説明

焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法

【課題】破壊試験を行うことなく、オーバーヒートの発生を検出する焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法を提供する。
【解決手段】渦電流発生工程S1と測定工程S2と検出工程S3とを含む焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法である。前記渦電流発生工程S1は、焼入れ後、焼き戻し前の被検体に接触、又は近接させた試験コイルに交流電流を流し、交流電流により誘導された磁界により、被検体に渦電流を発生させる工程である。前記測定工程S2は、前記被検体に発生した渦電流により誘導された磁界によって変化する試験コイルの渦電流信号を測定する工程である。前記検出工程S3は、前記渦電流信号からオーバーヒートを検出する工程である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法に関し、焼入れして用いられる鋼、例えば、転動部材、転がり軸受装置、直動案内装置の素材としての焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、あらゆる産業分野で用いられる鋼材には、使用環境に応じた機能・特性が求められる。例えば、転がり軸受は、使用する際、大きな荷重を支持しながら回転する。このため、軌道輪と転動体の接触部には大きな接触圧力が生じ、材料内部には大きなせん断応力が作用する。この大きなせん断応力に耐えるため、素材として高炭素クロム軸受鋼を、焼入れ、焼戻しして硬化して用いている。
【0003】
したがって、鋼材に対して施される熱処理の品質は軸受の寿命を左右する重要な因子であるため、硬さ測定や、金属組織を検査し保証している。
しかしながら、これら検査方法は破壊検査であること、また抜き取り検査であることから、製造された軸受の品質を充分に担保し得る検査方法ではないといえる。特に、大型・超大軸受では切断検査自体が困難な場合もある。
【0004】
そこで、このような問題を解決するため、熟処理品質を非破壊で測定する方法について多くの技術が開示されている。熟処理品質を非破壊で測定する代表的な方法としては、超音波法、渦電流法等が挙げられる。
超音波法に関しては、例えば、特許文献1には、焼入れ硬化層を有する被検体に対し超音波を発信し、受信された反射波におけるサンプリング回転角度毎の散乱波のピーク信号を検出し、このピークの発信から受信までの伝搬時間を算出することで超音波深さ位置を定め、所定の推定処理により有効硬化層深さを求める方法が記載されている。
【0005】
渦電流法に関しては、例えば、特許文献2には浸炭処理、焼入れ、高周波焼入れ、窒化処理、脱炭処理等の表面処理が行われた被検体に対して2つ以上の周波数により得られる渦電流信号を用いて、焼入れ深さ、内部欠陥の測定や、金属表面の焼入れ硬さと表面欠陥を測定する方法について記載されている。
また、特許文献3には、渦電流法により予め用意してあるマスターサンプルの測定値と未知の鋼材の測定結果を比較することで、硬化層深さ・未焼入れ・異材判定を行う測定方法が記載されている。
【0006】
さらに、特許文献4には、高周波焼入れ等の焼入れが施された被検体に対して、渦電流法により焼入れ硬化層を検査する方法で、予め測定してある良品の測定値と比較し焼入れパターン切れ(焼入硬化層が途切れたり、局所的に極端に浅くなったりする部分)等の不良品を判定する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−218590号公報
【特許文献2】特開平7−198681号公報
【特許文献3】特開2007−40865号公報
【特許文献4】特開2010−25746号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1〜4に開示された技術は、主として高周波焼入れを施した鋼材料に対する硬さや深さ測定に関するものである。前述したように、鋼材料に施される熱処理の品質保証のためには、硬さだけでなく金属組織も重要であり、とりわけ結晶粒径に関しては粗大な結晶粒が製品の寿命を短くすることが知られている。結晶粒の粗大化は、例えば、焼入れ時の鋼材料の加熱温度が過度に高い場合(オーバーヒート)に生じるが、結晶粒径検査は、硬さ測定と同様に破壊試験で行われることが多い。そのため、特許文献1〜4に開示された技術では、鋼材料のオーバーヒートによる熱処理の品質低下を検知できないことから、軸受の品質を充分に担保し得る検査方法を提供するために、鋼材のオーバーヒートによる熱処理の品質低下を検知する技術について検討の余地があった。
そこで、本発明は上記の問題点に着目してなされたものであり、その目的は、破壊試験を行うことなく、オーバーヒートの発生を検出する焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の請求項1に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法は、焼入れ後、焼き戻し前の被検体に接触、又は近接させた試験コイルに交流電流を流し、交流電流により誘導された磁界により、被検体に渦電流を発生させる渦電流発生工程と、
該渦電流発生工程で前記被検体に発生した渦電流により誘導された磁界によって変化する試験コイルの渦電流信号を測定する測定工程と、
該測定工程で測定された前記渦電流信号からオーバーヒートを検出する検出工程とを含むことを特徴としている。
【0010】
本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法によれば、焼入れ後焼き戻し前の被検体に接触、又は近接させた試験コイルに交流電流を流し、交流電流により誘導された磁界により、被検体に渦電流を発生させ、発生した渦電流により誘導された磁界によって変化する試験コイルのインピーダンス特性を測定するため、破壊試験を行うことなく、焼入れ鋼のオーバーヒートを検出することができる。
【0011】
また、本発明の請求項2に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法は、請求項1に記載の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法において、前記渦電流信号は、前記被検体と基準被検体との電圧差であることを特徴としている。
また、本発明の請求項3に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法は、請求項2に記載の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法において、前記電圧差が所定の値以上であれば、前記検出工程においてオーバーヒートの発生を検出することを特徴としている。
また、本発明の請求項4に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法は、請求項1〜3のいずれかに記載の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法において、前記被検体は転がり軸受であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
上述のように、本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法によれば、破壊試験を行うことなく、オーバーヒートの発生を検出する焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態におけるフローチャートである。
【図2】本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態における渦電流装置による測定結果を示すグラフである。
【図3】本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態における焼入れ温度と渦電流による電圧差ΔVとの関係を示すグラフである。
【図4】本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態における焼入れ温度と結晶粒径との関係を示すグラフである。
【図5】本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態における焼入れ後、焼戻し前の被検体のα(220)回折ピーク結果を示すグラフであり、(a)は焼入れ温度を820℃とした場合のグラフ、(b)は焼入れ温度を840℃とした場合のグラフ、(c)は焼入れ温度を880℃とした場合のグラフ、(d)は焼入れ温度を920℃とした場合のグラフである。
【図6】本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態における焼入れ後、170℃で焼戻しを施した被検体のα(220)回折ピーク結果を示すグラフであり、(a)は焼入れ温度を820℃とした場合のグラフ、(b)は焼入れ温度を840℃とした場合のグラフ、(c)は焼入れ温度を880℃とした場合のグラフ、(d)は焼入れ温度を920℃とした場合のグラフ、(e)は焼入れ温度を960℃とした場合のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法の一実施形態におけるフローチャートである。
本実施形態の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法は、図1に示すように、渦電流発生工程(S1)と、測定工程(S2)と、検出工程(S3)とを含む。本実施形態の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法は、試験コイル及びブリッジ回路を有する渦電流装置と、前記ブリッジ回路に流れる電流の電位差を測定する測定装置と、該測定装置によって測定された電位差に基づいてオーバーヒートを検出する検出装置とを用いて行われる。
【0015】
<渦電流発生工程>
前記渦電流発生工程は、以下のようにして行われる。
まず、渦電流装置の試験コイルに交流電流を流すと、この交流電流に誘導されて、前記試験コイル内に磁界が発生する。そして、前記試験コイルに前記被検体を接触又は近接させると、前記試験コイル内の磁界により、前記被検体に渦電流が発生する。
【0016】
<測定工程>
渦電流が発生した前記被検体には、渦電流により印加した電流による磁界を打ち消す方向に磁界が誘導されるため、コイルインピーダンスに変化が生じる。ここで、前記試験コイル内の磁界により前記被検体に発生する渦電流は、前記被検体の導電率や、透磁率によって変化するため、材質の異なる被検体を試験コイルに接触又は近接させると異なるコイルインピーダンスとなる。実際には、基準被検体を用意し、この基準被検体を測定する際に、過電流装置内のブリッジ回路の平衡条件を満たすように調整し、ブリッジ回路に生じる電圧が0となるようにしておく。
その後、前述した原理により、前記基準被検体と材質が異なる前記被検体の測定においては、コイルインピーダンスが変化するため、前記ブリッジ回路の平衡が崩れ、当該ブリッジ回路に電流が流れる。この際に発生する電圧を渦電流信号として前記測定装置が計測する。
【0017】
[焼戻し前の被検体を用いる理由]
以下、上記渦電流発生工程において、焼入れ後、焼戻し前の被検体を用いる理由について図面を参照して説明する。
図2は、本実施形態における測定装置による測定結果を示すグラフである。具体的には、高炭素クロム軸受鋼に対して820〜960℃にて焼入れし、140,200〜270℃にて焼戻した第1の被検体、同条件にて焼入れ後、170℃にて焼戻した第2の被検体、及び同条件にて焼入れ後、焼戻しを施していない第3の被検体の3つの被検体それぞれの測定装置を用いた測定結果を示すグラフである。ここで、前記試験コイルは、被検体についての、焼入表面硬さと相関する検出信号の振幅値Y(第二の値、以下単に「Y値」ともいう。)、及び焼入深さと相関する位相差に起因する値X(第一の値、以下単に「X値」ともいう。)を測定するためのセンサである。また、それぞれの励磁周波数は20kHzとし、第1の被検体を基準被検体として説明する。
同じ素材で品質の異なる第1〜第3の被検体は、X値とY値との関係を示す図2に示すように、X−Y平面において一つの直線状にプロットされる。すなわち、第1〜第3の被検体の品質によってプロット位置が異なり、原点からの距離(電圧差ΔV)が熱処理品質の違いを表していると考えられる。
【0018】
図3は、本実施形態における焼入れ温度と渦電流による電圧差ΔVとの関係を示すグラフである。この図3は、図2のうち、820〜960℃にて焼入れ後、焼戻しを施していない第3の被検体、及び同条件にて焼入れ後170℃で焼戻した第2の被検体に関して、第1の被検体(基準被検体)を基準として焼入れ温度と渦電流による電圧差ΔVとの関係を示したグラフである。
図3に示すように、焼戻しを施していない第3の被検体では、焼入れ温度960℃において電圧差ΔVの急激な変化が認められた。一方で、170℃にて焼戻し処理を施した第2の被検体には、960℃で焼入れた場合であっても急激な電圧差ΔVの変化は認められなかった。
【0019】
さらに、焼入れ温度と結晶粒径について調査した結果、焼入れ温度の増加に伴い、結晶粒径が徐々に大きくなり、焼入れ温度1000℃において結晶粒径の急激な粗大化が認められた(図4参照)。
図3に示したように、渦電流による測定により、焼入れ後焼戻し前であれば焼入れ温度960℃の被検体を検出することができる。したがって、結晶粒の粗大化を生じる温度より前の960℃に加熱された場合をNGとして判定することができる。
【0020】
次に、焼入れ後焼戻し前でのみオーバーヒートを捉えられる要因をX線回折にて検証した。図5は、本実施形態における焼入れ後、焼戻し前の被検体のα(220)回折ピーク結果を示すグラフであり、(a)は焼入れ温度を820℃とした場合のグラフ、(b)は焼入れ温度を840℃とした場合のグラフ、(c)は焼入れ温度を880℃とした場合のグラフ、(d)は焼入れ温度を920℃とした場合のグラフである。
【0021】
図5(a)〜(e)では、焼入れ温度820〜960℃、焼戻し前被検体におけるα(220)回折ピーク、すなわちマルテンサイトピークを示している。これらのうち、820〜920℃で焼入れした被検体には、1つのマルテンサイトピークが認められた(図5(a)〜(d)参照)。一方で、960℃で焼入れた被検体には、2つのピークが認められた(図5(e)参照)。これは、820〜920℃での焼入れ時のマルテンサイトはbcc構造となるが、960℃での焼入れの場合、多量の炭素固溶によりbct構造が主体となるためであると考えられる。
【0022】
以上のことから、結晶構造の変化が磁性を変化させ、渦電流を用いた測定において電圧差ΔVに急激な変化をもたらしたと考えられる。
また、図6は、本実施形態における焼入れ後、170℃で焼戻しを施した被検体のα(220)回折ピーク結果を示すグラフであり、(a)は焼入れ温度を820℃とした場合のグラフ、(b)は焼入れ温度を840℃とした場合のグラフ、(c)は焼入れ温度を880℃とした場合のグラフ、(d)は焼入れ温度を920℃とした場合のグラフ、(e)は焼入れ温度を960℃とした場合のグラフである。図6(a)〜(e)では、同一焼入れ条件の被検体に170℃にて焼戻しを施した被検体におけるα(220)回折ピークを示している。
【0023】
測定の結果、960℃焼入れにおいても1つのマルテンサイトピークのみが認められた(図6(e)参照)。これは、焼戻しを施すと基地に過飽和に固溶していた炭素が放出され、マルテンサイトがbcc構造となるためと考えられる。そのため、焼戻しを施すと、960℃焼入れであっても電圧差ΔVに急激な変化が認められなかったと考えられる。
以上のように、焼入れ時に過度に高い温度にて加熱されると、マルテンサイト結晶構造の変化により磁性が変化する。渦電流測定ではこの磁性変化が電圧差ΔVに影響するため、オーバーヒートとして検出が可能となる。ただし、焼戻し処理を施すとbcc構造となってしまうため、焼戻し後での測定ではオーバーヒートを捉えることは不可能である。したがって、焼戻し前に渦電流により検査を実施することで、オーバーヒート検出が可能である。
【0024】
<検出工程>
前記検出工程は、前述した測定工程で測定された前記渦電流信号からオーバーヒートを検出する工程である。ここで、前記渦電流信号は、前記被検体と基準被検体との電圧差であることが好ましい。
そして、この検出工程では、前記電圧差が所定の値(閾値)以上であれば、検出対象の被検体がオーバーヒートを発生させていたことを検出することができる。
【0025】
本実施例においては、軸受機能を低下させる粒径の粗大化は焼入れ温度960℃以上にて発生することがわかっている。ここで、図3に示すように、電圧差ΔVの変化が認められるのは960℃より手前の温度(920℃以上)であるため、焼入れ温度920℃以上で測定される電圧差ΔVを閾値として決定する。
【0026】
なお、転がり軸受を測定する場合、構成する鋼材料(被検体)はリング状のものが多く、製品によってその曲率が異なるため、様々な製品において精度良く測定するためにも、曲率などの形状因子に対する、電圧差ΔVの変化を予め取得しておくことが好ましい。
本実施例においては、測定電圧値が測定機の測定範囲外にならないように、準備した試料の中から測定電圧値が中間点となる試料(焼入れ温度800℃、焼戻し240℃)を「基準被検体」とした。ただし、電圧差ΔVが測定できれば基準となる被検体はこれに限らず決定してよい。
【0027】
以上説明したように、本発明に係る焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法によれば、破壊試験を行うことなく、オーバーヒートの発生を検出する焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法を提供することができる。
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入れ後、焼き戻し前の被検体に接触、又は近接させた試験コイルに交流電流を流し、交流電流により誘導された磁界により、被検体に渦電流を発生させる渦電流発生工程と、
該渦電流発生工程で前記被検体に発生した渦電流により誘導された磁界によって変化する試験コイルの渦電流信号を測定する測定工程と、
該測定工程で測定された前記渦電流信号からオーバーヒートを検出する検出工程とを含むことを特徴とする焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法。
【請求項2】
前記渦電流信号は、前記被検体と基準被検体との電圧差であることを特徴とする請求項1に記載の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法。
【請求項3】
前記検出工程は、前記電圧差が所定の値以上であれば、オーバーヒートの発生を検出することを特徴とする請求項2に記載の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法。
【請求項4】
前記被検体は転がり軸受であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の焼入れ鋼のオーバーヒート検出方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate