元電位を、酸化還元電位計を用いて測定した。その結果を表2に示す。
【0029】
比較例3
窒素ガス96%、水素ガス4%の体積比の混合ガスに代えて、窒素ガス90%、水素ガス10%の体積比の混合ガスを用いた以外は、比較例2と同様の方法で実施し、10時間保存後のトロ箱内の氷の溶解水の酸化還元電位を、酸化還元電位計を用いて測定した。その結果を表2に示す。
【0030】
【表2】

本発明による生鮮食品の保存方法によれば、実施例1が示すように鮮魚の変色防止に効果があり、また、実施例2に示すように、容器内が還元性雰囲気に保たれていることによるものであることが判る。










【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを含有してなることを特徴とする水素ガス含有氷。
【請求項2】
原料水に水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを溶解させ、製氷することを特徴とする水素ガス含有氷の製造方法。
【請求項3】
原料水を予め脱酸素処理することを特徴とする請求項2記載の水素ガス含有氷の製造方法。
【請求項4】
生鮮食品を容器内で保存する方法であって、容器内で生鮮食品と水素ガス含有氷とを同梱することを特徴とする生鮮食品の保存方法。
【請求項5】
前記水素ガス含有氷が、水素ガス、または水素ガスと不活性ガスの混合ガスを含有させたものであることを特徴とする請求項4記載の生鮮食品の保存方法。
【請求項6】
前記容器が、発泡スチロール樹脂製のトロ箱であり、前記生鮮食品が生肉鮮魚類であることを特徴とする請求項4又は5記載の生鮮食品の保存方法。










【公開番号】特開2006−275441(P2006−275441A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−97116(P2005−97116)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000004400)オルガノ株式会社 (606)
【Fターム(参考)】