説明

消耗電極式アーク溶接方法

【課題】アークの立ち上がり区間で、アーク切れ及びコンタクトチップと溶接ワイヤとの融着を防止し、アークが早期に安定する共に、速やかに適正な溶接ビード形状及び溶け込みが得られる消耗電極式アーク溶接方法を提供する。
【解決手段】炭酸ガスシールドの消耗電極式アーク溶接方法において、アークスタート後、定電圧特性を用いた短絡移行でアーク溶接する第1工程と、その後、溶接電流をグロビュール移行形態の電流範囲(240乃至350A)に高めて、定電圧特性でアーク溶接する第2工程と、その後、溶融プールが形成された状態で、溶接電流をパルス電流に切り替えて、グロビュール移行でアーク溶接する第3工程と、を有し、第2工程及び第3工程では、グロビュール移行域として、本溶接の送給速度でワイヤを送給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭酸ガスを使用して、パルスアークにより溶接する消耗電極式アーク溶接方法に関し、特に、アークスタート時のアーク安定化を図った消耗電極式アーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極式アーク溶接方法においては、従前、溶接開始から、本溶接中と同様のパルス条件で、パルス溶接電流を印加して、アーク溶接していた。即ち、アークスタート時のパルス条件と、本溶接におけるパルス条件とが同一であった。
【0003】
このように、アークスタート時に、本溶接と同一のパルス条件で電流を印加すると、アークスタート時のアークが不安定になり、不規則な短絡が発生することがある。これにより、スパッタが増大すると共に、アーク切れ(アークの一時停止)等が発生するという問題点がある。
【0004】
そこで、特許文献1においては、アークスタート時の不規則に発生する短絡を短時間で解除し、アーク切れを抑制し、アークを早期に安定させることを目的として、溶接開始から所定の時間(第一時間)、溶接電流の設定値を本溶接時に比べて低い値とする第一のステップと、第一時間経過後、溶接電流の設定値を本溶接時の値まで増加させる第二のステップとを有し、溶接開始から、第二のステップにおける溶接電流の設定値の増加の過程で溶接電流の設定値が所定の設定値になる第一のポイントまで、パルスの出力を停止するアークスタート方法が開示されている(特許文献1の請求項1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
特開2000−670号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の特許文献1に記載の従来技術は、上記第一のステップの当初から第二のステップの第一のポイントまでは、溶着金属量及び溶け込み深さの点で、本溶接とは異なる立ち上がり期間であり、短絡を短時間で解除するという目的を有するものの、このような立ち上がり期間として、所定の期間が必要である。コラム及びパイプ等の周溶接においては、スタート部を含む全溶接線を、本来、本溶接で溶接することが溶接品質上必要であり、従来技術では、この立ち上がり期間が長いことが、スタート部の溶接品質を低下させる要因となる。なお、平板の溶接の場合には、溶接始端部にダミーとしてのタブを設けることにより、始端部の溶接品質を確保することができるが、周溶接の場合には、タブを使用することができない。また、代替タブを使用した直線溶接は、周溶接同様に、アークスタート部も本溶接となる。このように、第一ステップと第二ステップの期間は、アークによる溶着金属の生成及び溶け込みが期待できない区間であり、このため、スタート部が本溶接の一部となる継ぎ手においては、スタート部の健全性を確保しにくいという問題点がある。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、アークの立ち上がり区間で、アーク切れ及びコンタクトチップと溶接ワイヤとの融着を防止し、アークが早期に安定すると共に、速やかに適正な溶接ビード形状及び溶け込みが得られる消耗電極式アーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る消耗電極式アーク溶接方法は、炭酸ガスシールドの消耗電極式アーク溶接方法において、
アークスタート後、定電圧特性を用いた短絡移行形態でアーク溶接する第1工程と、
その後、溶接電流をグロビュール移行形態の電流範囲に高めて、定電圧特性のままアーク溶接する第2工程と、
その後、溶融プールが形成された状態で、溶接電流をパルス電流に切り替えて、グロビュール移行形態でアーク溶接する第3工程と、
を有し、
第2工程及び第3工程では、グロビュール移行域として、本溶接の送給速度でワイヤを送給することを特徴とする。
【0009】
この消耗電極式アーク溶接方法において、前記第1工程は、設定条件が、溶接電流が100乃至200A、アーク電圧が15乃至27V、経過時間が0.1乃至1.0秒である条件で溶接することが好ましい。
【0010】
また、前記第2工程は、設定条件が、溶接電流が240乃至350A、アーク電圧が29乃至38V、経過時間が0.8乃至3.0秒である条件で溶接することが好ましい。
【0011】
更に、前記第3工程は、設定条件が、平均溶接電流が220乃至340A、アーク電圧が32乃至39Vである条件で溶接することが好ましい。
【0012】
更にまた、前記第3工程のパルスアーク溶接の後、電流値を低下させ、定電圧特性を用いた短絡移行形態で、クレータ部をアーク溶接する第4工程を有することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、第1工程においては、短絡移行であり、通常のアークスタートを切る。その後、第2工程において、グロビュール移行の本溶接に入るが、第2工程においては、パルス電流ではなく、定電圧特性を用いてアーク溶接する。この定電圧特性のグロビュール移行形態でのアーク溶接により、溶け込み深さを確保し、溶融プールが形成された状態で、第3工程のパルス電流による本溶接に入る。このため、第2工程から、グロビュール移行による溶着金属の形成を期待でき、アークスタートから本溶接への移行時間を、従来に比して、短縮することができる。また、第2工程では、パルス溶接ではなく、定電圧特性を用いた溶接であるので、アーク切れ及びコンタクトチップと溶接ワイヤとの融着を防止でき、アークが早期に安定すると共に、適正な溶接ビード形状を得ることができ、十分な溶け込みが得られるので、第3工程への円滑な移行を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態の溶接電流及びワイヤ送給速度のパターンを示す図である。
【図2】従前の消耗電極式アーク溶接方法におけるワイヤ送給速度のパターンを示す図である。
【図3】図2により溶接した場合のアーク切れ発生を示す波形図である。
【図4】本発明の実施形態の溶接電流及び溶接電圧の波形図である。
【図5】本発明の実施形態の溶接電流及び溶接電圧の波形図である。
【図6】本発明の実施形態の溶接電流及び溶接電圧の波形図である。
【図7】本発明の実施形態の溶接電流及び溶接電圧の波形図である。
【図8】図2により溶接した場合の溶接電流及び溶接電圧の波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、添付の図面を参照して具体的に説明する。本実施形態は、炭酸ガスを使用した消耗電極式アーク溶接による自動溶接方法である。図1は、本発明の実施形態に係る消耗電極式アーク溶接方法の溶接電流及び溶接ワイヤの送給速度の時間経過を示す図であり、横軸に時間をとり、縦軸に、送給速度及び溶接電流をとって、前記時間経過を示す。
【0016】
先ず、第1工程において、溶接ワイヤのタッチにより、アークをスタートする。この第1工程は、定電圧特性を用いた溶接であり、電流値が相対的に低く、短絡移行でアークを形成する。例えば、この第1工程における溶接電流は、100乃至200A、アーク電圧は15乃至27Vであり、アークスタートからの経過時間が0.1乃至1.0秒と微小時間である。
【0017】
次に、この第1工程が経過した後、溶接電流の設定値を、本溶接相当のグロビュール移行形態の電流範囲内の所定値に設定し、定電圧特性を用いたアーク溶接を行う第2工程に入る。例えば、この第2工程における溶接電流は240乃至350Aの高電流域であり、アーク電圧は29乃至38Vである。この第2工程の経過時間は0,8乃至3.0秒である。この第2工程の開始時には、未だ、溶融プールは安定的に形成されていない。しかし、この第2工程の溶接は定電圧特性を用いた本溶接相当の溶接となることから、十分な溶け込みが得られ、アークが安定して、溶融プールが安定形成される。
【0018】
従前の消耗電極式アーク溶接方法においては、図2に示すように、アーク発生直後から、本溶接のパルス電流及びワイヤ送給条件でスタートしていた。
【0019】
この場合、アーク発生直後から溶融プールが生成されるが、アークが安定するまでの時間においては、パルス電流によりアーク長が大きく変化しやすく、アークが途切れて図3及び図8に示すアーク切れが発生し、バーンバックによるチップとワイヤとの融着、及び多量のスパッタ発生等が起こる可能性がある。なお、図3及び図8において、下方の波形が溶接電流、上方の波形が溶接電圧である。この図3及び図8に示すように、アークスタート初期において、溶接電流が0になるアーク切れが発生している。
【0020】
パルスアーク溶接のアークスタート時におけるワイヤ送給速度は、ワイヤが母材にタッチするまでのスローダウン速度からアーク発生後、所定の送給速度に切り替えて溶接を行う。パルスマグ溶接では、スプレー移行であるため、パルス周波数が数百Hzとなり、その制御周期の高さから良好なスタート性能が得られやすいが、炭酸ガスを使用した消耗電極式パルスアーク溶接方法では、グロビュール移行であるため、制御周期が数十から100Hz程度であり、アークスタート時の溶融バランスが崩れやすい。このため、図8に示す「アーク切れ」及び「アーク長変動」が生じる。
【0021】
これに対し、本発明においては、アークスタートの第1工程の後、第2工程においては、本溶接の電流又はそれに近い(相当の)電流値で、定電圧特性を用いたアーク溶接を行う。この本溶接に近い電流値とは、前述のごとく、例えば、240乃至350Aであり、グロビュール移行でアークが形成される。しかし、本実施形態においては、第2工程は、定電圧特性を用いた溶接であるので、パルス電流の場合のようなアーク切れが発生しにくく、安定してアークが形成され、このアークが安定した状態で、溶融プールが安定的に形成される。
【0022】
溶融プールが形成された後の適宜時点で、第3工程に移る。この第3工程においては、本溶接の平均溶接電流値で、パルスアーク溶接を行う。このときの溶滴移行形態は、グロビュール移行である。この第3工程においては、パルス電流の平均溶接電流が220乃至340A、アーク電圧が32乃至39Vである。この溶接条件は、通常の本溶接の条件であり、溶接線の端部までこの条件でパルス溶接する。なお、図1には、第3工程において、平均溶接電流は、第2工程と同一であるが、溶接ワイヤの送給速度が、第3工程においては、第2工程よりも上昇している。これは、定電圧特性を用いた溶接からパルス溶接に切り替えると、溶接ワイヤの送給速度が速くなるからである。このように、パルス溶接により、定電圧特性を用いた溶接よりも、ワイヤ送給速度を速くして、溶着金属の溶着速度を上昇させ、溶接を速やかに進行させることができる。
【0023】
通常、消耗電極式アーク溶接においては、溶接終端部のクレータ処理を行う。このクレータ処理においては、例えば,電流を100乃至200Aに落とし、電圧を15乃至27Vに落として、短絡移行に切り替える。また、溶接電流及びアーク電圧は一定値である。
【0024】
上述のごとく構成された本実施形態の消耗電極式アーク溶接方法の動作について説明する。図4乃至図7は、本発明の実施形態の電流波形を示す。各図において、下方の波形は、左縦軸に示す溶接電流であり、上方の波形は右縦軸に示すアーク電圧である。いずれも横軸は時間(ms)である。図4は、第2工程の溶接電流が220Aの場合、図5は、第2工程の溶接電流が250Aの場合、図6は、第2工程の溶接電流が280Aの場合、図7は、第2工程の溶接電流が360Aの場合である。いずれも、アークスタート後、400msで第2工程に移行し、更に1300msで第3工程に移行している。第2工程が220Aの場合(図4)及び360Aの場合(図7)は、溶接電流が請求項3の規定から外れるので、パルス切り替え後の電圧がやや乱れている。また、第2工程と第3工程との間におけるワイヤ送給速度差が大きいと、切替直後の溶融のバランスをとりにくい。
【0025】
同様に、図2に示すように、短絡移行のアークスタート後、第2工程を減ることなく、パルスアークの本溶接に移行した場合の電圧−電流パターンを図8に示す。この図8に示すように、アークスタート直後(短絡移行を経て)からパルスアークに移行した場合、アークスタート後、200~600msの間、アーク切れが生じている。
【0026】
これに対し、本実施形態においては、図4乃至図7に示すように、第1工程から第2工程に移行するまで、アーク切れが生じていない。そして、第2工程においては、定電圧特性を用いた溶接で、本溶接相当のグロビュール移行のアーク形態で溶接が進行し、十分な溶着金属が得られる。その後、第2工程から第3工程に円滑に移行し、第3工程のパルス溶接により、本溶接が高効率で行われる。特に、本発明の請求項3を満たす図5及び図6の場合は、パルス切り替え後の電圧が安定しており、パルス切り替え直後の溶融のバランスもとれている。
【0027】
また、この第3工程の終了後、クレータ処理として、電流値を落とし、定電圧特性を用いた溶接で、短絡移行で溶接を行い、クレータ部の凹部を溶着金属で埋める。
【0028】
このようにして、炭酸ガスを使用した消耗電極式アーク溶接の自動溶接において、アークスタート時とクレータ処理時のアークを安定化させ、アークの途切れ、バーンバックによるチップとワイヤの融着といった異常発生によって自動溶接が中断することを防止し、スパッタ発生量を低減し、ビード形成も容易であり、ビード外観形状も良好になる。また、本溶接への移行時間を短くすることができるため、アークスタート部の溶込み不良の発生を防止することができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明においては、アークの安定及び適正な溶接ビード形状を得ることができると共に、本溶接への移行を速やかに行うことができるので、短絡移行という助走期間を極力短くしたいコラム又はパイプの周溶接に、極めて有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガスシールドの消耗電極式アーク溶接方法において、
アークスタート後、定電圧特性を用いた短絡移行形態でアーク溶接する第1工程と、
その後、溶接電流をグロビュール移行形態の電流範囲に高めて、定電圧特性のままアーク溶接する第2工程と、
その後、溶融プールが形成された状態で、溶接電流をパルス電流に切り替えて、グロビュール移行形態でアーク溶接する第3工程と、
を有し、
第2工程及び第3工程では、グロビュール移行域として、本溶接の送給速度でワイヤを送給することを特徴とする消耗電極式アーク溶接方法。
【請求項2】
前記第1工程は、設定条件が、溶接電流が100乃至200A、アーク電圧が15乃至27V、経過時間が0.1乃至1.0秒である条件で溶接することを特徴とする請求項1に記載の消耗電極式アーク溶接方法。
【請求項3】
前記第2工程は、設定条件が、溶接電流が240乃至350A、アーク電圧が29乃至38V、経過時間が0.8乃至3.0秒である条件で溶接することを特徴とする請求項1又は2に記載の消耗電極式アーク溶接方法。
【請求項4】
前記第3工程は、設定条件が、平均溶接電流が220乃至340A、アーク電圧が32乃至39Vである条件で溶接することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の消耗電極式アーク溶接方法。
【請求項5】
前記第3工程のパルスアーク溶接の後、電流値を低下させ、定電圧特性を用いた短絡移行形態で、クレータ部をアーク溶接する第4工程を有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の消耗電極式アーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−224611(P2011−224611A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96329(P2010−96329)
【出願日】平成22年4月19日(2010.4.19)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】