説明

溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板およびその製造方法

【課題】多層溶接部のCTOD特性に優れた降伏強度620MPa級の高張力鋼板とその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、特定量のC、Mn、Si、P、S、Al、Ni、B、N、必要に応じて、Cr、Mo、V、Cu、Ti、Caの1種以上、Ceq≦0.80、C、P、Mn、Ni、Moからなる特定式を満たす組成と、中心偏析部硬さがC、板厚からなる特定式を満足し、中心偏析度RsがSi、Mn、Cu、Ni、P、Nbからなる特定式を満足する高張力鋼板。上記成分組成の鋼を特定のスラブ加熱温度と圧下比で熱間圧延後、再加熱し、0.3℃/s以上で板厚中心温度が350℃以下まで冷却し、特定温度範囲に焼戻す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶や海洋構造物、圧力容器、ペンストックなど鉄鋼構造物に用いられる高張力鋼板およびその製造方法に関し、特に、降伏強度(YP)が620MPa以上で、母材の強度・靭性に優れるだけでなく、小〜中入熱の多層溶接部の低温靭性(CTOD特性)にも優れる高張力鋼板とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
船舶や海洋構造物、圧力容器に用いられる鋼は溶接接合して、所望の形状の構造物として仕上げられる。そのため、これらの鋼には、構造物の安全性の観点から母材の強度が高く、靭性が優れていることはもちろんのこと、溶接継手部(溶接金属や熱影響部)の靭性に優れていることが要求される。
【0003】
鋼の靭性の評価基準としては、従来、主にシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーが用いられてきたが、近年では、より信頼性を高めるために、き裂開口変位試験(Crack Tip Opening Displacement Test、以降CTOD試験)が用いられることが多い。この試験は、靭性評価部に疲労予き裂を発生させた試験片を3点曲げし、破壊直前のき裂の口開き量(塑性変形量)を測定して脆性破壊の発生抵抗を評価するものである。
【0004】
CTOD試験では疲労予き裂を用いるので極めて微小な領域が靭性評価部となり、局所脆化域が存在すると、シャルピー衝撃試験で良好な靭性が得られても、低い靭性を示す場合がある。
【0005】
局所脆化域は、板厚が厚い鋼など多層盛溶接により複雑な熱履歴を受ける溶接熱影響部で、発生しやすく、ボンド部(溶接金属と母材の境界)やボンド部が2相域に再加熱される部分(1サイクル目の溶接で粗粒となり、後続の溶接パスによりフェライトとオーステナイトの2相域に加熱される領域、以下2相域再加熱部)が局所脆化域となる。
【0006】
ボンド部は、融点直下の高温にさらされるため、オーステナイト粒が粗大化し、引き続く冷却により靭性の低い上部ベイナイト組織に変態しやすいことから、マトリクス自体の靭性が低い。また、ボンド部では、ウッドマンステッテン組織や島状マルテンサイト(MA)などの脆化組織が生成しやすく、靭性はさらに低下する。
【0007】
ボンド部の靭性を向上させるため、例えば鋼中にTiNを微細分散させ、オーステナイト粒の粗大化を抑制したり、フェライト変態核として利用したりする技術が実用化されている。
【0008】
さらに、特許文献1や特許文献2には、希土類元素(REM)をTiと共に複合添加して鋼中に微細粒子を分散させることにより、オーステナイトの粒成長を抑制し、溶接部靭性を向上させる技術が開示されている。
【0009】
その他に、Tiの酸化物を分散させる技術や、BNのフェライト核生成能と酸化物分散を組み合わせる技術、さらにはCaやREMを添加して硫化物の形態を制御することにより、靭性を高める技術も提案されている。
【0010】
また、特許文献3では、多層溶接において析出型元素となるVによる析出硬化による脆化部がCTOD試験の場合、局所脆化域となり、限界CTOD値を低下させるため、V無添加系の調質型高張力鋼を提案している。
【0011】
しかし、これらの技術は、比較的低強度で合金元素量の少ない鋼材が対象で、より高強度で合金元素量の多い鋼材の場合はHAZ組織がフェライトを含まない組織となるために、適用できない。
【0012】
溶接熱影響部においてフェライトを生成しやすくする技術として、特許文献4には、主にMnの添加量を2%以上に高める技術が開示されている。特許文献5では、成分組成を高Mn系とし、適量の酸素量に制御することで、粒内変態フェライト核を増加させてHAZのミクロ組織を微細化するとともに、C,Nb,Vなどの脆化元素からなるパラメータ式の値を制御してHAZのCTOD特性を改善させることが記載されている。
【0013】
しかし、連続鋳造材ではスラブの中心部にMnなどの合金元素が偏析しやすく、母材のみならず溶接熱影響部でも中心偏析部は硬度を増し、破壊の起点となるため、母材およびHAZ靭性の低下を引き起こす。
【0014】
特許文献6では、連続鋳造後、凝固途中にある鋳片を面によって圧下し中心偏析のない鋳片を製造するとともに、溶接ボンド部近傍の組織を複合酸化物により改善することを提案している。
【0015】
特許文献7では、スラブの中央部に相当する板内位置における板厚中心部の偏析を含む微小領域について、その成分の平均分析値を求めて偏析パラメータ式を導出し、成分設計を行うことを提案している。
【0016】
一方、2相域再加熱部は、2相域再加熱で、オーステナイトに逆変態した領域に炭素が濃化して、冷却中に島状マルテンサイトを含む脆弱なベイナイト組織が生成され、靭性が低下するもので、鋼組成を低C、低Si化し島状マルテンサイトの生成を抑制して靭性を向上させ、Cuを添加することにより母材強度を確保する技術が開示されている(例えば、特許文献8および9)。これらは、時効処理によるCuの析出で強度を高めるものであるが、多量のCuを添加するために熱間延性が低下し、生産性を阻害する。
【0017】
上述したようにCTOD特性には種々の要因が影響を与えるため、特許文献10では中心偏析を軽減する連続鋳造鋼片のスラブ加熱温度や鋼組成に混入するB量の管理、および島状マルテンサイトの発生を抑制する成分組成など総合的な対策により小〜中入熱の多層溶接部で優れたCTOD特性が得られる鋼材を提案している。
【0018】
また、特許文献11は、大入熱溶接の場合におけるHAZ粗大粒の破壊単位となる有効結晶粒径の微細化、小中入熱での溶接では島状マルテンサイトの低減と微量Nbによる粒界焼入れ性の向上、析出硬化の抑制、HAZ硬さの低減を可能とする成分組成とすることで最大100kJ/cmまでの溶接入熱範囲で多層溶接部のCTOD特性を向上させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特公平03−053367号公報
【特許文献2】特開昭60−184663号公報
【特許文献3】特開昭57−9854号公報
【特許文献4】特開2003−147484号公報
【特許文献5】特開2008−169429号公報
【特許文献6】特開平9−1303号公報
【特許文献7】特開昭62−93346号公報
【特許文献8】特開平05−186823号公報
【特許文献9】特開2001−335884号公報
【特許文献10】特開2001−11566号公報
【特許文献11】特開平11−229077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
ところで、最近の海洋構造物のジャッキアップリグ場合、レグ(脚)部やカンチレバー(ドリル部の梁)などの部分に降伏強度が620MPa級で板厚50〜210mmの鋼材が用いられ、溶接部において優れたCTOD特性が要求されるが、特許文献1〜11記載の溶接熱影響部のCTOD特性改善技術は対象とする鋼材の降伏強度および/または板厚が相違して適用することは困難である。
【0021】
そこで、本発明は、船舶や海洋構造物、圧力容器、ペンストックなど鉄鋼構造物に用いて好適な降伏強度(YP)が620MPa以上で、小〜中入熱による多層溶接部の溶接熱影響部のCTOD特性に優れる高張力鋼板とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
発明者らは、降伏強度(YP)が620MPa以上の母材強度と靭性を確保するとともに、多層溶接の溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)の靭性を改善して試験温度−10℃、限界CTOD値0.50mm以上のCTOD特性を確保する方法について鋭意検討した。
【0023】
その結果、1.溶接熱影響部におけるオーステナイト粒の粗大化を抑制し、2.溶接後の冷却時のフェライト変態を促進させるために、変態核を均一微細に分散させ、3.脆化組織の生成を抑制するため、硫化物の形態制御のために添加するCaの添加量を適正範囲に制御すること、また、4.溶接熱影響部のCTOD特性の向上には、脆化元素であるC、P、Mn、Nb、Moの成分を適正範囲に制御することが有効であること見出した。
【0024】
本発明は得られた知見をもとに更に検討を加えてなされたもので、すなわち本発明は、
1.質量%で、C:0.05〜0.14%、Si:0.01〜0.30%以下、Mn:0.3〜2.3%、P:0.008%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.1%、Ni:0.5〜4%、B:0.0003〜0.003%、N:0.001〜0.008%を含有し、Ceq(=[C]+[Mn]/6+[Cu+Ni]/15+[Cr+Mo+V]/5、各元素記号は含有量(質量%))≦0.80、式(1)を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼板の中心偏析部の硬さが(2)式を満足することを特徴とする溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
5.5[C]4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+0.53[Mo] ≦2.5 ・・・(1)
ここで、[M]は各元素の含有量(質量%)
HVmax/HVave≦1.35+0.006/C−t/750 ・・・(2)
HVmaxは中心偏析部のビッカース硬さの最大値、HVaveは中心偏析部と表裏面から板厚の1/4を除く部分のビッカース硬さの平均値、Cは炭素の含有量(質量%)、tは鋼板の板厚(mm)。
2.鋼組成に、更に、質量%で、Cr:0.2〜2.5%、Mo:0.1〜0.7%、V:0.005〜0.1%、Cu:0.49%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする、1に記載の溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
3.鋼組成に、更に、質量%で、Ti:0.005〜0.025%、Ca:0.0005〜0.003%を含有することを特徴とする1または2記載の溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
4.更に、中心偏析部の各元素の濃度が式(5)を満たすことを特徴とする1乃至3のいずれか一つに記載の溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
Rs=12.5(X[Si]+X[Mn]+X[Cu]+X[Ni])+1.5X[P]+1.8X[Nb]<64.3・・・(3)
ここで、X[M]は、EPMAライン分析で得られる中心偏析部の元素Mの濃度と平均の元素Mの濃度との比、すなわち、(中心偏析部のM濃度)/(平均のM濃度)を表す。
5.1ないし3のいずれか一つに記載の成分組成を有する鋼を1050℃以上に加熱後、圧下比(元厚/最終厚)が2以上となるように熱間圧延を施し、880℃以上の温度に再加熱後、0.3℃/s以上の冷速で板厚中心温度が350℃以下まで冷却し、その後、450℃〜680℃に焼戻し処理を施すことを特徴とする溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、海洋構造物など大型の鉄鋼構造物に用いて好適な降伏強度(YP)が620MPa以上で、小〜中入熱の多層溶接部の低温靭性、特にCTOD特性に優れる高張力鋼板とその製造方法が得られ、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明では成分組成と板厚方向硬さ分布を規定する。
1.成分組成
成分組成の限定理由について説明する。説明において%は質量%とする。
C:0.05〜0.14%
Cは、高張力鋼板としての母材強度確保に必要な元素である。0.05%未満では焼入性が低下し、強度確保のために、Cu、Ni、Cr、Moなどの焼入性向上元素の多量添加が必要となり、コスト高と、溶接性の低下とを招く。一方、0.14%を超える添加は溶接性を著しく低下させることに加え、溶接部靭性低下を招く。従って、C量は0.05〜0.14%の範囲とする。好ましくは、0.07〜0.13%である。
【0027】
Si:0.01〜0.30%
Siは、脱酸元素として、また、母材強度を得るために添加する成分である。しかし、0.30%を超える多量の添加は、溶接性の低下と溶接継手靭性の低下を招くので、Si量は0.01〜0.30%とする必要がる。好ましくは、0.25%以下である。
【0028】
Mn:0.3〜2.3%
Mnは母材強度および溶接継手強度を確保するため、0.3%以上添加する。しかし、2.3%を超える添加は、溶接性を低下させ、焼入性の過剰を招き、母材靭性および溶接継手靭性を低下させるため、0.3〜2.3%の範囲とする。
【0029】
P:0.008%以下
Pは不可避的に混入する不純物で、母材靭性および溶接部靭性を低下させ、特に溶接部において含有量が0.008%を超えると靭性が著しく低下するので、0.008%以下とする。
【0030】
S:0.005%以下
Sは、不可避的に混入する不純物で、0.005%を超えて含有すると母材および溶接部靭性を低下させるため、0.005%以下とする。好ましくは、0.0035%以下である。
【0031】
Al:0.005〜0.1%
Alは、溶鋼を脱酸するために添加される元素であり、0.005%以上含有させる必要がある。一方、0.1%を超えて添加すると母材および溶接部靭性を低下させるとともに、溶接による希釈によって溶接金属部に混入し、靭性を低下させるので、0.1%以下に制限する。好ましくは、0.08%以下である。
【0032】
Ni:0.5〜4%
Niは、鋼の強度と靭性を向上させ、溶接部の低温靭性の向上に有効なため0.5%以上を添加する。一方で、高価な元素であるのと同時に、過度の添加は熱間延性を低下させるために、鋳造時にスラブの表面にキズが発生しやすくなるので、上限を4%とする。
【0033】
B:0.0003〜0.003%
Bは、オーステナイト粒界に偏析し、粒界からのフェライト変態を抑制することにより、微量添加で鋼の焼入性を高める効果がある。その効果は、0.0003%以上の添加で得られる。しかし、0.003%を超えると炭窒化物などとして析出し、焼入性が低下し靭性が低下するため、0.0003〜0.003%とする。好ましくは、0.0005〜0.002%である。
【0034】
N:0.001〜0.008%
Nは、Alと反応して析出物を形成することで、結晶粒を微細化し、母材靭性を向上させる。また、溶接部の組織の粗大化を抑制するTiNを形成させるために必要な元素であり、0.001%以上含有させる。一方、0.008%を超えて含有すると母材や溶接部の靭性を著しく低下させることから、上限を0.008%とする。
【0035】
Ceq≦0.80
Ceqが0.80を超えると溶接性や溶接部靭性が低下するため、0.80以下とする。好ましくは、0.75以下である。但し、Ceq=[C]+[Mn]/6+[Cu+Ni]/15+[Cr+Mo+V]/5、各元素記号は含有量(質量%)とし、含有しない元素は0とする。
【0036】
5.5[C]4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+0.53[Mo] ≦2.5・・・(1)但し、[M]は各元素の含有量(質量%)とし、含有しない元素は0とする。
【0037】
本パラメータ式は、中心偏析部に濃化しやすい成分で構成される中心偏析部硬さ指標であり、実験的に求めたものである。本パラメータ式の値が2.5を超えるとCTOD特性が低下するので2.5以下とする。好ましくは2.3以下である。CTOD試験は鋼板全厚での試験のため、中心偏析を含む試験片での靭性評価となり、中心偏析での成分濃化が顕著な場合、溶接熱影響部に硬化域が生成し、良好な値が得られない。
【0038】
以上が本発明の基本成分組成であるが、更に特性を向上させる場合、Cr:0.2〜2.5%、Mo:0.1〜0.7%、V:0.005〜0.1%、Cu:0.49%以下、Ti:0.005〜0.025%,Ca:0.0005〜0.003%の中から選ばれる1種または2種以上を添加する。
【0039】
Cr:0.2〜2.5%
Crは、0.2%以上の添加で母材を高強度化するのに有効な元素であるが、多量に添加すると靭性に悪影響を与えるので、添加する場合は、0.2〜2.5%とする。
【0040】
Mo:0.1〜0.7%
Moは、0.1%以上の添加で母材を高強度化するのに有効な元素であるが、多量に添加すると靭性に悪影響を与えるので、添加する場合は0.1〜0.7%、好ましくは0.1〜0.6%である。
【0041】
V:0.005〜0.1%
Vは、0.005%以上の添加で母材の強度と靭性の向上に有効な元素であるが、0.1%を超えると靭性低下を招くので、添加する場合は0.005〜0.1%の添加とする。
【0042】
Cu:0.49%以下
Cuは、鋼の強度向上の効果を有する元素であるが、0.49%を超えると、熱間脆性を引き起こして鋼板の表面性状劣化させるため、添加する場合は0.49%以下とする。
【0043】
Ti:0.005〜0.025%
Tiは、溶鋼が凝固する際にTiNとなって析出し、溶接部におけるオーステナイトの粗大化を抑制し、溶接部の靭性向上に寄与する。しかし、0.005%未満の添加ではその効果が小さく、一方、0.025%を超えて添加すると、TiNが粗大化し、母材や溶接部靭性改善効果が得られないため、添加する場合は、0.005〜0.025%とする。
【0044】
Ca:0.0005〜0.003%
Caは、Sを固定することによって靭性を向上する元素である。この効果を得るためには、少なくとも0.0005%の添加が必要である。しかし、0.003%を超えて含有してもその効果は飽和するため、添加する場合は、0.0005〜0.003%の範囲で添加する。
【0045】
2.硬さ分布
HVmax/HVave≦1.35+0.006/C−t/750・・・(2)但しCは炭素の含有量(質量%)、tは板厚(mm)
HVmax/HVaveは中心偏析部の硬さを表す無次元パラメータで、その値が1.35+0.006/C−t/750で求まる値より高くなるとCTOD値が低下するため、1.35+0.006/C−t/750以下とする。
【0046】
HVmaxは中心偏析部の硬さで、板厚方向に、中心偏析部を含む(板厚/10)mmの範囲をビッカース硬さ試験機(荷重10kgf)で0.25mm間隔で測定し、得られた測定値の中の最大値とする。また、HVaveは硬さの平均値で、表層から(板厚/4)mmから裏層から(板厚/4)の間で中心偏析部を除く範囲をビッカース硬さ試験機の荷重10kgfで1〜2mm間隔で測定した値の平均値とする。
【0047】
3.Rs=12.5(X[Si]+X[Mn]+X[Cu]+X[Ni])+1.5X[P]+1.8X[Nb]<64.3・・・(3)
ここで、X[M]は、EPMAライン分析で得られる中心偏析部の元素Mの濃度と平均の元素Mの濃度との比、すなわち、(中心偏析部のM濃度)/(平均のM濃度)を表す。
【0048】
Rsは、鋼板の中心偏析の度合いを表す値であり、Rsの値が大きいほど、鋼板の中心偏析度は大きくなることを示している。Rsは64.3以上になるとCTOD特性が著しく低下するため、64.3未満、好ましくは、62.3以下とする。Rsの値は小さいほど、偏析の悪影響が小さくなることを示しており、CTOD特性はRsが小さいほど良好な傾向があるため、Rsの下限値は特には設定しない。
【0049】
なお、(中心偏析部のM濃度)/(平均のM濃度)を表すX[M]は、以下の方法で求めた。代表位置の中心偏析を含む500μm×500μmの領域にて、MnのEPMA面分析をビーム径2μm、2μmピッチ、1点あたり0.07秒の条件で3視野実施する。その中でMn濃度の高い5箇所について、Si、Mn、P、Cu、Ni、Nbの板厚方向のEPMA線分析をビーム径5μm、5μmピッチ、1点あたり10秒の条件で実施し、各測定ラインの最大値の平均値を偏析部の濃度とし各成分の分析値で除した値を(中心偏析部のM濃度)/(平均のM濃度)を表すX[M]とした。
【0050】
CTOD特性は、ノッチ底部の全体の脆化度(中心偏析による硬化)の他にノッチ底部の微小領域の脆化度に影響を受けることが知られている。ノッチ底部の微小な脆化領域によってCTOD値は低下するので、厳しい評価(低温での試験など)を行う場合には、微小な脆化領域の存在が大きな影響を与えるようになる。本発明に係る溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板では、(1)式によって中心偏析の偏析の度合いを規定し、更に中心偏析の微小領域における硬さや合金元素の分布を(2)式、(3)式によって規定する。
【0051】
本発明鋼は以下に説明する製造方法で製造することが好ましい。
本発明範囲内の成分組成に調整した溶鋼を転炉、電気炉、真空溶解炉などを用いた通常の方法で溶製し、次いで、連続鋳造の工程を経てスラブとした後、熱間圧延により所望の板厚とし、その後冷却し、焼戻し処理を施す。
【0052】
スラブ加熱温度:1050以上、圧下比:2以上
本発明の場合、熱間圧延時のスラブ加熱温度および圧下比が鋼板の機械的特性に及ぼす影響は小さい。しかしながら、厚肉材において、スラブ加熱温度が低すぎる場合や、圧下量が不十分な場合、板厚中心部に鋼塊製造時の初期欠陥が残存し、鋼板の内質が著しく低下するため、スラブに存在する鋳造欠陥を熱間圧延によって着実に圧着させるためスラブ加熱温度を1050℃以上、圧下比を2以上とする。
スラブ加熱温度の上限は特に定める必要は無いが、過度の高温加熱は凝固時に析出したTiNなどの析出物が粗大化し、母材や溶接部の靭性が低下することや、高温では鋼塊表面のスケールが厚く生成し、圧延時に表面疵の発生原因になること、省エネルギーの観点などから、加熱温度は、1200℃以下とするのが好ましい。
【0053】
熱間圧延後の冷却:350℃以下まで冷却速度0.3℃/s以上
冷却速度が0.3℃/s未満では十分な母材の強度が得られない。また、350℃より高い温度で冷却を停止するとγ→α変態が完全に完了しないため、高温変態組織が生成し、高強度と高靭性が両立しない。冷却速度は鋼板の板厚中心での値とする。板厚中心での温度は、板厚、表面温度および冷却条件等から、シミュレーション計算等により求められる。例えば、差分法を用い、板厚方向の温度分布を計算することにより、板厚中心温度を求める。
【0054】
熱間圧延後の再加熱温度880℃以上
再加熱温度が880℃より低い場合、オーステナイト化が不十分のために、強度と靭性が目標を満足しないため、再加熱温度は880℃以上、好ましくは900℃以上とする。再加熱温度の上限温度は特に規定しないが、過度に高温まで加熱することはオーステナイト粒が粗大化して靭性の低下を招くことになるため、好ましくは1000℃以下である。
【0055】
焼戻し温度:450℃〜680℃
450℃未満の焼戻し温度では十分な焼戻しの効果が得られず、一方、680℃を超える焼戻し温度で焼戻しを行うと、炭窒化物が粗大に析出し、靭性が低下するために好ましくない。また、焼戻しは誘導加熱により行うと焼戻し時の炭化物の粗大化が抑制されて好ましい。その場合は、差分法などのシミュレーションによって計算される鋼板の板厚中心での温度が450℃〜680℃となるようにする。
【実施例】
【0056】
表1に示した成分組成を有するNo.A〜N鋼の連続鋳造により製造したスラブを素材とし、表2に示した条件で熱間圧延と熱処理を行い、厚さが60mm〜150mmの厚鋼板を製造した。
【0057】
母材の評価方法として、引張試験は鋼板の板厚の1/2部より試験片の長手方向が鋼板の圧延方向と垂直になるようにJIS4号試験片を採取し、降伏強度(YP)および引張強さ(TS)を測定した。
【0058】
また、シャルピー衝撃試験は、鋼板の板厚の1/2部より試験片の長手方向が鋼板の圧延方向と垂直になるようにJIS Vノッチ試験片を採取し、−40℃における吸収エネルギー(vE−40℃)を測定した。YP≧620MPa、TS≧720MPaおよびvE−40℃≧100Jの全てを満たすものを母材特性が良好と評価した。
【0059】
溶接部靭性の評価は、K型開先を用いて、溶接入熱45〜50kJ/cmのサブマージアーク溶接による多層盛溶接継手を作製し、鋼板の1/4部のストレート側の溶接ボンド部をシャルピー衝撃試験のノッチ位置として、−40℃の温度における吸収エネルギーを測定した。そして、3本の平均がvE−40℃≧100Jを満足するものを溶接部継手靭性が良好と判断した。
【0060】
また、ストレート側の溶接ボンド部を三点曲げCTOD試験片のノッチ位置として、−10℃におけるCTOD値を測定し、試験数量3本の最小のCTOD値が0.50mm以上を溶接継手のCTOD特性が良好とした。
【0061】
鋼A〜E、Nは発明例であり、鋼F〜Mは請求項の成分範囲を満たしていない比較例である。実施例1、2、5、6、10、11、20は、本発明の成分、製造条件を満たした発明例で、いずれもRs<64.3を満足し、良好な母材特性およびCTOD特性が得られている。また、vE−40℃≧100Jを満足する。
【0062】
一方、実施例3は再加熱後空冷した例で冷却速度が0.3℃/s未満のため、目標の母材強度が得られていない比較例である。実施例4は冷却停止温度が350℃を超えているため、また、実施例8は加熱温度が880℃未満のため、また、実施例9は焼戻し温度が450℃未満のため、目標の母材の強度および靭性が得られていない比較例である。実施例7は圧下比が2未満のため、目標の母材靭性、溶接部でのCTOD値が得られていない比較例である。
【0063】
実施例12、18は、それぞれC、B添加量が本発明の下限範囲外であるため、目標の母材の強度および靭性が得られていない比較例である。また、実施例14はNi添加量が本発明の下限範囲外であるため、目標とする溶接部でのCTOD値が得られていない比較例である。
【0064】
実施例13、15、17、19は、それぞれC、Ceq、Mn、Pが本発明の上限範囲外であるため、HV max / HV ave値が本発明範囲を満たしておらず、目標とする溶接部でのCTOD値が得られていない比較例である。
【0065】
実施例16は、個々の成分は本発明範囲内であるが、5.5[C]4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+0.53[Mo] ≦2.5を満たしておらず、目標の溶接部でのCTOD値が得られていない比較例である。
【0066】
実施例13、17、19は、HVmax/HVaveが本発明範囲を満たしていないがRs<64.3を満足しているので、HVmax/HVaveとRs<64.3の両方を満足していない実施例7、15、16と比較してCTOD値が良好である。
【0067】
尚、目標の母材の強度および靭性が得られていない実施例3、実施例4、実施例8、実施例9、実施例12、実施例18については、溶接部のCTOD試験、シャルピー試験は実施しなかった。
【0068】
【表1】

【0069】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.14%、Si:0.01〜0.30%以下、Mn:0.3〜2.3%、P:0.008%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.1%、Ni:0.5〜4%、B:0.0003〜0.003%、N:0.001〜0.008%を含有し、Ceq(=[C]+[Mn]/6+[Cu+Ni]/15+[Cr+Mo+V]/5、各元素記号は含有量(質量%))≦0.80、式(1)を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼板の中心偏析部の硬さが(2)式を満足することを特徴とする溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
5.5[C]4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+0.53[Mo] ≦2.5 ・・・(1)
ここで、[M]は各元素の含有量(質量%)
HVmax/HVave≦1.35+0.006/C−t/750 ・・・(2)
HVmaxは中心偏析部のビッカース硬さの最大値、HVaveは中心偏析部と表裏面から板厚の1/4を除く部分のビッカース硬さの平均値、Cは炭素の含有量(質量%)、tは鋼板の板厚(mm)。
【請求項2】
鋼組成に、更に、質量%で、Cr:0.2〜2.5%、Mo:0.1〜0.7%、V:0.005〜0.1%、Cu:0.49%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
【請求項3】
鋼組成に、更に、質量%で、Ti:0.005〜0.025%、Ca:0.0005〜0.003%を含有することを特徴とする請求鋼1または2記載の溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
【請求項4】
更に、中心偏析部の各元素の濃度が式(5)を満たすことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一つに記載の溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板。
Rs=12.5(X[Si]+X[Mn]+X[Cu]+X[Ni])+1.5X[P]+1.8X[Nb]<64.3・・・(3)
ここで、X[M]は、EPMAライン分析で得られる中心偏析部の元素Mの濃度と平均の元素Mの濃度との比、すなわち、(中心偏析部のM濃度)/(平均のM濃度)を表す。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか一つに記載の成分組成を有する鋼を1050℃以上に加熱後、圧下比(元厚/最終厚)が2以上となるように熱間圧延を施し、880℃以上の温度に再加熱後、0.3℃/s以上の冷速で板厚中心温度が350℃以下まで冷却し、その後、450℃〜680℃に焼戻し処理を施すことを特徴とする溶接熱影響部の低温靭性に優れた高張力鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2013−91845(P2013−91845A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−66443(P2012−66443)
【出願日】平成24年3月23日(2012.3.23)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】