水素吸蔵合金及びその製造方法、並びに、水素貯蔵装置
【課題】初期有効水素量が高く、かつ、サイクル耐性に優れた水素吸蔵合金及びその製造方法、並びに、このような水素吸蔵合金を用いた水素貯蔵装置を提供すること。
【解決手段】TixCryVzXwで表される組成を有するbcc構造相を主相とすることを要旨とする水素吸蔵合金及びこれを用いた水素発生装置。TixCryVzXwで表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する溶解・鋳造工程と、前記溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する熱処理工程と、熱処理された前記鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う活性化工程とを備えた水素吸蔵合金の製造方法。但し、3/2≦y/x≦3/1、50≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【解決手段】TixCryVzXwで表される組成を有するbcc構造相を主相とすることを要旨とする水素吸蔵合金及びこれを用いた水素発生装置。TixCryVzXwで表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する溶解・鋳造工程と、前記溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する熱処理工程と、熱処理された前記鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う活性化工程とを備えた水素吸蔵合金の製造方法。但し、3/2≦y/x≦3/1、50≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可逆的な水素の貯蔵・放出が可能な水素吸蔵合金及びその製造方法、並びに、このような水素吸蔵合金を用いた水素貯蔵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出による地球の温暖化等の環境問題や、石油資源の枯渇等のエネルギー問題から、クリーンな代替エネルギーとして水素エネルギーが注目されている。水素エネルギーの実用化に向けて、水素を安全に貯蔵、輸送する技術の開発が重要となる。水素の貯蔵方法にはいくつかの候補があるが、中でも可逆的に水素を貯蔵・放出することのできる水素貯蔵材料を用いる方法は、最も安全に水素を貯蔵・輸送する手段と考えられており、燃料電池車に搭載する水素貯蔵媒体として期待されている。
【0003】
水素貯蔵材料としては、活性炭、フラーレン、ナノチューブ等の炭素材料や、LaNi5、TiFe等の水素吸蔵合金が知られている。これらの内、水素吸蔵合金は、炭素材料に比べて単位体積当たりの水素密度が高いので、水素を貯蔵・輸送するための水素貯蔵材料として有望視されている。
制御が容易な室温付近での水素吸蔵・放出が可能である実用的な水素吸蔵合金としては、LaNi5、TiFe合金、V−Ti−Cr合金などが知られている。これらの内、LaNi5やTiFe合金は、重量当たりの水素貯蔵量が少ないという問題があった。一方、V−Ti−Cr合金は、これらに比べて重量当たりの水素貯蔵量が大きいという特徴がある。
【0004】
V−Ti−Cr合金に関しては、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、スピノーダル分解により形成された規則的な周期構造を有するTixCryVz合金(x=5〜70、y=20〜70、z=10〜30)及びTi25Cr35V40合金が開示されている。
同文献には、
(1)スピノーダル分解によって形成される二相の見かけの格子定数が0.3040nm付近である時に、TixCryVz合金の水素吸放出量が極大値(1.4H/M)をとる点、及び、
(2)熱処理したTi25Cr35V40合金の水素吸蔵量(最大水素吸蔵量)は、約3.7wt%になる点、
が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、Ti28.3Cr50.3V19.2Fe1.7Al0.5合金、Ti30Cr50V20合金、Ti30Cr50V19Cu1合金、Ti25Cr50V20Fe4Ni1合金、及びTi25Cr55V5Mo10Fe5合金が開示されている。
同文献には、
(1)均質化熱処理後に10〜200℃/時間の冷却速度でBCC構造相とC15Laves相の混相領域まで降温すると、結晶粒内の針状α−Tiの析出が抑制され、BCC構造の結晶完全性が改善して有効水素移動量が増加する点、及び、
(2)均質化熱処理後に水焼入れ処理した場合、有効水素量は235〜262cc/gであるのに対し、均質化熱処理後に所定の冷却速度で徐冷すると、有効水素量は261〜281cc/gになる点、
が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、V70Ti12Cr18合金、V40Ti24Cr36合金、及び、V60Ti16Cr24合金が開示されている。
同文献には、合金組成を最適化すると、低圧プラトー領域又は傾斜プラトーの下部プラトー領域における合金中の吸蔵水素が不安定化し、これらの領域から水素を取り出すことができる点が記載されている。
【0007】
また、特許文献4には、Ti15.0Cr34.7V49.8Al0.5合金が開示されている。
同文献には、Ti−Cr−V系合金にAlを添加すると、プラトー平坦性が向上する点が記載されている。
また、特許文献5には、V−10%Ti−20%Cr合金を、水素雰囲気中でメカニカルミリング処理することにより得られる水素吸蔵合金が開示されている。
同文献には、ミリング処理により微粉化と同時に組成を均一化できるので、ヒステリシスが小さくなる点が記載されている。
【0008】
さらに、特許文献6には、Ti20Cr45V30Mo5合金、Ti25Cr50V20Mo5合金、Ti25Cr40V25Mo10合金、及び、Ti25Cr40V20Mo15合金が開示されている。
同文献には、化学組成、主相の結晶構造及び格子定数を最適化すると、低温域の水素放出特性が向上する点が記載されている。
【0009】
水素吸蔵合金を実用化するためには、可逆的に吸蔵放出することが可能な水素量(有効水素量)の初期値が高いこと、及び、有効水素量の経時劣化が少ないこと(すなわち、サイクル耐性に優れいていること)が必要である。しかしながら、従来の合金は、初期有効水素量又はサイクル耐性のいずれか一方のみが優れており、双方が優れた合金が開発された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10−110225号公報
【特許文献2】特開2004−169102号公報
【特許文献3】特開2000−345273号公報
【特許文献4】特開平11−106859号公報
【特許文献5】特開2001−11560号公報
【特許文献6】特開2006−188737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、初期有効水素量が高く、かつ、サイクル耐性に優れた水素吸蔵合金及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、初期有効水素量が高く、かつ、サイクル耐性に優れた水素吸蔵合金を用いた水素貯蔵装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る水素吸蔵合金は、次の(1)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とすることを要旨とする。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0013】
本発明に係る水素吸蔵合金の製造方法は、
(1)式で表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する溶解・鋳造工程と、
前記溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する熱処理工程と、
熱処理された前記鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う活性化工程と
を備えていることを要旨とする。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0014】
さらに、本発明に係る水素貯蔵装置は、
本発明に係る水素吸蔵合金と、
前記水素吸蔵合金を収容するための容器と、
前記容器内に収容された前記水素吸蔵合金の温度を制御するための熱交換器と
を備えていることを要旨とする。
【発明の効果】
【0015】
Ti−Cr−V系合金において、Cr/Ti比(y/x)を最適化すると、プラトー圧を実用上十分な範囲に維持しながら、初期有効水素量を増大させることができる。また、V量を最適化すると、初期有効水素量を高く維持しながら、サイクル耐性を向上させることができる。さらに、所定量のAl、Si及び/又はFeを含む場合には、最大水素量を大きく低下させることなく、プラトー圧を高くし、かつサイクル耐性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1〜4で得られた熱処理後の合金のX線回折パターンである。
【図2】実施例1で得られた合金の室温での初期水素放出過程の圧力−組成等温線である。
【図3】実施例1、4及び比較例1、3で得られた合金の室温(実施例1、比較例3)又は0℃(実施例4、比較例1)でのサイクル耐性を示す図である(○、◆、△、■は測定値、各曲線は測定値の近似曲線を示す)。
【図4】TixCryVz合金(z=75)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図5】TixCryVz合金(z=65)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図6】TixCryVz合金(z=50)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図7】TixCryVz合金(z=40)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図8】TixCryVz合金(y/x=1.5)のzと初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図9】TixCryVz合金(y/x=2.0)のzと初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図10】TixCryVz合金(y/x=2.5)のzと初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 水素吸蔵合金]
本発明に係る水素吸蔵合金は、次の(1)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0018】
[1.1. 合金組成]
[1.1.1. y/x]
本発明において、「最大水素量」とは、理論的に取り出すことが可能な水素量の最大値をいう。また、本発明において、「有効水素量」とは、0.01〜10MPaの範囲で可逆的に吸蔵放出することが可能な水素量をいう。
【0019】
xは、合金中に含まれるTi量(mol%)を表す。yは、合金中に含まれるCr量(mol%)を表す。さらに、y/xは、合金中におけるTi量に対するCr量のモル比(Cr/Ti)を表す。
y/x比が小さくなる(すなわち、Ti量が多くなる)ほど、最大水素量が多くなる。しかしながら、y/xが小さくなりすぎると、プラトー圧が低下する。プラトー圧が過度に低下すると、水素を取り出すために減圧が必要となるので、有効水素量が少なくなる。従って、y/xは、3/2以上である必要がある。y/xは、さらに好ましくは、3/1.65以上である。
【0020】
一方、y/xが大きくなる(すなわち、Cr量が多くなる)ほど、プラトー圧が増大し、水素を取り出しやすくなる。しかしながら、プラトー圧が大きくなりすぎると、水素を吸蔵させるために高圧力が必要となる。また、y/xが大きくなりすぎると、最大水素量も少なくなる。従って、y/xは、3/1以下である必要がある。y/xは、さらに好ましくは、3/1.2以下、さらに好ましくは3/1.35以下である。
【0021】
[1.1.2. z]
zは、合金中に含まれるV量(mol%)を表す。zが小さくなる(すなわち、V量が少なくなる)ほど、サイクル耐性が低下する。高いサイクル耐性を得るためには、zは、40mol%以上である必要がある。zは、さらに好ましくは、50mol%以上、さらに好ましくは、55mol%以上、さらに好ましくは57.5mol%以上、さらに好ましくは、60mol%以上である。
一方、Vが過剰になると有効水素量の初期値(初期有効水素量)が少なくなる。従って、zは、75mol%以下である必要がある。
初期有効水素量に特に優れた水素吸蔵合金を得るためには、zは、70mol%未満が好ましい。zは、さらに好ましくは、68mol%以下である。
一方、サイクル耐性に特に優れた水素吸蔵合金を得るためには、zは、70mol%超75mol%以下が好ましい。zは、さらに好ましくは、71mol%以上、さらに好ましくは、72mol%以上である。
【0022】
[1.1.3. w]
wは、合金中に含まれる元素Xの量(mol%)を表す。Xは、Al、Si、及びFeから選ばれるいずれか1種以上の元素を表す。
元素Xは、必ずしも必要な元素ではないが、これらの元素を添加すると、最大水素量を大きく低下させることなく、プラトー圧を高くし、また、サイクル耐性を向上させることができる。
一方、wが大きくなりすぎると、有効水素量が極端に低下する。従って、wは、5mol%以下である必要がある。wは、さらに好ましくは、3mol%以下、さらに好ましくは、2mol%以下である。
【0023】
[1.2. 合金組成の具体例]
(1)式で表される水素吸蔵合金は、相対的に高い初期有効水素量と、相対的に高いサイクル耐性とを持つ。この水素吸蔵合金の成分をさらに最適化すると、初期有効水素量及び/又はサイクル耐性をさらに向上させることができる。このような合金としては、具体的には、以下のようなものがある。
【0024】
[1.2.1. 第1の具体例]
水素吸蔵合金の第1の具体例は、次の(2)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする。(2)式で表される水素吸蔵合金は、適度なサイクル耐性と高い初期有効水素量とを持つ。
TixCryVzXw ・・・(2)
但し、3/2≦y/x≦3/1、50≦z≦70mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0025】
(2)式において、zが大きくなるほど、初期有効水素量が増大する。しかしながら、zが大きくなりすぎると、初期有効水素量は、かえって低下する場合がある。また、(2)式において、zが大きくなるほど、サイクル耐性は向上する。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、55mol%以上が好ましい。zは、さらに好ましくは57.5mol%以上、さらに好ましくは60mol%以上である。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、68mol%以下が好ましい。
【0026】
(2)式において、y/xが大きくなるほど、初期有効水素量は増大する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、初期有効水素量は、かえって低下する。同様に、(2)式において、y/xが大きくなるほど、サイクル耐性は向上する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、サイクル耐性は、かえって低下する場合がある。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.65以上が好ましい。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.2以下が好ましく、さらに好ましくは3/1.35以下である。
【0027】
さらに、(2)式において、y/xとzとを同時に最適化すると、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを高い次元で両立させることができる。y/x及びzの好ましい範囲は、以下の通りである。
(a)3/2<y/x≦3/1.2、55≦z<70mol%。
(b)3/2<y/x≦3/1.2、57.5≦z<70mol%。
(c)3/2<y/x≦3/1.35、57.5≦z<70mol%。
(d)3/1.65≦y/x≦3/1.35、57.5≦z<70mol%。
(e)3/2<y/x≦3/1.2、60≦z≦68mol%。
(f)3/2<y/x≦3/1.35、60≦z≦68mol%。
(g)3/1.65≦y/x≦3/1.35、60≦z≦68mol%。
【0028】
[1.2.2. 第2の具体例]
水素吸蔵合金の第2の具体例は、次の(3)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする。(3)式で表される水素吸蔵合金は、適度な初期有効水素量と、高いサイクル耐性とを持つ。
TixCryVzXw ・・・(3)
但し、3/2≦y/x≦3/1、70≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0029】
(3)式において、zが大きくなるほど、サイクル耐性が向上する。しかしながら、zが大きくなりすぎると、初期有効水素量が低下する。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、71mol%以上が好ましい。zは、さらに好ましくは72mol%以上である。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、74mol%以下が好ましい。
【0030】
(3)式において、y/xが大きくなるほど、初期有効水素量は増大する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、初期有効水素量は、かえって低下する。また、(3)式において、y/xが大きくなるほど、サイクル耐性は向上する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、サイクル耐性は、かえって低下する場合がある。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.65以上が好ましい。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.2以下が好ましく、さらに好ましくは、3/1.35以下である。
【0031】
さらに、(3)式において、y/xとzとを同時に最適化すると、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを高い次元で両立させることができる。
初期有効水素量を重視する場合、y/x及びzの好ましい範囲は、以下の通りである。
(a)3/2≦y/x≦3/1.2、70<z≦75mol%。
(b)3/1.65≦y/x≦3/1.35、71≦z≦75mol%。
また、サイクル耐性を重視する場合、z及びy/xの好ましい範囲は、以下の通りである。
(a)3/1.35≦y/x≦3/1、70≦z≦75mol%。
(b)3/1.2≦y/x≦3/1、 71≦z≦75mol%。
【0032】
[1.3. bcc構造相]
上述した組成が得られるように原料を配合し、溶解鋳造すると、(1)式で表されるbcc構造相を主相とする水素吸蔵合金が得られる。水素吸蔵合金は、bcc構造相のみからなるのが好ましいが、不可避的不純物が含まれていても良い。不可避的不純物としては、例えば、純Ti、TiCr2(ラーベス相)などがある。水素吸蔵放出特性に悪影響を及ぼす不可避的不純物は、少ないほど良い。
本発明において、「bcc構造相を主相とする」とは、水素吸蔵合金に含まれるbcc構造相の体積割合が80vol%以上であることをいう。bcc構造相の体積割合は、さらに好ましくは、90vol%以上である。
【0033】
[1.4. 粒径]
水素吸蔵合金の粒径は、水素の吸蔵・放出特性に影響を与える。一般に、粒径が小さくなりすぎると、表面積が増加する。その結果、表面の酸化層が増大し、水素貯蔵量が減少する。また、粒径を小さくするために長時間の粉砕処理を行うと、水素吸蔵合金に歪が導入される。その結果、水素貯蔵量が減少し、あるいは、プラトー平坦性が低下する。従って、水素吸蔵合金の粒径は、活性化処理前において、0.1mm以上が好ましい。
一方、水素吸蔵合金の粒径が大きくなりすぎると、表面積が小さくなる。そのため、活性化処理に長時間、高温及び/又は高圧が必要となる。また、活性化処理の処理回数も増加する。従って、水素吸蔵合金の粒径は、活性化処理前において、10mm以下が好ましい。
ここで、「水素吸蔵合金の粒径」とは、ふるい(メッシュ)による分級試験で用いられるふるい目の大きさをいう。
【0034】
[2. 水素吸蔵合金の製造方法]
本発明に係る水素吸蔵合金の製造方法は、溶解・鋳造工程と、熱処理工程と、活性化工程とを備えている。
【0035】
[2.1 溶解・鋳造工程]
溶解・鋳造工程は、(1)式で表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する工程である。なお、(1)式の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0036】
原料の溶解・鋳造方法は、特に限定されるものではなく、アーク溶解法、高周波誘導溶解法等、種々の方法を用いることができる。
原料の溶解・鋳造は、多量の酸素混入による合金特性の悪化を防ぐために、不活性ガス雰囲気、還元雰囲気、真空下(1×10-1〜1×10-6Torr(13.3〜1.33×10-4Pa))などの非酸化雰囲気下で行うのが好ましい。溶解温度及び溶解時間は、特に限定されるものではないが、均一な溶湯が得られる温度及び時間であれば良い。
【0037】
[2.2 熱処理工程]
熱処理工程は、溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する工程である。
一般に、TiCrV系合金のbcc構造相は、高温平衡相である。溶解・鋳造時に形成される各成分の凝固偏析(特に、Ti成分とV成分のデンドライト状の凝固偏析)を解消して均質化するためには、bcc構造相の安定な高温域での熱処理(均質化熱処理)が必要となる。また、均質化熱処理を行うと、プラトーの平坦性が増し、水素吸蔵・放出特性を向上させることができる。
【0038】
構成元素を短時間で拡散させ、成分を均質化するためには、熱処理温度は、1200℃以上が好ましい。
一方、合金の部分的溶融を抑制するためには、熱処理温度は、合金の融点以下が好ましい。熱処理温度は、さらに好ましくは、融点より20〜100℃低い温度である。
【0039】
十分な均質化効果を得るためには、熱処理時間は、一般に長いほどよい。熱処理時間は、具体的には、1時間以上が好ましい。
一方、必要以上の熱処理は、効果が飽和するので、実益がない。従って、熱処理時間は、24時間以下が好ましい。
【0040】
熱処理は、合金の酸化を防ぐために、不活性ガス雰囲気、還元雰囲気、真空下(1×10-1〜1×10-6Torr(13.3〜1.33×10-4Pa))などの非酸化雰囲気下で行うのが好ましい。
【0041】
[2.3 活性化工程]
活性化工程は、熱処理された鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う工程である。
活性化処理は、鋳塊を所定の温度に加熱した状態で減圧し、次いで鋳塊を加圧した水素に接触させることにより行う。
活性化処理の温度が低すぎると、水素を吸蔵させるのが困難となる。従って、活性化処理の温度は、300℃以上が好ましい。
一方、活性化処理の温度が高くなりすぎると、均質化した組織が不均一になるおそれがある。従って、活性化処理の温度は、450℃以下が好ましい。
【0042】
減圧時の圧力及び水素吸蔵時の水素圧力は、特に限定されるものではなく、活性化が十分に行える圧力であれば良い。減圧時の圧力は、通常、1×10-4Torr(1.33×10-2Pa程度である。また、水素吸蔵させる際の水素圧力は、通常、50atm(5.07MPa)程度である。
【0043】
本発明に係る水素吸蔵合金において、活性化処理は、少なくとも1回行う必要がある。一般に、水素吸蔵合金の活性化処理は数回繰り返す必要があるが、本発明に係る水素吸蔵合金は、1回の処理によっても十分に活性化させることができる。
【0044】
[3. 水素貯蔵装置]
本発明に係る水素貯蔵装置は、本発明に係る水素吸蔵合金と、容器と、熱交換器とを備えている。
本発明に係る水素吸蔵合金の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
容器は、水素吸蔵合金を収容するためのものである。容器は、水素の吸蔵放出時に、その内部を所定の温度及び圧力に維持することができるものであれば良い。
熱交換器は、容器内に収容された水素吸蔵合金の温度を制御するためのものである。一般に、水素の吸蔵・放出時には、吸熱又は発熱を伴う。従って、水素の吸蔵・放出を安定して行うためには、水素吸蔵合金の温度を所定の範囲に維持する必要がある。熱交換器の構造は、特に限定されるものではなく、種々の構造を有する熱交換器を用いることができる。
【0045】
[4. 水素吸蔵合金及びその製造方法、並びに、水素貯蔵装置の作用]
Ti−Cr−V系合金において、Cr/Ti比(y/x)を最適化すると、プラトー圧を実用上十分な範囲に維持しながら、初期有効水素量を増大させることができる。
また、V量を最適化すると、初期有効水素量を高く維持しながら、サイクル耐性を向上させることができる。しかも、1回の活性化処理により、相対的に多量の水素を吸蔵・放出させることが可能となる。
さらに、Ti−Cr−V系合金に対して、Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上を添加すると、最大水素量を大きく低下させることなく、プラトー圧を高くし、かつサイクル耐性を向上させることができる。その結果、有効水素量を増大させることができる。
【実施例】
【0046】
(実施例1〜6、比較例1〜3)
[1. 試料の作製]
所定の比率で配合された原料をアーク溶解し、鋳塊を得た。得られた鋳塊をAr下、1300〜1350℃で熱処理した。さらに、熱処理後の合金に対し、300〜450℃での活性化処理を1回行った。
[2. 試験方法]
[2.1 X線回折]
熱処理後の合金に対して、X線回折測定を行った。得られたX線回折パターンから格子定数を算出した。
[2.2 水素吸蔵放出特性]
活性化処理後の合金に対し、−20℃〜室温で圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。得られた初期有効水素量及び10サイクル目の有効水素量を用いて、維持率(=10サイクル目の有効水素量×100/初期有効水素量(%))を算出した。
さらに、室温又は0℃で圧力−組成等温線測定を50〜100サイクルを行い、有効水素量の変化を調べた。
【0047】
[3. 結果]
表1に、評価結果をまとめて示す。なお、表1には、各試料の組成及び熱処理条件も併せて示した。
表1より、
(1)比較例1、2で得られた合金は、初期有効水素量は相対的に多いが、10サイクル目の有効水素量の維持率(サイクル耐性)は低い、
(2)比較例3で得られた合金は、サイクル耐性は高いが、初期有効水素量は少ない、
(3)実施例1〜6で得られた合金は、いずれも、初期有効水素量が多く、かつサイクル耐性も高い、
ことがわかる。
【0048】
【表1】
【0049】
図1に、実施例1〜4で得られた合金のX線回折パターンを示す。図1より、実施例1〜4で得られた合金は、いずれもbcc単相であることが確認された。
また、図2に、実施例1で得られた合金の室温での初期水素放出過程の圧力−組成等温線を示す。実施例1の合金の初期有効水素量は、2.51mass%であった。
【0050】
図3に、実施例1、4及び比較例1、3で得られた合金の室温(実施例1、比較例3)又は0℃(実施例4、比較例1)でのサイクル耐性を示す。
図3より、比較例1で得られた合金は、サイクル数の増加に伴う有効水素量の減少量が相対的に大きいのに対し、実施例1、4で得られた合金は、サイクル数の増加に伴う有効水素量の減少量が相対的に少ないことがわかる。
一方、比較例3で得られた合金は、サイクルに伴う有効水素量の減少量は相対的に少ないが、初期有効水素量が他に比べて少ないことがわかる。
【0051】
(実施例7)
[1. 試料の作製]
実施例1と同様にして、y/x比及びzの異なる各種のTixCryVz合金を作製した。
[2. 試験方法]
実施例1と同様な方法で、0〜50℃における初期有効水素量及び10サイクル目の有効水素量を測定し、維持率(サイクル耐性)を算出した。
【0052】
[3. 結果]
図4〜図10に、各種TixCryVz合金の初期有効水素量とサイクル耐性を示す。
図4〜図10より、以下のことがわかる。
(1)3/1.65≦y/x≦3/1の範囲において、初期有効水素量は極大値を取り、かつ、y/xが大きくなるほどサイクル耐性は向上する。
(2)3/2≦y/x≦3/1、65≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は94%以上となる。
(3)3/2≦y/x≦3/1.2、50≦z<65である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は91%以上となる。
(4)3/2≦y/x≦3/1、50≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は91%以上となる。
(5)3/2≦y/x≦3/1.2、40≦z<50である場合、初期有効水素量は1.8mass%以上となり、サイクル耐性は90%以上となる。
(6)3/2≦y/x≦3/1.5、40≦z<50である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は90%以上となる。
(7)3/1.5≦y/x≦3/1.2、65≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は95%以上となる。
(8)3/1.5≦y/x≦3/1.2、50≦z≦65である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は92%以上となる。
(9)3/2≦y/x≦3/1.2、65≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は94%以上となる。
(10)3/2≦y/x≦3/1.5、50≦z≦65である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は91%以上となる。
【0053】
(11)3/2<y/x≦3/1、50≦z<70mol%である場合、水素吸蔵合金は、適度なサイクル耐性と、高い初期有効水素量とを持つ。
特に、3/1.65≦y/x≦3/1.35、60.0mol%≦z≦68mol%である場合、水素吸蔵合金は、高いサイクル耐性と高い初期有効水素量とを高い次元で両立させることができる。
(12)3/2≦y/x≦3/1、70<z≦75mol%である場合、水素吸蔵合金は、適度な初期有効水素量と、高いサイクル耐性とを持つ。
特に、3/1.65≦y/x≦3/1.35、71≦z≦75mol%とすると、水素吸蔵合金は、高い初期有効水素量を持つ。
また、3/1.2≦y/x≦3/1、71≦z≦75mol%とすると、水素吸蔵合金は、極めて高いサイクル耐性を持つ。
【0054】
(実施例8)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1300℃で熱処理してV40Ti18.4Cr41.6を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の0℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は2.29mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は2.07mass%(初期の90%)であった。
【0055】
(比較例4)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1260℃で熱処理してV40Ti25Cr35を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相単相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は2.26mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は2.00mass%(初期の88%)であった。
【0056】
(比較例5)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1350℃で熱処理してV20Ti35Cr45を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は2.17mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は1.81mass%(初期の84%)であった。
【0057】
(比較例6)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1260℃で熱処理してV25Ti42Cr33を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は0.34mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は0.28mass%(初期の83%)であった。
【0058】
(比較例7)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1260℃で熱処理してV21Ti50Cr29を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は0.26mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は0.23mass%(初期の88%)であった。
【0059】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る水素吸蔵合金及びその製造方法は、燃料電池システム用の水素貯蔵手段、ケミカル式ヒートポンプ、アクチュエータ、金属−水素蓄電池用の水素貯蔵体等に用いられる水素貯蔵媒体及びその製造方法として使用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、可逆的な水素の貯蔵・放出が可能な水素吸蔵合金及びその製造方法、並びに、このような水素吸蔵合金を用いた水素貯蔵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出による地球の温暖化等の環境問題や、石油資源の枯渇等のエネルギー問題から、クリーンな代替エネルギーとして水素エネルギーが注目されている。水素エネルギーの実用化に向けて、水素を安全に貯蔵、輸送する技術の開発が重要となる。水素の貯蔵方法にはいくつかの候補があるが、中でも可逆的に水素を貯蔵・放出することのできる水素貯蔵材料を用いる方法は、最も安全に水素を貯蔵・輸送する手段と考えられており、燃料電池車に搭載する水素貯蔵媒体として期待されている。
【0003】
水素貯蔵材料としては、活性炭、フラーレン、ナノチューブ等の炭素材料や、LaNi5、TiFe等の水素吸蔵合金が知られている。これらの内、水素吸蔵合金は、炭素材料に比べて単位体積当たりの水素密度が高いので、水素を貯蔵・輸送するための水素貯蔵材料として有望視されている。
制御が容易な室温付近での水素吸蔵・放出が可能である実用的な水素吸蔵合金としては、LaNi5、TiFe合金、V−Ti−Cr合金などが知られている。これらの内、LaNi5やTiFe合金は、重量当たりの水素貯蔵量が少ないという問題があった。一方、V−Ti−Cr合金は、これらに比べて重量当たりの水素貯蔵量が大きいという特徴がある。
【0004】
V−Ti−Cr合金に関しては、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、スピノーダル分解により形成された規則的な周期構造を有するTixCryVz合金(x=5〜70、y=20〜70、z=10〜30)及びTi25Cr35V40合金が開示されている。
同文献には、
(1)スピノーダル分解によって形成される二相の見かけの格子定数が0.3040nm付近である時に、TixCryVz合金の水素吸放出量が極大値(1.4H/M)をとる点、及び、
(2)熱処理したTi25Cr35V40合金の水素吸蔵量(最大水素吸蔵量)は、約3.7wt%になる点、
が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、Ti28.3Cr50.3V19.2Fe1.7Al0.5合金、Ti30Cr50V20合金、Ti30Cr50V19Cu1合金、Ti25Cr50V20Fe4Ni1合金、及びTi25Cr55V5Mo10Fe5合金が開示されている。
同文献には、
(1)均質化熱処理後に10〜200℃/時間の冷却速度でBCC構造相とC15Laves相の混相領域まで降温すると、結晶粒内の針状α−Tiの析出が抑制され、BCC構造の結晶完全性が改善して有効水素移動量が増加する点、及び、
(2)均質化熱処理後に水焼入れ処理した場合、有効水素量は235〜262cc/gであるのに対し、均質化熱処理後に所定の冷却速度で徐冷すると、有効水素量は261〜281cc/gになる点、
が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、V70Ti12Cr18合金、V40Ti24Cr36合金、及び、V60Ti16Cr24合金が開示されている。
同文献には、合金組成を最適化すると、低圧プラトー領域又は傾斜プラトーの下部プラトー領域における合金中の吸蔵水素が不安定化し、これらの領域から水素を取り出すことができる点が記載されている。
【0007】
また、特許文献4には、Ti15.0Cr34.7V49.8Al0.5合金が開示されている。
同文献には、Ti−Cr−V系合金にAlを添加すると、プラトー平坦性が向上する点が記載されている。
また、特許文献5には、V−10%Ti−20%Cr合金を、水素雰囲気中でメカニカルミリング処理することにより得られる水素吸蔵合金が開示されている。
同文献には、ミリング処理により微粉化と同時に組成を均一化できるので、ヒステリシスが小さくなる点が記載されている。
【0008】
さらに、特許文献6には、Ti20Cr45V30Mo5合金、Ti25Cr50V20Mo5合金、Ti25Cr40V25Mo10合金、及び、Ti25Cr40V20Mo15合金が開示されている。
同文献には、化学組成、主相の結晶構造及び格子定数を最適化すると、低温域の水素放出特性が向上する点が記載されている。
【0009】
水素吸蔵合金を実用化するためには、可逆的に吸蔵放出することが可能な水素量(有効水素量)の初期値が高いこと、及び、有効水素量の経時劣化が少ないこと(すなわち、サイクル耐性に優れいていること)が必要である。しかしながら、従来の合金は、初期有効水素量又はサイクル耐性のいずれか一方のみが優れており、双方が優れた合金が開発された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10−110225号公報
【特許文献2】特開2004−169102号公報
【特許文献3】特開2000−345273号公報
【特許文献4】特開平11−106859号公報
【特許文献5】特開2001−11560号公報
【特許文献6】特開2006−188737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、初期有効水素量が高く、かつ、サイクル耐性に優れた水素吸蔵合金及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、初期有効水素量が高く、かつ、サイクル耐性に優れた水素吸蔵合金を用いた水素貯蔵装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る水素吸蔵合金は、次の(1)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とすることを要旨とする。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0013】
本発明に係る水素吸蔵合金の製造方法は、
(1)式で表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する溶解・鋳造工程と、
前記溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する熱処理工程と、
熱処理された前記鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う活性化工程と
を備えていることを要旨とする。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0014】
さらに、本発明に係る水素貯蔵装置は、
本発明に係る水素吸蔵合金と、
前記水素吸蔵合金を収容するための容器と、
前記容器内に収容された前記水素吸蔵合金の温度を制御するための熱交換器と
を備えていることを要旨とする。
【発明の効果】
【0015】
Ti−Cr−V系合金において、Cr/Ti比(y/x)を最適化すると、プラトー圧を実用上十分な範囲に維持しながら、初期有効水素量を増大させることができる。また、V量を最適化すると、初期有効水素量を高く維持しながら、サイクル耐性を向上させることができる。さらに、所定量のAl、Si及び/又はFeを含む場合には、最大水素量を大きく低下させることなく、プラトー圧を高くし、かつサイクル耐性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1〜4で得られた熱処理後の合金のX線回折パターンである。
【図2】実施例1で得られた合金の室温での初期水素放出過程の圧力−組成等温線である。
【図3】実施例1、4及び比較例1、3で得られた合金の室温(実施例1、比較例3)又は0℃(実施例4、比較例1)でのサイクル耐性を示す図である(○、◆、△、■は測定値、各曲線は測定値の近似曲線を示す)。
【図4】TixCryVz合金(z=75)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図5】TixCryVz合金(z=65)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図6】TixCryVz合金(z=50)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図7】TixCryVz合金(z=40)のy/x比と初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図8】TixCryVz合金(y/x=1.5)のzと初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図9】TixCryVz合金(y/x=2.0)のzと初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【図10】TixCryVz合金(y/x=2.5)のzと初期有効水素量及びサイクル耐性との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 水素吸蔵合金]
本発明に係る水素吸蔵合金は、次の(1)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0018】
[1.1. 合金組成]
[1.1.1. y/x]
本発明において、「最大水素量」とは、理論的に取り出すことが可能な水素量の最大値をいう。また、本発明において、「有効水素量」とは、0.01〜10MPaの範囲で可逆的に吸蔵放出することが可能な水素量をいう。
【0019】
xは、合金中に含まれるTi量(mol%)を表す。yは、合金中に含まれるCr量(mol%)を表す。さらに、y/xは、合金中におけるTi量に対するCr量のモル比(Cr/Ti)を表す。
y/x比が小さくなる(すなわち、Ti量が多くなる)ほど、最大水素量が多くなる。しかしながら、y/xが小さくなりすぎると、プラトー圧が低下する。プラトー圧が過度に低下すると、水素を取り出すために減圧が必要となるので、有効水素量が少なくなる。従って、y/xは、3/2以上である必要がある。y/xは、さらに好ましくは、3/1.65以上である。
【0020】
一方、y/xが大きくなる(すなわち、Cr量が多くなる)ほど、プラトー圧が増大し、水素を取り出しやすくなる。しかしながら、プラトー圧が大きくなりすぎると、水素を吸蔵させるために高圧力が必要となる。また、y/xが大きくなりすぎると、最大水素量も少なくなる。従って、y/xは、3/1以下である必要がある。y/xは、さらに好ましくは、3/1.2以下、さらに好ましくは3/1.35以下である。
【0021】
[1.1.2. z]
zは、合金中に含まれるV量(mol%)を表す。zが小さくなる(すなわち、V量が少なくなる)ほど、サイクル耐性が低下する。高いサイクル耐性を得るためには、zは、40mol%以上である必要がある。zは、さらに好ましくは、50mol%以上、さらに好ましくは、55mol%以上、さらに好ましくは57.5mol%以上、さらに好ましくは、60mol%以上である。
一方、Vが過剰になると有効水素量の初期値(初期有効水素量)が少なくなる。従って、zは、75mol%以下である必要がある。
初期有効水素量に特に優れた水素吸蔵合金を得るためには、zは、70mol%未満が好ましい。zは、さらに好ましくは、68mol%以下である。
一方、サイクル耐性に特に優れた水素吸蔵合金を得るためには、zは、70mol%超75mol%以下が好ましい。zは、さらに好ましくは、71mol%以上、さらに好ましくは、72mol%以上である。
【0022】
[1.1.3. w]
wは、合金中に含まれる元素Xの量(mol%)を表す。Xは、Al、Si、及びFeから選ばれるいずれか1種以上の元素を表す。
元素Xは、必ずしも必要な元素ではないが、これらの元素を添加すると、最大水素量を大きく低下させることなく、プラトー圧を高くし、また、サイクル耐性を向上させることができる。
一方、wが大きくなりすぎると、有効水素量が極端に低下する。従って、wは、5mol%以下である必要がある。wは、さらに好ましくは、3mol%以下、さらに好ましくは、2mol%以下である。
【0023】
[1.2. 合金組成の具体例]
(1)式で表される水素吸蔵合金は、相対的に高い初期有効水素量と、相対的に高いサイクル耐性とを持つ。この水素吸蔵合金の成分をさらに最適化すると、初期有効水素量及び/又はサイクル耐性をさらに向上させることができる。このような合金としては、具体的には、以下のようなものがある。
【0024】
[1.2.1. 第1の具体例]
水素吸蔵合金の第1の具体例は、次の(2)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする。(2)式で表される水素吸蔵合金は、適度なサイクル耐性と高い初期有効水素量とを持つ。
TixCryVzXw ・・・(2)
但し、3/2≦y/x≦3/1、50≦z≦70mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0025】
(2)式において、zが大きくなるほど、初期有効水素量が増大する。しかしながら、zが大きくなりすぎると、初期有効水素量は、かえって低下する場合がある。また、(2)式において、zが大きくなるほど、サイクル耐性は向上する。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、55mol%以上が好ましい。zは、さらに好ましくは57.5mol%以上、さらに好ましくは60mol%以上である。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、68mol%以下が好ましい。
【0026】
(2)式において、y/xが大きくなるほど、初期有効水素量は増大する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、初期有効水素量は、かえって低下する。同様に、(2)式において、y/xが大きくなるほど、サイクル耐性は向上する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、サイクル耐性は、かえって低下する場合がある。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.65以上が好ましい。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.2以下が好ましく、さらに好ましくは3/1.35以下である。
【0027】
さらに、(2)式において、y/xとzとを同時に最適化すると、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを高い次元で両立させることができる。y/x及びzの好ましい範囲は、以下の通りである。
(a)3/2<y/x≦3/1.2、55≦z<70mol%。
(b)3/2<y/x≦3/1.2、57.5≦z<70mol%。
(c)3/2<y/x≦3/1.35、57.5≦z<70mol%。
(d)3/1.65≦y/x≦3/1.35、57.5≦z<70mol%。
(e)3/2<y/x≦3/1.2、60≦z≦68mol%。
(f)3/2<y/x≦3/1.35、60≦z≦68mol%。
(g)3/1.65≦y/x≦3/1.35、60≦z≦68mol%。
【0028】
[1.2.2. 第2の具体例]
水素吸蔵合金の第2の具体例は、次の(3)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする。(3)式で表される水素吸蔵合金は、適度な初期有効水素量と、高いサイクル耐性とを持つ。
TixCryVzXw ・・・(3)
但し、3/2≦y/x≦3/1、70≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0029】
(3)式において、zが大きくなるほど、サイクル耐性が向上する。しかしながら、zが大きくなりすぎると、初期有効水素量が低下する。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、71mol%以上が好ましい。zは、さらに好ましくは72mol%以上である。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、zは、74mol%以下が好ましい。
【0030】
(3)式において、y/xが大きくなるほど、初期有効水素量は増大する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、初期有効水素量は、かえって低下する。また、(3)式において、y/xが大きくなるほど、サイクル耐性は向上する。しかしながら、y/xが大きくなりすぎると、サイクル耐性は、かえって低下する場合がある。
高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.65以上が好ましい。
同様に、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを両立させるためには、y/xは、3/1.2以下が好ましく、さらに好ましくは、3/1.35以下である。
【0031】
さらに、(3)式において、y/xとzとを同時に最適化すると、高い初期有効水素量と高いサイクル耐性とを高い次元で両立させることができる。
初期有効水素量を重視する場合、y/x及びzの好ましい範囲は、以下の通りである。
(a)3/2≦y/x≦3/1.2、70<z≦75mol%。
(b)3/1.65≦y/x≦3/1.35、71≦z≦75mol%。
また、サイクル耐性を重視する場合、z及びy/xの好ましい範囲は、以下の通りである。
(a)3/1.35≦y/x≦3/1、70≦z≦75mol%。
(b)3/1.2≦y/x≦3/1、 71≦z≦75mol%。
【0032】
[1.3. bcc構造相]
上述した組成が得られるように原料を配合し、溶解鋳造すると、(1)式で表されるbcc構造相を主相とする水素吸蔵合金が得られる。水素吸蔵合金は、bcc構造相のみからなるのが好ましいが、不可避的不純物が含まれていても良い。不可避的不純物としては、例えば、純Ti、TiCr2(ラーベス相)などがある。水素吸蔵放出特性に悪影響を及ぼす不可避的不純物は、少ないほど良い。
本発明において、「bcc構造相を主相とする」とは、水素吸蔵合金に含まれるbcc構造相の体積割合が80vol%以上であることをいう。bcc構造相の体積割合は、さらに好ましくは、90vol%以上である。
【0033】
[1.4. 粒径]
水素吸蔵合金の粒径は、水素の吸蔵・放出特性に影響を与える。一般に、粒径が小さくなりすぎると、表面積が増加する。その結果、表面の酸化層が増大し、水素貯蔵量が減少する。また、粒径を小さくするために長時間の粉砕処理を行うと、水素吸蔵合金に歪が導入される。その結果、水素貯蔵量が減少し、あるいは、プラトー平坦性が低下する。従って、水素吸蔵合金の粒径は、活性化処理前において、0.1mm以上が好ましい。
一方、水素吸蔵合金の粒径が大きくなりすぎると、表面積が小さくなる。そのため、活性化処理に長時間、高温及び/又は高圧が必要となる。また、活性化処理の処理回数も増加する。従って、水素吸蔵合金の粒径は、活性化処理前において、10mm以下が好ましい。
ここで、「水素吸蔵合金の粒径」とは、ふるい(メッシュ)による分級試験で用いられるふるい目の大きさをいう。
【0034】
[2. 水素吸蔵合金の製造方法]
本発明に係る水素吸蔵合金の製造方法は、溶解・鋳造工程と、熱処理工程と、活性化工程とを備えている。
【0035】
[2.1 溶解・鋳造工程]
溶解・鋳造工程は、(1)式で表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する工程である。なお、(1)式の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【0036】
原料の溶解・鋳造方法は、特に限定されるものではなく、アーク溶解法、高周波誘導溶解法等、種々の方法を用いることができる。
原料の溶解・鋳造は、多量の酸素混入による合金特性の悪化を防ぐために、不活性ガス雰囲気、還元雰囲気、真空下(1×10-1〜1×10-6Torr(13.3〜1.33×10-4Pa))などの非酸化雰囲気下で行うのが好ましい。溶解温度及び溶解時間は、特に限定されるものではないが、均一な溶湯が得られる温度及び時間であれば良い。
【0037】
[2.2 熱処理工程]
熱処理工程は、溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する工程である。
一般に、TiCrV系合金のbcc構造相は、高温平衡相である。溶解・鋳造時に形成される各成分の凝固偏析(特に、Ti成分とV成分のデンドライト状の凝固偏析)を解消して均質化するためには、bcc構造相の安定な高温域での熱処理(均質化熱処理)が必要となる。また、均質化熱処理を行うと、プラトーの平坦性が増し、水素吸蔵・放出特性を向上させることができる。
【0038】
構成元素を短時間で拡散させ、成分を均質化するためには、熱処理温度は、1200℃以上が好ましい。
一方、合金の部分的溶融を抑制するためには、熱処理温度は、合金の融点以下が好ましい。熱処理温度は、さらに好ましくは、融点より20〜100℃低い温度である。
【0039】
十分な均質化効果を得るためには、熱処理時間は、一般に長いほどよい。熱処理時間は、具体的には、1時間以上が好ましい。
一方、必要以上の熱処理は、効果が飽和するので、実益がない。従って、熱処理時間は、24時間以下が好ましい。
【0040】
熱処理は、合金の酸化を防ぐために、不活性ガス雰囲気、還元雰囲気、真空下(1×10-1〜1×10-6Torr(13.3〜1.33×10-4Pa))などの非酸化雰囲気下で行うのが好ましい。
【0041】
[2.3 活性化工程]
活性化工程は、熱処理された鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う工程である。
活性化処理は、鋳塊を所定の温度に加熱した状態で減圧し、次いで鋳塊を加圧した水素に接触させることにより行う。
活性化処理の温度が低すぎると、水素を吸蔵させるのが困難となる。従って、活性化処理の温度は、300℃以上が好ましい。
一方、活性化処理の温度が高くなりすぎると、均質化した組織が不均一になるおそれがある。従って、活性化処理の温度は、450℃以下が好ましい。
【0042】
減圧時の圧力及び水素吸蔵時の水素圧力は、特に限定されるものではなく、活性化が十分に行える圧力であれば良い。減圧時の圧力は、通常、1×10-4Torr(1.33×10-2Pa程度である。また、水素吸蔵させる際の水素圧力は、通常、50atm(5.07MPa)程度である。
【0043】
本発明に係る水素吸蔵合金において、活性化処理は、少なくとも1回行う必要がある。一般に、水素吸蔵合金の活性化処理は数回繰り返す必要があるが、本発明に係る水素吸蔵合金は、1回の処理によっても十分に活性化させることができる。
【0044】
[3. 水素貯蔵装置]
本発明に係る水素貯蔵装置は、本発明に係る水素吸蔵合金と、容器と、熱交換器とを備えている。
本発明に係る水素吸蔵合金の詳細については、上述した通りであるので説明を省略する。
容器は、水素吸蔵合金を収容するためのものである。容器は、水素の吸蔵放出時に、その内部を所定の温度及び圧力に維持することができるものであれば良い。
熱交換器は、容器内に収容された水素吸蔵合金の温度を制御するためのものである。一般に、水素の吸蔵・放出時には、吸熱又は発熱を伴う。従って、水素の吸蔵・放出を安定して行うためには、水素吸蔵合金の温度を所定の範囲に維持する必要がある。熱交換器の構造は、特に限定されるものではなく、種々の構造を有する熱交換器を用いることができる。
【0045】
[4. 水素吸蔵合金及びその製造方法、並びに、水素貯蔵装置の作用]
Ti−Cr−V系合金において、Cr/Ti比(y/x)を最適化すると、プラトー圧を実用上十分な範囲に維持しながら、初期有効水素量を増大させることができる。
また、V量を最適化すると、初期有効水素量を高く維持しながら、サイクル耐性を向上させることができる。しかも、1回の活性化処理により、相対的に多量の水素を吸蔵・放出させることが可能となる。
さらに、Ti−Cr−V系合金に対して、Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上を添加すると、最大水素量を大きく低下させることなく、プラトー圧を高くし、かつサイクル耐性を向上させることができる。その結果、有効水素量を増大させることができる。
【実施例】
【0046】
(実施例1〜6、比較例1〜3)
[1. 試料の作製]
所定の比率で配合された原料をアーク溶解し、鋳塊を得た。得られた鋳塊をAr下、1300〜1350℃で熱処理した。さらに、熱処理後の合金に対し、300〜450℃での活性化処理を1回行った。
[2. 試験方法]
[2.1 X線回折]
熱処理後の合金に対して、X線回折測定を行った。得られたX線回折パターンから格子定数を算出した。
[2.2 水素吸蔵放出特性]
活性化処理後の合金に対し、−20℃〜室温で圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。得られた初期有効水素量及び10サイクル目の有効水素量を用いて、維持率(=10サイクル目の有効水素量×100/初期有効水素量(%))を算出した。
さらに、室温又は0℃で圧力−組成等温線測定を50〜100サイクルを行い、有効水素量の変化を調べた。
【0047】
[3. 結果]
表1に、評価結果をまとめて示す。なお、表1には、各試料の組成及び熱処理条件も併せて示した。
表1より、
(1)比較例1、2で得られた合金は、初期有効水素量は相対的に多いが、10サイクル目の有効水素量の維持率(サイクル耐性)は低い、
(2)比較例3で得られた合金は、サイクル耐性は高いが、初期有効水素量は少ない、
(3)実施例1〜6で得られた合金は、いずれも、初期有効水素量が多く、かつサイクル耐性も高い、
ことがわかる。
【0048】
【表1】
【0049】
図1に、実施例1〜4で得られた合金のX線回折パターンを示す。図1より、実施例1〜4で得られた合金は、いずれもbcc単相であることが確認された。
また、図2に、実施例1で得られた合金の室温での初期水素放出過程の圧力−組成等温線を示す。実施例1の合金の初期有効水素量は、2.51mass%であった。
【0050】
図3に、実施例1、4及び比較例1、3で得られた合金の室温(実施例1、比較例3)又は0℃(実施例4、比較例1)でのサイクル耐性を示す。
図3より、比較例1で得られた合金は、サイクル数の増加に伴う有効水素量の減少量が相対的に大きいのに対し、実施例1、4で得られた合金は、サイクル数の増加に伴う有効水素量の減少量が相対的に少ないことがわかる。
一方、比較例3で得られた合金は、サイクルに伴う有効水素量の減少量は相対的に少ないが、初期有効水素量が他に比べて少ないことがわかる。
【0051】
(実施例7)
[1. 試料の作製]
実施例1と同様にして、y/x比及びzの異なる各種のTixCryVz合金を作製した。
[2. 試験方法]
実施例1と同様な方法で、0〜50℃における初期有効水素量及び10サイクル目の有効水素量を測定し、維持率(サイクル耐性)を算出した。
【0052】
[3. 結果]
図4〜図10に、各種TixCryVz合金の初期有効水素量とサイクル耐性を示す。
図4〜図10より、以下のことがわかる。
(1)3/1.65≦y/x≦3/1の範囲において、初期有効水素量は極大値を取り、かつ、y/xが大きくなるほどサイクル耐性は向上する。
(2)3/2≦y/x≦3/1、65≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は94%以上となる。
(3)3/2≦y/x≦3/1.2、50≦z<65である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は91%以上となる。
(4)3/2≦y/x≦3/1、50≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は91%以上となる。
(5)3/2≦y/x≦3/1.2、40≦z<50である場合、初期有効水素量は1.8mass%以上となり、サイクル耐性は90%以上となる。
(6)3/2≦y/x≦3/1.5、40≦z<50である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は90%以上となる。
(7)3/1.5≦y/x≦3/1.2、65≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は95%以上となる。
(8)3/1.5≦y/x≦3/1.2、50≦z≦65である場合、初期有効水素量は2.2mass%以上となり、サイクル耐性は92%以上となる。
(9)3/2≦y/x≦3/1.2、65≦z≦75である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は94%以上となる。
(10)3/2≦y/x≦3/1.5、50≦z≦65である場合、初期有効水素量は2.3mass%以上となり、サイクル耐性は91%以上となる。
【0053】
(11)3/2<y/x≦3/1、50≦z<70mol%である場合、水素吸蔵合金は、適度なサイクル耐性と、高い初期有効水素量とを持つ。
特に、3/1.65≦y/x≦3/1.35、60.0mol%≦z≦68mol%である場合、水素吸蔵合金は、高いサイクル耐性と高い初期有効水素量とを高い次元で両立させることができる。
(12)3/2≦y/x≦3/1、70<z≦75mol%である場合、水素吸蔵合金は、適度な初期有効水素量と、高いサイクル耐性とを持つ。
特に、3/1.65≦y/x≦3/1.35、71≦z≦75mol%とすると、水素吸蔵合金は、高い初期有効水素量を持つ。
また、3/1.2≦y/x≦3/1、71≦z≦75mol%とすると、水素吸蔵合金は、極めて高いサイクル耐性を持つ。
【0054】
(実施例8)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1300℃で熱処理してV40Ti18.4Cr41.6を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の0℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は2.29mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は2.07mass%(初期の90%)であった。
【0055】
(比較例4)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1260℃で熱処理してV40Ti25Cr35を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相単相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は2.26mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は2.00mass%(初期の88%)であった。
【0056】
(比較例5)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1350℃で熱処理してV20Ti35Cr45を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は2.17mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は1.81mass%(初期の84%)であった。
【0057】
(比較例6)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1260℃で熱処理してV25Ti42Cr33を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は0.34mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は0.28mass%(初期の83%)であった。
【0058】
(比較例7)
V、Ti、Crをアーク溶解した。その後、鋳塊をAr下、1260℃で熱処理してV21Ti50Cr29を作製した。得られた合金のX線回折測定を行ったところ、BCC相が主相であることが確認された。熱処理後の合金の50℃における圧力−組成等温線測定を10サイクル行った。初期有効水素量は0.26mass%であった。一方、10サイクル目の有効水素量は0.23mass%(初期の88%)であった。
【0059】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る水素吸蔵合金及びその製造方法は、燃料電池システム用の水素貯蔵手段、ケミカル式ヒートポンプ、アクチュエータ、金属−水素蓄電池用の水素貯蔵体等に用いられる水素貯蔵媒体及びその製造方法として使用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(1)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする水素吸蔵合金。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【請求項2】
3/2<y/x≦3/1、50≦z<70mol%である請求項1に記載の水素吸蔵合金。
【請求項3】
55≦z<70mol%である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項4】
3/2<y/x≦3/1.2である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項5】
3/2<y/x≦3/1.2、55≦z<70mol%である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項6】
3/1.65≦y/x≦3/1.35、60≦z≦68mol%である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項7】
3/2≦y/x≦3/1、70<z≦75mol%である請求項1に記載の水素吸蔵合金。
【請求項8】
(1)式で表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する溶解・鋳造工程と、
前記溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する熱処理工程と、
熱処理された前記鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う活性化工程と
を備えた水素吸蔵合金の製造方法。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【請求項9】
請求項1から7までのいずれかに記載の水素吸蔵合金と、
前記水素吸蔵合金を収容するための容器と、
前記容器内に収容された前記水素吸蔵合金の温度を制御するための熱交換器と
を備えた水素貯蔵装置。
【請求項1】
次の(1)式で表される組成を有するbcc構造相を主相とする水素吸蔵合金。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【請求項2】
3/2<y/x≦3/1、50≦z<70mol%である請求項1に記載の水素吸蔵合金。
【請求項3】
55≦z<70mol%である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項4】
3/2<y/x≦3/1.2である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項5】
3/2<y/x≦3/1.2、55≦z<70mol%である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項6】
3/1.65≦y/x≦3/1.35、60≦z≦68mol%である請求項2に記載の水素吸蔵合金。
【請求項7】
3/2≦y/x≦3/1、70<z≦75mol%である請求項1に記載の水素吸蔵合金。
【請求項8】
(1)式で表される組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する溶解・鋳造工程と、
前記溶解・鋳造工程で得られた鋳塊を熱処理する熱処理工程と、
熱処理された前記鋳塊に水素を吸蔵・放出させる処理を少なくとも1回行う活性化工程と
を備えた水素吸蔵合金の製造方法。
TixCryVzXw ・・・(1)
但し、3/2≦y/x≦3/1、40≦z≦75mol%、0≦w≦5mol%、x+y+z+w=100mol%。
X=Al、Si及びFeから選ばれるいずれか1種以上。
【請求項9】
請求項1から7までのいずれかに記載の水素吸蔵合金と、
前記水素吸蔵合金を収容するための容器と、
前記容器内に収容された前記水素吸蔵合金の温度を制御するための熱交換器と
を備えた水素貯蔵装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−236084(P2010−236084A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−258344(P2009−258344)
【出願日】平成21年11月11日(2009.11.11)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月11日(2009.11.11)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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