説明

油圧クラッチ

【課題】油圧クラッチの構成部材の磨耗を抑制する。
【解決手段】リターンスプリング47の一端がクラッチピストン44に係止されると共にリターンスプリング47の他端がスプリングシート46に固定され、スプリングシート46は、キャンセルプレート45により軸方向に支持される。更に、キャンセルプレート45には径方向に突出する凸部450が形成され、スプリングシート46には上記凸部450と係合可能な凹部460が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッチドラムと、クラッチドラムと一体に回転可能であると共に油圧によりクラッチドラムの軸方向に移動可能なクラッチピストンと、クラッチピストンと共に遠心油圧をキャンセルするためのキャンセル油室を画成するキャンセルプレートとを備える油圧クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の油圧クラッチとしては、内周面に複数のクラッチプレートがスプライン嵌合されたクラッチドラムと、当該クラッチドラムの内周面にスプライン嵌合されると共に油圧により軸方向に移動してクラッチプレートを押圧可能なクラッチピストンと、クラッチピストンをクラッチプレートとは逆側に付勢するリターンスプリングと、スナップリングによりクラッチドラムに係止されたスプリング受けとしてのスプリングリテーナとを備えるものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この油圧クラッチにおいて、スプリングリテーナは、いわゆるキャンセルプレートとしても機能し、クラッチドラム内で発生する遠心油圧をキャンセルするためのキャンセル油室をクラッチピストンと共に画成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−156457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の油圧クラッチにおいて、スプリングリテーナはクラッチドラムにより径方向に支持されているだけであることから、クラッチドラムやクラッチピストンの回転に伴って、クラッチドラムと摺接するスプリングリテーナや、クラッチドラムとスプリングリテーナとの間のシール部材が磨耗してしまうおそれがある。
【0005】
本発明の油圧クラッチは、構成部材の磨耗を抑制することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の油圧クラッチは、上述の主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0007】
本発明の油圧クラッチは、
クラッチドラムと、該クラッチドラムと一体に回転可能であると共に油圧により前記クラッチドラムの軸方向に移動可能なクラッチピストンと、該クラッチピストンと共に遠心油圧をキャンセルするためのキャンセル油室を画成するキャンセルプレートと、前記クラッチピストンと前記キャンセルプレートとの間に介設されたリターンスプリングとを備える油圧クラッチにおいて、
前記リターンスプリングの前記軸方向における一端は前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの一方と係合すると共に該リターンスプリングの前記軸方向における他端はスプリングシートに固定され、前記スプリングシートは、前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの他方により支持され、前記スプリングシートと前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの他方とは一体回転可能に構成されることを特徴とする。
【0008】
本発明の油圧クラッチでは、リターンスプリングの軸方向における一端がクラッチピストンおよびキャンセルプレートの一方と係合すると共にリターンスプリングの軸方向における他端がスプリングシートに固定される。そして、スプリングシートは、クラッチピストンおよびキャンセルプレートの他方により支持され、スプリングシートとクラッチピストンおよびキャンセルプレートの他方とは一体回転可能に構成される。これにより、クラッチピストンとキャンセルプレートとがリターンスプリングおよびスプリングシートを介して一体に回転することになるため、クラッチドラム、クラッチピストンおよびキャンセルプレートのすべてを一体に回転させることができるので、各構成部材の磨耗を抑制することが可能となる。
【0009】
また、前記キャンセルプレートは、前記クラッチドラムと一体に回転する部材により支持されてもよい。これにより、クラッチドラム、クラッチピストンおよびキャンセルプレートのすべてを一体回転可能にすると共に、キャンセルプレートと当該キャンセルプレートを支持する部材との間の磨耗を抑制することができる。
【0010】
更に、前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの他方と前記スプリングシートとの一方には径方向に突出する凸部が形成されてもよく、該クラッチピストンおよび該キャンセルプレートの他方と該スプリングシートとの他方には前記凸部と係合可能な凹部が形成されてもよい。これにより、当該凸部と凹部とを係合することで、クラッチピストンおよびキャンセルプレートの他方とスプリングシートとを容易に一体回転可能に構成することができる。
【0011】
また、前記スプリングシートは、円環状に形成されてもよく、該スプリングシートには複数の前記リターンスプリングが等間隔に固定されてもよく、前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの一方は、互いに隣り合う前記リターンスプリング同士の間に延在するように形成された壁部を有してもよい。このように、互いに隣り合うリターンスプリングの間に延在するように、当該リターンスプリングが係止されるクラッチピストンおよびキャンセルプレートの一方に壁部を形成することで、クラッチピストンとキャンセルプレートとの間で回転トルクを伝達するリターンスプリングが回転方向に倒れないようにすることができる。
【0012】
更に、本発明の油圧クラッチは、前記クラッチピストンと前記キャンセルプレートとの間に配置されて前記キャンセル油室を密封するシール部材を更に備えてもよく、前記リターンスプリングが前記クラッチピストンと前記キャンセルプレートとの間に配置されて自然長を保持しているときには、前記シール部材により前記キャンセル油室が密封されないものとしてもよい。これにより、リターンスプリングが自然長を保持した状態でクラッチピストンとキャンセルプレートとの間に配置された際には、キャンセル油室がシール部材により密封されないため、クラッチピストンとキャンセルプレートとが容易に相対回転させことができる。従って、油圧クラッチを組立てる際には、自然長を保持した状態でリターンスプリングをスプリングシートと共にクラッチピストンとキャンセルプレートとの間に配置し、クラッチピストンとキャンセルプレートとを相対回転させることにより、上記凸部と凹部とを係合可能な位置にキャンセルプレートを容易に位置決めすることができる。
【0013】
また、前記クラッチドラムは、油圧クラッチの動力入力部材と一体回転可能であってもよく、前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートは、前記動力入力部材により支持されてもよい。これにより、動力入力部材、クラッチドラム、クラッチピストンおよびキャンセルプレートをすべて一体回転可能とすることができるため、キャンセルプレートと当該キャンセルプレートを支持する動力入力部材と間の磨耗を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の油圧クラッチであるクラッチC1を有する自動変速機30を含む動力伝達装置20を搭載した自動車10の概略構成図である。
【図2】動力伝達装置20の概略構成図である。
【図3】自動変速機30の各変速段とクラッチおよびブレーキの作動状態との関係を表した作動表である。
【図4】自動変速機30の要部拡大図である。
【図5】クラッチC1の要部を示す拡大部分断面図である。
【図6】キャンセルプレート45の凸部450とスプリングシート46の凹部460とが係合する様子を示す説明図である。
【図7】クラッチC1のキャンセルプレート45およびリターンスプリング47の組付手順を示す説明図である。
【図8】クラッチC1のキャンセルプレート45およびリターンスプリング47の組付手順を示す説明図である。
【図9】クラッチC1のキャンセルプレート45およびリターンスプリング47の組付手順を示す説明図である。
【図10】変形例に係る自動変速機30Bの要部拡大図である。
【図11】図8中のB−B線に沿った断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明を実施するための形態を実施例を用いて説明する。
【実施例】
【0016】
図1は、本発明の油圧クラッチであるクラッチC1を有する自動変速機30を含む動力伝達装置20を搭載した自動車10の概略構成図であり、図2は、動力伝達装置20の概略構成図である。図1に示す自動車10は、ガソリンや軽油といった炭化水素系の燃料と空気との混合気の爆発燃焼により動力を出力する内燃機関である原動機としてのエンジン12と、エンジン12を制御するエンジン用電子制御ユニット(以下、「エンジンECU」という)14と、図示しない電子制御式油圧ブレーキユニットを制御するブレーキ用電子制御ユニット(以下、「ブレーキECU」という)15と、流体伝動装置(発進装置)23や有段の自動変速機30、これらに作動油(作動流体)を給排する油圧制御装置70、これらを制御する変速用電子制御ユニット(以下、「変速ECU」という)21等を有し、エンジン12のクランクシャフト16に接続されると共にエンジン12からの動力を左右の駆動輪DWに伝達する動力伝達装置20とを備える。エンジンECU14、ブレーキECU15および変速ECU21は、何れも図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を有する。そして、エンジンECU14、ブレーキECU15および変速ECU21は、バスライン等を介して相互に接続されており、これらのECU間では制御に必要なデータのやり取りが随時実行される。
【0017】
エンジンECU14には、アクセルペダル91の踏み込み量(操作量)を検出するアクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Accや車速センサ99からの車速V、クランクシャフト16の回転を検出する図示しないクランクシャフトポジションセンサといった各種センサ等からの信号、ブレーキECU15や変速ECU21からの信号等が入力され、エンジンECU14は、これらの信号に基づいて何れも図示しない電子制御式スロットルバルブや燃料噴射弁、点火プラグ等を制御する。ブレーキECU15には、ブレーキペダル93が踏み込まれたときにマスタシリンダ圧センサ94により検出されるマスタシリンダ圧や車速センサ99からの車速V、図示しない各種センサ等からの信号、エンジンECU14や変速ECU21からの信号等が入力され、ブレーキECU15は、これらの信号に基づいて図示しないブレーキアクチュエータ(油圧アクチュエータ)等を制御する。動力伝達装置20の変速ECU21は、トランスミッションケース22の内部に収容される。変速ECU21には、複数のシフトレンジの中から所望のシフトレンジを選択するためのシフトレバー95の操作位置を検出するシフトレンジセンサ96からのシフトレンジSRや車速センサ99からの車速V、図示しない各種センサ等からの信号、エンジンECU14やブレーキECU15からの信号等が入力され、変速ECU21は、これらの信号に基づいて流体伝動装置23や自動変速機30等を制御する。
【0018】
動力伝達装置20は、トランスミッションケース22の内部に収容される流体伝動装置23や、油圧発生源としてのオイルポンプ29、自動変速機30等を含む。流体伝動装置23は、ロックアップクラッチ付きの流体式トルクコンバータとして構成されており、図2に示すように、フロントカバー18を介してエンジン12のクランクシャフト16に接続されるポンプインペラ24や、タービンハブを介して自動変速機30のインプットシャフト(動力入力部材)31に固定されるタービンランナ25、ポンプインペラ24およびタービンランナ25の内側に配置されてタービンランナ25からポンプインペラ24への作動油(ATF)の流れを整流するステータ26、ステータ26の回転方向を一方向に制限するワンウェイクラッチ27、図示しないダンパ機構を有するロックアップクラッチ28等を含む。流体伝動装置23は、ポンプインペラ24とタービンランナ25との回転速度差が大きいときにはステータ26の作用によりトルク増幅機として機能し、両者の回転速度差が小さくなると流体継手として機能する。ロックアップクラッチ28は、フロントカバー18と自動変速機30のインプットシャフト31とを直結するロックアップと当該ロックアップの解除とを実行可能なものである。そして、自動車10の発進後、所定のロックアップオン条件が成立すると、ロックアップクラッチ28によりフロントカバー18と自動変速機30のインプットシャフト31とが直結(ロックアップ)され、エンジン12からの動力がインプットシャフト31に機械的かつ直接的に伝達されるようになる。この際、インプットシャフト31に伝達されるトルクの変動は、図示しないダンパ機構により吸収される。
【0019】
油圧発生源としてのオイルポンプ29は、ポンプボディとポンプカバーとからなるポンプアッセンブリと、ハブを介して流体伝動装置23のポンプインペラ24に接続された外歯ギヤとを備えるギヤポンプとして構成されており、油圧制御装置70に接続される。エンジン12が運転されているときには、当該エンジン12からの動力により外歯ギヤが回転し、それによりオイルポンプ29によってストレーナを介してオイルパン(何れも図示省略)に貯留されている作動油が吸引されると共に当該オイルポンプ29から吐出される。従って、エンジン12の運転中には、オイルポンプ29により流体伝動装置23や自動変速機30により要求される油圧を発生させたり、各種軸受などの潤滑部分に作動油を供給したりすることができる。
【0020】
自動変速機30は、4段変速式変速機として構成されており、図2に示すように、ラビニヨ式遊星歯車機構32と、入力側から出力側までの動力伝達経路を変更するための複数のクラッチC1,C2およびC3と2つのブレーキB1およびB3とワンウェイクラッチF2とを含む。ラビニヨ式遊星歯車機構32は、外歯歯車である2つのサンギヤ33a,33bと、自動変速機30のアウトプットシャフト(動力出力部材)37に固定された内歯歯車であるリングギヤ34と、サンギヤ33aに噛合する複数のショートピニオンギヤ35aと、サンギヤ33bおよび複数のショートピニオンギヤ35aに噛合すると共にリングギヤ34に噛合する複数のロングピニオンギヤ35bと、互いに連結された複数のショートピニオンギヤ35aおよび複数のロングピニオンギヤ35bを自転かつ公転自在に保持すると共にワンウェイクラッチF2を介してトランスミッションケース22に支持されたキャリア36とを有する。そして、自動変速機30のアウトプットシャフト37は、ギヤ機構38および差動機構39を介して駆動輪DWに接続される。
【0021】
クラッチC1は、インプットシャフト31とラビニヨ式遊星歯車機構32のサンギヤ33aとを締結すると共に両者の締結を解除することができる油圧クラッチである。クラッチC2は、インプットシャフト31とラビニヨ式遊星歯車機構32のキャリア36とを締結すると共に両者の締結を解除することができる油圧クラッチである。クラッチC3は、インプットシャフト31とラビニヨ式遊星歯車機構32のサンギヤ33bとを締結すると共に両者の締結を解除することができる油圧クラッチである。ブレーキB1は、ラビニヨ式遊星歯車機構32のサンギヤ33bをトランスミッションケース22に固定すると共にサンギヤ33bのトランスミッションケース22に対する固定を解除することができる油圧クラッチである。ブレーキB3は、ラビニヨ式遊星歯車機構32のキャリア36をトランスミッションケース22に固定すると共にキャリア36のトランスミッションケース22に対する固定を解除することができる油圧クラッチである。これらのクラッチC1〜C3、ブレーキB1およびB3は、油圧制御装置70による作動油の給排を受けて動作する。図3に、自動変速機30の各変速段とクラッチC1〜C3、ブレーキB1およびB3ならびにワンウェイクラッチF2の作動状態との関係を表した作動表を示す。自動変速機30は、クラッチC1〜C3、ブレーキB1およびB3を図3の作動表に示す状態にすることで前進1〜4速の変速段と後進1段の変速段とを提供する。
【0022】
次に、自動変速機30のクラッチC1について詳細に説明する。図4は、自動変速機30の要部拡大図である。
【0023】
クラッチC1は、多板摩擦式油圧クラッチとして構成されており、インプットシャフト31に固定されたクラッチドラム40と、ラビニヨ式遊星歯車機構32のサンギヤ33aに固定されたクラッチハブ41と、クラッチドラム40の内周面にスプラインを介して摺動自在に支持された複数の環状のクラッチプレート42と、クラッチハブ41の外周面にスプラインを介して摺動自在に支持された複数の環状のクラッチプレート43と、クラッチドラム40の内周面にスプラインを介して軸方向に摺動自在に嵌合されてクラッチプレート42,43に向けて移動可能であると共にクラッチドラム40と共に係合側油室を画成するクラッチピストン44と、係合側油室内で発生する遠心油圧をキャンセルするためのキャンセル油室をクラッチピストン44と共に画成するキャンセルプレート45と、クラッチピストン44とキャンセルプレート45との間にスプリングシート46を介して配置される複数のリターンスプリング47とを含む。
【0024】
クラッチピストン44は、クラッチドラム40の内周面にスプライン嵌合されるスプライン嵌合部を有する外周部44aと、外周部44aから軸方向かつキャンセルプレート45側に延びる円筒部44bと、円筒部44bから径方向内側に延びると共にインプットシャフト31に回転自在に支持される内周部44cとを含む。外周部44aのキャンセルプレート45と対向する面には、それぞれスプリングシート46により支持されたリターンスプリング47の一端と係合する断面円形の凹部であるスプリング係合部440が複数形成されている。また、互いに隣り合うスプリング係合部440同士の間からは、複数のリターンスプリング47を組付けた状態で互いに隣り合うリターンスプリング47同士の間に延在するように壁部441が形成されている。更に、キャンセルプレート45は、シール部材50を介してクラッチピストン44と摺接する外周部45aと、外周部45aから軸方向かつクラッチハブ41側へと延びる円筒部45bと、円筒部45bから径方向内側に延びると共にインプットシャフト31に回転自在に支持される内周部45cとを含み、内周部45cの端部は、スナップリング51によりインプットシャフト31に係止される。
【0025】
図5は、クラッチC1の要部を示す拡大部分断面図である。図示するように、キャンセルプレート45の円筒部45bの内周面には、径方向内側に突出する複数の凸部450が周方向に一定の間隔(実施例では、90°間隔)をおいて形成されている。また、図4および図5に示すように、スプリングシート46は、キャンセルプレート45の内周部45cのクラッチピストン44と対向する面と当接して当該キャンセルプレート45により軸方向に支持される円環状部46aと、円環状部46aの外周部から軸方向かつクラッチピストン44側へとキャンセルプレート45の円筒部45bに沿って延びる延出部46bとを含み、延出部46bの外周面には、キャンセルプレート45の内周部45cに形成された複数の凸部450と係合可能な複数の凹部460が周方向に一定の間隔(実施例では、90°間隔)をおいて形成されている。
【0026】
スプリングシート46により支持された各リターンスプリング47の一端は、クラッチピストン44の円筒部44bに形成されたスプリング係合部440に嵌合され、クラッチピストン44により当該クラッチピストン44の軸方向および周方向に支持される。また、各リターンスプリング47の他端は、スプリングシート46の円環状部46aに例えばカシメ等により固定される。そして、実施例において、リターンスプリング47は、スプリングシート46の円環状部46aに等間隔に配設される。
【0027】
このように構成されたクラッチC1を含む自動変速機30が運転されると、インプットシャフト31からの回転トルクがクラッチC1のクラッチドラム40へと伝達され、当該クラッチドラム40とスプライン嵌合するクラッチピストン44がインプットシャフト31およびクラッチドラム40と一体に回転する。この際、クラッチピストン44と一端が係合する複数のリターンスプリング47も、当該クラッチピストン44と一体に回転しようとする(例えば、図6中の点線矢印方向)。これにより、当該複数のリターンスプリング47を支持するスプリングシート46も図中点線矢印方向へと回転し、スプリングシート46に形成された凹部460とキャンセルプレート45に形成された凸部450との間隙が詰まって凹部460と凸部450とが係合する。これにより、スプリングシート46およびリターンスプリング47を介してキャンセルプレート45も矢印方向へと回転することになるため、インプットシャフト31,クラッチドラム40,クラッチピストン44およびキャンセルプレート45をすべて一体に回転させることができる。従って、キャンセルプレート45とインプットシャフト31との間の磨耗やキャンセルプレート45とクラッチピストン44との間の(シール部材50の)磨耗を抑制することが可能となる。
【0028】
また、上述のようにリターンスプリング47によりクラッチピストン44からキャンセルプレート45へと回転トルクが伝達されると、リターンスプリング47には回転方向のモーメントが作用することになるが、上述したように、クラッチピストン44の外周部44aに形成されたスプリング係合部440同士の間から当該リターンスプリング47同士の間に壁部441が延出されているため、リターンスプリング47が回転方向に倒れてしまうのを抑制することができる。なお、壁部441は、キャンセルプレート45に形成された凸部450と干渉しないように形成されるべきことはいうまでもない。更に、リターンスプリング47に大きなモーメントが作用しないように、リターンスプリング47の取付長や線径、スプリング径、巻き数等の諸元を調整してもよい。
【0029】
続いて、図7から図9を参照しながらクラッチC1のキャンセルプレート45およびリターンスプリング47を組付ける際の手順について説明する。まず、図7に示すように、複数のリターンスプリング47をスプリングシート46に固定した状態で、各リターンスプリング47の先端(一端)をクラッチピストン44の対応するスプリング係合部440と係合させ、クラッチピストン44に係止させる。次に、図8に示すように、リターンスプリング47の自然長Lを保持した状態でキャンセルプレート45の内周部45cをスプリングシート46に当接させる。ここで、リターンスプリング47の自然長Lは、当該リターンスプリング47がクラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に配置されて自然長Lを保持しているときには、図8に示すように、シール部材50がクラッチピストン44と摺接しないように、すなわちキャンセル油室がシール部材50により密封されないように設定されている。これにより、クラッチピストン44とキャンセルプレート45とを容易に相対回転させることができるため、キャンセルプレート45を図中矢印に示すように軸周りに回転させることにより、キャンセルプレート45の凸部450とスプリングシート46の凹部460とが係合するようにキャンセルプレート45をスプリングシート46に対して容易に位置決めすることができる。そして、図9に示すように、キャンセルプレート45をクラッチピストン44側へと押し込んで、内周部45cをスナップリング51によりインプットシャフト31に係止することにより、キャンセルプレート45およびリターンスプリング47の組付けが完了する。
【0030】
以上説明した実施例のクラッチC1では、リターンスプリング47の一端がクラッチピストン44に係止されると共にリターンスプリング47の他端がスプリングシート46に固定される。そして、スプリングシート46は、キャンセルプレート45により軸方向に支持される。更に、キャンセルプレート45には径方向に突出する凸部450が形成され、スプリングシート46には上記凸部450と係合可能な凹部460が形成される。これにより、当該凸部450と凹部460とを係合させることで、キャンセルプレート45とスプリングシート46とを容易に一体回転可能に構成することができる。従って、クラッチピストン44とキャンセルプレート45とがリターンスプリング47およびスプリングシート46を介して一体に回転することになるため、クラッチドラム40、クラッチピストン44およびキャンセルプレート45のすべてを一体に回転させることができるので、各構成部材の磨耗を抑制することが可能となる。また、上述のようにキャンセルプレート45とスプリングシート46とを凹凸係合部を介して一体化すれば、例えばクラッチピストン44とキャンセルプレート45とをスプラインを介して係合させたり、キャンセルプレート45とインプットシャフト31とをスプラインを介して係合させたりする場合に比べて装置の大型化(特に軸長の増加)を良好に抑制することができる。ただし、キャンセルプレート45とスプリングシート46とは、例えば溶接により固定されてもよく、リベット等の締結具を用いて固定されることにより一体回転可能に構成されてもよい。
【0031】
また、本実施例では、リターンスプリング47の一端をクラッチピストン44に係止すると共にリターンスプリング47の他端をスプリングシート46に固定して、キャンセルプレート45の凸部450とスプリングシート46の凹部460とを係合するものとしたが、図10および図11に示す変形例に係るクラッチC1´を備えた自動変速機30Bのように、リターンスプリング47の一端をキャンセルプレート45Bに形成されたスプリング係合部451に係止すると共に、リターンスプリング47の他端をスプリングシート46Bに固定して、クラッチピストン44Bに形成された凹部442とスプリングシート46に形成された凸部461とを係合させてもよい。
【0032】
更に、クラッチドラム40は、インプットシャフト31(動力入力部材)と一体回転可能であり、クラッチピストン44およびキャンセルプレート45は、インプットシャフト31により支持される。これにより、インプットシャフト31、クラッチドラム40、クラッチピストン44およびキャンセルプレート45をすべて一体回転可能とすることができるため、キャンセルプレート45と当該キャンセルプレート45を支持するインプットシャフト31との間の磨耗を抑制することが可能となる。ただし、キャンセルプレート45は、クラッチドラム40と一体に回転する部材であれば、インプットシャフト31以外の部材により支持されてもよい。これにより、クラッチドラム40、クラッチピストン44およびキャンセルプレート45のすべてを一体回転可能にすると共に、キャンセルプレート45と当該キャンセルプレート45を支持する部材との間の磨耗を抑制することができる。
【0033】
また、スプリングシート46は、円環状に形成され、スプリングシート46には複数のリターンスプリング47が等間隔に固定され、クラッチピストン44は、互いに隣り合うリターンスプリング同士の間に延在するように形成された壁部441を有する。このように、互いに隣り合うリターンスプリング47の間に延在するように、当該リターンスプリング47が係止されるクラッチピストン44に壁部441を形成することで、クラッチピストン44とキャンセルプレート45との間で回転トルクを伝達するリターンスプリング47が回転方向に倒れないようにすることができる。
【0034】
更に、実施例のクラッチC1は、クラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に配置されてキャンセル油室を密封するシール部材50を更に備え、リターンスプリング47がクラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に配置されて自然長Lを保持しているときには、シール部材50によりキャンセル油室が密封されないものとする。これにより、リターンスプリング47が自然長Lを保持した状態でクラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に配置された際には、キャンセル油室がシール部材50により密封されないため、クラッチピストン44とキャンセルプレート45とが容易に相対回転させことができる。従って、クラッチC1を組立てる際には、自然長Lを保持した状態でリターンスプリング47をスプリングシート46と共にクラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に配置し、クラッチピストン44とキャンセルプレート45とを相対回転させることにより、上記凸部450と凹部460とを係合可能な位置にキャンセルプレート45を容易に位置決めすることができる。
【0035】
実施例の主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係について説明する。実施例では、クラッチドラム40と、クラッチドラム40と一体に回転可能であると共に油圧によりクラッチドラム40の軸方向に移動可能なクラッチピストン44と、クラッチピストン44と共に遠心油圧をキャンセルするためのキャンセル油室を画成するキャンセルプレート45と、クラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に介設されたリターンスプリング47とを備えるクラッチC1が「油圧クラッチ」に相当し、リターンスプリング47の他端が固定されるスプリングシート46が「スプリングシート」に相当し、クラッチピストン44とキャンセルプレート45との間に配置されてキャンセル油室を密封するシール部材50が「シール部材」に相当し、インプットシャフト31が「クラッチC1の動力入力部材」に相当する。
【0036】
なお、実施例の主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係は、実施例が課題を解決するための手段の欄に記載した発明を実施するための形態を具体的に説明するための一例であることから、課題を解決するための手段の欄に記載した発明の要素を限定するものではない。即ち、課題を解決するための手段の欄に記載した発明についての解釈はその欄の記載に基づいて行なわれるべきものであり、実施例は課題を解決するための手段の欄に記載した発明の具体的な一例に過ぎないものである。
【0037】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、油圧クラッチの製造産業に利用可能である。
【符号の説明】
【0039】
10 自動車、12 エンジン、14 エンジンECU、15 ブレーキECU、16 クランクシャフト、18 フロントカバー、20 動力伝達装置、21 変速ECU、22 トランスミッションケース、23 流体伝動装置、24 ポンプインペラ、25 タービンランナ、26 ステータ、27 ワンウェイクラッチ、28 ロックアップクラッチ、29 オイルポンプ、30,30B 自動変速機、31 インプットシャフト、32 ラビニヨ式遊星歯車機構、33a,33b サンギヤ、34 リングギヤ、35a ショートピニオンギヤ、35b ロングピニオンギヤ、36 キャリア、37 アウトプットシャフト、38 ギヤ機構、39 差動機構、40 クラッチドラム、41 クラッチハブ、42,43 クラッチプレート、44,44B クラッチピストン、44a 外周部、44b 円筒部、44c 内周部、440 スプリング係合部、441 壁部、442 凹部、45,45B キャンセルプレート、45a 外周部、45b 円筒部、45c 内周部、450 凸部、451 スプリング係合部、46,46B スプリングシート、46a 円環状部、46b 延出部、460 凹部、461 凸部、47 リターンスプリング、50 シール部材、51 スナップリング、70 油圧制御装置、91 アクセルペダル、92 アクセルペダルポジションセンサ、93 ブレーキペダル、94 マスタシリンダ圧センサ、95 シフトレバー、96 シフトレンジセンサ、99 車速センサ、B1 ブレーキ、B3 ブレーキ、C1,C2 クラッチ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラッチドラムと、該クラッチドラムと一体に回転可能であると共に油圧により前記クラッチドラムの軸方向に移動可能なクラッチピストンと、該クラッチピストンと共に遠心油圧をキャンセルするためのキャンセル油室を画成するキャンセルプレートと、前記クラッチピストンと前記キャンセルプレートとの間に介設されたリターンスプリングとを備える油圧クラッチにおいて、
前記リターンスプリングの前記軸方向における一端は前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの一方と係合すると共に該リターンスプリングの前記軸方向における他端はスプリングシートに固定され、前記スプリングシートは、前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの他方により支持され、前記スプリングシートと前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの他方とは一体回転可能に構成されることを特徴とする油圧クラッチ。
【請求項2】
請求項1に記載の油圧クラッチにおいて、
前記キャンセルプレートは、前記クラッチドラムと一体に回転する部材により支持されることを特徴とする油圧クラッチ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の油圧クラッチにおいて、
前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの他方と前記スプリングシートとの一方には径方向に突出する凸部が形成されており、該クラッチピストンおよび該キャンセルプレートの他方と該スプリングシートとの他方には前記凸部と係合可能な凹部が形成されていることを特徴とする油圧クラッチ。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項に記載の油圧クラッチにおいて、
前記スプリングシートは、円環状に形成されており、該スプリングシートには複数の前記リターンスプリングが等間隔に固定されており、
前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートの一方は、互いに隣り合う前記リターンスプリング同士の間に延在するように形成された壁部を有することを特徴とする油圧クラッチ。
【請求項5】
請求項1から4の何れか一項に記載の油圧クラッチにおいて、
前記クラッチピストンと前記キャンセルプレートとの間に配置されて前記キャンセル油室を密封するシール部材を更に備え、
前記リターンスプリングが前記クラッチピストンと前記キャンセルプレートとの間に配置されて自然長を保持しているときには、前記シール部材により前記キャンセル油室が密封されないことを特徴とする油圧クラッチ。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項に記載の油圧クラッチにおいて、
前記クラッチドラムは、油圧クラッチの動力入力部材と一体回転可能であり、前記クラッチピストンおよび前記キャンセルプレートは、前記動力入力部材により支持されることを特徴とする油圧クラッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−211666(P2012−211666A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−78403(P2011−78403)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】