海洋レーダ局および海洋レーダ観測装置
【課題】観測可能な角度分解能を確保しつつ、設置場所を小さくする。
【解決手段】送信アンテナ21から海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナ23からそれぞれ出力された受信信号Srxa〜Srxdに基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部25を備えている海洋レーダ局2A,2Bであって、信号処理部25は、各受信アンテナ23から出力される各受信信号Srxa〜Srxdの時系列データに対して距離分解用の1次フーリエ変換処理とドップラー周波数分解用の2次フーリエ変換処理とを実行して所定の等距離海域内の視線方向に沿った各流速に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出し、算出した各受信信号Srxa〜Srxdの各パワースペクトルに対してCapon法を適用して、各ドップラー周波数fdを走査角に対応付けて算出する。
【解決手段】送信アンテナ21から海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナ23からそれぞれ出力された受信信号Srxa〜Srxdに基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部25を備えている海洋レーダ局2A,2Bであって、信号処理部25は、各受信アンテナ23から出力される各受信信号Srxa〜Srxdの時系列データに対して距離分解用の1次フーリエ変換処理とドップラー周波数分解用の2次フーリエ変換処理とを実行して所定の等距離海域内の視線方向に沿った各流速に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出し、算出した各受信信号Srxa〜Srxdの各パワースペクトルに対してCapon法を適用して、各ドップラー周波数fdを走査角に対応付けて算出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、送信アンテナから海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナからそれぞれ出力された受信信号に基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部を備えている海洋レーダ局、およびこの海洋レーダ局を有する海洋レーダ観測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の海洋レーダ観測装置としては、特開2000−314773号公報に開示された海洋レーダ観測装置が知られている。この海洋レーダ観測装置は、海面にFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式またはFWICW(Frequency Modulated Interrupted Continuous Wave)方式によりレーダビームを照射し、その反射波(エコー)より算出されるドップラースペクトル(パワースペクトル)から、ブラッグ散乱機構に基づきレーダ局(海洋レーダ局)からの視線方向の海流速度(流速)を推定する処理を実行している。具体的には、この処理は、受信されたエコーを距離毎に分離して、各距離においてエコーの時系列を作る第1回FFT処理と、この時系列に基づいてドップラースペクトルを得る第2回FFT処理と、このドップラースペクトルからアンテナの視線方向の海流速度を推定する処理とで構成されている。また、この海洋レーダ観測装置では、海流速度の2次元情報を得るために、アンテナ方位の異なる複数のレーダ局を動作させ、視線方向の流速分布を算出し、複数のレーダ局の視線方向の流速をベクトル合成して、2次元の流速を測定する。また、この海洋レーダ観測装置では、DBF(digital beam forming)のアンテナ方式を採用している。
【特許文献1】特開2000−314773号公報(第3−4頁、第6図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところが、上記の海洋レーダ観測装置には、以下の解決すべき課題が存在している。すなわち、この海洋レーダ観測装置では、例えば24.5MHzの電波を使用する構成において、観測に必要な角度分解能(例えば±45°の範囲を5°ステップで分割)を有する受信アンテナのビームパターンをDBF方式で得るためには、8本の受信アンテナをλ/2間隔で通常一直線状に配置する必要がある。このため、最低でも幅が42.86m(=7×(300/24.5)/2))の広大な設置場所が必要になるという課題が存在している。一方、受信アンテナの本数を削減することにより、必要な設置場所を小さくすることも可能ではあるが、受信アンテナの本数を削減した場合には、DBF方式によって形成される受信アンテナのビームパターンが広くなって観測点の角度分解能が低下するため、所望の走査角に位置している観測点からの海洋情報(ドップラーペクトル)以外に、他の走査角からの海洋情報を検出するという事態が発生し易くなり、観測精度が低下するという課題が発生することになる。また、使用する電波の周波数を高めることによっても、設置場所の幅を狭めることも可能であるが、この場合には、電波が遠距離まで届きにくくなるため、遠距離の観測が困難となるという課題が発生する。
【0004】
本発明は、かかる課題を解決すべくなされたものであり、観測可能な角度分解能を確保しつつ、設置場所を小さくし得る海洋レーダ局、およびこの海洋レーダ局を備えた海洋レーダ観測装置を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成すべく請求項1記載の海洋レーダ局は、送信アンテナから海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナからそれぞれ出力された受信信号に基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部を備えている海洋レーダ局であって、前記信号処理部は、前記各受信アンテナから出力される前記各受信信号の時系列データに対して距離分解用のフーリエ変換処理とドップラー周波数分解用のフーリエ変換処理とを実行して所定の等距離海域内の視線方向に沿った各流速に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出し、前記算出した前記各受信信号の前記各パワースペクトルに対してCapon法を適用して、前記各ドップラー周波数、および視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかを視線方向毎に算出する。
【0006】
また、請求項2記載の海洋レーダ局は、請求項1記載の海洋レーダ局において、前記複数の受信アンテナを備え、前記複数の受信アンテナのうちの1つを前記送信アンテナとして兼用する。
【0007】
また、請求項3記載の海洋レーダ観測装置は、請求項1または2記載の複数の海洋レーダ局と、前記各海洋レーダ局でそれぞれ算出された前記各ドップラー周波数および前記視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかに基づいて、所望海域における前記表層海流の流速および流向を算出する基地局とを備えている。
【発明の効果】
【0008】
請求項1記載の海洋レーダ局では、信号処理部が、等距離海域内の視線方向に沿った各海流に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルに対してCapon法を適用して、各ドップラー周波数、および視線方向に沿った表層海流の流速のいずれかを走査角に対応付けて算出する。この場合、Capon法では、主ビームを形成しようとする走査角以外の走査角に存在している他のパワースペクトルの影響を最小限にするように、すなわち、他のパワースペクトルの走査角にヌルが向くように、ビームパターンの形成が行われる。したがって、この海洋レーダ局によれば、受信アンテナの数が少ない状態であっても、各走査角に位置するパワースペクトルのレベル(つまりパワースペクトルの存在)を正確に検出することができるため、設置スペース(具体的には設置場所の幅)を小さくしつつ、検出対象としているドップラー周波数のパワースペクトルの各走査角での存在の有無を正確に検出することができる。つまり、観測可能な角度分解能を十分に確保することができる。また、精度向上のために送信信号の周波数を高める必要もないため、周波数を高めることによって発生する遠距離の海域についての観測の困難化といった問題の発生も回避することができる。
【0009】
請求項2記載の海洋レーダ局によれば、複数の受信アンテナを備えて、このうちの1つを送信アンテナとして兼用する構成としたことにより、送信アンテナを省くことができるため、さらなる設置スペースの削減を図ることができる。
【0010】
請求項3記載の海洋レーダ観測装置によれば、各海洋レーダ局の受信アンテナの削減が可能となるため、海洋レーダ局および基地局を含めた装置全体の設置スペースを大幅に削減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に係る海洋レーダ局および海洋レーダ観測装置の最良の形態について、添付図面を参照して説明する。
【0012】
最初に、海洋レーダ観測装置1の構成について説明する。図1に示す海洋レーダ観測装置1は、複数(この例では2つ)の海洋レーダ局2A,2B(以下、区別しないときには「海洋レーダ局2」ともいう)、および基地局3を備えて、海洋上の任意の海域Aにおける表層海流の海流ベクトルV(流速および流向)を観測可能に構成されている。
【0013】
海洋レーダ局2A,2Bは、海面にFMCW方式またはFWICW方式によってレーダビームを照射し、その反射波(エコー)に基づいて算出されるパワースペクトル(ドップラースペクトル)から、ブラッグ散乱機構に基づき自局からの視線方向の流速(ドップラー周波数fd)を、自局から等距離に位置する所定の距離幅の円弧状の等距離海域毎に推定する処理を実行する。また、各海洋レーダ局2A,2Bは、Capon法のアンテナ方式により、所望の走査角に主ビームが向く受信アンテナのビームパターンを形成し得る構成となっている。具体的には、各海洋レーダ局2A,2Bは、1本の送信アンテナ21、信号発生部22、複数(本例では一例として4本)の受信アンテナ23a,23b,23c,23d(以下、特に区別しないときには「受信アンテナ23」ともいう)、受信アンテナ23と同数の信号受信部24a,24b,24c,24d(以下、特に区別しないときには「信号受信部24」ともいう)、および信号処理部25をそれぞれ備えている。
【0014】
この場合、信号発生部22は、FMCW方式またはFWICW方式で周波数変調された短波帯(本例では一例として24.5MHz)の送信信号Stxを生成して、送信アンテナ21に出力する。送信アンテナ21は、八木アンテナであり、入力した送信信号Stxを海上にレーダ信号としてブロードビームの状態で送信する。例えば、海洋レーダ局2の正面方向を基準角(0°)としたときに−45°〜45°の走査角範囲に含まれる海域が観測海域であるときには、送信アンテナ21は、少なくともこの走査角範囲を含む範囲(例えば、基準角0°を中心として±90°の範囲(走査角−90°〜90°の範囲))にレーダ信号を送信する。
【0015】
各受信アンテナ23は、無指向性のアンテナで構成されている。また、各受信アンテナ23は、観測に必要な角度分解能(例えば±90°の範囲を5°ステップで分割)を確保し得る受信アンテナのビームパターンを形成可能とするため、0.5λ(λは、送信信号Stxの波長)間隔で一列に、基準角0°に対して直交する仮想直線上に配設されている。本例では、受信アンテナ23は従来の8本とは異なり4本であるため、全受信アンテナ23の設置場所の幅は18.37m(=3×(300/24.5)/2)に狭められている。各受信アンテナ23a,23b,23c,23dは、海面で反射されたレーダ信号(反射波)をそれぞれ受信して、受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdとして出力する。各信号受信部24a,24b,24c,24dは、対応する受信アンテナ23a,23b,23c,23dから出力される受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdに対して中間周波との混合を行うことにより、ベースバンド信号に復調して、計測信号Sma,Smb,Smc,Smd(以下、特に区別しないときには「計測信号Sm」)として出力する。
【0016】
信号処理部25は、信号受信部24と同数(受信アンテナ23と同数でもある)のA/D変換器、信号処理プロセッサ(DSP)および内部メモリ(いずれも図示せず)を備えて構成されている。この場合、各A/D変換器は、対応する信号受信部24から出力された計測信号Sma,Smb,Smc,Smdを所定のサンプリング周期でサンプリングすることにより、計測信号Sma,Smb,Smc,Smdの振幅を示す波形データを生成する。DSPは、各A/D変換器から出力される計測信号Smの波形データを入力して内部メモリに記憶させる。また、DSPは、内部メモリに記憶されている各計測信号Smの波形データに対して、1次フーリエ変換処理(距離分解処理)、2次フーリエ変換処理(ドップラー周波数分解処理)および平均化処理(ノイズ除去処理)を実行することにより、計測信号Sm毎(つまり、受信アンテナ23毎)に各等距離海域内での視線方向に沿った流速(以下、「視線流速」ともいう)に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出する。この場合、ドップラー周波数毎のパワースペクトルは、1つの等距離海域内の複数の海域の視線流速が同一であるときには、この複数の海域についてのパワースペクトルの合成スペクトルとして算出される。また、DSPは、算出したすべての計測信号Smの合成スペクトルに対してCapon法を用いた高精度角度分解処理を実行することにより、すべての等距離海域内での視線方向毎のドップラー周波数(走査角を5°ステップで変化させたときの各走査角でのドップラー周波数(流速))を走査角に対応付けて算出し、算出した各ドップラー周波数fdを各走査角に対応付けてパワースペクトルデータ群(ドップラースペクトルデータ群)Ddsとして内部メモリに記憶させる。また、信号処理部25は、パワースペクトルデータ群Dds(海洋レーダ局2Aではパワースペクトルデータ群Dds1、海洋レーダ局2Bではパワースペクトルデータ群Dds2)を基地局3に出力する。
【0017】
基地局3は、各海洋レーダ局2A,2Bと通信回線を介して接続されて、各海洋レーダ局2A,2Bから出力されるパワースペクトルデータ群Dds1,Dds2を受信する。また、基地局3は、この2つのパワースペクトルデータ群Dds1,Dds2に基づいて、所望の海域Aにおける表層海流の流速および流向(海流ベクトルV)を算出する。
【0018】
次に、海洋レーダ局2A,2Bおよび海洋レーダ観測装置1の動作について、図面を参照して説明する。
【0019】
この海洋レーダ観測装置1の動作状態において、各海洋レーダ局2A,2Bでは、それぞれの送信アンテナ21からレーダビームを海面に照射し、その反射波を各受信アンテナ23が受信して受信信号Srxとして出力し、この受信信号Srxを各信号受信部24が計測信号Smに変換し、各信号受信部24から出力された計測信号Smに基づいて信号処理部25がパワースペクトルデータ群Dds,Dds2をそれぞれ生成して基地局3に出力する動作を繰り返し実行する。
【0020】
具体的に、各海洋レーダ局2A,2Bにおける信号処理部25の詳細な動作について図面を参照して説明する。なお、海洋レーダ局2A,2Bの動作は同一であるため、海洋レーダ局2Aを例に挙げてその動作を説明する。海洋レーダ局2Aでは、信号発生部22が、送信信号Stxを生成して、送信アンテナ21に出力する。これにより、送信信号Stxが、送信アンテナ21からブロードビームの状態でレーダ信号として海上に照射される。次いで、照射されたレーダ信号は、海上の波で散乱波となり、その一部が海洋レーダ局2Aに反射波として戻って来る。この場合、海上での表層海流の流速および流向は図2に示すように海域によって異なっている。このため、海洋レーダ局2Aで観測される反射波は、図3に示すように、散乱波のうちの海洋レーダ局2Aの視線方向(レーダ視線方向)に沿った成分であるが、ブラッグ散乱現象およびドップラー現象の影響を受けて、送信信号Stxの周波数に対して、(ω±ωB−2×k0×Vr)のように、周波数がシフトした状態となっている。ここで、ωは、送信角周波数(=2×π×f)であり、ωBは、ブラッグ散乱角周波数(f=24.5MHzのときに、ωB≒2×π×0.505)であり、k0=2×π/λ(λは送信周波数の波長)であり、Vrは、視線流速(遠ざかる方向を正)である。
【0021】
各受信アンテナ23は、すべての海域からの反射波(すべての角度から到来するすべての距離からの反射波)を受信して、受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdを出力する。各信号受信部24a,24b,24c,24dは、対応する受信アンテナ23a,23b,23c,23dから出力される受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdを入力して、ベースバンド信号に復調することにより、計測信号Sma,Smb,Smc,Smdとして出力する。この場合、各受信アンテナ23は、上記したように所定の間隔(0.5λ)を空けて設置されているため、同一の海域からの反射波であっても、その設置位置の差に従い、位相差が生じた状態でこの反射波を受信する。これにより、各計測信号Sma,Smb,Smc,Smd間にも、同様の位相差が発生している。
【0022】
信号処理部25は、各計測信号Smを入力すると共にA/D変換することにより、各計測信号Smについての波形データを生成して内部メモリに記憶する。次いで、信号処理部25は、内部メモリに記憶されている各計測信号Smの波形データに対して、1次フーリエ変換処理(距離分解処理)、2次フーリエ変換処理(ドップラー周波数分解処理)および平均化処理(ノイズ除去処理)をそれぞれ実行する。具体的には、送信信号Stxは上記したようにFMCW方式またはFWICW方式で送信されているため、信号処理部25は、1次フーリエ変換処理により、各計測信号Smを例えば、1.5km幅の各等距離海域に分解する(1.5km毎の距離分解を行う)。一例として、図4では、1つの等距離海域Cを破線を付して示している。また、信号処理部25は、各等距離海域からの反射波に基づく計測信号Smの抽出(1次フーリエ変換処理)を所定時間繰り返し実行して、等距離海域毎に内部メモリに時系列データとして記憶する。これにより、内部メモリには、受信アンテナ23毎に、各等距離海域からの反射波に基づく計測信号Smが抽出されて時系列(時系列データとして)で記憶される。
【0023】
次いで、信号処理部25は、内部メモリに時系列で記憶されている各等距離海域での計測信号Smを一定時間分毎のデータブロックに区分けし、この区分けしたデータブロックに対して2次フーリエ変換処理を実行することにより、各等距離海域から到来する反射波に含まれているドップラー周波数毎のパワースペクトルを検出(算出)する。信号処理部25は、この処理を、各受信アンテナ23からの計測信号Sm毎に実行する。この2次フーリエ変換処理の結果、各等距離海域内に視線流速が異なる表層海流が存在しているときには、その数分だけのパワースペクトルがドップラー周波数(表層海流の流速に対応する周波数)において検出される。一例として、図4に示すように、等距離海域C内に視線流速が異なるE1〜E5の5種類の表層海流が存在しているときには、これに対応して、図5に示すように、ドップラー周波数の異なる5種類のパワースペクトルが検出(算出)される。なお、同図では、ドップラー周波数の軸(横軸)において正側に現れるパワースペクトルのみを図示しているが、負側にも図示しないパワースペクトルが現れている。また、視線流速E2,E3,E4,E5については、等距離海域C内の複数の海域において観測されるため、同図に示されているパワースペクトルは、その数分だけ合成された合成スペクトルとなる。また、同図のfBは、視線方向の流速がゼロとなるときの基準ドップラー周波数を示している。また、信号処理部25は、上記のパワースペクトルの検出を複数回実行して平均する平均化処理を実行することで、例えば、船舶の通過による表層海流の視線流速への影響を軽減する。これにより、信号処理部25は、計測信号Sm毎の信号処理を完了し、次いで、等距離海域毎に、算出したすべての計測信号Smのパワースペクトルに対してCapon法を用いた高精度角度分解処理100(図7参照)を実行する。
【0024】
この高精度角度分解処理100では、信号処理部25は、等距離海域毎に、上記の1次フーリエ変換処理および2次フーリエ変換処理によって各計測信号Smから算出された等距離海域内での表層海流についての各パワースペクトルの存在位置(各パワースペクトルのドップラー周波数に対応する流速で表層海流が流れている海域の走査角θ(図6参照))を検出する。なお、一例として、走査角θは、同図に示すように、各海洋レーダ局2の正面方向を基準方向(0°)としたときの角度をいうものとする。
【0025】
具体的に等距離海域Cを例に挙げて説明すると、信号処理部25は、まず、図7に示すように、ドップラー周波数fdと走査角θの初期値fd0,θ0を設定する(ステップ101)。この場合、ドップラー周波数fdの初期値fd0とは、一例として、観測すべき表層海流の視線流速の範囲の下限値(例えば、範囲が−1Hz〜1Hzのときには−1Hz)とし、走査角θの初期値θ0とは、各海洋レーダ局2の観測海域を含む走査角範囲の下限値とする。具体的には、走査角範囲が一例として−90°〜90°のときには、その下限値が−90°となる。なお、走査角範囲の範囲はこれに限らず、−90°〜90°の範囲内で任意に規定することができる。
【0026】
次いで、信号処理部25は、各計測信号Smから算出された等距離海域C内での表層海流についての各パワースペクトルの中から、現在設定されているドップラー周波数fdと同じ周波数のパワースペクトルを抽出し(ステップ102)、この抽出したパワースペクトルに対して、Capon法を適用して、現在設定されている走査角θに主ビームが向くビームパターン形成処理を実行する(ステップ103)。このビームパターン形成処理では、信号処理部25は、Capon法によってビームパターンを形成しつつ、そのときのパワースペクトルのレベルを検出して、検出したレベルを、そのときの走査角θおよびドップラー周波数fdに対応させて内部メモリに記憶する。
【0027】
信号処理部25は、現在設定されている走査角θが、走査角範囲(−90°〜90°)の上限値(90°)に達したか否かを検出しつつ(ステップ104)、所定の走査角(単位走査角)Δθ(本例では5°)ずつ走査角θを増加させなながら(ステップ105)、走査角θが上限値(90°)に達するまで、上記ステップ103を繰り返し実行する。これにより、ステップ102において抽出した1つのドップラー周波数fdについて、等距離海域C全体についての角度分解処理が完了し、このドップラー周波数fdのパワースペクトルがどの走査角θに存在するかが検出される。なお、走査角Δθは5°ずつに限らず、任意の角度に規定することができる。
【0028】
その後、信号処理部25は、ドップラー周波数fdが上記範囲(−1Hz〜1Hz)の上限値(1Hz)に達したか否かを検出しつつ(ステップ106)、所定のドップラー周波数(単位ドップラー周波数)Δfd(例えば、0.005Hz)ずつドップラー周波数fdを増加させなながら(ステップ107)、ドップラー周波数fdが上限値(1Hz)に達するまで、上記ステップ102〜ステップ107を実行する。これにより、ドップラー周波数fdを単位ドップラー周波数Δfdずつ変化させたときの、各ドップラー周波数fdのパワースペクトルの等距離海域C内での位置(走査角θ)が検出される。つまり、各ドップラー周波数fが各走査角θに対応付けられて算出される。次いで、信号処理部25は、算出した各ドップラー周波数fdを各走査角に対応付けてパワースペクトルデータ群(ドップラースペクトルデータ群)Ddsとして内部メモリに記憶させる。これにより、高精度角度分解処理が完了する。
【0029】
本例では、信号処理部25は、上記したようにCapon法によってビームパターンを形成して、そのときの検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルのレベル(パワースペクトルの存在)を検出している。この場合、Capon法では、主ビームを形成しようとする走査角θ以外の走査角に存在している他のパワースペクトルの影響を最小限にするように、すなわち、他のパワースペクトルの走査角にヌルが向くように、ビームパターンの形成が行われる。このため、図8に示すように、同一ドップラー周波数fdを有するパワースペクトル(一例として符号E3で示されるパワースペクトル)に対する高精度角度分解処理においては、このパワースペクトルE3は、主ビームを形成しようとする走査角θ(=−40°)以外に、走査角θ(=0°)および走査角θ(=80°)の2つの走査角に存在しているが、Capon法によって形成されるビームパターンは、同図において破線で示すように、走査角θ(=−40°)に主ビームが形成され、かつ他の走査角θ(=0°,80°)にヌルが形成される形状に形成される。このため、各走査角θ(=0°,80°)に存在しているパワースペクトルの影響が最小限に抑制され、これにより、受信アンテナ23の数が少ない状態であっても、走査角θ(=−40°)に位置するパワースペクトルE3のレベルが正確に検出される。したがって、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルが、この走査角θ(=−40°)に存在していることを正確に検出することができる。
【0030】
同様にして、図9に示すように、走査角θ(=0°)に主ビームを形成したときには、他の走査角θ(=−40°,80°)にヌルが形成される形状にビームパターンが同図において破線で示されるように形成される。これにより、走査角θ(=0°)に位置するパワースペクトルE3のレベルが正確に検出されて、この走査角θ(=0°)に、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルが存在していることを検出することができる。図示はしないが、走査角θ(=80°)に主ビームを形成したときにも、他の走査角θ(=−40°,0°)にヌルが形成される形状にビームパターンが形成される。これにより、走査角θ(=80°)に位置するパワースペクトルE3のレベルが正確に検出されて、この走査角θ(=80°)に、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルが存在していることを検出することができる。したがって、符号E3で示されるパワースペクトルについては、図10に示すように、−40°,0°,80°の各走査角θに存在していることが検出される。なお、Capon法によれば、ビームパターンの形成に際して形成可能なヌルの数は、受信アンテナ23の数よりも1つ少ない数に制限される。しかしながら、各計測信号Smに対する1次フーリエ変換処理(距離分解処理)での距離分解を、処理可能な範囲内で高めることにより、このヌルの形成個数の制限に起因する問題が殆ど生じない状態で、パワースペクトルの走査角θを特定することが可能となっている。
【0031】
この場合、高精度角度分解処理の完了後において、内部メモリには、等距離海域毎に、各等距離海域に含まれている各パワースペクトルについて、そのドップラー周波数fdと走査角θとが関連付けられて記憶されている。このドップラー周波数fdを横軸とし、走査角θを縦軸として、1つの等距離海域(一例として等距離海域C)について、この横軸および縦軸で規定される直交座標平面上に、検出されたパワースペクトルをプロット(円で示している)すると、図11に示すようになる。また、同図において、同一の模様を付したプロットは、同一のドップラー周波数fdであることを示している。なお、ドップラー周波数fdの負側にも同様にパワースペクトルが存在するが、発明の理解を容易にするため、省略している。このため、走査角θを特定することにより、この走査角θにおけるパワースペクトルの存在の有無、および存在するときにはそのドップラー周波数fd(つまり、流速)を特定することが可能となる。最後に、信号処理部25は、内部メモリに記憶されている等距離海域Cに含まれる各パワースペクトルについてのドップラー周波数fdと走査角θとの情報を、パワースペクトルデータ群Dds1として基地局3に出力する。
【0032】
他の海洋レーダ局2Bも、上記した海洋レーダ局2Aと同様にして、パワースペクトルデータ群Dds2を算出して、基地局3に出力する。基地局3は、各海洋レーダ局2から受信した各パワースペクトルデータ群Dds1,Dds2に基づいて、所望の海域Aにおける表層海流の流速および流向(海流ベクトルV)を算出する。例えば、海洋レーダ局2Aにおける走査角θ1の視線方向と、海洋レーダ局2Bにおいて走査角θ2の視線方向との交点に海域Aが位置しているときには、基地局3は、まず、海洋レーダ局2Aから海域Aまでの距離L1と、海洋レーダ局2Bから海域Aまでの距離L2とを算出する。次いで、海洋レーダ局2Aから受信したパワースペクトルデータ群Dds1から、距離L1の等距離海域に含まれるパワースペクトルのドップラー周波数fdと走査角θとを特定すると共に、走査角θ1に対応するパワースペクトルのドップラー周波数fd1を特定する。また、海洋レーダ局2Bから受信したパワースペクトルデータ群Dds2から、距離L2の等距離海域に含まれるパワースペクトルのドップラー周波数fdと走査角θとを特定すると共に、走査角θ2に対応するパワースペクトルのドップラー周波数fd2を特定する。最後に、基地局3は、特定されたドップラー周波数fd1,fd2に基づいて、海域Aにおける表層海流の海流ベクトルVを合成する。これにより、海域Aにおける表層海流の流速および流向が観測(測定)される。
【0033】
このように、この海洋レーダ局2では、信号処理部25がCapon法によりビームパターンを形成して、各等距離海域に含まれている各ドップラー周波数fdのパワースペクトルを走査角θに対応付けて算出(検出)する。この場合、Capon法では、主ビームを形成しようとする走査角θ以外の走査角に存在している他のパワースペクトルの影響を最小限にするように、すなわち、他のパワースペクトルの走査角にヌルが向くように、ビームパターンの形成が行われる。したがって、この海洋レーダ局2によれば、受信アンテナ23の数が少ない状態であっても、走査角θに位置するパワースペクトルのレベル(つまりパワースペクトルの存在)を正確に検出することができるため、設置スペース(具体的には設置場所の幅)を小さくしつつ、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルの各走査角θでの存在の有無を正確に検出することができる。つまり、観測可能な角度分解能を十分に確保することができる。このため、精度の高いパワースペクトルデータ群Ddsを基地局3に出力することができる。また、精度向上のために送信信号Stxの周波数を高める必要もないため、周波数を高めることによって発生する遠距離の海域についての観測の困難化といった問題の発生も回避することができる。
【0034】
また、このような海洋レーダ局2を備えた基地局3によれば、各海洋レーダ局2の受信アンテナ23の削減が可能となるため、海洋レーダ局2および基地局3を含めた全体の設置スペースを大幅に削減することができる。
【0035】
なお、本発明は、上記の構成に限定されない。例えば、2つの海洋レーダ局2A,2Bを備えた例について上記したが、3つ以上の海洋レーダ局2を備えた構成を採用することもできる。また、受信アンテナ23と独立して送信アンテナ21を配設する構成を採用しているが、複数の受信アンテナ23のうちの1つを送信時には信号発生部22に切り換えて接続する構成(受信アンテナ23のうちの1つを送信アンテナ21として兼用する構成)とすることもできる。これによって送信アンテナ21を省くことができるため、さらなる設置スペースの削減を図ることができる。具体的な構成としては、図1に示すように、各海洋レーダ局2に信号切替部26を配設し、この信号切替部26に受信アンテナ23d、信号受信部24dおよび信号発生部22を接続する。また、信号切替部26は、信号処理部25から出力される制御信号Sctにより、内部接続状態が制御されて、受信アンテナ23dに対して信号受信部24dおよび信号発生部22の一方を選択的に接続する。この構成により、送信アンテナ21の配設を省略しつつ、上記したように受信アンテナ23のうちの1つ(受信アンテナ23d)を送信アンテナとして兼用することが可能となる。
【0036】
また、各海洋レーダ局2において算出したパワースペクトルデータ群Dds1,Dds2を基地局3に送信して、基地局3において、所望の海域Aでの表層海流の流速および流向を観測する構成を採用した例について上記したが、各海洋レーダ局2が、所望の海域Aの各海洋レーダ局2からの距離L1,L2、および走査角θ1,θ2についての情報を基地局3から取得して、この海域Aからの視線方向のドップラー周波数fdを特定し、特定したドップラー周波数fdだけを基地局3に送信する構成とすることもできる。この場合、基地局3では、各海洋レーダ局2から受信した2つのドップラー周波数fdを合成することにより、海域Aでの表層海流の流速および流向を観測する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】海洋レーダ局2および海洋レーダ観測装置1の構成を示す構成図である。
【図2】海上での表層海流の流速および流向をベクトルで表示した説明図である。
【図3】図2に示す表層海流が存在する海上からのレーダビームの反射波の視線方向の成分を示す説明図である。
【図4】1次フーリエ変換処理により、各計測信号Smを各等距離海域に分解する動作を説明するための説明図である。
【図5】図4に示される等距離海域Cに含まれるドップラー周波数fd毎のパワースペクトルを示すグラフである。
【図6】等距離海域に含まれているパワースペクトルの存在位置を特定するための高精度角度分解処理を説明するための説明図である。
【図7】高精度角度分解処理のフローチャートである。
【図8】高精度角度分解処理で使用されるCapon法によって形成されるビームパターンを説明するための説明図である。
【図9】高精度角度分解処理で使用されるCapon法によって形成されるビームパターンを説明するための他の説明図である。
【図10】符号E3で示されるパワースペクトルが存在する走査角θを示す説明図である。
【図11】等距離海域Cに含まれているパワースペクトルのドップラー周波数fdと走査角θとの関係を説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0038】
1 海洋レーダ観測装置
2A,2B 海洋レーダ局
3 基地局
21 送信アンテナ
22 信号発生部
23a〜23d 受信アンテナ
24a〜24d 信号受信部
25 信号処理部
26 信号切替部
Srxa〜Srxd 受信信号
fd ドップラー周波数
【技術分野】
【0001】
本発明は、送信アンテナから海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナからそれぞれ出力された受信信号に基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部を備えている海洋レーダ局、およびこの海洋レーダ局を有する海洋レーダ観測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の海洋レーダ観測装置としては、特開2000−314773号公報に開示された海洋レーダ観測装置が知られている。この海洋レーダ観測装置は、海面にFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式またはFWICW(Frequency Modulated Interrupted Continuous Wave)方式によりレーダビームを照射し、その反射波(エコー)より算出されるドップラースペクトル(パワースペクトル)から、ブラッグ散乱機構に基づきレーダ局(海洋レーダ局)からの視線方向の海流速度(流速)を推定する処理を実行している。具体的には、この処理は、受信されたエコーを距離毎に分離して、各距離においてエコーの時系列を作る第1回FFT処理と、この時系列に基づいてドップラースペクトルを得る第2回FFT処理と、このドップラースペクトルからアンテナの視線方向の海流速度を推定する処理とで構成されている。また、この海洋レーダ観測装置では、海流速度の2次元情報を得るために、アンテナ方位の異なる複数のレーダ局を動作させ、視線方向の流速分布を算出し、複数のレーダ局の視線方向の流速をベクトル合成して、2次元の流速を測定する。また、この海洋レーダ観測装置では、DBF(digital beam forming)のアンテナ方式を採用している。
【特許文献1】特開2000−314773号公報(第3−4頁、第6図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところが、上記の海洋レーダ観測装置には、以下の解決すべき課題が存在している。すなわち、この海洋レーダ観測装置では、例えば24.5MHzの電波を使用する構成において、観測に必要な角度分解能(例えば±45°の範囲を5°ステップで分割)を有する受信アンテナのビームパターンをDBF方式で得るためには、8本の受信アンテナをλ/2間隔で通常一直線状に配置する必要がある。このため、最低でも幅が42.86m(=7×(300/24.5)/2))の広大な設置場所が必要になるという課題が存在している。一方、受信アンテナの本数を削減することにより、必要な設置場所を小さくすることも可能ではあるが、受信アンテナの本数を削減した場合には、DBF方式によって形成される受信アンテナのビームパターンが広くなって観測点の角度分解能が低下するため、所望の走査角に位置している観測点からの海洋情報(ドップラーペクトル)以外に、他の走査角からの海洋情報を検出するという事態が発生し易くなり、観測精度が低下するという課題が発生することになる。また、使用する電波の周波数を高めることによっても、設置場所の幅を狭めることも可能であるが、この場合には、電波が遠距離まで届きにくくなるため、遠距離の観測が困難となるという課題が発生する。
【0004】
本発明は、かかる課題を解決すべくなされたものであり、観測可能な角度分解能を確保しつつ、設置場所を小さくし得る海洋レーダ局、およびこの海洋レーダ局を備えた海洋レーダ観測装置を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成すべく請求項1記載の海洋レーダ局は、送信アンテナから海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナからそれぞれ出力された受信信号に基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部を備えている海洋レーダ局であって、前記信号処理部は、前記各受信アンテナから出力される前記各受信信号の時系列データに対して距離分解用のフーリエ変換処理とドップラー周波数分解用のフーリエ変換処理とを実行して所定の等距離海域内の視線方向に沿った各流速に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出し、前記算出した前記各受信信号の前記各パワースペクトルに対してCapon法を適用して、前記各ドップラー周波数、および視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかを視線方向毎に算出する。
【0006】
また、請求項2記載の海洋レーダ局は、請求項1記載の海洋レーダ局において、前記複数の受信アンテナを備え、前記複数の受信アンテナのうちの1つを前記送信アンテナとして兼用する。
【0007】
また、請求項3記載の海洋レーダ観測装置は、請求項1または2記載の複数の海洋レーダ局と、前記各海洋レーダ局でそれぞれ算出された前記各ドップラー周波数および前記視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかに基づいて、所望海域における前記表層海流の流速および流向を算出する基地局とを備えている。
【発明の効果】
【0008】
請求項1記載の海洋レーダ局では、信号処理部が、等距離海域内の視線方向に沿った各海流に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルに対してCapon法を適用して、各ドップラー周波数、および視線方向に沿った表層海流の流速のいずれかを走査角に対応付けて算出する。この場合、Capon法では、主ビームを形成しようとする走査角以外の走査角に存在している他のパワースペクトルの影響を最小限にするように、すなわち、他のパワースペクトルの走査角にヌルが向くように、ビームパターンの形成が行われる。したがって、この海洋レーダ局によれば、受信アンテナの数が少ない状態であっても、各走査角に位置するパワースペクトルのレベル(つまりパワースペクトルの存在)を正確に検出することができるため、設置スペース(具体的には設置場所の幅)を小さくしつつ、検出対象としているドップラー周波数のパワースペクトルの各走査角での存在の有無を正確に検出することができる。つまり、観測可能な角度分解能を十分に確保することができる。また、精度向上のために送信信号の周波数を高める必要もないため、周波数を高めることによって発生する遠距離の海域についての観測の困難化といった問題の発生も回避することができる。
【0009】
請求項2記載の海洋レーダ局によれば、複数の受信アンテナを備えて、このうちの1つを送信アンテナとして兼用する構成としたことにより、送信アンテナを省くことができるため、さらなる設置スペースの削減を図ることができる。
【0010】
請求項3記載の海洋レーダ観測装置によれば、各海洋レーダ局の受信アンテナの削減が可能となるため、海洋レーダ局および基地局を含めた装置全体の設置スペースを大幅に削減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に係る海洋レーダ局および海洋レーダ観測装置の最良の形態について、添付図面を参照して説明する。
【0012】
最初に、海洋レーダ観測装置1の構成について説明する。図1に示す海洋レーダ観測装置1は、複数(この例では2つ)の海洋レーダ局2A,2B(以下、区別しないときには「海洋レーダ局2」ともいう)、および基地局3を備えて、海洋上の任意の海域Aにおける表層海流の海流ベクトルV(流速および流向)を観測可能に構成されている。
【0013】
海洋レーダ局2A,2Bは、海面にFMCW方式またはFWICW方式によってレーダビームを照射し、その反射波(エコー)に基づいて算出されるパワースペクトル(ドップラースペクトル)から、ブラッグ散乱機構に基づき自局からの視線方向の流速(ドップラー周波数fd)を、自局から等距離に位置する所定の距離幅の円弧状の等距離海域毎に推定する処理を実行する。また、各海洋レーダ局2A,2Bは、Capon法のアンテナ方式により、所望の走査角に主ビームが向く受信アンテナのビームパターンを形成し得る構成となっている。具体的には、各海洋レーダ局2A,2Bは、1本の送信アンテナ21、信号発生部22、複数(本例では一例として4本)の受信アンテナ23a,23b,23c,23d(以下、特に区別しないときには「受信アンテナ23」ともいう)、受信アンテナ23と同数の信号受信部24a,24b,24c,24d(以下、特に区別しないときには「信号受信部24」ともいう)、および信号処理部25をそれぞれ備えている。
【0014】
この場合、信号発生部22は、FMCW方式またはFWICW方式で周波数変調された短波帯(本例では一例として24.5MHz)の送信信号Stxを生成して、送信アンテナ21に出力する。送信アンテナ21は、八木アンテナであり、入力した送信信号Stxを海上にレーダ信号としてブロードビームの状態で送信する。例えば、海洋レーダ局2の正面方向を基準角(0°)としたときに−45°〜45°の走査角範囲に含まれる海域が観測海域であるときには、送信アンテナ21は、少なくともこの走査角範囲を含む範囲(例えば、基準角0°を中心として±90°の範囲(走査角−90°〜90°の範囲))にレーダ信号を送信する。
【0015】
各受信アンテナ23は、無指向性のアンテナで構成されている。また、各受信アンテナ23は、観測に必要な角度分解能(例えば±90°の範囲を5°ステップで分割)を確保し得る受信アンテナのビームパターンを形成可能とするため、0.5λ(λは、送信信号Stxの波長)間隔で一列に、基準角0°に対して直交する仮想直線上に配設されている。本例では、受信アンテナ23は従来の8本とは異なり4本であるため、全受信アンテナ23の設置場所の幅は18.37m(=3×(300/24.5)/2)に狭められている。各受信アンテナ23a,23b,23c,23dは、海面で反射されたレーダ信号(反射波)をそれぞれ受信して、受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdとして出力する。各信号受信部24a,24b,24c,24dは、対応する受信アンテナ23a,23b,23c,23dから出力される受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdに対して中間周波との混合を行うことにより、ベースバンド信号に復調して、計測信号Sma,Smb,Smc,Smd(以下、特に区別しないときには「計測信号Sm」)として出力する。
【0016】
信号処理部25は、信号受信部24と同数(受信アンテナ23と同数でもある)のA/D変換器、信号処理プロセッサ(DSP)および内部メモリ(いずれも図示せず)を備えて構成されている。この場合、各A/D変換器は、対応する信号受信部24から出力された計測信号Sma,Smb,Smc,Smdを所定のサンプリング周期でサンプリングすることにより、計測信号Sma,Smb,Smc,Smdの振幅を示す波形データを生成する。DSPは、各A/D変換器から出力される計測信号Smの波形データを入力して内部メモリに記憶させる。また、DSPは、内部メモリに記憶されている各計測信号Smの波形データに対して、1次フーリエ変換処理(距離分解処理)、2次フーリエ変換処理(ドップラー周波数分解処理)および平均化処理(ノイズ除去処理)を実行することにより、計測信号Sm毎(つまり、受信アンテナ23毎)に各等距離海域内での視線方向に沿った流速(以下、「視線流速」ともいう)に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出する。この場合、ドップラー周波数毎のパワースペクトルは、1つの等距離海域内の複数の海域の視線流速が同一であるときには、この複数の海域についてのパワースペクトルの合成スペクトルとして算出される。また、DSPは、算出したすべての計測信号Smの合成スペクトルに対してCapon法を用いた高精度角度分解処理を実行することにより、すべての等距離海域内での視線方向毎のドップラー周波数(走査角を5°ステップで変化させたときの各走査角でのドップラー周波数(流速))を走査角に対応付けて算出し、算出した各ドップラー周波数fdを各走査角に対応付けてパワースペクトルデータ群(ドップラースペクトルデータ群)Ddsとして内部メモリに記憶させる。また、信号処理部25は、パワースペクトルデータ群Dds(海洋レーダ局2Aではパワースペクトルデータ群Dds1、海洋レーダ局2Bではパワースペクトルデータ群Dds2)を基地局3に出力する。
【0017】
基地局3は、各海洋レーダ局2A,2Bと通信回線を介して接続されて、各海洋レーダ局2A,2Bから出力されるパワースペクトルデータ群Dds1,Dds2を受信する。また、基地局3は、この2つのパワースペクトルデータ群Dds1,Dds2に基づいて、所望の海域Aにおける表層海流の流速および流向(海流ベクトルV)を算出する。
【0018】
次に、海洋レーダ局2A,2Bおよび海洋レーダ観測装置1の動作について、図面を参照して説明する。
【0019】
この海洋レーダ観測装置1の動作状態において、各海洋レーダ局2A,2Bでは、それぞれの送信アンテナ21からレーダビームを海面に照射し、その反射波を各受信アンテナ23が受信して受信信号Srxとして出力し、この受信信号Srxを各信号受信部24が計測信号Smに変換し、各信号受信部24から出力された計測信号Smに基づいて信号処理部25がパワースペクトルデータ群Dds,Dds2をそれぞれ生成して基地局3に出力する動作を繰り返し実行する。
【0020】
具体的に、各海洋レーダ局2A,2Bにおける信号処理部25の詳細な動作について図面を参照して説明する。なお、海洋レーダ局2A,2Bの動作は同一であるため、海洋レーダ局2Aを例に挙げてその動作を説明する。海洋レーダ局2Aでは、信号発生部22が、送信信号Stxを生成して、送信アンテナ21に出力する。これにより、送信信号Stxが、送信アンテナ21からブロードビームの状態でレーダ信号として海上に照射される。次いで、照射されたレーダ信号は、海上の波で散乱波となり、その一部が海洋レーダ局2Aに反射波として戻って来る。この場合、海上での表層海流の流速および流向は図2に示すように海域によって異なっている。このため、海洋レーダ局2Aで観測される反射波は、図3に示すように、散乱波のうちの海洋レーダ局2Aの視線方向(レーダ視線方向)に沿った成分であるが、ブラッグ散乱現象およびドップラー現象の影響を受けて、送信信号Stxの周波数に対して、(ω±ωB−2×k0×Vr)のように、周波数がシフトした状態となっている。ここで、ωは、送信角周波数(=2×π×f)であり、ωBは、ブラッグ散乱角周波数(f=24.5MHzのときに、ωB≒2×π×0.505)であり、k0=2×π/λ(λは送信周波数の波長)であり、Vrは、視線流速(遠ざかる方向を正)である。
【0021】
各受信アンテナ23は、すべての海域からの反射波(すべての角度から到来するすべての距離からの反射波)を受信して、受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdを出力する。各信号受信部24a,24b,24c,24dは、対応する受信アンテナ23a,23b,23c,23dから出力される受信信号Srxa,Srxb,Srxc,Srxdを入力して、ベースバンド信号に復調することにより、計測信号Sma,Smb,Smc,Smdとして出力する。この場合、各受信アンテナ23は、上記したように所定の間隔(0.5λ)を空けて設置されているため、同一の海域からの反射波であっても、その設置位置の差に従い、位相差が生じた状態でこの反射波を受信する。これにより、各計測信号Sma,Smb,Smc,Smd間にも、同様の位相差が発生している。
【0022】
信号処理部25は、各計測信号Smを入力すると共にA/D変換することにより、各計測信号Smについての波形データを生成して内部メモリに記憶する。次いで、信号処理部25は、内部メモリに記憶されている各計測信号Smの波形データに対して、1次フーリエ変換処理(距離分解処理)、2次フーリエ変換処理(ドップラー周波数分解処理)および平均化処理(ノイズ除去処理)をそれぞれ実行する。具体的には、送信信号Stxは上記したようにFMCW方式またはFWICW方式で送信されているため、信号処理部25は、1次フーリエ変換処理により、各計測信号Smを例えば、1.5km幅の各等距離海域に分解する(1.5km毎の距離分解を行う)。一例として、図4では、1つの等距離海域Cを破線を付して示している。また、信号処理部25は、各等距離海域からの反射波に基づく計測信号Smの抽出(1次フーリエ変換処理)を所定時間繰り返し実行して、等距離海域毎に内部メモリに時系列データとして記憶する。これにより、内部メモリには、受信アンテナ23毎に、各等距離海域からの反射波に基づく計測信号Smが抽出されて時系列(時系列データとして)で記憶される。
【0023】
次いで、信号処理部25は、内部メモリに時系列で記憶されている各等距離海域での計測信号Smを一定時間分毎のデータブロックに区分けし、この区分けしたデータブロックに対して2次フーリエ変換処理を実行することにより、各等距離海域から到来する反射波に含まれているドップラー周波数毎のパワースペクトルを検出(算出)する。信号処理部25は、この処理を、各受信アンテナ23からの計測信号Sm毎に実行する。この2次フーリエ変換処理の結果、各等距離海域内に視線流速が異なる表層海流が存在しているときには、その数分だけのパワースペクトルがドップラー周波数(表層海流の流速に対応する周波数)において検出される。一例として、図4に示すように、等距離海域C内に視線流速が異なるE1〜E5の5種類の表層海流が存在しているときには、これに対応して、図5に示すように、ドップラー周波数の異なる5種類のパワースペクトルが検出(算出)される。なお、同図では、ドップラー周波数の軸(横軸)において正側に現れるパワースペクトルのみを図示しているが、負側にも図示しないパワースペクトルが現れている。また、視線流速E2,E3,E4,E5については、等距離海域C内の複数の海域において観測されるため、同図に示されているパワースペクトルは、その数分だけ合成された合成スペクトルとなる。また、同図のfBは、視線方向の流速がゼロとなるときの基準ドップラー周波数を示している。また、信号処理部25は、上記のパワースペクトルの検出を複数回実行して平均する平均化処理を実行することで、例えば、船舶の通過による表層海流の視線流速への影響を軽減する。これにより、信号処理部25は、計測信号Sm毎の信号処理を完了し、次いで、等距離海域毎に、算出したすべての計測信号Smのパワースペクトルに対してCapon法を用いた高精度角度分解処理100(図7参照)を実行する。
【0024】
この高精度角度分解処理100では、信号処理部25は、等距離海域毎に、上記の1次フーリエ変換処理および2次フーリエ変換処理によって各計測信号Smから算出された等距離海域内での表層海流についての各パワースペクトルの存在位置(各パワースペクトルのドップラー周波数に対応する流速で表層海流が流れている海域の走査角θ(図6参照))を検出する。なお、一例として、走査角θは、同図に示すように、各海洋レーダ局2の正面方向を基準方向(0°)としたときの角度をいうものとする。
【0025】
具体的に等距離海域Cを例に挙げて説明すると、信号処理部25は、まず、図7に示すように、ドップラー周波数fdと走査角θの初期値fd0,θ0を設定する(ステップ101)。この場合、ドップラー周波数fdの初期値fd0とは、一例として、観測すべき表層海流の視線流速の範囲の下限値(例えば、範囲が−1Hz〜1Hzのときには−1Hz)とし、走査角θの初期値θ0とは、各海洋レーダ局2の観測海域を含む走査角範囲の下限値とする。具体的には、走査角範囲が一例として−90°〜90°のときには、その下限値が−90°となる。なお、走査角範囲の範囲はこれに限らず、−90°〜90°の範囲内で任意に規定することができる。
【0026】
次いで、信号処理部25は、各計測信号Smから算出された等距離海域C内での表層海流についての各パワースペクトルの中から、現在設定されているドップラー周波数fdと同じ周波数のパワースペクトルを抽出し(ステップ102)、この抽出したパワースペクトルに対して、Capon法を適用して、現在設定されている走査角θに主ビームが向くビームパターン形成処理を実行する(ステップ103)。このビームパターン形成処理では、信号処理部25は、Capon法によってビームパターンを形成しつつ、そのときのパワースペクトルのレベルを検出して、検出したレベルを、そのときの走査角θおよびドップラー周波数fdに対応させて内部メモリに記憶する。
【0027】
信号処理部25は、現在設定されている走査角θが、走査角範囲(−90°〜90°)の上限値(90°)に達したか否かを検出しつつ(ステップ104)、所定の走査角(単位走査角)Δθ(本例では5°)ずつ走査角θを増加させなながら(ステップ105)、走査角θが上限値(90°)に達するまで、上記ステップ103を繰り返し実行する。これにより、ステップ102において抽出した1つのドップラー周波数fdについて、等距離海域C全体についての角度分解処理が完了し、このドップラー周波数fdのパワースペクトルがどの走査角θに存在するかが検出される。なお、走査角Δθは5°ずつに限らず、任意の角度に規定することができる。
【0028】
その後、信号処理部25は、ドップラー周波数fdが上記範囲(−1Hz〜1Hz)の上限値(1Hz)に達したか否かを検出しつつ(ステップ106)、所定のドップラー周波数(単位ドップラー周波数)Δfd(例えば、0.005Hz)ずつドップラー周波数fdを増加させなながら(ステップ107)、ドップラー周波数fdが上限値(1Hz)に達するまで、上記ステップ102〜ステップ107を実行する。これにより、ドップラー周波数fdを単位ドップラー周波数Δfdずつ変化させたときの、各ドップラー周波数fdのパワースペクトルの等距離海域C内での位置(走査角θ)が検出される。つまり、各ドップラー周波数fが各走査角θに対応付けられて算出される。次いで、信号処理部25は、算出した各ドップラー周波数fdを各走査角に対応付けてパワースペクトルデータ群(ドップラースペクトルデータ群)Ddsとして内部メモリに記憶させる。これにより、高精度角度分解処理が完了する。
【0029】
本例では、信号処理部25は、上記したようにCapon法によってビームパターンを形成して、そのときの検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルのレベル(パワースペクトルの存在)を検出している。この場合、Capon法では、主ビームを形成しようとする走査角θ以外の走査角に存在している他のパワースペクトルの影響を最小限にするように、すなわち、他のパワースペクトルの走査角にヌルが向くように、ビームパターンの形成が行われる。このため、図8に示すように、同一ドップラー周波数fdを有するパワースペクトル(一例として符号E3で示されるパワースペクトル)に対する高精度角度分解処理においては、このパワースペクトルE3は、主ビームを形成しようとする走査角θ(=−40°)以外に、走査角θ(=0°)および走査角θ(=80°)の2つの走査角に存在しているが、Capon法によって形成されるビームパターンは、同図において破線で示すように、走査角θ(=−40°)に主ビームが形成され、かつ他の走査角θ(=0°,80°)にヌルが形成される形状に形成される。このため、各走査角θ(=0°,80°)に存在しているパワースペクトルの影響が最小限に抑制され、これにより、受信アンテナ23の数が少ない状態であっても、走査角θ(=−40°)に位置するパワースペクトルE3のレベルが正確に検出される。したがって、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルが、この走査角θ(=−40°)に存在していることを正確に検出することができる。
【0030】
同様にして、図9に示すように、走査角θ(=0°)に主ビームを形成したときには、他の走査角θ(=−40°,80°)にヌルが形成される形状にビームパターンが同図において破線で示されるように形成される。これにより、走査角θ(=0°)に位置するパワースペクトルE3のレベルが正確に検出されて、この走査角θ(=0°)に、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルが存在していることを検出することができる。図示はしないが、走査角θ(=80°)に主ビームを形成したときにも、他の走査角θ(=−40°,0°)にヌルが形成される形状にビームパターンが形成される。これにより、走査角θ(=80°)に位置するパワースペクトルE3のレベルが正確に検出されて、この走査角θ(=80°)に、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルが存在していることを検出することができる。したがって、符号E3で示されるパワースペクトルについては、図10に示すように、−40°,0°,80°の各走査角θに存在していることが検出される。なお、Capon法によれば、ビームパターンの形成に際して形成可能なヌルの数は、受信アンテナ23の数よりも1つ少ない数に制限される。しかしながら、各計測信号Smに対する1次フーリエ変換処理(距離分解処理)での距離分解を、処理可能な範囲内で高めることにより、このヌルの形成個数の制限に起因する問題が殆ど生じない状態で、パワースペクトルの走査角θを特定することが可能となっている。
【0031】
この場合、高精度角度分解処理の完了後において、内部メモリには、等距離海域毎に、各等距離海域に含まれている各パワースペクトルについて、そのドップラー周波数fdと走査角θとが関連付けられて記憶されている。このドップラー周波数fdを横軸とし、走査角θを縦軸として、1つの等距離海域(一例として等距離海域C)について、この横軸および縦軸で規定される直交座標平面上に、検出されたパワースペクトルをプロット(円で示している)すると、図11に示すようになる。また、同図において、同一の模様を付したプロットは、同一のドップラー周波数fdであることを示している。なお、ドップラー周波数fdの負側にも同様にパワースペクトルが存在するが、発明の理解を容易にするため、省略している。このため、走査角θを特定することにより、この走査角θにおけるパワースペクトルの存在の有無、および存在するときにはそのドップラー周波数fd(つまり、流速)を特定することが可能となる。最後に、信号処理部25は、内部メモリに記憶されている等距離海域Cに含まれる各パワースペクトルについてのドップラー周波数fdと走査角θとの情報を、パワースペクトルデータ群Dds1として基地局3に出力する。
【0032】
他の海洋レーダ局2Bも、上記した海洋レーダ局2Aと同様にして、パワースペクトルデータ群Dds2を算出して、基地局3に出力する。基地局3は、各海洋レーダ局2から受信した各パワースペクトルデータ群Dds1,Dds2に基づいて、所望の海域Aにおける表層海流の流速および流向(海流ベクトルV)を算出する。例えば、海洋レーダ局2Aにおける走査角θ1の視線方向と、海洋レーダ局2Bにおいて走査角θ2の視線方向との交点に海域Aが位置しているときには、基地局3は、まず、海洋レーダ局2Aから海域Aまでの距離L1と、海洋レーダ局2Bから海域Aまでの距離L2とを算出する。次いで、海洋レーダ局2Aから受信したパワースペクトルデータ群Dds1から、距離L1の等距離海域に含まれるパワースペクトルのドップラー周波数fdと走査角θとを特定すると共に、走査角θ1に対応するパワースペクトルのドップラー周波数fd1を特定する。また、海洋レーダ局2Bから受信したパワースペクトルデータ群Dds2から、距離L2の等距離海域に含まれるパワースペクトルのドップラー周波数fdと走査角θとを特定すると共に、走査角θ2に対応するパワースペクトルのドップラー周波数fd2を特定する。最後に、基地局3は、特定されたドップラー周波数fd1,fd2に基づいて、海域Aにおける表層海流の海流ベクトルVを合成する。これにより、海域Aにおける表層海流の流速および流向が観測(測定)される。
【0033】
このように、この海洋レーダ局2では、信号処理部25がCapon法によりビームパターンを形成して、各等距離海域に含まれている各ドップラー周波数fdのパワースペクトルを走査角θに対応付けて算出(検出)する。この場合、Capon法では、主ビームを形成しようとする走査角θ以外の走査角に存在している他のパワースペクトルの影響を最小限にするように、すなわち、他のパワースペクトルの走査角にヌルが向くように、ビームパターンの形成が行われる。したがって、この海洋レーダ局2によれば、受信アンテナ23の数が少ない状態であっても、走査角θに位置するパワースペクトルのレベル(つまりパワースペクトルの存在)を正確に検出することができるため、設置スペース(具体的には設置場所の幅)を小さくしつつ、検出対象としているドップラー周波数fdのパワースペクトルの各走査角θでの存在の有無を正確に検出することができる。つまり、観測可能な角度分解能を十分に確保することができる。このため、精度の高いパワースペクトルデータ群Ddsを基地局3に出力することができる。また、精度向上のために送信信号Stxの周波数を高める必要もないため、周波数を高めることによって発生する遠距離の海域についての観測の困難化といった問題の発生も回避することができる。
【0034】
また、このような海洋レーダ局2を備えた基地局3によれば、各海洋レーダ局2の受信アンテナ23の削減が可能となるため、海洋レーダ局2および基地局3を含めた全体の設置スペースを大幅に削減することができる。
【0035】
なお、本発明は、上記の構成に限定されない。例えば、2つの海洋レーダ局2A,2Bを備えた例について上記したが、3つ以上の海洋レーダ局2を備えた構成を採用することもできる。また、受信アンテナ23と独立して送信アンテナ21を配設する構成を採用しているが、複数の受信アンテナ23のうちの1つを送信時には信号発生部22に切り換えて接続する構成(受信アンテナ23のうちの1つを送信アンテナ21として兼用する構成)とすることもできる。これによって送信アンテナ21を省くことができるため、さらなる設置スペースの削減を図ることができる。具体的な構成としては、図1に示すように、各海洋レーダ局2に信号切替部26を配設し、この信号切替部26に受信アンテナ23d、信号受信部24dおよび信号発生部22を接続する。また、信号切替部26は、信号処理部25から出力される制御信号Sctにより、内部接続状態が制御されて、受信アンテナ23dに対して信号受信部24dおよび信号発生部22の一方を選択的に接続する。この構成により、送信アンテナ21の配設を省略しつつ、上記したように受信アンテナ23のうちの1つ(受信アンテナ23d)を送信アンテナとして兼用することが可能となる。
【0036】
また、各海洋レーダ局2において算出したパワースペクトルデータ群Dds1,Dds2を基地局3に送信して、基地局3において、所望の海域Aでの表層海流の流速および流向を観測する構成を採用した例について上記したが、各海洋レーダ局2が、所望の海域Aの各海洋レーダ局2からの距離L1,L2、および走査角θ1,θ2についての情報を基地局3から取得して、この海域Aからの視線方向のドップラー周波数fdを特定し、特定したドップラー周波数fdだけを基地局3に送信する構成とすることもできる。この場合、基地局3では、各海洋レーダ局2から受信した2つのドップラー周波数fdを合成することにより、海域Aでの表層海流の流速および流向を観測する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】海洋レーダ局2および海洋レーダ観測装置1の構成を示す構成図である。
【図2】海上での表層海流の流速および流向をベクトルで表示した説明図である。
【図3】図2に示す表層海流が存在する海上からのレーダビームの反射波の視線方向の成分を示す説明図である。
【図4】1次フーリエ変換処理により、各計測信号Smを各等距離海域に分解する動作を説明するための説明図である。
【図5】図4に示される等距離海域Cに含まれるドップラー周波数fd毎のパワースペクトルを示すグラフである。
【図6】等距離海域に含まれているパワースペクトルの存在位置を特定するための高精度角度分解処理を説明するための説明図である。
【図7】高精度角度分解処理のフローチャートである。
【図8】高精度角度分解処理で使用されるCapon法によって形成されるビームパターンを説明するための説明図である。
【図9】高精度角度分解処理で使用されるCapon法によって形成されるビームパターンを説明するための他の説明図である。
【図10】符号E3で示されるパワースペクトルが存在する走査角θを示す説明図である。
【図11】等距離海域Cに含まれているパワースペクトルのドップラー周波数fdと走査角θとの関係を説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0038】
1 海洋レーダ観測装置
2A,2B 海洋レーダ局
3 基地局
21 送信アンテナ
22 信号発生部
23a〜23d 受信アンテナ
24a〜24d 信号受信部
25 信号処理部
26 信号切替部
Srxa〜Srxd 受信信号
fd ドップラー周波数
【特許請求の範囲】
【請求項1】
送信アンテナから海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナからそれぞれ出力された受信信号に基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部を備えている海洋レーダ局であって、
前記信号処理部は、
前記各受信アンテナから出力される前記各受信信号の時系列データに対して距離分解用のフーリエ変換処理とドップラー周波数分解用のフーリエ変換処理とを実行して所定の等距離海域内の視線方向に沿った各流速に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出し、
前記算出した前記各受信信号の前記各パワースペクトルに対してCapon法を適用して、前記各ドップラー周波数、および視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかを走査角に対応付けて算出する海洋レーダ局。
【請求項2】
前記複数の受信アンテナを備え、
前記複数の受信アンテナのうちの1つを前記送信アンテナとして兼用する請求項1記載の海洋レーダ局。
【請求項3】
請求項1または2記載の複数の海洋レーダ局と、
前記各海洋レーダ局でそれぞれ算出された前記各ドップラー周波数および前記視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかに基づいて、所望海域における前記表層海流の流速および流向を算出する基地局とを備えている海洋レーダ観測装置。
【請求項1】
送信アンテナから海洋に向けて送信されたレーダ信号の反射波を受信した複数の受信アンテナからそれぞれ出力された受信信号に基づいて、表層海流の流速を算出する信号処理部を備えている海洋レーダ局であって、
前記信号処理部は、
前記各受信アンテナから出力される前記各受信信号の時系列データに対して距離分解用のフーリエ変換処理とドップラー周波数分解用のフーリエ変換処理とを実行して所定の等距離海域内の視線方向に沿った各流速に対応するドップラー周波数毎のパワースペクトルを算出し、
前記算出した前記各受信信号の前記各パワースペクトルに対してCapon法を適用して、前記各ドップラー周波数、および視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかを走査角に対応付けて算出する海洋レーダ局。
【請求項2】
前記複数の受信アンテナを備え、
前記複数の受信アンテナのうちの1つを前記送信アンテナとして兼用する請求項1記載の海洋レーダ局。
【請求項3】
請求項1または2記載の複数の海洋レーダ局と、
前記各海洋レーダ局でそれぞれ算出された前記各ドップラー周波数および前記視線方向に沿った前記表層海流の流速のいずれかに基づいて、所望海域における前記表層海流の流速および流向を算出する基地局とを備えている海洋レーダ観測装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−300207(P2009−300207A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153973(P2008−153973)
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(000214836)長野日本無線株式会社 (140)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(000214836)長野日本無線株式会社 (140)
【Fターム(参考)】
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