説明

波動歯車装置

【課題】減速時、増速時、停止時におけるラチェッティングおよび各部の塑性変形を防止できる簡単な構成のラチェット防止機構を備えた波動歯車装置を提案すること。
【解決手段】波動歯車装置1では、回転入力軸5と波動発生器4の間に摩擦円板7Aを挟み、摩擦円板7Aの摩擦係合力によって回転入力軸5から波動発生器4に入力トルクを伝達するようにしている。波動発生器側トルクは出力側トルクに比べて十分に小さく、波動歯車装置1の運転モード(減速時、増速時、停止時)によって大幅に変化することがない。また、波動発生器4と回転入力軸5の間の滑りが、波動歯車装置1の減速時における剛性内歯歯車2と可撓性外歯歯車3の間のラチェッティングトルク値の60〜75%で発生するようにしている。よって、両歯車がラチェッティング状態に陥る前に歯部などに生ずる塑性変形も未然に防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過大負荷トルクによってラチェッティング(歯飛び)が発生することを防止するためのラチェッティング防止機能を備えた波動歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ロボットアーム等に組み込まれているアクチュエータとしては、その駆動源であるモータの回転力を減速するための減速機構として波動歯車装置を備えたものが知られている。波動歯車装置は、剛性内歯歯車と、この内側に配置された可撓性外歯歯車と、この内側に嵌めた波動発生器から基本的に構成されている。典型的な波動発生器は楕円形輪郭をしており、可撓性外歯歯車を楕円形に撓めて剛性内歯歯車に部分的に噛み合わせた状態を形成している。また、波動発生器にはモータ等の高速回転入力軸が連結されており、波動発生器が高速回転すると、両歯車の噛み合い位置が円周方向に移動して、両歯車の歯数差に応じた相対回転運動が両歯車の間に発生する。一般的には剛性内歯歯車が固定され、可撓性外歯歯車から減速回転出力が得られる。
【0003】
波動歯車装置では、その減速時、増速時あるいは停止時において過大負荷トルクが作用すると、両歯車の間にラチェッティング(歯飛び)が発生する。一旦、ラチェッティングが発生すると、両歯車のラチェッティングトルクが大幅に低下し、各部に塑性変形が生じ、振動が増加し、あるいは異常摩耗が発生するなどの弊害が引き起こされる。このような弊害のために、ラチェッティングが発生した後に位相調整を行っても波動歯車装置を再使用することが困難である。
【0004】
特許文献1には、過負荷が加わった場合の安全機能を備えた波動歯車装置が提案されている。ここに開示の波動歯車装置では、内歯歯車をハウジングに対して弾性部材を介して緊縛力を与えて嵌合し、過負荷が加わった時にその部分に滑りを生じさせて歯車に過負荷が加わらないようにしている。
【特許文献1】特開2005−54981号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、波動歯車装置のラチェッティングトルクの大きさは、停止時>増速時>減速時の関係があり、また、波動発生器の回転速度が大きいほど低い。ロボットアームなどに組み込まれた波動歯車装置の運転状態においては、主に次の3パターンによるラチェッティングの発生が考えられる。
(1)十分なパワーを持つモータで波動歯車装置の過負荷運転を行った場合(減速時)
(2)ロボットアームなどの負荷側部材を運転中に固定物などに衝突させてしまい、波動歯車装置に出力側から大きなトルクが加わる場合(増速時)
(3)波動発生器が機械的に固定されている状態において、波動歯車装置が組み込まれているロボットなどの機器が転倒して、出力側から波動歯車装置に大きなトルクが加わった場合(停止時)
【0006】
先に述べたように、一旦ラチェッティングが発生すると、波動歯車装置の歯車の歯先の摩耗、波動発生器のウエーブベアリングの外輪、軌道面の塑性変形などにより、単なる位相のずれ以外に、更なるラチェッティングトルクの低下、振動の増加、摩耗粉による耐久寿命の低下が引き起こされる。このため、位相を再度調整して使用することができなくなる。
【0007】
ここで、波動歯車装置においては、減速時、増速時の波動発生器側の入力側トルクと、出力側トルクの関係は、波動歯車装置のタイプに拘らず、図1のグラフに示す特性線A(減速時)および特性線B(増速時)のようになることが確認された。すなわち、
(a)波動発生器側トルクは、出力側トルクに比べて十分に低い値になる(ほぼ、1/速比になる)。
(b)波動発生器側トルク(W/G側トルク)は、出力側トルクに比例するが、常に、
減速時のトルク>増速時のトルク
の関係になる。
(c)減速時の波動発生器側トルクの急増時の出力側トルクは、ラチェッティングトルク値RTa(減速時RT)の60〜75%であり、増速時のラチェッティングトルク値RTb(増速時RT)のときの波動発生器側トルクよりも小さい。
(d)グラフの特性線Aおよび特性線Bにおける点線部分は、波動歯車装置の各部、特に歯部の塑性変形発生領域である。
【0008】
このような波動歯車装置の波動発生器側トルクと出力側トルクとの関係から、ラチェッティングを防止するためには、波動発生器の側にラチェット防止機構を設けることが最適であることが分かる。
【0009】
また、減速時のラチェッティングトルク値RTaの約60〜75%に相当する出力側トルクに対応する波動発生器側トルクで滑る摩擦部材を波動発生器側に設けることで、ラチェッティングおよび高負荷での波動歯車装置各部の塑性変形を防止できることが分かる。
【0010】
特許文献1に示すように出力側である剛性内歯歯車に過負荷を防止するための安全機構を設ける場合には、安全機構は大きなトルク伝達性能を備えている必要がある。また、減速時と増速時での許容伝達トルクに大きな差があるので、減速時を基準に許容伝達トルクを決めると、増速時における伝達トルクの最大値が小さくなり過ぎてしまう。
【0011】
本発明の課題は、これらの知見に基づき、減速時、増速時および停止時におけるラチェッティングおよび各部の塑性変形を防止することのできる簡単な構成のラチェット防止機構を備えた波動歯車装置を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の波動歯車装置は、
剛性内歯歯車と、
この剛性内歯歯車の内側に同軸状に配置された可撓性外歯歯車と、
この可撓性外歯歯車の内側に嵌め込まれた波動発生器と、
回転入力軸と、
前記波動発生器および前記回転入力軸の間に、これらの半径方向あるいは軸線方向から挟まれた状態で配置されている摩擦部材と、
前記摩擦部材を挟み、前記波動発生器および前記回転入力軸を同軸状に締結している締結部材とを有し、
前記波動発生器と前記回転入力軸は、前記摩擦部材の摩擦係合力によって一体回転し、
前記波動発生器と前記回転入力軸の間の伝達トルクが、波動歯車装置の減速時において前記剛性内歯歯車および前記可撓性外歯歯車にラチェッティングが発生するラチェッティングトルク値の60〜75%に達すると、前記波動発生器と前記回転入力軸の間に回転方向に滑りが発生するように、前記摩擦部材の摩擦係合力が設定されていることを特徴としている。
【0013】
ここで、前記波動発生器を、円筒ハブと、この円筒ハブの外周面に装着した剛性カム板と、この剛性カム板の外周面に嵌めたウエーブベアリングとを備え、前記回転入力軸が、前記円筒状ハブの中心貫通孔に挿入されている軸端部を備えた構成とすることができる。
【0014】
前記摩擦部材を軸線方向から前記波動発生器と回転入力軸の間に挟む場合には、前記摩擦部材として摩擦板を用い、これを、前記円筒ハブの軸端面と、前記回転入力軸の小径軸端部の根元側の円環状段面との間に挟めばよい。
【0015】
また、摩擦板を、前記締結部材によって前記円筒ハブの軸端面にて押し付けるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の波動歯車装置では、回転入力軸と波動発生器の間に摩擦部材を挟み、摩擦部材の摩擦係合力によって回転入力軸から波動発生器に入力トルクを伝達するようにしている。波動発生器側トルクは出力側トルクに比べて十分に小さく、しかも、波動歯車装置の運転モード(減速時、増速時、停止時)によって大幅に変化することがない。したがって、摩擦リング、摩擦板を用いた簡単なラチェット防止機構を実現できる。
【0017】
また、本発明では、波動発生器と回転入力軸の間の滑りが、波動歯車装置の減速時における剛性内歯歯車および可撓性外歯歯車の間のラチェッティングトルク値の60〜75%で発生するようにしている。したがって、両歯車がラチェッティング状態に陥る前に歯部などに生ずる塑性変形も未然に防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、図面を参照して、本発明を適用した波動歯車装置の実施の形態を説明する。
【0019】
(実施の形態1)
図2は、本発明を適用したカップ型の波動歯車装置を示す概略縦断面図である。波動歯車装置1は、円環状の剛性内歯歯車2と、この内側に同軸状態に配置されているカップ形状の可撓性外歯歯車3と、この内側に嵌め込まれた楕円形輪郭の波動発生器4とを有している。波動発生器4は可撓性外歯歯車3を楕円形に撓めて、その長軸両端部分の外歯34を剛性内歯歯車2の内歯24に噛み合わせている。
【0020】
波動発生器4には同軸状態でモータシャフトなどの回転入力軸5が連結固定されている。回転入力軸5によって波動発生器4が回転すると、両歯車2、3の噛み合い位置が円周方向に移動し、両歯車の歯数差に応じた相対回転がこれらの間に発生する。一般的には剛性内歯歯車2に対して可撓性外歯歯車3の歯数が2n枚(n:正の整数)少ない。例えば、剛性内歯歯車2が不図示の固定側部材に固定され、可撓性外歯歯車3が不図示の負荷側部材に連結され、可撓性外歯歯車3から負荷側部材に減速出力回転が伝達される。
【0021】
カップ形状の可撓性外歯歯車3は、円筒状の胴部31と、この胴部31の一端を封鎖している環状のダイヤフラム32と、このダイヤフラム32の内周縁に一体形成された肉厚の環状ボス33と、胴部31の他方の開口端の外周面に形成された外歯34とを備えた構成となっている。環状ボス33には不図示の負荷側部材が連結される。
【0022】
波動発生器4は、円筒ハブ41と、この外周面に装着されている楕円形輪郭の剛性カム板42と、この剛性カム板42の外周面に嵌めたウエーブベアリング43とを備えている。ウエーブベアリング43は、可撓性の外輪および内輪と、これらの間に転動可能な状態で挿入されている複数個のボールから構成されている。
【0023】
ここで、円筒ハブ41の中心貫通孔44には、回転入力軸5の小径軸端部51が挿入されている。また、小径軸端部51の軸長は、円筒ハブ41の中心貫通孔44の軸長よりも僅かに短く、当該小径軸端部51の軸端面52は、円筒ハブ41の軸端面45の近傍に位置している。小径軸端部51には、その軸端面52からねじ穴53が形成されており、締結ボルト6が座金61を挟みねじ込み固定されている。この締結ボルト6によって、座金61と、回転入力軸5の小径軸端部51の根元側の円環状段面54との間に円筒ハブ41が締結固定されている。
【0024】
また、円筒ハブ41と回転入力軸5の小径軸端部51の間には摩擦リング7が同心状に挟み込まれている。摩擦リング7は一定厚さのリングであり、その軸長は小径軸端部51よりも僅かに短く、摩擦リング7の一端は円環状段面54に接しており、他方の端は小径軸端部51の軸端面52の近傍まで延びている。
【0025】
摩擦リング7の摩擦係数および、摩擦リング7の半径方向の締め付け力を調整することにより、回転入力軸5から円筒ハブ41への伝達トルクがラチェッティングトルク値RTaの60〜75%に達すると、回転入力軸5と円筒ハブ41の間に回転方向に滑りが発生するように設定されている。ラチェッティングトルク値RTaは、減速時における波動歯車装置1の両歯車2、3の間にラチェッティングが発生する時点における波動発生器4の伝達トルク値である。
【0026】
(実施の形態2)
図3は本発明を適用した実施の形態2の波動歯車装置を示す概略縦断面図である。波動歯車装置1Aの基本構成は実施の形態1の波動歯車装置1と同様であるので、対応する部位には同一の符号を付し、それらの説明は省略する。
【0027】
実施の形態2の波動歯車装置1Aでは、回転入力軸5の小径軸端部51が円筒ハブ41の中心貫通孔44に摩擦リングを介在させることなく直接に圧入され、締結ボルト6によって円筒ハブ41に固定されている。
【0028】
回転入力軸5の円環状段面54と、これに対峙している円筒ハブ41の軸端面46の間には、中心穴を備えた摩擦円板7Aが挟み込まれている。摩擦円板7Aの摩擦係数および、摩擦円板7Aの軸線方向の締め付け力を調整することにより、回転入力軸5から円筒ハブ41への伝達トルクがラチェッティングトルク値RTaの60〜75%に達すると、回転入力軸5と円筒ハブ41の間に回転方向に滑りが発生するように設定されている。
【0029】
図4に示す波動歯車装置1Bは波動歯車装置1Aの変形例であり、摩擦円板7Bが、円筒ハブ41の反対側の軸端面45と、座金61との間に挟み込まれている。円筒ハブ41の軸端面45と座金61の間と、円筒ハブ41の他方の軸端面46と円環状段面54の間にそれぞれ摩擦円板7Bおよび7Aを挟み込むこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】波動歯車装置の波動発生器側トルクと出力側トルクの関係を示すグラフである。
【図2】本発明の実施の形態1に係る波動歯車装置を示す概略縦断面図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係る波動歯車装置を示す概略縦断面図である。
【図4】図3の波動歯車装置の変形例を示す概略縦断面図である。
【符号の説明】
【0031】
1、1A、1B 波動歯車装置
2 剛性内歯歯車
24 内歯
3 可撓性外歯歯車
31 胴部
32 ダイヤフラム
33 ボス
34 外歯
4 波動発生器
41 円筒ハブ
42 剛性カム板
43 ウエーブベアリング
44 中心貫通孔
45 軸端面
46 軸端面
5 回転入力軸
51 小径軸端部
52 軸端面
53 ネジ穴
54 円環状段面
6 締結ボルト
61 座金
7 摩擦リング
7A、7B 摩擦円板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
剛性内歯歯車と、
この剛性内歯歯車の内側に同軸状に配置された可撓性外歯歯車と、
この可撓性外歯歯車の内側に嵌め込まれた波動発生器と、
回転入力軸と、
前記波動発生器および前記回転入力軸の間に、これらの半径方向あるいは軸線方向から挟まれた状態で配置されている摩擦部材と、
前記摩擦部材を挟み、前記波動発生器および前記回転入力軸を同軸状に締結している締結部材とを有し、
前記波動発生器と前記回転入力軸は、前記摩擦部材の摩擦係合力によって一体回転し、
前記波動発生器と前記回転入力軸の間の伝達トルクが、波動歯車装置の減速時において前記剛性内歯歯車および前記可撓性外歯歯車にラチェッティングが発生するラチェッティングトルク値の60〜75%に達すると、前記波動発生器と前記回転入力軸の間に回転方向に滑りが発生するように、前記摩擦部材の摩擦係合力が設定されていることを特徴とする波動歯車装置。
【請求項2】
請求項1に記載の波動歯車装置において、
前記波動発生器は、円筒ハブと、この円筒ハブの外周面に装着した剛性カム板と、この剛性カム板の外周面に嵌めたウエーブベアリングとを備えており、
前記回転入力軸は、前記円筒ハブの中心貫通孔に挿入されている小径軸端部を備えており、
前記摩擦部材は、前記円筒ハブの軸端面と、前記回転入力軸の小径軸端部の根元側の円環状段面との間に、前記締結部材によって、前記軸線方向から挟み込まれている摩擦板であることを特徴とする波動歯車装置。
【請求項3】
請求項1に記載の波動歯車装置において、
前記波動発生器は、円筒ハブと、この円筒ハブの外周面に装着した剛性カム板と、この剛性カム板の外周面に嵌めたウエーブベアリングとを備えており、
前記摩擦部材は、前記締結部材によって、前記軸線方向から前記円筒ハブの軸端面に押し付けられている摩擦板であることを特徴とする波動歯車装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−72912(P2012−72912A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−268322(P2011−268322)
【出願日】平成23年12月7日(2011.12.7)
【分割の表示】特願2007−196338(P2007−196338)の分割
【原出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(390040051)株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ (91)
【Fターム(参考)】