説明

治療用細胞組成物

本発明は、(i)トロロックス、Na、K、Ca2+、Mg2+、Cl、HPO、HEPES、ラクトビオネート、ショ糖、マンニトール、グルコース、デキストラン−40、アデノシン、およびグルタチオン;ならびに(ii)幹細胞または前駆細胞を含み、双極性非プロトン性溶媒(特にDMSO)を含まない治療組成物を提供する。本発明はまた、凍結保存および引き続く患者への直接投与のために前記組成物を製剤化する方法、ならびに前記組成物を含む薬剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞治療組成物および前記組成物を製剤化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞治療の開発は、現在未だ満たされていない需要がある数多くの治療の示唆に対する研究の対象である。細胞懸濁物として投与されるこのような療法は、理想的には、前記細胞と混合可能なビヒクルの使用、受容者に対して毒性を有さないこと、ならびに投与前および投与中に十分な時間の療法の保存に適していることを必要とする。
【0003】
周囲条件または低温条件(2℃〜8℃)にて細胞療法を保存することは、同種療法の初期相の臨床試験で必要である。このことは、患者自身の細胞を出発材料として利用する自己細胞療法でも用いられる可能性がより高い。
【0004】
凍結保存は、投与前の細胞療法の長期保存に必要である可能性が高い。治療細胞産物は主に製造され、数か月以上流通される可能性が高いため、後期相のマルチセンター(multi-centre)試験は、低温保存を用いて達成され得るよりも実質的により長い保存時間を必要とするだろう。最終的には、細胞治療製剤の承認後の製造は、多数年間の保存が必須となるであろう。
【0005】
抗凍結剤であるジメチルスルホキシド(DMSO)の使用は、液体窒素冷凍庫(〜−195℃)での細胞の保存に多大な実用性を有する。DMSOは、ジメチルホルムアミド, N−メチル−2−ピロリドンおよびヘキサメチルホスフォルアミドをさらに含む、双極性非プロトン性溶媒類の一員であり、細胞療法の製造および取引において最も汎用されている抗凍結剤である。しかしながら、この溶媒は、細胞産物および後に治療される患者に対して毒性を有する(Hubel, 2001;Sauer-Heilborn et al., 2004)。例えば、骨髄移植では、DMSOで凍結保存された細胞を移植した患者の殆どが副作用に苦しみ、そして少数が重篤な合併症を経験する。点滴中の直接的な効果および遅発型の副作用は、容量依存的な様式で観察される。細胞製剤が全身に投与されると、記載された効果が生じ、そしていずれの製剤成分も希釈されて広く分散される。一方、組織への直接的な注射を介する投与(例えば、頭蓋内投与、筋肉内投与または心臓内投与)は、局所的な毒性作用を増加させるだろう。凍結保存された細胞からDMSO成分を除去する方法は、DMSOに関連する合併症および副作用を減少させる(Syme et al., 2004)。しかしながら、回収される細胞産物はたった60%であり、これらの工程は非効率的である(Calmels et al., 2003)。
【0006】
グリセリンおよびトレハロースの使用が、凍結保存された精子の保存に効果があることが示されているが(Storey et al., 1998)、しかしながら、この方法は、違う細胞型には効果がないことが判明している。
【0007】
投与のための従来の細胞製剤は、細胞培地および改良された生理食塩水に依存する。これらの製剤は投与に適しているけれども、細胞製剤の生存能力を数時間より長く保持しない。このことは、従来の細胞製剤を臨床研究から排除し、臨床投与のための製剤を放出するのにかかる時間、続く輸送および移植の潜在的に長いプロセス(全部で最大9時間)が細胞を生存不能にさせるかもしれない。これにより、初期の臨床試験の緊急の障害を克服するために、これらの製剤の品質保持期限が9時間を超えるように延ばす必要がある。加えて、細胞治療製剤を商業的に生存可能にするために、ずっと長い期間にわたる保存の戦略が求められている。
【0008】
賦形剤であるHypoThermosol(登録商標)-FRS(HTS−FRS)(BioLife Solutions,Inc)は、虚血性傷害を最小化するために、超低温での心停止の間使用される潅流液として当初開発された低温保存溶液である。HTS−FRSは、長期間低温(2℃−10℃)保存された細胞における保存後のネクローシスおよびアポトーシスのレベルを調節するために設計された市販の製剤である。
【0009】
米国特許6921633号明細書は、アポトーシスを阻害し、かつ、前記溶液をガラス質(vitrify)にさせるのに十分な濃度のガラス固化(vitrification)組成物を含む低温保存溶液に、細胞、組織または臓器を接触させることにより、前記細胞、前記組織または前記臓器を保存する方法を開示する。
【0010】
米国特許6632666号明細書は、ナノ熱性(nanothermic)保存、低温保存または凍結保存、ならびに、HTS−FRSおよびゲル化剤を含む細胞試料の輸送に用いられるゲル性組成物を開示する。
【0011】
国際公開2005/009766号は、凍結温度で保存可能である、肝臓細胞、HTSおよびDMSOを含む薬剤組成物を開示する。
【0012】
投与前に、毒性を有する抗凍結剤を除去するために、低温度または凍結温度にてこれらの組成物の保存を行い、続いて細胞治療産物を処理することが求められる。これにより、厄介でかつ費用がかかる付加的な放出試験が必要となることがある。
【0013】
したがって、DMSOの代替物を提供し、凍結温度での保存が可能であり、かつ、細胞療法の直接投与のためのビヒクルとして使用可能な組成物および製剤が求められている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0014】
第1の態様によれば、本発明は治療用組成物を提供し、前記組成物は:
(i)トロロックス、Na、K、Ca2+、Mg2+、Cl、HPO、HEPES、ラクトビオネート、ショ糖、マンニトール、グルコース、デキストラン−40、アデノシン、およびグルタチオン;ならびに
(ii)幹細胞または前駆細胞
を含み、かつ、前記組成物は、双極性非プロトン性溶媒(特にDMSO)を含まない。
【0015】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様にかかる組成物中で、幹細胞または前駆細胞を懸濁することを含む、患者への投与のために幹細胞または前駆細胞を製剤化(formulate)する方法である。この方法はさらに、以下の初期工程を含んでいてもよい:
(a)本発明の第1の態様の組成物中で前記細胞を懸濁する工程;
(b)前記工程(a)の前記細胞懸濁物を凍結温度(cryothermic
temperature)で保存する工程;および
(c)前記工程(b)の前記細胞懸濁物を解凍する工程。
【0016】
前記細胞懸濁物はまた、前記工程(b)または前記工程(c)の後で低温度(hypothermic temperature)で保存されていてもよい。すなわち、前記懸濁物を凍結温度から低温度に移管させてもよい。
【0017】
本発明の第3の態様は、本発明の第1の態様にかかる組成物を単位用量の形態で含む薬剤である。
【0018】
添付の図面を参照して本発明を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、生理食塩水中で製剤化された幹細胞の代謝活性と同程度である、HypoThermosol(登録商標)-FRS中で製剤化された神経肝細胞の代謝活性を示すグラフである。
【図2】図2は、2℃〜8℃にて5時間品質保持試験を行った後、周囲温度にて最大4時間解凍した、神経幹細胞の生存能力の例を示すグラフである。
【図3】図3は、2℃〜8℃にてHTS−FRS中で24時間保存した後、周囲温度にて4時間保存した、一晩保存した神経幹細胞の例を示すグラフである。
【図4】図4は、2℃〜8℃で9日間の品質保持試験の間の神経幹細胞の生存能力の例を示すグラフである。
【図5】図5は、周囲温度にて2日間の品質保持試験の間の神経幹細胞の生存能力の例を示すグラフである。
【図6】図6は、2℃〜8℃で24時間の品質保持試験の間の網膜前駆細胞の生存能力を示すグラフであり、解凍された凍結保存細胞は、中間培養工程を経ずにHTS−FRS中で製剤化されたものである。
【図7】図7は、10%DMSOまたはHTS−FRSのいずれかを含む培地で−80℃にて4日間、神経幹細胞の凍結保存した例を示すグラフである。
【図8】図8は、解凍直後および周囲温度で4時間解凍した後の神経幹細胞の生存能力の例を示すグラフであり、前記細胞は、10%DMSOまたはHTS−FRSのいずれかを含む培地にて液体窒素ガス中で1か月凍結保存されたものである。
【図9】図9は、解凍直後ならびに周囲温度で4時間および24時間解凍した後における網膜幹細胞の生存能力の例を示すグラフであり、前記細胞は、10%DMSOまたはHTS−FRSのいずれかを含む培地にて液体窒素ガス中で1か月凍結保存されたものである。
【図10】図10は、解凍直後および周囲温度で4時間解凍した後における間葉幹細胞の生存能力の例を示すグラフであり、前記細胞は、10%DMSOまたはHTS−FRSのいずれかを含む培地にて液体窒素ガス中で1か月凍結保存されたものである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、細胞組成物、ならびに凍結温度での保存に適する細胞組成物を製剤化する方法に関し、保存された細胞組成物は、解凍後、患者に直接投与することができる。
【0021】
本明細書において、「患者」という用語は、非霊長類(例えば、ウシ、ブタ、ウマ、イヌ、ネコ、ラットおよびマウス)および霊長類(例えば、サルおよびヒト)を含む哺乳類を意味し、好ましくはヒトである。
【0022】
本発明は、低温度保存溶液中で懸濁させた幹細胞および前駆細胞を含む、治療用途に適する組成物を提供し、該組成物は、トロロックス、Na、K、Ca2+、Mg2+、Cl、HPO、HEPES、ラクトビオネート、ショ糖、マンニトール、グルコース、デキストラン−40、アデノシン、およびグルタチオンを含み、かつ、DMSO(ジメチルスルホキシド、(CHSO)または他のいずれの双極性非プロトン性溶媒を含まない。低温度の保存溶液は、HypoThermosol(登録商標)またはHypoThermosol(登録商標)-FRS(HTS−FRS)という商品名で市販されており、バイオライフ ソリューションズ インク(BioLife Solutions,Inc)によって製造されている。本発明の組成物は、凍結温度での保存およびそれに続く解凍に適しており、さらなる処理または試験を必要とすることなく、組成物の細胞を必要とする患者に直接投与することができる。
【0023】
本発明の組成物から排除される双極性非プロトン性溶媒類は、DMSO、ジメチルホルムアミド、N−メチル−2−ピロリドンおよびヘキサメチルホスフォルアミドを含む。この種類に属するものは、極性化合物および非極性化合物を溶解する、高い極性を有する有機溶媒である。これらの溶媒は水と同様に、幅広い範囲の有機溶媒と混和性を有し、かつ、相対的に高い沸点を有する。これらの溶媒は、細胞産物に対して毒性を有し、かつ、さらには治療される患者に対しても毒性を有するため、これらの溶媒は本発明の組成物から排除される。
【0024】
本発明はまた、保存溶液であるHTS−FRS中で幹細胞または前駆細胞を懸濁することにより、臨床投与のための幹細胞または前駆細胞を製剤化する方法を提供する。本発明の方法は、DMSOまたは他の双極性非プロトン性溶媒の非存在下で、HTS−FRSに懸濁させた細胞を凍結温度で保存させることができ、かつ、続いて患者への前記細胞の直接投与が可能であるという驚くべき知見に基づく。本発明にしたがって臨床投与のために製剤化された細胞は、細胞培養系から回収させることができる。あるいは、凍結保存された細胞を保存状態から回収してもよい。したがって、本発明の一実施形態において、患者に直接投与するためにHTS−FRS中で細胞を懸濁する前に、以下の初期工程が実行される:
(a)HTS−FRS中で前記細胞を懸濁する工程;
(b)前記工程(a)の懸濁させた前記細胞を凍結温度で保存する工程;および
(c)前記工程(b)の懸濁させた前記細胞を解凍する工程。
【0025】
凍結保存(工程(b))または解凍(工程(c))に続いて、前記細胞懸濁物はまた、低温度にて保存してもよい。
【0026】
本明細書において、「低温度」という用語は、2℃〜8℃の範囲内の温度を意味する。
【0027】
本明細書において、「凍結温度」という用語は、−20℃より低い温度を意味し、好ましくは−70℃〜−200℃の範囲内の温度であり、最も好ましくは−80℃〜−196℃の範囲内の温度である。「凍結保存」という用語は、これらの範囲内の温度で細胞を保存することを意味する。
【0028】
本明細書において、「周囲温度」という用語は、15℃〜25℃の範囲内の温度を意味する。
【0029】
本発明はまた、HTS−FRS中に懸濁させた幹細胞または前駆細胞を単位用量の形態で含む薬剤を提供する。この薬剤は、いずれかの適切な伝達手段を介して(好ましくは、組織への移植または全身への伝達を介して)、それを必要とする患者への直接投与に適している。
【0030】
本発明に利用される細胞は幹細胞または前駆細胞である。好ましくは、前記細胞はヒト体性幹細胞またはヒト前駆細胞であり、最も好ましくは、ヒト造血幹細胞、ヒト間葉幹細胞、ヒト神経幹細胞(神経上皮細胞)およびヒト網膜前駆細胞から選択される。
【0031】
細胞は、20,000〜80,000細胞/μl、好ましくは40,000〜60,000細胞/μlの範囲の濃度で本発明の組成物中に存在する。
【0032】
本発明にかかる細胞組成物、製剤および薬剤は、腹腔内投与、静脈内投与、動脈内投与および筋肉内投与を含む、直接的な組織移植または全身投与を介した臨床投与に適している。細胞製剤は、いずれか適切な方法を介して投与されてもよいが、しかしながら、細胞伝達カニューレを介した投与が好ましい。
【0033】
本発明の組成物の幹細胞または前駆細胞は、生体適合性足場またはマイクロキャリアに含有されていてもよい。細胞と足場またはマイクロキャリアとの結合(association)は、針注射を用いるより良い細胞の生存、ならびに、続く移植、より良い宿主組織への融合を促進するかもしれない。足場またはマイクロキャリアは好ましくは生分解性高分子物質であり、最も好ましくは、Bible et al(2009)により記載されているポリ(D,L−乳酸−co−グリコール酸)(PLGA)である。あるいは、足場またはマイクロキャリアは、ポリ−L−ラクチド(PLLA)、コラーゲン、フィブロネクチン、グルコサミノグルカン(GAGs)、フィブリン、澱粉、セルロース アラビノガラクタン(ラーチガム)、アルギン酸、寒天、カラギーナン、キチン、ヒアルロン酸、デキストラン、ジェランガム、プルラン、ヒドロキシアパタイト、ポリヒドロキシアルカノエート(PHAs)、ヒドロゲル、または、ペプチドベースのナノ構造化繊維質足場等の自己集合性材料を含む物質を含有する、滑らかで、マクロ多孔性構造または微小孔性構造であってもよい。
【0034】
幹細胞または前駆細胞は、アルギン酸塩(Tsang et al., 2007)等の物質を用いてカプセルに包含されていてもよい。加えて、カプセル化は、キトサン、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリ−L−リジン(PLL)、ポリ−L−オルニチン14、ポリ(メチレン−co−グアジニン)塩酸塩、プルロニクス(登録商標)、グリセリンリン酸、ヒアルロン酸、セルロースリン酸、澱粉、寒天、カラギーナン、絹フィブロイン、ゼラチンおよびジェランガムを含む物質からなるマクロカプセル化(macroencapsulation)を具体化する。これらの細胞カプセル化の組み合わせは、凍結細胞のより良い生存を促進することができ、幹細胞または前駆細胞の一時的または永久的な物理的単離を保証することができ、かつ、次に移植が行われる細胞のあらゆる潜在的な免疫拒絶を避けることができる。
【0035】
本発明の組成物は、(i)慢性発作障害、急性発作、外傷性脳傷害、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症および関連する疾患を含む神経疾患;(ii)末梢虚血、末梢動脈疾患、心筋梗塞、糖尿病誘発性血管疾患および関連する疾患を含む血管系疾患;(iii)網膜色素変性症、加齢性黄斑変性症、糖尿病性網膜症および関連する疾患を含む網膜疾患;(iv)クローン病、関節リウマチ、1型糖尿病および関連する疾患を含む自己免疫疾患;および(v)白血病、リンパ腫、骨髄腫および関連する疾患を含む血液癌の治療を含む療法での使用に適している。
【0036】
細胞産物は細胞伝達装置に適応性を有し、かつ、臨床投与による毒性を有していないため、本発明にしたがって製剤化された細胞は、DMSOまたは他の毒性を有する化合物を保存媒体または調製媒体から除去する処理をさらに行う必要がない。
【0037】
下記の限定されない実施例を参照して本発明を以下に説明する。
【0038】
[方法]
(神経幹細胞、網膜前駆細胞および間葉幹細胞の製剤化)
神経幹細胞はヒト胎児脳由来であり、Polock et al(2006)によって記載されているように、組織培地内に保持された。網膜前駆細胞培地は胎児網膜から得られ、Aftab et al(2009)によって記載されているように、組織培地中に保持された。健常志願者の骨盤骨の後腸骨稜から抜き取られた骨髄から単離されたヒト間葉幹細胞をLonza(カタログ番号:PT−2501)から入手し、製造者所有の培地であるMSCGM(間葉成長培地)を用いて製造者が推薦するように培養した。2代培養で供給された細胞を、トリプシン/EDTAを用いて3代培養し、上述した製剤化の前の初期捲種密度を5000〜6000細胞/cmとした。
【0039】
細胞培地は、70〜90%に融合するまでT−フラスコで膨張(expand)させた。使用済みの培地は吸引され、次いで細胞単層を、マグネシウムイオンまたはカルシウムイオンを含まないHBSS(Invitrogen)を用いて洗浄した。この洗浄物を吸引し、次いで、組み換えウシトリプシン(Lonza TrypZean/EDTA)を用いて37℃にて5分間前記細胞を解離した。解離された細胞懸濁物を、トリプシン阻害剤溶液(DMEM:F12 [Invitrogen]中、0.55mg/mlの大豆トリプシン阻害剤 [Sigma]、1%のHSA[Grifols]、25U/mlのベンゾンヌクレアーゼ [VWR])と混合し、〜500×gで5分間遠心分離した。この上清を吸引し、前記細胞ペレットを、DMEM:F12中の50%HypoThermosol(登録商標)-FRS(BioLife Solutions,Inc)で洗浄し、次いで、〜500×gで5分間遠心分離した。次に、この細胞ペレットを、40,000〜60,000細胞/μlの濃度でHypoThermosol(登録商標)-FRS中に懸濁させた。
【0040】
また、細胞を37℃の水浴に2分間浸して、凍結保存培地(10%DMSO[WAK-Chemie Medical]を添加した培地)から細胞を解凍し、次いで洗浄し、上述のようにHypoThermosol(登録商標)-FRS中で製剤化した。
【0041】
トロロックスを含有する生理食塩水中で製剤化した対照試料を、DMEM:F12中の50%HypoThermosol(登録商標)-FRSの代わりにDMEM:F12中で洗浄し、次いで、マグネシウムイオンまたはカルシウムイオンを含有しない、0.5mMのN−アセチルシステインおよび0.5〜1μMのトロロックス(Sigma)を添加したHBSS中に懸濁させた。
【0042】
生理食塩水中で製剤化した対照試料を、DMEM:F12中の50%HypoThermosol(登録商標)-FRSの代わりにDMEM:F12中で洗浄し、次いで、マグネシウムイオンまたはカルシウムイオンを含有しない、0.5mMのN−アセチルシステイン(Sigma)を添加したHBSS中に懸濁させた。
【0043】
(HypoThermosol(登録商標)-FRSで製剤化された細胞と生理食塩水中で製剤化された細胞との比較)
HypoThermosol(登録商標)-FRS中で製剤化された神経幹細胞の代謝活性は、生理食塩水溶液中で製剤化された神経肝細胞の代謝活性と同程度である。HypoThermosol(登録商標)-FRSまたは生理食塩水中の細胞製剤を1時間保存し、次いで代謝活性アッセイ(Dojindo CCK-8)を培地中で1時間行った。存在する細胞の数を考慮して、細胞定量化アッセイ(Invitrogen CyQUANT)を用いて結果を標準化した。データは、HypoThermosol(登録商標)-FRS中で製剤化された細胞が、生理食塩水中で製剤化された細胞の代謝活性と同程度の代謝活性を有することを示している(図1参照)。
【0044】
表1に示されるように、生理食塩水およびHTS−FRSで製剤化された神経細胞は、表現型マーカーと同程度の免疫反応性を有する培地を生じさせる。HypoThermosol(登録商標)-FRSまたは生理食塩水中の細胞製剤を最大8時間保存した。次に、前記製剤のネスチン免疫反応性を、蛍光抗体およびフローサイトメトリーを用いて測定し、免疫反応性は予め定めされた93%の下限を超えていた(生理食塩水=99.9%;HypoThermosol(登録商標)-FRS=99.8%)。次いで、製剤化された細胞試料を拡大培地中に懸濁させ、ラミニンでコーティングされた組織培養皿に蒔いた。両方の培地ともに、正常な外見を有する、付着性(adherent)の健康な細胞を産生した。これらの細胞は次いで、免疫細胞化学によって分析され、かつ、上述の予め定めされた95%ネスチン免疫反応性の上限を超えるまで測定された。マイトジェンを7日間服用中止にすることで、幹細胞は、予め定めされた制限内にて表現型(phenotype)マーカーに対する免疫反応性を有する神経表現型へと分化した(マーカー特異性: GFAP=星状細胞;GalC=オリゴデンドロサイト;DCXおよびTUBB3=ニューロン)。
【0045】
【表1】

【0046】
(低温保存)
品質保持期限の試験は、生理食塩水中で製剤化されるかまたはHTS−FRSを用いる本発明で記載された方法を用いて、治療用および市販用に製造された神経幹細胞株であるCTX0E03(Pollock et al., 2006)の生存能力を評価している。一般に、前記細胞は投与前に2℃〜8℃で保存されるだろう。しかしながら、前記細胞の保存条件は、投与の間は周囲温度であるだろうし、かつ、品質保持期限アッセイの間、この温度変化が考慮される。2℃〜8℃で5時間保存し次いで周囲温度への温度変化を行ったすべての実験からのデータが図2に示されており、該データは、HTS−FRSによって生じた、生理食塩水製剤を超える、生存可能な品質保持期限の増加を明らかに実証する。同じ培地由来の細胞との処理の比較では、HBSS+NAC処理後のHTS−FRS処理によって生じた、7時間の時点の生存能力における平均増加は22.7%である(HBSS+NACの生存能力=58.9%である;HTS−FRSの生存能力=81.6%である)。今までの各場合において、本発明のHTS−FRS製剤の生存能力は、生存可能な細胞産物に対する調節信頼性によって定められているように、上述の70%を超える許容基準になっている。
【0047】
加えて、CTX0E03細胞の一晩の低温保存が行われている。個々の細胞製剤は2℃〜8℃で24時間生存可能であり、かつ、続く付加的な周囲温度での4時間は臨床投与温度を模している(図3参照)。さらに、HTS−FRS中で製剤化された細胞は2℃〜8℃で最大7日間生存可能であり、生理食塩水で製剤化された細胞は2日以内に生存不可能になる(図4参照)。HTS−FRSの細胞保存特性の一部は、ビタミンE誘導体であるトロロックス(生理食塩水溶液中で周囲温度にて神経幹細胞を2日間保存することができる)に起因する可能性がある(図5参照)。これらのデータは、本発明の方法に続いて行われる、低温条件での細胞療法における短期保存および中期保存の成功を示している。
【0048】
図6は、低温度で24時間の品質保持期限試験の間の網膜前駆細胞の生存能力を示す。解凍した凍結保存細胞を、緊急の培養処理を行わずにHTS−FRS中で製剤化した。
【0049】
(凍結保存)
神経幹細胞、網膜前駆細胞および間葉幹細胞の凍結保存は、本発明の方法を用いて首尾よく達成されている。本発明の方法にしたがって製剤化された細胞は、細胞生存能力が悪化することなく、−80℃での保存が最大4日間可能である(図7ないし図10参照)。HTS−FRS非毒性溶液は、10%DMSOを含む現行の方法を用いて達成されるのと同様に、続いて凍結保存が行われる細胞の生存能力を維持する点で効果的であった(図8ないし図10)。加えて、解凍した本発明の細胞は、続くHTS−FRS中での解凍においても生存能力を維持している(図8ないし図10参照)。さらに、これらの解凍した細胞は、組織培地中に配置したときに、10%DMSOを用いて凍結保存された細胞と同等の生物学的活性を示している。
【0050】
(装置の互換性)
細胞治療製剤の投与に関して許容されうる賦形剤の鍵となる起因のひとつは、クリニックで使用されるであろう外科装置との互換性である。本明細書で記載された方法にしたがって製剤化された細胞療法の粘度および密度の違いならびに生理食塩水溶液は、理論的には、シリンジおよび細胞伝達カニューレを介して細胞を運ぶビヒクルの能力に影響を及ぼすであろう。しかしながら、表2に示されるように、HypoThermosol(登録商標)-FRS中で製剤化された細胞は、生理食塩水中で製剤化された細胞と同じ成功率で、細胞伝達カニューレを通過する。細胞製剤(50,000細胞/μl)が250μlのガラス製シリンジに引き込まれ、200μl が1μl/分または5μl/分の速度で19cm細胞伝達カニューレを介して放出された。細胞の生存能力をトリパンブルー排除(exclusion)によって評価し、かつ、細胞の濃度を血球計を用いて測定した。加えて、前記細胞のネスチン免疫反応性を、蛍光抗体およびフローサイトメトリーを用いて測定した。生存能力は、各製剤において許容範囲にあった。細胞濃度は一定である。ネスチン免疫反応性は、上述の予め定められた93%の下限を超えたままであった。これらの結果はさらに、賦形剤としてのHTS−FRSの使用を実証している。
【0051】
【表2】

【0052】
(細胞の生存能力および濃度アッセイ)
細胞試料を0.4%トリパンブルー(Sigma)と1:1で混合し、血球計の上に配置した。生存能力がある細胞は細胞質から染料を排除し、無色である。細胞膜の完全性を失っている生存能力がない細胞は、青に染色される。試料の生存能力および濃度は、10倍の対象位相差顕微鏡分析を用いて、血球計のマス目内で細胞を計測することにより決定される。
【0053】
本発明のヒト幹細胞および前駆細胞の製剤は、2℃〜8℃での保存において、産物の生存可能な品質保持期限を、従来の標準である約3時間から少なくとも24時間に延長する。加えて、細胞は、−70℃未満の温度にて4日間より長い期間、ならびに液体窒素保存条件(〜−195℃)にて少なくとも6ヶ月、この同じ保存培地における凍結保存に耐えことができる。品質保持期限におけるこれらの改善は、保存された産物の特徴に影響を及ぼすことなく、影響されない有効性をもたらす。
【0054】
(毒性)
本発明における方法によって製剤化された細胞療法の毒性は変化しないだろう。マウスへと移植された場合、HypoThermosol(登録商標)-FRSビヒクルまたは神経幹細胞とともに想定される明らかな毒性は認められなかった。これらの試験は頭蓋内投与および筋肉内投与を含む。加えて、毒性試験はラットについても完了しており、HypoThermosol(登録商標)-FRS溶液または生理食塩水溶液の頭蓋内投与に対する被験者の応答の違いや、いずれかの溶液に対する明らかな反応は示されなかった。
【0055】
本明細書で記載されたすべての刊行物の内容は、本参照によって本明細書に組み込まれる。
【0056】
[参考文献]
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)トロロックス、Na、K、Ca2+、Mg2+、Cl、HPO、HEPES、ラクトビオネート、ショ糖、マンニトール、グルコース、デキストラン−40、アデノシン、およびグルタチオン;ならびに
(ii)幹細胞または前駆細胞
を含み、かつ、双極性非プロトン性溶媒(特にDMSO)を含まない、治療用組成物。
【請求項2】
前記細胞は、ヒト幹細胞またはヒト前駆細胞である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記細胞は、造血幹細胞である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記細胞は、間葉幹細胞である、請求項2に記載の組成物。
【請求項5】
前記細胞は、神経幹細胞である、請求項2に記載の組成物。
【請求項6】
前記細胞は、網膜前駆細胞である、請求項2に記載の組成物。
【請求項7】
前記細胞は、高分子足場またはマイクロキャリアに含まれる、請求項1ないし6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記高分子足場または前記マイクロキャリアはPLGAである、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
請求項1の(i)に記載の組成物中で幹細胞または前駆細胞を懸濁することを含む、患者への投与のために幹細胞または前駆細胞を製剤化する方法。
【請求項10】
前記細胞は、細胞培養系から回収される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
下記の初期工程を含む、請求項9に記載の方法:
(a)請求項1の(i)に記載の組成物中で前記細胞を懸濁する工程;
(b)前記工程(a)の前記細胞懸濁物を凍結温度で保存する工程;および
(c)前記工程(b)の前記細胞懸濁物を解凍する工程。
【請求項12】
前記工程(b)は、−70℃〜−200℃(好ましくは−80℃〜−196℃)で行われる、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記細胞懸濁物は、前記工程(b)または前記工程(c)の後で低温度で保存される、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
前記低温度での保存は2℃〜8℃で行われる、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記細胞はヒト幹細胞またはヒト前駆細胞である、請求項9ないし14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記細胞は、造血幹細胞である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記細胞は、間葉幹細胞である、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記細胞は、神経幹細胞である、請求項15に記載の方法。
【請求項19】
前記細胞は、網膜前駆細胞である、請求項15に記載の方法。
【請求項20】
前記細胞は、高分子足場またはマイクロキャリアに含まれる、請求項9ないし19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記高分子足場または前記マイクロキャリアはPLGAである、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記細胞はカプセルに包含されている、請求項9ないし19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
前記細胞は、アルギン酸塩、キトサン、PEG、PLL、ポリ−L−オルニチン14、ポリ(メチレン−co−グアジニン)塩酸塩、プルロニクス(登録商標)、グリセリンリン酸、ヒアルロン酸、セルロースリン酸、澱粉、寒天、カラギーナン、絹フィブロイン、ゼラチンおよびジェランガムから選ばれる物質に包含されている、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
前記製剤化する工程は、細胞伝達カニューレを介して投与される、請求項9ないし23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
請求項1ないし8のいずれか1項に記載の組成物を単位用量の形態で含む、薬剤。
【請求項26】
前記薬剤は、組織への移植または全身伝達を介して、該薬剤を必要とする患者に直接投与される、請求項25に記載の薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2012−510986(P2012−510986A)
【公表日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−539102(P2011−539102)
【出願日】平成21年12月7日(2009.12.7)
【国際出願番号】PCT/GB2009/051659
【国際公開番号】WO2010/064054
【国際公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【出願人】(504164608)リニューロン・リミテッド (6)
【氏名又は名称原語表記】ReNeuron Limited
【Fターム(参考)】