説明

消化管運動抑制剤

【課題】非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用に対する抑制剤及び消化管運動亢進作用の軽減された抗炎症性組成物を提供する。
【解決手段】ジクロフェナクナトリウム及びロキソプロフェンナトリウムから選択される非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用に対する抑制剤であって、臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンを有効成分として含む抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進に対して抑制作用を有する医薬、及び消化管運動亢進作用が軽減された抗炎症性の医薬組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アスピリン、インドメタシンをはじめとする非ステロイド系抗炎症剤は、頭痛、筋肉痛、関節痛、術後痛などの痛みや、関節リウマチ、感染症、咽喉頭炎、中耳炎、副鼻腔炎などに対する治療剤として広く用いられているが、これらの非ステロイド系抗炎症剤の投与によって胃粘膜障害が惹起され、潰瘍が発生することが知られている。アスピリンによる胃粘膜障害に関してはDavenport らによる詳細な研究があり (Davenport, H.D., Gastroenterology, 46, 245, 1964)、胃内のような酸性環境下ではアスピリンが脂溶性非解離状態となり細胞膜を通過するため、胃粘膜関門(mucosal barrier) を破綻させ H+ の粘膜への逆拡散が増加する結果として障害が起こるとされている。
【0003】
もっとも、インドメタシンが胃粘膜障害を引き起こすのに対して、フェニルブタゾンでは胃よりも十二指腸粘膜障害の発生頻度が高いことが知られており、非ステロイド系抗炎症剤の種類によって障害発現機序の詳細は異なっているものと考えられている。最近では、これら非ステロイド系抗炎症剤がシクロオキシゲナーゼの作用を抑制し、胃輪状筋の収縮を抑制するプロスタグランジンE群の合成を阻害する結果、胃運動亢進が引き起こされ粘膜障害が発生すると考えられている(Sanders, K.M., Am. J. Physiol., 247, G117-G126, 1984)。
【0004】
インドメタシンが引き起こす粘膜障害の成立過程において、インドメタシンによる胃運動亢進作用が粘膜障害の重要な因子であることが示唆されており、胃酸分泌と胃運動に対して抑制作用を有するアトロピンが潰瘍形成を阻害することが示されている (Ueki, S., et al., Digestive Diseases and Sciences, 33, pp.209-216, 1988)。アトロピンがインドメタシンの誘起する胃運動亢進及び胃収縮を阻害することが実験的に確認されていることから、アトロピンはインドメタシンの胃運動亢進作用を阻害することによって胃粘膜を潰瘍形成から保護するようである(上掲 Ueki らの文献)。
【0005】
アトロピンなどの三級アミン型の抗コリン剤(本明細書において「三級アミン系抗コリン剤」という場合がある。)とともに、臭化ブチルスコポラミンなどの四級アンモニウム塩の抗コリン剤(本明細書において「四級アンモニウム系抗コリン剤」と呼ぶ場合がある。)も臨床で用いられている。もっとも、三級アミン系抗コリン剤と四級アンモニウム系抗コリン剤とでは、抗コリン作用という共通する薬理作用があるものの、それぞれ胃液分泌あるいは消化管運動に対する効果が異なることが知られており、臨床的には両者の特徴に応じて使い分けが必要である(臨床薬物治療学体系、Handbook of clinical pharmacology and therapeutics, 13、消化器疾患、IV. 胃疾患、pp.145-146, 1988) 。
【0006】
例えば、三級アミン系抗コリン剤は一般に胃液分泌作用よりも消化管運動抑制作用に優れており、臨床的には鎮痙剤として腹痛に対する対症療法に適している。一方、四級アンモニウム系抗コリン剤は神経筋遮断作用が強く、分泌及び運動の抑制に優れた効果を示し、三級アミン系抗コリン剤に比べると消化管に対して比較的選択的な作用を有している。上記のように、三級アミン系抗コリン剤のアトロピンについては、インドメタシンなどの非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす胃運動亢進に対して抑制作用を発揮することが知られているが(上記 Ueki らの文献)、四級アンモニウム系抗コリン剤についてはこのような作用は従来知られていない。
【0007】
四級アンモニウム系抗コリン剤として、臭化チキジウム(「チアトン」、北陸製薬株式会社製造及び販売)が臨床で用いられており、胃炎、胃・十二指腸潰瘍などの治療剤として優れた効果を示すことが知られている。この抗コリン剤については、消化性潰瘍治療剤としての有効性が示されており(日薬理誌、Folia pharmacol. japon., 90, pp.273-283, 1987)、インドメタシン胃損傷に対して抑制作用を示すことが明らかにされているが、その作用機序は胃酸分泌抑制作用及び胃壁に直接作用として惹起されると思われるサイトプロテクティブな作用であると示唆されている(282 頁右欄18-21 行)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Davenport, H.D., Gastroenterology, 46, 245, 1964
【非特許文献2】Sanders, K.M., Am. J. Physiol., 247, G117-G126, 1984
【非特許文献3】Ueki, S., et al., Digestive Diseases and Sciences, 33, pp.209-216, 1988
【非特許文献4】臨床薬物治療学体系、Handbook of clinical pharmacology and therapeutics, 13、消化器疾患、IV. 胃疾患、pp.145-146, 1988
【非特許文献5】日薬理誌、Folia pharmacol. japon., 90, pp.273-283, 1987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、イブプロフェンなどの非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進に対して抑制作用を有する医薬を提供することにある。また、本発明の別の課題は、消化管運動亢進作用が軽減された抗炎症性の医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、四級アンモニウム系抗コリン剤がインドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、イブプロフェンなどの非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用に対して極めて優れた抑制作用を有していることを見出した。また、非ステロイド系抗炎症剤と四級アンモニウム系抗コリン剤とを組み合わせることによって、消化管運動亢進作用が顕著に軽減された抗炎症性の医薬組成物を提供できることを見出した。本発明はこれらの知見を基にして完成されたものである。
【0011】
すなわち本発明は、非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用に対する抑制剤であって、四級アンモニウム系抗コリン剤を有効成分として含む抑制剤を提供するものである。この発明の好ましい態様によれば、四級アンモニウム系抗コリン剤が臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンである上記抑制剤、及び非ステロイド系抗炎症剤がジクロフェナクナトリウム、ロキソプロフェンナトリウム、インドメタシン、ピロキシカム、ケトプロフェン、イブプロフェン、ザルトプロフェン、又はアンピロキシカムである上記抑制剤が提供される。本発明の抑制剤は、非ステロイド系抗炎症剤の投与に起因する消化管粘膜の損傷形成などの消化管障害の予防及び/又は治療に有用である。
【0012】
また、本発明の別の観点からは、非ステロイド系抗炎症剤と四級アンモニウム系抗コリン剤とを含む医薬組成物が提供される。この発明の好ましい態様によれば、四級アンモニウム系抗コリン剤が臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンである上記医薬組成物、及び非ステロイド系抗炎症剤がジクロフェナクナトリウム、ロキソプロフェンナトリウム、インドメタシン、ピロキシカム、ケトプロフェン、イブプロフェン、ザルトプロフェン、又はアンピロキシカムである上記医薬組成物が提供される。
【0013】
本発明のさらに別の観点からは、非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用を抑制する方法であって、四級アンモニウム系抗コリン剤の抑制有効量を哺乳類動物、好ましくはヒトに投与する工程を含む方法;非ステロイド系抗炎症剤の投与に起因する消化管粘膜の損傷形成などの消化管障害の予防及び/又は治療方法であって、非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用を抑制するための有効量の四級アンモニウム系抗コリン剤を哺乳類動物、好ましくはヒトに投与する工程を含む方法;並びに、上記抑制剤又は上記医薬組成物の製造のための四級アンモニウム系抗コリン剤、好ましくは臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンの使用が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の抑制剤は非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進を軽減ないし排除する作用を有しており、非ステロイド系抗炎症剤の投与に起因する消化管障害の治療及び/又は予防に有用である。また、本発明の抗炎症性医薬組成物は、消化管運動の亢進作用が軽減ないし排除されており、消化管障害を惹起することなく炎症性疾患を治療できるという優れた特徴がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】覚醒ラットにおいてジクロフェナクナトリウム(5 mg/kg、皮下投与)が引き起こす胃運動亢進作用に対する本発明の抑制剤の作用を示した図である。
【図2】覚醒ラットにおいてインドメタシン(25 mg/kg、皮下投与)が引き起こす胃運動亢進作用に対する本発明の抑制剤の作用を示した図である。
【図3】覚醒イヌにおいてジクロフェナクナトリウムが引き起こす胃前庭部亢進作用に対する本発明の抑制剤の作用を示した図である。
【図4】覚醒ラットにおいてインドメタシン(25 mg/kg、皮下投与)が引き起こす胃運動亢進作用に対する本発明の抑制剤の作用を示した図である。図中、「溶媒」は0.5% CMCを意味する。
【図5】覚醒ラットにおいてジクロフェナクナトリウム(100 mg/kg、皮下投与)が引き起こす胃運動亢進作用に対する本発明の抑制剤の作用を示した図である。図中、「溶媒」は0.5% CMCを意味する。
【図6】覚醒ラットにおいてイブプロフェンが引き起こす胃運動亢進作用に対する本発明の抑制剤の作用を示した図である。図中、「溶媒」は0.5% CMCを意味する。
【図7】覚醒ラットにおいてインドメタシンが引き起こす胃運動指数の増加と、胃粘膜損傷形成に対する本発明の抑制剤(十二指腸内投与)の作用を示した図である。図中、「溶媒」は0.5% CMCを意味する。
【図8】覚醒ラットにおいてジクロフェナクナトリウムが引き起こす胃運動指数の増加と、胃粘膜損傷形成に対する本発明の抑制剤(十二指腸内投与)の作用を示した図である。
【図9】覚醒ラットにおいてイブプロフェンが引き起こす胃運動指数の増加と、胃粘膜損傷形成に対する本発明の抑制剤(十二指腸内投与)の作用を示した図である。図中、「溶媒」は0.5% CMCを意味する。
【図10】覚醒ラットにおいてインドメタシン、ジクロフェナクナトリウム又はイブプロフェンと本発明の抑制剤の同時経口投与での胃粘膜損傷形成に対する作用を示した図である。図中、「溶媒」は0.5% CMCを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の抑制剤は、非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用に対する抑制剤であって、四級アンモニウム系抗コリン剤を有効成分として含むことを特徴としている。本明細書において用いられる「消化管」という用語は、胃、十二指腸、小腸、及び大腸を含めてもっとも広義に解釈する必要があるが、好ましくは胃及び十二指腸、さらに好ましくは胃を意味している。本明細書において用いられる「消化管障害」という用語は、粘膜障害のほか、粘膜及び筋組織における潰瘍形成などを含めてもっとも広義に解釈する必要がある。また、本明細書において用いられる「非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用」という用語は、消化管の運動亢進のほか、消化管の収縮などを含めた概念として用い、その作用は Ueki らの文献に記載された方法に従って容易に確認することができる (Ueki, S., et al., Digestive Diseases and Sciences, 33, pp.209-216, 1988)。
【0017】
本発明の抑制剤の有効成分である四級アンモニウム系抗コリン剤の種類は特に限定されないが、すでに臨床で使用されている四級アンモニウム系抗コリン剤は本発明の抑制剤としていずれも好適に使用できる。このような抗コリン剤として、例えば、臭化チキジウム、臭化メチルアトロピン、臭化ブトロピウム、臭化メチルアニソトロピン、臭化水素酸スコポラミン、臭化ブチルスコポラミン、臭化プロパンテリン、臭化メチルベナクチジウム、臭化バレタメート、臭化プリフィニウム、臭化トロスピウム、メチル硫酸N-メチルスコポラミン、臭化チメピジウム、ヨウ化シクロニウム、臭化ジポニウムなどを挙げることができる。
【0018】
これらのうち、臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンが好ましく、臭化チキジウムが特に好ましい。例えば、臭化チキジウムを用いる場合には「チアトン」として北陸製薬株式会社より販売されている製剤をそのまま用いることが可能であり、また、上記に具体的に例示した他の四級アンモニウム系抗コリン剤を用いる場合にも市販の製剤をそのまま用いることができる。もっとも、本発明の抑制剤の有効成分はすでに臨床で使用されている四級アンモニウム系抗コリン剤に限定されることはない。本発明の抑制剤の有効成分としては、分子内に四級アンモニウム構造を有し、かつ抗コリン作用を有するものであれば、いかなるものを用いてもよい。塩の種類も特に限定されず、水和物又は溶媒和物などの形態の物質を用いてもよい。また、不斉炭素や二重結合などに基づく異性体や互変異性に基づく異性体が存在する場合には、任意の異性体又はそれらの混合物を使用できることはいうまでもない。
【0019】
本発明の抑制剤の投与経路は特に限定されず、使用する四級アンモニウム系抗コリン剤の種類に応じて好適な投与経路によって投与すればよい。経口投与用の製剤として、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、シロップ剤、溶液剤などを挙げることができ、非経口投与用の製剤として、例えば、注射剤、点滴剤、坐剤、吸入剤、経皮吸収剤などを挙げることができるが、本発明の抑制剤の製剤形態はこれらに限定されることはない。これらの製剤の製造には当業界で利用可能な任意の製剤用添加物を1種又は2種以上使用することができる。例えば、臭化チキジウムを用いる場合には経口投与用の製剤を用いることが好ましい。
【0020】
本発明の抑制剤の適用対象となる非ステロイド系抗炎症剤の種類は特に限定されないが、例えば、メフェナム酸、フルフェナム酸アルミニウム、アセトアミノフェン、アセメタシン、インドメタシン、インドメタシンファルネシル、マレイン酸プログルメタシン、アルクロフェナク、ジクロフェナクナトリウム、アンフェナクナトリウム、フェンブフェン、アスピリン、ケトフェニルブタゾン、フェニルブタゾン、スルピリン、エピリゾール、エモルファゾン、塩酸チアラミド、塩酸チノリジン、アクタリット、アルミノプロフェン、アンピロキシカム、イブプロフェン、エトドラク、塩酸レフェタミン、オキサプロジン、ケトプロフェン、ザルトプロフェン、ジフルニサル、スリンダク、チアプロフェン酸、テノキシカム、トルメチンナトリウム、ナブメトン、ナプロキセン、ピロキシカム、フェノプロフェンカルシウム、ブコローム、プラノプロフェン、フルルビプロフェン、フロクタフェニン、メシル酸ジメトチアジン、メチアジン酸、モフェゾラク、ロキソプロフェンナトリウム、ロベンザリット二ナトリウムなどを挙げることができる。これらのうち、ジクロフェナクナトリウム、ロキソプロフェンナトリウム、インドメタシン、ピロキシカム、ケトプロフェン、イブプロフェン、ザルトプロフェン、アンピロキシカムなどが好ましい対象である。
【0021】
本発明の抑制剤は、非ステロイド系抗炎症剤の投与期間前、投与期間中、及び/又は投与期間後の任意の時又は期間に投与することが可能であるが、好ましくは非ステロイド系抗炎症剤の投与期間にあわせて投与することができる。本発明の抑制剤の投与量は非ステロイド系抗炎症剤の種類やその投与量、患者の年齢や体重などの条件に応じて適宜選択可能であるが、例えばジクロフェナクナトリウムを成人1日あたり25〜300 mg程度経口投与する場合には、臭化チキジウムを、通常、成人1日あたり 5〜100 mg程度経口投与することができる。上記の投与量を1日数回に分けて投与してもよい。2種以上の四級アンモニウム系抗コリン剤を組み合わせて本発明の抑制剤として使用してもよい。なお、本明細書の実施例にはインドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、及びイブプロフェンの消化管運動亢進に対する抑制作用の評価方法及び胃粘膜損傷形成に対する作用の一例が具体的に示されているので、投与量を決定するにあたり当業者はこの例を参考にすることができる。
【0022】
別の観点から提供される本発明の医薬組成物は、非ステロイド系抗炎症剤と四級アンモニウム系抗コリン剤とを含むことを特徴としている。本発明の医薬組成物は、消化管運動亢進作用が実質的に軽減ないし排除された組成物であり、胃や十二指腸などの消化管粘膜に対する障害を引き起こさない安全な抗炎症性組成物として用いることができる。非ステロイド系抗炎症剤と四級アンモニウム系抗コリン剤の種類は特に限定されないが、上記に説明したものを好適に用いることができる。本発明の医薬組成物に含まれる有効成分の組み合わせとしては、例えば、ジクロフェナクナトリウム、ロキソプロフェンナトリウム、インドメタシン、ピロキシカム、ケトプロフェン、イブプロフェン、ザルトプロフェン、又はアンピロキシカムなどの非ステロイド系抗炎症剤と、臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンとの組み合わせを挙げることができ、より好ましくは、ジクロフェナクナトリウム又はロキソプロフェンナトリウムと臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンとの組み合わせを挙げることができる。
【0023】
本発明の医薬組成物に含まれる非ステロイド系抗炎症剤と四級アンモニウム系抗コリン剤の配合量は、それぞれの有効成分の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、本明細書の実施例にはインドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、及びイブプロフェンの消化管運動亢進に対する臭化チキジウムの抑制作用及び胃粘膜損傷形成に対する臭化チキジウムの作用を評価する方法の一例が具体的に示されているので、本発明の組成物における上記有効成分の配合量を決定するにあたって、当業者はこの例を参考にすることができる。
【0024】
本発明の医薬組成物の投与経路は特に限定されず、有効成分である非ステロイド系抗炎症剤及び四級アンモニウム系抗コリン剤の種類に応じて、適宜の投与経路を選択することができる。経口投与用の製剤として、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、シロップ剤、溶液剤などを挙げることができ、非経口投与用の製剤として、例えば、注射剤、点滴剤、坐剤、吸入剤、経皮吸収剤などを挙げることができるが、本発明の医薬組成物の製剤形態はこれらに限定されることはない。
【0025】
本発明の医薬組成物の製造には当業界で利用可能な任意の製剤用添加物を1種又は2種以上使用することができるが、所望の製剤を製造するための製剤用添加物が当業者に適宜選択可能であることはいうまでもない。薬理学的及び製剤学的に許容しうる製剤用添加物の例としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。下記の実施例では本発明の抑制剤の優れた作用の例として、非ステロイド系抗炎症剤であるインドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、又はイブプロフェンが引き起こす胃運動亢進に対する臭化チキジウムの抑制作用、ならびに胃粘膜の損傷形成に対する臭化チキジウムの抑制作用を具体的に示した。
【0027】
例1 本発明の抑制剤の作用(ラット)
雄性ラット(Wistar 系、体重約 250〜320 g)をエーテル麻酔下に開腹し、内容積10 ml 程度の胃内圧測定用バルーンを前胃より挿入して組織と結紮した後、十二指腸内投与用カテーテルを十二指腸内に挿入固定して閉腹した。胃内圧測定用バルーン及びカテーテルを皮下を通して体外に引き出し、術後4時間以上経過したラットを用いて覚醒下で実験を行った。胃内圧測定用バルーンを血圧測定用トランスデューサー(TP-400T, 日本光電)と歪み圧力用アンプ(AP-621G, 日本光電)に接続し、アンプからの信号をレコーダーで記録して胃運動を測定した。この結果、ジクロフェナクナトリウム(5 mg/kg)又はインドメタシン (25 mg/kg) を皮下投与(s.c.)すると覚醒ラットの胃運動の亢進が認められた(図1及び2:上段)。また、臭化チキジウム(30 mg/kg)の十二指腸内投与(i.d., ジクロフェナクナトリウム又はインドメタシンの投与30分前処置)は、抗炎症剤が引き起こす胃運動亢進を抑制した(図1及び図2:下段)。なお、実験は、臭化チキジウム投与群、溶媒(0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液)投与群ともに3例で実施した。
【0028】
例2 本発明の抑制剤の作用(イヌ)
雌雄ビーグル犬(10 kg 前後)を麻酔下(チオペンタールナトリウム 30 mg/kg i.v.で麻酔導入し、笑気及びエトレン混合吸入により麻酔維持)に開腹し、ストレインゲージ・フォーストランスデューサー (F-121S, スターメディカル)を胃前庭部(胃幽門より上位 5 cm の部位)の輪状筋方向に慢性的に縫着した。ついで十二指腸内投与用カテーテルを十二指腸内に挿入固定して閉腹した。トランスデューサーの導線及びカテーテルは皮下を通して両肩甲骨間より体外に引き出し、犬に装着したジャケットで保護した。実験は術後2週間以上経過した時点で覚醒下に行った。トランスデューサーからの導線を張力測定用アンプ (FS-04M, スターメディカル)に接続し、アンプからの信号をレコーダーで記録して胃運動を測定した。この結果、ジクロフェナクナトリウム(1 mg/kg)の十二指腸内投与で覚醒イヌの胃前庭部運動の亢進が認められた(図3:上段)。また、臭化チキジウム(3 mg/kg) の十二指腸内投与(ジクロフェナクナトリウムの投与20分前処置)は、ジクロフェナクナトリウムが引き起こす胃運動亢進を抑制した(図3:下段)。なお、実験は、臭化チキジウム投与群、溶媒(0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液)投与群ともに3例で実施した。
【0029】
例3 胃運動亢進に対する本発明の抑制剤の作用
胃運動に対する抑制作用(臭化チキジウム十二指腸内投与)
雄性ラット(Wistar系、体重約250〜400g)を16〜20時間絶食後、エーテル麻酔下に開腹し、内容積3 ml程度の胃内圧測定用バルーンを前胃より挿入して組織と結紮した後、十二指腸内投与用カテーテルを十二指腸に挿入固定して閉腹した。胃内圧測定用バルーン及びカテーテルを皮下を通して体外に引き出し、術後4時間以上経過した覚醒下で実験を行った。胃内圧測定用バルーンは圧トランスデューサー(TP-400T,日本光電)と歪み圧力アンプ(AP-621G,日本光電)に接続し、アンプからの信号をペン書きレコーダーに記録して胃運動を測定した。30分以上の安定した収縮を確認した後、臭化チキジウム又は溶媒(0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液)を十二指腸内投与し、30分後非ステロイド系抗炎症剤を皮下投与した。
【0030】
レコーダーに記録した収縮高の累計を算出し、臭化チキジウム又は溶媒投与前に対する非ステロイド系抗炎症剤投与後7時間の収縮高の累計の割合を胃運動指数(%)として表した。実験は、臭化チキジムと溶媒(0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液)投与群ともに8例で実施し、統計学的解析はstudentのt検定を用い、溶媒投与群と比較してp<0.05となった場合に有意差ありと判定した。この結果、インドメタシン(25 mg/kg)、ジクロフェナクナトリウム(100 mg/kg)又はイブプロフェン(100 mg/kg)を皮下投与すると、覚醒ラットの胃運動は亢進した。また、臭化チキジウム(30 mg/kg)の十二指腸内投与(非ステロイド系抗炎症剤投与30分前処置)により、インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、又はイブプロフェンが引き起こす胃運動亢進を抑制した(図4〜図6の下段、及び図7〜図9)。
【0031】
例4 胃粘膜の損傷形成に対する本発明の抑制剤の作用
(1)胃粘膜の損傷形成に対する抑制作用(臭化チキジウム十二指腸内投与)
雄性ラット(Wistar系、体重約220〜320g)を16〜20時間絶食後、ラットをエーテル麻酔下に開腹し、十二指腸内投与用カテーテルを十二指腸に挿入固定して閉腹した。ラットを3日間個別ケージで飼育し、16〜20時間絶食後、臭化チキジウム又は溶媒を十二指腸内投与し、その30分後に非ステロイド系抗炎症剤を皮下投与した。7時間後にラットを頚椎脱臼にて安楽死させ胃を摘出し、腺胃部に発生した損傷の長さ(mm)を実体顕微鏡で測定し、1匹当たりの損傷の総和を潰瘍係数とした。実験は、臭化チキジウムと溶媒(0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液)投与群ともに10例で実施し、統計学的解析はstudentのt検定を用い、溶媒投与群と比較してp<0.05となった場合に有意差ありと判定した。この結果、インドメタシン(25 mg/kg)、ジクロフェナクナトリウム(100 mg/kg)又はイブプロフェン(100 mg/kg)を十二指腸内投与すると、ラットの胃粘膜に損傷の形成が認められた。また、臭化チキジウム(30 mg/kg)は、インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、又はイブプロフェンが引き起こす胃粘膜の損傷形成を抑制した(図7、図8、及び図9)。
【0032】
(2)胃粘膜の損傷形成に対する抑制作用(臭化チキジウム 同時経口投与)
雄性ラット(Wistar系、体重約220〜320g)を16〜20時間絶食したものを用い、臭化チキジウム又は溶媒と非ステロイド系抗炎症剤を、同時に経口投与した。7時間後にラットを頚椎脱臼にて安楽死させ胃を摘出し、腺胃部に発生した損傷の長さ(mm)を実体顕微鏡で測定し、1匹当たりの損傷の総和を潰瘍係数とした。実験は、臭化チキジウムと溶媒(0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液)投与群ともに10例で実施し、統計学的解析はstudentのt検定を用い、溶媒投与群と比較してp<0.05となった場合に有意差ありと判定した。この結果、インドメタシン(25 mg/kg)、ジクロフェナクナトリウム(50 mg/kg)、又はイブプロフェン(200 mg/kg)を経口投与すると、胃粘膜に損傷の形成が認められた。また、臭化チキジウム(20 mg/kg)は、インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、又はイブプロフェンとの同時経口投与により、胃粘膜の損傷形成を抑制した(図10)。
【0033】
例5 本発明の抗炎症性組成物の製剤例
(1) 錠剤
ロキソプロフェンナトリウム 60 mg
臭化チキジウム 10 mg
D-マンニトール 適 量
カルボキシメチルセルロース 10 mg
ポリビニルピロリドン 2.5 mg
ステアリン酸マグネシウム 1.5 mg
ヒドロキシプロピルメチルセルロース 4 mg
マクロゴール 6000 0.5 mg
酸化チタン 1.5 mg
カルナウバロウ 微 量
156 mg
【0034】
(2) 錠剤
ジクロフェナクナトリウム 25 mg
臭化チキジウム 10 mg
乳糖 適 量
トウモロコシデンプン 25 mg
ヒドロキシプロピルセルロース 2 mg
ステアリン酸マグネシウム 1 mg
ヒドロキシプロピルメチルセルロース 4 mg
マクロゴール 6000 0.5 mg
酸化チタン 0.5 mg
カルナウバロウ 微 量
130 mg
【0035】
(3) カプセル剤
ロキソプロフェンナトリウム 60 mg
臭化ブチルスコポラミン 10 mg
結晶セルロース 適 量
カルボキシメチルセルロースカルシウム 10 mg
ステアリン酸マグネシウム 1 mg
150 mg

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジクロフェナクナトリウム及びロキソプロフェンナトリウムから選択される非ステロイド系抗炎症剤が引き起こす消化管運動亢進作用に対する抑制剤であって、臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンを有効成分として含む抑制剤。
【請求項2】
ジクロフェナクナトリウム及びロキソプロフェンナトリウムから選択される非ステロイド系抗炎症剤の投与に起因する消化管障害を予防及び/又は治療するための請求項1に記載の抑制剤。
【請求項3】
消化管障害が消化管粘膜の損傷形成である請求項2に記載の抑制剤。
【請求項4】
ジクロフェナクナトリウム及びロキソプロフェンナトリウムから選択される非ステロイド系抗炎症剤と臭化チキジウム又は臭化ブチルスコポラミンとを含む医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−24239(P2010−24239A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−249613(P2009−249613)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【分割の表示】特願2003−271092(P2003−271092)の分割
【原出願日】平成11年4月26日(1999.4.26)
【出願人】(000163006)興和株式会社 (618)
【Fターム(参考)】