説明

溶接装置

【課題】 生成される溶融池が一つとなる2電極TIG溶接では、入熱量が大きくなり、溶接開始、溶接終了点での極め細やかな溶接ができず、捨て板部材などを多く必要とし材料効率が悪い。また互いのアーク干渉を防止するための制御が必要となる。また、互いの電極間距離を短くするために専用の、かつ複雑な溶接トーチ構造を必要とする。
【解決手段】 多電極TIG溶接において、電極間距離を互いのアークが干渉しない距離に離して配置して簡単なトーチ構造とし、かつ、アーク干渉を防止する。また、それぞれの溶融池に対して独立して溶接制御を行うことを可能とし、極め細やかな溶接制御を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の非消耗電極を用いてTIG溶接を行う溶接装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
TIG(Tungsten Inert Gas)溶接は、不活性ガス雰囲気中において非消耗電極と溶接部材との間にアーク発生させて溶接を行う溶接法である。不活性ガス雰囲気中で溶接を行うためスパッタのない高品質な溶接が可能である。不活性ガスには、アルゴンやヘリウムなどの化学的に安定なガスが使用される。非消耗電極には、非常に融点の高いタングステン電極が使用される。非消耗電極を用いる場合、溶接中に溶接部材とほぼ同材質の溶加材を溶接部に挿入し、この溶加材の挿入量(送給量)を調整することで溶着する金属量の調整を行う。
【0003】
TIG溶接は、MAG(Metal Active Gas)溶接などの消耗電極式溶接法に比べ、溶接部の溶け込みが浅く、溶接速度を上げることが難しく、溶加材の送給量に制限がある等の短所がある。この短所を改善する例として、溶加材を加熱して溶接部に挿入することにより溶着量を増やし、これにより能率を高めるホットワイヤTIG溶接法が知られている。
【0004】
また、TIG溶接において、さらに高能率な溶接を行うための方法として、非消耗電極を溶接線方向に直列に2本配置する所謂タンデム方式で、アークを発生させて2本の非消耗電極で一つの溶接池を形成するタンデムTIG溶接が知られている。
【0005】
図4は従来のタンデムTIG溶接を説明するための概要図である。図4(a)に示すように、溶接電源41と、切替器42と、第1の非消耗電極43と、第2の非消耗電極44と、溶加材46とを備え、第1の非消耗電極43によるアークと第2の非消耗電極44によるアークの2つのアークにより1つの溶融池45を形成するものである。タンデム方式の溶接において、アークを発生させて一つの溶融池45を形成する場合、2つの電極による各々のアークが互いに干渉してしまい、安定したアーク状態を形成することができない。これは、互いの電磁力による磁気吹きによるところが大きい。この課題を解決する方法として、図4(b)に示すように、2本の非消耗電極に交互にアークを発生させて一つの溶融地を形成することにより、アークの干渉を防止するものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
また、アルミニウム合金の溶接を行う場合には、アルミニウム合金表面の融点の高い酸化膜を溶かすために、電極と溶接部材のプラス極性とマイナス極性を交互に入れ替える交流TIG溶接が適している。そして、酸化膜を溶かす作用はアークのクリーニング作用と呼ばれる。多電極TIG溶接においても、一方の電極からプラス極性を、他方の電極からマイナス極性を印加し、さらに連続的に切り替えることでクリーニング作用を有する多電極TIG溶接方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
また、多電極TIG溶接方法において、ホットワイヤを供給するTIG溶接方法が知られている(例えば、特許文献3参照)。
【0008】
また、TIG溶接によりチタン板を溶接する場合、チタン板の接合すべき両エッジ周辺をタングステン電極により加熱すると同時に、不活性ガスの吹き付けを行ってTIG溶接を行うことにより溶接欠陥を防止するTIG溶接方法が知られている(例えば、特許文献4参照)。
【0009】
また、2電極により溶接池が一つ形成され、電極間距離が15mm以下となるように、各電極を斜めに配置して互いの電極の間から溶加材を供給し、さらに交互の溶接電流を供給する2電極TIG溶接方法も知られている(例えば、特許文献5参照)。
【0010】
例えば、ステンレスやチタンなどの材質による造管を行う場合、造管ライン上で帯板をロール上に形成し、その後、突合せ部の一方の板端から他方の板端までの100%溶け込み溶接を必要とする。この場合、板端に取り付けた捨て板上でアークを発生させ、その後、アークの発生を維持したまま造管部材上へ電極を移動して造管部材の溶接を行う。溶接終了部においても、捨て板上まで溶接を行う。そして、溶接後に捨て板を除去することにより、造管部材の一方の板端から他方の板端までの100%溶け込み溶接を実現する。
【0011】
図5において、51と52は捨て板であり、53は突合せ部であって溶接する部位となる。突合せ部53の一方の端から他方の端まで100%溶け込み溶接を行うため、捨て板51上でアークを発生させ、アーク発生を維持したまま突合せ部53上へ電極を移動させて溶接を行い、捨て板52上まで溶接を行う。溶接終了後、捨て板51と捨て板52は切り落とす。切り落とした捨て板部51、52は、再利用する場合もあるが最終的には廃棄されるものである。なお、捨て板51、52と溶接部材との密着度を維持するために、1回使用すると廃棄される場合が多い。
【特許文献1】特開平5−131273号公報
【特許文献2】特公平2−41393号公報
【特許文献3】特公昭59−47628号公報
【特許文献4】特開昭59−66983号公報
【特許文献5】特公昭63−31305号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の多電極TIG溶接方法では、複数の電極により一つの溶融池を形成するのでアーク開始点および終了点での入熱が大きくなり、アークの発生およびアークを終了させるために十分な大きさの捨て板51、52を必要とし、材料効率が悪いという課題がある。
【0013】
また、入熱量が大きいため、捨て板51、52と造管部材の密着度が少ないと、わずかな隙間であってもその隙間から溶融した金属が流れ落ちる溶け落ちが発生しやすいという課題がある。
【0014】
また、互いのアークの干渉を防止しつつ一つの溶融池を形成するため、交互にアークを発生させることや、一方の電極からプラス極性を、他方の電極からマイナス極性を印加し、さらに連続的に切り替えるなどの溶接の同期制御を必要とする。
【0015】
また、互いの電極間距離を短くするために、専用でかつ複雑な溶接トーチ構造を必要とするという課題があり、さらに、溶接池を一つとするために電極先端を接近させるので電極の配置を斜めに配置する必要がある。電極を溶接部材に対して斜めに配置した場合は、垂直に配置した場合に比べてアークが不安定になりやすいという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明の溶接装置は、複数の非消耗電極により複数の溶接池を形成して溶接を行う溶接装置であって、複数の非消耗電極と、溶接箇所に溶加材を送給する溶加材送給部と、前記溶加材送給部を制御して前記溶加材の送給速度を制御する溶加材送給速度制御部と、前記非消耗電極と溶接対象物との間に供給する電力を制御する複数の溶接電源とを備え、前記複数の非消耗電極に対して互いに独立して溶接電流の制御を行うとともに、前記溶加材送給部に対して溶接電流の制御とは独立して溶加材送給速度の制御を行うものである。
【0017】
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、溶接電流の制御として、定常溶接期間になるまでのスタート溶接期間では、定常溶接電流値よりも低い初期電流値から前記定常溶接電流値に向けて溶接電流値を増加させるスロープ制御を行い、前記定常溶接期間の後のエンド溶接期間では、前記定常溶接電流から前記定常溶接電流よりも低い溶接終了電流値に向けて溶接電流を減少させるスロープ制御を行うものである。
【0018】
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、溶接方向に対して後方に位置する後行側非消耗電極に対するスロープ制御における溶接電流の変化率は、溶接方向に対して先方に位置する先行側非消耗電極に対するスロープ制御における溶接電流の変化率よりも、緩やかになるように溶接電流を制御するものである。
【0019】
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、溶加材送給速度の制御として、定常溶接期間になるまでのスタート溶接期間では、前記定常溶接期間における定常送給速度よりも低い初期送給速度から前記定常送給速度に向けて送給速度を増加させるスロープ制御を行い、前記定常溶接期間の後のエンド溶接期間では、前記定常送給速度から前記定常溶接電流よりも低い溶接終了送給速度に向けて送給速度を減少させるスロープ制御を行うものである。
【0020】
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、スタート溶接期間では、溶接電流が定常溶接電流になってから以降に定常送給速度になるように送給速度の制御を行い、エンド溶接期間では、溶接電流が定常溶接電流から減少を始める前あるいは同時に送給速度が減少し始めるように送給速度の制御を行うものである。
【0021】
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、複数の非消耗電極は、互いに略並行でありかつ溶接対象物に対して略垂直の位置になるように保持されて溶接を行うものである。
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、2つの非消耗電極を備え、一方の非消耗電極は溶接対象物と接触させてアークを発生させるタッチスタートを行い、他方の非消耗電極は前記溶接対象物との間に高周波電圧あるいは高電圧を印加してアークを発生させる電圧印加スタートを行い、前記タッチスタートを行った後に前記電圧印加スタートを行うものである。
【0022】
また、本発明の溶接装置は、上記に加えて、溶接方向に対して先方に位置する先行側非消耗電極は電圧印加スタートを行い、前記溶接方向に対して後方に位置する後方側非消耗電極はタッチスタートを行うものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明の溶接装置によれば、各非消耗電極の溶接電流制御や溶加材送給速度制御を各々独立して行うことにより、きめ細やかな溶接を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための最良の形態における溶接装置と溶接方法について、図1から図3を用いて説明する。
【0025】
(実施の形態1)
図1において、ロボット11は後述する非消耗電極である第1電極12と第2電極13および溶加材送給部14を保持/運搬するものである。12は溶接方向に対して先行する非消耗電極である第1電極、13は後行する非消耗電極である第2電極、14は第2電極13が形成する溶融池に溶加材20を供給する溶加材送給部、15は第1電極12に供給する溶接電流を制御する第1溶接電源、16は第2電極13に供給する溶接電流を制御する第2溶接電源、17はロボット11を制御するロボット制御部、21は溶加材送給部14を制御する溶加材送給速度制御部である。溶接制御装置18は、第1溶接電源15と第2溶接電源16とロボット制御部17と溶加材送給速度制御部21を備えている。19は溶接対象物としての溶接部材、20は溶加材である。また、第1溶接電源15と第2溶接電源16とロボット制御部17と溶加材送給速度制御部21は、溶接制御またはロボット制御または溶加材送給制御を行うために必要なCPU(Central Processing Unit)やメモリ等を備えている。
【0026】
第1電極12と第2電極13との電極間距離は、互いのアークが干渉しない距離にしており、干渉しないように離して配置している。例えば、電極間距離は40mm程度である。なお、第1電極12と第2電極13とは互いに略並行でありかつ溶接部材19に対して略垂直の位置になるように保持されて移動される。
【0027】
また、図2に示すように、溶接部材19の板端部位にある斜線網掛部分は捨て板27を表す。なお、溶接部材19の捨て板27を設けた側とは反対側の板端部位には捨て板を設けていない。これは、後述するように、溶接部材19の溶接終了端部において、第1電極12と第2電極13の電流を停止するように制御するので、捨て板は必要ない。
【0028】
また、溶接進行方向に対して溶加材20をどの方向から供給するかは、第2電極13に対する溶加材送給部14の位置構成を変更するのみで対応できる。
【0029】
また、図1では非消耗電極と溶接電源が各々2個の例を示しているが、当然、3個以上となっても同様の構成とすることで対応可能である。なお、以降は2つの非消耗電極を備えた場合の例について説明する。
【0030】
次に、2電極(2つの非消耗電極)を用いて溶接を行う際の、電極の動きと溶接電流と溶加材送給速度について、図2を用いて説明する。
【0031】
2電極間距離を互いのアークが干渉しない距離として例えば40mm程度とすると、互いのアークが干渉しないので、溶接部材19に形成される溶融池は1つではなく2つとなる。溶接を行う際、溶接部材19の板端部位の溶接開始点に取り付けられた捨て板27上で、先行電極である第1電極12と後行電極である第2電極13の両方にアークを発生させる。なお、ロボット11による電極の移動中にアークを発生させようとするとうまくいかない場合があるので、捨て板27上で溶接方向への移動の停止中に第1電極12と第2電極13の両方のアークを発生させることが望ましい。
【0032】
図2(a)に示すように、先行電極である第1電極12が溶接部材19の板端部位にくると、図2(e)の時点21で示すように、先行電極である第1電極12に対する電流指令が与えられ、後行電極である第2電極13にも、図2(f)の期間23の始まりの時点で示すように後行電極に対する電流指令が与えられる。なお、捨て板27上を移動する際の期間23における後行電極に対する電流指令は、後述する定常溶接時の電流よりも小電流となるように指令されており、これにより捨て板27への入熱を少なくする。
【0033】
続けて、2つの非消耗電極を保持して運搬するロボット11が、溶接方向に2つの電極を同時に移動させ、図2(b)に示すように、後行電極である第2電極13が溶接部材19の板端部位に到達したとき、図2(f)の期間23の終わりの時点で示すように、後行電極である第2電極13に対して定常溶接時の溶接電流である本溶接電流を指令する。合わせて、図2(g)の時点25で示すように、溶加材送給部14に送給開始指令が与えられる。
【0034】
なお、各電極や溶加材送給部14が電流指令や溶加材供給指令を開始するタイミングは、2電極間距離があらかじめ定義されていれば、先行する電極が溶接開始まで移動して溶接を開始し、続けて電極間距離分だけロボット11が溶接線方向に移動したタイミングで、後行電極と溶加材送給部14が自動的に溶接開始を行うようにすることができる。
【0035】
続けて、2電極を保持/運搬するロボット11が保持している電極を溶接方向に移動させ、図2(c)に示すように、先行電極のみが溶接部材19の板端部位に到達したとき、図2(e)の時点22で示すように先行電極に対する電流指令を終了する。
【0036】
続けて、2電極を保持/運搬するロボット11が2電極をさらに移動させ、図2(d)に示すように、後行電極も溶接部材19の板端部位の溶接終了点に到達したとき、図2(f)の時点24で示すように後行電極に対する電流指令も終了する。同様に、図2(g)の時点26で示すように、溶加材送給部14の送給指令も終了する。
【0037】
なお、後行電極や溶加材送給部14が電流指令や溶加材供給指令を終了するタイミングについても、2電極間距離があらかじめ定義されていれば、先行する電極が溶接終了し、続けて電極間距離分だけロボット11が溶接方向に2電極を移動したタイミングで、後行電極、溶加材送給部14が自動的に溶接終了を行うようにすることができる。
【0038】
上記のように、互いのアークが干渉しないように第1電極12と第2電極13とが所定の距離を離して保持されることにより、電極により形成される溶融池は2つとなる。また、2電極を保持/運搬するロボット11が連続的に2電極を移動させる場合においても、第1溶接電源15、第2溶接電源16のそれぞれが独立して溶接電流の制御を行い、溶加材送給速度制御部21が溶接電流の制御とは独立して溶加材送給速度の制御を行うことにより、溶接部材19の材質等に応じて適切な制御が可能となり、互いの電極のアークが干渉することなく、かつ、高能率な溶接を実現することができ、また、溶接部材19の材質等に応じて適切な溶着金属を与えることができる。
【0039】
なお、本実施の形態において、第1電極12は溶接部材19との間に高周波電圧あるいは高電圧を印加してアークを発生させる電圧印加スタートを行い、第2電極13は溶接部材19と接触してアークを発生させるタッチスタートを行うものである。そして、双方のアークスタートを良好に行うため、第2電極13でタッチスタートを行った後に第1電極12で電圧印加スタートを行うものである。
【0040】
また、本実施の形態において、スロープ制御を行う溶接電流や溶加材送給速度の傾きやタイミングは、溶接部材19の材質等の溶接条件に基づき実験等により予め求めておき、予め設定しておくことができる。
【0041】
また、本実施の形態では、溶加材送給部14は1つであり、後行電極である第2電極13に溶加材20を送給する例を示したが、先行電極である第1電極12に溶加材を送給する溶加材送給部を設け、第1電極12に対しても溶加材を送給するようにしても良い。この場合も、各溶接電流や各送給速度は溶接部材19の材質等に応じて各々独立して制御することが望ましい。
【0042】
以上のように、本実施の形態の溶接装置によれば、各電極によって発生するアークが干渉することを防止するために電極間距離をアークが干渉しない距離離して配置しているのでアークの干渉を防止することが可能となる。また、溶接電流や送給速度等の溶接制御の同期を必要とせず、また、簡単なトーチ構造とすることも可能となる。そして、電極間距離を離して配置した場合においては、溶融池が複数に分かれることになるため、それぞれの溶融池に対して非同期に溶接電流制御を行う必要があるが、それぞれの溶接電源に対して独立して溶接電流制御を行うこと可能とし、加えて、溶加材送給部14に対しても独立して送給速度制御を行うことを可能とする。
【0043】
また、本実施の形態の溶接装置は、複数の非消耗電極が互いに平行となるように配置することを特徴としたものであり、溶接部材19に対して非消耗電極を垂直にして溶接することができ、アークを安定させることができる。
【0044】
また、先行する電極によって溶接部材19を溶接することにより溶接部材19を接合する効果に加え、先行する電極により予熱する効果もあり、予熱された溶接部材19に対して後行する電極で溶接を加えることにより、深い溶け込みが得られ、溶接速度を上げることができ、高能率な溶接が可能となる。
【0045】
また、2電極でひとつの溶融池を形成する場合に比べて、それぞれの溶融池に対して独立して溶接電流の制御や溶加材送給速度の制御を行うことにより、入熱の少ない極め細やかな溶接制御を行うことができる。さらに、捨て板27を使用する場合において、入熱が少ないことにより捨て板27の溶ける面積が小さく、従って小さい捨て板27で十分となり、材料効率が非常に良い。また、入熱量が少ないために捨て板27と造管部材の密着度が少なくても、溶け落ちしにくいという効果がある。
【0046】
(実施の形態2)
本実施の形態において、2電極で溶接する際の溶接電流、溶加材送給速度をスロープ制御する例について、図3を用いて説明する。なお、実施の形態1と同様の箇所については同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0047】
図3において、溶接部材19の板端部位にある斜線網掛け部は捨て板37を表す。図3(a)に示すように、先行電極である第1電極12と後行電極である第2電極13が溶接部材19の板端部位の溶接開始点に取り付けられた捨て板37上に位置するときに、図3(e)の期間31の開始時点で示すように、先行電極に対する電流指令が与えられる。同時に、図3(f)に示すように後行電極に対する電流指令も与えられる。さらに、先行電極に対する電流指令としてステップ状の立ち上がりではなく、定常溶接期間になる前のスタート溶接期間である期間31で示すように、スロープ状の立ち上がりになるような指令が与えられ、定常溶接電流に向けて電流が徐々に増加する。このようなスロープ制御を行うことにより、溶接部材19に対して急激に入熱を与えるのではなく、緩やかに入熱を与えることができ、溶接部材19の溶け落ち等の溶接不良を防止することができる。また、捨て板37への入熱を少なくすることができるので、捨て板37は小さいものを使用することができ、省資源になる。
【0048】
そして、2電極を保持/運搬するロボット11が2つの電極を溶接線方向に移動させ、図3(b)に示すように、後行電極も溶接部材19の板端部位に到達したとき、図3(f)の期間33で示すようなスロープ状の電流指令が与えられる。すなわち、板端部位に到達するまでは捨て板37上を移動するため定常溶接電流よりも小さい初期電流となるような指令が与えられていたが、到達してからは後行電極に対して定常溶接電流に向かうようにスロープ状に増加する電流指令が与えられる。
【0049】
また、後行電極が溶接部材19の板端部位に到達したときには、図3(g)の期間35の開始時点で示すように、溶加材送給部14に送給開始指令が与えられる。さらに、期間35で示すように、溶加材送給部14の指令はステップ状の立ち上がりではなくスロープ状の立ち上がりとすることにより、きめ細やかな溶着金属量調整を行うことができる。
【0050】
ここで、溶接開始時において、先行電極が溶接部材19を予熱する際、溶接部材19は冷えているため大きめの入熱を与えてやる必要がある。一方、後行電極では先行電極により溶接部材19はすでに予熱されているため、急激に入熱を与えると溶接部材19が溶け落ちる可能性がある。従って、図3(f)の期間33で示す溶接電流スロープ制御の傾きは、図3(e)の期間31で示す溶接電流スロープ制御の傾きよりも緩やかになるように制御する。
【0051】
そして、ロボット11がさらに2つの電極を溶接方向に移動させて溶接を行い、スタート溶接期間の後の定常溶接期間では、定常溶接電流と定常溶接速度で溶接が行われる。
【0052】
そして、ロボット11がさらに2つの電極を溶接方向に移動させて溶接を行い、図3(e)に示すように、定常溶接期間の後のエンド溶接期間である期間32の間は、定常溶接電流から溶接終了電流に向けてスロープ状に電流を減少させる。すなわち、先行電極である第1電極12が溶接部材19の板端部位である溶接終了点にくる前の時点で溶接電流の低下を開始し、図3(c)に示すように先行電極のみが溶接部材19の板端部位である溶接終了点に到達したとき、図3(e)の期間32の終了時点で示すように、先行電極に対する電流指令が終了する。このように、先行電極に対する電流指令はステップ状の立ち下がりではなくスロープ状の立ち下がりとした後に電流指令を終了することにより、急激に入熱を下げるのではなく、緩やかに入熱を下げることができ、溶接部材19の溶け落ちなどの溶接不良を防止することができる。
【0053】
また、図3(f)に示すように、定常溶接期間の後のエンド溶接期間である期間34の間は、定常溶接電流から溶接終了電流に向けてスロープ状に電流を減少させる。すなわち、後行電極である第2電極13が溶接部材19の板端部位である溶接終了点にくる前の時点で溶接電流の低下を開始し、図3(d)に示すように先行電極のみが溶接部材19の板端部位である溶接終了点に到達したとき、図3(f)の期間34の終了時点で示すように、後行電極に対する電流指令が終了する。このように、後行電極に対する電流指令はステップ状の立ち下がりではなくスロープ状の立ち下がりとした後に電流指令を終了することにより、急激に入熱を下げるのではなく、緩やかに入熱を下げることができ、溶接部材19の溶け落ちなどの溶接不良を防止することができる。
【0054】
また、図3(g)に示すように、エンド溶接期間である期間36の間は、定常溶接速度から溶接終了送給速度に向かって送給速度を低下させる指令を行い、後行電極である第2電極13が溶接部材19の板端部位である溶接終了点くると送給指令を停止する。なお、期間36において溶加材送給部14の指令はステップ状の立ち下がりではなくスロープ状の立ち下がりを行うことにより極め細やかな溶着金属量調整を行うことができる。
【0055】
ここで、溶接終了時において、先行電極が溶接部材19を予熱する際、溶接部材19は冷えているため大きめの入熱を与えながら溶接を終了する必要がある。一方、後行電極では溶接部材19は先行電極によりすでに予熱されているため、前もって入熱を下げ始めなければ溶接部材19が溶け落ちる可能性がある。従って、図3(f)の34部分で示すスロープ制御の傾きは、図3(e)の32部分に示すスロープ制御の傾きよりも緩やかになるように制御する。
【0056】
また、送給速度については、第2電極12の溶接電流がスロープ状に減少することに関し、溶加ワイヤ20が十分に溶けない状態で溶融池に入ることがないように、第2電極12の溶接電流が定常溶接電流から減少を始める前あるいは同時に送給速度が減少し始めるように送給速度の制御を行う。
【0057】
以上のように、本実施の形態の溶接装置は、初期電流値から目標電流値に向かって溶接電流値を徐々に増加させる、あるいは、徐々に減少させるスロープ制御であることを特徴とする。そして、電極間距離を離して配置することにより一つの溶接池に対する入熱量は少なくなり、捨て板37を小さくすることが可能となる。さらに、アーク発生直後は小電流として、電極を移動させながらしだいに電流値を上げていくスロープ制御を複数の電極に対して独立して行うことにより、極め細やかな溶接制御を行うことができる。
また、溶接終了点においても、電極を移動させながらしだいに電流値を下げていくスロープ制御を複数の電極に対して独立して行うことにより、極め細やかな溶接制御を行うことができる。
【0058】
また、溶加材20の送給速度制御は、初期送給速度から目標送給速度に向かって、送給速度を徐々に増加させる、あるいは、徐々に減少させるスロープ制御であることを特徴とする。
【0059】
溶加材送給に関しても、アーク発生直後は小さい送給速度として、しだいに送給速度を上げていくスロープ制御を複数の溶加材送給部に対して独立して行うことにより、極め細やかな溶着金属量調整を行うことができる。
【0060】
また、溶接終了点においても、電極を移動させながらしだいに送給速度を下げていくスロープ制御を複数の溶加材送給部に対して独立して行うことにより、極め細やかな溶接制御を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、複数の非消耗電極と、溶接箇所に溶加材を送給する複数の溶加材送給部と、前記非消耗電極と溶接対象物との間に電力を供給する複数の溶接電源部とを備えた多電極TIG溶接を行う溶接制御装置を実現することにより、高能率な溶接が可能となる溶接制御装置として産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の実施の形態1におけるタンデムTIG溶接を行う装置の概略構成を示す図
【図2】(a)本発明の実施の形態1における電極の動きを説明する図(b)本発明の実施の形態1における電極の動きを説明する図(c)本発明の実施の形態1における電極の動きを説明する図(d)本発明の実施の形態1における電極の動きを説明する図(e)本発明の実施の形態1における第1溶接電源の電流指令を示す図(f)本発明の実施の形態1における第2溶接電源の電流指令を示す図(g)本発明の実施の形態1における溶加材送給部の送給指令を示す図
【図3】(a)本発明の実施の形態2における電極の動きを説明する図(b)本発明の実施の形態2における電極の動きを説明する図(c)本発明の実施の形態2における電極の動きを説明する図(d)本発明の実施の形態2における電極の動きを説明する図(e)本発明の実施の形態2における第1溶接電源の電流指令を示す図(f)本発明の実施の形態2における第2溶接電源の電流指令を示す図(g)本発明の実施の形態2における溶加材送給部の送給指令を示す図
【図4】(a)従来のタンデムTIG溶接を行う装置の概略構成を示す図(b)従来のタンデムTIG溶接の電流指令を示す図
【図5】造管溶接部材の一例を示す図
【符号の説明】
【0063】
11 ロボット
12 第1電極
13 第2電極
14 溶加材送給部
15 第1溶接電源
16 第2溶接電源
17 ロボット制御部
18 溶接制御装置
19 溶接部材
20 溶加材
28 溶加材送給速度制御部
41 溶接電源
42 切替器
43 非消耗電極
44 非消耗電極
45 溶融池
46 溶加材
51 捨て板
52 捨て板
53 突合せ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の非消耗電極により複数の溶接池を形成して溶接を行う溶接装置であって、
複数の非消耗電極と、溶接箇所に溶加材を送給する溶加材送給部と、前記溶加材送給部を制御して前記溶加材の送給速度を制御する溶加材送給速度制御部と、前記非消耗電極と溶接対象物との間に供給する電力を制御する複数の溶接電源とを備え、
前記複数の非消耗電極に対して互いに独立して溶接電流の制御を行うとともに、前記溶加材送給部に対して溶接電流の制御とは独立して溶加材送給速度の制御を行う溶接装置。
【請求項2】
溶接電流の制御として、定常溶接期間になるまでのスタート溶接期間では、定常溶接電流値よりも低い初期電流値から前記定常溶接電流値に向けて溶接電流値を増加させるスロープ制御を行い、前記定常溶接期間の後のエンド溶接期間では、前記定常溶接電流から前記定常溶接電流よりも低い溶接終了電流値に向けて溶接電流を減少させるスロープ制御を行う請求項1記載の溶接装置。
【請求項3】
溶接方向に対して後方に位置する後行側非消耗電極に対するスロープ制御における溶接電流の変化率は、溶接方向に対して先方に位置する先行側非消耗電極に対するスロープ制御における溶接電流の変化率よりも、緩やかになるように溶接電流を制御する請求項2記載の溶接装置。
【請求項4】
溶加材送給速度の制御として、定常溶接期間になるまでのスタート溶接期間では、前記定常溶接期間における定常送給速度よりも低い初期送給速度から前記定常送給速度に向けて送給速度を増加させるスロープ制御を行い、前記定常溶接期間の後のエンド溶接期間では、前記定常送給速度から前記定常溶接電流よりも低い溶接終了送給速度に向けて送給速度を減少させるスロープ制御を行う請求項1記載の溶接装置。
【請求項5】
スタート溶接期間では、溶接電流が定常溶接電流になってから以降に定常送給速度になるように送給速度の制御を行い、エンド溶接期間では、溶接電流が定常溶接電流から減少を始める前あるいは同時に送給速度が減少し始めるように送給速度の制御を行う請求項4記載の溶接装置。
【請求項6】
複数の非消耗電極は、互いに略並行でありかつ溶接対象物に対して略垂直の位置になるように保持されて溶接を行う請求項1から5のいずれか1項に記載の溶接装置。
【請求項7】
2つの非消耗電極を備え、一方の非消耗電極は溶接対象物と接触させてアークを発生させるタッチスタートを行い、他方の非消耗電極は前記溶接対象物との間に高周波電圧あるいは高電圧を印加してアークを発生させる電圧印加スタートを行い、前記タッチスタートを行った後に前記電圧印加スタートを行う請求項1から6のいずれか1項に記載の溶接装置。
【請求項8】
溶接方向に対して先方に位置する先行側非消耗電極は電圧印加スタートを行い、前記溶接方向に対して後方に位置する後方側非消耗電極はタッチスタートを行う請求項7記載の溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−233680(P2009−233680A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−79624(P2008−79624)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】