説明

溶射材料とその製造方法、及び溶射施工体

【課題】窯炉を補修する際に、溶射補修に適用される溶射材料とその製造方法、及び溶射施工体において、溶射材料の化学組成を従来にはない構成とすることにより、溶射材料及び溶射施工体の耐用性を従来よりもさらに向上させ、窯炉の寿命延長を図る。
【解決手段】25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂を結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有する溶射材料を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転炉、混銑車、取鍋、脱ガス炉等の窯炉を補修する際に、溶射補修に適用される溶射材料とその製造方法、及び溶射施工体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、転炉、混銑車、取鍋、脱ガス炉等においては、耐火物が局部的に損耗することが多く、この部分補修技術として、吹き付け補修や火炎溶射補修が実用化されている。その中でも特に、高耐用性補修技術として、プロパン−酸素炎を用いた火炎溶射補修技術が1977年にコークス炉に適用された。さらに、非特許文献1に記載されているようなプロパン−酸素炎による転炉補修技術、コークス炉補修技術に続いて、RH,DH等の脱ガス炉、転炉、取鍋、熱風炉など鉄鋼主要窯炉に対する溶射補修技術が開発され、実用化されている。また、現在の溶射技術の進歩は著しく、プロパン−酸素炎のみならず、ガスプラズマ、水プラズマを用いた補修技術も検討されている。
【0003】
このような様々な溶射技術のうち、プロパン−酸素を用いた火炎溶射補修技術において、従来から溶射材の耐用性を向上させるために種々の提案がなされてきた。
【0004】
例えば、特許文献1及び特許文献4には、転炉の溶射補修材が提案されている。特許文献1では、溶射材の構成として焼結マグネシアクリンカー、電融マグネシアクリンカー、焼結スピネル、ドロマイトクリンカー、ライムクリンカー、アルミナ、クロマイト、シャモットの1種またはそれらの組み合わせと、頁岩又は真珠岩を混合した耐火材料からなる酸化物原料からなる溶射用耐火粉末が開示されている。また、特許文献4では、粒度構成を限定したマグネシア質耐火性素材、スラグ、炭酸塩含有鉱物で構成される酸化物原料からなる火炎溶射材が開示されている。
【0005】
また、特許文献2では、省資源、廃棄・環境対策の観点から、窯炉にて使用された耐火物からスラグ、地金除去後、粉砕、分級することにより溶射材として調製する技術が提案されている。
【0006】
また、特許文献3では、溶射するノズルの閉塞を防止する観点から、易被酸化性金属粒子の一種以上と耐火化酸化物粒子とからなる溶射材料が提案されている。
【0007】
このように、溶射材料及びこれを窯炉の耐火物に溶射して得られる溶射施工体の耐用性の向上は、窯炉の寿命延長に大きく貢献する大変重要な技術であり、上述した特許文献1〜4以外にも、溶射材料及び溶射施工体の耐用性を向上させる技術の研究が盛んに行われている。
【0008】
【非特許文献1】前田一夫、「鉄鋼窯炉設備の溶射補修技術」、耐火物、耐火物技術協会、1995年、No.6、P281−290
【特許文献1】特開平6−206776号公報
【特許文献2】特開平7−187830号公報
【特許文献3】特開平8−247665号公報
【特許文献4】特開平9−132469号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、窯炉を補修する際に溶射補修に適用される溶射材料とその製造方法、及び溶射施工体において、溶射材料の化学組成を従来にはない構成とすることにより、溶射材料及び溶射施工体の耐用性を従来よりもさらに向上させ、窯炉の寿命延長を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を行った結果、黒鉛原料と酸化物原料とをフェノール樹脂又はピッチを結合材として混合し、所定条件で熱処理を行うことにより、スラグに対して難濡れ性である黒鉛を含有した溶射材料を製造できることを見出し、この知見に基づいて、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明によれば、25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂を結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有する溶射材料が提供される。
【0012】
また、本発明によれば、25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂を結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気においてマイクロ波を用いて600℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有する溶射材料が提供される。
【0013】
また、本発明によれば、25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有する溶射材料が提供される。
【0014】
また、本発明によれば、25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気においてマイクロ波を用いて600℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有する溶射材料が提供される。
【0015】
ここで、前述した溶射材料において、前記黒鉛原料は、鱗状黒鉛と人造黒鉛のうちの一方または双方であることが好ましい。
【0016】
また、前述した溶射材料において、前記酸化物原料は、アルミナ、マグネシア、アルミナ−マグネシア質スピネル、シリカ、ムライト、クロミア、クロム鉱石、カルシア、転炉スラグ及び高炉スラグからなる群より選択される1種または2種以上であることが好ましい。
【0017】
また、本発明によれば、前述したような溶射材料を窯炉設備に溶射施工して得られる溶射施工体であって、炭素含有量が前記溶射施工体の質量全体に対して5質量%以上である溶射施工体が提供される。
【0018】
また、本発明によれば、25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂、または、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕し、10μm以上140μm以下の粒度に調整する溶射材料の製造方法が提供される。
【0019】
以上のような本発明によれば、25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂又は1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として混合し、非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理を行って製造した溶射材料を溶射することにより、従来は不可能であった黒鉛を含有した溶射施工体を得ることができる。さらに、この溶射施工体は炭素含有量が高く、本発明に係る溶射材料を使用すると溶射施工を行った耐火物の歩留まりを向上させることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、窯炉を補修する際に溶射補修に適用される溶射材料とその製造方法、及び溶射施工体において、黒鉛原料と酸化物原料とをフェノール樹脂又はピッチを結合材として混合し、所定条件で熱処理を行って製造した溶射材料を溶射すると、溶射施工体中に所望量の黒鉛を含有させることができ、これにより、溶射材料及び溶射施工体の耐用性を従来よりも顕著に向上させ、窯炉の寿命延長を図ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0022】
(火炎溶射システムについて)
まず、図1を参照しながら、本発明に係る黒鉛含有溶射材料を補修対象の窯炉に溶射して溶射施工体を形成可能な火炎溶射システムについて説明する。図1は、本発明に係る黒鉛含有溶射材料を溶射可能な火炎溶射システムの構成の一例を示す説明図である。
【0023】
図1に示すように、本発明に係る黒鉛含有溶射材料を溶射可能な火炎溶射システムは、溶射バーナ1と、レギュレータ3と、プロパンガス供給管4A、Oガス供給管4B、Nガス供給管4Cと、燃料ガス供給管5と、溶射材料6と、材料タンク7と、溶射材料供給管8と、溶射材料供給バルブ9と、搬送ガス供給バルブ10と、冷却管11と、を主に備える。
【0024】
溶射バーナ1は、その一端からプロパン−酸素炎(以下、「フレームF」という。)を噴射し、他端が溶射材料供給管8と接続されている。また、溶射バーナ1と溶射材料供給管8との接続部には、燃料ガス供給管5と冷却管11がさらに接続されている。溶射材料供給管8の溶射バーナ1と反対側には、溶射材料6が収容された材料タンク7が設けられている。また、溶射材料供給管8の溶射バーナ1と反対側の端部からは、溶射材料6を溶射材料供給管8を介して溶射バーナ1まで搬送するための搬送ガス(本実施形態では、酸素)が供給される。なお、溶射材料6を搬送する搬送ガスとしては、アルゴンや窒素等の不活性ガスを用いてもよいが、本実施形態では、溶射材料6の燃焼効率を高めるために、酸素を用いている。
【0025】
溶射材料供給管8において、溶射材料供給管8の溶射バーナ1と反対側の端部と材料タンク7との間には、搬送ガスの流量を調整するための搬送ガス供給バルブ10が設けられている。さらに、溶射材料供給管8において、材料タンク7の溶射バーナ1側には、溶射材料6の供給量を調整するための溶射材料供給バルブ9が設けられている。また、冷却管11は、溶射バーナ1と溶射材料供給管8との接続部に2本接続されており、一方は冷却水を供給する管であり、他方は冷却水を排出する管である。
【0026】
燃料ガス供給管5において、溶射バーナ1と溶射材料供給管8との接続部とは反対側の端部には、レギュレータ3が接続されている。レギュレータ3は、外部から、それぞれ、プロパンガス供給管4A、Oガス供給管4B、Nガス供給管4Cを介して供給されたプロパンガス、酸素ガス、窒素ガスを適当な比率で混合し、溶射材料6を溶射するフレームFの燃料ガスを生成する。そして、レギュレータ3は、生成した燃料ガスを燃料ガス供給管5を介して溶射バーナ1に流量を制御しつつ供給する。
【0027】
このような構成を有する本実施形態に係る火炎溶射システムでは、溶射バーナ1は、レギュレータ3から供給された燃料ガスによりフレームFを発生させ、材料タンク7から供給された溶射材料6をフレームFを用いて、補修対象となる窯炉設備2に溶射する。この際、フレームFの温度は、冷却管11から供給される冷却水の流量を調整することにより適当な温度に制御される。
【0028】
(溶射材料の検討)
本発明に係る溶射材料は、以上説明したような火炎溶射システムや、他のガスプラズマ、水プラズマなどを用いて溶射することができ、これにより、補修対象の窯炉設備に溶射施工体を形成する。ここで、溶射材料の耐用性を従来よりも向上させ、各種窯炉の寿命延長を実現するために、本発明者らは、現在の窯炉の寿命延長には、スラグに対して難濡れ性である黒鉛含有耐火物が各種窯炉において多用されている点に着目した。例えば、混銑車用にはAl−SiC―C質の耐火物が、転炉用にはMgO−C質の耐火物が、連続鋳造設備用にはAl−C質の耐火物が各々黒鉛含有耐火物として使用されている。
【0029】
一方で、上述した特許文献1及び特許文献4で提案されている溶射材料から得られる溶射施工体は、炭酸塩含有鉱物が出発原料であるが、最終的には、炭素の酸化物となり、黒鉛を含有した溶射材料とはならないと考えられる。
【0030】
また、上述した特許文献2の技術では、結果論としてC及びSiCが含有される溶射材料が開示されているが、その組成は、単に結果論としてのみ得られたものであり、また、溶射材料の具体的な組成としては、C及びSiCの混合物として、最大量でも炭素含有率が11.1質量%であり、本発明における酸化物との配合比において黒鉛原料を25質量%以上含有するような化学組成を有しているものではない。
【0031】
さらに、上述した特許文献3の技術で得られる溶射材料は、含有している金属を効率良く燃焼させることを目的としたものであり、黒鉛を含有する溶射材料ではない。
【0032】
このように、従来は、窯炉の寿命延長に有用な黒鉛を含有する溶射材料については、現在までほとんど検討されていなかった。その理由としては、黒鉛と酸化物原料を単純に混合したものを用いて溶射を行っても、黒鉛自体は溶融することがないため、溶射中に黒鉛が飛散してしまい、結果として溶射施工体中への黒鉛歩留まりが非常に少なくなるためであると考えられる。
【0033】
そこで、本発明者らは、各種窯炉の寿命延長を達成することを目的として、このような窯炉の寿命延長に有用な黒鉛成分を含有する溶射材料の検討を行った。具体的には、上記の目的を達成するため、本発明者らは、各種黒鉛原料と酸化物原料を用いた溶射材料の試作、及び試作した溶射材料の溶射実験を実施した。その結果、以下のような知見を得た。
【0034】
第1に、溶射に適したように粒度調整を施した黒鉛と酸化物原料とを混合した溶射材料を試作した。この溶射材料を用いて、単純に、プロパン−酸素炎、ガスプラズマ、及び水プラズマを用いた溶射実験を行ったが、いずれの場合も溶射材料中の黒鉛が飛散してしまい、黒鉛を含有する溶射施工体を得ることはできなかった。
【0035】
なお、一般に、溶射に適した粒度とは、10μm以上で140μm以下とされている。10μm未満の粒度では、粉体を搬送する工程において、脈動が発生し易くなり良好な溶射皮膜を得ることが困難となるため、溶射に適さない。一方、140μmを超える粒度では、溶射フレーム中で完全に溶射材粒子を溶融させることが困難となり、一般には、溶融不足により良好な溶射歩留まりを得ることが困難となるため、溶射に適さない。
【0036】
第2に、黒鉛原料と酸化物原料とを炭素含有系結合材(フェノール樹脂又はピッチ)で混合後、混合物を乾燥させて炭素含有系結合材からの溶媒成分を除去した後、得られた熱処理体を粉砕処理して粒度調整を施した溶射材料を試作した。この溶射材料を用いて、プロパン−酸素炎、ガスプラズマ、及び水プラズマを用いた溶射実験を行ったが、いずれの場合も炭素含有系結合材からの揮発分に起因して溶射施工体が爆裂し、良好な黒鉛を含有する溶射施工体を得ることはできなかった。
【0037】
第3に、黒鉛原料と酸化物原料とを炭素含有系結合材(フェノール樹脂又はピッチ)で混合後、混合物を乾燥させて炭素含有系結合材からの溶媒成分を除去した後、さらに炭素含有結合材からの揮発成分を除去するために900℃以上の高温で熱処理を行い、その後、得られた熱処理体を粉砕処理して粒度調整を施した溶射材料を試作した。この溶射材料を用いて、プロパン−酸素炎、ガスプラズマ、及び水プラズマを用いた溶射実験を行った。その結果、プロパン−酸素炎のみならず、ガスプラズマ、水プラズマを用いた場合にも、900℃以上の高温の熱処理を施した溶射材料を用いることにより、初めて良好な黒鉛を含有する溶射施工体を得ることができることを見出した。
【0038】
第4に、炭素含有系結合材からの揮発成分を除去する方法として、一般的な雰囲気加熱では900℃以上の熱処理が必要であったが、マイクロ波加熱を用いたところ、600℃以上で充分に揮発分の除去が可能であることを見出した。
【0039】
第5に、上述の炭素含有系結合材の揮発成分を除去するための熱処理を行った溶射材料を用いて、プロパン−酸素炎のみならず、ガスプラズマ、水プラズマを用いた溶射実験を行った結果、溶射により形成された黒鉛を含有する溶射施工体は、溶射材料の組成とは異なることが確認された。
【0040】
(本発明に係る溶射材料とその製造方法、及び溶射施工体ついて)
本発明は、以上のような知見に基づいて完成されたものであるが、以下、本発明に係る溶射材料とその製造方法、及び当該溶射材料を溶射して形成された溶射施工体について詳細に説明する。
【0041】
本発明においては、黒鉛原料と酸化物原料を所定量秤量後、これらの原料を炭素含有系結合材を用いて混合し、成形体または粉末状態で非酸化性雰囲気加熱またはマイクロ波加熱により熱処理し、炭素含有結合材からの揮発分を完全に除去した後、得られた熱処理体を粉砕処理して粒度調整を施すことにより得られる黒鉛含有溶射材料を用いて溶射を行う。これにより得られる本発明に係る溶射施工体中には、黒鉛が多く含有されている。
【0042】
ここで、本発明の根幹となる点は、溶射施工体中にできる限り多くの黒鉛を含有させることである。より具体的には、本発明では、転炉や混銑車などで使用されているような炭素を含有するMgO−C質れんがやAl−SiC−C質れんがと同程度(5質量%以上)の黒鉛を溶射施工体中に含有させることができる点が従来とは大きく異なる。
【0043】
このように、本発明において、溶射施工体中に5質量%以上の黒鉛を含有させることができるようになったのは、黒鉛原料と酸化物原料とを炭素含有結合材を用いて混練した上で、所定条件で熱処理を行うことにより、炭素含有結合材からの揮発分を完全に除去させた後、この熱処理品を粉砕し、所定の粒度に調整することにより得られた溶射材料を使用するためである。すなわち、このような溶射材料を用いて溶射を行うと、黒鉛原料と酸化物原料が混練された混合原料が、溶射の際のフレーム中で、黒鉛は溶融されずに酸化物原料のみが溶融し、溶融した酸化物中に黒鉛が取り込まれた状態で補修対象の窯炉に付着するため、黒鉛を含有する溶射施工体が得られるものと推定される。
【0044】
また、熱処理後に10μm〜140μmの粒度に粉砕した黒鉛と酸化物の混合原料の化学組成を調べると、黒鉛原料と酸化物原料を混練した初期段階の化学組成とほとんど変動が無いことが判明した。すなわち、本発明においては、黒鉛原料と酸化物原料とを任意の量論比で混合し、炭素含有結合材の揮発分を除去するための熱処理を行った後に、粒度調整のための粉砕を行うと、ほぼ初期段階の量論比通りの化学組成を有する溶射材料が得られるということがわかった。
【0045】
<原料の混合比について>
本発明では、この初期段階の両論比を、黒鉛原料が25質量%以上40質量%以下に対して、酸化物原料が60質量%以上75質量%以下となる比にしている。また、本発明では、これらの両論比の黒鉛原料及び酸化物原料を混合するための炭素含有結合材として、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂、又は、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチのいずれか一方を使用する。これらの原料の配合比は、後述する実施例に示した実験結果に基づいて定めたものである。
【0046】
<熱処理条件について>
また、本発明における炭素含有結合材の揮発分を除去するための熱処理の条件としては、通常の非酸化性雰囲気加熱の場合には、処理温度が900℃以上で、処理時間が3時間以上であり、マイクロ波加熱の場合には、処理温度が600℃以上で、処理時間が3時間以上である。この熱処理条件についても、後述する実施例に示した実験結果に基づいて定めたものである。
【0047】
なお、この熱処理温度は、あくまでも炭素含有系結合材(フェノール樹脂またはピッチ)から揮発分を除去するのが目的であるので、非酸化性雰囲気加熱及びマイクロ波加熱のいずれの場合においても、使用されている酸化物原料の融点近傍にまで昇温すると、黒鉛や炭素による酸化物の還元反応が起こる可能性がある。従って、熱処理温度の上限としては、1200℃程度とすることが好ましい。また、熱処理時間については、溶射材料の生産性の観点からは短い方が良いが、熱処理時間を長くとっても他に特に不都合はない。
【0048】
なお、マイクロ波加熱の場合のマイクロ波の周波数としては、任意の周波数を使用できるが、混合原料を内部まで均一に加熱するという観点から、22GHz〜28GHzなどの周波数帯域の高周波に比べてマイクロ波の浸透深さを確保できる、896MHz〜2.45GHzの周波数帯域のマイクロ波を使用することが好ましい。
【0049】
<溶射材料の粒度について>
また、本発明における溶射材料の粒度は、10μm以上140μm以下としているが、これは、一般的に溶射に適した粒度としている。すなわち、一般的に、10μm未満の粒度では、粉体を搬送する工程において、脈動が発生し易くなり良好な溶射皮膜を得ることが困難となるため、溶射に適さない。一方、140μmを超える粒度では、溶射フレーム中で完全に溶射材粒子を溶融させることが困難となり、一般には、溶融不足により良好な溶射歩留まりを得ることが困難となるため、溶射に適さない。
【0050】
なお、本発明に係る溶射材料の粒度は、例えば、振動篩機を用いて、下段の篩面を篩目10μmに、上段の篩面を篩目140μmにセットし、振動を加えることで、10μm以上140μm以下の粒度に調整することができる。
【0051】
<黒鉛原料について>
本発明で使用する黒鉛原料としては、耐スラグ性に優れ、かつ、発達した黒鉛構造を有する鱗状黒鉛及び人造黒鉛のうちの1種又は2種を使用することが好ましい。なお、これらの黒鉛と比較的類似した性質を示す炭素原料として、カーボンブラック、キッシュグラファイト、活性炭等があるが、これらは、黒鉛構造が発達しておらず、上述したような耐スラグ性及び耐酸化性の面において劣るので、本発明の黒鉛原料を代替する炭素源としては適さない。
【0052】
<酸化物原料について>
また、本発明で使用する酸化物原料としては、アルミナ、マグネシア、アルミナ−マグネシア質スピネル、シリカ、ムライト、クロミア、クロム鉱石、カルシア、転炉スラグ及び高炉スラグからなる群より選択される1種または2種以上であることが好ましい。これらの酸化物原料は、高融点を有するため、溶銑及び溶鋼に対する耐食性に優れている点から選択されたものである。
【実施例】
【0053】
以上、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明したが、以下、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明する。以下に説明する実施例では、主として、本発明で規定する各種数値限定の根拠について述べる。
【0054】
(実験例1:黒鉛原料と酸化物原料を単純に混合した場合)
まず、黒鉛原料と酸化物原料を単純に混合した溶射材料を用いた溶射実験を実施した。本実験では、黒鉛原料としては粒度が10μm以上で100μm以下の鱗状黒鉛を、酸化物原料としては粒度が10μm以上で140μm以下のアルミナを用い、これらを単純に混合して、下記表1に示すような化学組成の溶射材料(試料No.1〜6)を製造した。これらの溶射材料を用いて、プロパン−酸素炎バーナによる溶射実験を実施した。すなわち、図2の(a)に示すように、溶射バーナ1を用いて、試料No.1〜6の溶射材料6をプロパン−酸素炎Fにより溶射対象の壁面12に溶射した。その結果、図2の(b)に示すように、溶射施工体13が形成された。
【0055】
このときの溶射条件としては、プロパン流量15Nm/h、酸素流量75Nm/hであり、溶射する壁面12と溶射バーナ1との間の距離は600mmとし、溶射対象の壁面12としては粘土れんがを使用した。また、溶射材料6を供給する前に、溶射バーナからのプロパン−酸素炎Fの熱で、溶射壁面12の温度が1200℃になってから溶射材料6を供給し、溶射バーナ1は移動せずに2分間の溶射施工を行った。溶射終了後、壁面2の粘土れんがの質量増加率から溶射後の付着歩留まり(%)を算出した。また、溶射施工体13中の溶射施工部をサンプリングし、溶射施工部の炭素含有量(質量%)を「JIS R2011:炭素及び炭化珪素含有耐火物の化学分析方法」で測定した。これらの結果も表1に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に示すように、まず、付着歩留まりの結果から、黒鉛量(質量%)が増加するにつれて、付着歩留まりが減少していることがわかった。これは、黒鉛が溶融しないためと推定される。さらに、溶射施工体中の炭素としての含有量も、ほとんどの試料で0.1〜0.2質量%程度であり、単に黒鉛と酸化物原料を混合しただけの溶射材料では、炭素(黒鉛)による耐スラグ特性も期待できないことがわかる。
【0058】
(実験例2:バインダを使用し、溶媒を除去した場合)
そこで、表1に示した化学組成の溶射材料(試料No.1〜6)を用いて、表2に示すように、バインダとしてフェノール樹脂を外掛けで1質量%添加した後にニーダーで混練し、その混合物を250℃の温度で熱処理し硬化させ、さらに、粉砕して10μm〜140μmに整粒したものを溶射材料(試料No.7〜12)として使用し、溶射実験を実施した。実験例1と同様に溶射バーナを固定状態で2分間の溶射施工を行ったが、いずれも溶射終了後に溶射施工部の爆裂が発生し、溶射施工体を得ることはできなかった。これは、フェノール樹脂が硬化した段階では、溶媒として使用しているエチレングリコールが蒸発しただけであり、フェノール樹脂からの揮発分は残存した状態であるため、溶射施工部が瞬間的には付着していても、その後にフェノール樹脂からの揮発分が急激に発生し、爆裂につながったものと考えられる。
【0059】
【表2】

【0060】
(実験例3:雰囲気加熱の場合の熱処理温度の検討)
次に、フェノール樹脂からの揮発分を除去するために、非酸化性の窒素雰囲気で熱処理を行い、揮発分が十分に除去できる温度を調査する実験を行った。本実験は、黒鉛原料としては粒度が10μm以上で100μm以下の鱗状黒鉛を30質量%、残部を同じく粒度が10μm以上で140μm以下のアルミナを用い、フェノール樹脂を外掛けで3質量%添加した原料の混合物を、非酸化性の窒素雰囲気下で500℃〜1000℃の温度で3時間熱処理し、原料の混合物の質量減少率を測定した。この測定結果を図3に示す。なお、図3の縦軸は、質量減少率(%)を示し、横軸は熱処理温度(℃)を示している。
【0061】
図3に示すように、非酸化性の窒素雰囲気加熱では、熱処理温度500℃以上から温度を上げるにつれ、質量減少率が徐々に大きくなるが、熱処理温度900℃以上では質量減少率が2.0%で一定となった。従って、炭素含有バインダ(例えば、フェノール樹脂)の揮発分を除去するためは、通常の雰囲気加熱では、900℃以上で熱処理することが必要であることが判明した。そこで、本発明では、通常の非酸化性雰囲気加熱の場合には、処理温度を900℃以上と規定することとした。
【0062】
(実験例4:マイクロ波加熱の場合の熱処理温度の検討)
続いて、実験例3と同様の原料の混合物を図4に示すマイクロ波加熱実験装置を用いて、同じく窒素雰囲気でのマイクロ波を用いた熱処理を実施し、マイクロ波加熱での揮発分が十分に除去できる温度を調査する実験を行った。図4に示すマイクロ波加熱実験装置では、断熱材57からなる坩堝54内に試料(アルミナ−黒鉛−フェノール樹脂混合物)56が設置されている。また、断熱材57を貫通して坩堝54の内部に窒素ガスを導入可能な窒素ガス導入保護管55が設けられるとともに、坩堝54内の試料56の温度を測定する熱電対59も設置されている。さらに、坩堝54に対してマイクロ波を発振して坩堝を加熱するマイクロ波発振機51と、このマイクロ波発振機51からの電源のON/OFFを制御するパワーモニタ52と、マイクロ波発振機51からのマイクロ波の周波数を制御するチューナ53とが設けられている。なお、加熱により揮発したフェノール樹脂の揮発分は、排ガス用パイプ58を介して、マイクロ波加熱実験装置の外部に排出される。
【0063】
以上のようなマイクロ波加熱実験装置を用いて、アルミナ、黒鉛及びフェノール樹脂の原料の混合物を、窒素雰囲気下で400℃〜700℃の温度で3時間熱処理し、原料の混合物の質量減少率を測定した。この測定結果を図5に示す。なお、図5の縦軸は、質量減少率(%)を示し、横軸は熱処理温度(℃)を示している。
【0064】
マイクロ波加熱では、熱処理温度400℃以上から温度を上げるにつれ、質量減少率が大きくなるが、熱処理温度600℃以上では、通常の雰囲気加熱と同様に、質量減少率が2.0%で一定となった。従って、炭素含有バインダ(例えば、フェノール樹脂)の揮発分を除去するためは、マイクロ波加熱では、600℃以上で熱処理することが必要であることが判明した。そこで、本発明では、マイクロ波加熱の場合には、処理温度を600℃以上と規定することとした。
【0065】
なお、実験例3及び4では、フェノール樹脂での揮発分除去に関する実験結果であったが、炭素含有バインダとしてピッチを用いた場合の結果でも、ピッチの揮発分を完全に除去するためには、通常の非酸化性雰囲気加熱では、処理温度が900℃以上で、マイクロ波加熱では、処理温度が600℃以上、と同一の結果が得られた。
【0066】
(実験例5:黒鉛原料及びフェノール樹脂の配合量の検討)
次に、溶射材料中に配合する黒鉛原料及びフェノール樹脂の含有量の好適な範囲について調査する実験を行った。本実験では、黒鉛原料としては粒度が10μm以上で100μm以下の鱗状黒鉛を、酸化物原料としては粒度が10μm以上で140μm以下のアルミナを用い、下記表3に示すように、フェノール樹脂を外掛けで所定量添加した後、ニーダーで混練した。次いで、混練後の混合物を250℃の温度で熱処理して硬化させたものに対し、通常の雰囲気加熱では900℃、マイクロ波加熱では600℃で熱処理を施した後に、粉砕して10μm〜140μmに整粒したものを溶射材料(試料No.13〜22)として使用し、溶射実験を実施した。溶射条件としては、プロパン流量15Nm/h、酸素流量75Nm/hであり、溶射する壁面と溶射バーナとの間の距離は600mmとし、溶射壁面としては粘土れんがを使用した。また、溶射材料を供給する前に、溶射バーナからのプロパン−酸素炎の熱で、溶射壁面の温度が1200℃になってから溶射材料を供給し、溶射バーナは移動せずに2分間の溶射施工を行った。溶射終了後、壁面の粘土れんがの質量増加率から溶射後の付着歩留まり(%)を算出した。また、溶射施工体中の溶射施工部をサンプリングし、溶射施工部の炭素含有量(質量%)を「JIS R2011:炭素及び炭化珪素含有耐火物の化学分析方法」で測定した。これらの結果も表3に示す。
【0067】
【表3】

【0068】
<炭素含有量について>
表3に示すように、試料No.13、16、18、20、21、22の試料は、黒鉛とアルミナの比率を変化させた材料系で、炭素系結合材としてフェノール樹脂を外掛けで3質量%添加したものである。これらの試料に対して非酸化性雰囲気中マイクロ波加熱により600℃の熱処理を実施した溶射材料を、10μm以上140μm以下の粒度に整粒した後に、溶射した。その結果を溶射材料の組成としての黒鉛含有量と付着歩留まりとの関係に整理し直したものを図6に示した。図6に示すように、溶射材料中の黒鉛の配合量が45質量%(試料No.22)になると、急激な付着歩留まりの低下が認められ、黒鉛含有量としては40質量%以下にする必要があることがわかった。黒鉛含有量が増加すると付着歩留まりが低下するのは、上述したような黒鉛自体が溶融しないことに加えて、本来溶射壁面に付着するはずのアルミナの溶融粒子も黒鉛と同時に飛散しており、この黒鉛自体が溶射壁面への付着の妨げになっているものと推定される。このような結果から、本発明に係る溶射材料中の黒鉛含有量の上限値を40質量%と規定することとした。
【0069】
また、表3に示した試料中、フェノール樹脂量が同じで鱗状黒鉛含有量が異なる試料No.13、16の条件での溶射実験結果から明らかなように、試料No.13では、鱗状黒鉛含有量が20質量%である溶射材料を施工した溶射施工体の炭素含有量は3質量%となり、溶射施工体中の炭素含有量が少ないことから、溶損が大きくなっているものと考えられる。これに対して、試料No.16では、鱗状黒鉛含有量が25質量%で、溶射施工体の炭素含有量は5質量%以上となり、溶射施工体中に十分な量の炭素を含有している。なお、試料No.15、16の条件での溶射実験結果から明らかなように、炭素含有結合材であるフェノール樹脂の添加量が外掛けで1質量%以上であれば、良好な溶射施工体が得られることがわかっており、この点で、試料No.13及び16は、フェノール樹脂量が外掛けで3質量%であることから、良好な溶射施工体を得るためのフェノール樹脂量の条件を満たしている。フェノール樹脂含有量の影響の詳細な発明については後述する。以上の通り、黒鉛含有量の下限値について、本発明者らは、黒鉛含有量が25質量%未満であると、溶射施工体中の炭素含有量が5質量%未満となり、本発明で規定する要件を満たさなくなるということを確認している。このような結果から、本発明に係る溶射材料中の黒鉛含有量の下限値を25質量%と規定することとした。
【0070】
<フェノール樹脂含有量について>
また、表3に示すように、試料No.14、15、16、17の試料は、アルミナと黒鉛の比率は75:25と一定にして外掛けフェノール樹脂の添加量を変化させた材料系である。これらの試料に対して非酸化性雰囲気中マイクロ波加熱により600℃の熱処理を実施した溶射材料を、所定の粒度に整粒した後に、溶射した。その結果を溶射材料の組成としてのフェノール樹脂添加量と付着歩留まりとの関係に整理し直したものを図7に示した。図7に示すように、溶射材料中のフェノール樹脂の添加量が0.5質量%及び4.0質量%になると急激に付着歩留まりが低下することがわかった。フェノール樹脂添加量が0.5質量%の場合は、アルミナと黒鉛を付着させる目的で添加しているフェノール樹脂の量が0.5質量%では少ないためと推定される。一方、フェノール樹脂添加量が4.0質量%の場合の付着歩留まりの低下は、フェノール樹脂添加量が必要量より多くなり過ぎると、フェノールのダマが生成しやすくなり、結果として良好なアルミナと黒鉛の付着状況が形成されにくいためと推定される。従って、フェノール樹脂の外掛け添加量としては、1質量%以上3質量%以下が好適であると考えられるため、本発明に係る溶射材料中のフェノール樹脂含有量を、外掛けで1質量%以上3質量%以下と規定することとした。
【0071】
なお、表3に示すように、酸化物原料としてのアルミナ、黒鉛原料としての鱗状黒鉛、フェノール樹脂の配合量が本発明の範囲であり、本発明で規定する条件の熱処理及び粒度調整を行った溶射材料を使用して溶射施工体を生成した本発明の実施例(試料No.15、16、18、19、20、21)については、溶射施工体中の炭素含有量が5質量%以上と多く、かつ、溶射壁面への付着歩留まりも60%超と高い値となっていた。
【0072】
(実験例6:黒鉛原料及びピッチの配合量の検討)
さらに、溶射材料中に配合するピッチの含有量の好適な範囲について調査する実験を行った。本実験では、黒鉛原料としては粒度が10μm以上で100μm以下の鱗状黒鉛を、酸化物原料としては粒度が10μm以上で140μm以下のアルミナを用い、下記表4に示すように、ピッチを外掛けで所定量添加した後、ニーダーで混練した。次いで、混練後の混合物を250℃の温度で熱処理して硬化させたものに対し、マイクロ波加熱により600℃で熱処理を施した後に、粉砕して10μm〜140μmに整粒したものを溶射材料(試料No.23〜27)として使用し、溶射実験を実施した。溶射条件としては、プロパン流量15Nm/h、酸素流量75Nm/hであり、溶射する壁面と溶射バーナとの間の距離は600mmとし、溶射壁面としては粘土れんがを使用した。また、溶射材料を供給する前に、溶射バーナからのプロパン−酸素炎の熱で、溶射壁面の温度が1200℃になってから溶射材料を供給し、溶射バーナは移動せずに2分間の溶射施工を行った。溶射終了後、壁面の粘土れんがの質量増加率から溶射後の付着歩留まり(%)を算出した。また、溶射施工体中の溶射施工部をサンプリングし、溶射施工部の炭素含有量(質量%)を「JIS R2011:炭素及び炭化珪素含有耐火物の化学分析方法」で測定した。これらの結果も表4に示す。
【0073】
【表4】

【0074】
<ピッチ含有量について>
表4に示すように、試料No.23、24、25、26、27の試料は、アルミナと黒鉛の比率は75:25と一定にして外掛けピッチの添加量を変化させた材料系である。これらの試料に対して非酸化性雰囲気中マイクロ波加熱により600℃の熱処理を実施した溶射材料を、所定の粒度に整粒した後に、溶射した。その結果を溶射材料の組成としてのピッチ添加量と付着歩留まりとの関係に整理し直したものを図8に示した。図8に示すように、溶射材料中のピッチの添加量が0.5質量%及び5.0質量%になると急激に付着歩留まりが低下することがわかった。ピッチ添加量が0.5質量%の場合は、アルミナと黒鉛を付着させる目的で添加しているピッチの量が0.5質量%では少ないためと推定される。一方、ピッチが5.0質量%の場合の付着歩留まりの低下は、ピッチ添加量が必要量より多くなり過ぎると、フェノール樹脂の場合と同様、ピッチのダマが生成しやすくなり、結果として良好なアルミナと黒鉛の付着状況が形成されにくいためと推定される。従って、ピッチの外掛け添加量としては、1質量%以上4質量%以下が好適であると考えられるため、本発明に係る溶射材料中のピッチ含有量を、外掛けで1質量%以上4質量%以下と規定することとした。
【0075】
(実験例7:溶射施工体の耐食性の評価)
次に、溶射壁面に形成された溶射施工体の耐食性を評価するための実験を行った。本実験では、図9に示すように、実験例5で高い付着歩留まりを示した、試料No.13、16、18、20、21の化学組成を有する溶射材料6を用いて、300mm×300mm×約50mm厚さの溶射施工体13を、実験例5と同様の溶射条件で溶射壁面12上に作成した。この溶射施工体13に、下記表4に示す組成を有する転炉スラグを粉砕して10μm〜140μmに整粒したスラグSを、溶射施工体13の中央部に5分間溶射した。このときの溶射条件としては、プロパン流量15Nm/h、酸素流量75Nm/hであり、スラグSの溶射対象である溶射施工体13と溶射バーナ1との間の距離を600mmとした。スラグSの溶射後、溶射施工体13の中央部で垂直に切断し、切断面における損耗部14の面積に基づいて溶損量を比較した。なお、本実験例においては、溶損量の指標として、試料No.13の溶損量を100としたときの相対的な溶損量を示す溶損指数を用いた。以上の実験の結果を図10に示す。図10は、本実験例における溶射施工体13の炭素含有量と溶損指数との関係を示すグラフである。
【0076】
【表5】

【0077】
図10に示すように、溶射施工体中の炭素含有量が5質量%以上の値を示した試料No.16、18、20、21、では、炭素含有量が5質量%未満の値を示した試料No.13よりも溶損指数が約30%以上低い値となっており、溶射施工体中の炭素含有量を5質量%以上とすることにより、溶射施工体の耐食性(耐スラグ性)が大きく改善されることが確認できた。
【0078】
なお、本発明者らは、実炉(溶銑鍋)の補修実験を行ったところ、溶射でない通常の耐火物の吹き付けでは、2〜3ch程度しか耐用性が無く、従来の黒鉛を含まない溶射材料を使用した溶射では、10〜20ch程度の耐用性であったのに対し、本発明を適用した黒鉛含有溶射材料を使用した溶射では、25〜30ch程度と、溶射施工体の耐食性が大きく改善されていることを確認した。
【0079】
なお、上記の「耐用性」とは、溶射により施工された補修材が全て損耗し、補修前の実炉の耐火物表面が出現するまでの、実炉の使用回数を意味している。例えば、20chの耐用性とは、溶射補修後、実炉を20回使用した後に補修前の耐火物表面が出現した状態を指している。
【0080】
(実験例8:他の原料及び溶射法を用いた例)
次に、上述した実験例とは異なる他の原料及び溶射法を用いた例について実験を行った。具体的には、本実験例は、溶射材料として、アルミナの代わりにマグネシアを用い、黒鉛原料として、鱗状黒鉛の代わりに人造黒鉛を用い、溶射法としては、火炎溶射の代わりにガスプラズマ溶射を用いた例である。また、黒鉛原料としては、粒度10μm以上で100μm以下の人造黒鉛を、酸化物原料としては、粒度10μm以上で140μm以下のマグネシアを用い、表6に示すように、ピッチを外掛けで3質量%添加した後に、ニーダーで混練し、その混合物を成形した。その後、室温から直接マイクロ波を用いて600℃で3時間の熱処理を施した後に、粉砕して10μm〜140μmに整粒したものを溶射材料(試料No.28〜33)として使用し、溶射実験を実施した。溶射条件としては、Ar−Nを燃料源とした、40kW出力のガス−プラズマ溶射法を用い、溶射する壁面とプラズマトーチとの間の距離を200mmとし、溶射壁面としては粘土れんがを使用した。溶射材料を供給する前には、プラズマフレームにより溶射壁面の温度が1200℃となるまで予熱後、マグネシア−人造黒鉛質の溶射材料を供給し、溶射バーナは移動せずに2分間の溶射施工を行った。溶射終了後、壁面れんがの質量増加率から溶射後の付着歩留まりを算出した。また、溶射施工体中の溶射施工部の炭素量を「JIS R2011炭素及び炭化珪素含有耐火物の化学分析方法」で測定した。これらの結果についても表6に示す。
【0081】
【表6】

【0082】
さらに、上述のようにして得られた溶射施工体に、上記表6に示す組成を有する転炉スラグを粉砕して10μm〜140μmに整粒したスラグを、溶射施工体13の中央部に2分間溶射した。このときの溶射条件としては、Ar−Nを燃料源とした、40kW出力のガス−プラズマ溶射法を用い、スラグの溶射対象である溶射施工体とプラズマトーチとの間の距離を200mmとした。その後、溶射施工体の中央部で垂直に切断し、切断面における損耗部の面積に基づいて溶損量を比較した。なお、本実験例においては、溶損量の指標として、試料No.28の溶損量を100としたときの相対的な溶損量を示す溶損指数を用いた。
【0083】
表6に示すように、本実験例においても、人造黒鉛量が45質量%となると(試料No.33)、付着歩留まりが極端に低下することがわかった。また、付着歩留まりが60質量%以上と良好な溶射施工体の耐食性試験を行うと、黒鉛含有量が5質量%以上となった試料No.29〜No.32が良好な耐食性を示し、溶射施工体中の炭素含有量を5質量%以上とすることにより、溶射施工体の耐食性(耐スラグ性)が大きく改善されることが確認できた。
【0084】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明に係る黒鉛含有溶射材料を溶射可能な火炎溶射システムの構成の一例を示す説明図である。
【図2】実験例1における溶射実験の方法を示す説明図である。
【図3】実験例3における非酸化性窒素雰囲気下における原料の混合物の質量減少率を示すグラフである。
【図4】実験例4で用いたマイクロ波加熱実験装置の構成を示す説明図である。
【図5】実験例4におけるマイクロ波加熱による原料の混合物の質量減少率を示すグラフである。
【図6】実験例5における溶射材料中の黒鉛配合量と付着歩留まりとの関係を示すグラフである。
【図7】実験例5における溶射材料中のフェノール樹脂添加量と付着歩留まりとの関係を示すグラフである。
【図8】実験例6における溶射材料中のピッチ添加量と付着歩留まりとの関係を示すグラフである
【図9】実験例7における耐食性試験の方法を示す説明図である。
【図10】実験例7における溶射施工体の炭素含有量と溶損指数との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0086】
1 溶射バーナ
2 窯炉設備
3 レギュレータ
4A プロパンガス供給管
4B Oガス供給管
4C Nガス供給管
5 燃料ガス供給管
6 溶射材料
7 材料タンク
8 溶射材料供給管
9 溶射材料供給バルブ
10 搬送ガス供給バルブ
11 冷却管
12 溶射壁面
13 溶射施工体
51 マイクロ波発振機
52 パワーモニタ
53 チューナ
54 坩堝
55 窒素ガス導入保護管
56 試料(アルミナ−黒鉛−フェノール樹脂混合物)
57 断熱材
58 排ガス用パイプ
59 熱電対



【特許請求の範囲】
【請求項1】
25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂を結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有することを特徴とする、溶射材料。
【請求項2】
25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂を結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気においてマイクロ波を用いて600℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有することを特徴とする、溶射材料。
【請求項3】
25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有することを特徴とする、溶射材料。
【請求項4】
25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気においてマイクロ波を用いて600℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕することにより得られ、10μm以上140μm以下の粒度を有することを特徴とする、溶射材料。
【請求項5】
前記黒鉛原料は、鱗状黒鉛と人造黒鉛のうちの一方または双方であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の溶射材料。
【請求項6】
前記酸化物原料は、アルミナ、マグネシア、アルミナ−マグネシア質スピネル、シリカ、ムライト、クロミア、クロム鉱石、カルシア、転炉スラグ及び高炉スラグからなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の溶射材料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の溶射材料を窯炉設備に溶射施工して得られる溶射施工体であって、
炭素含有量が前記溶射施工体の質量全体に対して5質量%以上であることを特徴とする、溶射施工体。
【請求項8】
25質量%以上40質量%以下の黒鉛原料と、60質量%以上75質量%以下の酸化物原料とを、外掛けで1質量%以上3質量%以下のフェノール樹脂、または、外掛けで1質量%以上4質量%以下のピッチを結合材として用いて混合後、当該混合物を非酸化性雰囲気において900℃以上の温度で3時間以上熱処理して得られた熱処理体を粉砕し、10μm以上140μm以下の粒度に調整することを特徴とする、溶射材料の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−111913(P2010−111913A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−285215(P2008−285215)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】