説明

炭化物単結晶とその製造方法

【課題】窒化物薄膜成長用基板として利用可能な亜粒界のない良質なTiC単結晶の育成方法を提供する。
【解決手段】式Ti1-xZrxC(ただし、0.05≦x≦0.35)で示される、炭化チタンTiCに、5モル%から35モル%の炭化ジルコニウムZrCを固溶させた炭化物単結晶。この炭化物単結晶は、例えば、TiC粉末にZrC粉末を混合した圧粉体等を焼結した焼結棒を原料棒として浮遊帯域溶融法により単結晶を成長させることにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TiCにZrCを固溶させた炭化物単結晶及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、窒化ガリウム系半導体は、青色から紫外の光を発する発光ダイオードの材料とし
て利用され、また、ワイドギャップ半導体としてシリコンや砒化ガリウムを越える性能を
持つ電子制御素子としても注目されている。
【0003】
現在、窒化ガリウム系半導体は主にサファイヤ基板上に形成されているが、表1に示す
ように、窒化ガリウムとサファイヤ(Al2O3)は格子定数や熱膨張係数が大きく異なり、
形成される窒化ガリウム系半導体層は多くの欠陥(貫通転位 10/cm)を含有する
。この問題を解決する基板として、窒化ガリウム基板が用いられるが、窒化ガリウム基板
は非常に高価である。
【表1】

【0004】
この他、良質な窒化ガリウム系半導体を形成する基板として、二ホウ化ジルコニウム(Z
rB2)単結晶がある(特許文献1)。この基板は、表1に示すように、窒化ガリウムと格子
定数、熱膨張係数が近い値を持つことから、基板結晶とほぼ同じ転位密度(<107/cm
)を有する良質な窒化物膜が成長する。このZrB2は、一致溶融するため、効率的な結晶
育成法である融液からの結晶育成が可能である。ZrB2は、融点が3220℃の高温である
ため、単結晶を成長するには、ルツボを用いない浮遊帯域溶融法(フローティング・ゾー
ン法、FZ法)を用いている。
【0005】
しかしながら、ZrB2は、3000℃を越える高い育成温度が必要なため、インチサイズの大
きさを持つ大型単結晶の育成には至っていない。従って、二ホウ化ジルコニウム同様に、
窒化物に格子定数、熱膨張率の近い値を持ち、かつ結晶の育成温度が二ホウ化ジルコニウ
ムより低い、炭化チタンが注目される。
【0006】
この物質は、表1に示すように、窒化ガリウムとの格子定数や熱膨張係数の違いがそれ
ほど大きくなく、また、図1の相図に示すように、炭素との間に共融点(図1 A点、2
776℃)を持つので、ZrB2より450℃低い温度からの結晶育成が可能である(特許文
献2、3)。
【0007】
本発明者等は、この温度付近において、これまで浮遊帯域溶融法(フローティング・ゾ
ーン法、FZ法)によるTiC単結晶の製造技術を開発してきた(特許文献2〜6)。即
ち、原料高純度化に依る良質化(特許文献4)、タングステンなどを添加しての結晶育成
による結晶の良質化(特許文献5、6)を試みたが、亜粒界は減少するだけで、亜粒界の
含有しない良質なTiC単結晶は育成されていない(非特許文献1)。
【0008】
【特許文献1】特開平2002−43223号公報
【特許文献2】特開昭55−62855号公報
【特許文献3】特開昭58−60699号公報
【特許文献4】特開昭63−256598号公報
【特許文献5】特開平1−286996号公報
【特許文献6】特開平2−44100号公報
【非特許文献1】“Growth conditions of high purity TiC single crystal using the floating zone method”S.Otani, T.Tanaka and Y.Ishizawa J. Crystal growth 92(1988)8-12.
【非特許文献2】“Preparation of (La1-xCex)B6single crystals by the floating zone method” S.Otani, T.Tanaka and Y.Ishizawa J. Crystal growth 108(1991)425-428.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
TiCの育成温度は2776℃と高いことから、ルツボを用いない浮遊帯域溶融法が最適であ
る。二ホウ化ジルコニウム(融点3220℃)の結晶育成に比較して、育成温度を約45
0℃低下させることができる。この温度域では加熱に要するエネルギーは、温度の4乗に
比例する熱輻射が決めるため、この育成温度の低下により加熱電力を2/3に低下させら
れ、育成上大きなメリットとなる。しかしながら、このTiC単体の結晶では亜粒界が発生
する問題がある。したがって、TiCを窒化物薄膜成長用基板として利用するには亜粒界の
ない良質な単結晶を育成する方法を見出す必要がある。
【0010】
FZ法では大きな温度勾配の下で結晶が成長するため、成長中の結晶が受ける大きな熱応
力と、結晶自身が持つ機械的な強度の兼ね合いにより、結晶の品質が決まる。即ち、結晶
の機械的強度が大きければ、熱応力に打ち勝ち、良質な結晶が得られる。そのため、ホウ
化物のように、ホウ素-ホウ素の共有結合よりなる2次元3次元ネットワークの存在する
結晶では、亜粒界のない良質な単結晶が育成されて来た(非特許文献2、特許文献1)。
【0011】
それに反し、炭化物の場合、高温では機械的強度が低く、例えば、1100℃で室温のア
ルミ金属程度の強度まで低下する。そのため、亜粒界が発生し易く、これまで,亜粒界の
存在しない良質な結晶は育成されていない。そのため、Wのように添加して固溶体を形成
し良質化を試みるにしても、ホウ化物と同程度の高温強度を持つことは期待できず、添加
することにより良質化する元素の探索を行なうにしても、試行錯誤に頼らざるをえない状
況である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
これらの問題を解決するために、本発明者らはTiCに4族金属元素の炭化物又は5族金属
元素の炭化物を添加した焼結体を作製し、FZ法により単結晶を育成し、単結晶の得られる
組成範囲と結晶の品質を調べた。その結果、ZrCを5モル%固溶させた時、亜粒界が約一
桁減少し、7.5〜35モル%の添加により亜粒界の存在しない良質な単結晶が育成され
た。さらに、これら結晶から作製した基板上に、3族窒化物がエピタキシャル成長するこ
とを確認した。
【0013】
すなわち、本発明は、下記のとおりである。
(1)式(Ti1-xZrx)C(ただし、0.05≦x≦0.35)で示される、炭化チタン(TiC)に、5モ
ル%から35モル%の炭化ジルコニウム(ZrC)を固溶させた炭化物単結晶。
(2)上記(1)に記載の炭化物単結晶の炭素組成(原子比)が、C/(Ti+Zr)=0.92〜94
であることを特徴とする炭化物単結晶。
(3)上記(1)又は(2)に記載の炭化物単結晶よりなることを特徴とする窒化物成長
用基板。
(4)浮遊帯域溶融法により単結晶を成長させることを特徴とする上記(1)又は(2)
の炭化物単結晶の製造方法。
【0014】
4族金属の炭化物又は5族金属炭化物としてはZrC, HfC, VC, NbC, TaCが挙げられるが
、これらの物質は、ともにNaCl型の結晶構造を持ち、格子定数差が約6%の範囲で窒化ガ
リウムと格子定数が一致する。本発明者は、これらの物質の中で唯一ZrCをTiCに添加
したときのみがFZ法で亜粒界の存在しない良質な単結晶を育成できることを見出した。
ZrCを5モル%固溶させた時、亜粒界が約一桁減少し、7.5〜35モル%の添加により亜
粒界の存在しない良質な単結晶が育成される。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、亜粒界を含まない良質な炭化物固溶体単結晶が
得られ、窒化物薄膜成長用基板としての使用が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明を更に詳細に説明する。本発明において用いられる装置の一例を図2に示
す。この装置は、1〜10気圧程度の不活性ガス雰囲気において結晶育成が可能なように
デザインされた高周波誘導加熱FZ炉である。
【0017】
原料供給棒5の下端の加熱は、ワークコイル4に高周波電流を流すことにより、原料供
給棒5に誘導電流を生じさせ、そのジュール熱により行う。このようにして、形成された
融帯6に上方より原料供給棒5を送り込み、下方より単結晶7を育成する。
【0018】
以下に、本発明による単結晶育成の手順を示す。
まず、原料の炭化物粉末(TiC)と4族金属の炭化物又は5族金属の炭化物粉末をよく混
合後、結合剤として少量の樟脳を加え、ラバープレス(約2000kg/cm)により
圧粉棒を作製する。この圧粉棒を真空中又は不活性ガス中で好ましくは1500〜170
0℃程度に加熱し、原料焼結棒を作製する。原料の粉末の大きさは、焼結の容易さや取り
扱い上平均粒径7ミクロン程度以下、1ミクロン程度以上が好ましい。
【0019】
得られた原料焼結棒5を上軸2にホルダー3を介してセットし、下軸2’には種結晶(
または初期融帯形成用の焼結棒)8をホルダー3‘を介してセットする。つぎに、数気圧
、好ましくは5気圧程度の不活性ガスを充填後、原料焼結棒5の下端を加熱により溶融さ
せ、融帯6を形成させ、上軸2と下軸2’をゆっくりと、好ましくは、0.5〜1.5cm
/h程度で下方に移動させて単結晶7を育成する。
【0020】
このとき、原料焼結棒5の融帯6への供給速度は、供給原料棒の密度が低いので、それ
を補償して原料供給棒とほぼ同じ直径をもつ単結晶が育成されるように、設定する。雰囲
気としては数気圧、好ましくは3〜7気圧程度のヘリウムなどの不活性ガスを用いる。こ
れは高周波ワークコイル4の部分で発生する放電を防止するためである。
【0021】
なお、上記では、TiC粉末とZrC粉末を混合して原料焼結棒を作製する方法について説明
したが、他の方法、例えば、TiCにZrとCを添加する方法、TiCにZrO2とCを添加する方法な
ど、多彩な組み合わせが可能である。
【0022】
得られた結晶棒より、X線背面ラウエ法により(111)面を出し、放電加工機により
切断した。切り出し面は、ダイヤモンドペイストで研磨後、鏡面仕上げはコロイダルシリ
カを用いて行った。エッチングは、フッ硝酸(HF:HNO3:H20=3:1:1)により行い、光学顕
微鏡の下で結晶性を調べた。
【0023】
各種組成の原料棒からFZ法により単結晶が育成された組成範囲を、表2に示す。 HfC,
NbC, TaCを添加した場合、固溶はせいぜい数モル%以下で、亜粒界を抑制する効果は見ら
れなかった。VCは、最も多く固溶し、40モル%まで単結晶が得られた。その際、15モ
ル%以上の添加により、無添加の場合に比較して亜粒界が1/10程度に減少したが、完
全に除去することはできなかった。
【表2】

【0024】
ZrCを添加した場合は、5モル%の添加により亜粒界が1/10に減少し、7.5モル
%以上の添加により消滅した。40%以上の添加により単結晶が得られなくなった。結果
は、図3に示す。格子定数は、単結晶の得られる組成範囲において、TiCとZrCを端成分と
するベガード則に従った変化をした。ZrCの添加量の増加に伴い結晶にクラックの発生す
る傾向があり、ZrCの添加量として7.5〜20モル%が最も好ましい添加量であった。
【0025】
さらに、発生するクラックの抑制に、原料粉末中に2〜8原子%のチタン金属を添加し
作製した原料棒から結晶を育成した。育成中、原料棒への金属添加量が増すと、金属の蒸
発が激しくなり、ワークコイルに付着し、試料との接触などのトラブルを引き起こし、育
成上好ましくない。従って、原料棒への添加量として、2〜6原子%が最適な値であった
。得られる結晶の炭素組成(原子比)として、C/(Ti+Zr)=0.92〜94が好ましい組成であ
った。炭素成分を減らす方法としては、上記の方法に限らず、例えば、Ti02を添加する場
合、Zrを添加する場合、ZrO2を添加する場合等の方法でもよい。
【0026】
得られた単結晶を窒化物半導体成長用基板として用いるために好ましくは、放電加工に
よって(111)面に平行に切り出し、ケミカルメカニカルポリシングにより鏡面研磨する。
研磨表面には酸化物の層が存在するので、真空中で1300℃程度の加熱処理により酸化物層
を取り除き原子的に清浄な表面を得ることが好ましい。その上に、通常の結晶成長法、例
えば、プラズマ補助分子線エピタキシー法(PA-MBE)により窒化物半導体膜の成長を行う。
すなわち、3族原子ビームをクヌーセンセルより、窒素ラジカルを高周波ラジカル源より
それぞれ500℃から900℃の間のある一定の温度に保持した上記基板表面上に供給し反応さ
せることによって、窒化ガリウム、窒化アルミニウムなどの窒化物薄膜を成長させる。
【実施例1】
【0027】
次に、本発明の実施例を示す。
TiC粉末(平均粒径1.7ミクロン)に、ZrC粉末(平均粒径4.2ミクロン)を10モル
%、Ti金属粉(<粒径44ミクロン)を2モル%添加混合した後、結合剤として樟脳を少
量加え、直径12mmのゴム袋に詰め円柱形とした。これに2000kg/cmの静水
圧加圧を加えることにより圧粉体を得た。この圧粉体を真空中、1800℃で加熱し、直
径1cm、長さ12cmの焼結棒を得た。密度は約55%であった。
【0028】
この焼結棒を図2に示すFZ育成炉の上軸にホルダーを介し固定し、下軸にはTiC焼結
棒を固定した。育成炉に6気圧のヘリウムを充填した後、高周波誘導加熱により焼結棒下
端部を溶かし初期融帯を形成し、1cm/hの速度で6時間に亘り下方に移動させ、全長
6cm、直径1cmの試料を得た。
【0029】
その際の分析結果を表3に示す。原料棒と結晶の組成比較から、育成時の蒸発によりTi
とC成分が1wt%程度減少したが、ほぼ原料棒と同じ組成の結晶が得られることがわか
る。また、融帯組成から、Zr成分が増加していることから、ZrCの添加は、結晶の育成温
度を下げていることがわかる。即ち、TiCとZrCは共融の関係になっていることがわかる。
【表3】

【0030】
得られた結晶から(111)面を放電加工機により切り出し、鏡面に研磨した。その試
料を、フッ硝酸(HF:HNO3:H20=3:1:1)によりエッチングし、亜粒界のないことを確認し
た。
【実施例2】
【0031】
実施例1と同様に作ったTiCにZrCを20モル%固溶させた固溶体単結晶の(111)面を鏡面
研磨した後、真空中で1300℃以上の加熱を行い清浄化し、窒化物薄膜成長基板とした。こ
の基板を600℃に保ちGa分子線とNラジカルを供給しGaN結晶を270分間成長させた。成長後
のRHEED像は3×3のGa過剰状態のGaN(000-1)に特有の表面超構造を示した。
【0032】
この表面のAESスペクトルにはGaとNの信号しか現れず、確かにGaNの単結晶がエピタキ
シャルに成長していることが分かった。エピタキシーの方位関係は、(0001)GaN//(111)Zr
TiC, <10-10>GaN//<11-2>ZrTiCであった。成長膜のAFM像から、一様に連続した膜として
成長していることが分かった。膜厚は280 nmであった。
【実施例3】
【0033】
実施例1と同様に作ったTiCにZrCを20モル%固溶させた固溶体単結晶の(111)面を鏡面
研磨した後、真空中で1300℃以上の加熱を行い清浄化し、窒化物薄膜成長基板とした。こ
の基板を810℃に保ちAl分子線とNラジカルを供給しAlN結晶を270分間成長させた。成長後
のRHEED像はほぼ1×1のパターンを示し、下地と同じ方位にAlN膜が成長していることを示
した。
【0034】
この表面のAESスペクトルにはAlとNの信号しか現れず、確かにAlNの単結晶がエピタキ
シャルに成長していることが分かった。エピタキシーの方位関係は、(0001)AlN//(111)Zr
TiC, <10-10>AlN//<11-2>ZrTiCであった。成長膜のAFM像を見ると、一様に連続した膜が
成長していた。膜厚は230 nmであった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】Ti-C系相図(A点は、TiC-C共融点)。
【図2】本発明に用いられた単結晶育成装置の模式図。
【図3】(Ti,Zr)C単結晶中の亜粒界密度を示すグラフ。
【符号の説明】
【0036】
1 上軸駆動部
1’下軸駆動部
2 上軸
2’下軸
3ホルダー
3’ホルダー
4ワークコイル
5原料焼結棒
6融帯
7単結晶
8種結晶または初期融帯形成用の焼結棒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(Ti1-xZrx)C(ただし、0.05≦x≦0.35)で示される、炭化チタン(TiC)に、5モル%か
ら35モル%の炭化ジルコニウム(ZrC)を固溶させた炭化物単結晶。
【請求項2】
請求項1に記載の炭化物単結晶の炭素組成(原子比)が、C/(Ti+Zr)=0.92〜94であるこ
とを特徴とする炭化物単結晶。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の炭化物単結晶よりなることを特徴とする窒化物成長用基板。
【請求項4】
浮遊帯域溶融法により単結晶を成長させることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載
の炭化物単結晶の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−254232(P2007−254232A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−83622(P2006−83622)
【出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】