説明

潤滑油組成物

【課題】良好な低温流動性を示す、グループIに分類される基油を使用した潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】パラフィン分が90%質量以下であり、硫黄含有量が0.03質量%以上である基油に、下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数1〜4のアルキル基のモノマーを0〜10質量%、Rが炭素数5〜12のアルキル基のモノマーを30〜80質量%、Rが炭素数13〜16のアルキル基のモノマーを20〜60質量%およびRが炭素数17以上のアルキル基のモノマーを0〜30質量%含むモノマー混合物を共重合させて得られるポリアクリレート系流動点降下剤を組成物全量基準で0.02質量%以上5質量%以下添加してなる潤滑油組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定性状の基油に特定の流動点降下剤を所定量添加してなる低温時の流動性改善に優れた潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油は様々な温度領域で使用される。特に低温時の流動性が悪いと、エンジンを始動することができないことになり、極寒の地域においてはきわめて危険な状況にもなりかねない。このためエンジン油はできるだけ低温でも流動性を保つ必要がある。
低温時のオイルの流動性を示す指標にはいろいろあるが、そのひとつは流動点である。流動点とはJIS K 2269で規定される値であるが、簡単に述べると、オイルを傾けたとき5秒以上流動が始まらない最高の温度である。流動点が高いほど低温時の流動性が悪いことになる。
【0003】
潤滑油の低温流動性の指標としてASTM D 4684(Standard Test Method for Determination of Yield Stress and Apparent Viscosity of Engine Oils at Low Temperature)で規定されているものがある。これはMRV粘度計(Mini Rotary Viscometer)で測定される低温時の粘度と、測定開始時に発生するイールドストレス(Yield Stress−降伏応力)の有無で評価するものである。この方法はエンジン油の粘度規格であるSAE J300に採用されている。
潤滑油の低温時の流動性は、使用される基油の構造および組成に大きく影響される。一般には基油中の直鎖状のパラフィン量が増加すると低温流動性を示す流動点が上昇する。これは基油に含まれる直鎖状のパラフィンが油中で結晶化することにより流動性が低下し、最終的には固化してしまう。
【0004】
この低温流動性を改善するためは、通常、流動点降下剤が使用される(例えば、非特許文献1参照。)。流動点降下剤としてはさまざまな化合物が用いられている。そのなかで、ポリアクリレート系流動点降下剤は、他の化合物と比較して高い流動点降下作用を示す傾向にある。そのため、温度が大きく変化する環境下で使用される自動車用潤滑油、例えばエンジン油や駆動系油(自動変速機用潤滑油、手動変速機用潤滑油等)の分野では、通常、ポリアクリレート系流動点降下剤が潤滑油に添加される。
このポリアクリレート系流動点降下剤は、油中のパラフィンが結晶化する際、ポリアクリレートの側鎖部分が結晶に取り込まれることにより結晶化が阻害され、結晶が巨大化しないことにより流動点の上昇を抑制すると言われている。
したがって流動点降下剤とそれが使用される基油には構造的な関係があり、基油構造に適した流動点降下剤が必要となる(例えば、特許文献1〜3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−48421号公報
【特許文献2】特開平8−53686号公報
【特許文献3】特開平10−310758号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】桜井俊男,「石油製品添加剤」,幸書房,1986年,p.352−369
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述したように、ポリアクリレート系流動点降下剤は使用される基油との相性がある。したがって使用する基油と合致する流動点降下剤を探し出すには、現状では試行錯誤を繰り返し、最適なものを選定すると共に最適量を決める必要がある。これには多大な工数と時間を必要とするため、簡便に選択する方法の開発が強く望まれる。
また特に、基油の中でもエンジン油で主流になってきたAPI分類のグループIIないしグループIIIは、パラフィン分が多いものの比較的容易に流動点を下げることが可能である。しかしながらグループIに分類される基油ついては古くから使用されてきたにもかかわらず、この低温流動性を改善するのは相変わらず困難である。
【0008】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、特に基油の中でもグループIに分類される基油の低温流動性の改善を目的とし、特定のポリアクリレート系流動点降下剤を用いた潤滑油組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決するため鋭意研究した結果、本発明を完成したものである。
すなわち、本発明は、パラフィン分が90%質量以下であり、かつ硫黄含有量が0.03質量%以上である基油に、下記で示すアクリル系モノマー(A)0〜10質量%、(B)30〜80質量%、(C)20〜60質量%および(D)0〜30質量%からなるモノマー混合物を共重合させて得られるポリアクリレート系流動点降下剤を組成物全量基準で0.02質量%以上5質量%以下添加してなる潤滑油組成物に関する。
(A)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数1〜4のアルキル基であるアクリル系モノマー
(B)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数5〜12のアルキル基であるアクリル系モノマー
(C)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数13〜16のアルキル基であるアクリル系モノマー
(D)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数17以上のアルキル基であるアクリル系モノマー
【化1】

【0010】
また、本発明は、摩耗防止剤、金属系清浄剤、無灰分散剤、酸化防止剤、腐食防止剤、消泡剤及び摩擦調整剤から選ばれる少なくとも1種の添加剤をさらに含有することを特徴とする前記記載の潤滑油組成物に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来の技術ではその低温流動性を容易に低減できなかった特定の分子構造からなる基油を使用した場合において、特定のポリアクリレート系流動点降下剤を用いることにより、低温流動性の良好な潤滑油組成物を得ることができる。
すなわち、本発明に係るポリアクリレート系流動点降下剤を用いることにより、精製度の低いグループIに分類される基油でも低温流動性を改善することができる。しかも特定の構造を持つポリアクリレート系流動点降下剤であるため、その選定が容易になるばかりか、これにより開発にかかるコストを低減できる効果も期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0013】
本発明の潤滑油組成物における潤滑油基油としては、少なくとも鉱油系基油が用いられる。
本発明において用いられる鉱油系基油としては、具体的には、原油を常圧蒸留して得られる常圧残油を減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤精製、水素化分解、溶剤脱ろう、水素化精製等の処理を1つ以上、好ましくは2つ以上組み合わせて精製した鉱油系基油が挙げられる。ただし精製プロセスは様々であり、上記の例に限るものではない。
【0014】
本発明に使用される鉱油系基油のパラフィン(飽和炭化水素)分は本発明の潤滑油組成物に使用される基油全体基準で90質量%以下であることが必要であり、好ましくは80質量%以下であり、70質量%以下が特に好ましい。一方、基油のパラフィン分が50質量%未満だと酸化安定性が劣るため、50質量%以上であることが好ましい。
【0015】
また、本発明に使用される鉱油系基油の芳香族含有量は特に制限されないが、0.5質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは2.5質量%以上、特に好ましくは3質量%以上、最も好ましくは5質量%以上である。一方、基油の芳香族含有量が50質量%を超える場合は酸化安定性が劣るため、50質量%以下であることが好ましい。
【0016】
上記パラフィン分と芳香族含有量は、ASTM D3238環分析方法によるに準拠して測定した%C、%Cである。
【0017】
鉱油系基油中の硫黄含有量は0.03質量%以上であることが必要であり、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.2質量%以上、さらに好ましくは0.3質量%以上、最も好ましくは0.5質量%以上である。一方、硫黄含有量が1.0質量%を超える場合は酸化安定性が劣るため、1.0質量%以下であることが好ましい。
【0018】
鉱油系基油の100℃における動粘度は特に限定されないが、1〜35mm/sであることが好ましい。
【0019】
本発明の潤滑油組成物においては、上記の鉱油系基油を単独で用いてもよく、また、上記鉱油系基油と他の基油の1種又は2種以上と併用して用いることもできる。なお、他の基油と併用する場合、それらの混合基油中に占める上記鉱油系基油の割合は30質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましく、70質量%以上であることが更に好ましく、100質量%が最も好ましい。
【0020】
上記鉱油系基油に混合することができる他の基油の例としては、以下に示す基油(1)〜(6)を原料とし、この原料油及び/又はこの原料油から回収された潤滑油留分を、従来公知の精製方法によって精製し、潤滑油留分を回収することによって得られる基油を挙げることができる。
(1)パラフィン基系原油および/または混合基系原油の常圧蒸留残渣油の減圧蒸留による留出油(WVGO)
(2)潤滑油脱ろう工程により得られるワックス(スラックワックス等)および/またはガストゥリキッド(GTL)プロセス等により得られる合成ワックス(フィッシャートロプシュワックス、GTLワックス等)
(3)基油(1)〜(2)から選ばれる1種または2種以上の混合油および/または当該混合油のマイルドハイドロクラッキング処理油
(4)パラフィン基系原油および/または混合基系原油の常圧蒸留残渣油の減圧蒸残渣油の脱れき油(DAO)
(5)基油(4)のマイルドハイドロクラッキング処理油(MHC)を水素化分解し、その生成物又はその生成物から蒸留等により回収される潤滑油留分について溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう処理を行い、又は当該脱ろう処理をした後に蒸留することによって得られる水素化分解鉱油
(6)上記基油(1)〜(5)から選ばれる基油又は当該基油から回収された潤滑油留分を水素化異性化し、その生成物又はその生成物から蒸留等により回収される潤滑油留分について溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう処理を行い、又は、当該脱ろう処理をしたあとに蒸留することによって得られる水素化異性化鉱油
【0021】
また上記鉱油系基油に混合することができる他の基油の例として合成油系基油を挙げることができる。
かかる合成油系基油としては、ポリα−オレフィン又はその水素化物、イソブテンオリゴマー又はその水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン等のアルキル芳香族、ジエステル(ジトリデシルグルタレート、ジ−2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート等)、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)等のエステル類、ポリオキシアルキレングリコール、ジアルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテル等のエーテル類が挙げられ、中でも、ポリα−オレフィンが好ましい。ポリα−オレフィンとしては、典型的には、炭素数2〜32、好ましくは6〜16のα−オレフィンのオリゴマー又はコオリゴマー(1−オクテンオリゴマー、デセンオリゴマー、エチレン−プロピレンコオリゴマー等)及びそれらの水素化物が挙げられる。合成油系基油の100℃における動粘度は、1〜20mm/sであることが好ましい。
【0022】
本発明に係るポリアクリレート系流動点降下剤は、下記のアクリル系モノマー(A)〜(D)を所定割合で含有するモノマー混合物を共重合させて得られる共重合体である。
(A):下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数1〜4のアルキル基であるアクリル系モノマー
(B):下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数5〜12のアルキル基であるアクリル系モノマー
(C):下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数13〜16のアルキル基であるアクリル系モノマー
(D):下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数17以上のアルキル基であるアクリル系モノマー
【0023】
【化2】

【0024】
本発明に係るポリアクリレート系流動点降下剤は、少なくともモノマー(B)を30質量%以上含むモノマー混合物を共重合させて得られるものである。モノマー混合物中のモノマー(B)の混合量は、好ましくは40質量%以上であり、さらに好ましくは50質量%以上である。一方、モノマー混合物中のモノマー(B)の混合量が80質量%を超えると溶解性が低下するため、モノマー(B)の混合量は80質量%以下であることが好ましく、より好ましくは70質量%以下であり、さらに好ましくは60質量%以下である。
またモノマー(B)の混合量は後述するモノマー(C)の混合量より多いことが好ましい。これにより本発明で規定する基油との組み合わせにおいて、より高い流動点降下性能が発揮される。
【0025】
本発明において、モノマー混合物中におけるモノマー(A)の混合量は0〜10質量%であることが好ましく、より好ましくは0〜5質量%であり、含まないことが好ましい。
【0026】
本発明において、モノマー混合物中におけるモノマー(C)の混合量は60質量%以下であることが好ましく、より好ましくは50質量%以下であり、さらに好ましくは45質量%以下である。一方、溶解性の面から20質量%以上含むことが好ましく、30質量%以上がより好ましい。
【0027】
本発明において、モノマー混合物中におけるモノマー(D)の混合量は0〜30質量%であることが好ましく、より好ましくは0〜20質量%以下である。
【0028】
モノマー(A)〜(D)の混合物を共重合させて本発明に係るポリアクリレート系流動点降下剤を製造する方法については特に制限はなく任意の方法で製造することができる。通常は、重合開始剤の存在下にラジカル溶液重合させることにより容易に得ることができる。
【0029】
共重合の際に使用する溶媒は特に制限されず、いわゆる潤滑油に使用できる鉱油系基油又は合成系基油を好適に使用することができる。
【0030】
溶媒として用いられる基油(溶媒用基油)の好ましい例としては、以下に示す基油(1)〜(7)を原料とし、この原料油及び/又はこの原料油から回収された潤滑油留分を、従来公知の任意の精製方法によって精製し、潤滑油留分を回収することによって得られる基油を挙げることができる。また(7)から選ばれる基油又は当該基油から回収された潤滑油留分について所定の処理を行うことにより得られる下記基油(8)が特に好ましい。
【0031】
(1)パラフィン基系原油および/または混合基系原油の常圧蒸留残渣油の減圧蒸留による留出油(WVGO)
(2)潤滑油脱ろう工程により得られるワックス(スラックワックス等)および/またはガストゥリキッド(GTL)プロセス等により得られる合成ワックス(フィッシャートロプシュワックス、GTLワックス等)
(3)基油(1)〜(2)から選ばれる1種または2種以上の混合油および/または当該混合油のマイルドハイドロクラッキング処理油
(4)基油(1)〜(3)から選ばれる2種以上の混合油
(5)パラフィン基系原油および/または混合基系原油の常圧蒸留残渣油の減圧蒸残渣油の脱れき油(DAO)
(6)基油(5)のマイルドハイドロクラッキング処理油(MHC)
(7)基油(1)〜(6)から選ばれる2種以上の混合油を水素化分解し、その生成物又はその生成物から蒸留等により回収される潤滑油留分について溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう処理を行い、又は当該脱ろう処理をした後に蒸留することによって得られる水素化分解鉱油
(8)上記基油(1)〜(7)から選ばれる基油又は当該基油から回収された潤滑油留分を水素化異性化し、その生成物又はその生成物から蒸留等により回収される潤滑油留分について溶剤脱ろうや接触脱ろうなどの脱ろう処理を行い、又は、当該脱ろう処理をしたあとに蒸留することによって得られる水素化異性化鉱油。
【0032】
また、溶媒用基油として用いることができる合成油系基油としては、ポリα−オレフィン又はその水素化物、イソブテンオリゴマー又はその水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン等のアルキル芳香族、ジエステル(ジトリデシルグルタレート、ジ−2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート等)、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)等のエステル類、ポリオキシアルキレングリコール、ジアルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテル等のエーテル類が挙げられ、中でも、ポリα−オレフィンが好ましい。ポリα−オレフィンとしては、典型的には、炭素数2〜32、好ましくは6〜16のα−オレフィンのオリゴマー又はコオリゴマー(1−オクテンオリゴマー、デセンオリゴマー、エチレン−プロピレンコオリゴマー等)及びそれらの水素化物が挙げられる。合成油系基油の100℃における動粘度は、1〜20mm/sであることが好ましい。
【0033】
共重合に用いる触媒(開始剤)の種類や濃度は、目的とするポリアクリレート系流動点降下剤の分子量や分子量分布等によって異なる。高分子の生成物を得たい場合は、反応温度を低くし(例えば70℃程度)、触媒量を少なくすることが好ましい。ただし、触媒の量は、容器内の残存酸素量、モノマーに残存している重合禁止剤との量等を考慮して調整することが好ましい。一方、低分子の生成物を得たい場合は、反応温度を高くし(例えば85〜90℃)、触媒を多くすることが好ましい。触媒としては、1−ドデカンチオール(1−Dodecanethiol)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)(2,2’−Azobis(2,4−dimethylvaleronitrile))、2−フェニルプロパン−2−イル ジチオベンゾエート(2−phenylpropan−2−yl dithiobenzoate)等が挙げられる。
【0034】
また、本発明に係るポリアクリレート系流動点降下剤の重量平均分子量(Mw)は0.5×10以上であることが好ましく、より好ましくは1×10以上、さらに好ましくは2×10以上、特に好ましくは4×10以上である。Mwが0.5×10未満の場合には、流動点降下剤としての効果が認められない。一方、Mwは50×10以下であることが好ましく、より好ましくは20×10以下、さらに好ましくは15×10以下、特に好ましくは10×10以下である。Mwが50×10を超える場合には、粘度が上昇し、逆に低温粘度温度特性が悪化するおそれがある。
【0035】
なお、分子量分布を狭くすることは、粘度指数の改善やせん断安定性改善の観点から非常に有利である。分子量分布を狭くする重合方法としてはLiving Radical Polymerizationが挙げられる。その具体的な方法としては、Reversible Addition Fragmentation Chain Transfer PolymerizationやNitroxide−Mediated PolymerizationあるいはAtom−Transfer Radical Polymerizationなどが有名である。
【0036】
本発明に係る潤滑油組成物において、ポリアクリレート系流動点降下剤の含有量は、潤滑油組成物の全重量を基準として、0.02質量%以上であることが必要であり、好ましくは0.1質量%以上、さらに好ましくは0.2質量%以上、最も好ましくは0.3質量%以上である。添加量が0.02質量%より少ないと十分な効果を発揮できない。一方、上限としては5質量%以下であることが必要であり、好ましくは3質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下である。添加量が5質量%より多すぎると粘度上昇を招くため好ましくない。
【0037】
本発明の潤滑油組成物は、本発明に係るポリアクリレート系流動点降下剤に加えて、粘度指数向上剤、摩耗防止剤、金属系清浄剤、無灰分散剤、酸化防止剤、腐食防止剤、泡消剤及び摩擦調整剤から選ばれる少なくとも1種の添加剤をさらに含有することが好ましい。
【0038】
粘度指数向上剤としては、具体的には、各種メタクリル酸エステルから選ばれる1種又は2種以上のモノマーの重合体又は共重合体若しくはその水添物などの、いわゆる非分散型粘度指数向上剤、又はさらに窒素化合物を含む各種メタクリル酸エステルを共重合させたいわゆる分散型粘度指数向上剤、エチレン−α−オレフィン共重合体(α−オレフィンとしてはプロピレン、1−ブテン、1−ペンテン等が例示できる。)非分散型、又はさらには窒素化合物を含むモノマーを共重合させた分散型若しくはその水素化物、ポリイソブチレン若しくはその水添物、スチレン−ジエン共重合体の水素化物、スチレン−無水マレイン酸エステル共重合体及びポリアルキルスチレン等が挙げられる。
【0039】
これら粘度指数向上剤の分子量は、せん断安定性を考慮して選定することが必要である。具体的には、粘度指数向上剤の数平均分子量は、例えば分散型及び非分散型ポリメタクリレートの場合では、通常5,000〜1,000,000、好ましくは10,000〜900,000のものが、ポリイソブチレン又はその水素化物の場合は通常800〜5,000、好ましくは1,000〜4,000のものが、エチレン−α−オレフィン共重合体又はその水素化物の場合は通常800〜500,000、好ましくは3,000〜200,000のものが用いられる。
【0040】
またこれらの粘度指数向上剤の中でもエチレン−α−オレフィン共重合体又はその水素化物を用いた場合には、特にせん断安定性に優れた潤滑油組成物を得ることができる。上記粘度指数向上剤の中から任意に選ばれた1種類あるいは2種類以上の化合物を含有させることができる。
粘度指数向上剤を含有させる場合の含有量は、潤滑油組成物基準で0.1〜20質量%が好ましい。
【0041】
摩耗防止剤(又は極圧剤)としては、潤滑油に用いられる任意の摩耗防止剤あるいは極圧剤が使用できる。例えば、硫黄系、リン系、硫黄−リン系の極圧剤等が使用でき、具体的には、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、亜リン酸エステル類、チオ亜リン酸エステル類、ジチオ亜リン酸エステル類、トリチオ亜リン酸エステル類、リン酸エステル類、チオリン酸エステル類、ジチオリン酸エステル類、トリチオリン酸エステル類、これらのアミン塩、これらの金属塩、これらの誘導体、ジチオカーバメート、亜鉛ジチオカーバメート、MoDTC、ジサルファイド類、ポリサルファイド類、硫化オレフィン類、硫化油脂類等が挙げられる。これらの中では硫黄系極圧剤の添加が好ましい。
【0042】
金属系清浄剤としては、アルカリ金属/アルカリ土類金属スルホネート、アルカリ金属/アルカリ土類金属フェネート、及びアルカリ金属/アルカリ土類金属サリシレート等の正塩又は塩基性塩を挙げることができる。アルカリ金属としてはナトリウム、カリウム等、アルカリ土類金属としてはマグネシウム、カルシウム、バリウム等が挙げられるが、マグネシウム又はカルシウムが好ましく、特にカルシウムがより好ましい。
【0043】
無灰分散剤としては、潤滑油に用いられる任意の無灰分散剤が使用でき、例えば、炭素数40〜400の直鎖もしくは分枝状のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するモノ又はビスコハク酸イミド、炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するベンジルアミン、あるいは炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するポリアミン、あるいはこれらのホウ素化合物、カルボン酸、リン酸等による変成品等が挙げられる。使用に際してはこれらの中から任意に選ばれる1種類あるいは2種類以上を配合することができる。
【0044】
酸化防止剤としては、フェノール系、アミン系等の無灰酸化防止剤、銅系、モリブデン系等の金属系酸化防止剤が挙げられる。具体的には、例えば、フェノール系無灰酸化防止剤としては、4,4’−メチレンビス(2,6−ジ−tert−ブチルフェノール)、4,4’−ビス(2,6−ジ−tert−ブチルフェノール)等が、アミン系無灰酸化防止剤としては、フェニル−α−ナフチルアミン、アルキルフェニル−α−ナフチルアミン、ジアルキルジフェニルアミン等が挙げられる。
【0045】
腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、トリルトリアゾール系、チアジアゾール系、又はイミダゾール系化合物等が挙げられる。
【0046】
泡消剤としては、例えば、25℃における動粘度が1000〜10万mm/sのシリコーンオイル、フルオロシリコーンオイル、アルケニルコハク酸誘導体、ポリヒドロキシ脂肪族アルコールと長鎖脂肪酸のエステル、メチルサリチレートとo−ヒドロキシベンジルアルコール等が挙げられる。
【0047】
摩擦調整剤としては、モリブデンジチオカーバメートやモリブデンジチオフォスフェートなどのコハク酸イミドモリブデン錯体や有機モリブデン酸のアミン塩等の有機モリブデン化合物のほか、基本構造として炭素数8以上30以下の直鎖アルキルと金属に吸着できる極性基を同じ分子内にもつ構造のものが挙げられる。極性基としては、アミンやポリアミン、アミドや、これらを同時に分子内に持つ、アミン化合物、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸、脂肪族アルコール、脂肪族エーテル、ウレア系化合物、ヒドラジド系化合物等尿素やアルケニルコハク酸イミドタイプ、エステル、アルコールやジオール、あるいはエステルと水酸基を同時にもつ、例えばモノアルキルグリセリンエステルなどが挙げられる。そのほかアミンと水酸基とを同じ分子内に持つ、たとえばアルキルアミンアフコシキアルコール等など様々である。
【0048】
本発明の潤滑油組成物が、摩耗防止剤、金属系清浄剤、無灰分散剤、酸化防止剤、さび止め剤及び摩擦調整剤の1種又は2種以上を含有する場合、それぞれの含有量は、潤滑油組成物の全重量を基準として、0.01〜10質量%であることが好ましい。また、本発明の潤滑油組成物が消泡剤を含有する場合の含有量は、好ましくは0.0001〜0.01質量%である。
【0049】
また、本発明の潤滑油組成物は、上記の成分に加えて、さび止め剤、抗乳化剤、金属不活性化剤等をさらに含有することができる。
【0050】
さび止め剤としては、例えば、石油スルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、アルケニルコハク酸エステル、又は多価アルコールエステル等が挙げられる。
【0051】
抗乳化剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、又はポリオキシエチレンアルキルナフチルエーテル等のポリアルキレングリコール系非イオン系界面活性剤等が挙げられる。
【0052】
金属不活性化剤としては、例えば、イミダゾリン、ピリミジン誘導体、アルキルチアジアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、ベンゾトリアゾール又はその誘導体、1,3,4−チアジアゾールポリスルフィド、1,3,4−チアジアゾリル−2,5−ビスジアルキルジチオカーバメート、2−(アルキルジチオ)ベンゾイミダゾール、又はβ−(o−カルボキシベンジルチオ)プロピオンニトリル等が挙げられる。
【実施例】
【0053】
以下に本発明の内容を実施例及び比較例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例になんら限定されるものではない。
【0054】
表1に実施例ならびに比較例に使用した基油の性状を示す。基油1および基油2が本発明に係る基油に適合する基油であり、その他の基油(基油3〜6)は参考のため使用した。
【0055】
【表1】

【0056】
表2に実施例ならびに比較例に使用した流動点降下剤の組成を示す。PPD1およびPPD2が本発明に適合するものであり、その他の流動点降下剤(PPD3〜6)は比較のため使用した。なお、表2に記載のPPDのRはすべてメチル基である。
【0057】
【表2】

【0058】
(実施例1〜5、比較例1〜10)
表3に本発明の潤滑油組成物(実施例1〜5)、比較用の潤滑油組成物(比較例1〜10)をそれぞれ調製し、MRV粘度並びに降伏応力を測定した結果を示す。
実施例1〜5では比較例1〜10に比較し、−30℃においてMRV粘度が低いばかりでなく、降伏応力が観測されない。
【0059】
【表3】

【0060】
(参考例1〜8)
表4に参考用の潤滑油組成物(参考例1〜8)をそれぞれ調製し、MRV粘度並びに降伏応力を測定した結果を示す。
本発明の範囲に適合していない基油、すなわち本発明で規定する性状を具備していない基油(基油3〜6)を使用した場合は、本発明に係る流動点降下剤とその他の流動点降下剤ではその性能に差が認められない。すなわち、本発明に係る流動点降下剤は本発明で規定する基油との組み合わせにおいてのみに有効な流動点降下剤であることがわかる。
【0061】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明により、精製度の低いグループIに分類される基油でも容易に低温流動性を改善することができるため産業上きわめて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラフィン分が90%質量以下であり、かつ硫黄含有量が0.03質量%以上である基油に、下記で示すアクリル系モノマー(A)0〜10質量%、(B)30〜80質量%、(C)20〜60質量%および(D)0〜30質量%からなるモノマー混合物を共重合させて得られるポリアクリレート系流動点降下剤を組成物全量基準で0.02質量%以上5質量%以下添加してなる潤滑油組成物。
(A)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数1〜4のアルキル基であるアクリル系モノマー
(B)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数5〜12のアルキル基であるアクリル系モノマー
(C)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数13〜16のアルキル基であるアクリル系モノマー
(D)下記一般式(1)で表される構造を有し、式中のRが水素原子又はメチル基であり、Rが炭素数17以上のアルキル基であるアクリル系モノマー
【化1】

【請求項2】
摩耗防止剤、金属系清浄剤、無灰分散剤、酸化防止剤、腐食防止剤、消泡剤及び摩擦調整剤から選ばれる少なくとも1種の添加剤をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載の潤滑油組成物。

【公開番号】特開2012−111820(P2012−111820A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−260897(P2010−260897)
【出願日】平成22年11月24日(2010.11.24)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】