説明

液晶化合物

【課題】強誘電相であるキラルスメクティックC相を示し、可視域に吸収帯を有し、良好なホール輸送性を示し、液晶化合物であるフルオロフェニルオリゴチオフェン誘導体を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で示される液晶化合物
【化1】


(式中、R1は炭素数1〜18の直鎖アルキル基を、R2は水素又は炭素数1〜3の直鎖アルキル基、R3は炭素数2〜18のアルキル基を、nは0〜2の整数を示す。)
本材料は、強誘電性液晶を利用したフォトリフラクティブ素子、偏光面を制御できる直線偏光発光素子、キラルスメクティックC相の螺旋構造を利用したレーザー素子に応用可能である

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電性液晶としての大きな自発分極と有機半導体としての良好なホール輸送性を兼ね備えた、新規な液晶化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機半導体は電子写真感光体のみならず、電界発光素子、薄膜トランジスターなどの電子デバイスへ応用されている。さらには、その柔軟性を生かした電子ペーパーへの応用が検討されている(非特許文献1)。
【0003】
しかし、有機半導体での電気伝導や応用を考える場合に前提となるのは、系が固体であり、その構造がリジッドであることである。したがって、有機半導体デバイスを駆動する際には、分子の配列は固定されたままであり、外場で分子を動かすことにより、光・電子機能を発現させようという可能性は全く考慮されていない。
【0004】
一方、近年、溶液プロセスによって薄膜作製が可能な新しい有機半導体材料として液晶性半導体が注目されている(特許文献1、非特許文献2)。芳香環をコア部に有する液晶材料の高次の液晶相においては、分子性結晶に類似した分子の凝集構造が形成されるため、分子性結晶と同様の高速の電子伝導を実現することができる。その一方で、液晶材料は一般に長鎖のアルキル基を持つため、有機溶媒に対する溶解性が高く、溶液プロセスによる製膜が可能である。それに加えて、液晶相においては、分子運動の自由度に基づく柔軟性や流動性を示すため、多結晶薄膜で問題になる結晶粒界の形成が抑制され、高いキャリア移動度を示す高品位の半導体薄膜を容易に作製できるという特徴を持つ。このような特徴を利用して、電界発光素子や薄膜トランジスターへの応用が検討されている(非特許文献3)。
【0005】
しかし、このような液晶性半導体においても、対象となっているのは分子性結晶に類似した層状構造を持つスメクティク相や、一次元的なカラム構造を持つカラムナー相であり、これらの相は粘性が非常に高いため、電場などの外場で分子を動かすことは困難であり、分子配向を動的に制御し、新規の電子機能を創出する試みはなされていない。
【0006】
近年、液晶性半導体の結晶類似の側面ではなく、液体的な性質に着目した研究が検討され、結晶類似の層状構造やカラム構造を持たないネマティック相やコレステリック相での電子伝導が確認されている(非特許文献4)。
これらの相は一般的に電場などの外場で分子配向を制御することが可能であるため、従来の有機半導体では困難であった、外場による電子物性や光学物性の変調が可能である。
【0007】
電場で分子配向制御が可能な液晶相としては、ネマティック相、コレステリック相がよく知られているが、通常のスメクティック相においては、強電場を印加した際に分子の配向方向は変化するものの、その際に層構造が破壊されるため、その分子配向変化は不可逆であり、高電界を要し、応答速度も遅い。
それに対して、同じスメクティック相でも、強誘電相であるキラルスメクティックC相においては、キラルな液晶分子が層に対して傾いており、液晶分子は層法線を軸とする円錐上を歳差運動する。
そのため、電場が印加された際に自発分極と電場との強い相互作用が働くことに加え、液晶分子は円錐上を、層構造を破壊することなく動くことができる。そのため、高速のスイッチングが可能となる(非特許文献5)。そのため、キラルスメクティックC相の強誘電性を利用したディスプレーやメモリー素子への応用が検討されている。
【0008】
キラルスメクティックC相を示す強誘電性液晶を用いたデバイスとしては、フォトリフラクティブ素子が検討されている(非特許文献6)。
キラルスメクティックC相を示す強誘電性液晶に光増感色素、電荷輸送材料、電子を捕捉する物質を添加し、液晶セルに封入する。こうして作製した試料上にレーザー光束を二本照射し、干渉縞を形成すると、明部でキャリアが発生する。電子は明部で捕捉される一方で、ホールは暗部へ拡散するため、干渉縞に対応した空間電荷の分布が形成される。この空間電荷が形成する電場の影響を受けて液晶分子の配向が変化し、干渉縞に対応した屈折率の分布が形成される。この屈折率の分布は他のレーザー光束を照射することにより、回折パターンとして読み出すことができるため、画像や情報の記録に使用可能である。現在使用されている強誘電性液晶は絶縁体であり、電荷輸送材料を添加することにより光導電性を付与している。
しかし、その電気伝導は電荷輸送材料分子間のホッピング伝導、もしくはイオン伝導で進行するため、その濃度に強く依存する。液晶相を保持しながら電荷輸送材料の濃度を上げるのにも限界があるため、電荷の生成、輸送が円滑に進行せず、応答速度を上げることが難しい。
【0009】
キラルスメクティックC相を利用した光電子デバイスとしては、直線偏光の偏光面を外部電界で制御できる電界発光素子が考えられる(図6)。
これまで、一軸配向した液晶性半導体薄膜を用いて直線偏光を発する電界発光素子が検討されている。ネマティック相を示す液晶性半導体薄膜を光重合させることにより分子配向状態を固定して作製した電界発光素子は良好な発光効率と高品位の直線偏光性を示す(非特許文献7)。また、一軸配向させたスメクティックB相を利用した電界発光素子からも10を超える高い二色比の直線偏光が得られることが知られている(非特許文献8)。
これらのデバイスでは、液晶相での分子配向性を利用して高品位の直線偏光を得ることに成功しているが、液晶分子の配向状態を外場で制御することはできない。
キラルスメクティックC相を示す液晶性半導体を用いて一軸配向した液晶性半導体薄膜を用いて電界発光素子を作製できれば、印加電場の極性を逆転することにより、液晶分子のダイレクターをスメクティック層法線を対称軸として回転させることができると期待される。液晶性半導体からの発光は液晶分子のダイレクター方向の直線偏光になるので、印加電場の極性を反転させることにより電界発光の偏光面を制御が期待できる。
【0010】
キラルスメクティックC相を示す強誘電性液晶を用いたデバイスとしては、この相の螺旋構造を利用したレーザー発振が検討されている(非特許文献9)。
コレステリック相の螺旋構造を利用した光励起によるレーザー発振はこれまで検討されているが、キラルスメクティックC相においても、光の波長程度の周期をもつらせん構造が自発的に形成される。このような液晶材料に蛍光色素を添加し、レーザー光で励起すると、蛍光色素分子が励起されることにより発生した光が、周期構造中に閉じ込められることにより増幅され、レーザー発振にいたる。しかし、従来のキラルスメクティックC相を示す強誘電性液晶はいずれも、絶縁体であるため、光励起によるレーザー発振が知られるのみであり、電気励起によるレーザー発振は実現されていない。
【0011】
電気伝導可能な強誘電性液晶を用いれば、高速応答のフォトリフラクティブ素子や、偏光面を電場の極性で制御できる電界発光素子、さらに、将来的には電気励起で発振する有機半導体レーザーが実現できる可能性がある。
これまで、電気伝導可能な強誘電性液晶としては、フェニルナフタレン誘導体が知られている(特許文献2、非特許文献10)。
このフェニルナフタレン誘導体はキラルスメクティック相を示し、その相でのホール移動度は2X10-4 cm2/Vsであり、比較的良好であるが、自発分極はわずかに、0.6μC/m2であり、非常に小さい。この材料を電界発光素子やフォトリフラクティブ素子に応用しようとするといくつかの問題が生ずる。電界発光素子への応用においては、使用する有機半導体のキャリア移動度が高いことに加えて、正電極からホールが、負電極から電子が効率的に注入されることが必要となる。この効率は、金属電極のフェルミレベルと有機半導体のHOMOレベル、LUMOレベルのマッチングによって決まることが知られている。この強誘電性を示すフェニルナフタレンはホール移動度は10-4 cm2/Vsのオーダーで、良好なホール輸送性を示すものの、HOMOとLUMOのエネルギーレベルが一般的な金属電極のフェルミレベルから大きく隔たっており、電荷注入が困難で電界発光デバイスに使用することはできない。それに加えて、自発分極が小さすぎるため、偏光面の動的な制御を行う場合に応答速度を上げることができない。また、フォトリフラクティブ素子への応用においては、キャリアが干渉縞を形成するレーザー光が液晶層で吸収され、キャリアが効率的に生成する必要がある。液晶自身が光を吸収しない場合には、レーザー光を吸収する色素を添加し、色素増感をする必要がある。このフェニルナフタレン誘導体の吸収帯は紫外域にあり、一般的な半導体レーザーやHe-Neレーザーでは励起できない。また、増感色素からのエネルギー移動や電荷移動も効率的に進行しない。それに加えて、自発分極が非常に小さいため、電場の極性反転に伴う分子の配向変化の速度は遅く、空間電荷の分布が形成されても、大きな屈折率変化は引き起こされないため、実用的なフォトリフラクティブ素子に応用するのは困難であった。
【0012】
【非特許文献1】A. Dodabalapur, Materials Today, 9, 24 (2006).
【非特許文献2】舟橋正浩、液晶、2006年10月号p.359-368
【非特許文献3】M. Funahashi, F. Zhang and N. Tamaoki, Adv. Mater. 19, 353 (2007).
【非特許文献4】M. Funahashi and N. Tamaoki, Chem. Mater., 19, 608 (2007).
【非特許文献5】福田敦夫、竹添秀男、「強誘電性液晶の構造と物性」コロナ社、1990年
【非特許文献6】T. Sasaki, Chem. Rec., 6, 43 (2006).
【非特許文献7】A. E. A. Contoret, S. R. Farrar, P. O. Jackson, S. M. Khan, L. May, M. O'Neill, J. E. Nicholls, S. M. Kelly, G. J. Richards, Adv. Mater., 12, 971 (2000).
【非特許文献8】K. Kogo, H. Maeda, T. Goda, M. Funahashi, J. Hanna, Appl. Phys. Lett., 73, 1595 (1998).
【非特許文献9】M. Ozaki, M. Kasano, T. Kitasho, D. Ganzke, W. Haase, and K. Yoshino, Adv. Mater., 15, 974 (2003).
【非特許文献10】K. Kogo, H. Maeda, H. Kato, M. Funahashi, and J. Hanna, Appl. Phys. Lett., 75, 3348 (1999).
【特許文献1】特開2005-294588号公報
【特許文献2】特開2001-75297号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、強誘電性液晶を利用した偏光電界発光素子や高速応答のフォトリフラクティブ素子を実現するために必要な、たとえば、キャリア移動度10-4 cm2/Vs以上の良好な電荷輸送性と500μC/m2以上の大きな自発分極を有し、吸収帯が可視域にあり、電極からの電荷注入に適した位置にHOMOレベルとLUMOレベルを有する電気伝導可能な液晶化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、ITO、Au電極からホール注入が、Al電極やCa電極から電子注入が容易で、可視域に吸収帯を有し、良好な電荷輸送性と大きな自発分極を持つスメクティック液晶化合物を鋭意検討した結果、2-フルオロフェニルオリゴチオフェン誘導体がキラルなアルキル側鎖を有するため、キラルスメクティックC相を示し、その相において、大きなπ電子共役系を有することによる高いホール移動度とC-F結合の大きな双極子モーメントに由来する大きな自発分極を同時に有することを知見し、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉下記一般式(1)で示される液晶化合物。
【化1】

(式中、R1は炭素数1〜18の直鎖アルキル基を、R2は水素又は炭素数1〜3の直鎖アルキル基、R3は炭素数2〜18のアルキル基を、nは0〜2の整数を示す。)
〈2〉〈1〉に記載の液晶化合物の自発分極を利用したスイッチング材料。
〈3〉〈1〉に記載の液晶化合物を含有する有機半導体薄膜。
〈4〉〈1〉に記載の液晶化合物を含有する、直線偏光を発する電界発光素子。
〈5〉〈1〉に記載の液晶化合物を含有するフォトリフラクティブ材料。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る前記一般式(I)で示される液晶化合物は、そのキラルスメクティックC相において、たとえば3X10-4 cm2/Vs以上の高いホール輸送性を示す一方で、500 mC/m2という大きな自発分極を示す。また、吸収帯は青色域にあり、紫外-可視吸収スペクトルの吸収極大は450 nm付近にある。HOMOは5.2 eV、LUMOは2.4 eVにある。そのため、フォトリフラクティブ素子に使用した場合にはレーザー光の干渉縞の形成により、光吸収とキャリア生成が起こり、急速に空間電荷の分布が形成され、大きな自発分極との相互作用により、急速に分子配向の変化が起こり、屈折率の分布が形成される。また、電界発光素子に使用した場合には、正負両電極から液晶層にホールと電子が効率的に注入されて発光し、液晶分子を一軸配向させている場合には直線偏光が得られ、電界のバイアス方向により、偏光面を動的に制御できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係るスメクティック液晶化合物は、下記一般式(I)で表される。
【化1】

(式中、R1は炭素数1〜18の直鎖アルキル基を、R2は水素又は炭素数1〜3の直鎖アルキル基、R3は炭素数2〜18のアルキル基を、nは0〜2の整数を示す。)
【0017】
上記一般式(I)において、R1は炭素数1〜18の直鎖アルキル基を示す。R1が水素では液晶性を示さない。R1が19以上の炭素数の直鎖アルキル基の場合にはキラルスメクティックC相が出現しなくなる。R1の具体的としては、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられるが、特に、ヘキシル基が好ましい。
また、R2は水素、もしくは炭素数1〜3の直鎖アルキル基を示す。R2が4以上の炭素数の直鎖アルキル基の場合には液晶相が出現しない。R2の具体的としては、水素、メチル基、エチル基、プロピル基等が挙げられるが、特に、水素が好ましい。
また、Rは炭素数2〜18の直鎖アルキル基を示す。R1が水素では液晶性を示さない。また、Rがメチル基の場合には、キラルスメクティックC相が出現しない。Rが19以上の炭素数の直鎖アルキル基の場合にはキラルスメクティックC相が出現しなくなる。具体的には、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基等が挙げられるが、特に、ヘプチル基が好ましい。
【0018】
上記一般式(I)において、nは0〜2の整数である。3を超えると相転移温度が熱分解温度を超える。
【0019】
本発明に係る一般式(I)で示されるスメクティック液晶化合物は、対応するω,ω-アルキルブロモオリゴチオフェンとキラルなアルキル鎖をもつ1-アルコキシ-2-フルオロ-フェニルホウ酸エステルとの鈴木カップリング反応により容易に合成できる。たとえば2-ドデシル-5”-ブロモ-2,2’:5’,2”-ターチオフェン(4)と1-(2-オクチロキシ)-2-フルオロフェニルホウ酸2,2-ジメチルプロパンジイルエステル(3)とを好ましくはテトラキストリフェニルフォスフィンパラジウム触媒、および、炭酸ナトリウム存在下、ジメトキシエタン-水混合溶媒中で加熱することにより得られる反応混合物を冷却後水を加えて沈殿物をろ過別し、得られた沈殿をシリカゲル(展開溶媒は加熱したシクロヘキサン)のカラムクロマトグラフィーで精製し、n-ヘキサンより再結晶することにより目的とするフルオロフェニルターチオフェン誘導体5が得られる。
この合成反応は、つぎの反応式で示される。
なお、原料であるブロモ-2,2’:5’,2”-ターチオフェン誘導体(4)は公知物質であり、たとえばM. Funahashi et al., Adv. Mater., 17, 594 (2005).に記載された方法で合成でき、また、1-(2-オクチロキシ)-2-フルオロフェニルホウ酸2,2-ジメチルプロパンジイルエステル(3)も、市販の4-ブロモ-2-フルオロフェノール(1)を光延反応でアルキル化することにより容易に得られる。
【0020】
【化2】

【0021】
本発明に係る代表的な液晶化合物の相転移温度、自発分極、キャリア移動度を表1に示す。
【表1】

【0022】
本発明に係る前記液晶化合物はキラルスメクティックC相を示し、その相においては、三角波を印加した際に自発分極の反転による明確な分極反転電流が観測されることからこの相が強誘電相であることが明らかである。自発分極の値は最大で0.6 mC/m2に達する。また、Time-of-Flight法による過渡光電流測定において、キャリアの走行時間に対応するキンク点が現れることからホールが輸送されていることが示され、そのキャリア移動度は最大で3X10-4 cm2/Vsに達する。紫外―可視吸収スペクトルの吸収極大は450 nmである。
【0023】
すなわち、本発明で提供される液晶化合物は、大きなπ電子共役系を有するため、液晶相において分子間の電荷移動速度が向上し高いキャリア移動度を示す。それに加えて、大きなπ電子共役系に起因する比較的低いイオン化ポテンシャル、大きな電子親和力を有するため、ITOや金電極からのホール注入、および、Al電極やCa電極からの電子注入が比較的容易である。また、吸収極大は450 nmにあり、青色半導体レーザーやHe-Cdレーザーで励起することができる。フラーレンなどの増感色素を添加すれば、He-Neレーザーや半導体レーザーでも励起が可能である。また、電気陰性度の大きなフッ素がフェニル基に結合しており、C-F結合の大きな双極子モーメントのため、大きな自発分極を示す。これらの性質のため、フォトリフラクティブ素子に用いた場合には、光照射により効率的にキャリア生成、キャリア輸送が行われることにより、空間電荷分布が速やかに形成され、その電場と液晶相の自発分極の相互作用により、大きな屈折率変化と高い回折効率が得られる。また、電界発光素子に用いた場合には、キャリアが効率的に電極より注入、輸送されて再結合して発光することに加えて、自発分極の反転を利用して、電場印加の極性により直線偏光の偏光面をスイッチングすることができる。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0025】
参考例1
[1-((R)-octan-2-yloxy)-4-bromo-2-fluorobenzene(2)の合成]
ジエチルアゾジカルボキシラート(2.2 mol/l トルエン溶液)20 ml (0.044 mol)にトリフェニルホスフィン(11.7 g, 0.045 mol)をジクロロメタン50 mlに溶かして0℃で五分かけて滴下する。30分攪拌した後、室温で4-ブロモ-2-フルオロフェノール(1)8.02 g (0.042 mol)を加え、30分間攪拌する。その後、(S)-2-オクタノール 5.2 g (0.04 mol)を加え、二時間室温で攪拌する。その後、ヘキサンを加え、沈殿をろ過した後、濾液を硫酸ナトリウムで乾燥する。溶媒を留去した後、粗成生物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーでヘキサンを展開溶媒として精製する。無色の液体6.00 g (0.020 mol)が得られる。収率50%。
【0026】
参考例2
[2-(4-((R)-octan-2-yloxy)-3-fluorophenyl)-5,5-dimethyl-1,3,2-dioxaborinane(3)の合成]
マグネシウム0.41 g (0.017 mol)をTHF 20 mlに懸濁し、化合物2(5.00 g, 0.016 mol)のTHF溶液(50 ml)を滴下する。一時間還留してグリニャール反応を完了させた後、反応溶液を-78℃に冷却する。トリメチルホウ酸2.01 g (0.019 mol)のTHF溶液(20 ml)を10分かけて滴下した後、二時間攪拌し、反応温度を徐々に室温に上げる。2,2-ジメチルプロパンジオール2.02 g (0.019 mol)を加え、さらに一時間攪拌する。希塩酸を加えて反応を停止し、ジエチルエーテルで抽出する。溶媒を留去した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製する。無色オイル3.02 g (0.009 mol)が得られる。収率56 %。
【0027】
実施例1
[2-[4-((R)-octan-2-yloxy)-3-fluorophenyl]-5”-dodecyl-2,2’:5’,2”-terthiophene
(R1 = C12H25, R2 = H, R3 = C6H13, n= 1) (5)]合成
2−ブロモ-5”-ドデシルターチオフェン(4)0.50 g (1.0 mmol)、ホウ酸エステル(3)0.42 g (1.25 mmol)、テトラキストリフェニルフォスフィンパラジウム25.3 mg(0.022 mmol)をジメトキシエタン50 mlに溶解し、攪拌して均一溶液とした後、炭酸ナトリウム水溶液(10 wt%)50 mlを加え、二時間還留する。冷却後水50 mlを加え、生じた沈殿を濾別する。得られた沈殿を加熱したヘキサンに溶解し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製する。組成生物をヘキサンで再結晶する。黄色結晶0.485 g (0.76 mmol)が得られる。収率76 %。
【0028】
実施例2
[2-[4-((R)-octan-2-yloxy)-3-fluorophenyl]-5”-dodecyl-2,2’:5’,2”-terthiophene (5)の液晶相の同定]
実施例1で得た液晶化合物5(R1 = C12H25, R2 = H, R3 = C6H13, n= 1)の液晶相の同定を以下のようにして行った。
実施例1で得た液晶化合物を150℃に融解し、厚さ10μmの二枚のITO電極ガラス基板からなる液晶セルに毛管現象を利用して浸透させた。この液晶セルを130℃において偏光顕微鏡により光学組織を観察した。電場を印加しない場合にはキラルスメクティックC相の螺旋構造に基づく縞模様が観察される。5 V以上の電圧を印加すると螺旋構造の消失に伴い、縞模様が消失する。また、印加する電圧の極性を反転させることにより、ドメインの明暗が反転する。この現象は強誘電相であるキラルスメクティックC相特有である(図1)。また、実施例1で得た液晶化合物の相転移温度を示差型走査熱分析(DSC)によって測定した(図2)。昇温、冷却過程ともに、138℃、124℃、88℃にピークが見られ、それぞれ、等方相-キラルスメクティックC相、キラルスメクティックC相-高次のスメクティック相、高次のスメクティック相-結晶相転移に対応している(図2)。
以上の結果から、実施例1で得られた液晶化合物はキラルスメクティックC相を示すものと判断された。
【0029】
実施例3[2-[4-((R)-octan-2-yloxy)-3-fluorophenyl]-5”-dodecyl-2,2’:5’,2”-terthiophene (5)の電荷輸送特性]
実施例1で得た液晶化合物5(R1 = C12H25, R2 = H, R3 = C6H13, n= 1)の電荷輸送特性(キャリア移動特性)をTime-of-Flight法により測定した。本法においては、光伝導性を示すサンドイッチ型の試料に直流電圧を印加し、パルスレーザーを照射することにより、試料の片側に光キャリアを発生させ、そのキャリアが試料中を走行する際に外部回路に誘起される変位電流(過渡光電流)の時間変化を測定する。光キャリアの走行により一定の電流が生じ、キャリアが対向電極に到達すると電流は0に減衰する。過渡光電流の減衰が始まる時間がキャリアは試料を走行するのに要した時間(トランジットタイム)に対応する。試料の厚さをd (cm)、印加電圧をV (volt)、トランジットタイムをtT とすると、移動度μ(cm2/Vs)は、

で表される。照射側電極を正にバイアスした場合には正キャリアの、負にバイアスした場合には負キャリアの移動度が求められる。
実施例2において作製した液晶セルをホットステージ上で130℃に加熱し、試料に電圧を印加しながら、パルスレーザー(Nd:YAGレーザー、THG:波長356 nm、パルス幅1ns)を照射し、その際に誘起される変位電流をデジタルオシロスコープによって測定する。図3に照射側電極を正にバイアスした場合のキラルスメクティックC相での典型的な過渡光電流測定の測定結果を示す。本試料は良好な光伝導性を示すため、十分な強さの電流信号を得ることができた。電圧を変化させるとそれに対応して、減衰の始まる時間(トランジットタイムタイム)が変化しており、得られた過渡光電流がキャリアの走行に対応していることがわかる。正キャリアの移動度は130℃において、3X10-4 cm2/Vsであり、一般に電界発光素子に用いられるホール輸送材料よりも約一桁高い値を示した。
【0030】
実施例4
[2-[4-((R)-octan-2-yloxy)-3-fluorophenyl]-5”-dodecyl-2,2’:5’,2”-terthiophene (5)の紫外-可視吸収スペクトルの測定]
実施例1で得た液晶化合物5(R1 = C12H25, R2 = H, R3 = C6H13, n= 1)の紫外―可視吸収スペクトルを測定した。吸収極大は450 nmにあり、フェニルナフタレン誘導体に比べて100 nm以上、長波長側にシフトした。この物質の吸収帯はHe-CdレーザーやGaNを用いた青色半導体レーザーで励起可能である。また、フラーレンなどによる色素増感もより容易であろうと期待される。
【0031】
実施例5
[2-[4-((R)-octan-2-yloxy)-3-fluorophenyl]-5”-dodecyl-2,2’:5’,2”-terthiophene (5)の自発分極の測定]
実施例1で得た液晶化合物5(R1 = C12H25, R2 = H, R3 = C6H13, n= 1)の自発分極を三角波法によって測定した。実施例2で作製した液晶セルに直列に抵抗を接続し、ファンクションジェネレーター、および、電流アンプを用いて三角波を印加し、抵抗の両端の電圧降下をデジタルオシロスコープに取り込み、分極反転に伴って流れる変位電流を求めた(図4)。自発分極Psは、変位電流をi(t)、ベースラインをibaseline(t)として、下式に従い求めた。

強誘電相では、自発分極の反転に伴い、変位電流に明確なピークが現れる。変位電流からベースライン電流を差し引いて積分することにより、ピークの面積を求めることができ、その1/2が自発分極に対応する。自発分極を持たない等方相では変位電流に明確なピークは現れないのに対し、キラルスメクティックC相では三角派の周波数に依存しない明確なピークが現れる。ピーク面積から求めた自発分極は620μC/m2であり、強誘電性液晶の中ではかなり大きい部類に属する。また、特許文献4および、非特許文献8に記されているフェニルナフタレン誘導体の値に比べて1000倍以上の大きさであった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係る強誘電性の液晶化合物は、キラルスメクティックC相において、良好な電荷輸送性に加えて、青色領域に吸収帯を持ち、大きな自発分極を示す。本材料は、強誘電性液晶を利用した高速応答のフォトリフラクティブ素子、偏光面を制御できる直線偏光発光素子に応用可能である。将来的には、キラルスメクティック相の螺旋構造を利用したレーザーにも応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例2で作成した液晶セルの135℃(キラルスメクティックC相)での偏光顕微鏡写真である。厚さ4μの液晶セルに対して、(a)+15 V (b)-15 V印加した際の光学組織である。
【図2】実施例1で合成した液晶材料のDSCカーブである。
【図3】実施例3で測定した135℃(キラルスメクティックC相)での過渡光電流である。資料の厚さは9μmである。
【図4】実施例5で三角波法により測定した135℃(キラルスメクティックC相)での変位電流である。
【図5】偏光面を電場によって制御できる電界発光素子の原理図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される液晶化合物。
【化1】

(式中、R1は炭素数1〜18の直鎖アルキル基を、R2は水素又は炭素数1〜3の直鎖アルキル基、R3は炭素数2〜18のアルキル基を、nは0〜2の整数を示す。)
【請求項2】
請求項1に記載の液晶化合物の自発分極を利用したスイッチング材料。
【請求項3】
請求項1に記載の液晶化合物を含有する有機半導体薄膜。
【請求項4】
請求項1に記載の液晶化合物を含有する、直線偏光を発する電界発光素子。
【請求項5】
請求項1に記載の液晶化合物を含有するフォトリフラクティブ材料。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−137848(P2009−137848A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−313191(P2007−313191)
【出願日】平成19年12月4日(2007.12.4)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】